Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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依託の攫取

『……こちらは国連軍白陵基地のA-01部隊第一大隊第一中隊、中隊長の神宮司まりも大尉であります』

 

 ターニャの尊大と取られても仕方がないような通達に続き、それを和らげるためにもまりもが正確に所属を告げる。なにも武御雷を先頭に立てて進攻しているのはその威を借るためではない。あくまで武御雷は冥夜に関する偽装工作の小道具であり、また偽装を補強するためにも在日国連軍だと宣言しておくことが重要だった。

 

 

 

『失礼いたしました。臨時編成の当部隊の指揮を任されております、帝国陸軍の大上律子中尉であります』

 

 慎二たちと似たような年齢の、赤毛の女性士官が部隊名を名乗らず、まりもに応える。

 一見非礼だが、名乗ろうにも部隊名などないのだろうと、村に展開している兵力を見渡して武も思い至る。

 

 臨時編成とは言うものの、連隊本部などから承認された編成ではなく、実態としては撤退に伴う混成部隊にしか見えない。戦闘指揮車両は残っているようだが、CPも満足に機能していない可能性も高い。先ほどから漏れ聞こえていたように、戦術機大隊だけならばともかく歩兵部隊との連携を取るにため、多少の問題には目を瞑ってオープンチャンネルで通話しているのだろう。

 

 

 

『さて、細かな防衛手順を照らし合わせたいところだが、こちらに流れてくるBETA群との接触も近い。ひとまずこちらの前衛は先行させておく』

 

 部隊としては大隊規模にも見えたが指揮官と名乗ったのが中尉だったことで、まりもは苦笑交じりに口調を崩す。そしてまりもの言葉に律子が眉を顰め否定するような気配を見せるが、その返答を待たず、まりもは指示を下した。

 

『フェアリー01よりブラッド01、前衛の指揮は任せる』

『ブラッド01、了解』

 

 正直なところ、BETA先頭集団の接近まではさほど時間的余裕もない。途中で補給コンテナなどを回収していたこともあり、この須野村への到着予定時刻をすでに上回っているのだ。まりもだけでなく中隊の皆も、打ち合わせが必要だとは理解しつつも、部隊展開を急ごうとする気配がある。

 

 指示を受けた真那にしても、表情には出さないものの僅かに焦りがあったのか、前衛小隊を止めたのは村の入り口付近にまで先に進んでからだった。もっとも、戦術機を止めやすそうな学校の校庭らしき広場には陸軍の撃震が並んでいたためとも言えなくはないが、士気高揚のことを考えればもう少しばかり近くに降りても良かったのだ。

 

 

 

『……ご協力感謝いたします。ですが村の入り口からその先の三叉路付近までは道沿いに限りIEDによる簡易地雷原を構築しております』

『ブラッド01、聞いての通りだ。せっかくの防衛陣ではあるが、我らがそれに頼るわけにもいくまい』

『もちろんであります。設置された皆様の尽力には感謝いたしますが、武御雷を賜りし我らとしては、むしろここに一匹たりとて通さぬ覚悟を持って臨みましょう』

 

 帝国陸軍に聞かせるため、まりもも真那もオープンチャンネルのままに、普段ではあり得ぬほどに大言を吐く。

 

『ブラッド01より、前衛各機。これより我が小隊は先行し、BETA先頭集団漸減にあたる。各自の奮闘に期待する』

『了解ッ!!』

 

 真那の命に、武に冥夜、戎の応答が重なる。その声とともに、脚を止めるため僅かの間だけ下げていた跳躍ユニット主機の出力を再び高め、武を先頭に四人は即座に飛び立った。

 

 

 

『いやしかし、武御雷とはいえ、その数では……』

 動き出した武たちの様子を見て、帝国陸軍の誰かが不安げに漏らす。

 

 BETA先頭集団漸減のために先行させるとまりもが言ったのは、武たち先頭を行く一個小隊、たった4機の武御雷だ。2個大隊規模のBETAが進攻してくる眼前に、たとえ帝国の誇る武御雷とはいえ先行制圧としても数が少なすぎる。

 

(まあ普通に考えたら、これだけじゃ戦力不足だよなぁ。神宮司大尉の対応に期待する、か)

 

 村から2kmほど離れたあたりまで、時間が惜しいために脚部走行ではなく軽く跳躍で進みながら、武は苦笑気味にそう思った。

 今から共に肩を並べて戦おうとする相手の不安は解消したいとは武も考えるものの、小隊指揮官たる真那が何も口を出していないのだ。今は武御雷に乗っているとはいえただの国連軍少尉でしかない武には、立場として反応するわけにもいかない。

 

『おいおい……あの機体を見りゃ判るだろ』

 中隊指揮官としてのまりもの対応に頼るしかないと、武はどこか人任せに流していると、わざとらしいまでに呆れたような声で律子が口を挟んできた。

 

『斯衛ご自慢の武御雷が、あれほどまでにBETA共の返り血で染まってるんだ。乗ってるのがどなたであろうと、その技量は疑うべくもねぇ』

『大上中尉。こちらの突撃前衛二人へは過大な期待はせぬように。敵に無暗に近付くなという命を二人そろってすぐに忘れるような奴らでな。下手に褒めると増長しかねん』

『はッ、部下ともども失礼いたしましたッ!!』

 

 律子の配下への気遣いを、まりもは武と冥夜への注意を漏らすような形で受け入れる。

 

 

 

「ハハッ、褒められてるぞ、04」

 いまからその役職名通りにBETA群に突撃する緊張とは別に、指揮官二人の言葉を受けて、武も思わず笑ってしまう。彼女の言葉通りに、冥夜の武御雷は出雲から出撃するまでは輝くばかりの紫紺だったが今は黒く濡れたようにも見える。

 

 頑なに長刀を振るい続けてきた右腕は、肩より先全てがその紫の色を覆いつくすように赤黒い血潮がこびり付いている。また両の脚も膝下まで染め上げたように赤黒い。砲撃戦だけなく、突撃前衛として文字通りの近接白兵戦を幾度となく繰り返してきたからこそだ。

 初陣直後こそ斯衛の整備中隊がその汚れを総員で落とそうと努力したものの、幾度も続く出撃命令に、今は関節周辺など必要最低限の洗浄に留まってしまっている。機体性能に影響の少ない装甲部分などは簡易洗浄で済まされていた。

 

『無駄に浴びてしまった返り血だ。私としては自身の未熟さを晒しているようで、誇るべきものではないと考えるのだがな』

「あ~無駄と言えば、俺のほうが返す言葉がねぇ……」

 

 冥夜の機体の汚れ方は、追加装甲を持たずに敵陣に斬り込み、受けるよりも先に倒すことの結果だ。

 随伴する武の機体も似たようなものだが、こちらは両の手に逆手に長刀を構えている関係からリーチが短く、冥夜ではないが無駄にBETAの血を浴びていると言えなくもない。

 

 

 

『ブラッド01から前衛小隊各機へ。聞いた通りだ、期待されたくらいは働くとしよう』

 

 IEDによる簡易地雷原を避けるために、脚走行ではなく跳躍したことで、迎撃予定地点まではすぐに着く。武と冥夜との砕けたやり取りには真那は口を挟まなかったが、ここからは後続の部隊のためにも準備が必要であり、小隊指揮官として細やかに指示を下していく。

 

 移動に時間が左程取られていないとは言えど、こちらに向かってくるBETAとの距離は着々と詰まってきている。尾根に上がれば射線も通せるかもしれないが、今はまだ砲撃を開始しない。

 

 まずは何よりも、遅滞戦の準備として周辺の地形に手を入れる必要があった。

 須野村近辺はBETAの進攻ルートが正確に予測できるような隘路が続くのだ。そのような場所で、また樹木の生い茂る山肌では戦術機といえど満足に動けるはずはない。真那の指示のもと、射点として有効な場所を作るべく、武たち4機は歩行でだけでなく跳躍を交えつつ、長刀で木々を伐採していく。

 

 

 

『フェアリー00からブラッド01へ。BETA先頭集団との距離、5kmを割りました。接触までおよそ300秒』

『ブラッド01了解。180秒後から攻撃に移る。小隊各機、いましばらくは陣地構築に集中しろ。先走るなよ?』

 

 進攻してくるBETA群は今回の進攻においてはすでに中衛と言える勢力であり、突撃級は確認されていない。その構成はBETA群の中核をなす戦車級と要撃級だ。平野部での進行速度は80km/hほどにもなるが、このような地形ではさすがにそこまでの速度では進んでこない。

 

「ということらしいぞ、04? いきなり斬りかかるようなことはするなよ」

『ふむ? 先走っているのはそなたのほうではないか、02?』

『まあこっちは二刀振るってるからな。木こり仕事なら04の倍だ』

 

 初陣となった下関での戦いからすでに70時間近く、武も冥夜も戦い続けている。

 ターニャが以前宣言したように、他の少尉たちはそれなりに休息を与えられてはいたが、冥夜には機体調整の時間に仮眠する程度の余裕しか与えられていない。これは随伴する武も同様で、他の中尉たちと同じく、ほぼ休みなく戦い続けてきた。

 

 

 

(いい意味で緊張が解けてきたというべきか、疲労が溜まってきてると見るべきか……)

 

 初陣の時の緊張も薄れ、また満足な休息もとっていないことから、冥夜の口も逆に軽くなっている。さすがに戎たち白の者たちは冥夜への敬意が高く、同じ前衛小隊とはいえ簡単には話せず、このところは戦闘直前に武との軽く砕けたやり取りが増えていた。

 

 武は疲労からくる判断力の低下などは自覚してはいたが、自身に関しては許容の範囲だと割り切っている。他の中尉たちは実戦経験もあり自己管理はできているだろうと思うが、冥夜は別だ。

 真那も護衛として注意はしているだろうが、突撃前衛として肩を並べて戦う武は、普段以上に気を付けておこうと戒める。

 

 

 

 

 

 

 武たち前衛小隊が先行し山肌に簡易陣地を構築している最中、まりもは中隊指揮官として、帝国陸軍との折衝に入っていた。

 

『さて。こちらの突撃前衛の二人がさきほどから浮ついているので察してもらえようが、こちらもご覧の通りの混成編成だ。ある程度は自由に動くつもりだが、周辺の地理にも詳しくないため、防衛案があるならばそちらに従おう』

 

 部隊としては大隊規模にも見えたが指揮官と名乗った律子が中尉だったことで、まりもは苦笑交じりに口調を崩す。

 まりも自身も慣れてきたとはいえ、そもそもが教導目的の機種混在編成であり、さらには防衛戦が開始されてからは本来ならば別系統のはずの真那たち斯衛への指揮も取っているのだ。事情を知らずに外から見れば、第一中隊も敗残兵と判断されてもおかしくはない。

 

 

 

『国連軍の皆様方の支援が無いという先ほどまでの状態であれば、後方の支援砲撃準備が整うまでの時間を稼ぐため、村の入り口に火力を集中し谷間から出てくる地点へ射線を集中したうえでの包囲漸減を想定しておりました』

『ふむ? 山間部へと打って出て遅滞戦闘を続ける、というわけではないのだな?』

『はい。この兵力では闇雲に前に出たとしても、時間稼ぎにもなりません。ご覧の通りの小さな村ではありますが、中央部のいくつかの家屋ならば機械化歩兵たちへの防壁ともなるかと判断いたしました』

 

 まりもの問いに律子は感情の波を感じさせないような口調で、BETAを村に引き入れて時間を稼ぎながら数を減らすつもりだったと答える。

 時速にして80km程を出す戦車級であっても、家屋などを乗り越える際にはさすがに速度が落ちる。ごくわずかな隙でしかないが、歩兵装甲しか持たぬ機械化歩兵にとってすれば、貴重な防御手段ではあるのだ。

 

 

 

『なるほど……手堅いな。少ない兵力で、最善を尽くそうというのが見て取れる』

 

 律子の説明の最中にも、村の入り口に設置された突撃砲を改造した臨時の砲座や村の中を流れる川を防壁として用いるように配置された87式機械化歩兵装甲を確認しながら、まりもが評する。

 

 支援砲撃が開始されるまで、村に下がって遅滞戦闘に努める。

 損耗の激しい寄せ集めの部隊でBETAの進行を押し留めようとするならば、判断としては間違っていない。たしかに最善ともいえる。

 

 彼女の配下は第一世代の撃震、それも部隊の半数近くが損傷しているようにも見える。

 機械化歩兵と連携しつつ、たとえ全機をもってして山間部へと前進したとしても、射線の通しにくい山間だ。距離の優位は左程なく、機動力に欠ける撃震では満足に回避行動をとることも難しい。下手に前進した場合は、むしろ損傷した機体を庇いあうことで逆に被害を増やすだけであろう。

 

 ならば守るべき村を焼くこととなったとしても、平地部へと引きずり込むことで射程という人類が持つ唯一といっていい利点を活用するしか手段はない。

 

 

 

(最善を尽くそうとする……か。それでも支援砲撃が間に合うかどうかは不明、全滅は確定的だ。大上ってあの中尉もそれは判ってはいるんだろうな)

 

 山間での機動防衛のために足場を確保すべく木を切り倒していきながらも、武は二人の指揮官の会話に注意を引かれていた。

 

 律子が村を焼くことも自身を含め兵の大半が死ぬことも受け入れつつも、それに抗おうとしていることくらいは、フェイスウィンドウ越しの荒い映像であってもその表情から見て取れる。

 

 何もかも諦めて、自暴自棄になっている者の顔ではない。

 無力さは自覚していたのだろう。死を恐れていないわけでもないはずだ。それでも自身を盾として他者を残し、残した者に思いを託そうとする、決意を持った律子の態度に、武は敬意とともに少しばかりの嫉妬も感じてしまう。

 

(俺は……覚悟ができてるのか?)

 

 かつての武が自身の無力さを呪い周辺に苛立ちをまき散らした時から、どれほどに成長できているのかさえ判らない自分と、いま務めを果たさんと心を決めた律子とを、どうしても比較してしまう。

 

 

 

『守るために、守るべきものを費やす、か。慣れぬものだな』

「……慣れて良いものでもないだろ」

 嘆くように呟く冥夜の声を耳にして、武は少しばかりきつく言い放った。

 

『ふふ、自身の無力さを恥じるなど、たしかに余裕ある者にしか許されぬ特権だな。許すがよい』

「あ~悪い。余裕がないのは俺のほうだ。ま、この村に関しては……そうだな」

 

 自省でさえなく、ただ自身を卑下することで逃げるような思いに捕らわれていたために、冥夜へ当たるようなことを言ってしまった。それでさらに沈んでしまいそうな自分に呆れてしまいそうになる。

 

「神宮司隊長がうまくやってくれるようだぜ?」

 自身の失態を詫びつつも、武は冥夜の望みは叶えられそうだと告げた。

 

 

 

 

 

 

『だが、せっかくだ。我が隊の者も、家屋を踏み潰すことに少々、鬱屈したものを溜め込んでいて、な。この村くらいは守らせていただこう』

 

 まりも自身や孝之たちは大陸において初陣を経たために、都市部を焼き払うことは当然、場合によっては避難民を巻き添えにしてでも防衛線を構築して来たような現状を目の当たりにしてきている。そして対BETA戦とはそういうものだとすでに割り切れている。だがそれでも自国の街や村が焼かれているのを見続けて、なにも感じないはずもない。

 それに武たち隊員の言葉をすべて聞いていたわけではないだろうが、まりもにしても中隊の新兵たちがストレスを溜めているのは判っている。

 

『いやしかし……』

『こちらに向かっているBETA群は2個大隊規模と聞く。混成とはいえ戦術機大隊規模の戦力が揃っており、数が少ないとはいえ支援砲も用意した。村にまで引き込むことで攻撃機会を逃すほうが愚策ではないか?』

『了解いたしました。ですがこちらの優先任務としては、この地に残っておりました工兵隊の後退支援であります。彼らの支援にこちらからは1個小隊を割きたいと愚考いたします』

 

 まりもの提言は、律子にしても喜んで受け入れたい内容だ。それであっても感謝の言葉ではなく、まずは果たすべき任を伝える。村の防衛よりも、大分へと至る防衛陣構築のために工兵隊を安全に下げることが重要だった。

 

 

 

『それに関しては帝国陸軍にお任せしよう。では、こちらは前衛小隊の接敵に先立ち、支援砲撃に入る。中隊各機、準備はよいか?』

 

 防衛戦開始からすでに三日。

 第一中隊からはいまだ戦死者は出ていない。が、生命には係るほどではないとはいえ慧と茜とは骨折などの負傷もあり、先に後方に下げられている。第19独立警護小隊の神代と巴の二人も本人たちの負傷は軽いが、機体の不調と整備が追い付かず、こちらも昨日から防府基地で待機を命じられていた。

 

 増強中隊と言えた機体数も、今では通常の中隊と同様に12機に収まってしまっている。損傷のない機体など、後衛で支援砲撃に徹していた純夏と壬姫の乗機だけだ。

 

 

 

『一応は準備出来ております。ですが、もう少しばかり早く着いてたら、事前準備にも余裕があったのですが……』

『そう言うなって。時間は少ないが、まだ終わったわけじゃないだろ』

 

 余裕の無さを悔いる孝之に、慎二が宥めるように言う。ただ孝之の言葉通り、出撃時の予定ではもう少し早めに到着し、現地の部隊とも直接顔を合わせたうえで余裕をもって戦線の再構築に取り掛かるはずだった。

 

『そう、ですね。せっかく貸与されたMk-57中隊支援砲もあります。余裕は無くとも守って見せます』

『まったく試射もしてませんから、補正には自信がないのですけど……頑張りますッ』

『わざわざ帝国陸軍から借り出して、その上にコンテナまで回収してきたんだからねー』

『それに下手なことをしたら、後ろで待ってる茜たちに』

『う~それでも一回くらいはズドドッと撃っておきたかったよ』

 

 小隊長の二人に続き、中衛と後衛の新人たちが、わざとらしく好き勝手にしゃべり始める。緊張を解すための雑談ができる程度には、彼女たちも戦場には慣れてきたようだ。

 

 その言葉通り、後衛小隊として編成されている5機の撃震は、まりもの機体を除き全機が支援砲撃仕様と言ってもいい。さすがに武たち前衛小隊の武御雷や孝之たちの吹雪には機動性の低下を懸念して装備していないが、予備として2門も含めれば全6門の支援砲だ。それなりの制圧火力はあるはずだった。

 

 

 

(そういえば、準備期間があるってのは、今回が初めてか。なんでこんな場所が、俺たちの投入箇所として選ばれたんだ?)

 

 後ろで中隊の皆が話しているのを聞きながら、武は疑問を抱いてしまう。

 

 もともとA-01は第四計画の直轄部隊で、夕呼の判断で比較的自由に運用できていた。そのA-01の中でも第一中隊は、斯衛からの承認もあり、帝国軍どころか本来の所属である在日国連軍からしても完全に独立した運用が許されている。

 戦場の選定は自由に行えており、介入はもちろん、撤退するタイミングさえまりもかターニャの判断によって決定されてきた。

 

 紫の武御雷を先頭に推し立てているだけでなく、戦果を出していなければ、ただの混乱の要因にしかならない。そのために今まで選ばれた戦場は初陣同様に、防衛線が崩れ落ちる直前の、それでいて中隊規模の戦力であっても十分な加勢となるような場所ばかりだった。

 

 

 

(あ~もしかして、ここの防衛よりも帝国陸軍への圧力材料としての、Mk-57接収が目的、か?)

 

 数の少ない試験運用中の兵器を無理やりに前線に持ち込んだことで、兵站に混乱をきたし、結果的に防衛線に穴を開けられたのだ。その要因となったMk-57中隊支援砲を、第一中隊は帝国陸軍から奪うように借り受けてきている。

 中隊支援砲に兵器として問題があるのではなく、帝国陸軍の無理な運用が原因だったと、そう証明するための戦闘なのではないかと、ふと思い至った。

 

 言ってしまえば武御雷も、その中隊支援砲と似たようなものだ。配備数は少なく、補給にも整備にも負担は大きい。その負担に見合う以上の成果をもたらさなければ、使う意味が薄い。ターニャにとって、九州に4機しか展開していない武御雷の、機体性能ではなく影響力としての実効性を高めるための比較要素として、Mk-57中隊支援砲が都合が良かったという見方はあり得るのかもしれない。

 

 そういう風に考えてしまうくらいには、武はターニャの戦域選択に疑惑ではないが、納得しきれぬところはあった。

 

 

 

『それでだ。03じゃないが、弾のほうは追加で拾ってきたからどうにかなりそうとはいえ、お前ら本当に撃てるというか当てれるのか?』

『06から09へ。射撃自体はマッチングも完了しておりますので、問題はありません。ですが……』

 

 ターニャの戦場選択に疑問を持つ武とは別に、慎二はMk-57を新人少尉たちが扱えるかどうかが心配のようだ。代表して答える千鶴にしても、さすがに簡単にできるとは言い切れないのか、口を濁す。

 

 慎二の言うとおり、弾薬の心配はない。

 帝国陸軍からMk-57を借り受けた時に、一緒に受け渡された弾薬があまりに少な過ぎたが、補給コンテナの位置は判明していたために回収はしてきたのだ。ただ今後も現場の混乱の要因となりかねないので、Mk-57用機材の入ったコンテナすべてを回収するために迂回したことで、この須野村への到着時刻が遅れたことは誤算だった。

 最低限の機体とのマッチングは完了したとはいえ、満足に試射する時間さえ取れていないのだ。

 

 

 

 そしてなによりも問題なのは、間接射撃の経験の無さだ。

 

 戦術機の攻撃の基本は突撃砲による直接射撃である。

 訓練兵時代の射撃訓練も突撃銃を使用していた時間が最も長い。一応は迫撃砲を用いての間接射撃の経験はあれど、砲兵としての専門訓練を受けているわけではない。

 

『……フェアリー00より、フェアリー各機へ。変則的ではありますが、間接射撃のための観測班としては前衛小隊からのデータを基にこちらで処理いたします。また射撃指揮所としてもこちらで対応いたします』

 溜息でも漏らしそうなほどに感情の抜け落ちた声で、仕方がないと言いたげにターニャが口を挟む。

 

『ブラッド01よりフェアリー00へ。当機が観測機となる。が、そちらの処理に問題はないのか?』

『フェアリー00了解。指定ポイントにて待機をお願いいたします』

 

 間接射撃は本来であれば専属の観測班を配して行われる。また戦術機の各種センサ類はたしかに陸自用兵器としては比類なき程に高い性能を持ち、場合によっては観測機として運用されることもある。

 だがそれはあくまで専用の観測班として、直接戦闘に関与しない場合に限ってのことだ。たとえ専門に訓練を受けていたとしても、前衛小隊として近接戦闘に参加している機体からでは、詳細な情報を伝えることは困難を極める。

 

 ましていまの前衛小隊の面々は、護衛及び近距離戦に長けた者を集めており、誰一人として観測員の経験などない。

 

『たしかに少々観測データとしては荒いものしか集まらぬかとは思われますが、対象BETA群の進攻予想ルートはすでに作成されております。観測射撃の後に、必要最低限の弾着観測データさえ頂ければ、あとはこちらで何とかして見せましょう』

 できるのかという真那の問いに、無理ではないとターニャは淡々と答える。

 

 

 

(というかなんで事務次官補が砲兵の任を担当できるんだ?)

 いまさらながらというべき疑問が、武の頭を過る。

 

 ターニャが自身の能力を低く見積もっているところがあるのは、付き合いの浅い武にも判ってきている。そのターニャが可能だと言うのだから、間違いなく水準以上の処理をこなせるはずだ。

 

 だがこの世界線において、ターニャの軍歴はあくまで合衆国空軍に限定されている。月面での対BETA戦では満足な迫撃砲もなかったと聞く。BETA大戦以前の対人類戦において、近接航空支援などで近しい経験があるのかもしれないが、それにしても間接射撃に対して慣れ過ぎているかのように感じられる。

 

(夕呼先生の疑問じゃないけど、やっぱりEX世界線とこっちのAL世界線とかとはまったく別の世界線でなにがしかの軍歴があるってことか……?)

 

 いま問うべき問題ではないとは思いつつも、秘密主義すぎるターニャに対してどうしても疑問は尽きない。夕呼がターニャの能力や知識に対して一定の敬意を払いつつも、完全に協力者として受け入れきれないのは、こういう面が大きいのだろう。

 

 

 

 

 

 

『ブラッド01より前衛小隊へ。接触予定時刻だ、兵器使用自由ッ!!』

『了解ッ!!』

「ッ!? 02了解ッ!!」

 

 武のターニャへの疑惑など関係なく、BETAの進攻は続く。

 冥夜と戎の二人に比べ少しばかり反応が遅れてしまったが、それでも攻撃予定地点と指定された場所へと現れた戦車級へ、武は36mmを降らしていく。

 

『フェアリー00から03、12。緒元転送完了、効力射開始。06、10は30秒待機』

 観測機としての任に付いた真那を除き、武たち前衛小隊が射撃に入ったと同時に、ターニャは後方に位置する純夏と壬姫に緒元と共に砲撃の指示を下す。声からは判らないが、余裕が無いのかそれとも短期で済ますつもりなのか、初弾からほぼ全力投射に近い。

 

 

 

『光線級警報ッ!?』

 だがその間接射撃の効果を確認するよりも先に、各機のコクピットで警報が鳴り響く。

 

『フェアリー01より中隊各機ッ!! 無暗に騒がず現状のままに対処せよッ!!』

 警報に対し狼狽えた中隊員に対し、まりもが叱責するように指示を下す。

 

『まだ第四級警報だ、驚き過ぎだぞ? このあたりの地形なら、よほど跳ね上がらなきゃ、かすりもしないはずだ』

『めずらしく09の言うとおりだな。そんなところまで跳ぶのは02くらいだ』

 まりもに続き、慎二と孝之が落ち着き払った様子を作って、新兵たちへの緊張を解こうとする。

 

「さすがに俺でもそこまでは……跳んでましたね、先輩方のご注意に感謝します」

 せっかくだからと武も二人の言葉に乗りかかり、軽く笑ってみせる。

 

 

 

『糸島市の西部海岸に、要塞級とともにいくつかの光線級の上陸を許したようです』

 

 中隊全体が落ち着き、支援砲撃が再開されたのを確認した上で、ターニャが状況の説明を始めた。

 

 玄海灘から泉川河口付近に上陸されたと、地図情報を書き換えていく。

 重光線級は確認されておらず、確認されている光線級の数も少ないが、無防備なままに砲撃を続けられるほどには余裕がない。帝国海軍は周辺からの艦艇の退避を進めており、艦隊が壱岐水道か博多湾側へと移動が完了するまでは、支援砲撃が不可能になるという。

 

 九州北部海岸から少し南に下がった、久留米市周辺に展開している帝国陸軍砲兵隊からの福岡市北部海岸線への砲撃は続けられるが、制圧火力が大きく減じること間違いない

 

 

 

『艦隊の移動が完了したとしても、AL弾頭への切り替えやその後の重金属雲形成、そこからようやく光線級排除のための威力砲撃となりますから、満足な支援砲撃が再開されるには時間がかかりますな』

 

 糸島市全域は当然、余裕を見てか西は唐津市、東は福岡市までは第一級警報下に置かれた。

 今はまだ高祖山などの尾根が遮蔽物となり福岡市周辺には直接的な脅威は低いとはいえ、糸島市からの上陸を許し続ければ、福岡に展開している部隊は後背を突かれる形となる。

 

 福岡は防衛戦開始以来、常に大規模なBETA群の上陸に晒されており、さらに大分への誘引計画が開始されてからはその圧力もより高まっていた。陸も海も他地区よりも優先的に支援砲撃を続けてはいるが、すでに上陸を許した数だけでも連隊規模に上るという。

 

 そこに西側からBETA群が突入してくれば、福岡の防衛は絶望的だ。

 

『当該地区に展開していた部隊はそもそも数が少なかったようですが、今は遮蔽地形を求めて山岳部へと後退を始めてはおります……が、戦術機甲部隊以外、満足な撤収は地形的に少々困難ですな』

 

 日本帝国初の防衛戦闘とはいえ戦力が余剰に用意できるはずもなく、九州北部海岸では福岡市と北九州市とを重点的に防衛している。糸島市方面へと配備されていた部隊もあるが、それも福岡湾から進攻してくるBETA群を側面から砲撃するために北東を向いている。

 泉川河口からの進行は、その背部を突かれたような形だ。

 

 

 

『こちらの、この村周辺への圧力が今すぐに高まるという状況ではないが、これは下手をすると長引くな……各機残弾及び推進剤残量に注意せよ』

 

 ターニャの説明を聞いたうえで、まりもは今自分たちができる範囲のことに意識を切り替えるように注意する。

 

 山間部を進攻してくるBETA集団は当初想定の2個大隊規模から1個連隊規模へと増加してはいるが、第一中隊を先頭とした遅滞防衛にはいまだ綻びはない。

 4門とは言えMk-57の間接火力支援の下、山道に沿って部隊先頭を小刻みに前後することで一度に正対する敵集団の数を抑制し、武たち前衛小隊の負担はかなり低減されている。

 集中を切らせる状況ではないが、周辺状況を堪忍する余裕がないほどは切迫していない。

 

 

 

(ここまで説明してるってことは、この事務次官補のことだ、無茶振りしてくるんだろうな)

 

 Mk-57用の補給コンテナを回収する際に、他のコンテナも持てる分は確保し、須野村に持ち込んでいた。それもあって弾薬には余裕がある。

 山間の狭い道に沿って細かな跳躍を繰り返しているために推進剤は想定よりも消費しているが、それでもまだ7割近くは残っている。36mmの残弾は豊富で、120mmにいたっては使用さえしておらず満載のままだ。

 

 それはつまり、今からでも別の戦域に進攻することも可能だということでもある。

 

 

 

「00の状況報告を聞く限り、しばらくは高めに飛ばずに、手堅く小刻みに跳ぶことにします」

『02、貴様はそもそも跳ばないという選択肢はないのか? それでは推進剤の残量も少なかろう?』

「ハハハッ、申し訳ありません、中尉殿。次回以降は節約を心がけます」

 

 今までは第五種光線級警報下でしかなかったとはいえ、武はそれさえも気にしていないかのように、尾根よりも高く飛び上がっていたのだ。対地射撃という面で見れば有効な行為だとは理解もできるが、それを冥夜が真似をする可能性が高いと思えば、真那としては諫めるのも当然だ。

 

 ただ、どこか呆れたかのような真那の声だが、作った風なのは武も同様だ。

 いま武がターニャの状況説明に言葉を挟んだ要因に、真那も気が付いてしまったのだろう。いつも以上にその表情が硬い。

 

 

 

 

 

 

『フェアリー00より、中隊各機へ。香月副司令より通信が入っております』

「ッ!!」

 

 誤魔化すかのような武の振る舞いなどまったく意に介さず、ターニャは平素のままに告げる。が、その通達に中隊全員が驚愕した。

 

 たしかに夕呼はA-01の最高責任者ではあるが、基本的には衛士の前に出てくるようなことはない。よくて中隊長に指示を伝達するくらいだ。武以外の元207Bの新兵たちにしてみれば、任官式の時に顔を見ただけと言ってもいい。孝之や慎二などは、顔も合わせたことがない可能性さえある。

 

 ターニャが、第一中隊CP将校の「ターシャ・ティクレティウス少尉」としての立場から出す指示であれば、中隊長たるまりもであれば拒否も可能だ。またJASRA局長としてのデグレチャフ事務次官補としてであれば、そもそもが命令権がない。

 だが、夕呼からとなると、拒否も反論も許されるはずがない。

 

 

 

『総員、傾注ッ!!』

『だから、まりも? そういう堅っくるしいのは要らないって言ってるでしょ』

 

 まりもにしても夕呼が直接通話までしてくるとは予想もしていなかっただろうが、指揮官として形式通りの対応を取った。だか夕呼も作戦進行中の部隊への通達とは思えないような緊張感のない態度で、簡潔に指示を下す。

 

 

 

『光線級吶喊……やって見せなさい、白銀、御剣』

 

 

 

 

 

 




何をどう勘違いしていたのか、5/31を土曜日だと思い込んでいて5月更新に失敗……とりあえず6月末にまでにはもう一回は更新したいなぁ、という感じです(酔っ払いモード?)

で、みんな大好き?光線級吶喊まで行きたかったのですが、その辺りは以下次回。次々回くらいで九州編終わりたいなぁくらいです。ゴソゴソと次回分と今回分のテキストを入れたり変えたりしていると、沙霧大尉周りが入ってねぇーっとなっているので、そのあたりも次回かも、です。

というか各回5000~8000字程度のはずが微妙に増え続けているので、次からちょっと何とかそれ位に抑えたいなぁ、とか?

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