Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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恭敬の断片

『ヴァルキリー及びブラッド各機へ。笹山公園東へ移動を開始せよ』

 先の宣告とはうって変わり、みちるは静かに命令を下した。

 

 攻撃開始直前の集合地点として指定された笹山公園までは、およそ7km。アフターバーナーまで吹かした最大戦速ならばともかく、光線級からの照射を避けるためにもNOEでの飛行となると、100秒はかかる。脚部での走行であれば5分ほどだ。

 余剰戦力に乏しい現状、安全を取るために脚部走行で可能な限り地形を遮蔽物として利用しながら進攻すべきかもしれないが、そのわずかな時間さえを惜しむ気持ちは部隊の皆にある。

 

 

 

「04、繰り返しになるが、焦るなよ」

『判ってはいるのだがな。やはり気は急いてしまうぞ?』

 

 武の忠告を、冥夜は苦笑気味に受け入れる。

 NOEで移動という指示を受けて冥夜が小さく眉をひそめたのを、武は見逃しはしなかった。縮められる時間がわずかとはいえ、最優先目標たる光線級を前にして最大戦速を出さないというのは、冥夜にしてみれば迂遠に感じられたのだろう。

 

「落ち着け、と言われて落ち着くのは難しいだろうが……周りの状況もよく判ってねぇんだ。Mk-57があるとはいっても、今のままじゃあ満足な支援砲撃さえ受けられねぇ」

『む? たしかにそなたの言う通りだ。大任に気を取られ過ぎて、足元が疎かになっていたようだ』

「ははは、前だけを見るってのも大事だが、事前の下調べは重要だぜ?」

『なるほど。先達の皆様方を見習うとしよう』

 

 武が軽く示したことで、冥夜はみちるの意図に気が付いたようだ。他の者たち同様に、軽く自機の機体頭部を索敵のために動かし始める。後方に残すC小隊を除き、跳び出したヴァルキリーズの面々は、周辺状況を確認すべく各々が自機のセンサを四方へと向けていたのだ。

 

 

 

 先ほど遥から伝えられた状況説明は、あくまで事前の、それも光線級上陸がなされた直後のものだ。BETAの進行速度は早く、場合によっては一変している可能性もある。田園が広がっているとはいえ、間に市街地を挟むこともあり、BETAのみならず帝国陸軍の詳細も掴めていない。

 

 とはいえ帝国陸軍も敗走しているわけではない。

 おそらくは今と同じような光線級の上陸も想定していたのだろう。部隊を下げてはいるがそれはあくまで防衛線を維持するためであり、指揮系統を失っての潰走などではないことは兵が散逸していないことからも明らかだ。

 

 先ほどみちるがオープンチャンネルで光線級吶喊を表明したのは、部隊内の士気を高めるためもあろうが、帝国軍への周知という意味もある。

 

 

 

 そして、どこまでがみちるの計算かは判らないが、帝国軍からの反応はすぐさまに帰ってきた。

 

『ヴァルキリーマムより中隊各機へ。帝国陸軍の戦術機大隊による陽動が功を奏している模様です。上陸を果たしたBETA群の大部分は県道573線沿いを南下中。その後退中の部隊から通信。「協力に感謝を。我らもこれより反攻に転ずる。斯衛に先駆ける栄誉を担わん。帝国に勝利を」とのことです』

 

 遥が中隊全機に向けて、伝達する。

 

 中隊付きのCP将校たる遥は、部隊外部との連絡も務めている。

 A-01は秘匿部隊ではあるものの、他部隊との連絡を完全に断っているわけではない。あくまで詳細な所属を明かさないだけであり、担当戦域などは通達している。そうでなければ友軍からの誤射までも警戒しなければならなくなる。

 

 またA-01から積極的に情報を流すことは少ないが、一般的な戦術機甲部隊とは異なり、中隊規模での運用が主体のため、外部からの情報はむしろ貪欲なまでに収集している。

 遥たちA-01のCP将校に求められる能力は、そういった面も大きい。

 

 

 

『ブラッド01、何か返信はするか?』

『そうですね……「諸兄らの働きに心からの感謝を。そして最後まで勇敢なれ。帝国は汝らを忘れじ」とお伝えください』

 

 通常であればみちるか、あるいは遥がその場で返信しているような案件だが、斯衛と告げられていたことから、みちるが真那に確認を取った。

 問われた真那は一瞬冥夜を伺ったが、務めて平静なままに応える。

 

『ヴァルキリーマム、了解。そのようにお伝えいたします』

 

 真那の選んだのは簡潔にして定型じみた言葉だが、死に臨む衛士に対し、その意味と任とをあらためて伝えるには必要にして十分なはずだった。遥もそれが判っているため、すぐに通信を切り替え、伝達したようだ。

 

 

 

『ヴァルキリー01からC小隊へ。30秒後から支援砲撃を開始せよ。目標選定などは一任する』

『ヴァルキリー03、了解。クジ運に自信はありませんので、お早目のご指標を期待しております』

 

 反転し陽動となろうとする帝国軍へのわずかでも支援をと、みちるが砲撃を命じた。

 その指示を、美冴は無頓着を装って受けいれる。Mk-57用の弾倉は余裕をもって持ち込んでいるとはいえ、要塞級が確認されている現状、本来ならば無駄撃ちは避けたい。

 実際のところ、A小隊の観測が無ければ、上陸予想地点へ向けて闇雲に弾をばら撒くことしかできない。対光線級への陽動としての効果さえ、期待できるほどの精度も出せないだろう。

 

 帝国の戦術機が先行したといえど、それらが観測の任を担ってくれるわけではない。先ほどまでよりは鮮明な情報が入りつつあるとはいえ、データリンクは不十分なままだ。正確な射撃を期するなら、中隊の誰かが観測機として動く必要があった。

 

 

 

『ヴァルキリーマムから中隊各機へ。引津湾に退避していた帝国海軍の艦艇2隻が間接支援砲撃を再開したとのことです。ですがAL弾頭ではなく通常弾頭のままなので、制圧効果のほどは不明。ただ光線級に対する陽動効果は確認されています』

『ふむ、どうだ03? 海軍の方々に先を越されてしまったようだぞ?』

 

 周辺の帝国軍との連絡が付き始めたようで、先ほどから投影されている地図に描かれる情報が刻々と鮮明になっていく。

 遥の言う通り、半島部分を挟んで帝国海軍も海軍側からの支援砲撃を再開した。ただ光線級による迎撃もあるが、現地の正確な状況が掴めていないようで、海岸線に向けての面制圧を狙った無差別砲撃に近く、効果は薄い。

 とはいえBETAは水中への出入りの際などに停滞する特性があるため、少ない砲撃ではあるが、追加上陸を抑制していることは確かなようだ。

 

 

 

『ははは、これはたしかに出遅れましたな。こうなったならば、あとは戦果の高さで遅れを取り戻してみせましょう、柏木が』

『そこで私に振りますか、宗像中尉殿ッ!?』

『余裕があるようで何よりだ。しかし、これほどの御膳立てだ。成功させねばヴァルキリーズの名が廃るな』

『まさに花道って、わけですね』

 水月がみちるの言葉を受け、獲物を見定めた表情で獰猛なまでに笑って見せる。

 

「花道というには、少々……いえ、まったくのところ最悪な地形ですが」

 帝国軍の挺身には武も感謝するが、周辺の状況は楽観視できない。

 

 まだ西九州自動車道が城壁のように障壁となってはいるが、それを除けば海岸部まで田畑が、すなわちほとんど起伏のない平地が広がっていた。最終集合地点である笹山公園こそ、たしかにちょっとした丘ではあるが、それ以外は見通しの良い平野である。

 

 市街の大部分も大型種の侵攻で倒壊しており、戦術機が壁にできるような高層ビルはほとんど見受けられない。いまはまだ笹山公園を障壁とするコースを進んでいるために、光線級からの照射はないが、それを超えれば即座に照射されることは明らかだった。

 ここまで少数の戦車級に遭遇した程度で済んでいるのは、帝国軍戦術機大隊の陽動の成果だ。

 

『はっ、白銀……だったかしら? あんたも突撃前衛長だってなら、この程度朝のランニング程度に笑って乗り越えなさい』

「はははっ、了解です」

 

 この世界線ではないが、武は水月を同じ突撃前衛として尊敬し、その背を追うように技術を極めようとした。いまも隊の先頭を進む水月は、間違いなく武にとっては一つの目標だった。

 

 

 

 

 

 

 気が逸っていたのはなにも冥夜だけではなかったのだろう。

 最終集結地点として設定した笹山公園東側に到着するや否や、みちるが直接指揮するA小隊がほぼ垂直に跳躍し、最低限の周辺偵察の後、即座に着地する。

 

『要塞級、目視にて確認、数は4ッ!!』

『光線級、直接視認できずッ!! 数は少なくとも10ッ!!』

『ヴァルキリー01からヴァルキリーマム。支援砲撃の目標を要塞級に限定しろ』

『ヴァルキリーマム了解。合わせて帝国軍へ現時点での周辺状況を伝達しておきます』

 

 囮として跳び上がったA小隊の3機から報告が上がる。一応は突撃砲を撃ち続けてはいたものの、目標選定もせずにただバラ撒いていたに等しい。あくまでこの跳躍は吶喊前の最終陽動だ。

 

 

 

『よしッ、B小隊およびブラッド小隊突撃ッ!! A小隊はカウントの後に再び跳躍、次は少しでも当てて見せろッ!!』

 

 みちるたちA小隊が派手な垂直跳躍からの制圧射撃を加えたことで、光線級の多くはそちらへと向きを変えた。残りも要塞級へと狙いを定めたMk-57の砲弾の脅威度を上方修正したようで、今までは撃たれるがままにしていたのを迎撃を始める。

 

(光線級のインターバルは12秒だから……伊隅大尉たちが稼いだ時間がだいたい30秒、か? 最初に撃たれた光条が10ほどだったが、支援砲撃の迎撃に3条はあったし、接触までの間に一回は確実に狙われるな)

 

 武も小隊メンバーとともに跳躍、すべての突撃砲を自動制御のままに周辺を掃討しつつ進攻するが、身体とは別に頭の方は無理矢理に冷静さを装いながら状況を読み取っていく。

 

 問題は河口部の田畑だけでなく、その南東の住宅地あたりまでBETAが展開していることと、想定していた以上に要撃級の数が多いことだ。BETA群後衛ということで、突撃級が居ないことが救いだが、ざっと視認しただけでも要撃級は20以上は存在する。

 光線級と要塞級の存在で後衛集団だと認識していたが、戦車級も多くどちらかと言えば中衛最後尾か、後衛としても最前部と考えたほうがよさそうな編成比率だ。

 

 

 

『要撃級は後で良いッ、むしろ壁に使えッ!!』

 

 武だけでなく、他の者たちもやはり想定以上の要撃級の数に意識を取られていたようだ。みちるの叱責にも似た指示で、即座に掃討対象を戦車級に切り替えていく。

 

 この周辺はほとんどが民家だ。市役所や警察署、背の高いマンションなどもあったのだろうがそれらはすでにBETAによって崩されており、光線級に対して障壁となるような建物はない。

 河口付近ということもあり平地が広がっており、障壁として使えるような物はたしかに敵であるBETA、特に大型種の要撃級くらいしかなかった。

 

 

 

(直線距離にして1km……いや800mか?)

 

 跳躍を始めたことで、BETA群の編成を直接見極めることができ、そしてなによりも目標の光線級が直接視認できた。

 光線級は光線照射に伴い、その体表及び周辺の温度を著しく高める。そのため小型種ゆえに光学センサでは見つけにくいが、熱源センサであればむしろ発見は容易い。

 

 光線級は長野川と多久川の合流地点あたりに集まっていた。その中央には4体の要塞級が文字通りに聳え立っており、どうしても意識がそれに捕らわれる。

 

(しかし、こっちからじゃあ要塞級が邪魔すぎる)

 

 BETAはBETAを攻撃しない。

 この絶対的法則に従って、光線級はその射線を遮られないように、要塞級の前に展開していた。上陸を果たしたBETA群の後方を突くように回り込んだ武たちブラッド小隊から見れば、多くの光線級が要塞級の陰に隠れているような形だった。

 

(南の方は……さすがは速瀬中尉。処理が早い。やっぱりヴァルキリーズの突撃前衛長は伊達じゃないってことだよな)

 

 B小隊に下されたのは中央突破に等しい指示だったが、武が光線級を射程内に捉えるよりも早く、地図上にマーキングされていた光線級の数が少しずつ減っていく。

 

 そちらで数が減ったことに加え、対空迎撃という光線級の本来の目的から武への対処へと切り替えたことで、要塞級にMk-57の砲撃が集中しはじめる。突撃砲の36mmと同じく57mmとはいえHVAPでは、120mmAPFSDSに匹敵するほどの貫通能力はないが、上方からの砲撃であれば弱点たる体節接合部へと当たりやすい。

 

 

 

 光線級は人よりも大きいとはいえ、全高3m。軽自動車よりも一回り小さい程度だ。双方が静止状態での射撃であれば1km先からでも当てられるが、跳躍中で必中を期待するならば500mまでは近付きたい。

 問題は、それほどまでに近づけば、光線級の後ろに控えている要塞級の攻撃範囲に入るということだ。

 

(脚を止めてここから撃ち続けるか、いやむしろ要塞級の尾の範囲ギリギリまで寄るべきか……悩む時間もねぇのは「いつも」のことか)

 

 みちるの言葉ではないが、光線級の手前にいる要撃級はちょうど良い盾だ。

 光線級のインターバルから初期の照準照射中のわずかな時間に、遠方から命中弾を期待して36mmをバラ撒くくらいならば、その瞬間に近付けるだけ近づいて着地してしまえばよい。

 

 最悪でも武御雷ならコクピット部分なら5秒、追加装甲も合わせれば10秒ほどは光線級からの全力照射に耐えられるはずだ。

 

 

 

(マズいッ、奴ら脅威度を変更しやがったッ!!)

 

 そんな武の思考を読んだわけではないだろうが、武の駆る武御雷へ2条ほど照準照射が始まり、神経を逆なでする警告音がコクピットを満たす。

 

 陽動を担っていた帝国軍戦術機大隊へも、それどころか海軍の砲撃に対しても照射が止んだ。要塞級への直撃コース以外は支援砲撃に対する一切の迎撃が途絶え、余った光線級はすべて武たちへとその目標を切り替えた。

 

 後ろを振り返るどころか、横を跳ぶ冥夜の機体に目をやる余裕さえないが、そちらも照射を受けているのは明らかだ。

 

 事前の取り決め通りに、小隊の他3名は武にタイミングを委ねている。どうすべきかなどと思考する間も惜しみ、武は叫ぶように指示を出す。

 

「周辺の小型種掃討の後にカウントゼロで指定地点にブースト降下ッ!!」

『了解ッ!!』

 

 光線照射を受けているにも拘らず、回避を待てという武の命に、冥夜たちは否もなく応える。そこには武御雷という機体だけでなく、XM3を生み出した武への信頼もあった。

 シミュレータだけでなく、実機でも繰り返したコンボを選択し、指定地点周辺の掃討を開始する。狙うのは戦車級だけであり、他の小型種などは着地の際に蹴り払うに留めるはずだ。

 

 

 

 武が指定した着地予定地点には3体ほどの要撃級が近くにいるが、逆に言えばそれが壁になる。

 距離にして200m。突撃砲にしてみれば至近距離だが、それは要撃級にとっても10秒もあれば詰められる程度の距離だ。

 

 人間の10倍以上もある戦術機だが、相対する要撃級の大きさも相応に巨大だ。

 ヒトのサイズに例えるなら、20m程の距離でイノシシやオオカミに襲われるようなものだ。アサルトライフルを構えていても先手を取れるほど余裕がある距離ではない。

 

 通常の防衛戦などでであれば後退しつつ距離を維持しながら迎撃する局面だが、いまは何よりも光線級を倒すために、その横を掻い潜らねばならない。

 

 

 

「3…2…1…、行くぜぇッ!!」

 

 武を除く小隊3機の武御雷は、指定通りにカウントに合わせて地表に降りる。距離的にも時間的にも跳んだ直後に加速方向を変更し、地面に向けてブーストするような複雑な挙動だったが、それを誰もが成し遂げられるようにしたのがXM3だ。

 だが武自身は逆にスロットルを押し開き跳躍を続け、要撃級の前腕攻撃範囲のギリギリを潜り抜けた。

 

『なにをする02ッ!?』

(あ~こりゃ後で怒られるな、いや「後」があればの話か)

 

 冥夜の驚きと叱責とが混ざったような声と、前腕を空振る要撃級とを後ろ残しに、武はさらに機体を前方へと推し進めた。

 

 突出した武の武御雷の脅威度を高めたらしく、周辺の要撃級が歯茎じみた感覚器をこちらに向けてくる。それに合わせたように、後方からの美冴や晴子の支援砲撃への迎撃さえ中断し、幾条もの光線が武の機体へと集中する。

 

『ブラッド各機、我に続けッ!!』

 

 冥夜が、真那の指示も待たずに跳び上がり、それを追うように真那と戎も再び跳躍に入ろうとする。

 武はその動きを背後に感じ取るが、彼女たちが、いや冥夜が光線級の目標と選定される前に終わらせるつもりだ。

 

 

 

(初期照準は3秒……はははっ、律儀にも全部コクピット、直接俺狙いかよ。判りやすすぎだぜ、土木機械どもがッ!!)

 

 工作機械でしかないBETAは、細かな判断はしない。戦車級であれ、要撃級であれ、そして光線級であっても戦術機を相手にした場合、狙ってくるのはコクピットだ。

 そして狙われると判っていれば、対処もできる。

 

 武の想定通り、晒さられている手足などは狙わずにすべての光条がコクピット前に構えられた追加装甲へと収束する。

 

 跳躍中であり、また光線級とのサイズ差のために、左に持った追加装甲をコクピット手前、わずかに下方に向けて構えていた。

 一点で受け続ければ、対レーザー蒸散塗膜加工されているとはいえ数秒と持たずに貫通されるが、わずかずつ位置をずらすことで少しでも耐える時間を延ばす。細かな制御は機体任せだが、XM3に対応した第四計画が組み上げたCPUであればその程度の処理は負担でもない。

 

 

 

「ッ!? っらぁッ!!」

 ただ小手先の防衛で光線を防ぎきることなどできようもない。ガクリと機体が傾くのが感じられた。被害状況を読み取る寸暇さえ惜しみ、跳躍ユニットの出力を補正することで強引に立て直す。

 

(追加装甲が抜かれたか? いや左腕ごと持っていかれたな。ま、十分以上に持ってくれたよッ!!)

 

 胸部コクピットを守るように下方に構えていた追加装甲には4条もの光線が集中したが、カタログスペックに偽りはなく、数えられるくらいの時間は耐えてくれた。すでに集まっていた光線級までは200mを切っている。周辺の大気が排熱によって揺らめいているのが、網膜投影越しであっても判るほどだ。

 

 戦術機や要撃級など大型種のサイズからしてみれば、もはや近接白兵距離ではあるが、ここまで近付けば不安定な可動兵装担架システムからの砲撃であっても十分な命中精度は期待できる。

 

 

 

 そしてなにより、こちらに残る光線級9体の大半が武へと狙いを定めていた。

 

 熱源センサ以外では小型種ゆえに把握しにくい光線級だが、照射してくれればイヤでもその位置が判る。そしてこの程度の距離であれば、たとえ光速であろうが初期照準照射が必要な光線よりも、音速の数倍程度しか出ない36mmのほうが、確実な破壊をもたらせる。

 

 36mmは人間ならば至近を通過するだけでも、死に至る。戦車級以外の小型種相手ならば、HVAPでなくとも曳光焼夷弾であっても命中さえすれば破壊できる。

 

「当、たれぇえぇぇッ!!」

 

 手持ちの長刀は刃が届く距離ではなく、追加装甲の指向性爆薬はすでにすべて破損している。使えるのは可動兵装担架システムに吊り下げられた2門の突撃砲のみだ。その突撃砲から途切れることなく36mmを撒き散らしていく。

 至近弾が地面をえぐり、土煙を巻き上げる。

 

 こうなってしまうと目視にての照準は不可能だが、センサは正確にその煙の中まで見通す。

 光線属種は、その機能ゆえに光線照射前後は他BETA種よりも、熱を持つ。光学センサが役に立たない状況下であっても、熱源センサはむしろ明確に目標として捉えられる。

 

 武への射線を確保すべく、周囲のBETAが離れていたこともあり、光線級の盾となるものは無い。

 瞬く間に、武は7体の光線級を掃討した。

 

 

 

 

 

 

『全光線級の排除、確認ッ、周辺掃討に移れッ!!』

 

 みちるの指示が、中隊全機に飛ぶ。

 武に数秒遅れ、真那と戎とが要塞級への支援砲撃を迎撃していた残った光線級を屠ったらしい。

 

 最大の脅威は排除できた。だがそれは周辺のBETAが光線級の射線を考慮せずに、武たちへと襲い掛かるようになったということでもある。

 光線級吶喊の成功率が低いのは、なにも行く道の困難さ故のことだけではない。まさにいまの武の状況通りに、敵群中枢奥深くまで侵入しているのだ。周囲を警戒度を高めたBETAに取り囲まれている。

 光線級を排除したからこそ、より脅威は高まったとも言える。

 

 

 

(これで御剣が狙われる状況は回避できたよな。後は……っと。足元の雑魚共はともかく、要撃級はまだ遠い、か。マズいのは眼前の要塞級なんだがなぁ……)

 

 冥夜への最大級の危機を排除できたと、光線級殲滅の報を耳にした瞬間に張りつめていた緊張が意図せずに解きほぐれていく。機械的なまでに足元に群がる小型種を蹴り潰しながらも、眼前に聳え立つ2体の要塞級への対処へと意識を切り替えるようとするも、一拍遅い。

 知覚は研ぎ澄まされたままで、危機的状況だと判るものの、対応すべき思考が追いつかない。

 

 対する要塞級の動きも鈍い。

 だがそれは決して移動速度までもが遅いということを意味するのではない。全高66m全長52mという巨体は、一歩踏み出すだけでも間合いを一気に詰めることができる。

 

(もう触手の射程内かよ。とはいえ、この距離なら120mmで十分に撃ち抜けるな)

 

 尾節から延ばされる触手の先端が自機に向かってくるのを、武はどこか他人事のように観測する。

 心の一部では緊張の解れを自覚し警戒しつつも、一度切れたそれを紡ぎなおすことも難しい。それでも繰り返した経験を下に、機体を左に振りつつ触手を避け最適な射撃位置を確保した。

 近いほうの要塞級の体節に左右の突撃砲に残された120mm APFSDSの計12発を、全弾叩き込む。

 

 眼前の要塞級が、武の狙い通りに身体の中央部分の結合部を撃ち砕かれ、自重に抗えずゆらりと崩れ落ちる。

 

 

 

(まずは一体ッ、だが失敗したッ!? クソ、呆けてんじゃねぇぞ、俺ッ、マガジンチェンジの時間が無ぇッ!!)

 

 左腕は動かず、背部の2門の突撃砲は36mmはともかく、120mmは今全弾撃ち離してしまった。 後ろから現れたもう一体の要塞級に対処できるのは、武御雷といえど銃剣仕様の短刀や各部のブレードエッジでは不可能だ。右に持った長刀一本だけで切り開かねばならない。

 なによりも今倒した要塞級の腹から、新たに6体の光線級が生み出されていくのが見えてしまった。

 

 バックブーストで距離を取れば、要塞級の脚や触手は回避できる。

 だがここで武が引けば、湧き出した光線級は冥夜たちを狙う。

 

(ははっ、考えて選ぶまでもねぇなッ!!)

 

 何よりも光線級を潰さねばと回避ではなく、動かぬ左腕とそれに癒着した追加装甲を前に向け、36mmを至近から降り注ぐ。照準照射どころか、立ち上がるよりも先に光線級は肉塊へと変わっていった。

 が、そのわずかな間が要塞級に武へと攻撃する時間を与えることになった。

 

 

 

 だが延ばされた触手は武の機体を貫くことなく、力なく崩れ落ちていく。

 

『なにをしておる、02ッ!?』

 

 まさに一刀両断。

 その声よりも早く、上空から武御雷が紫電のように両の腕にて構えた長刀で、要塞級を斬り下ろしたのだ。

 

「助かったよ04。少し気が抜けてたな」

 

 武は軽く息を吐き、わざとらしく笑ってみせる。

 そういう間にも、冥夜が切り倒した要塞級から湧き出て来ようとする光線級を、今度こそ冷静に排除していく。

 

 

 

『要塞級は倒した後こそ危険だと、念入りに潰すことが重要だと我らに教えてくれたのは、そなただったと記憶しているが、違うか? 近付き過ぎだったのではないか?』

 

 冥夜も笑いに誤魔化してはいるが、どこか縋るような声音で、軽く叱責してくる。

 

「いやホント、勢いで近づきすぎちまってたよ。だけど、な? 長刀で斬ろうとはせず、120mmを使えとも教えたはずだよな、御剣訓練兵殿?」

『む? それは今後の課題とさせていただこう、白銀教官補佐殿』

 

 冥夜は自身のミスを受け入れ、改めて笑い飛ばす。

 崩れ落ちた要塞級の周辺には、もとより光線級の射線確保のためかBETAの数は少なく、わずかに残る小型種も、武と冥夜の36mmの弾雨の下に数を減らしていく。

 

 

 

『ヴァルキリー01からブラッド各機へ。そちらの任はすでに果たされた。この地の制圧は、我らと帝国軍に任せ、帰投されよ』

 

 みちるの言うとおり、光線級と要塞級が排除された現状、武たちに与えられた任務は完了したといってよい。

 なによりも南から押し上げてきた帝国軍戦術機大隊が周辺を掃討しつつ、海岸部分へと戻って来つつある。海軍の方も、沈められた艦艇の補充も含め、すでにこちらへと増援が向かっているという。

 この場に戦術機が4機残れば、たしかに戦力としては余裕も出るが、無ければ対処できないというほどではない。

 

『ブラッド01、了解。お心遣いに感謝いたします』

『なに。任務に協力をして貰ったのは我らだ。フェアリー07にはあとしばらくはこちらで手伝って貰うことになるしな』

 

 晴子はC小隊とともにまだ支援砲撃を続けている。たしかに単機で無理に移動するよりは、第9中隊とともにこのまま行動したほうが安全だろう。

 

 

 

 

 

 

『ではブラッド各機へ。我らは国東へと帰投する。04は02を補助しろ』

『04了解』

「02了解。04、悪いな手間を掛けさせて」

『なに。こうやって捕まえておけば、そなたも先ほどのように一人で突出することもあるまい。それに私が掴んで国東へと連れて行かねば、その機体のままに戦い続けるつもりであろう?』

 

 普段よりも言葉多めに、冥夜が武に問いただしてくる。

 たしかに武の機体は左腕が動かないとはいえ、追加装甲越しに照射されただけで、他には大きな不具合はない。損傷としては小破として扱われる程度だ。推進剤も弾薬もまだ余剰があり、継戦は可能だ。

 だが冥夜の言葉通り、動かなくなった左腕を抱えられ、ともに並んで跳んでしまえばさすがに一人戻って戦い続けるという選択肢はない。

 

 促されるままに跳躍し、巡航飛行速度よりも少しばかり遅めで、海面を滑るように国東へと進路を取る。

 

 

 

「いや、さすがにこのまま戦うつもりはなかったし。ああ、そういえば、01ヘ。お約束を守れずに申し訳ありません。お借りしていた武御雷をこのような姿としてしまいました」

  冥夜の確信に満ちた問いに直接は答えずに、誤魔化すように真那へと話を振る。

 

『そういえば02。貴様は武御雷には傷一つ付けずに斯衛に返すなどと、豪語していたな』

「自身の不甲斐なさに呆れる限りです」

『ならば貴様自身が斯衛に来て、その責を償うか?』

「え? あ、あ~御一考させていただきます?」

 

 真那から武へと、斯衛への移籍を促すような話が出てくる。まったく予想もしていなかった言葉に、武は返答を濁してしまう。

 

『ふむ。そうなれば以前の話ではないが、そなたの立ち居振る舞いを矯正するところから始めねばならんな。なかなか困難な任だ』

「いや、だからな04? 俺は一応はこのまま国連軍にいる予定なんだが……」

 

 飛び去った背後の地では、まだ多くの将兵が戦火の下で国土を守るために戦っている。だが武の九州での一つの戦いは、こうして終わった。

 

 

 

 

 




夏休みの宿題は提出ギリギリまでに仕上げれば問題ナシッ……ではありませんが、8月中に上げきれず気が付くと日付変わっていました。一応次回で三章完結予定ですが、字数減らす計画がまったく達成できず、下手すると二回くらいかかるかも~です。

でで、本家マブラヴのネタ元たる『星界の紋章』から「帝国は汝を忘れじ」のフレーズはどこかでどうにか使おうと画策してましたが、なんとか強引に押し込んでみました。しかし最新刊の『星界の戦旗』六巻読んでると、「~抜錨」のフレーズがどうしても乳上で再生されます……

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