Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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このあたりから少しばかり純夏へのアンチヘイト的な表現が始まります。ご注意ください。


欠落の疑惑

「あ~社? あらためて、俺は白銀武、だ。階級はまだないけど、よろしく頼む」

「……(コクリ)」

 狭い部屋に、武と霞は放置されたような形だが、それで気まずさを保つのも良くない。切り替えの為にも、気持ち大声で武は挨拶しておく。

 

「んじゃあ、まあ。俺はレポートの続きに戻るが、社は好きにしててくれ。しんどくなったら無理に『読み』続けなくてもいいぞ」

 敵意はないとは判ってくれているだろうし、霞には霞の仕事があるはずだ。

 おそらくは武が、意識的・無意識的に書き漏らしたことを霞のリーディングを使って補完させるのが、夕呼の目的だろう。霞には無理をさせることになるが、武としてはその仕事を早く片付ける以上に、霞にしてやれることが無い。

 

 

 

 合成コーヒーをカップに注ぎ足し、意識を切り替え、夕呼から先程指示された桜花作戦のレポート作成に向かい合う。

 体感的にというか主観的にというべきか、武にとって桜花作戦はつい先日のことでまだ記憶にも新しい。

 

 残念なことに桜花作戦のデブリーフィングは完全とはいえない。A-01で生き残ったのが武と霞だけというのもあるが、そもそも帰還した翌日には武はあの世界から「消された」のだ。

 それもあってか、世界が変わってしまったとはいえ、今この機会にこそ書き記すことが生き残った武の責務だと思えてくる。

 

 とはいうものの武はXG-70dの操縦士として突入部隊の中核をなしていた上に、「あ号標的」の撃破まで達成しているが、作戦全体を把握しているわけではない。事前に伝えられた概略程度はともかく、作戦開始後の全体の推移などは説明できるほど詳しくはない。

 

 

 

(一文字艦長そして駆逐艦夕凪の乗員の皆は、レーザーから俺たちを護るために文字通りその身を盾にしてくれた……)

 それでも全体は知らずとも、身を挺してくれた人々のことは刻まれている。

 

(委員長と彩峰も、美琴もたまも、俺たちを……いや俺を先に進めるために道を作ってくれた)

 巻き戻ったこの世界で誤魔化してはいたものの、元207Bの皆を失ったことに、気持ちの整理ができているはずもない。

 先程の夕呼との話で、その整理できていなかった気持ちに彼女たちの想いまでも無理やり突きつけ直されたせいか、思い出せるのは彼女らとの別れの場面ばかりだ。

 

 AL弾への対策や新種である母艦級の出現など、伝えるべきことは多いと頭では分かっているものの手の進みは遅い。そして重頭脳級である「あ号標的」、その浸食ともいえる特殊な能力の説明をせねばと、あの最後の戦いを思い返してしまう。

 

 

 

(俺は、なんで先に進めたんだ……?)

 殿軍として後方を護ってもらうために部隊を分けた、などというのは言い訳だ。あの時点で後ろに残れば、どうあっても助けられないのは判っていたはずだ。必要な犠牲だった、そういうのも簡単だ。人類の未来のために、その身を挺して道を作ってくれた彼女たちの意思を無駄にしないために、と考えたのも間違いではない。

 

 一周目のどこか異なった展開とも考えられる彼女達との複数の記憶は、もはや今の武にとっても感情の伴いにくい薄い印象しか残されていない。

 だが「白銀武」という人間は、そんな物わかりのいい者だったのか? 記憶を消された程度でその想いを無くしてしまった以前の「白銀武」に対し、自責とは違う怒りも憤りも感じてしまう。

 

(いや……今こうしてこの世界にいなければ、俺は皆のことを、戦いに散っていった先達のことを忘れさせられていたのか?)

 「白銀武」への不甲斐なさとは別に、彼女達への想いを消した純夏に対し、奪われたとも穢されたともいえ暗いモノを感じてしまう。

 

 

 

 そして一周目と二周目との、意識の齟齬が形になってしまいそうになる。

 

 ――ひとりの女を愛している。

 ――彼女のためなら何でもできる。

 ――死ぬこともいとわない。

 

 一周目で自分が書いたはずの遺書の内容が、鮮明に浮かんでくる。忘れていたわけではない。だが思い返さないようにしていたことは事実だ。

 そんな遺書を残すような「白銀武」が、記憶を消されただけで「愛した女」たちを見殺しにしていたのだ。いやそれどころか……

 

(俺は……俺が、この手で冥夜を、殺した?)

 他の四人とは違う。後で合流するはずだったなどという、そんな言い訳もできない。

 「あ号標的」に取り込まれ、もはや助からぬならせめて愛した者の手でと冥夜に懇願され、武は荷電粒子砲のトリガーを引いたのだ。

 

(ああ……そりゃそうだよな、『鑑純夏』にとっては『御剣冥夜』が『白銀武』を奪ったんだ)

 二つの世界での「白銀武」のループの起点は、その世界の白銀武がBETAに殺された瞬間ではない。2001年の10月22日なのだ。

 それは「御剣冥夜」が「白銀武」の前に現れた時間だ。

 「鑑純夏」にとってその時こそが、「白銀武」が奪われた瞬間なのだろう。

 

(俺は、いやあの世界の『白銀武』は冥夜を殺すように最初から『仕向け』られていたのか……?)

 理解できない、とは言わない。もちろんこの推測が間違っているということもあり得る。

 それでもループを繰り返させられていたという事実からしても、二周目の「シロガネタケル」という存在がどれほど「鑑純夏」に都合のいい存在として、可能性世界の数多くの「白銀武」の断片から組み上げられていたのかが推測できてしまう。

 

 

 

(……これはマズいな)

 

 記憶を漂白され続けた一周目の「白銀武」。

 純夏にとっての理想である、他の女の経験が無い二周目の「シロガネタケル」。

 

 厳密に言えばこの二つは別の存在だと、なんとか割り切る。

 いやそう割り切ることで、純夏と二周目の「シロガネタケル」への苦い思いを押し込める。

 今ここにいる武とは別だと、夕呼から先程伝えられた言葉が、あらためて救いとなる。

 

 努めて冷静に、因果導体として「記憶操作」されていたことを、メモとして残しておく。

 下手に踏み込めば、怒りのあまり叫び出してしまいそうになる。

 

 桜花作戦のことを書き残していくことは最重要課題ではあるが、今この気持ちのままに纏めていくのは、深く暗い思いに囚われかねない。

 誇るべき先達や仲間との思い出を、自らの手で穢すような記録は書きだしたくないだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ただ苦いだけの不味い合成コーヒーを、カップ一杯一気に飲み込む。

 

「社、ちょっと身体を動かしたいんだが、良いか?」

「……(コク)」

 先程までの暗い想いを読み取られてしまったのか、また距離が開いている。

 悪いのは武自身の方だと自覚があるので、無理に距離は詰めない。というかちょっとでも詰めたら、逃げ出してしまいそうだ。

 

「んー別世界のお前に聞いた話だけど、読むのは疲れるんだろ? 話せるなら、言葉にした方がいいぞ?」

「……はい」

「あ、あと。怖くないのかーとかも無し、な。ヘンなこと考えてて見られるのは恥ずかしいというか、むしろ見せてしまってごめんなさい」

 先ほど気付いてしまった黒い思考は、幼い少女に覗かせるようなものではないはずだ。

 務めて軽く、気持ちを切り替えるためにも、流す。

 

 

 

「で、話戻って。今の俺って外に出てもいいの?」

「……? ……(コク)」

 少しばかり思い出すかのように頭を傾けた後、肯定の頷き。

 

「あ~さらについで。模擬刀とか竹刀とかで、持ち出せそうなものってあるか?」

「……(コク)」

 再び、肯定の頷き。

 自分で持ってきてくれるようで、霞は席を立ちほてほてと部屋を出ていく。廊下まで追いかけてみると、行先は夕呼の執務室だ。

 勝手に入っていいのか悩む間もなく、すぐに目的の物を持ち出してきて、武に差し出す。

 

「……どうぞ」

「お、おう、ありがとな。しかし夕呼先生なんでこんな物持ってるんだ」

 自分で頼んでおきながらだが、まさか夕呼のところから持ってくるとは思っていなかった。何でもこなしそうな夕呼のことだから模擬刀を振るっていてもおかしくはないが、あの散らかった部屋でストレス発散で振り回すのは止めてもらいたい。

 

 模擬刀の出所に悩んでいるうちに、霞は先に歩いており、エレベータの前で待っている。

 付いて来いということらしく、大人しく従う。

 武としても道は判っているが、IDのない今は霞に頼るしかない。

 

 

 

「ってうわ、もうこんな時間だったのかよ」

 霞に連れられて外に出るともうかなり暗い。

 地下の部屋に籠っていたのもあり、時間の感覚がおかしくなっていたが、夕食時も過ぎている。

 

「付きあわせて悪かったな、社。PXで何か食べながらでも待っていてくれ。ニンジン出てきても残しちゃだめだぞ」

「……(ふるふるふるふる)」

 なにやらいつも以上に長い否定らしい首振り。ニンジンを食べたくないだけではないようだ。

 

「もしかして、夕呼先生から目を離すなって言われてるのか?」

「(コク)」

 今度はすぐさまの肯定の頷き。一応は見張り役らしい。

 

「じゃあちょっと寒いかもしれないが、しばらくそこで見ていてくれ。近付くと危ないぞ?」

 

 

 

 グラウンドに来るまでは軽くランニングからなどと思っていたが、逆に考え込み過ぎそうだ。無心になるというのなら、最初から素振りが一番だろう。そう考えて、軽く身体をほぐしてから模擬刀を構える。

 

 切り、払い、そして突く。

 正式に教わったわけではない。くりかえし鍛錬に付き合ったことで、自然と身に着けた剣筋。

 

 後悔は、ある。

 記憶を奪われたことへの憎しみも、ある。

 その憎しみは否定したいが、間違いなく武の腹の底にドロドロと溜まっている。

 

 それよりもやはり、忘れさせられた程度で想いを無くしてしまった二周目の自分が、誰よりも不甲斐なく消し去りたいほどに苛立たしい。

 

(……ああっ、くそっ)

 鏡の前で剣を振るうかのように、頭の中で仮想敵として自分の姿を思い浮かべていたはずが、浮かんでしまうのは剣の師ともいえる彼女の姿の方だ。

 無心などとは程遠い。逆に彼女への想いが増してしまう。

 剣を握り、剣筋を重ねていくことで、思い描かれるのは自分が理想とした、彼女の動きだ。

 

 

 

「もし……少しよろしいでしょうか?」

「……えっ?」

 

 聞き慣れていた、かつて「白銀武」が愛した一人。

 いや今の武としては、先日自らの手で、命を奪った女。

 今まさに、剣の中にその姿を追い求めていた、彼女の声だ。

 

「鍛錬中にお邪魔して申し訳ない。なにやら太刀筋に迷いがあるようにお見受けするが……」

 

 

 

 御剣冥夜。

 声を掛けられ、振り向いた先に立つ一人の少女。

 月明かりに照らされた、冥い夜とその名の現すような、抜身の剣の如くの姿。

 

「めっ……!?」

 その名前を叫び出しそうになる。

 「二周目」に再会した時の、また会えたという喜びは、奥歯を噛みしめて封じ込める。

 

 彼女の想いに気が付けず、踏みにじり、知らぬ振りを続けさせられた挙句の果てに、その命さえ奪った。

 何に代えても護ると誓ったことさえ、忘れたのだ。

 たとえ別物だと言ってもらえたとしても、この白銀武に彼女を前にして喜べるような権利は微塵もない。

 

 

 

 ただそれでも……と思ってしまう。

 ありえなかったはずのこの「三度目」こそ、何に代えても護りぬく、と。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが、よーやく冥夜さん登場。ここまで出てこなかったけど、メインヒロインです。

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