BETAの九州進攻が開始されて、ようやく3日目。
一部ではすでに第一次九州防衛戦と呼ばれ始めているこの戦い。その呼び名が意味するところは、この短時間の経緯だけで上層部はこの戦いは「勝てる」と踏んだようだ。
問題は、上層部の判断がどうであれ末端のそれも最前線と言えるような場所では、また判断は違う。海ならばともかく、陸のほうでは、抵抗はできているがそれはかろうじて維持できているだけだと、兵の多くは感じている。
(第一次、か。上の方々は今回は勝てると見たようだけど、次はともかくその先があるのやら……)
大上律子も、臨時とはいえ今は大隊を率いてはいるが、先日まではただの一帝国陸軍戦術機衛士だ。感覚的には兵たちに近い。
また指揮官としての判断としても、律子が率いる部隊では組織だった防衛戦が可能なのはあと2時間程度だと、どこか冷静なまでに割り切ってしまっていた。そしてその時間が過ぎれば、あとは敗走できれば僥倖。爆散して死ねればまだマシで、おそらくは戦車級に四肢を食いちぎられるまで死ねない確率のほうがはるかに高い。
(死ぬ、か……遠くに行くなどと言って別れたけど、結局戻ってきて、死ぬのはこの村……ね)
村に一つだけあった分校の青年部を卒業し、衛士となりその言葉通りに遠くへと、大陸へも渡ったが、喜ぶべきかこのように再び故郷の地を踏むことはできた。だが故郷に戻れたとはいえ、心残りはもちろんある。成すべきことも成せたとは言い難く、なによりも会いたかった者たちはすでにこの村にはいない。
須野村。
そこは九州の山間、わずかな谷間にある小さな、本当に小さな村だ。いや、村だった。今はもう誰一人として住んではいない。
バンクーバー協定に基づく九州全域の強制避難が勧告される以前から、すでにこの村から村民の皆は退避していた。もともと特に目立った産物などもない過疎の進む村だったのだ。政府からの支援があり、疎開先を選べるうちにと、少しずつ人が去っていったと聞く。
未練だ、とは自分でも思う。
最後にもう一度だけあの場所へと、かつて皆と過ごした校舎の離れへと眼が泳いでしまう。
(まあ、タダでは死んでやれない)
故郷を自らの手で焼き払うかのような任を与えられたという立場だ。律子が少しの間だけでも一人で村を見て回れるようにと、配下の者たちからは気遣われてはいた。
ただ出撃まではあまり時間もない。衛士強化装備を脱ぐ余裕は無く、その上にBDUを羽織っただけの、思い出に浸るには少しばかり似つかわしくない格好だった。
それに、村を見て回っていたのは何も郷愁からだけでは、ない。
臨時の、それもなし崩し的に任命されたような形とはいえ、大隊に伴う兵を預かる身なのだ。
律子自身も含むとはいえ、今から彼らの大半を死に追いやる立場だ。
死に逝く者たちには意味が無いかもしれないが、それでも自身と彼らの死を無駄にはしないためにも、生まれ育ち慣れ親しんだ村を、ただの感傷ではなく防御拠点としての観点から、あらためて見て歩いていた。
結果思い知らされたのは、時間が足りない、という明白なまでの一点だ。
須野村は小さいとはいえ、山間のわずかに開けた場所にある。BETAの予想進攻経路に沿って地雷を配し、背後に複数個の砲陣地を形成し射線を集中できれば、それなりの時間を持ちこたえることはできるはずだ。
問題は、今はその陣地構成にかける時間的余裕がない。
「こちらにいたか、大上中尉」
「ッ! 沙霧大尉殿ッ!? 失礼いたしましたッ!!」
思いに耽り過ぎていたためか気配も感じられず、驚きとともに敬礼し、礼を失したことを詫びる。
「いやなに。兵の食事が始まったので、私も居場所が無くてね。無粋だとは思ったのだが、姿が見えたので声を掛けさせてもらった」
気にするなと軽く笑って見せたのは、沙霧尚哉帝国陸軍大尉。
律子と同じく、帝国陸軍の強化装備に身を包む、一見線の細い男。だが律子の見知った限りでは、衛士としては帝国最高レベルなのではないかとも思える。
「それで……望郷というわけでもなく、なにやら考え込んでいたようだが?」
ただ故郷の村を懐かしんでいただけではない、とは見てくれたようだ。話を促すように、言葉を選んで問いかけてくる。
「はははっ、この地でいかに時間を稼ぐかと、無い知恵を絞っておりました。いやなに、初日に楽をしていた付けが一気に来た、といったところです」
「たしかにあの時は海軍の方々にすべてを任せてしまっていたようなものだったからな」
律子が話をはぐらかしたことくらいは尚哉にはお見通しだろうが、それでも合わせてくれる。防衛線初日は、今の尚哉とのやり取りのように、新兵向けの「演習」にはちょうど良いと古参の連中と笑いあっていたのだ。
それがもはや遠い過去に思える。
防衛戦が始まった初日は、大陸での激戦を経験してきた律子からしてみれば、驚くほどに容易い戦いだった。天候に恵まれ、海上からの沿岸部への支援砲撃はほぼ予定通りに行われ、戦術機甲師団としては時折砲撃を免れた突撃級を処理する程度だ。
帝国軍のみならず、新兵が初陣を飾るにはこれ以上とないまでの条件だった。
加盟各国からの支援を受けるためにも戦わねばならない大東亜連合だけでなく、本来ならば今後のために戦力を温存しておきたいであろうオーストラリアまでもが海軍だけでなく地上部隊を提供してきたのも納得できた。
ただ、それは初日だけのことだった。
防衛戦開始から二日目にして、初期の予定にはなかった大規模誘引が開始され、状況は僅かずつではあるが悪化していた。
BETA九州上陸以前に実行されなかったのは、山陰地方、それも鳥取まで網羅するような範囲での誘引を実行した場合、朝鮮半島までもが範囲に入ってしまい、無駄にBETA群を引き寄せる可能性が高いと推測されたためだ。
それを踏まえても、山口への上陸を阻止できなかったことと山陰地方へ向かうBETA群が初期想定以上に大規模になるとの予測から、九州に誘引し戦域を限定しなければ本土防衛は成せないと上層部は判断したのだろう。
「いましばらくの時間的余裕が、あれば、か?」
「まったく……デケェことするなら事前に準備しておけ、ということですな。遅滞防衛での大隊指揮など、自分が執り行うことになるとは考えてもいませんでしたよ」
自分たちの置かれた状況を思い浮かべると気が滅入ってきてしまい、わざとらしいまでに作った口調で、律子は愚痴を零して発散する。付け加えて、上層部批判となりかねないところを、自分たちの準備不足ととれるような発言で誤魔化す。
「耳が痛いな。大陸で、いや半島で後しばらくの時間的猶予を稼げるとの予断があったと、彩峰閣下などとも話してはおったのだが……」
「失礼ですが、それは自分とて同じです。年内の九州防衛など、夏には想像もしておりませんでしたよ」
大陸で、そして朝鮮半島で戦っていたからこそ判る。帝国軍としては九州を含む本土防衛は早くとも2002年初頭、半島が持ちこたえる前提で来年の夏までに準備を完了させる程度の余裕を見ていたはずだ。
「しかし……この誘引計画は、さすがに早急に過ぎる」
「それは、まあ否定はしませんが」
今回の誘引計画があくまで予備計画であり急遽実行に移されたことは、前線にいるからこそ、律子にも尚哉にも強く実感できた。
そしてその負担が、前線に強く押しかかっていることもまた事実だった。
BETA主力群が上陸を始めている福岡から誘引拠点として選ばれた宮崎までは直線距離にしておよそ200km程。BETAの進攻速度であれば、なにも障害が無ければ3時間程度で到達できてしまう、
ただBETAは移動においては高低差を嫌い、迂回することとなっても平坦なルートを選択するため、進攻進路はほぼ確実に予測できる。九州であれば、九重山や阿蘇山だけでなく九州山地を避けるか、あるいは山間を縫うように進んでくるか、となる。
誘引計画が既定路線であったならば、帝国陸軍はその予測進路上に防衛陣地なり地雷原なりを用意していたはずだ。しかし現実には前線のわずか数十km後方で、今まさに工兵が地雷設置を続けているような状態だ。
急増の防衛増強計画。それによる負担が少しずつ目に見える形で表れはじめ、その結果として律子は寄せ集めの部隊を率いて、故郷の村での防衛線構築を余儀なくされていた。
「誘引計画の早急さよりも、どちらかというと今の状況を招いたのは、ウチの連隊の連中ですから……」
「Mk-57中隊支援砲、か?」
第二プランというほど上位では無かっただろうが、九州方面への誘引は以前より企図され、そしてそれに沿った防衛陣構築も予備計画としては準備されていたようだ。誘引が決定された直後から、各地への工兵隊の派遣が執り行われたことから見ても、計画自体は比較的スムーズに進行している。
九州全域ではなくこの須野村で急造の防衛線を展開しなければならなくなった直接的な要因は、単純化すれば兵站のミスだ。
もともと律子が属していた連隊から見て南方の防衛を担っていたオーストラリア陸軍戦術機甲隊への補給コンテナが、なぜか帝国陸軍の物と入れ替わっていたのだ。それもMk-57中隊支援砲と、87式突撃砲との予備弾倉だけが満載されたようなものが届けられたらしい。
帝国陸軍の戦術機が携帯する87式突撃砲は、専用の弾倉だけでなく、戦術機用突撃砲の基礎ともいえるWS-16系列の弾倉も利用できる。だが逆に、今も広く使われているWS-16Cやアメリカが採用したAMWS-21などには87式突撃砲の弾倉は装着できない。
そのためアメリカ軍やオーストラリア軍などが展開する地域への補給コンテナには、
予備のWS-16Cとそれに合わせた弾倉とが用意されているはずだった。
帝国としても、直接的な指揮を執る国連太平洋方面第11軍としても、防衛協力として参戦しているしかも新兵の教育を兼ねていることが明白なオーストラリア軍に、大規模BETA群と正対するような戦域を担当させていたわけではない。
だがたとえ半ば予備兵力という位置付けとはいっても、戦闘には参加している。
実際にBETAに直面し損耗した後に、ようやく補給コンテナを確保したと思ったら使えない装備だけが詰め込まれていたのだ。とすれば、混乱し戦線を乱したとしても仕方がないとはいえる。
「新しいオモチャに調子付いてた、あの欧州帰り供には責任取って貰いたいところですな」
結局のところ、この村周辺の問題に限れば原因は帝国陸軍には正式配備されていないMk-57中隊支援砲を無理に運用しようとした者たちの存在だ。
海外視察研修でイギリスに渡った数名の衛士が、そこで見たMk-57中隊支援砲の火力に惹かれたのかあるいはそれを自身の実績として用いたかったのか、試験運用のために購入された6丁をこの防衛戦に合わせて装備していたのだ。
当然、弾薬不足に陥ったのはオーストラリア側だけではなく、Mk-57中隊支援砲を装備していた部隊も、その支援砲撃能力を喪失した。もともと正式に導入されている物ではない。補修部品はもちろん、弾薬もさほど余裕があるわけではなかったのだろう。かなり兵站方面にも無理を言っていたとは聞く。
補給不足に陥りそうになったオーストラリア戦術機甲隊は結果的に戦線を下げざるをえなかった。そこを律子たちの大隊が補完した形だ。それについては適切な対応だったと割り切れる。
ただ誤配送の原因となった、Mk-57中隊支援砲を装備していた中隊の連中には、機会さえあれば鉄拳をもって報いたい。
Mk-57中隊支援砲は、欧州のドクトリンに合わせ、名称通りに戦術機が支援火力として運用できるようにと設計されたものだ。
パレオロゴス作戦によって欧州各国はその機甲戦力の大多数を喪失し、以来現在に至るまでその補充は満足に成しえていない。結果的に欧州連合は"オール・TSF・ドクトリン"、戦術機のみで構成された即時展開打撃部隊を構築する方向へと軍備再編計画を立案していた。その一環で開発された兵装である。
たしかに山間部での間接支援砲撃能力としては、通常の砲兵を凌ぐ面もある。射程や火力では劣るが、戦術機が携帯するのだ。それらは展開速度で補える。
だが日本にはいまだほぼ無傷と言ってもいい機甲戦力がある。無理に戦術機に支援砲撃を担わせる必要はないはずだ。自分たちがいるから砲兵の山岳部への展開は不要などと嘯いていた連中の顔など、思い出すのも腹立たしい。
「まあ、済んじまったことをグチャグチャ言っても始まりません」
意識を切り替えるために、律子はわざとらしいまでに声を出す。
狭い村を軽く見て回り、尚哉とともにかつて通っていた分校へと戻る。そこに指揮下の皆を集めていた。
補給のミスで負傷した者も、もちろん死んだ者も、大隊の中には居る。彼らには、同胞の責を認めさせることではなく、国土を守ることで報いたい。
律子の所属していた大隊も現在の稼働戦力は16機だ。一見半壊しているとも取れるが、中破以上の損壊を受けた機体と負傷した者を後送したからであって、本来ならば時間さえあればほぼ定数に戻せる。
一般に言われている、対BETA戦における一度の戦闘での損耗率が3割という事例から考えれば、損傷は軽微と言ってもよい。
なによりも部隊の半数を維持したままにBETAの一陣を撃退、加えて負傷者を後方に送れた。それだけでも戦術機大隊としては作戦に成功したと判断できる。
それはなにも律子たちの技量の高さだけで成し遂げられたものではない。
「大尉殿たちのご尽力のおかげです。遅滞防衛を可能とするだけの戦力を残してくださったことに感謝いたします」
「それは君たち自身の鍛錬の結果だ。我々はその手助けをしたに過ぎん。身に付けた技量は、間違いなく君たちの物だ」
「どちらかというと俺たちの腕というよりは、突撃砲の改修で命を救われてましたよ。いや改良型OS、XM1のおかげ……となるとやはり沙霧大尉殿の小隊の皆さまのおかげ、ですな」
尚哉は半島からの撤退戦の折に負傷しており、そのためしばらく前線から離れるはずだった。療養後は帝都守備第1戦術機甲連隊に配置換えされる予定だと、彼の副官から聞いたこともある。
その尚哉がこの地、律子たちの大隊と行動を共にしていたのは、改良型OS XM1と、いくつかの装備改修にともなう戦術機機動にかかわる教導のためだ。
OS教導のために、乗り慣れた不知火ではなく撃震だったが、それを感じさせることは教導においてもまた先の戦いにおいてもなかった。困難な撤収の際にも、ただの一衛士という以上に尚哉は大隊へのフォローも的確に、損害をいたずらに拡大させることもなくこの村まで部隊を下げさせた。
「銃剣仕様のせいで、戦場に慣れた衛士であっても敵に近付きたくなるのには、困ったものだったがな」
「……それは大尉殿ご自身も含めてのことでありましょうか?」
「いや? 大上中尉のことを言ったつもりだったのだか?」
「ははっ、慣れねぇことはするもんじゃねぇと、一応は反省しております」
笑って誤魔化して見せるが、機体の不調は律子もよく判っている。
律子の撃震は、BETAの返り血で汚れてはいるが一見は正常に見える。だが慣れない銃剣刺殺を繰り返したことで、右腕の調子がおかしい。小破とされるほどの損傷でもなく、射撃戦であれば問題ないと判断し、簡易整備さえ部下の機体を優先するために先送りにしていた。
尚哉とともに笑って見せながら、分校のグラウンドに入る。
損傷した機体と、大隊長を含め負傷した者たちを後方に下げたが、それでも増強中隊規模。その数の戦術機を並べられる土地など、小さいとはいえこの分校のグラウンドしかなった。
大隊が半壊したとはいえ、戦端を開いてからさほどの時は経ておらず、戦闘時間的にはまだ無理が効く範囲だ。ただOSや各種の装備変更の影響が読めず、本来ならば整備班に任せたいところだ。
とはいえ87式自走整備支援担架など、この村に続く道を通れるはずもなく、この場にはない。もちろん大隊に随伴する整備中隊もいない。
設備的にも時間的にも満足な整備など望むべくもなく、衛士各々が自身の機体状況を確認し、残された予備弾倉を満載する程度が関の山だった。
推進剤の残量が気がかりだが、広域での機動防衛ではなく、後方の砲兵が準備するまでの半ば籠城戦じみた遅滞戦闘だ。むしろ推進剤を使い切るまで生き残れる衛士のほうが少ないのではと、嫌な予想も律子の頭を過る。
そしてこの地に残った、いや留まるように命じられたのはなにも衛士たる律子たちだけではない。直属といえる戦術機中隊とは別に、今は律子の下にはすでに元の隊など意味をなさないまでに「損耗」し、ただの寄り合わせに近いとはいえ機械化歩兵が2個小隊ある。
撤退時に遭遇しなし崩し的に合流した形だったが、連隊司令部からは特に命もなく、そのまま律子の指揮下に入っていた。
部隊指揮官はどこかで食われたのか、あるいは運よく後送されたのかは聞いてはいない。が、大陸帰りの曹長が取り纏めてくれているおかげで、戦力としては形を保っていた。87式機械化歩兵装甲も半数近くがどこかしら損傷していたが、それでも予備弾薬を含めまだ数がある。
その機械化歩兵に加え、直接戦闘はできないが、一切の損耗のない工兵が1個中隊。こちらは村から大分方面へと続く道に障害構築のために派遣されていたのを、撤収前に臨時に合流した形だ。
命令系統は本来ならば別だが、須野村周辺を簡易的に防衛陣とするために短い時間だが協力してもらっていた。
「ふむ……簡単に見て回っただけだが、大上中尉の指示は的確だ。大隊指揮官としても優秀のようだな」
尚哉もただ律子と雑談するためだけに村を回っていたわけではない。律子が工兵に指示していた簡易防衛陣の様子を確認することも目的だった。軽く見ただけだが、時間も資材も限られた中で、最善と言えることは見て取れた。
「指揮官なんて俺の柄じゃないですよ。ただあの大隊副官は妙にイラつく奴だったとはいえ、判断としちゃあ間違ってはないかと」
律子が戦術機大隊の臨時指揮官として残されたのは、戦える衛士の中で実績もあり先任だったというのもあるが、それ以上にこの土地に詳しいと判断されたからだ。地図を見て状況を読み取るというのは士官にとっては必須とも言える能力だが、やはり慣れ親しんだ土地であればこそ見えてくるものもある。
実際、偶然とはいえ工兵と合流できた幸運もあったが、なによりも律子の拠点構築への場所選択が適切だったことで、曲がりなりにも一応は遅滞戦闘ができそうな程度には準備も整いつつはある。
「やはり我らも残り、防衛線を押し上げる一助となろう」
それでも兵も時間も足りていないのは明白だった。耐えて1時間、全滅どころか壊滅まで戦ったとしても2時間が限度だと、指揮官として冷静な部分で尚哉は判断できてしまう。
ならば僅かでも時間と、村を守る可能性のために自身の部隊も残るべきだと、尚哉は言葉を続ける。
「……お申し出、感謝いたします、大尉殿」
尚哉の提案することの意味は律子にも判る。尚哉の配下は自身も含め撃震一個小隊だけだが、律子の指揮する部隊と合わせれば20機程度。
山間部を縦深陣として使い、先行してBETAの進攻を押し留めるように戦えば、村への侵入を阻止できるかもしれない。
「本当に、この村で生きてきた者の一人として、本当にありがとうございます」
村を戦火に焼かずに済む。それを考えなかったわけではない。
連隊本部から下された命は簡単だ。砲兵の準備が整うまで、この村にBETAを押し留めること。それだけである。想定していなかった場所での遅滞戦闘だ。後方で砲兵が、今も準備に追われているだろう。
支援砲撃の面制圧という性格上、山間部の細い道に対しての射撃ではさほどBETAの数を減らせられない。程よくBETAが密集した地域を作り、そこへ砲撃を合わせなければ、貴重な砲弾を無駄に降らせるだけになる。
そしてそれを可能とする程度に開けた土地は、周辺ではこの須野村だけだ。
つまるところ律子に下された命というのは、生まれ故郷と自分たちの身を囮として、砲兵の準備時間を稼ぎ、そのうえでBETAとともに村を焼けと言われているに等しい。
「ですが、それは機械化歩兵を遊兵化し、少ない戦力をより減らすことにも繋がります」
尚哉の申し出を受ければ、村への被害は抑えられるかもしれない。
だが噂の新OSを積んだ不知火ならばともかく、少なからず損傷した撃震では山間部での遅滞戦闘など下手をせずとも自殺行為だ。足場の悪い森林部では満足な回避行動もとれず、部下を無駄に死に追いやる可能性が高い。
「ならば我が小隊だけでも先行し」
「失礼ながらッ!!」
上官の言葉を遮るという愚を犯しても、律子は言葉を続ける。
「大尉殿の任は、この村を守ることではなく、この国、日本、そして人類を守ることだと愚考いたします」
沙霧尚哉という男は、このような小さな戦いに身を削るにはあまりに惜しいと、律子ですら感じている。大陸派遣軍の中核ともいえる彩峰中将の子飼いでありながら、本土防衛軍がその中核たる帝都守備連隊へと招くのもよくわかる。
そんな男を律子の、ただの村娘の感傷で危険に晒すことは許されない。なによりも帝国軍衛士としてこれまで戦ってきた律子自身も許せはしない。
「そして私の任もまた、この村だけではなく、帝国の、そこに住まう民を守ることであります」
「……了解した、中尉の心意気に水を差すような発言、心より詫びよう」
「詫びなど、と。大尉殿のお言葉、我らの身を案じてのことだと、深く理解しております」
村を焼くことで時間を作りだせ、そしてそれが九州の、ひいては日本の防衛に繋がるのであれば、喜んで村を焼こう。
言葉にはしなかったが律子の覚悟を感じ取ったのか、尚哉もようやく受け入れた。
「ああ……なるほど。確かにこういう時にこそふさわしい言葉がありましたね」
ふと落ち着いた心持で、数日前に聞いた言葉が律子の頭を過る。
「沙霧大尉殿、この国と民のために……人類に黄金の時代を」
九州防衛というか九州なら出さねば~と割と初期予定から想定はしていたのですが、ようやく出せました大上律子帝国軍中尉。とはいえこの世界線では「わりなき」は誰√ということもなく、なんとな~くプロローグ部分だけというか体験版あたりまでで、あとは友情ENDっぽい流れだったに違いないっというぼんやりした感じにしておきます。
で書き出してから気になったのが須野村の場所がいまいちわからず、こちらもちょっとぼんやりした感じで。
あと出すかどうか悩んでましたが、沙霧大尉登場~この世界線だと拗らせる要因が少なすぎて普通に常識人?になってしまいそうです。