Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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紫黒の雷鳴 01/11/08

 207訓練小隊に割り当てられた整備ハンガー

 訓練機とはいえ、自分たちの戦術機が搬入されると聞いてじっとしていられるようではそれこそ衛士失格だ。分隊全員がそわそわと朝早くから顔を出していたようで、武がハンガーに来た時にはすでに207Bの他の皆は吹雪の下に集まっていた。

 

「やっぱり本物は凄いよねー迫力あるよねー」

「シミュレータだとこうやって見上げないから、ちょっと新鮮ね」

 

 ハンガーに並べられた吹雪の足元で、207Bの皆は思い思いに自分たちの機体を見ている。

 

「こうやって見ると戦術機って、タケルちゃんじゃないけど、なんかこう? ドスッとできそうな気がしてきた」

「いや、凄いのは判らなくはないが、鑑? あまり暴れるなよ」

 嬉しそうに機体を遠巻きにする尊人や、冷静な振りを装いつつも興奮している千鶴などは、武にも理解できる。なぜか拳を固めてシャドーボクシングを始めている純夏の興奮も判らなくはないが、さすがに整備班の邪魔になりそうなので軽く注意だけはしておいた。

 

 

 

「いや……しかし判ってたけど、バラバラ過ぎるだろ、これは」

 そんな207Bの皆の喜びとは別に、武は呆れたように言葉を漏らしてしまう。衛士としての経験が無い彼女たちは、このハンガーの異様さにはいまだ気が付いていないようだった。

 

 五機の吹雪が並ぶのは、今の207B訓練分隊からすればむしろ数が少ない。

 まりもの撃震もXM3対応CPUが搭載された関係もあり、こちらのハンガーの一番奥に置かれている。

 そこにもう一機撃震が加わっているのは、XM3のデータ取り用だと聞いていたのでそれも良い。

 

「さすがにF-14はこっちに持ってこなかったとはいえ……」

 207A分隊が先に任官したこともあり、今の207訓練小隊は半数程度だ。教官としての武とまりもとを含めても8名。戦術機が八機並ぶのは、数としては間違ってはいない。

 

 ただ機種が多様過ぎるのだ。

 そして問題の機体が、撃震とは反対側の奥に二機並んでいた。

 

 

 

「武御雷か……」

 以前に呟いたのとは違う意味で、同じ言葉が出てしまう。

 

(いや頼んだのは確かに俺、というかデグレチャフ事務次官補が脅し取ったようなもんだけど、ホントに持ってきたのかよ……)

 周囲の目線が無ければ頭を抱えて座り込んでしまいそうな虚脱感に包まれる。

 煌武院の一存でギリギリどうにかできるR型一機ならともかく、さらにもう一機などはさすがに城内省が許可しないだろうと高を括っていたところもある。来なければA-01から不知火を回してもらうつもりでいたのだ。

 

「うわぁ~武御雷だー!」

「あ~珠瀬。珍しいのは判るが、触るなら黒いほうにしておけよ?」

 頭を抱えそうになる武の視線を追いかけたのか、壬姫が驚いたように声を上げる。

 

「え、あ……そ、そうだよね、あはは……」

 壬姫が紫のR型に走り寄って触ってしまって、真那に叱責されるのは避けておきたい。

 黒の方なら大丈夫だぞという意味合いで言ったものの、遠巻きに見ただけで満足したのか、壬姫は皆が集まっている吹雪の方に戻っていった。

 

 

 

「白銀……そなたはこの機体が何なのか知っておるのだな?」

「まあ、な」

 代りにというわけではないはずだが、冥夜が武の傍に立つ。

 壬姫は武御雷という機体の物珍しさだけで眺めていたが、紫の意味には気が付いていなかったようだ。が、冥夜に「紫」の意味が判らないはずがない。

 

「明日からの実機訓練で御剣が使うのが、これだ。これは正式な命令。『御剣訓練兵はType-00Rを訓練に用いるべし』、はい復唱」

「し、白銀、なんなのだその命令は?」

 断るつもりでいたのだろう冥夜に、有無を言わさずに命令しておく。

 

「戦術機演習に入ったら、俺は神宮寺教官の補佐。という訳で今の俺は教官補佐なのだよ、御剣訓練兵」

「はい。いえ……それは承知しておりますが、私が、この……武御雷をですか」

「出所は言わなくても……良いよな?」

「……はい」

 

「あ~あれだっ、ほら? 心配性のとあるお方からの、ちょっとお茶目すぎる贈り物、くらいには……すいません」

 臨時の階級を盾に押し切ろうかとも思ったが、冥夜の緊張を見るにそれでは不味いと思い直す。ただ、どう言えばいいのかと思いつかぬままに軽く振る舞いかけたが、悠陽のことを軽んじるような発言に冥夜からは本気の殺意が発せられる。

 

「いやほんとにすまん。ただ、な。御剣? お前のことを案じてこの機体を贈られたのは間違いない。それだけは思い違いをするなよ?」

 こちらではまだ会ってはいないが、悠陽が冥夜を思ってこの機体を送ってきたのであろうことだけは、武にも判る。

 

「そなた、まさか……お会いしているのか? あ、いやっ、詮索するのではなくっ、だなっ」

「落ち着け。ちょっと押し売りの関係で、今度機会を作ってもらう予定ではあるが……」

「そなた、押し売り……だと?」

 

 

 

「だから、落ち着けって。まあ俺の予定とかはともかくだな、御剣はこっちに乗る。これは決定で覆らない。覆らないんだが……で、月詠中尉。なんですか、こっちは」

 悠陽が絡んでくると冷静ではいられないのであろう冥夜を命令を盾に黙らせて、武は振り返る。

 冥夜と話しているうちに、音も立てずに真那が傍に来ていたのだ。

 

「白銀訓練兵、何か問題があるか? 追加の武御雷を要求してきたのは貴様であったと記憶しているのだが?」

「いや、どー見ても黒じゃないでしょう、これ」

 

 所属が違うとはいえ、砕けた口調で上官に反論するという暴挙に出てしまうくらいには、武も心穏やかではない。

 冥夜の機体と言い切った紫紺のR型の横に、「黒」の武御雷が並んではいる。ただそれは色が黒なだけだ。

 

 武御雷は色違いで六種、仕様の違いで分ければ五種が存在する。

 特徴的な烏帽子のようなセンサーマストが装備されているのはそのうち四種。一般衛士用の黒のC型だけは、あくまで指揮下に入って戦うことを前提にしており、頭部センサーユニットは簡易仕様の物が装着されている。

 

 そして「黒」に塗られてはいるが、武の指す機体は間違いなく烏帽子仕様の物だった。

 

「仕方なかろう、一般衛士に与えられた黒の武御雷を武家の一存で取り上げることは忍びない。月詠に連なる者から無理を言って回してもらったのだ」

 武の振る舞いを咎めるどころか、真那にしても溜息をついてしまいそうな様子だ。

 生産ラインの限られる武御雷は、授与される衛士には事前に通達されるという。その通達を受けて喜んでいる者に対し、国連軍に回すために配備が遅れる、などとは言えなかったのだろう。そんなことが知れ渡れば、間違いなく国連軍への反発心と、部隊内の士気低下を招く。

 

「それで色だけ塗り替えた、ということですか」

「不服か、白銀訓練兵?」

 

 肩を落とすような武の態度に、不遜な物を感じたのか真那は殺意を滲ませて睨み付けてくる。

 それに対し、武自身、意味のない愚痴だと判っていたので不満点と利点とを並べて応えようと、意識を切り替えた。

 

 

 

「はい、いいえ。正直に申し上げまして、データ取りとしてはC型が最適でありましたが、御剣訓練兵とのエレメントを考慮すれば、この機体に満足しております」

「……そうだな。いくら同じ武御雷とはいえ、黒では追随しきれぬ場面も多い」

 武の判断が、衛士として、それも直援を担う者としての言葉だと判ってしまうので、真那も同意せざるを得ない。

 

 一般衛士用として最も数が作られている黒のC型武御雷とはいえ、こと機動面においていえば不知火に比較すれば遥かに性能は高い。主機や跳躍ユニットに限定すれば20%ほどの出力向上がなされている。もちろん出力が高ければ機動性がそれに応じて跳ね上がるとまではいかないが、単純に水平跳躍などすれば、不知火では武御雷に追随できない。

 

 そしてその出力差は、武御雷の中でも存在し、不知火との差以上に大きい。最上位のR型はC型の40%増のはずだ。

 以前に武御雷のエレメントに撃震を使わせるつもりかとターニャが煽ったが、C型ではそこまでの差は出ないとはいえ、青そして紫のR型と並ぶには実のところスペック的には心許ない。

 

「月詠中尉のF型と、部隊の方々のA型を基準にして調整して、それをC型とR型にチューニングし直そうかと考えていましたが、これでしたら俺が乗るこの『黒』を基準とする方が良さそうですね」

「それで頼む。この場で申すべきことではないが、正直に言って私を含め赤や黄に乗る者は癖が強すぎる。それに白とは言え、我が隊の三人ではいまだ技量が十分とは言えぬ」

 

 あれで足りなければ帝国陸軍なんて八割以上再訓練だろと、武は言いたくなるが堪える。EX世界線では三馬鹿などと呼んでいたが、第19独立警護小隊の少尉三人は間違いなく一流の衛士である。

 

 

 

「で、あれば……この機体を差し出していただいた衛士の方には、よろしくお伝えください」

「恨まれるのは覚悟しておけよ、白銀訓練兵」

 真那がにやりと意地悪気に笑って見せる。ちょっとした悪戯心からのその笑みが、武には別の真那を思い起こされる。

 

「……XM3の性能を以て、お返しいたしたいと思います」

 今は記憶だけのものとなった懐かしさを振り払い、掛けられた期待には応えようと、そう意識して約束する。

 せっかく誂えて貰った環境である。相手の思惑以上の物を返してこそ、だ。

 

「ふっ」

 その答えを受け武にはわずかな笑みを見せ、無言で冥夜にだけ頭を下げ、真那はハンガーから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「やはりそなたも関与していたのか、この武御雷の配備には」

 真那と武とのやり取りを見ている間に落ち着いたのか、冥夜は静かに問いただしてくる。

 

「そうだ。みんなには任官後に正式に話はあるはずだが、御剣には今伝えておく。207B訓練分隊が特例塗れなのは、新OSでの戦術機教練の試験ケースだからだ」

 隊内には口外禁止だ、と告げたうえで説明する。

 今までのシミュレータだけの訓練であれば黙ってもいられたが、実機教練に入ると武御雷に乗る冥夜だけが分隊の訓練から外れることになる。これ以上は隠すことが難しく、また特別扱いだと自覚してもらう方が話を進めやすい。

 

「今まで我らに、いや今からも皆には秘匿されるのは、それを理由に訓練に身が入らなくなる……そう予測されたからか」

「ま、そういう訳だ。特別扱いに拒否感があるのは判ってたしな。周囲と違うことをやってると知っていたら、あいつらなら有りえないとはいえ増長しないとも言い切れなかったし、逆に伸びない言い訳にもされそうでさ。どうせ周りに同期が居ないんだから、隠しておけという話になってた」

 

 以前の世界線で多くの情報を夕呼から隠されてきた武にしてみれば、事情を説明してしまいたいという気持ちもなくはなかったが、秘匿することがそれなりに必要だというのも判る。悪いとは思うが、それが軍という組織だというのも理解できてしまう。

 

 

 

「あいつらに関してはそんな理由だ。ただ御剣、お前にとっては今のは半分。残り半分はOSの機種対応に伴うバグ取りに付き合え、ということだ。国連軍で用意できる帝国の機体ならともかく、斯衛は、な」

 

 斯衛にXM3の売り込みかける時に未完成です、調整はすべてお任せします、では話にもならない。

 

 同じ日本帝国に属する軍だが、斯衛と帝国陸軍、そして海軍とはそれぞれまったく運用している戦術機が異なる。海軍の水陸両用の揚陸戦に特化した81式海神は別格としても、同じ陸戦用編成であるのに斯衛と帝国陸軍には共有する機種が存在しないのだ。

 そして在日国連軍はあくまで帝国陸軍からの装備援助を受けているだけであり、斯衛の機体は配備されていない。

 

「まだ82式瑞鶴ならば、同じF-4系列の77式撃震に合わせて調整した物を使えば、大きな問題はないはずだ。ただなぁ……」

「瑞鶴であれば調整だけなら斯衛の皆に任せられるが、武御雷に関しては流用の為の基礎データすら作れぬ、ということか」

 

 武御雷を見上げながら溜息をつくという器用な姿を見せる武に、冥夜はその問題点を理解させられてしまう。

 

「基本的には不知火を元にするが、全身スーパーカーボン製ブレードエッジ装甲とでもいうべき武御雷の挙動は、不知火の近接戦闘とはまた違ったものになる。そのあたりの調整も踏まえて、だな」

 

 武御雷は、帝国が採用している他の戦術機と同様に長刀による攻撃を重視している。その上で城内省が欧州・ソ連軍機が採用する固定兵装の有効性を認めたのか、ブレードエッジのみならず手首の00式近接戦闘用短刀などもあり、不知火のデータでは足りない部分も多い。

 

 

 

「で、だ。その上で他の武御雷ならともかく、R型だけは本来の衛士の皆様方に乗って試してもらうって訳には……流石になぁ」

 記憶の中の斑鳩崇継なら喜んで乗り回しそうだが、それはそれで逆に周囲が困る。いつか見たはずの記憶ではないが、胃を壊してしまいそうな側近の顔が思い浮かんでしまう。

 

 時間が許すならば、数の多い白のA型と黒のC型とでそれぞれに調整したうえで、A型の物を元にF型とR型へと対応させていくという方法も取れたのだが、その余裕が無い。

 

「なるほど。昨日デグレチャフ事務次官補殿が我ら二人を連れ出してまで、整備兵の皆への心付けを用意させたのはこの為か」

「……うん。今更ながら、デグレチャフ事務次官補、スゲー。贈らなきゃ不味いが、かといって御剣から直接何か下げ渡すってのは難しいからなぁ」

「私の不甲斐なき立場ゆえに、そなたには迷惑をかける」

「いや、それはいいんだけど、な」

 

 

 

(まあ冥夜から何かを下げ渡されたら、身内に配るどころか、神棚に飾りそうな勢いの連中も……いるなぁ)

 今後何かと無理を言うことになる整備班、それも機付長にはなにか心付けは必要だろうというのは、判っていた。

 武が見落としていたのは、武御雷は原則的に専属の整備班が担当するということだ。そしてその整備班は当然と言えば当然だが、国連軍ではなく斯衛の所属だ。

 

 無論斯衛の整備班とはいえ全員が武家のはずはない。だが紫の武御雷の機付長になるような人物なら、間違いなく譜代の者だろう。おそらくは冥夜の事情にも通じている。

 

(ワンカップとか缶コーヒーで済ませなくて良かったぜ)

 用意したのは地元のそこそこに評判のいい地酒という当たり障りのない物だ。訓練兵としての立場からすれば異例だが、特務少尉という肩書での臨時の技術少尉相当官としてなら、まあそれほどおかしなこともない。

 

「ま、そういうことだ。こっちの整備に関しては、斯衛のほうから出向してきてもらってるんだ。国連に対して隔意を持つものが居ないとも言い切れないし、挨拶は大事、だろ?」

 

 今後は相手の好みを探りつつ、適当な物を用意するつもりだ。

 突撃砲などの装備品の改修の計画などもあり、無理を言ってしまうことも多くなる。おそらくは長い付き合いになりそうな相手なのだ。できれば良好な関係を築いていきたいと思うのは、武の本心だった。

 

 

 

 

 

 

 




よーやくオリジナル戦術機だよー……スイマセン色変えだけです。
タケルちゃんにはやはり?C型の黒タケミーでしょうとも考えましたが、オルタが出るまでは白タケミーが白銀機とかいう話もあったなぁなどと思い直して、折衷案ではないですが黒塗りのType-00Aになりました。中身は普通にA型にXM3積んだだけ~です。

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