Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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払拭の透過

「……ふうっ」

 わざとらしく大きく息を吐き、動揺を隠す。

 

(いやいや、それよりもよく耐えた俺。過去の記憶に感謝、だな)

 無理やりに意識を軽く構える。

 そうでもしなければ慚愧に耐えきれず、ただ自分の弱さを認めないためだけに、この何も知らない冥夜に許しを縋ってしまう。

 

(よしよしクソったれな一周目二周目の俺にも、欠片くらいは価値があったようだ)

 馬鹿なことを繰り返し頭に浮かべ、ようやく落ち着ける。

 だいたいこのような場所で御剣冥夜の名前を叫べば、まず間違いなく不審者だ。そしてこと冥夜に関する不審者など、余程の庇護がなければ間違いなく即座に「消されて」しまう。

 

 

 

「え、……と」

「失礼いたしました。御剣冥夜訓練兵です」

 少し冷静になれば、冥夜の行動もおかしい。立ち入りの制限されている区画ならともかく、訓練兵が見ず知らずの人間に声をかけるのは、あまり褒められた行動ではない。

 

「あ、ああ……楽にしてくれ。自分は白銀武訓練……って、ああっ!?」

「どうした白銀? いきなり叫びをあげて?」

 冥夜は驚きにわずかに目を開くが、言葉ほどに慌てていなさそうだ。慌てふためいているのは武の方だ。

 

「いや訓練兵、だと思っていたんだが……実はな、今朝まで長期療養だったんだ。自分では復帰したつもりが、今の身分が判らないんだ」

 わざと軽さを装うつもりが、その偽装さえ忘れ、本格的に自分の間抜けさに落ち込んでしまう。

 訓練着は用意されていたが、階級章どころかIDさえ渡されていない。ここまで霞に連れてきてもらったせいで気にかけていなかったが、これでは先の部屋に戻ることもできない。

 

「なるほど……許せ。そなたにもいらぬ世話をかけているのは、この身の不徳の致すところ、か」

「ん? 許すも何も、腑抜けていたのは、俺の気持ちの問題だな」

 少しばかり何か思案気に眼をつむり、冥夜が詫びてくる。

 その何か噛み合っていない返答に疑問は残るが、自身の今の立場は当然、先程までの素振りにしても冥夜の指摘は間違っていない。

 

「いや……ちょっとまて御剣訓練兵? 本格的になにか勘違いを始めているようだが、俺は本当に訓練兵未満の病み上がりだからな?」

 ようやく武は、冥夜が一度思い込むとなかなか考えを変えないことに思い至る。たぶんなにか勝手に脳内でカバーストーリーが完成している気配に慌ててそれを否定する。下手に斯衛の関係者だなどと思い込まれては、身分偽証の疑いで余計に危険だ。

 

「いや、そういうことであれば、これ以上何も言うまい。そのような事情ということになっているのだとは思いもよらなんだ。許せ」

「うん。そういうことでは、ちょっと困るけど……まあ諦めた」

 月詠さんに斬りかかられたら必死で逃げようと誓う。今なら一撃くらいは躱せるかもしれない。

 冥夜の一途なところは美点であろうが、少々思い込みが激しいのはどの世界でも変わらぬようだ。

 

 

 

「で、だな、どうやら同門らしき者が気の抜けた鍛錬をしているのを見かけてな、気になって声をかけてしまった。療養明けであったとは知らずに申し訳ない」

「それは違う。模擬刀とはいえ刀を振るっておきながら、集中できていなかった俺が悪い。御剣が正しい」

「ふふっ、抜かば切れ抜かずば切るな、か。妙なところで頑固だな、そなたは。鍛錬であれば思い耽ることもあろう」

 自身と向き合うために刀を振るうのは、決して間違ってはいない、と諭される。

 

「それで、身体の方は大丈夫なのだな、白銀?」

「問題ない、らしい。ただなまっているのは間違いないな」

 自分の今の身分という悩みを思い出されたが、それはすぐにでも解決されるだろう。

 感情の制御は確かに必要だが、こればかりはしばらくかかりそうだ。

 それらとは別に、筋力が落ちていることの方が眼前の問題だ。軽く型をなぞっただけで、息が上がっている。

 

「ならばいい機会だ。私の鍛錬に付き合ってもらえないか?」

「御剣の鍛錬、というと剣か?」

「私として、ここでは一人で刀を振るくらいしかできずにいたからな。同門の人間がいるのならば、いくばくかなりともお相手していただきたい」

 

 帝国軍ほどではないが、国連軍の衛士訓練でも近接格闘術や剣術の時間はある。だがそれは「剣」の修得ではなく、あくまで戦術機に乗った際に、長刀を使うための基礎の心構え程度のものだ。

 

 

 

「俺に否はないが、一つ訂正しておくぞ? 俺は正式に剣を習ったわけではないから、体力以前にあまり期待はするなよ?」

「ふむ、そうなのか? それにしては……いや詮索はすまい。剣を交えれば判るであろう」

 

 判られても困るんだがなぁ、とはさすがに口に出せない。

 戦術機に乗っている時であればまだしも、生身での打ち合いともなれば誤魔化す方法が思い浮かばない。まさか冥夜本人に習っていた、と言っても信じられるはずはないが、同門どころか剣においては冥夜が師なのだ。おそらくはすぐに見破られる。

 下手をすると冥夜の脳内カバーストーリーが補強されるだけになりそうだ。

 

 

 

「では、行くぞ」

「お、おうっ」

 武の葛藤などには一切の歯牙にもかけず、冥夜は滑り込むように間合いを詰める。

 真正面からの一閃。

 それでも武の記憶のある剣筋よりは、ごくわずかに太刀筋が甘い。こちらが療養明けだと遠慮してくれているのか、あるいは今の時点ではこれが冥夜の限界なのか。

 

 その甘さを突いて、武は少しばかり斬りかえす。あくまで様子見だ。

 

「病み上がり相手だと、手を抜かなくてもいいぞ?」

「ふふ、いささか気が緩んでいたかもしれんな。いや、許せ」

 一合合わせただけだが、判りやすいほどに冥夜は上気している。鍛錬に飽きるなどということは冥夜に限ってありえないが、やはり一人だけのそれでは納得できていなかったのであろう。相手がいるということに、間違いなく浮かれている。

 

 だが、その喜びからくる隙も二合目には消える。三合目にはすでに武の知る冥夜に近い。

 武の太刀筋を見たうえで加減する必要が無いと判断したのか、剣先が伸びてくる。

 そこには反撃の隙はなく、最早記憶と直感に任せて太刀筋を逸らし続けることしか武にはできない。

 

(それでもやはり、またどこか……甘い、いや楽しんでいるのか?)

 何合目か判らなくなっているが、武がいまだ受け続けられていることこそが、今の冥夜を表している。

 試合ではなく鍛錬、搦め手はなく正面からの剣筋だからこそ受けられているとも言えるが、良くも悪くも「剣」を楽しむ余裕が冥夜にはある。

 

 

 

「すまない。さすがにこれ以上はキツイ」

 大きく一歩下がり、負けを認める。

 やはり武の体力は落ちている。受け身に回り、動きを抑えていたがそろそろ限界だ。模擬刀での、双方ともに決定打のないままの打ち合いとはいえ、冥夜の剣筋を追うのは気力的にも厳しい。

 

「あ、ああ……申し訳ない。療養明けだというのに無理をさせてしまったか、許すがよい」

「気にするな。最後まで付き合えなくて、こっちこそ悪い」

 

「しかし白銀、そなたの太刀筋は……」

 やはりバレたかと諦めつつも、どう言い訳するかと視線を逸らす。が、言い訳の必要が無い人影を、冥夜の背後に発見した。

 

 

 

「お騒がせいたしました、香月副司令っ!!」

「はいはい二人とも、もうお仕舞でいいのかしら?」

「香月副司令!? 失礼致しましたっ」

 いつからか夕呼と霞とが少し離れてこちらを眺めていたようだ。

 声を掛けられてようやく気が付いたらしい冥夜も、模擬刀を下げ敬礼する。

 

「御剣も白銀も、そういうの良いから」

 音が立つような綺麗な姿勢で敬礼を続ける冥夜に、いつものように簡単に手を振り、敬礼を解かす。

 

 

 

「で、白銀。言いつけておいたレポートほっぼり出して、御剣と何やってたの?」

「あ~そのレポートに行き詰まりを感じたというか、身体を動かせなかったせいで、頭も動かなくなったというか……」

「まあいいわ、ちょっと付き合いなさい。アンタには見せておくものがあるわ。御剣も来る?」

 夕呼にしては追及が軽いなと訝しむものの、簡単に頷く。

 

「は……はい、お供させていただきます、香月副司令」

「硬いわねぇ、こっちの白銀くらい砕けなさい」

「はい、いいえ。副司令の御言葉とはいえ、それは……」

 

 砕けろと言われて砕けられるほど、冥夜は夕呼との付き合いはない。

 だがわざわざ自分に声をかける、ということが護衛を兼ねさせていることには、すぐさま思い至る。

 

 

 

「って夕呼先生、俺は出れませんよ。外出許可どころか、今IDもないんですから」

 武も冥夜もそして霞も、ついて来いと言われてついて来たが、行先は基地内ではなく正門ゲートの方、外のようだ。

 

「誰が一緒にいると思ってるのよ、不審者の一人や二人、どーとでもなるわ」

「いや、それをどうとでもするのも問題でしょうが、夕呼先生と御剣、それにっ!? 基地から出るなんて、安全確保どうなってるんですかっ!?」

 基地から出た瞬間に狙撃、とまではさすがに無い……と言い切れないところが夕呼の立場の難しさだ。さらに冥夜もそうだが、霞を外に出すなど、まずありえないことだった。

 

 

 

「良い、白銀。短時間であれば、香月博士の安全は確保できる」

「いや、まあ……そうなんだろうけど、さ」

 冥夜の護衛に付いているはずの月詠真那たち第19独立警護小隊の姿は見えなかったが、近くにいるのは間違いない。武にしても彼女たちの能力には疑問はない。それでも三人の重要性からしてみれば護衛としては少なすぎる。

 

「それに出ると言っても、すぐそこよ」

 武の形ばかりの抗議など気にもせずに、外出許可は下りてしまう。

 正門横の警備兵たちが困ったような顔をしているが、本人の態度はどうであれ間違いなく夕呼の立場は副司令だ。訓練兵とそれ未満を連れての一時外出程度ならば、すぐに許可を出せるだろう。夕呼のサイン一つで済んでしまったようだ。

 

 

 

 諦めて、武と同じような苦笑いの警備兵に敬礼し、基地正門横から出る。

 正門を出れば白陵名物の、歩いて上がるには苦しい坂道だ。その上から見渡せば、柊町が良く見える。

 

「……え?」

 家々の明かりが灯された、柊町の光景が武の眼前には広がっていた。

 頭で理解するよりも先に、無事な故郷を見せられて言葉が出てこない。

 

「灯りが……ある。人が、住んでる?」

 繰り返された「白銀武」の記憶にあった、BETAによって破壊しつくされた廃墟となった町並みではない。「元の世界」に比べれば明かりは少ないかもしれないが、そこには平穏な日常を想像させるに十分なだけの灯火があった。

 もう何年も目にしていない、そしてこの「三度目」では決して見ることが無いとどこかで思い込んでいた、失われたはずの故郷の姿だ。

 

 

 

「百聞は一見に如かず、ね。別物だっていう意味、判ったかしら白銀? ここには横浜のも佐渡島のもないの」

「は、はは……じゃあ、まだ日本……は?」

「安心できる状況じゃないけど、今はまだ朝鮮半島で何とか押し留めてる。それでもよくて年内ギリギリでしょうね」

 

(横浜ハイヴが無い、つまりはこの世界において鑑は生きてる)

 

 喜びとは別に、見せたいものとはこれか、と少しずつ腑に落ちてくる。

 確かにこの街並みを見せられれば言葉にされる以上に、ここは一周目とも二周目とも違う別の世界だと、理解できてしまう。そしていまこうして立っている自分自身が、今までの「白銀武」とは別の存在だということも。

 

 

 

「この光景を見せていただいてありがとうございました、夕呼先生」

 振り返り、夕呼に深く頭を下げる。

 これ以上感謝の言葉を重ねれば、手駒が使いやすいようにメンタルケアしただけと誤魔化されそうだが、夕呼が外を見せたのは思い悩んでいた武の心を少しでも軽くさせるためだろう。

 

「さて、判ったら戻るわ。白銀には会わせたいのもいるしね。それにこれ以上、あたしと御剣がふらふらと外歩いてたら、我慢できずにちょっかい掛けてくる連中も出てきそうだしね。御剣も戻りなさい」

「はい、失礼いたします、副司令」

「あ、夕呼先生。と御剣も。少しだけ時間いただけますか?」

 陰ながら護衛が付いている、とはいえ基地外はやはり内部ほどには完全に警戒できるわけでもない。

 急かされて歩き出そうとする冥夜と、興味なさげな夕呼を呼び止めてしまう。だが武にとっては必要なことだ。

 

「なに、時間は有限よ?」

「申し訳ありません。一言だけでも挨拶を、と」

「……わかったわ。ちょうどいくつか返り咲きしてるしね」

 

 夕呼の言葉通り、基地正門前、桜並木の一番上の一本は季節外れの花を咲かせている。

 武はその前に立ち、先の冥夜以上に綺麗な敬礼を見せる。

 

 

 

 ――英霊の 眠る桜の 白き花 地に根を張りて 空を思わん

 

(神宮寺教官、伊隅大尉、それにA-01のみんな……皆さんのことを共に語れる相手は、ここには誰一人おりませんが、皆さんから受け取ったものは、この世界にいる皆さんへお返ししたいと思います)

 

(間違えるな白銀武。悔やむな、詫びるな。そんな暇があれば足掻いて前に進め。神宮寺教官や皆に顔向けできるぐらいには、衛士たれ)

 自身は許されるべきではない、などと自責している贅沢は許されない。

 生き残った、そしてやり直しの機会が与えられた自分には、為すべきことがいくらでもある。

 そして今見た眼前の街並み。ここにはまだ助けられる生活が残っているのだ。

 

 

 

 目を瞑っていたのは、わずかな時間だ。礼を解き、踵を返す。

 

「もういいの?」

「長々と話してると教官たちから怒られてしまいますよ。為すべきことを為せ、と」

「そっか……あっちのあの子も、アンタにそう教えたのね」

 すでに一周目二周目の概略を知る夕呼には、武が誰に話していたのかは、お見通しのようだ。そしてその教官がどう教え込んだのかも。

 

「御剣も社も、時間を取らせて悪かったな」

「……(ふるふる)」

 

「そなたにとっては大切な方々のようだな。良ければいつの日か、どの様なお方たちだったのか語ってくれぬか?」

 冥夜も武から少し下がったところで、黙礼していた。

 武の姿を見て、今はまだ何もない桜であったが、その意味は察していたようだ。

 

「ああ……そう、だな。いつか笑って話せたら、と。いや、ホントは今すぐにでも、御剣には話さなけりゃならないんだが……すまない」

「私に詫びるでない。今の私は一訓練兵だ。聞けぬことの方が多いことは了承している」

 武が口籠ったのを、軍か家に関するものと思ったのか、冥夜は軽く微笑んで割り切る。

 

 

 

(次は「あ号標的」を落としたときにでもまたご報告に参ります)

 白陵基地に戻る武の足取りは、わずかばかりだが軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




この話においてはBETAの日本侵攻はもうちょっと先~なので横浜も佐渡のハイヴもないです。で横浜ハイヴないので国連軍横浜基地もないです。白陵基地内での国連軍の立ち位置とかはまたそのうちに説明入れる……予定。

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