Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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嚮後の臆見

 武たちが所属することとなったA-01第一中隊、この部隊が書類上は再編成だが実質的には新設されてから一週間が過ぎた。

 

 元207Bの新人たちも含め中隊員全員が、この一週間は休日どころか満足な休息さえ与えられずに、ひたすらに任務に追われていた。食事のときでさえ、実質的には各種の報告の場という有様だった。

 

「疲れた、これ以上は経験したことがないというくらいには、疲れた……」

「ああ……慎二に同意するのは癪だが、訓練校に入った当初くらいには疲れた」

 

 それでも期限ギリギリとは言え、一応の目処は付き、小隊長の二人はようやく一息つけるようになった。

 孝之と慎二そして武は与えられていた任務が終わったということで、宛がわれている事務室ではなく衛士控え室として使われているスペースにやってきた。だが二人は武が用意した合成玉露に手を伸ばす気力さえなく、椅子に座った瞬間に崩れ落ちそうになっている。

 

 

 

「お二人とも、この一週間はご苦労様でした」

 武としても二人には言葉だけではなく心から感謝しているのだが、いまこの場で出せるものといえば備え付けのお茶と、食べ飽きてきたチョコバーくらいだ。

 

「ある意味ではこいつに助けられてたよな、俺たち」

「小分けにして混ぜたら、ビスケットとまでは言わないが、これはこれで美味いからな」

 テーブルに置かれていたのは、カルシウムを含む各種の栄養素を濃縮したチョコバー、それを一口サイズに切り分けた物だ。たしかに一見はビスケットのようにも見える形になってしまっている。

 

 チョコバーとしては、味の種類はいくつか用意されていたのだが、あくまで栄養補給食品なので、サイズ的には1本丸ごと食べていると飽きてしまう。そこで事務仕事が続いた武たちは、適当に刻んでお茶菓子代わりに摘んでいたのだ。

 

 

 

 そもそも武を含め三人が疲れ果てているのは、中隊全体での戦術機訓練によるものではなく、慣れぬ事務仕事が続いていたという点が大きい。孝之も慎二も二人ともに小隊長という役割は、元の部隊で経験済みだ。それもあってこの第一中隊に引き抜かれたのだが、それにしても事務作業が多かった。

 

 それでもこうやってだらけた姿を晒せるのは、尊人を除いた指揮官クラスの男三人が集まったときだけだ。

 AL世界線のそれも第9中隊だけだが、武からすればA-01の構成員は一部を除き、何かと人格面などでは問題の多い印象がある。孝之と慎二は、そういった武の先入観をこの一週間だけで拭い去ってくれた。

 二人ともに、どこにでもいそうな気のよい兄貴分、といったところだ。

 

 

 

 とくに慎二にいたっては、このところ満足に眠れているはずもないのに、普段の訓練中は自身の技量不足を突きつけられ沈みがちになる隊員全員に対し、細かく声をかけてフォローを忘れていなかった。

 平慎二という兵士は、衛士としての技量に限ればさほど突出した部分はなく、精鋭の揃うA-01であれば中盤の迎撃後衛か後衛の打撃支援あたりで中隊全隊を見渡してもらえるならばありがたい、といった程度だ。

 

 だが部隊運営としてみれば得がたい人材だった。

 

(事務も指揮もほどほどにできて、隊内への気配りもできるとなれば、普通は手放したくはないよなぁ)

 

 慎二本人には告げられていなかったようだが、今月中には中隊副官に抜擢されることが、ほぼ内々で決まっていたという。第1中隊の再編のためとはいえ、横から掻っ攫うような人事には、元の中隊長からは恨まれているかもしれない。

 

 対して孝之のほうは一週間経った今でも掴み切れていない。

 A-01に配属されるだけあって、衛士としての技量は間違いなく一線級だ。ただなにかにつけて優柔不断なところが見受けられ、小隊とはいえ指揮官としては疑問が残る。

 それでもどこか憎めない印象があり、茜なども懐いているところを見ると、こちらはこちらで妙な人望があるとも言えた。

 

 

 

「まあ疲れてるのは半分くらいはお前の責任だからなぁ」

「ああ、新人の前で吐き散らかす先任連中、それも小隊長まで揃ってってのは、カッコウ付けようがなかったよな」

 

 戦術機訓練の際の醜態を思い出したのか、二人揃って顔をしかめる。

 笑って誤魔化そうとしているが、間違いなくいまのところ中隊内でXM3を乗りこなせていないのは自分たち二人だけだという負い目は感じているようだ。

 

 元207Bの面々は最初からXM3での訓練を経ていた上に、武の機動を見慣れていたこともあり、何とか付いてこれていた。また第9中隊からの配置換えの茜と晴子の二人も、元の中隊で試用段階にXM1からXM3までの習熟は済ませていた。

 結局のところ、半島からの撤退などで時間が取られていた小隊長の二人だけが、XM3搭載型の搭乗経験が圧倒的に足りていなかったのである。

 

 

 

「大陸のほうでそれなりに戦って、一応なりには衛士として自信はあったんだがなぁ、これでも」

 

 孝之が愚痴をこぼすように言うが、その経験があってしてもXM3、というよりは武とターニャが提示する三次元機動には、技量ではなく認識が追いついてこない。

 

「というかアレだろ、白銀? XM3搭載機の搭乗時間が少ない俺たちでも理解できるよう、教導の基礎を作るのがこの一週間の目的だったんだよな?」

「あ~ご推察のとおり、それも目的の一つ、でした」

 

 中隊内部の各種の準備は終わり、明日から富士の教導隊との合同訓練が始まる。ただし第一小隊は斯衛との訓練のためにこの白陵基地を離れる。

 

 部隊の中核ともいえるまりもと武とが不在となるために、二人の小隊長には無理を承知で、新任連中と同様の時間を戦術機訓練に充て、その上で通常の部隊運営の事務処理に加え、XM3の基礎教本作りに参加させていたのだ。

 間違いなくオーバーワークである。

 

 そうまでして詰め込んだのは、XM3をただ反応の上がった改良型OSと見なされないように、部隊運営にまで考慮する必要があったからだ。

 

 

 

「前に言われたんですが、機体性能の向上というか、衛士の生存性向上だけで見ればXM1でも十分だと思われかねないんですよね」

 

 もともとAL世界線において、XM3はロボットゲームでの機動を再現してみれば今まで以上に扱いやすくなるのではという程度の話だったが、その機動性がもたらす先が見えてくれば、そうも言ってられない。

 

 ハイヴ攻略は、あの三次元機動を前提とした戦術があってこそ成し遂げられる、と今では武も考えている。

 そしてそのためには武の機動を直に見た上で、それを部隊戦術に落としこめるだけの、知識と力量とが必要とされた。

 

「本来ならお二人にはXM3の習熟期間を十分に取っていただいてから、戦術立案などに取り掛かっていただこうとは思いもしたんですが……」

 そこでどうしても武は口篭もる。大陸の情勢を聞いているだけに、余裕がなかったとは口にしづらかった。

 

「ん? 時間が無いのは、お前のせいじゃねぇよ」

「だな。それを言われたら、責任があるのは大陸に行ってた俺たちの方こそ、だ」

 そしてその言いにくい部分を孝之はさっくりと指摘してしまう。慎二にしても前線だけの問題だとは言い出しはしないが、やはり満足な成果もなく撤退してきたという負い目は感じているようだ。

 

 

 

「ま、時間がないのを言い訳に、斯衛の中尉さんまで結局巻き込んでたからなぁ、こいつは」

「あの中尉、今は一応は国連軍の所属なんだろ? 部署違いとはいえ仕方ないんじゃないか?」

 わざと明るく苦笑交じりに漏らす慎二に、孝之が不思議そうに問いかける。

 

「お前なぁ……空気読まないのはともかく、斯衛の皆さんの前でそんなことは絶対に言うなよ?」

「……なんだよそれは?」

「あ~社会のシガラミをもうちょっと勉強してくれってことだ」

 問題点が判ってなさそうな孝之の態度に、さすがに慎二としても諦めたかのように説明を放棄する。

 

「確かに。篁中尉にあそこまで無理をさせてしまいましたから、斯衛では無様な真似は晒せませんね」

 武自身は孝之の言葉には直接口を挟まず、明日以降の話として誤魔化してしまう。とは言うものの、唯依に所属を超えての無茶振りをしたことは間違いない。それを斯衛の衛士が知らぬはずもないので、XM3の性能とは別に気を配らなければならない案件だ。

 

 唯依は事前の予定であれば、XM3の実機搭乗程度だけでトライアル前どころか即日にはユーコンに戻っているはずだった。が、XM3のトライアルに武御雷で参加してもらっただけでなく、その後も模擬戦の映像に付ける解説やXM3搭載型の第三世代機での部隊運用などの立案にまで関わってもらっていた。

 唯依にしても、ユーコンで開発中の不知火・弐型にはXM3が搭載されることはほぼ確定事項なので中途半端な知識のままで戻るつもりもなく、武たち同様に寝食を削り疲れ果てた姿で昨夜ようやくこの基地を離れて行った。

 

 

 

「まあ忙しさも目処は付いた。合同訓練が始まるとはいえ一応明日からは少しばかり余裕がある」

 チョコバーの欠片を合成玉露で流し込み、慎二は話は変える。

 

「で、白銀? 悩み事の相談くらいなら今なら乗れるぞ?」

「ははは……お見通しでしたか」

「普通なら、何か遊びながらでも砕けた頃合に聞きだすんだろうが、な」

 それこそそんな時間はねぇな、と慎二は自分の言葉に苦笑する。

 

「言われてみれば、部隊結成から俺らってずっと顔突きつけてるのに、仕事ばっかですね」

 

 遊ぶと言ってもEX世界線でのように家庭用ゲーム機などがあるわけでもない。

 以前の世界線では、207Bの皆とPXに集まったり地下で霞とあやとりなどで勤務後の時間を過ごしていたが、今回にはそんな余裕はない。

 ふと、今の部隊に所属するCPの幼女二人があやとりをする姿を想像しかけたが、霞はともかく相手がターニャでは、糸は糸でも権謀術数の不可視の糸しか思い浮かばない。

 

 そして男連中であれば将棋かトランプ程度だ。賭け事自体は禁止されているが、そこまで目くじら立てられるほどでもない。ダラダラとバカ話をしながら、小銭や明日のおかず一品程度なら、中隊長たるまりもから咎められることもないはずだ。

 

 

 

「以前に、夕呼先生……副司令から言われた言葉をたまに思い出してしまうんですよね」

 

 訓練中であれば、眼前の任務にかかりきりになるので忘れていられる。だが中途半端に時間が空いてしまったからこそ、解決できていない問題として頭に浮かんでしまうのだ。

 

「あ~話し振っておきながら、スマン。それは俺らが聞いていい話か?」

「問題は無いとは思いますよ。そもそも俺が聞いてきた程度の話しなんですから」

 武は軽く笑って誤魔化すが、さすがに部隊の外でする話ではないとは理解している。

 

「で、まあ。BETA大戦後の世界をどう思い描いてるのか、て言われてまして」

 さらっと口にしたが、それを聞いた二人は完全に表情が固まる。まったく想定していなかった言葉だと言うのは、その顔を見ただけで理解できてしまった。

 

「……悪い、まったく考えたこともなかった。戦後……戦争の、後ってことだよな?」

「だな。そもそも軍に入ってこの部隊に配属されるまでは、戦争そのものに実感がなかったし」

「ですよねぇ」

 

 衛士、それも実戦経験があるからこそ、逆に「戦後」があるなどとは思いもよらないのだろうとは、他の世界線での実戦を経た武にも判ってしまう。あのBETAの物量を実体験として知っていれば、人類が勝てるなどとは普通は思い浮かびもしないのだ。

 

「まあ、俺に出された宿題みたいなものだと思うので、自分で考えてみますよ」

 少し走って明日に備えて寝ます、となかば逃げ出すように武は控え室を退出した。

 

 

 

 

 

 

「ったく……あの二人はナニやってんだよ」

 少しばかり身体を動かして頭を冷やそうとグラウンドに出てみたが、見かけた状況に違う意味で頭が痛い。

 

「御剣っ、鑑っ、二人とも何をしている?」

 先を走る二人に、ランニングというにはハイペースで追いつき、叱責にならない程度に声をかけた。

 

「アレ? タケルちゃんも自主錬?」

「ご覧のとおりだ、白銀。就寝前の軽い鍛錬だ」

 純夏は問われた意味が判らずに問い返してきたようだが、冥夜は言葉の意味が判っていてとぼける。

 それでも話しやすいようにと脚は緩めてはいる。

 

「明日は早いから休めと言ったのに何してると、そう聞いたつもりなんだがな?」

 純夏に対しては諦め染みた呆れも感じかけたが、それよりも冥夜には言外に小隊副長として叱責したほうが良いのか、と重ねて問う。

 

「ふふ、ゆっくりと休むための下準備といった程度だ。明日に疲れを残すようなことはせぬ」

「ほどほどにしておけよ?」

「うむ」

 

(逆に言えば少し無理をしないと寝付けない程度には緊張している、と言うことか?)

 冥夜にしては迂遠な返答に、武もそれ以上の追及は止めた。斯衛に向かうということで冥夜が必要以上に思いつめているのは間違いないが、武にはそれを今すぐ解消できるような都合のいい言葉は持ち合わせていない。

 

 

 

「それで? タケルちゃん、また何か悩みごと?」

「またとは何だ、またとは」

 慎二のみならず純夏にまで指摘されて、そんなに自分は顔に出やすいのだろうかと、どうでもいいことに悩みが飛んだ。

 

「でも何か悩んでるんでしょ?」

「ふむ、鑑の言葉通りだな。そなたも疲れているはずなのにそんな顔をして走りこむようでは、我らとて安心して休めぬぞ」

 

 冥夜も茶化すような言葉で、促してくる。

 このあたりの連携のよさは、いつの間にか二人の波長が合っているようにも武には思えた。

 

 

 

「いや、まあ悩み事というよりかは、夕呼先生からの宿題みたいなものだな」

「宿題かぁ、たしかにそれは悩むねぇ」

「香月副司令からの宿題となると……ふむ確かに悩むべき問題であろうな」

 思っていた以上に重大な話だと、冥夜が意識を切り替えたのか、目付きが鋭い。

 

「そこまではっきりと言われたわけじゃないんだけどな。BETA大戦後の世界をどう思い描いてるのか、って話だ」

 いい機会だと思い、先ほど控え室で話していた言葉をほぼそのままに告げる。

 

 夕呼にしてみれば、武がターニャに近づきすぎることへの警告程度なのかもしれないが、言われたほうとしてはこのところどうしても頭の片隅にこびりついてしまっている。

 先ほど慎二たちに話しかけたのも、自分では答えが出せないからだ。この世界で実戦を経た衛士たちであれば、なにか明確な考えができているのではないかと期待してしまったのだ。

 

「それは……BETA大戦後の世界、か。さすがは香月副司令と言うべき、だな。想定の範囲外だった」

「だよね。この戦争が終わるなんて、言われるまで想像もしてなかったよ」

「鑑の言うとおりだ。護る事は頭にあっても、その先のことなど意識したこともない。なるほど確かに『宿題』だ」

 

 先日までは大陸での極東防衛がまがりなりにも成功していたこともあり、日本全体がいまだBETA戦に対してはどこか当事者意識に欠けている、とは武も感じていた。その上で戦争の後をと言われれば、先の孝之たちとは違う意味で、まったくの想定外の話なのだろう。

 

 

 

「しかし白銀? 副司令が『戦後』を想定しているなど、我らに漏らしても問題ないのか?」

「ん? ああ……A-01の中なら大丈夫だろ。というかあの人なら、外に漏れても気にしない程度のことしか俺には話してない、はずだ」

 

 遠まわしに冥夜が訊ねているのは、孝之たち以上に夕呼の立ち位置を理解しているからこその言葉だろう。夕呼がアメリカとの対立を画策しているのか融和を望んでいるのかそういったスタンスを第三者に伝えて良いのか、ということだ。

 

 ここ最近の第四計画の活動のすべてを冥夜が知っているはずもないが、それでも香月夕呼という個人に白銀武が重用されてのは判る。その武に「戦後」を考えろなどという話が来ているということは、詰まるところ夕呼自身がすでに先を見据えて活動を始めているということでもある。

 

 夕呼の「戦後」というのがアメリカと日本との力関係を含めた世界情勢であり、そこに香月夕呼という一個人の天才が、軍事組織を掌握した上で関与することを表明しているとも見て取れる。

 

 つまるところ「次の戦争への準備期間」という意味での「戦後」を想定しろという話だと、冥夜にしても思い至ってしまう。

 

 

 

「でも戦争の後かータケルちゃんならそのまま続けられそうだけど、わたしじゃ国連軍には残れそうにもないから、何か仕事探さなきゃだよね?」

「ん、ああ……個人的な問題としてみれば、確かにそういう面もあるな」

「あ、いや。白銀が悩んでいるのは、少しばかり違う気が……」

 

 話がいきなり飛んだように思え、武も冥夜も返答に詰まる。

 純夏が言い出したのは、極々狭い範囲での「戦後」だ。

 

「あ、でも。退役したら大学に行く補助金とか出るのかな?」

「ふふふ、我らはすでに国連軍士官だからな。退役後の身の振り方に関してはそれなりの補助制度があるはずだ」

「だよね? いきなり放り出されたりしないのなら、なんとかなるかなー」

 

 武の動揺には気にもかけず、純夏は自分の進路のようなものをブツブツと考え込みはじめる。その様子は、すでに薄れてしまいそうな記憶の中の、進路希望用紙を前にしていた姿そのものだ。

 

「鑑は何か就きたい職業などあるのか? あ、いや軍以外で、という話だが」

「タケルちゃんじゃないけどいきなり言われても、したいこととかなかなか浮かばないねー」

「そうじゃなくてだなぁ……あ~アレだ」

 

 冥夜にしてみれば、進路に悩むというそんな純夏の姿が新鮮なのか、興味深げに訊ねている。

 逆に武は、すでに純夏のペースで話が進んでいることにどこか気勢を削がれながらも、今の自分が個人的にやりたいことなど浮かんでこないということに気付かされた。

 

 

 

「あ、でも。仕事じゃないけど、今度は訓練ではなくどこかに皆で旅行に行きたいっ」

「……は?」

「演習では島に行ったけど、タケルちゃんは行ってないし、207Aの皆とも前回は別だったし。中隊の全員で温泉とか海水浴とか行ってみたい」

 

 話し飛びすぎだろっ、とどこかの世界線のシロガネタケルならば頭にチョップを降ろすのだろうが、今の武にしてみれば先ほどまでの緊張が抜け落ちた脱力感のほうが激しい。

 

「いやだからな? 戦後の話ってのはそういうんじゃなくて、だな。鑑さん?」

「海ならすぐそこだけど、温泉なら箱根かなー?」

「いや、聞いていねぇし」

 

 もはや走るのは完全に止めてただの散歩程度に歩きながらふにゃりと笑う純夏を見ていると、悩んでいた自分さえもバカらしい。

 

 

 

「ふふ、良いではないか白銀。鑑の考えるような世界こそが『戦後』であるべきだ。そこに住まう者たちが個人的な幸せを想像できる、すばらしき世界ではないか?」

「そういう御剣には、個人的な幸せを想像してるようには見えないぞ?」

「ふむ。それこそこれからの精進、と言うべきだな」

 

 明日からの斯衛での任務に向けて、必要以上に肩に力が入っていた冥夜が、今は普段よりも落ち着いている。武だけでなく冥夜も、純夏の言葉で無駄な気負いを消せたようだ。

 

(ったく。確かにこれは『正解を引き寄せる能力』ってヤツかもな)

 

 00ユニットとしての適正が、この世界線の純夏に有るのかどうかは武には判らない。だが、それにもっとも必要だとされた能力とはこういったものなのかもしれないと思う。

 

 

 

「判った鑑。温泉地の候補はいくつか見繕っておこう」

「あ~御剣、箱根は避けてくれ」

「え~タケルちゃん、温泉といえば箱根でしょ?」

「ん? なにか問題でもあるのか?」

 

 二人して問いかけてくるが、そこだけは譲れない。

 

「あの辺りは何かと畏れ多いので、もう少し近場で選んでくれると俺の胃に優しい」

 どうでもいいバカ話をして今日はもう寝よう、と武は密かに心に決めた。

 そして箱根で温泉地などというと、冥夜が選ぶというよりかは真那あたりが選びそうで、そうなると離宮付近を指定してきそうで怖い。

 

「まったく、そなたはどこまで……」

「箱根で温泉でお鍋だよーっ」

「いや、鑑? なにか増えてないか?」

 

 離宮のことに思い至った冥夜は武の立場をまた勘繰っているようだが、純夏はそんなことはお構いなしのようだ。それどころかこのままだと要求が際限なく増えていきそうでもある。

 

 

 

「まあしかし、こういう話ができるような世界、か」

 

 武にはいまだ具体的な方策などはまったく思い浮かばない。

 だが、ちょっとした未来の予定を屈託なく話せる、たしかにそんな世界こそが戦後であるべきだと、二人の言葉からあらためて思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 




なんとか一月中に更新達成~アズレンとかモンハンとかが悪いというのは横に置いて、ヘンに作業環境をスマホに移そうなどと画策したのが間違いだったかもしれません。ハーメルンの多機能エディタは便利なんですけど、やはり物理キーボードか欲しいロートルです。

でコミック版オルタの最後のアレはアレで好きなのですが、多分この流れだとああいう全人類結集~みたいな世界にはできないなぁ等と考えながら、二月中はできれば更新回数を増やしたいところです。

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