Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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耐忍の端緒

 大隅級戦術機揚陸艦、国東。

 帝国海軍ではどうか知らないが、武たち国連軍所属や帝国陸軍の衛士の間では「戦術機母艦」と呼ばれている。全長340m全幅66mと船体サイズだけを見れば帝国海軍屈指の大型艦だ。

 

 母艦などとはいうものの、実際のところはスーパータンカーの設計を流用した輸送艦、よく言っても揚陸艦だ。戦術機の整備もできるとはいえあくまで簡易。戦域までの戦術機の輸送と、燃料や武器弾薬の補給が主目的とされる船である。

 カタパルトどころか飛行甲板さえなく、離艦・着艦は戦術機の跳躍ユニット頼りだ。

 

 最大16機の戦術機を搭載できるが、つまるところ艦上面に16の「穴」が開いている形だ。通常であれば一個中隊12機の搭載が基本というが、今回のA-01第一中隊は斯衛から第19独立警護小隊4機を受け入れており16機編成なので満載になる。

 

 

 

(しかし並んでるのを上から見ると、見事にバラバラだな……)

 

 第一中隊の任務上、中隊全機が揃ったことは数えるほどだった。武自身もほぼ独立して教導に当たることも多く、他中隊員の撃震や吹雪と並んだことは、部隊結成初日くらいかもしれない。

 それに加え今は第19独立警護小隊からの白の武御雷もある。

 

 中隊全体の指揮はまりもとターニャに任せているとはいえ、こうまで性能の違う機体が並んでいるのを見ると、二人の能力にはまったく疑問を持たないがそれでも少し不安に思うところも出てしまう。

 

「フェアリー02、着艦します」

 ただ武はそんな不安感など一切表には出さず、黒の武御雷を器用に操り、粛々と着艦手順を進めていく。

 艦との相対速度を合わせ、垂直着陸に等しい形で、甲板上部に空いている25m四方の「穴」から整備ハンガーに押し込む。機体各部がハンガーにロックされるのをチェックしながら続く真那と冥夜の着艦を確認した後に、コクピットから出る。

 

 出雲に乗ったときも感じたが、驚くほどに揺れを感じない。波が穏やかというのもあるが、やはり大型艦だからかも知れない。

 

(にしても……帝国海軍から回して貰ったって話だが、かなり新しい船だよな)

 

 この世界では中東の原油産出国がBETA支配地域の飲み込まれる前後で、アメリカがシェールオイルの採掘技術を確立したことから、多くのタンカーはそのまま使用されている。

 結果的に戦術機母艦に転用できるようなスーパータンカーは余っておらず、武が知る戦術機母艦とは基本構造は同じだが、改造したものではなくほぼそのすべてが新造艦だ。

 

 

 

「お疲れ様。初の着艦だったが問題なかったようだな」

「ふふっ、ここで機体に傷を付けるような無様を晒すわけにもいくまい」

 

 コクピットから降りてくる冥夜を待って声をかけた。

 出雲を出た直後の無用な緊張感はなくなったようで、冥夜の答えは軽い。

 

 だが冥夜は勤めて軽く言っただけだろうが、航空機ほどではないが戦術機での空母への着艦というのは困難だ。ましてこの形式の戦術機母艦への着艦は艦との相対速度を合わせながらの垂直着陸であり、本来ならば新兵に任せるような機動ではない。

 

(まあしかし神宮寺大尉なら教練代わりに他の連中にも自力着艦を命じてるか?)

 衛士控え室へと向かう通路で、武たちの着艦を待っていたまりもの姿を見てそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「中隊長入室ッ!!」

 着艦の報告は簡素に済まし、まりもに先導される形で衛士控え室に入る。

 孝之の号令で室内にて待機していた第一中隊の面々と、戎ら第19独立警護小隊の三人が立ち上がり敬礼する。

 

「楽にしろ。さて全員が揃ったところで、あらためて我らが任務を説明する」

 揃ったとはいえこの場には中隊付きCP将校たるターニャは居ない。だがここにいる全員がすでに強化装備を身に纏っているため、視界左下を意識すれば霞と同様の黒の衣装に身を包んだ姿を眼にできる。

 

(あれ? ドイツ系って話は聞いてないんだが、そういえばなんで鉄十字なんだ?)

 ふとそんなどうでもいいことが、今更ながらに気になった。

 

 霞と違い、ターニャの首元に下がっているのは国連軍制服の青のネクタイではなく、金に縁取られた深紅の宝玉だ。そしてその金の縁取りの上部には鉄十字勲章のような意匠が組み込まれている。

 似合ってないわけではないが、ペンダントというにもユーロのほうでの戦功で与えられた勲章というにも、少々物々しく無骨に過ぎる。

 

(っと拙いな、ヘンなことに意識が逸れてる)

 ターニャの様子を伺ってしまうのはこの一月ほどで刻み込まれた習性のようなものだが、さすがに今は眼前に集中すべきだ。

 武としては、いまさら自分が出撃前に無用な緊張をしているとは感じていない。とはいうものの、平素を保てているとは言いがたいのも事実だ。昨夜の会食のみならず、斯衛でのやり取り、繰り返された夕呼やターニャとの会合などの記憶から、ふとした拍子に先々のことを考えてしまう。

 

 

 

 まりもが用意されていた地図を背にして作戦概要を話しはじめる様子に、武はあらためて意識を向けなおす。

 

「我らが第一中隊および第19独立警護小隊との合同部隊は、遊撃がその任となる。そしてその作戦地域は九州北部から山陽地方まで非常に広域に渡る」

 中尉以上の者たちは事前に知らされていたからか表情は変わらないが、それ以外の新任少尉たちはまりもの言葉にわずかに驚きの気配を漏らす。戦術機の機動性を持ってすればカバーできない距離ではないが、それにしても広すぎるのだ。

 

「任務目標は簡単だ。戦線に綻びができたならば急行し、後続が到着するまで維持するだけだ」

 

 コンバットレスキューではないが、その前段階の露払いと言ってもいい。崩れかけた戦線の立て直しまでは期待されていない。武御雷を主体とするとはいえ所詮は戦術機中隊だ。完全に突破された防衛線を再構築できるほどの火力はない。

 ただ、いまだ砲兵力が維持できている帝国陸軍の補助として考えれば、戦術機の機動力を持って緊急性の高い戦域へ逐次投入していくというのは間違ってもいない。九州にしろ山陰山陽にしろ、たとえ光線級が上陸した後だとしても、戦術機ならば危険はあれど匍匐飛行で高速に展開できる。

 

 そして味方部隊が壊走する前、兵の集中力が切れる前であれば、中隊規模とはいえ建て直しの一助とはなれる。なによりも紫紺の武御雷を先頭に切り込むのである。戦意高揚の御旗としては、帝国においてはこれ以上の存在はないだろう。

 

「基本的には我ら16機だけで独立して行動することとなるが、場合によっては他のA-01から支援が割り振られることもある。だが期待はするな」

 連携も難しいからな、とまりもは苦笑気味に言葉を漏らす。そもそもが元207Bの面子はこの中隊以外にA-01の隊員とは顔も合わせていない。連携しろといっても大雑把な戦域の分担くらいしか出来ることはないだろう。

 

 

 

「斯衛としては胸が躍る、と言わざるを得ませんな」

 そういう言葉とは裏腹に、真那の顔は硬い。

 

 以前より部隊の運用方針は知らされていたとはいえ、やはり中隊規模での戦域突破、その先頭に冥夜を押し立てるという作戦案には賛同しかねるようだ。

 戦線が綻びかけている、とはつまるところ最前線だ。しかも防衛に失敗し、大規模な敵の侵攻が今まさになされている地点である。味方の支援はなく、それどころかパニックに陥った兵からの誤射さえ想定される。

 

 だが、だからこそ、なのだ。

 戦線の崩れは、波及してしまう。その前に押し留めなければ後がない。

 

 対BETA戦という、文字通りに物量に対抗する防波堤としての防衛戦線の維持は、何よりも優先される。一度突破された防衛線を押し戻し、その上で再度構築できる余裕など、帝国のみならず人類軍にはほぼ存在しない。

 

 それが判ってしまっているからこそ、そして誰かがなさねばならぬならば、とそう考えられてしまうからこそ、真那は帝国を護るという斯衛の矜持に則り、胸が躍ると言うしかないのだろう。

 

 第一、まりもは言葉にはしていないが、この部隊の真の目的は「御剣冥夜」という国連軍衛士が駆る「紫の武御雷」が前線に立っている、という既成事実を作ることだけである。

 実のところ先の宣言だけでも、任務としては達成できてしまったといってもよい。

 ただやはりそれだけでは弱いために、危機に陥りそうな戦域へ紫の武御雷が率いる部隊が救援に駆けつけるという状況を演出することが期待されていた。

 

 それに真那たちの原隊である斯衛軍第16大隊も、九州方面ではなく山陰方面ではあるが、大隊全隊では行動せずに中隊ごとに担当地域を割り振って展開しているという。それもあってどれほど冥夜の身を案じても、声高に反対することも難しい。

 

 

 

 

 

 

「さて編成に関してだが、貴様らも予想はしているだろうが、今回に限り小隊を崩す」

 

 まりもの言葉通りに、こちらに関しては全員が当然として受け入れる。

 第一中隊の基本的な任務は新型OSであるXM3の帝国各軍への教導補佐だ。それに合わせて、元々が一般的な戦術機中隊の編成からは大きく逸脱している。三機種の混合編成ということもあり、本来は実戦を想定はしていないのだ。

 

「まず前衛だが、これは月詠中尉を隊長とする第19独立警護小隊に、白銀、御剣の二名を加え6機の武御雷で構成する。指揮は月詠中尉に任せる」

「は、了解いたしましたッ」

 まりもの指示に対し、真那が敬礼を持って受け入れる。

 組織としては国連軍と帝国斯衛とで違いはあるが、今はまりもが階級的にも上位であり、また冥夜を直近で護衛できるのであれば、真那にとってしても異存はない。

 

「兵装に関しては各自の自由とするが……どうする中尉?」

「我ら4機は、変則的ではありますが、87式突撃砲2門に74式近接戦闘長刀1振、そして92式多目的追加装甲を予定しております。突撃砲に関しては改修された銃剣仕様です」

 まりもの問いに対して、突撃前衛と強襲前衛との中間といったような装備を真那は提示する。

 真那たちは強襲前衛としての印象も強いが、今回は冥夜の護衛こそが最重要だ。打撃力を高めることでの制圧能力よりも、追加装甲をもってしての安定性をとるという判断だろう。

 

 

 

「白銀、貴様はどうする?」

「は、自分は強襲前衛装備でいこうかと考えております」

 武が選ぶのは、長刀2本に突撃砲2門だ。ただ通常の強襲前衛装備とは逆で、長刀を最初から手にし、突撃砲を背部の可動兵装担架にマウントする。

 

(ガンブレードが完成してたら、試してみたかったんだけどな)

 巌谷というか帝国技術廠に依頼していた87式支援突撃砲をガンブレードとして改修するための近接兵装追加はいまだ満足いくものが出来ていないようで、試作品さえまだ送られてきていない。

 もちろん支援突撃砲への65式近接戦闘短刀のマウントは完成しているので、純然たる後衛であれば、そちらを装備することになるだろう。

 

「ふむ。ポジションとしては貴様が突撃前衛長なのだが、良いのだな?」

「はい。問題はありません」

 

 まりもが確認するかのように問うてくるのは、真那たちへの配慮もある。

 

 隊の先頭で切り込むのは武と、そして冥夜だ。

 戎たちはいくら同じ前衛とはいえ、常に冥夜の横に立つわけではない。それは同じ突撃前衛たる武の立ち位置なのだ。その武が護るべき者のために盾を持たぬというのである。言葉にはしないが、どうしても彼女たちの視線は厳しいものとなった。

 

「預かり物の武御雷です。傷も無く汚さずにとは言えませんが、斯衛には万全の状態でお返しいたしますよ」

 盾を持たぬということに対し、斯衛の四人から反感を買うことは判っていたので、あえて明言を避けて答える。

 

 強襲前衛装備に慣れている、というのは装備選択の理由としてはたしかに大きい。

 ただそれ以上に、冥夜と二人で最前線に切り込むのだ。彼女の道を切り開き、そして護り抜くためには防御ではなく、なによりも打撃力が必要だと考えた結果だ。

 

 

 

「ならば何も言うまい。では御剣は?」

「はっ、自分も変則的ではありますが、白銀と同じく強襲前衛装備で考えております」

 一見武と同じ選択だが、こちらは右に長刀、左に突撃砲だ。可動兵装担架もそれに合わせている。

 

 この選択には真那たちだけでなく武も眉をひそめてしまう。ポジションの持つ意味通りに突撃し、近接戦を仕掛けるつもりが明確すぎる。出来れば強襲掃討とまではいわないが、距離を取って戦えるような装備をしてくれというのは、冥夜以外の者たちの一致する意見だ。

 

 だが、言葉にされぬその思いを知った上で、あえて冥夜は刀に拘る。

 

「私の射撃の腕はご存知でありましょう。盾として追加装甲を満足に扱えるとも言い切れませぬ」

 まりももまた厳しげな視線を冥夜に向けるが、上官に抗う愚を悟りつつも冥夜は自身の選択の根拠を語る。

 

 冥夜は、自分でも判っているが、けっして器用な人間ではない。

 元207Bだけでなくいまの第一中隊でも、冥夜は生身でも戦術機でも部隊随一の慧に並ぶほどの白兵戦闘技術を持つが、それはあくまで幼少からの鍛錬の結果だ。衛士訓練を経て射撃もそれなりにはこなせる様にはなってはいるが、斯衛での教練などを見たうえで、自身の射撃の腕が並みの衛士程度であることは実感している。

 

 護られる立場としての自身を理解している身としては、これから赴く戦場がただの防衛戦であれば、普通の突撃前衛装備でもよかったのだ。

 だが今から赴くのは文字通りに帝国防衛の水端、嚆矢として紫紺の武御雷を駆り先陣を斬るのならば、「並」であってはならぬのだ。

 

 付け焼刃の射撃技術では戦意高揚にもなるまい。

 一刀の下に斬り伏せ、人類は戦える戦い続けられると、見せ付けねばならない。

 

 

 

「そこまで言うなら何も言うまい。では次に中衛に関してだが……」

 冥夜の説得は無理だと、まりもはあっさりと諦め、編成の説明に戻る。

 

「これは鳴海中尉を隊長とし、平、涼宮、柏木の四名で構成する。中衛というが、部隊の中核というよりは遊撃的に前衛の補助に入ってもらう。撃震ならばともかく、吹雪であれば武御雷の機動に追随できずとも中近距離からの支援ならば可能だろう」

 

 前衛は文字通りにBETA群に斬り込む。

 それに随伴するには、たとえ第三世代機とはいえ練習機として主機出力が下げられている吹雪では困難だ。それでも500m程度の距離を取りながらの周辺の間引きならば無理ではない。

 

「残り5名は後衛だ。これらに関しては私自らが指揮をとる」

 元207Bが乗るのは撃震であり、XM3を搭載したとはいえ、脚の遅さは如何ともし難い。無理に前に出ず、後方からの支援砲撃に注力することになる。

 まりも自身や慧など近接戦に優れた者もいるが、彼女たちは後衛内部の護衛が主たる任務となる。壬姫や尊人が的確に射撃を出来るようにBETA群の接近を阻止する必要もあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「編成に関しては以上だ。出撃がいつになるかはまだ判らんが、それまでは楽にしておけ」

 まりもは解散の指示を出し、真那を連れて艦橋に向かった。

 

 楽にしろと言われ、国連軍と斯衛双方の部隊長が不在となったとはいえ、それで衛士控え室の空気が軽くなるわけではない。むしろ斯衛の白の三人などは、命じられてもいないのに冥夜の背後に控え、警護としての立場を通そうとまでしている。

 しかし出撃まで今のような状態で待機し続けるなど、無駄に疲労を溜め込むだけだ。それこそミスを誘発する原因となりかねない。

 

 先任でありかつ実戦経験がある慎二か孝之かが、新人たちの緊張を解してくれていたかと期待していたのだが、どうやら無理だったようだ。そもそもA-01の特殊任務部隊という性格上、過去の戦歴を下にした教訓などは話しにくい。新兵たちが緊張するのも無理はない。

 

 ただ、何もせずに出撃までの時間を待てといわれるのが辛いことは武にも良く判る。もう主観時間ではかなり昔にも思えるが、UL世界線での訓練兵時代、BETA新潟上陸の報を受けて待機し続けたときの恐怖は、今でも時折鮮明に思い出されてしまう。

 

 

 

「お前らなぁ……今からそんなに気を張ってたら持たないぞ?」

 だからこそこの母艦に来るまでに冥夜にしていたような話を、武は繰り返すこととなった。もちろん部隊の皆もそれくらいは判っているのだろうが、緊張するなと言われて、それだけで気が休まるはずもない。

 なにかいい話のネタは無いかと武が考えていると、発言の意図を汲んでくれたようで、、慎二がすまなさそうに拝むように手を上げ、話に乗ってきてくれる。

 

「というかだな、空気が硬いのはたぶん白銀、お前のせいもあるぞ?」

「うぇっ!? 俺のせいっすか?」

 自分と冥夜の不在が隊に悪影響を与えていたかと、思いを巡らせかけたが、慎二は視線で孝之と茜を指す。

 

「ウチの隊じゃ無理だが、A-01の他の中隊だと今回からはCP将校が複座型の後席に乗って、戦術機の中から指示を出すって話だろ?」

「って……ああっ!! あ~涼宮中尉、ですか」

 

 自分が原因だと慎二に言われてもピンと来なかったが、そこまで説明されてようやく気が付いた。

 

 現状では中隊付きのCP将校は指揮車両に搭乗し、戦線後方から指示を出している。BETAは通信妨害などは行ってこないので、AL弾頭の大規模投入でもしない限りは、少々距離を取っていても問題はない。

 安全だとは言いきれないが、衛士や機械化歩兵などに比べれば、間違いなく危険度は低い。

 

 ただ今回の作戦から、A-01ではCP将校も後席とはいえ戦術機に乗って前線に出る。第9中隊の涼宮遥もその例外ではない。

 

 

 

「スイマセン。それは確かに俺が原因の3割くらいかもしれません」

 

 問題は、武やターニャが想定しているハイヴ攻略においての、中隊指揮官への負担だ。

 帝国軍においては指揮車両には装輪装甲車が転用されているが、これでは戦術機のハイヴ侵入に追随することは非常に困難だ。そしてハイヴ内部では電波障害が酷く、地表からでは満足に通信できない。

 結果的にハイヴ侵攻においてはCP将校が不在となるに等しく、その任を肩代わりするのは中隊指揮官となる。

 

 ならばどうするかと話していたときに出た案が、コクピットブロックを複座型に換装し、合わせて指揮通信機能を強化、その後席に戦術機適正のあるCP将校を乗せるというものだった。

 

「やっぱりお前が出所かよ。そのとおり、その話を聞いてから孝之の野郎がまあ見ての通りで。まったく後輩の前でくらいシャキッとしろとは言ったんだけどなぁ……」

 

 慎二や孝之には喀什攻略に関しては話していない。だかそれなりに実戦を経ている衛士二人だ。XM3の教導用の機動を見れば、それがハイヴ攻略を想定していることくらいは推測できる。

 複座型の導入の必要性も理解はできるが、かといってそれが身近な人間にまで関与してくるとなると、やはり感じ方は変わってしまう。

 

 そこまで言われて武も新人全員の顔をゆっくりと見渡してみれば、茜の緊張振りも自身の先行きよりも姉を案じてのことだろうと、ようやく気付く。元々第9中隊に所属していて事情を知る晴子なども、茜と孝之の様子を気にしているようだ。

 

「いや悪い。お前が直接どうこういう話じゃないのは理解はしてるつもりなんだが、そんな単純にはできてなくてな」

 慎二に促されるようにして、孝之も言葉を漏らす。自分の態度が回りに悪影響を与えていることは孝之にも判っているのだ。

 だが、それで遥のことを気にせずに済ませられるはずもない。

 

 

 

「とまあ、鎧衣。オトコとしては鳴海孝之中尉を見習わねばならんなっ!!」

 これはこれでちょうどいいネタかと武は無理に声を上げ、わざとらしいまでに尊人に話を投げる。

 

「え、鳴海中尉が?京塚のおばちゃんのお弁当、二人分食べた話だっけ?」

「……いや、まったく関係ねぇ」

 そこは乗って来いよとは思うが、話のズレが微妙に過ぎるせいで尊人は尊人でそれなりに緊張してるんだろうと気付かされる。

 

「出撃前にだぜ? 自分の事じゃなくてオンナの心配できるくらいにデカイ男になろうぜ~って言いたかったんだが、聞いてねぇな」

 ボクももう少し食べたかったなぁ、などと言い出している尊人に、コイツでも緊張することがあるのかとへんな方向に感心してしまう。

 

「と、アレだ、アレですよ、鳴海先輩ッ!!」

「お、おう?」

「もー何がスゲェって、アッチには伊隅大尉や速瀬中尉が居られるのに、それで自分がいればとか言い出しそうな鳴海先輩は、マジスゲーッすっよ!!」

「あ~だよな。俺のほうが強ェって粋がってたって、後で報告しないといかんな、これは」

 仕方なく慎二に話を振りなおしたが、慎二も武の調子に合わせてくれて、普段以上に孝之をおちょくり始める。

 

「あ、スマン、それは無しで。ホントに無しにしてくれ……」

 この話が伝わった後のことを想像したのか、孝之が先ほどまで以上に青い顔で、二人の発言を必死になって止めようとする。

 水月に知られたら殺される、そう呟く声は本気で怯えていた。

 

 

 

「しかし御剣、さっきとは比べ物にならないくらいに落ち着いたな?」

「ふむ。他山の石、というものだろうな。先ほどまでの自身のうろたえ振りを客観視させられるようで、気を引き締めなおしていたところだ」

 

 武たち男性組の掛け合いで少しは空気が和らいだかと見渡してみると、冥夜はすでにいつも通りといえるほどに、平素の緊張感を漂わせていた。後ろに控える白の三人も、逆に冥夜を警護するという通常の役割に入り込むことで、平常心を保とうとしているようだ。

 他の皆もそれぞれに思うところがあったのか、意識して姿勢を崩したり自分たちの緊張具合をネタに話し始めていた。

 

「まあ神宮寺隊長のおっしゃられたとおり、出撃はまだ先だ。何か食べておきたいんだが、京塚のおばちゃんのメシ、残ってないのか?」

 言われてすぐに気が抜けるわけでもないかと武は割り切った。そしてなにより食事というのはやはり緊張を和らげる。少し無理して何かを口にするだけで楽になれる。

 先の尊人の話ではないが、京塚軍曹であれば日持ちするものを弁当にして持ち込める用に準備してくれているのではと期待して武は周囲に尋ねる。

 

「悪い白銀、朝全部食っちまった」

 慎二が本当に気まずそうに、そういって謝ってくる。武が気が付いたことくらいは、さすがにすでに実行してくれていたようだ。

 

 

 

「というか武ちゃんたちは、出雲でおいしいご飯食べてきたんじゃないの?」

 純夏が海軍の料理は凄いんだよねと興味深そうに聞いてくるが、その表情もまだまだ硬く、無理をしているのはどことなく判る。

 緊張を解すにはよい問いかけではあったが、だが武には答えられない。

 

「昨日のアレは、何食べてたか、まったく覚えてねぇっ!!」

「む。済まぬ、鑑。私も料理に関しては、あまり深くは覚えておらぬ」

 提督と事務次官補に挟まれての食事など、料理の内容に意識を割ける余裕などなかったのだ。コーヒーを何杯飲み込んだかなど、思い出したくもない。

 冥夜にしても、食事の最中にBELKA計画など聞かされたのだ。それ以外のことなど、些事として流してしまっていても仕方がない。

 

 

 

「じゃあ白陵に帰ったら、京塚のオバちゃんにたのんでおいしいものを二人分でも三人分でも食べればいいよ」

「っ!?」

 

 純夏のその言葉に、孝之と慎二そして武から、一切の表情が抜け落ちた。

 

「俺は……俺は、俺のサバミソ定食以外は食べるつもりはないし、他の誰にも食べさせるつもりはない」

 

 純夏が何か意図して先の言葉を言ったわけではないとは判っているものの、武は搾り出すかのようにようやくそれだけを告げる。

 武のその様子に、純夏は何も言えずにただ頷く。

 

「だな。京塚のおばちゃんのメシは旨いが、一人前で十分だ」

「俺もだ。俺の分を誰かに渡そうとは思わん」

 軽く左右から武の肩を叩き、孝之と慎二も同調してくる。

 

 京塚軍曹は未帰還者を追悼し記憶に留めるために、彼らが好んだ料理を隊の皆に振舞う。失われた者たちへの追惜と残された者たちへの想いに満ちた、京塚軍曹らしいといえる行いだ。

 白陵基地に所属しており同僚を失った経験があれば誰しもが知っている、優しいが哀しい風習だ。

 

 茜と晴子とは実体験はしていないが先任たちから聞いていたのだろう。それ故に先任二人と武とが誓うように告げた言葉を受けて、ようやく顔を和らげる。

 純夏や他の元207Bの皆は状況が呑み込めていないが、それは同僚を失うことをまだ経験していないからで、幸いなのだろう。

 

 

 

「まあメシに関してはいいや。それよりもお前ら、XM3に関するレポートとか終わってるのか?」

 どうせ出来てないなら今のうちに書いておけよと言いかけたが、周囲からの冷めた視線で言葉が止まる。

 

「ふふーんっ、それはもうしっかり完璧に終わってます」

「白銀と違って私たちは自分の機動に関してだけだから、それほど量が無いのよ」

 自信満々に宣言する純夏に続き、千鶴が補足してくれる。

 

「なん…だと…?」

 まさかと思い小隊長としての職務にも追われていた孝之と慎二を振り返るが、二人共に、出来の悪い弟を見るかのような生温い目線を返された。

 

「いや白銀、そなた昨夜のうちに終わらせてはおらなんだのか?」

 その上で、日々の宿題のように積み重ねたと言い訳したことを、冥夜から指摘される。

 さらにも夏休みの宿題みたいに残してるのはタケルちゃんだけだよ、と純夏にも笑われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 武の自爆じみた発言で少しばかり余裕が生まれ、程よい程度の緊張感の中で時間を潰していたが、それも終わりを告げた。

 

「中隊長入室ッ、総員、傾注っ!!」

 艦橋に上がっていたまりもが、真那と共に控え室に戻ってきたのだ。

 二人の纏う空気から、誰しもがその時が来たということを察する。

 

 

 

「貴様ら、九州観光は延期だ」

 

 我らは山口へ向かうと、まりもは端的に目標を口にした。

 

 

 

 

 

 

 




祝スパクロ参戦決定~なのですが、そろそろ据え置きゲーム機にこそ参戦して貰いたいです。スパクロだとガチャに勝てる未来が見えない……

でざっくりと装備はこんな感じ~と出してみました。が、今は無きマブラヴSFだと出てましたが、武御雷が追加装甲持ってる印象があまり無いというか、タケルちゃんも冥夜さんも盾持つ感じじゃないなぁ、と。

あとどうしても個人的好みが突撃砲4門の強襲掃討なので、銃剣付いたし全機これで良くね、とダメな考えになりかけたり。

でで、九州防衛戦といいながら、最初は九州には行きません。

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