トライアルの日程関連、変更しました。
実機が届いてからのここ数日、207Bは午前にシミュレータ、午後には実機にと、ただひたすらに戦術機のコクピットに籠っている。座学がかなり削られているが、トライアルまで間が無いこともあり、可能な限り搭乗時間を稼ぐためだ。まりもも納得はしきれていないのだろうが受け入れてはいる。
ただ今日は久しぶりに、武と冥夜以外は午後からは座学の予定だった。二人は今日の午後も第19独立警護小隊との合同教練として、シミュレータの時間が割り当てられていた。昼食もそこそこに207Bに宛がわれているハンガーに集まったのは、真那にデータを受け渡すだけではなく、午後からの訓練内容を打ち合わせるためでもあった。
いまだ武個人に対して真那は警戒心を露わにしているが、職務上の対応にそのような私心を差し挟むようなことはせず、事務的な距離感ではあるもののXM3のデータ取りという任務に対しては必要十分なやり取りがなされていた。
事前の打ち合わせも終わり、さてシミュレータ室に移動するかという時に、その人物がハンガーに現れた。
「こちらに白銀特務少尉という者は……失礼いたしましたっ!?」
この白陵基地では少数派ともいえる国連軍C型軍装に身を包んだ女性士官が、207Bに宛がわれているハンガーに入ってきたと思えば、武たちを前にすると、いきなり跪いたのだ。
まったくの予想外の行動に武は身動きもできなかったが、冥夜は気不味そうに微かに一歩下がり、真那を前に出す。
「篁唯依中尉か?」
「月詠、マ……? いえ、申し訳ありません、月詠中尉」
「ああ、紛らわしくて済まぬな。そういえば篁中尉は真耶とも面識があったのだったな」
唯依が何度か顔を見てから言葉を続けたことに、真那は従妹を思い出す。身内ならばともかく、仕事上の付き合い程度であれば間違えられることには慣れてしまっている。
「まずはとりあえず立ち上がれ。篁中尉」
そして今問題なのは、月詠家の似た者の話ではない。
「ですが、でっ」
「こちらは、御剣、訓練兵、だ。篁中尉」
「……失礼いたしました。月詠中尉」
冥夜に対して「殿下」と言いかけた唯依を、真那は強引なまでに言葉を切り留める。
(間違いなく勘違いしてるよなぁ、この中尉殿。まあ冥夜の横に「月詠」の家の者がいるんだ。普通なら「そう」考えるよなぁ……しかし国連軍の格好だが、斯衛の関係者か?)
武としても冥夜としても上官二人の会話には口が挿めず、直立不動のままに何も見ていない振りを続ける。もちろん背後の武御雷専属整備班の皆も漏れ聞こえているのだろうが、こちらに注意を向けているような態度は、少なくとも表には出さない。
「それで篁中尉? そなたは技術廠への出向の後、アラスカへ赴いていたのではなかったか? なぜこの白陵基地に?」
真那がどこか詰問するような口調になるのは、警備部隊としての性格上仕方がないことだ。
「は。こちらに技術廠第壱開発局に依頼されていた試製兵装を送り届けるように、と。あと新型OSに関して事前に体験しておけと巌谷中佐から言付かりました。これに関してはOS開発責任者の香月技術大佐相当官殿からも許可を頂いております」
武は知らぬことだが、唯依と真那とは階級的には同じ斯衛軍中尉ではあるものの、先任後任関係なく家格の関係で真那が上位者として扱われる。赤の月詠家の方が黄の篁家よりも上だ。
「ああ、それで白銀訓練兵のいるここに来た、ということか」
「は? 訓練兵、でありますか? 白銀特務少尉と伺っておりましたが」
「白銀? 貴様臨時軍曹ではなかったのか?」
「は、月詠中尉殿。自分は、207訓練分隊の戦術機教導におきましては臨時軍曹であります。ただ新OS、仮称XM3に関する件におきましては特務少尉の地位を与えられております」
「また香月副司令か……」
睨み付けるように真那が武に問いかけたが、答えを聞いて諦めたかのような呟きとなる。二重どころではない階級に、武としても諦めたくなるような煩雑さではあるが、半ば自業自得なので文句も言えない。
「まったく香月副司令も判りにくいことをなさる。貴様だけ先に任官させてしまえばよかったものを」
そこは武としては同意しにくい。むしろ夕呼も総合演習が終わった後は武だけをすぐに任官させるつもりだったのだ。それを断って訓練兵のままにしているのは、武のわがままだった。
その理由も、207Bの教導においてまりもの上に着くのが気不味いというだけだ。
「ああすまない、篁中尉。こちらがそなたが探していた白銀だ。横におら……いるのは御剣訓練兵だ」
「白銀武特務少尉でありますっ!!」
「御剣冥夜訓練兵であります」
正しく紹介されたという形を取り繕って、あらためて武と冥夜は唯依に敬礼する。
「篁唯依中尉で、……だ。楽にしたまえ」
唯依にしても、冥夜に対して敬語を使ってしまいそうになるのを、真那ともどもなんとか上官としての立場でやり過ごす。
「篁中尉は、いまは国連軍に出向中なのだな?」
「その通りです。帝国軍技術廠への出向を経て、現在はアラスカの国連軍ユーコン基地での任に当たっております」
「ふむ……そう聞くと白銀特務少尉のほうがまだ判りやすいともいえるな」
真那の言う通りあらためて聞くと、唯依の立場も複雑すぎる。斯衛から帝国陸軍に、そこからまた国連軍に、と所属が変わっているのだ。
「試製兵装の方は受け取りなども含め整備の皆にお任せしているので問題はないでしょうが……しかし、XM3の体験ですか」
「なにか問題でもあるのか、白銀特務少尉?」
ふと漏らしてしまった武の言葉を唯依が聞き咎める。
「はい。週末のトライアルの準備として、我々207訓練小隊に配備されているXM3搭載済みの機体は、現在すべてメンテナンス中であります」
「動かせる実機が無いのか。シミュレータの方はどうなのだ?」
「そちらも我々207に割り当てられていた時間は午前のみでありました。夕食後からであればまた時間が取れるのですが、現時点では空きがありません」
トライアルには基地の多くの衛士が参加する。後方でだらけたところがあるとはいえ、さすがにそのような催しの直前ともなれば、シミュレータの空きもない。いつもならば副司令の権限で確保しているが、さすがに今週はそこまで無理を通すこともなかろうと他部隊に譲ってしまったところだ。一応は夕食後から深夜にかけてはいつも通りに抑えられているが、さすがにそこまで待たせるのも気不味い。
「ふむ。そういうことであれば、午後からの我々のシミュレータ演習に加わってもらえば良かろう」
「よろしいのですか、月詠中尉殿?」
武としても解決策としてはそれしかないなと思いつつも、上官、それも組織の異なる真那に無理を言うことはできないと、黙っていたのだ。
「篁中尉の腕は知っているし、今の所属は違えど同じ斯衛だ。今日は貴様がまずは管制に入れ。篁中尉のエレメントには御剣訓練兵にあたってもらう」
「はっ!! 了解いたしましたっ!!」
「了解」
冥夜の方は淡々と了承するのに対し、唯依はすでに実戦前の新兵のように緊張している。
「白銀も、それで良いな?」
「はっ、お二人に問題が無ければ、そのようにお願いいたします。ああ、ですが篁中尉殿。申し訳ございませんがシミュレータのデータが武御雷ではなく不知火となりますが、よろしいでしょうか?」
ターニャがかなり無理を言ったが、やはりシミュレータ用のデータとしても武御雷の物は提出されず、真那たちも不知火の物を使用している。実機との差は有れどOSの習得という面ではさほど問題ではないとは言っている。
「ああ……そういえば国連軍なのだったな。いや、私も以前の試験などでは不知火を用いていたこともある。それで問題はない」
「……私はこの半年ほど、いったい何をしていたのだろうな」
二時間ほどのシミュレータ訓練が終わり、小休止として皆がコクピットから管制室に集まってきたのだが、唯依は魂が抜けたようなとしか言いようのない顔で管制室の入口で呆然としている。人目が無ければ膝を抱えてうずくまってしまいそうだ。
演習の内容は、1個半小隊6機の不知火によるハイヴ侵攻だった。
それも既存の「ヴォールク・データ」を元にしたものではなく、武の持つ「桜花作戦」の知識を付け加えたある意味では最高難易度のハイヴ侵攻演習である。207BやA-01も同じデータで演習を繰り返しているが、初見で二時間を生き残った者は少ない。
武から見ても、唯依は間違いなく優秀な衛士だ。
XM3特有の挙動の鋭敏さからくる慣れない機動が続いたせいで、普段以上に疲労が溜まっていてもおかしくはない。が、顔色が悪いのは肉体的な疲労が原因ではないはずだ。
XM3の挙動に付いていけなかった、というのではない。むしろこの短時間で唯依はすでにXM3の特性を理解し、自らの物とし始めている。開発衛士としての経験もあるということで、その理解力は武をしても驚くほどだった。
まりもと比べれば、経験からくる差と斯衛特有の近接戦偏重のきらいが伺えるが、それでも衛士とはして間違いなくトップクラスだ。
だが逆にXM3の特性が理解できてしまうために、いままでの自分たちの為してきたことが無意味に思えてしまうのだろう。
(しかしこれは、もしかしなくても俺に押し付けてみんな逃げ出したのか?)
あからさまなまでに落ち込んでいる唯依にどう接すればよいのかと、真那に縋るように視線を向けたが、真那たち護衛小隊の四人は、隊内での反省会という形で、少し距離を取っていた。
エレメントを組んでいた冥夜も、どう声を掛ければよいのか判らない様子で、こちらを恨めし気に見ている。
そんな周囲の反応も唯依には目に入っていないようで、とりあえずは休息を、と冥夜からコーヒーカップを手渡されたことさえ気が付けず、ただ機械的に飲み干している。
冥夜は自分がいては話しにくかろうと、真那たちの方に向かった。
「白銀、貴様は私が、私たちが進めていたXFJ計画も知っているのだろう?」
「あ~耐用年数が迫っている77式撃震の代替機を目指して、ボーニング社の援助を受けて94式不知火・壱型丙を改修している、という計画ですよね」
コーヒーで少しばかりは気が落ち着いたのか、唯依が言葉を紡ぎはじめた。
武としてもまずは当たり障りのない、表向きの話だけ答えておく。
唯依の属するXFJ計画は、国連軍が進める先進戦術機技術開発計画(プロミネンス計画)の一環ではあるが、その立ち位置は少々複雑だ。戦術機を対BETA戦主力兵器と捉え、その開発のために各国間の情報・技術交換を主目的とする国際共同計画を謳うプロミネンス計画だが、実態としては「オルタネイティヴ4.5」ともいえる。
本来ならば、第四計画を推進する日本が大々的に参画できる計画ではないのだ。現に合衆国はプロミネンス計画に対して、ユーコン基地という土地は貸していても計画には参与していない。
「不知火・壱型丙は、貴様ならば知ってもいようが、まあ正直に言ってしまえば欠陥機扱いされても仕方がないような機体でな……」
唯依としても、他人が開発した機体を貶すことはしたくないが、かと言って壱型丙を褒めることも難しい。
不知火は純国産とは言うものの、F-15のライセンス生産による技術吸収を反映した上での機体であり、設計思想的には第三世代機とはいえ第二世代のF-15の系列だ。
そして不知火は開発直後こそ優秀な性能を誇ったものの、要求仕様の高さゆえに拡張性の欠如という大きな欠点を抱えていた。そしてそれは、98年に行われた不知火・壱型丙の試験生産において、現実の問題となる。主機出力の向上と兵装強化改修を前線の要望に従って強行した結果、操縦特性は劣悪なものとなりさらに稼働時間が極端に減少してしまったのだ。
「それで出てきたのが壱型丙改修計画、XFJ計画だな。国内企業に限定せず、米国を頼ろう、という話だ」
不知火の元になったともいえるF-15は現在はボーニング社がライセンスを保有している。
G弾推進派の中核でもあるボーニング社だが、戦術機部門に関して言えばF-22がロックウィード・マーディンとの共同開発となっているが、F-16、F-22、そしておそらくは次のF-35にまでを抑えるロックウィードの後塵を拝しているのは間違いない。
ボーニング社が、F-15やF-18の開発元であるマクダエル・ドグラム社を吸収合併したのは、BETA大戦において民間航空機部門に限界を感じ、軍需産業に主体を移そうとしていた為ともいえる。G元素応用兵器部門への資本投下を最優先としているとはいえ、合衆国を代表するような巨大企業なのだ。G弾にのみ注力しているわけではない。
そして戦術機市場における対ロックウィード戦略としてボーニング社が打ち出したのが、F-4に次ぐ配備数を誇るF-15のアップデート計画、「フェニックス構想」だ。アビオニクスの換装とモジュールの追加のみで、F-15を比較的安価に準第3世代性能へとグレードアップさせることを目的としている。
XFJ計画はいってしまえば不知火版のフェニックス構想だ。
「不知火の次の主力機開発は今も進められているが、まずは撃震だ。だが貴様の考案したXM3。あれが有れば極論すれば撃震の代替機は、XM3に対応した撃震で良いという話になる。なにせ撃震は安いうえに整備などの技術蓄積も大きいからな。無理に壱型丙の改修や弐型を作ることもない」
唯依も単純に衛士としての判断であれば高性能な機体を求めたくなる。が、開発衛士の経験もあり、コストの概念が理解できてしまう身としては、一概に弐型の開発に固執することもできない。
不知火も量産効果に伴い機体単価が下がりつつあるとはいえ、それを弐型に改修した物を新たに生産し始めるとなると、かなりの高額になることは明白だ。ボーニングに払うライセンス料に加え、いくつかのパーツをアメリカ製に置き換えることもあり、国内企業への恩恵も少なくなる。
なによりも撃震であれば、衛士に整備班、補給担当官も誰しもが長らく使ってきたことからの技術蓄積が大きく、XM3対応の改修をしたとしても習熟までの各種コストが格段に低いことが予測できる。
大陸派遣軍への配備数が少なかった不知火は、どうしても各方面の習熟度が足りない。
「それに、だ。貴様は特例として武御雷を賜っているのだったな。ならば判りにくいかもしれぬが……」
「衛士の適正、技量の問題、ですよね」
上官の言葉を遮るというよりは、言いにくかったことを言ってしまう。
武の技量と戦術機適正の高さは、間違いない。自身の能力を低めに見積もるところのある唯依にしても、それでも衛士としては武御雷を賜る程度には上位に位置すると自負している。
だが帝国に限らず、各国の衛士の多くはけっして戦術機適正が高いわけではない。ゆえに第三世代機の、それもXM3搭載型に適応できる衛士ばかりとは言えないのだ。
「そうだ。適正の低い者たちにとってF-4系列がこれからも長く使い続けられる、という話は間違いなく朗報だろう」
実のところ携帯火器が同じであるために、F-4であれF-15であれ、そしてF-22であっても対BETAにおける拠点防衛においては、さほど差が無い。むしろ機動性と引き換えに第二世代機以降は稼働時間の低下などの欠点も併せ持つことがある。
拠点防衛を主任務とするのであれば、XM3搭載型のF-4系列で十分。第三世代機が必要となるのは、武が想定するような戦術機のみによるハイヴ攻略なのだ。
「あるいは城内省が納得するかどうかがカギとなるが、XM3搭載型の82式瑞鶴が帝国陸軍に提供されるのであれば、煩型の国粋主義者どもも黙るだろうな」
「瑞鶴を出してくれれば、俺としても願ったり叶ったりなんですけどね。ってそういえばアメリカへの反発はありますか?」
さすがに今から撃震を大量に再生産するべきかと言われれば、武も唯依も首を捻るが、瑞鶴であれば話は違う。さすがに性能面でF-15系の陽炎に並ぶとは言わないが、可能であるならばコスト的にも心情的にもF-4系の最終型ともいえる瑞鶴の追加生産は望ましい。
「ん? ああ、恥ずかしながら私もかなりアメリカを嫌っていたよ。F-4ショックの当事者世代ではないが、信頼に値するかと言われると難しいと考えていた。だが、な。アラスカでいろいろと見ていると、考えも変わる」
かつての戦争相手だったとはいえ、今は良くも悪くも対BETA戦の中核を担う国家である。一般市民の対米感情はさほど悪くはない。が、軍部では最大の同盟国とはいえ、今一歩距離を感じている者も居る。
唯依自身も、最初はアメリカの協力を受ける形のXFJ計画には否定的だったが、今はそんな拒否感もなくなった。
「そう、だ。考えは変わった。アメリカだけじゃない、必要ならば国連の力も借りるべきだ。XM3は間違いなく戦術機の能力を引き上げる。XM3が広まれば、『死の8分』など教科書にのみ残る言葉になるはずだ」
どこか夢見るような視線で、唯依は言葉を続ける。
「ここまで話せばわかるだろう? XFJ計画は、おそらく凍結だろうな。いや世界的にXM3を配布するのであれば、プロミネンス計画自体が終結するか」
「ちょっ、ちょっとお待ちくださいっ!? 飛躍しすぎですよっ、篁中尉殿!?」
少しばかり上を向いたかと思えば、またどんどんとネガティヴな方向性へと唯依は向かっていく。が、武としてはXFJ計画の開発主任にこのまま落ち込まれて開発中止などという事態はどうしても避けたい。
「申し訳ありません、というのはおかしな話ですが、俺個人としては弐型の完成は心待ちにしています。撃震の代替機としてではなく、その先を……」
撃震の置換として計画されている弐型だが、それはあくまで弐型Phase2と呼ばれる機体だ。非公式だが、弐型の計画としてはその先のPhase3がある。不知火に替わる次期主力戦術機として、開発計画が進められているPhase3は、武の想定するハイヴ攻略にとって、現時点では最適の機体なのだ。
「XM3を開発した白銀にそう言われると、私も改過自新せねばならぬな」
落ち込んでいた気配は吹き消され、挑むような視線を唯依は武に向ける。
貴様が羨むような機体に仕上げて見せようと、力強く誓った。
まさによーやくと言ったところですが篁さんちの唯依姫サマ登場です。まあメインキャラというわけにはいきませんが、今後もそれなりに顔を出してくる、はず。シミュレータの内容は
でで、予定通りというわけではありませんが、残念ながら次回更新は9月に入りそうです。あとどーでもいいことですが、割とてきと~に付けている各話タイトル、熟語のネタがそろそろ苦しい……