Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

68 / 121
間隙の欺罔

「本来ならこのままに九州での流れを振り返りたいところだが……」

 

 喀什攻略に向けての話だというターニャの言葉を受けて、夕呼と武とは自然と居住まいを正す。その様子を受けてもターニャは落ち着いたもので、デブリーフィングを優先すべきだとでもいう風に、わざとらしい愚痴を零す。

 

「合衆国からの喀什攻略の協力は取り付けられたよ。もちろん条件は付けられたがね」

 

 言葉だけであるならば喜ぶべき報告なはずだが、いつも通りに感情の見えないターニャの顔を伺う限り、手放しで歓迎できる話ではなさそうだった。

 

 

 

「米国の同意は歓迎できますが、やはり攻勢の作戦という点が、安保理で問題となるでしょうね」

「1979年のバンクーバー協定、でしたか?」

 

 夕呼の諦観したかのような言葉に対し、武が確認を取る。

 統括のない戦闘がBETA支配地域の急速な拡大を招いたとして、自衛戦闘以外のハイヴ攻略戦などは国連主導で進めると、安保理で採択されている。

 

 第四計画は秘匿性も独自性も高いが、原則として国連主導の下に活動している。安保理を無視して独自に動けるほどの権限があるわけではない。武がAL世界線で参加した「桜花作戦」は、佐渡の実績を踏まえた上での特例的な措置だ。規模にしても時間にしても、文字通り奇跡の積み重ねによって実現したようなものだ。

 

 安保理の採決が無ければ、喀什どころかどのハイヴへの侵攻も許されない。当然、現状で喀什への進攻計画を提案したところで、間違いなく中ソが反発する。

 

 

 

「それに関しては合衆国でも一部に問題視されたが、解決済みだ」

「……は?」

 

 武が最大の問題かと思い始めたことを、ターニャは否定し、すでに終わったことだとあっさりと流す。

 

「第四とJASRAとがこれから共同で展開する作戦は、実地において偵察・探査機材が安全に投入可能かどうかを試すべく、あくまで周辺機器の試験運用を目的としたものだと判断された」

「偵察機材というと、この場合は00ユニットですよね。XG-70はそれを搭載して、というか……」

「XG-70なんてのは本来なら00ユニットの外装パーツ程度のモノよ。ま、たしかに事務次官補殿のおっしゃる通り、ただの周辺機器ってところね」

 

 武が混乱のままに言葉を漏らし続けるのを、夕呼が吐き捨てるように止める。その口調にはどうしても苛立ちが滲む。同意はしているし納得も出来てはいるのだろうが、00ユニットを完成させられなかったことに、夕呼は自身への憤懣を抑えきれない部分が残ってしまっている。

 

「つまるところ第四計画の準備的行動であり攻勢の作戦ではないので、安保理の承認は不要だと、合衆国は捉えているのだ」

「え、っとそれは拡大解釈過ぎるのでは?」

「言語を基礎とする人類間の意思疎通においては、解釈の相違はなかなかに埋めがたいものがあるな。非常に嘆かわしく、残念なことだ」

 

 夕呼の内面など気にもかける様子はなく、ターニャは簡潔に結論を纏め、愉しげに言葉遊びを続けていく。

 

 

 

「まあ冗談はともかくだ。ボパールでの失敗を指摘して、コミーの連中も黙らせるさ。合衆国内においては、第三の失敗を鑑みて高価な偵察機材を回収の目途も立たないような作戦にいきなり投入するのはいかがなものか、とそういう常識的な判断の下に下された話でもある。コミーと同様の失敗など認められようもないことだ」

 

 やれやれと、ターニャはわざとらしいまでに肩を振って見せるが、当然ポーズに過ぎない。即座に嗤いを止め、ソ連の失敗を繰り返さぬようにと、釘を刺す。

 

 第四計画は、第三計画の発展的計画であり、第三において探査機器として運用されたESP発現体の代わりに、00ユニットを用いるというのが計画の主旨である。第三計画当時は反応炉と目されていたが、ハイヴ最深部に位置する頭脳級へと接触して情報を収集するという点では、その根幹には違いがない。

 

「第三計画において問題となった点を解消すべく、まずは試験的に探査部隊と同規模の部隊のみを投入し、ハイヴ最深部に到達可能かどうかを検証する」

 

 00ユニットは当然、ESP発現体もけっして安い機材ではない。しかも突入部隊を送り込むために大規模な陽動部隊まで展開したのだ。その上での失敗である。第四が第三と同じ轍を踏まぬよう、無計画な作戦で人類を疲弊させぬためにも、最低限度の作戦成功性を証明する必要はたしかに有ると武にも判る。

 

 

 

「ソビエトが計画誘致国家でありながら、探査機器の中核となるはずの突入用戦術機の用意さえできず、合衆国のF-14を改修して使用していたのだ。第三はあきらかに準備不足だ」

 ターニャは、第三の失敗要因が事前準備の拙さであると定義してみせる。そして未経験の夕呼に対しては直接は言葉にしないが、武にとっては先日の経験となる先のAL世界線における「桜花作戦」も、真っ当な軍事計画ではなかったと匂わせていた。

 

「だからこそ、だ。第四計画であれば、偵察機器をハイヴ最深部へと送り届けることが可能だと実証するために、XG-70の実地運用試験を執り行う。おかしな話ではないだろう?」

 武に自身の言葉を反芻させる時間を与えるためか、わざと一息つくようにターニャはカップに口を付ける。

 

「あらためて宣言しておく。これは試験的行動であり、攻勢の作戦ではない。今後は、不用意な発言には注意するように、白銀少尉」

「了解いたしました。ですが正直なところ、それで合衆国を納得させられたんですか?」

「大統領も承認済みだよ」

「なら、俺がどうこう言う話ではありませんね」

 

 ターニャがしているのは言葉遊びだということもできるが、考えてみれば喀什攻略が認められたのであれば武に否は無い。日本帝国が主導し、合衆国が追認してくれるのであれば、政治面としては一応はクリアできたといえるのだ。

 

 

 

「それに参加する兵力は第四を主導する日本帝国と、在日国連軍とが主力だ。あとは計画に協力する合衆国軍だな。安保理決議による多国籍軍の運用とはなるまい」

 ターニャは口にはしないが、中ソの介入は断固として拒絶するという意思が見て取れた。ターニャの共産・社会主義に対する拒否感を知っている夕呼も武も、わざわざそれには触れない。

 

「ですが、ユーロ諸国やそれ以外の義勇兵は?」

「イギリス以外は不要だ。今回の九州防衛に際しても、だ。大東亜連合など員数合わせにもなっておらんだろう? むしろ雑多な装備と人員を派遣していたせいで、補給に負担を掛けただけとも言えるぞ」

 

 ふと気になった点を武は尋ねるが、ターニャは中ソに対する意識とは別に、戦力として無駄であると斬り捨てる。

 

 

 

 武は帝国軍が担当している前線を主体に飛び回っていた関係で、義勇軍として参戦してくれている諸外国の実情を知らない。須野村の防衛に至る流れで、オーストラリア軍が補給の手違いで窮地に陥ったとは聞いてはいるが、それはあくまで局所的な事例だ。

 

 帝国軍が九州防衛の主体であるのは当然、ついで合衆国軍、あとは在日国連軍で、参加兵力の大半を占めているのだ。オーストラリアや大東亜連合も兵を出してはくれていたが、その数は合衆国に比較できようもない。

 

 大東亜連合からの義勇兵は、まさにその名の通りの存在でしかなかった。建前上は国連軍の指揮下に入ってはいるものの、国連とは距離を置こうとする政治的背景もあり、単独で作戦行動を取る面も見えたという。

 

 オーストラリアは常任理事国の一角ではあるものの、独立した大陸に位置する後方国家という性質から海外派兵経験に乏しい。今回の防衛線参加も軍に実戦経験を積ませるための実地演習といった向きもあった。

 

 

 

「そもそもが、だ。合衆国と帝国、それに英仏以外には満足に投射可能な軌道戦力がないのだぞ」

 

 オーストラリアは帝国との政治的緊張もあり、損失前提の作戦には大規模戦力を提供しにくい。常任理事国としてだけではなく、英連邦の一角としての作戦には協力するだろうが、自滅覚悟の作戦に不慣れな衛士を大量に参加させるとは思えない。

 

 フランスはアフリカ大陸での旧植民地諸国の盟主としての立場から前線戦力としての戦術機部隊は整ってはいるものの、それを大きく動かすことはそもそもの立場を崩すことになりかねない。ギアナ宇宙港の優先的貸与が精々だろう。

 

「正直なところ中途半端な戦力を提供されて、なし崩し的に中ソにまで口を出される方が迷惑だ」

「なるほど、了解いたしました」

 

 ターニャの言い分は武にもよく理解できた。想定戦力が少なくなる可能性は憂慮したいが、かといって極少数の戦力提供のみで、作戦や指揮に介入されることも煩わしい。

 

 

 

 

 

 

「それで、事務次官補。米国が出してきた条件はどのようなものでしょう?」

 武への事前説明が終わったと見て、ターニャが問題とする要因であろう条件を夕呼が問う。

 

「大きく分けては三つだな。一つはまったく問題ない。XG-70cを合衆国陸軍が運用し、第一陣として降下させろというものだ」

「作戦成功時の功績作り、ですか」

 

 純軍事的に言えば、最初の攻撃という面では軌道爆撃なのだが、これを先陣として喧伝するのは難しい。

 第四計画は帝国主導ではあるが、合衆国の協力無くして推進できない、と内外に示す意味合いもあるのだろう。そしてそういった軍事というよりは政治的実績を知らしめる点では、先陣を切ったというのは判りやすい要因だ。

 

 喀什攻略こそを第一の目的とする武にしてみれば、順番など些細な話だ。夕呼も攻略さえ成功してしまえば、その程度の功績など歯牙にかける必要がないほどの実績となるので、些事として斬り捨てる。

 

 

 

「二つ目は、試験という意味ならばと押し込まれたのだが、G弾の投入だ」

「やはり、それを持ち出してきましたか」

「先の鉄原での抜き打ちじみた投射では実績どころか、必要最低限の運用評価さえ出来ておらぬだろうからな。時間を開けての複数発の使用を提案してきた」

「……なるほど」

 

 夕呼と武の溜息が揃う。

 

「むしろここは少ない戦力を補うためにも有効だと、受け入れざるを得ませんね」

「その後の恒久的な重力異常の問題を、完全に棚上げして、ではあるがな」

 

 仕方がない。

 三人ともに口には出さないが、胸中の思いは同じだ。そしてXG-70の投入が可能となったとはいえ、用意できる通常戦力だけでは「あ号標的」の撃破どころか到達さえ困難だということは、この場での共通認識でもある。

 

 

 

「三つ目が司令部が作戦の失敗と判断した際、代替作戦への移行だ」

 

 ターニャがわざわざ最後にした話だ。

 単純に受け入れられるような代替案だとは、夕呼は当然、武にも思えない。

 

「……その作戦の詳細、お聞きしても?」

「聞くまでもなかろう? おそらくはそちらが予想しているものと似たような話だぞ?」

 

 夕呼が先を促さないので、渋々ながら武が問う。

 呆れ果てたと言わんばかりに、ターニャが嗤って見せる。それだけでどのような代替計画なのかが、武であっても判ってしまう。

 

「G弾の大量連続投射による、喀什ハイヴの完全破壊、ですか」

「第五の、バビロン作戦よりはまだしもマシ、と笑うべきか、あるいは……」

「場合によっては、XG-70が3機分に加えて、ですわね。計算したくもありませんが、ユーラシアが割れたとしても驚きませんわ」

 

 ターニャがわざとらしく濁した言葉を、夕呼は補う。

 武やターニャの知るバビロン災害、その原因となった30に近い箇所での同時運用と、一極集中での運用を単純に比較できるものではないが、あまり愉快なことになるとは思えない。

 具体的な大陸への影響などは計算不可能だが、夕呼の言葉ではないがユーラシアが割れてもおかしくはない。

 

 

 

「ちなみに作戦名は『フラガラッハ』だ」

 こちらは作戦名などさえも出していないのだがね、とターニャは乾いた笑いを漏らす。

 

「フラガラッハ、フラガラック……ケルトの伝承でしたか?」

 

 武には一切記憶にない名前だが、夕呼には思い当たることがあったらしい。

 たださすがに民俗学や神話学などは専門外過ぎるようで、夕呼には珍しく断定もせずにターニャに伺う。

 

「ああ。ケルトの光の神、ルーが佩く剣だな。意味は『回答者』『報復者』といったところだ」

「報復……たしかに代替案の作戦名称としては似合いですね」

 

 夕呼は苦々しく笑うしかないようだ。武たちの計画が失敗した上での代替作戦なのだ。たしかに「報復」というのは一見似合いの言葉なのだが、合衆国の第五推進派からしてみれば第四に対しての「報復」としての意味合いさえも含ませているのだろう。

 

 

 

「英語で言えば『アンサラー』だな。まったく、参謀本部に転生者でもいるのかと思うような名称だよ」

 その名は武の記憶にはないが、ターニャにはなにか琴線に触れるものがあったようで、苦々しく吐き捨てる。

 

「転生者というと事務次官補殿のような?」

「私のような原作知識持ちか、貴様のようなループ経験者か。そういった者が居るかもしれんが、正直それはどうでもいい。我々の計画の阻害とならぬのであれば、気にするまでもない」

 

 自分で言いだした話だが、ターニャはさほど重視していないようだった。どうでも良さそうな態度を隠そうともしない。

 

「もし居たら、こちらに協力してもらえるんじゃないんですか?」

 

 明確な記憶としては武は三度目となるループだが、先の二度には他のループ経験者には遭遇していない。今回のループがきわめて特殊な状況だとは理解しているつもりだが、逆に言えば他に居てもおかしくは無いとも言えた。

 

 そもそもが「カガミスミカ」に最適な「シロガネタケル」を選出するがためのループだったのだ。それが成された後のこの世界線ならば、すでにターニャという外的要因の転生者がいるように、他の転生者などが居る可能性はある。

 

 

 

「白銀、アンタやっぱりバカね。こちらへ協力できるような能力と意思があるならすでに接触してきてるだろうし、それがないってことはたとえ転生者?が居たとしても無能の役立たずってだけよ」

「っと、つまりは……」

「気にするだけ脳のリソースの無駄遣い」

「あ~了解です」

 

 未来知識としては、もはや武は当然、ターニャにしても明確な提示が難しいほどに改変されている。

 そして目的を同じくするならばこの時点に至ってなお接触が無いということは、それができる能力がないのか環境が許さないかだ。つまるところ今の武たちにとって役に立たない。

 

 

 

「まあ他に転生者が居ようが、作戦の名前もどうでもよい。実のところその内容さえ問題ではない」

 自分で言いだした案件だが、関係ないとターニャはあらためて斬り捨て、「フラガラッハ作戦」それ自体も問題ではないと言い切る。

 

「確かにその通りですわね」

「『あ号目標』攻撃担当部隊の全滅後に、G弾の集中運用。言われてみればひどい話ですが、前提として俺たちに失敗は許されてませんからね」

「作戦を成功させねば、我々のみならずこの地球に明日がない、ということに変わりは無いからな」

 

 G弾による攻撃では「あ号標的」を殲滅できないことは、武もターニャも未来知識としては「知っている」。合衆国が代替作戦として何を用意していようが、ターニャの言うとおり問題ではないと、武も言葉にして確認する。

 

 先の「桜花作戦」の時ほどには切迫していないとはいえ、一度でも喀什攻略に失敗してしまえば、BETAの対応能力からして同じ手段は二度と通用しないと思われる。一度G弾を使って失敗してしまえば、その後に投入規模を拡大したとしても、対抗措置を取られてしまってはその効果は激減するだろうと予測できてしまう。

 

 

 

「そう言ってしまえば、米国が作戦に協力的になったという点だけでも前進ではありますね」

「ふーん、白銀のくせに前向きね?」

「どのみち、成功させなきゃ先はありませんからね」

 

 捨て鉢ともいえる武の言葉だが、実感としてそう思える。

 いくら事前試験運用と言い張っていようが、第四主導によるXG-70を中核とした戦術機部隊での攻略に失敗すれば、第五計画へと移行することは明らかだ。そうなってしまえば「フラガラッハ作戦」が成功しようがしまいが、G弾の使用に歯止めは効かなくなるだろう。その先に待つのは間違いなくバビロン災害だ。

 

 

 

「問題と言うのは、だ。作戦に参加する合衆国陸軍の数だ。一個連隊規模と、言い放ってきた」

 ようやくターニャが問題と見なしていたことを口にした。

 

「それは、まあたしかに問題ですね。少ない、というか少なすぎますよ」

 

 作戦成功をさせるべく意識を新たにしたつもりだったが、その数を聞いて武は眉をひそめてしまう。夕呼にしても同様だ。

 武たちのこれまでの想定では、降下戦力としては戦術機のみで1個軍団。そのうち合衆国からは1個師団と考えていたのだ。

 

「まあこれは、あくまで我々に協力するのに出せる数、という話だ」

「ああ……そうですよね。米軍のドクトリン通りなら、代替作戦の際に投入する戦術機部隊はすでに別に用意されてるってわけだ」

 

 合衆国のG弾運用において、戦術機は作戦最終段階での残敵掃討を担うことになっている。「い号標的」たるハイヴ内のアトリエを確保することも考慮すれば、少なくとも1個師団程度の参戦は想定されているはずだ。

 

「問題ではあるが解決策はある。なにしろ予備戦力はすでに計上されている。それをこちらに回すよう働きかけるだけだな。貴様にも協力してもらうぞ」

「了解です」

 

 武は即答する。

 ターニャの言う「協力」が何かを意味するかは分からないが、武には拒否する権限もなければ余裕もない。合衆国から少なくとも一個師団は捻出して貰わねば、ただでさえ低い作戦成功率が、間違いなくゼロになる。

 

 

 

 

 

 

「いくつか解決すべき課題はあれど、帝国への進攻が阻止されようとする現状、少しばかりは時間の余裕もある」

 

 武も、数日間とはいえ前線で戦い続けたことで、防衛は成功しているようだという雰囲気は感じていた。ただそれはあくまで局所的なものであり、全体状況を把握できているなどとは言えない。

 だかターニャが進攻は阻止できそうだというのであれば、それは第一中隊CP将校としての立場からなどではなく、JASRA局長として戦域すべてを見通した上での話のはずだ。

 

「とりあえずは、まずは勝てた、ということでしょうか?」

「今も戦闘は続いてはいるが、本州への上陸はほぼ完全に阻止できた。誘引が成功している現状、九州への上陸も場所が想定しやすいので、撃退は容易とは言わぬが、可能な範疇に収まっている」

「勝ったとは言えないけど勝てそうだ、いえ事務次官補殿が予想していた最悪は免れた、といったところね」

 

 ターニャの言葉を引き継いで、めずらしく夕呼が楽観的な予測を口にする。ただそこに含まれた不吉な意味合いの言葉が、武には気にかかってしまった。

 

 

 

「最悪というほどではないが、事前想定としては……そうだな」

 疑問が顔に出ていたのだろう、呆れたかのように溜息をついた後に、ターニャは説明を続けた。

 

「大陸派遣軍の再編が間に合わず、そのままに九州防衛に充てる。が、本土軍との軋轢を抱えたままのため満足な補給が間に合わず、即日山口を抜かれる。本土軍は山陰防衛に注力した結果、瀬戸内への展開が遅れ一気に大阪まで進攻される。当然ながら市民の避難など間に合うべくもなく、大量の避難民に主要街道は埋まり、軍であっても満足に移動できぬままにその戦力を削られていく。そこに至っても斯衛は京都防衛に拘り、動かず。佐世保と呉を失った海軍は満足な連携も取れずに横須賀まで撤退、と言ったところかな」

 

 つらつらと、まさに最悪な状況をターニャは見てきたかのように語りだす。いや、この世界線ではなかった1998年の本土進攻を、もしかすると文字通りに「見てきた」のかもしれないと、そう思わせる話ではあった。

 予測していたのか事前に伝えられていたのか夕呼は顔色一つ変えていない。

 

(事務次官補が知ってる「原作知識」ってのは俺が見て体験したもののはずだが、俺が思い至れなかったのは、結局は経験と覚悟の差ってことか)

 

 言われてみれば、あってもおかしくなかった流れなのだ。

 武はその酷い状況想定に驚きつつも、そこまで想像できなかった自分を不甲斐なく思う。受け取れた情報は近しいはずなのに、武は自分がそれらをうまく処理できていないことに気付かされた。

 

 

 

「実際のところは、知っての通りだ。私が想定していた以上に帝国軍が統制されていたため、個人的には楽をさせてもらったよ」

 

 そんな武の動揺を読み取ってはいるのだろうが、その話は終わりだとばかりにターニャはカップを空にして笑って見せた。そしてお茶を淹れなおすべく立ち上がった武にも聞こえるように、現状を説明していく。

 

「彩峰中将が先の鉄原ハイヴへの間引き失敗を理由にその地位を辞退されたことを踏まえ、大陸派遣軍は組織はほぼそのままに、本土軍からの指揮官を受け入れる形での解体・再編となった」

「そういえば、須野村で共同した部隊も、そういう形でしたか?」

「ああそうだな。あそこも中隊指揮官までは半数以上が大陸派遣軍に所属していた者たちだが、大隊副官には本土軍の者が就いていたはずだ」

 

 武には実経験としては、帝国陸軍内部の軋轢というものを感じることはなかった。だが、先の世界線においての本州進攻を許した要因の一つ、そして何よりも12.5事件の遠因でもあったという話は聞いてはいる。

 

「それだけ聞くとまるで政治将校みたいですね」

「貴様にしては的確な表現だ。与えられた役割はまさにそれだ。本土軍から元大陸派遣軍に対する監視だな」

 

 士官のみ、それも前線部隊のそれを入れ替えるなど、戦闘直前に行うような人事ではない。無用の混乱を招くだけだ。

 さらに対立まではしていないものの、関係の良くない組織からの派遣である。問題とならぬはずがない。将来的にも大陸派遣軍の内部に不満の種を蒔いたかにも思える。

 

「一国内に独立した陸軍兵力が鼎立するよりかは、健全かもしれぬぞ」

「命令系統としては帝国陸軍参謀本部の下にきれいに収まったも言えますか」

 

 将来の禍根となったかもしれぬが、利点もある。なによりも部外者としては受け入れるしかない。

 

 

 

 

「加えて、斯衛から第16大隊を筆頭に遊撃的とはいえそれなりの規模で山陰方面の防衛に参加したことで、本州側の防衛に余裕が生まれた。山口への上陸を許した後、即座に押し返すだけの砲兵力も展開することもできた」

「それが無ければ先の想定通りに、瀬戸内から畿内への侵攻を許していたかもしれない……と?」

「あるいは、四国が落とされていたか、だな」

「まさに皆の努力の成果、ということですね」

 

 頭の中に西日本の地図を思い浮かべながら、武は状況の推移を描く。

 いま九州で押し留められているのは、奇跡などではない。事実はどうであれ、それぞれの立場でそれぞれが力を尽くしているからだと思いたい。

 

「理想を言えば、最初から香月副司令の提示したプラン通りに誘引計画を進めておれば、もう少し楽ができたかとは思うがね」

 

 簡単に口にするが、ターニャが多大な職務をこなしていたであろうことは予想できる。

 普段通りの振舞からは知る術もないが、JASRA局長の職務に加え第一中隊のCP将校をも兼ねていたのだ。武たちが作戦に従事していた間はターニャもそれに就いていたことを思い起こせば、実際のところ寝ている暇など無かったに等しいはずだ。

 

 

 

 

 

 

「あとは……岩国には戦術級核地雷として運用できるように改造したものをいくつか運び込んでもらってはいるが、いまの状況であれば使うことも無かろう」

「やはり核の使用を準備されておられましたか」

 

 ついでのように、核を用意していたとあっさりと言われたが、武としてもやはりそうかとしか感想が出てこない。新しく淹れたコーヒーをターニャの前に給仕し、確認するように問うだけだ。

 

「G弾を使うよりかは、はるかにマシだ」

「それは、たしかにそうなのですが……米国が日本国内で使うには、結局揉めるんじゃないですか?」

 

 武が知る世界線では、合衆国からの核使用が幾度も打診されたが、帝国は国内での使用を許さず、結果横浜まで進攻されることになったのだ。この世界線であっても、先の山口提督の発言でなどから伺えるように、帝国が核の使用を簡単に許諾するとは思えなかった。

 

「ん? 何を言っている? 使うとすれば貴様らだったぞ。ああ、正確に言えば御剣少尉だな」

「……は?」

 

 心底呆れ果てたと言わんばかりに、ターニャが武を見上げてくる。

 その視線の鋭さよりも、告げられた言葉の意味を、武の意識は理解を拒む。

 

 

 

「呆けているのか。そのための『御剣冥夜』であろう?」

 

 

 

 

 

 




第三章終わらせるなどと言ってましたが、無理でした。デグさん話し出すとやっぱり文字数伸びてしまいます。

で、いまさらながらに、もし他の転生者とかいても意味ないよ~という感じです。あとついでにバンクーバー協定の抜け道とか。原作の「桜花作戦」って、佐渡奪還の実績が大きいというのはあるとは思いますが、よくあの短期間で承認されたなぁ、とか。

でで、みんな大好き?合衆国の作戦名は「フラガラッハ」にしました。「後より出でて先に断つもの」になるか、「アンサラー」の方かは、まだ未定。というか本文でも書いてますが、この作戦に移行した段階でたぶん人類崩壊ルートです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。