Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

33 / 121
練兵の憶測 01/11/10

 白陵基地の一角、臨時に設けられたJASRAの執務室で、ターニャは久しぶりにゆっくりとコーヒーを楽しんでいた。

 飲んでいるのは、スタッフをこちらに呼び寄せる時に、私物として同時に持ち込んでもらったハワイの豆だ。夕呼が好んでいる豆も良いが、これはこれで気に入っている。

 

 今もその配下の者たちは、先日安保理に提出した第四との合同での「報告書」関連の対応に追われているが、ターニャ自身が対応すべき案件は済ませてある。

 

 それにターシャ・ティクレティウスの身分作成も、ほぼ完了した。あとは時間をかけて実績を作り上げていくしかない。流石に今更ジュニアハイまでの授業を受けたいとも思えず、軍家族向けの通信教育で義務教育を書類上だけでこなす予定だ。適当な頻度でスキップしておけば数年後には大学入学資格も取れるはずだ。

 その前後、適当な頃合いで「ターニャ・デグレチャフ」が死ねば、名実ともにターシャ・ティクレティウスとして生きていくことになる。

 

(喀什が落ちた後であれば、もう一度大学生活も良さそうだな……いや、少しばかり気が早いか)

 ターニャは好みの香りを楽しみながらも、思考が夢想の領域に入り込みつつあることを自覚する。ゆっくりともう一口飲み込み、眼前の問題に取り込み直す。

 

 

 

(私が知覚する先の世界線では、最後の最後でしくじった。今回は可能な限り介入してきたが、それでもまだ正否は確信できん)

 

 すでにターニャとしてはこのマブラヴの世界で、一度は「死んでいる」。前の世界線では、桜花作戦の最後の最後で第四の連中がなにか失敗したらしく作戦は不首尾に終わり、UL世界線とは少々違う流れではあったもののバビロン作戦が開始され世界は滅びたはずだ。

 ターニャ自身の最後としては、「次への門」を開く極小の可能性に賭けて、BETA集団を巻き込んだ上でのG弾による自決だった。結果的には賭けには勝ち、時間遡行じみた幾度目かの転生を果たしたが、次も成功するとはさすがに思えない。

 

 そしてバーナードに逃げ出すのはあまりに分が悪い。なによりも逃げた先で反撃の準備ができそうに無いのが、気に食わない。

 第五推進派の内部分裂工作も順調で、前回よりはマシな状態だ。バビロン作戦などというふざけた全力投射さえ凌げれば、最悪の事態は免れる。

 

 ならば今回こそは「あ号標的」の破壊を達成しなければ、経済理論と順法精神を尊ぶ平和主義者としての生を全うもできない。なによりも生き延びねば存在Xへの報復的復讐も果たせない。

 つまるところこのまま第四に協力する形で、最悪の手前と認識しつつも、踊り続けなければならない。

 

 

 

(手持ちのG弾の大半を喀什に撃ち込んで、あとはコミーどもへの牽制に使えるのであれば、第五にも加担しよう。ただの夢物語だがな)

 

 それができないのは単純に安全許容量がどこまでか計算できないからだ。なるほど確かにAL世界線ではXG-70bが佐渡島で自爆し、G弾20発分に相当するという効果を伴って佐渡島ごとハイヴを吹き飛ばしたが、大海崩は発生しなかった。

 ならば喀什に20発撃ち込んでも大丈夫だなどとは単純には考えられない。

 

 UL世界線で大海崩が発生した時に、何発のG弾が投入されたのか判らない上に、佐渡島の20発分にしてもどこまでが「おとぎばなし」としてのご都合主義の結果なのか、今となっては判断しようがないのだ。

 G弾の地球上での使用上限など、無限に等しいまでの重力条件の計算が必要だ。それこそ00ユニットでもなければ計算しつくせないだろう。結局のところ、証明しようのない未来知識だ。これを元に作戦立案などしても、夕呼以外は納得もしないだろう。

 

(一応の上限基準としては一カ所に20発まで、二カ所までは問題無しとは想定しておくか)

 

 すでに幾度と無く繰り返した思考を、無意味だと知りつつもどうしても考えてしまう。

 

 

 

 刻々と近付くタイムリミットもあるが、なによりも打てる手立てが限られてきているのがターニャには不本意だ。1998年にこの世界の白銀武が意識不明になったことで、原作の世界線からは離れたとわずかばかりに安心してしまったのも、今となっては悔いるしかない。

 もちろん対BETA戦において有効な手立てとなるように可能な限りは介入してきたものの、結局のところいまだ喀什の攻略への糸口すら掴めていない。

 

(桜花作戦でなければ喀什攻略は不可能なのか? 世界の復元力とでもいうつもりか……)

 

 マブラヴ原作において「不可能」と明記されたことは、どうやっても不可能だった。ただ逆に明言されていなければ介入の余地はある。

 シェールオイルのように原作で記述されていないことであれば実現できたが、困難だとされていた半導体技術の進歩は、介入したものなかなかに進まず、満足な物が出来上がってこない。

 

(手の平サイズに150億個分の半導体、か)

 おそらくは白銀武がEX世界線へと移動できない限り、00ユニットを完成させるための公式は手に入らない。

 

 トランジスタの数だけであれば、ターニャのいた元の世界ならば2001年には十分に達成できているスペックなのだ。それこそ秋葉に行けば学生の小遣いでも買える程度の物だった。

 もちろんそれらを統合して処理させるソフトウェアも存在しないため、ハードだけあってもすぐに使える物ではないが、そちらの方面もこの世界では技術的には遅れていると言える。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 少しばかり深めに溜息をつき、できることとできないことと整理しながら頭の片隅に押しやり、眼前の書類に再び目を落とす。一応は報告書の形に纏められているものの、ウォーケンから提出されたのはXM3に関する「所感」だ。

 ターニャは原作知識という形ではXM3の能力を知っているものの、それがこの世界において現実的に効果を発揮すると無条件に信じるほどに、楽観的にはなれない。衛士として、また指揮官としてその能力を証明してきたウォーケンの意見は判断材料としては貴重だ。

 

「XM3はほぼ完成と言える、か」

「先日から実機の方でも稼働しております。細かな問題はありましょうが、年内には間違いなく実用レベルに達するかと」

 

 207Bの教練がシミュレータからXM3搭載済みの実機になり、その後でA-01の方の不知火にも搭載されたという。累積稼働時間も500時間を超え、初期不良も潰されつつあるらしい。

 

「ただ、彼らの教練を見ておりますと、XM3の性能なのか個々人の資質なのかが判断しきれぬ部分が多いですな」

 

 ウォーケンが問題として付け加えるのは207Bの訓練兵と、それを指導する二人の教官の能力の高さだ。

 XM3が戦術機用OSとして画期的だというのは間違いないのだが、207Bの訓練課程をもってしてXM3の性能を証明することは難しい。あまりにも各自の能力が秀でているために、XM3がなくとも可能なのではないかと思わせてしまうのだ。

 

 そして二人の教練の進め方が既存の方法から少しばかり逸脱していることもあり、それがXM3の習熟に最適化されたものなのか、既存のOSでも有効なのかウォーケンには判別しきれていない。

 シミュレータでの基本訓練においては機動と連携に重きを置き、実機教練に移ってからもそれは変わらなかった。帝国軍などでは多い、対人類戦演習を基本とした教練を実施せず、対BETA戦のみを想定した教練を集中的に繰り返している。

 XM3によって可能となった高機動を教練には含めているが、基礎となる部分は今までの戦術機運用からはさほど離れないようにと注意しているようにウォーケンには感じられた。

 

 

 

「で、だ。合衆国はこれに食いつくかね?」

「陸軍の連中に開発背景を隠して技術デモビデオだけを見せれば、ちょっとした話のネタくらいに流されてしまうでしょう」

「やはりその程度か?」

 アメリカ陸軍の中では正直なところ興味を惹けるとは思えない、とウォーケンは否定的な答えを返す。それに対してターニャとしても驚きはなく受け入れる。

 

「前線に送られている移民希望者であればまた変わってくるでしょうが、本国の連中には意味が理解されるとは思えませんな」

 

 アメリカ陸軍での戦術機運用は、元々が中遠距離からの砲撃戦を指向していたのに加えて、既にG弾ありきになりつつある。機動性にはさして重きを置かないその運用方針では、XM3の価値はどうしても低く見積もられる。

 フルスペックのXM3であれば、向上したCPU性能のお蔭で射撃命中性も向上するものの、価格に見合うほどだとは判断されないだろう。

 

「ドクトリンの違いと言ってしまえばそれまでですが、海軍や海兵隊であれば導入へ働きかけもするでしょう」

 陸軍と違い、海軍の上層部はウィングマーク持ちも多い。

 空母への着艦ミスを減少できると推測されるだけでも、海軍なら導入に意味を見出す。CPU周りの更新に掛かる費用など、長期的に見れば誤差の内とも言える。避けられなかった事故を避けられるようになるのならば、むしろ安くつくはずだ。

 

「とりあえずのところ、来週のトライアルには第七艦隊の連中にも声はかけてある。後は現場での最後の売り込みだな」

 

 陸海問わずに帝国内には既に実働データやサンプル動画なども送られている。が、流石に原型はアメリカ製OSとはいえ、軍機にも関わる新装備である。アメリカの各軍にはいまだ噂程度の話を伝えているだけだ。

 合衆国以外の各国へは、今回のトライアルの後に簡単な説明を伝え、正式に公開するのは12月半ば頃にユーコンで行うことになっている。

 

 

 

「むしろXM3を帝国以上に欲するのは、ソビエトだと予測されます」

「あの連中が、か? ああ、そういえば帝国に似たような近接指向ではあったな」

 

 ソビエトの名が出てターニャはわずかに眉を顰めるが、自身の好悪で判断を曇らせるようなことはしない。

 ただ帝国軍と異なり、ソビエトの近接指向は衛士の生命を軽視した結果ともいえる。ロシア人以外の周辺民族を前線に押し立てているために、兵の損耗を考慮していないところがある。

 

 しかし共産主義への好悪や衛士の人的コスト軽視などはともかく、対BETA戦略としてソビエトの戦術機運用が近接密集戦を主軸とする点に関しては、ターニャも認めている。アメリカのように十全たる支援砲撃を準備することなど、普通の前線国家では不可能なのだ。結果、大なり小なり戦術機の運用は近接戦を考慮したものとなる。

 

 そしてソビエトがXM3を必要とするのであれば、ターニャにしてもユーコンでの工作がしやすくなる。

 

「まあコミーどもへの対応とは別に、合衆国にXM3を導入するには少々手荒なパフォーマンスが必要だな。やはりユーコンであの無駄に高い猛禽類を蹴散らして、目を覚まさせるしかないか」

「XM3をもってしてもラプターの相手は困難かと思われますが……」

「少しばかり既成概念に凝り固まっていないかね? あれは明らかにステルス戦術機としては欠陥機だよ」

「欠陥……でありますか?」

 

 以前からターニャはアメリカが最強と誇る第三世代戦術機F-22を嫌っていたが、性能に関してはそれなりに認めていたはずだ。XM3が完成したからと言って、ステルスの優位性を覆すほどではないとウォーケンには思える。

 

「それはコスト面、ということでしょうか?」

「ふむ? それは問題の一つの要因ではあるが……そうだな、せっかくだからユーコンでのXM3のお披露目までに、何が欠陥なのか考えておくがいい」

 何度か口にしていたはずだがな、とターニャは嗤う。

 

 

 

 

 

 

「それで少佐。XM3はともかく。白銀武をどう見る?」

 聞いておこうと思いつつも、どうしても後に回していた事柄を、ちょうどいい機会だと思い問いかける。

 

「個々人の模擬戦となれば、こちらがラプターであっても相手はしたくありませんな。また彼の者が指揮する大隊との同規模の遭遇戦であれば、双方痛み分けが精々でしょう」

 衛士個人としては勝てない、指揮官として相手をしても五分程度、とウォーケンは武を評する。

 今のウォーケンには対人類戦の実戦経験はないが、それでもアメリカ陸軍において対人類戦の演習は幾度も繰り返している。それであっても武に対して勝ち越せるイメージが作れなかった。

 

「私が想像していた以上に高い評価だな。衛士としてならば判らなくはないが、指揮官としてもそこまでかね?」

 ターニャ自身、武の指揮官としての能力は低くはないと見てはいる。ただそれはあくまで中隊規模程度の話だ。将来的には伸びるだろうとは考えつつも、今の時点ではさほど優秀な指揮官だとは言い切れないと判断していた。

 

「本人の衛士としての能力とは別に、戦術選択の様子を見ておりますと、部隊として動く場合は恐ろしく防御的です」

「ああ……なるほど、な」

 

 ターニャの武への評価が低い部分が、ウォーケンの言葉で気付かされた。自己の生存は別として、作戦目標を達成することを第一義とするターニャとは、そもそもが部隊運用の基礎理念が異なりすぎる。

 護ると言い張るだけはあって、武は自分以外の兵を賭けのチップに使うことが少ない。作戦指示の完遂よりも、部隊の保全を優先する部分が見て取れる。まりもの教えもあるのだろうが、今の207Bへの教練にしても、何よりもまず生き残ることを徹底している。

 

「しかし少々意外ですな。局長があの者にそれほど目をお掛けになるとは」

「驚くことかね? 人間は教育とともに成長するものだ。アレは鍛えるに値する程度には成果を挙げているとは思うが?」

「確かに。ただの療養明けの訓練兵とは考えられませんな」

 

 ウォーケンは苦笑未満に顔を歪め、何やら考え込む素振りを見せる。

 さすがにターニャの異常さを見慣れているウォーケンであっても、武が幾度と無くこの世界をループしており、戦闘経験を蓄積しているなどとは想像できるはずもない。帝国か第四かが秘密裏に訓練を施した者だと判断しているようだ。

 

 

 

 

 

 

「その白銀武を加え、帝国と合衆国とのXM3搭載の第三世代機が揃っていると仮定したうえで、喀什をどう墜とすかが、我々が考えることなのだが……くははっ」

「局長?」

「いや、悪いな少佐。結局やることは首狩りか、と呆れてただけだ。戦争とはいつの時代になっても相手が何であろうとも、根本的には変わらぬものだな」

 

 ――敵司令部を直接たたく衝撃によって敵戦線を崩壊に導く。

 

 もうどれほど昔のことなのか。数えることさえやめた過去のことだが、喀什攻略の実体はかつてはターニャ自身が参謀本部から幾度か命じられた生還を想定しない、首狩りだ。

 

「ですが、局長。第四からの報告通りに、喀什の反応炉、重頭脳級でしたか。それだけがBETAの作戦指揮を決定しているというのであれば、如何なる犠牲を払ったとしても、早急に破壊する意味はあります」

 如何なる犠牲とウォーケンは口にするが、それは作戦指揮官として部下を死に追いやる者の言葉ではない。自らが先頭に立って死地に赴くという意思表示だ。

 

「勝手に死ぬことを想定するなよ、少佐。決死の特攻作戦など立案するほど愚かになるつもりはない。が……」

 

 支援砲撃は軌道からの限定的な投射のみ、増援の目途はなく、指揮系統の確立さえ困難で、さらには帰還手段は構築されていない。

 誰がどう見ても間違いなく「決死の特攻」以外の何物でもない。

 

 

 

(まったくどうしようもないな。これでは「おとぎばなしのおうじさま」に期待するしかないということか……ふんっ、神に祈る程度には腹立たしいことだ。何らかの代替案を作らねばならんか)

 

 少しばかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、ウォーケンに退出を促し、ターニャは再び一人黙考に沈み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのデグさん回? それなりにXM3と207Bの仕上がりは進んでいるのですよーと。でも合衆国陸軍にXM3を売りつけるのはちょっと難しいかも、という感じに。

で、第二章終わりまでは何とか週2回更新を続けたいところでしたが、八月中はともかく九月入ると週1回更新になりそうです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。