Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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代替の旨趣

「BELKA計画は、決して受け入れることが出来ません」

 

 海軍という性質からなのだろうか、尉官でしかない武に対しても柔らかな物腰で話を続けていた山口だったが、その言葉と共に身に纏う空気を一気に高質化させた。

 山口だけではない。それまでは物静かに一歩引いていたかのような出雲の艦長も、やはりその視線に強い拒絶の意思を光らせ、ターニャを見つめる。

 

(まああんな作戦立てられたら、そりゃ反対は凄いだろうけど、さ……ってあれ?)

 計画の概要を知る武としては、帝国軍人である二人の将官がその作戦に否定的なのはよく理解できる。

 

 だが、どこか違和感がある。

 山口の怒りはもっともなこととは思う。しかしそれを半ば非公式な場とはいえ、計画立案者でありかつ国連の事務次官補であるターニャに対し、直截的な物言いをもって現すというのは、何かがおかしい。

 

 

 

 帝国海軍の第六艦隊司令長官。米英に次ぐ世界第三位、極東においては最大の海軍、その一個艦隊を預かる身だ。新任の少尉でしかない武からすれば、まさに雲上の人物といえる。

 

 が、あくまで艦隊規模の指揮官だ。

 帝国軍参謀本部どころか海軍軍令部に属しているわけでもなく、階級は高いが帝国全軍の戦略決定に関しては、さほどの影響力を持つわけでもない。

 

 言ってしまえばその程度の立場でありながら、ここまで反対の意思を表明するのは少しばかり行き過ぎている。

 

 

 

(あ~もしかして「悠陽殿下」に対する、海軍からのパフォーマンス役ってところか)

 武の推測が正しいのかは定かではないが、おそらくターニャもそう捉えているようで、強面の将官二人からの視線にも一切動じずコーヒーカップを片手に落ち着いたものだ。

 

「ふむ? 貴重なご意見、誠にありがとうございます」

 

 そしてその予測を裏付けるかのように、ターニャは儀礼上だけの言葉を述べる。まったく受け入れるつもりが無いどころか、考慮にすら値しないと、その態度で語っている。

 

 その反応の薄さに対し海軍の二人は緊張をさらに高めるが、ターニャはまったく頓着していない。

 そして冥夜もまた、BELKA計画の概要を知らないということもあろうが、求められている外面を維持するため、落ち着いたものだ。

 

 

 

 

 

 

「失礼ながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか、山口提督?」

 

 話の落としどころを探る意味でも何か口を出すべきだろうかと、武が無い知恵を絞っていたが、それよりも先に真那が口を開いた。

 

「……何かね、月詠君?」

 睨みあう、というよりは一方的にターニャを睨みつけていた山口だったが、真那の言葉にわずかながら緊張を削がれたようだ。斯衛の中尉に対する対応とするか、「煌武院悠陽」の従者として対応するか、どこか迷いがあったような間を空けて、山口は真那へ質問の許可を与えた。

 

「不勉強の謗りを受けましょうが、BELKA計画とは如何なる作戦なのでありましょうか?」

「ん? ああ……そうか。君は知らされては居らぬのか」

 

 問うたのは真那ではあるが、冥夜も知らぬことと察しての質問だろう。

 

 BELKAの名を出されても、ターニャも冥夜も、顔色を変えていない。

 そして隠しきれていないと自覚しているが、武は計画がいかなるものか判っている上で、否定的な反応を見せてしまっていた。

 

 そんな三人の様子から、山口としてはこの部屋の誰もが計画を知っているものとして話を進めていたのかもしれない。

 

 

 

「う、む。本来であれば斯衛の方とはいえ尉官では……」

「申し訳ございません。我が身では知る必要無きことであれば、今の問は聞かなかったものとなさってください」

 

 真那の立場をどう解釈するかで、どこまで話すべきかどうか逡巡する山口を見て、真那は表面上質問を取り下げる。

 

 もちろん言葉通りに引き下がるつもりなど、真那にはない。

 

 軍機に関することであるならば、軍人としてまた武家に連なる者として、知るべきことと知らざるべきこととは、真那にとって明確に区別されている。

 しかしながら冥夜の身に危険が及ぶ可能性がある情報に関しては、その限りではない。

 

 "need to know"の原則など、真那にしてみれば冥夜を護ることと比べれば、一顧だに値しない。

 

 

 

「くっ、はは、気にするな月詠中尉。古い計画だが、今なおまだ機密指定されている。帝国斯衛といえど尉官である貴官が知らずとも不思議はないよ」

 口ごもる山口とは対照的に、ターニャは面白そうに表情は変えずに笑う。とはいえ、そのまま説明するつもりもなさそうだ。

 

「ふむ……そうだな、白銀少尉。貴様が知る範囲でかまわん、月詠中尉にご説明して差し上げろ」

「はっ!? あ、いえ……了解いたしました」

 

 ターニャは、機密指定されていると言ったその直後に、ただの国連軍少尉でしかありえないはずの武に、その秘匿計画たるBELKAの説明を押し付ける。

 

 

 

(まったく。俺が調べてることくらいはお見通しってことかよ。いや逆か。調べてなければ無能者の烙印と共に切り捨てるってところかね、この事務次官補殿は)

 もちろん武はBELKA計画を知っているなどとは、ターニャには伝えていない。夕呼にしてもわざわざそんな話をしてはいないだろう。だが知っていて当たり前だと扱われる程度には、価値を認めてはもらえているようだと、無理やりに前向きに考え直しておく。

 

「ですが自分が理解してるのは計画の概要でしかありえません。それで、よろしいでしょうか?」

「貴様の知る範囲でと言ったぞ? そもそもが実現しなかった計画だ。概要程度で問題ない」

 それでは、と姿勢を改めて、真那とそして冥夜に対し計画の概略を話しはじめる。

 

 

 

 

 

 

 BETA大戦後の世界をどう思い描くかという夕呼からの「宿題」。

 それを考える上で、今後対立するにしろ協力関係を続けるにしろターニャの個人的なドクトリンとでもいうべき判断基準を知るために、武は「ターニャ・デグレチャフ」という人間の経歴を調べたことがある。

 もちろん、夕呼の許可を得てのことであり、使えるものは使わせて貰った。さすがは第四計画最高責任者ということもあり夕呼の権限をもってすれば、国連においてもアメリカにおいても、極秘扱いの資料まで眼を通すことが出来た。

 

 そんな調査の中で眼にしたのが秘匿呼称"BELKA"だ。

 

 

 

 『防衛的』陣地急造計画。

 計画自体は、驚くべきほどに単純だ。そしてまたおそらくは非常に有効な手段でも、ある。

 

 BETAはその活動を環境に制限されることはほぼない。それでも侵攻するにあたっては、基本的に高低差の少ないルートを選択し、海や大型河川などは回避する傾向がある。そしてまた渡河前にはその進行速度は鈍る。

 簡単に言ってしまえば、より経済的な侵攻ルートを選択しているのだ。

 

 ならばその侵攻予測ルートの前方に、BETA群の進撃速度を低下させるための泥濘地を複数構築し、かつ大規模な水城をも複数個所用意しておけばよい。敵の進行ルートを限定しかつその速度を抑え、そのうえで手持ちの火力を集中運用できるように、地形を弄る。いってしまえば、ただそれだけの計画だ。

 

 

 

「BETAの足止めと火力集中のための、防衛的な陣地構築、ですか」

 武が説明したBELKA計画が目的とするところを聴いた上で、どこに問題がとでも言いたげに真那が言葉を漏らす。冥夜も真那も個人としては戦術機衛士であり、陸軍の作戦行動計画としてBETA大規模侵攻に対する遅滞戦術の有効性は理解しやすい。

 

 だが真那もすぐに問題点に気が付いた。

 

「あ……いえ。それほど大規模な防衛陣地構築ともなれば、時間的にも労力的にも、実現不可能ではありませんか?」

「当然だな。あの土木ユニットどもが、こちらの侵攻ルート先で行われる我らが土木作業を黙ってみているはずがない。むしろ速度を上げて押し寄せてくるであろうな」

 

 ターニャはその疑問を当然のことと受け入れつつ、それでも直接的な答えは言わず、武に説明の続きを促す。

 

 

 

「……これら水源地構築や運河浚渫などに関しては、通常の土木作業ではなく、核地雷をもって対応いたします」

 さすがに簡単に言葉に出来ることではなく、どうしても武の口も重くなる。

 

 押し寄せるBETA先鋒集団を核地雷で殲滅しつつ、その結果できあがった泥濘地などで後続の足止めをする。BETA大規模集団の眼前での土木作業が困難ならばどうすべきか。その問題に対する、ターニャの出した解答が、これだ。

 

「っな!? それはっ、作戦などと許容できるものではっ!!」

 

 真那が驚きのあまりに、立場さえ忘れて声を上げてしまう。

 冥夜にしても、さすがに一瞬ではあったが眼に剣呑な色が浮かぶ。

 

 武も計画の概要を知ったときには驚き呆れたこともあり、二人の反応には心から同意できる。だがそれとは別の部分で、この様な作戦案を提示できる、提示してしまえるターニャに、恐怖とともにどこか畏敬の念を感じてしまったことも確かだ。

 

 

 

「落ち着きたまえ月詠中尉。まあ我々JASRAとしても提言はしたが、かつての東欧と違いこの本州では十全な防衛陣地が構築できるとは考えておらんよ」

 

 本州においては、琵琶湖運河は作られてはいるが、それ以外に日本海と瀬戸内とを繋げられるような都合の良い地形がない。たとえ核地雷をもってしても中国山地に運河を掘ることは非常に困難を極め、しかも山岳地にはBETAが侵攻することが少ないために、地雷源としての効果も薄い。

 

「縦深防衛としては本州は非常に理想的な地形ではありますが……少々手狭、いやなによりも防衛拠点が多すぎると言うのが問題ですな」

 

 元々のBELKA計画であれば、そもそもがその名のとおりの「平原の国」であるポーランド東部から、ベラルーシの西半分を用いての遠大な縦深防衛方針なのだ。それを島としては大きいとはいえ、本州でそのまま転用するのは無理がある。

 

 

 

「我々として問題視いたしますのは、その点でありますな。拠点防衛のためとはいえ、核を用いて汚染してしまっては、防衛の意味を成しません」

 

 少しばかり言葉の圧力を下げて、山口が口を挟む。

 祖国を核で焼き払うことへの感情面での反対ではなく、軍事的側面からの問題を指摘し、ターニャを押し留めようと言葉を続ける。

 

「それも理解はしております。ですが北九州、いえ下関を突破されて山口に入られてしまっては、通常戦力だけで満足な防衛が可能なのでしょうか?」

「海軍としては天気任せ、という部分が大きいのですが、たとえ本州上陸がなされたとしても奪還して見せます」

「……ほう?」

 

 ターニャの問いに、山口は可能だと断言する。

 

 

 

「さきの白銀君の言葉通りに、BETAの侵攻経路は予測しやすい」

 

 距離的にも海底地形的にも、北九州市や下関市方面へのBETA直接上陸の数はさほど多くないと想定されている。もちろん山陰地方での防衛を無視しているわけではない。だが戦力に限りがある現状、優先すべきは北九州を中心として福岡から下関付近までだ。

 

 そして北九州周辺は、九州防衛だけに限れば拠点構築に適した土地も多い。だが本州への陸上侵攻阻止を最優先するとなると、どうしても沿岸線を細く薄く守ることとなってしまう。

 

 いま九州への侵攻を押し留めるべく計画されているのは、BETAが海岸上陸後に砲撃を集中させる、という方法である。だがこれには当然大きな穴がある。上陸直後のBETAは無防備であるとはいえ、そのすべてを殲滅できようもない。

 

 上陸後のBETAは、その本来の能力を持って陸路を進むことだろう。さすがに突撃級の最高速度である時速170kmで全BETA群が押し進むわけではないが、それでもBETAの持つ物量と速度とに抵抗できなければ、本州への侵攻を許してしまう。

 

 

 

「陸の方々を信用しないわけではありませんが、事務次官補のおっしゃるとおり、下関で完全に防衛できない可能性もありましょう」

 

 下関防衛に関しては、海軍としては玄界灘と周防灘との二方面からの砲撃を予定はしているという。位置的にも光線級が大量に上陸でもしない限りは、十分な支援砲撃が可能だといえる。それであっても絶対とは言い切れないのが、対BETA戦だ。なんといっても相手は無尽蔵とでも言いたげな物量を持つBETAなのだ。

 

「下関を護りきることができるのが最善ではありますが、ここを越えられたとすれば、その先は国道2号を東進する事となりましょう。それを想定した上での周防灘や瀬戸内からの防衛砲撃の計画案も、すでに完成しております」

 

 あとは投射可能な火力とBETAの物量との単純なパワーゲームだ。海神など戦術攻撃機を主軸とした逆上陸も、計画としては想定されているという。補給拠点としての四国が落ちないなど、いくつかの条件はあれど防衛およびその後の奪還も不可能ではないと、山口は断言する。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。安心したまえ御剣少尉。帝国海軍としては帝国防衛に核に頼る必要はないと、お考えのようだ」

「は、ありがとうございます山口提督。先ほどからのお話を聞いて、安堵いたしました」

「いえ、もったいなきお言葉であります」

 

 それまで口を開くことがなかった冥夜だが、ターニャに促されるかのように感謝の意を伝える。

 それをうけて山口としては起立して謝意を表したいのだろうが、「国連軍少尉」としての冥夜の肩書きのために、座ったまま深く頭を下げるに留まる。

 

 

 

「だが国連軍を含め、アメリカなどによる核使用がないとは言えぬことには留意したまえ」

 話が収まったのかと武が安心する間もなく、ターニャが混ぜっ返す。

 

「やはり、その可能性は残りますか」

「ふむ。良くも悪くも我が軍には核兵力はございませんからな」

 わずかに眼を伏せる冥夜に対し、安心させるかのように山口が言葉を続けた。

 

 所持していないので仮定としても核戦力の運用は考えられぬと、まずは前提を示す。そして先のBELKA計画に見せた怒りもまさにそれがポーズだけであったと言わんばかりに、ターニャと山口とは予定されている台本に従っているかのように、冥夜に説明を続けていく。

 

「先にも申したとおり、核を使ってしまえば、一時的な防衛はともかくその後の戦線の再構築がより難しくなってしまう、という。問題がございます。核汚染された地域は物資集積には当然使えません。それこそ佐世保や長崎などの港湾施設周辺での使用など、後々のことを考慮すれば愚の骨頂と言えましょう」

 

 BETAの習性として、軍基地などの高密度集積回路が集中している部分を狙う、ということは周知されている。しかし、そこを奪還あるいは防衛するために核を使うなどというのは、自らその施設を汚染してしまうということだ。

 

 またたとえ基地周辺や人口密集地を避けてBETAの予想侵攻ルート上に核地雷を設置したとしても、そのルートは陸上の輸送ルートとほぼ同一なのだ。そこへ核を使用などすれば、後の物資輸送に多大な影響を残すことになるのは明白だった。

 

 

 

「そういう想定であれば先日使用された新型弾頭、G弾でしたか? その使用を求める声が上がることとは考えますが……」

 ターニャがG弾に対して反対的な立場だというのは、帝国海軍にも知られているようで、山口は言葉を濁す。ただ山口にしてみれば、放射線汚染が確定的な核兵器よりも、G弾に期待を寄せてしまうのもやむをえない。

 

「新型爆弾は、長期的いえ半永久的な重力異常による生態系への影響、というのが残ると推測されています。が、現状有効なサンプルがないために、反対意見は封殺されてしまいそうですな」

 

 無表情なままに、自身の立場の弱さをターニャは肯定する。

 先日、朝鮮半島でこの世界線では初のG弾が使用されたとはいえ、今やその地はBETA支配地域だ。着弾直後のデータはいくばくかは取っているとはいえ、長期的な影響はまったくといっていいほどに実地調査されていないといっても良い。

 

 そして予測されている重力異常の影響が、核汚染よりも低く見積もられていれば、米軍によるG弾の日本への投下をやむなしとして受け入れる可能性は低くはない。

 

 

 

「事務次官補、G弾の使用はなんとしても阻止していただきたいのですが……」

 この世界線ではなく、かつ自身で体験したわけではないが、G弾によって破壊された街並みを知る武としてみれば、核以上に使用に反対してしまう。

 だが、先の山口と比べることがおこがましいほどに、武の発言力はない。

 

 バビロン災害を知るターニャであればこそ、武と同じくG弾の使用を躊躇ってはくれるものの、アメリカを説得するにはデータが無さ過ぎる。

 

「私とて出来うる限りは使用には反対する。重力汚染被害の件もあるが、手の内はこれ以上晒したくもない。が、難しいところだな」

 

 ターニャが反対するのも、累積されていく重力異常とは別のところもある。

 喀什を攻めるにあたり、ユニットによる地下茎情報が存在しないこの世界線において、G弾によって敵BETA集団削減と出来うればモニュメント部分の破壊は成し遂げておきたい。

 すでに鉄原で一度使用されているとはいえ、あれ以上に追加の情報をBETAに曝け出すわけにはいかない。下手をするとハイヴの構造が対G弾仕様に強化されていく可能性も否定できないのだ。

 

「ただな、白銀。どこかの段階で間違いなくアメリカは核かG弾の使用には踏み切ることは間違いない」

「事務次官補であっても止められませんか……」

 

 地位が欲しい。ふと以前の世界線で考えてしまったことが、再び武の頭をよぎる。

 階級があるだけでは問題の多くを解決できるわけではない。それでも自分の考えを推し進めるためには社会的な地位と、それに伴うだけの実績に名声は必要だ。

 

 ターニャ・デグレチャフという人物が、これほどまでに無茶を通せるのは、間違いなく、月から始まるこのBETA大戦で築き上げてきた実績があるからこそだ。

 

 

 

 

 

 

「白銀、考えてみろ。在日米軍の主力は何だ?」

 話を切り替えるためか、ターニャはコーヒーのお代わりを自ら注ぎ、武に別のことを問う。

 

 在日米軍の主力と言われ、武の頭に浮かんだのは元のEX世界線でのことだ。横須賀の第七艦隊や嘉手納の空軍の話は、ただの高校生であった「白銀武」であっても言葉程度は知っている。だがアメリカ陸軍がいたのかどうかさえあやふやな知識だ。

 

 対してこの世界での在日米軍の知識が豊富かと言われても、訓練兵時代に座学で学んだくらいだ。教えられたことを思い返し、なんとか答えをひねり出そうとする。

 

「細かな所属人数は記憶しておりませんが、やはり海軍と海兵隊、でしょうか?」

「そうだな。陸軍や沿岸警備隊なども駐留はしているが、その数は少ない。空軍や宇宙総軍にいたっては、戦力としては数えられんな」

 

 在日米軍はアメリカ太平洋軍の傘下であり、司令官は空軍将官である。これはBETA大戦前に編成されたからでEX世界線と同じだ。だがその内部編成は中露をその仮想敵とする21世紀のEX世界線とは大きく異なり、対BETA戦を想定とした編成であり空軍の比重は低い。

 結果、在日米空軍は一部の輸送部隊のみで、半数以上が第七艦隊に所属する海軍であり、あとは海兵隊と陸軍だ。

 

 

 

「陸の方々には少しばかり判りにくいかもしれませんが、船というのは港あっての物なのですよ」

 山口が苦笑気味に補足する。確かに補給艦もあるが、あくまで補助的な物だ。複数回の防衛戦闘をこなす、となれば港が無ければ不可能だ。

 

 佐世保だけではなく呉まで落ちれば、その状態で日本海岸側の舞鶴が無事とは想定できない。大湊は北海道・樺太方面の防衛のための母港でもあり、本州方面へ回す余裕はない。そうなれば連合艦隊の補給も横須賀が中心となってしまう。

 そんな状態で第七艦隊を主軸とする在日米軍に、十全な防衛協力を求めることなど出来ようもない。

 

 フィリピンとグアムの補給能力だけでは、極東方面全域の防衛を担うのは困難だ。そして艦隊をそこまで下げるとなると、日本よりも台湾の防衛が優先されることになる。

 

「つまりだな。日米安保に則して在日米軍の継続的な協力を受けたいのであれば、呉は当然、佐世保の陥落など許すわけにはいかん。如何なる手段を取ったとしても、だ」

 たとえ核で本土を焼いてもとまでは口にはしないが、ターニャが言いたいのはそういう話だ。武自身が経験したことではないが、UL世界線でもAL世界線でも、98年の本土防衛において在日米軍からは核の使用が何度も提言されていたらしい。

 

 

 

「やはり国土を核で焼かねば……そこまでせねば護り切れぬ、と事務次官補殿はお考えでありましょうか?」

 静かに考え込んでいた冥夜が、直接的に切り込む。

 

「その選択肢もあり得ると考慮しておいて欲しい、という程度だな。私の今の立場としては、さすがに命令としては伝えられん」

「申し訳ありません。軽率な発言でありました」

「気にするな、貴官の立場ともなれば、聞きたくもなろう」

 

 JASRAは結局のところ研究機関であり、提言は出来ても命令は出せない。しかもあくまで国連の一機関であるために、各国の軍に対し直接的な指示も難しい。そのような制限の中で、最良と思える案を提示しようとしているのは、短い付き合いではあるが冥夜にも武にも感じ取れて入る。

 

「だがな、琵琶湖運河をもし越えられるようなことがあれば、アメリカは核の使用に躊躇うことはないと、私は考えている」

 帝国の判断ではなく、同盟国が独自の判断で核使用に踏み切ることがある、とターニャは警告する。

 

 琵琶湖運河まで防衛線が下がっているとなれば、関西以西は四国を除き壊滅していると想定できてしまう。そしてそれは京も焼かれている、ということだ。

 

 武が知る世界線では、京の陥落後にBETAは北上し佐渡島ハイヴを建設しはじめる。それに伴ってか長野あたりで侵攻が停滞した。その時点でアメリカは日米安保条約を一方的に破棄し在日米国軍を撤退させる。

 だが当時の日本政府がアメリカの核使用に反対していなければ、このタイミングならば核戦力をも含めた上での反抗作戦がありえたかも知りない。

 

 

 

「つまりは……核もG弾も用いずに帝国を護ろうとするならば、入り込まれても山口、限界でも岩国まででBETA集団を押し留めねばならぬ、ということでしょうか?」

「そのとおりだ。島を護るには海上戦力の維持が絶対だ。呉が落ちてしまえば、瀬戸内での防衛など夢物語だ」

 

 日本地図を頭に描きながら、武が問題となっている部分を整理するために問い、それをターニャはあっさりと肯定する。そして簡単な物言いであるからこそ、ターニャの言葉が期待や追従などではなく、ただ事実として必要なことであると思い知らされる。

 

「そこまで期待されておられるとは、これは我々帝国海軍の責務も重いですな」

 

 予想される前線の激しさに、武はどうしても言葉が途切れる。

 だが逆に、重責こそは軍人の誉れとばかりに、山口は明るく笑った。

 

 そしてBELKAの話題がなかったかのように、山口とターニャの二人は表面はにこやかに言葉を続け合う。

 

「なに、未来永劫護りぬけという話ではありませんよ。長くとも二年ほどのことですな」

「ふむ……二年で、ありますか?」

「それだけの時間があれば、帝国のみならず人類の行く末も確定しておりましょう」

「なるほど。噂の侵攻計画、ついに実行に移されるのですな」

 

 ターニャがわざと口を滑らせているのは理解しつつ、時間を区切ったことに疑問を持ったのか山口が少しばかり考え込む。が、すぐにその意味に思い至る。JASRAというよりはターニャ個人が以前よりハイヴ攻略を想定した上で、各方面と連絡を密にしているというのは、それなりの地位にある者ならば周知の事実だった。

 

「戦術機の新型OSが想定以上の出来でしたからな。少々予定を繰り上げることが可能となりました」

 この者たちのお陰ですな、とターニャは武を示しながら軽く笑う。第四計画の実績を宣伝するかのような口振りだが、このあたりは売り込みの一環だろう。

 

 

 

 

 

 

「よろしいでしょうか、デグレチャフ事務次官補殿? 私の我侭なのですが、一つお聞きしたいことがございます」

「っ!?」

「なにかね、御剣少尉?」

 

 さてそろそろ話すべきことも終わりかと武が考え始めたときに、冥夜が改めて口を開く。

 その普段以上に感情を抑えた冥夜に、武のみならず真那までもが止めるべきかどうかの判断が出来ず、言葉を挟む間を失う。今「御剣冥夜」の前には事情を知らぬ二人の将官がいるのだ。我侭と言うからには、与えられた仮面を乱用するとターニャに対し宣言しているに等しい。

 

 だが問われたターニャは一見普段どおりだ。そしてそれを許諾と受け取り、冥夜は言葉を続ける。

 

 

 

「その二年を持ってして……ハイヴ攻略を実現したその後、此度の戦のその先に、貴方は何を成し遂げようとお考えなのでしょうか?」

 

 冥夜は日本帝国政威大将軍たる「煌武院悠陽」として、国連軍統合代替戦略研究機関局長の「ターニャ・デグレチャフ」に対し、BETA大戦後の世界展望を詰問した。

 

 

 

 

 

 

 




BELKAの説明して九州防衛の概略を話だけで終わってしまった……で本州西側でのBELKA計画はむ~り~というお話。瀬戸内工業地帯だけでも最悪を三歩通り過ぎてしまいますが、呉が無くなると海軍がまともに機能しなくなるんじゃないかと。

と言いますか原作では日米安保を一方的に破棄して撤退したと叩かれてるアメリカですが、長野まで攻め込まれていながら通常兵器だけでがんばっていたアメリカ軍って十二分に凄くない?というか横須賀が最前線になってる時点で撤退しても、日本側からは文句言えね筋合いじゃないよねぇ……となど思ってしまったり。


そして気が付くと投稿開始から一年過ぎてました。ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。

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