Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

54 / 121
宥恕の供覧 01/12/05

『フェアリー00より04。そろそろ開演だが、心の準備は良いかね?』

 

 黒の零式衛士強化装備に身を包み、武はその色と同じくする黒の武御雷のコクピットで、作戦開始の合図を静かに待っていた。いつの間にかこの強化装備も着慣れてしまったなと、ふとどうでもいいことに意識が逸れていたが、中隊CPからの無線で頭を切り替える。

 

 今回A-01第一中隊のCPとしての任に就いているのは「ターシャ・ティクレティウス国連軍少尉」としてのターニャだ。昨夜のうちに出雲からは離艦しており、すでにどこか後方の基地からの指示となっている。

 保安の問題から具体的なターニャの場所は武も聞いていない。ただ今回は上陸阻止という作戦であるのでAL弾頭を多用することもなく、重金属雲による通信障害の危険性は低く、中隊とそのCPが少々離れていても問題はないと割り切っていた。

 

 

 

『フェアリー04より00。私個人は万全とは申せませんが、最善はお約束いたします』

 

 ターニャの問いに応える冥夜の声は、その言葉とは裏腹にひどく落ち着いたものだった。フェイス・ウィンドウ越しに見える表情も、作ってはいるのだろうが普段同様に硬さはあるものの、落ち着いたものだ。

 

 今から始められるのは間違いなく政治ショーだ。

 それも脚本も演出もさらには出資さえもターニャ・デグレチャフという一個人に依存した、ひどく偏ったものだ。武は当然、第四計画総責任者である夕呼でさえ、このショーにおいては裏方の一人でしかない。

 

 ただ、主演だけは間違いなく「御剣冥夜」だ。

 

 

 

 「煌武院悠陽」に酷似した国連軍衛士「御剣冥夜」が紫紺の武御雷に乗って、国連軍のみならず本作戦に参加する全将兵に向かって言葉を掛ける。

 言ってしまえばただそれだけのショーだ。

 

 初陣前の一少尉が全軍に向かって言葉を告げるなどという異例どころか異常な状況も、

冥夜の容姿とその武御雷があればその意味と意図とは、聞く者にとってどうしても推測されてしまう。

 

 ただ、防衛戦前に演説、というのも異例だ。

 攻勢に出るならばタイミングも計れるが、護るとなると敵が来るまでの時間的余裕など、人類同士の戦争であればなかなかに難しい。ある意味、下手な戦術行動を取ることのないBETA相手だからこそできたとも言える。

 

 

 

 もちろん此度の九州防衛に先立ち、当然ながら悠陽はすでに公式には声明を出している。

 それは政府からの指示だけでは角の立ちやすい、九州から山陰そして瀬戸内にかけての大規模な疎開令に対してのフォローという意味が大きい。

 

 今までは大陸での戦いで護られてきた日本がついに前線となるのだ。以前より疎開の進められていた九州は当然、山陰や瀬戸内にも退避指示ではなく、広島以西は警戒区域として設定された。

 帝国政府もただ疎開を命じるだけではなく、国内外での疎開地の準備やそのための移動手段、そしておそらくは長期どころか世代を超えることになる疎開先での生活基盤の構築など、かねてより準備は怠ってはいない。

 

 実際、今年に入ってから九州に居るのはその大多数が軍と公共機関関係者だけだった。

そして今はその上で最低限の労働力だけは残し、各種の軍関係者を疎開というよりは一時避難という意味合いでの移動が進められていた。

 問題は、山口以東の山陽から瀬戸内の人口密集地の者達だが、とりあえずのところは短期疎開という形での大移動となっている。

 

 ただやはり国民を護るためとはいえ、その国民から住居や安定した職場などを奪うような決定を下した政府に対して、疎開を強制された人々が不平や不満を持たないはずがない。

 

 それでも、京都から東京への実質的な「遷都」に伴って将軍職に就いた煌武院悠陽が、

民の命を重んじ避難を請い願うという形での言葉を告げることで、わずかなりとでも不安が解消できるならばと、悠陽が内閣からの意向を汲んだ上での行動だ。

 

 ただそれはあくまで民間に向けての言葉だ。

 今から冥夜に求められるのは、死地に向かう兵士にとってのものだ。

 

 

 

 

 

 

 武が経験してきた今までの世界とは異なり、帝国の政権そして対米関係は比較的安定している。今後の戦況如何ではどうなるかは判らないが、今のところはかつて経験した世界であったようなBETAの帝国上陸もなく、そこから続く対米感情と政府への不信感などは作り上げられていない。

 

 この世界線でも帝都が東京に移ったのは1998年だというが、悠陽が政威大将軍に就いたのもそれに合わせてのことである。帝都を落とされ、追われるように逃げ出した果てでの将軍職の移譲ではない。とは言えやはり将軍が「逃げた」と、本土軍の中では見る向きもある。

 

 悠陽自身、武家の頂点とも言える将軍職に就いてはいるものの、どちらかといえば軍からは距離を取っている。就任以来、WW2以前のように特に巨大な権限などを持つわけではなく、悪く言えば見栄えの良い広告塔として活用されていた。

 

 結果的に、現状では確かに陸軍の一部には将軍職に本来の権限を戻すべきだと主張する勢力はあるものの、AL世界線のようにクーデターにまでその問題が膨らむほどに不満を抱えているわけではないようだ。

 

 むしろ少なからず戦果を挙げている大陸派遣軍と、逆に実践をほぼ経ていない本土防衛軍との間で、意識の逆転が起こっているとも聞く。

 

 帝都東京の防衛を至上とし斯衛との協調路線を国策する本土防衛軍に対し、大陸派遣軍の一部では、指揮系統と現場の混乱を招く要因となりうるとして斯衛は帝都周辺のみでの文字通りの将軍家の近衛部隊としてのみの活動に限定してくれという声もあるらしい。

 

 

 

 そんな中で、御剣冥夜の政治利用という意味は、先のAL世界線で想定されていたほどには危機的な状況を生み出すものではない。悠陽に双子の妹がいた、影武者として育てられていた、そのように言い立てたとしても実質的な影響は薄いのだ。

 成人までは最悪の場合代替となることを想定し、隠して育てられていた。が、悠陽も冥夜も成人し、共にそれぞれ煌武院と御剣とを継ぐことが確定したことで、少し早いが公の場に出ることが出来るようになった、その程度の説明で済ませられる。

 

 以前に冥夜の利用方法といわれて夕呼やターニャに説明したとき、武は正直なところ言い訳はどうとでも立てられるとは思うと、そう割り切って答えた。結局のところ悠陽と冥夜との問題は、あくまで煌武院家と御剣家との二者の間での後継者問題であり、城内省とはいえ直接的に関与できる話ではない。

 

 そして今の御剣冥夜は御剣家の次期当主であり、国連軍所属だ。

 悠陽に対してのスキャンダルにするには将軍職という地位の持つ実権が少なく意味が薄く、かといって冥夜を傀儡として次期将軍職に就けるにしても手間の割りに実利が低い。

 

 

 

 ならば将軍職に就く家という「王家」ともいえる煌武院家の近親者として、対外的な象徴役として「御剣冥夜」を使うほうが多くの者にとっては有益ともいえた。

 

 そもそもが近代の王制そしてその派生たる大統領制において、王や大統領およびその周辺関係者はすべからく国家の象徴としての演者たるべきであるともいえる。

 外交において王侯貴族の血縁関係が今なお重視されるように、そしてハリウッドスターが合衆国大統領になれたように、将軍家およびその一族の政治利用を忌避すること自体がどこかズレた価値観だと、ターニャの影響もあるのか今の武は感じてしまう。

 

(とは言うものの、御剣自身は内心どこまで納得してくれたものやら……)

 

 冥夜は、戦場に立てない悠陽の代替として自らが前線に出ることの危険性や、自身の栄誉には一切ならぬことは抵抗さえ感じずに受け入れているのに、一般将兵を謀るということにはいまだ複雑な反抗心が残っているようだ。

 もちろん言葉にはしてこないが、先の山口提督との会食の際にも可能な限り言葉を挟まなかったのは、そういったことへの抵抗感から来るものだろうと、武は思う。

 

 

 

 

 

 

 だがそんな抵抗も、この「演説」が始まってしまえばもはや感じることをも冥夜は自身に許さなくなくだろう。

 これほど広く「御剣冥夜」は「煌武院悠陽」の仮の姿であると帝国の将兵に思わせてしまえば、少なくとも喀什を落とすまではそれがたとえ偽りであろうとも、その幻想を貫く責任がある。たとえそれがただの思い込みだとしても、煌武院悠陽の妹として、冥夜であればそう受け止めてしまう。

 

(結局、俺が今の御剣にしてやれることといったら、出来る限りその身を護ってやることくらいしかねぇんだよな)

 

 自分の計画のために、冥夜を前線に立たせたということは自覚している。元207Bの皆と過ごす時間も奪ってしまい、精神的にも冥夜は孤立しているのだろうとは想像はしてしまう。

 そして先のAL世界線の記憶が残っている武としては、今の冥夜を助けたい護りたいなどという思いはおこがましい、それどころかただの代償行為なのではないかと自嘲もしたくなる。

 

 だが一衛士としての白銀武では、直接的なBETAからの脅威から冥夜を護ることくらいしかできない。

 そういうふうに武は思ってしまう。

 

(地位も権力も無いが、それ以上に時間が無い。まったくどうしろっていうんだよ)

 悩み始めると眼前の作戦よりも、どうしても意識が先の喀什攻略に向かってしまう。なにか解決策が無ければ参加将兵の大半も、武は当然冥夜も作戦の成功を見ずにその身を散らしてしまうのだ。

 

 

 

『では時間だ。フェアリー04、好きにするがいい』

『フェアリー04、了解』

 明確な回答の出ない問いに思い悩んでいた武を引き戻したのは、また冥夜とターニャの声だ。

 

 応答と共に進み始めた紫の武御雷を追うように、武もまた格納庫から出雲の後部甲板に、その機体を進ませる。

 

 冥夜の紫の武御雷が、後ろに武の黒と真那の赤とを従え、昇り始めた朝日に照らされた甲板に74式長刀に手を添えて立つ。

 出雲は改大和級ということで巨大な艦艇だが、それでも航空戦艦としての性格上、さほど甲板は広くは無い。3機の戦術機が並べば、ちょうどその背後に艦橋構造物が来るような形だ。

 

 演出のため普段よりもゆっくりとコクピットハッチが開き、そして紫の零式衛士強化装備の上に国連軍のジャケットを羽織った冥夜が、開ききったハッチの上に静かに立ち上がった。

 わずかに足を開き、その機体と同じように皆琉神威に手を添える。

 

 左手下から見上げるようなカメラアングルは、ちょうどその肩が背景として映り込むような位置を取る。紫紺の武御雷の左肩には、先日まではなかったマーキングが描かれていた。左肩前面の一部をUNブルーに染め、その上に日の丸と白字で「UN」の二文字が重なっている。

 

 

 

 少しばかり間、冥夜は静かに九州から本州へと視線を送り、そしてゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 

『アメリカ、オーストラリアをはじめ、国連軍として各地より集われし異国の皆様方に、日本に生まれ育った者の一人として、まずは心からの感謝を』

 そこで言葉を切り、南方に展開してる各国軍に視線を向け、冥夜は頭を下げる。

 

『おや……若輩者の私の為にと皆が書き出してくれた台本を無くしてしまいましたね』

 頭を上げ、そして皆琉神威に添えていた左手をジャケットのポケットに入れたかと思えば、静かにその手を開く。もとは演説の台本なのであろうか、左手から細かく千切り刻んだ紙片が、どこか桜の散り際かのようにはらはらと舞い踊る。

 それに合わせ、ターニャの演技指導があったのか、その言葉の後に少しばかり間を空けた。

 

『大陸での戦いに馳せ参じた先達の皆様にしてみれば若輩者が何を語るのかと憤慨なさるかもしれませぬが、しばらくお時間をいただきたく存じます』

 冥夜は対馬の先、ユーラシア大陸のほうへ眼を向け、改めて言葉を発する。

 

『その若輩の身ゆえに、帝国の興廃この一戦にあり、などとは申しません。BETAとの戦いはすでに30余年。そして戦いはBETAをこの星から根絶するまで、いえ月を奪還しても終わりはしません。今日も、明日も、我らの戦いは続き、それは残念ながら我らが子や孫にまでこの問題を残してしまうことでしょう』

 昨日のターニャの話を受けてか、短期的な目標ではなく先の話をする。そしてそれは戦いは続くが、それでも明日はある、人類は次の世代へと繋げていけると、ただ滅びを待つ絶望の日々ではなく、希望はまだ残されていると言外に訴える。

 

『さて。先々のことはともかく、今日この場が初陣の者も数多く居りましょう』

 武同様、冥夜はこの防衛戦に参加する将兵の概略的なデータには目を通している。それゆえに参加将兵の大多数が実戦経験皆無な新兵であることを理解していた。今回の九州防衛は、対BETA戦としては奇跡的なほどに人類側に好条件が揃っており、オーストラリアだけでなくアメリカ陸軍にしても、実戦経験を積ませるべく新兵の比率が高い。

 

 日本帝国としてはなんとしても九州を守り抜きたいが、他国からしてみれば日本防衛よりも台湾防衛のほうが地理的には重要なのだ。そしてアメリカ国内には、九州が奪われたならばむしろ奪還を企図してG弾の運用実績を重ねることも出来るとまで画策している者もいるという。

 

 

 

『私自身、戦場に於いても精進し人類の楯となる所存だ、と任官に際し訓練軍曹に告げたのはつい先日のことでもあります』

 

 そのような国際的な思惑も知らされておりながら、冥夜はそれには触れず、卑近な例に話を進める。

 そして任官という言葉から、おそらくは冥夜の声を聞く誰もが国連軍の入隊宣誓か、帝国は貴様らに永遠の奮戦を期待する、とでも続くのだろうと予測したことだろう。

 

『ですが今この場に居られる皆様方。あなた方に対し、国の為、民の為に、その身を捧げよ、などとは私は申しません』

 だが再びわずかに間を空けた冥夜は、宣言を覆すような言葉を連ねる。

 

『なによりもそなたら自身、護られるべき民の一人なのです。今、そなたらの横にいる者のため、共に今までの苦難を乗り越えてきた者たちのために、戦っていただきたいのです』

 

 出雲の後方甲板からは九州、そして本州が遠くに伺える。

 そちらを常に見ていた冥夜だが、その言葉と共にわずかに視線を後ろに、武の乗る武御雷に向けた。

 

『潔く散るのではなく、生き汚く抗い続けて下さい』

 それを請い願うことは、今の冥夜に許された、ほんのわずかな我侭だ。

 

 

 

『そして、いつの日か帝国に……いえ』

 幽かに瞼を閉じ、眼前に視線を戻した後は、一切の弱さを振り捨てようとしていた。

 

 

 

 ――人類に黄金の時代を

 

 

 

 

 

 

 




ギリギリ月末更新~といいますか『コナン アウトキャスト』が悪いということで。

ちょっと短めですが、切りが良いのところがなくて演説でブツッと。ちなみに最初期プロット予定だと第一章からいきなりこのあたりに飛んで完結っ、あとはだいたいご想像の通り人類勝利っ!!、とかでした。

ちなみにそのときの仮プロットメモには「★それっぽくてかっこよい冥夜さん演説」としか書いてなかった……書いたつもりになっていた当時の自分が憎い。


ででコールサインとかは一応決めてますが、デグさんがフェアリー00で冥夜が04、あとは追い追い出していきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。