Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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回帰の祈誓

 雲は薄く星は見えるが月は無く、消灯時間の過ぎた現在は最低限の明かりだけで、白陵基地のグラウンドは暗い。

 

 明日にはまた新たな任務が下されると言われたが、詳しい内容は聞いていない。いや、今の武の状態を見て、夕呼もターニャも伝えるだけ無駄だと判断したというほうが正解だろう。

 

 喀什攻略にG弾を使うという案には、ターニャや夕呼のみならず、武自身も「仕方が無いこと」として受け入れた。帝国本土防衛に際し、BETAの本州進攻に備え先制的に核地雷を使用することも、想定されていることは知っていた。

 

 ただその核の引き金を冥夜に委ねるということは想像だにせず、しかもそれが起こりえた可能性が高かったことに対し、感情的に拒絶してしまった。

 

 

 

 軍事的側面だけに限定すれば、本土防衛において核の投入は当然と言える選択肢の一つだろう。武自身は直接経験していないとはいえ、先の世界線においては佐渡及び横浜ハイヴの建造のためにBETAが自発的に進行を止めるまで、帝国は有効な防衛手段を持ちえなかったことは記憶している。

 

 山口に上陸を許せば、あとは通常戦力で持ちこたえることは困難なのだ。

 瀬戸内側にも帝国海軍は展開しているとはいえ、あくまで予備戦力でしかない。九州に上陸を果たした集団と、瀬戸内を突き進む勢力とをともに抑え込めるほどの戦力的余剰が、今の日本帝国に残されていないことも理解している。

 

 確かに、山口提督が話していたようにも今回は防衛可能だろう。それが次回、次々回と続けば、損耗した帝国軍では、いつか破綻する。

 今後も続くBETAの進攻に備えるのであれば、九州方面への陸路輸送は諦め、岩国以西、下関までの間を核地雷原として運用し、広島以東の沿岸工業地帯の維持に務めるべきだということは理解できる。それが戦略的な観点から見れば、至極まっとうな意見だということにも頷ける。

 

 

 

 政治的側面からすれば、問題となるのは誰にその最初の引鉄を引かせるか、だ。

 

 内閣が命じ、参謀本部が承諾したとしても、汚名を避けたがる本土防衛軍がその命を易々と受け入れるとは思えない。かといって再編中の大陸派遣軍に任せるには、下手に功績と見做されることもあって難しい。

 海軍や航空宇宙軍には、陸での展開能力に欠けるため、核地雷としての運用は不可能だ。斯衛に対しては、城内省が政威大将軍の権限下にあり内閣からは独立しているため、参謀本部にはそもそもが命令権を持たない。

 

 かといって合衆国に独自に帝国本土内での核運用を一任してしまうことは、常任理事国として以前に、独立国家として受け入れられることでもない。

 

 

 

 ならば在日国連軍、それも日本人の手によってならば、非難の矛先は分散できなくもない。なによりも直接手を下すのが「御剣冥夜」であれば、責任の所在を一時的にしろ曖昧にできる。

 核地雷の使用など、通常であればたとえ戦術機衛士と言えど尉官程度の独断専行でどうにかできるはずもないが、それぞれの組織の思惑が複雑に絡み合う現状であれば、実現もあり得たのだ。

 

 一度でも帝国本土内で核が用いられれば、二度目以降の使用に関してのハードルは格段に下がる。前例に倣うことを良しとするこの国の風土であれば、使ってしまえばそれ以降はその運用にどのように制限を加えていくかこそが、重要な課題となっていくだろう。

 

 政治面からすれば、確かに冥夜以上の適任者は居ない。

 しかし、その先鞭を付けるのが冥夜であること、ただそれだけが武には受けれいることができなかった。

 

 

 

 頭を冷やすためグラウンドに出てきたが、冬の夜風に当たれば身体は冷えるが、気持ちの整理がそれだけで付くわけでもない。それでも少しは冷静になった振りをしつつ、ここしばらくの間に習慣付いてしまったランニングを始めようかともした時に、ようやく自分の姿を顧みた。

 

「ったく、何やってんだよ俺は」

 

 身体を動かすつもりでグラウンドに出てきたはずが、BDUに着替ることさえ思いつかず、C型軍装のままだ。呆れたかのようにわざとらしいまでに口にするが、見下ろした自身の服装こそ、今の気持ちのズレを表しいてるかのようだ。

 

 着替えに戻ることさえ億劫で、上着だけを脱いで走りだす。

 

 

 

 走り始めても、さきほどターニャが口にした、核を使うとすれば冥夜だったという言葉が武の頭の中から離れない。

 

 理屈は判る。

 説明もされた。

 必要性は嫌というほどに、理解できてしまう。

 

 12.5事件において、沙霧尚哉が決起首謀者として選び出されたように、今回核を使うのであれば、間違いなく冥夜が選ばれただろう。それが判ってしまう程度には、この国の現状も、把握はしているのだ。

 

 それでも、日本の民と国、その魂を志を守りたいと告げた冥夜に、核の引鉄を引かせることなど、武は許せなかった。

 

 

 

 

 

 

「白銀、そなた何やらまた思い悩んでおるのか?」

「うぇっ!? み、御剣……か?」

 

 あまりに考えに没頭していたからか、思い悩んでいた当の相手である冥夜が後ろを走っていることに、声を掛けられるまで気が付かなかった。

 

「約束だったな。時間があるならば付き合え、白銀」

 

 憂いが解けたといえば良いのか、冥夜からは九州戦線から離れる際に見せていた、張り詰めた緊張感は薄れていた。今も悩んでいる武と違い、冥夜の方はどこか安堵したかのような表情を見せ、グラウンドの端に用意していた模擬刀へと視線を送る。

 

「たしか、俺はランニング程度にしてくれと言った記憶があるんだが? というか、だ。休むのも兵の仕事だと教えたはずだぞ?」

「心安く休むためにも、少しばかり汗を流しておこうかと思ってな」

 

 わざとらしいまでに教官補佐だった時に告げたはずの言葉を口して、内心の不安を誤魔化してみせる。どこまで見透かされているのか武には判らないが、冥夜も軽く笑って受け流した。

 

 

 

(俺の分まで模擬刀を用意してって、どこか浮かれてるのか? 前線から離れて緊張が解けた反動か? いや、それにしてもなにか安心しきってるといった感じなんだが……やはり戦いやすい戦場を選んでもらってたせいか?)

 

 初陣を勝利で飾り、「死の八分」を乗り越え、戦場の洗礼を受けたとはいえる。ただ、絶望だけが支配するかのようなBETAとの戦いをその身で感じたというには、九州での戦闘は温すぎた。

 最後の光線級吶喊を含め、ターニャによって勝利を御膳立てされていたというのが、武の感触だ。

 

(まったく。俺が不甲斐なかったからと言って、御剣もそうだってわけじゃねぇってのは判っちゃいるんだが)

 

 脳裏に過るのは武の初陣とも呼べぬ、先の世界線での横浜基地におけるXM3実証試験の、その後だ。突発したBETAとの戦闘も褒められたものではないが、なにより戦闘が終わったと思った時、その瞬間の気の緩みによって、掛け替えのない恩師を失った。

 

 さすがに武とて、いまこの白陵基地にBETAが出現するとは考えていない。それでもまだ帝国全体で見れば防衛戦の最中であり、武の事情を別にしても安らげる状況とは言い難い。

 

 

 

「基地に戻ってきたとはいえ、少し気を抜き過ぎじゃないか? 他の連中はまだ戦ってるかもしれないんだぞ?」

 

 普段の冥夜であれば気を休めるはずがないとどこかで違和感を覚えていながら、現在の苦悩と過去の自責とを誤魔化すため、武は叱責するような言葉を吐いてしまう。

 

 ただ言葉に出して、武は形になっていなかった不安に思い至る。

 まりもを筆頭に、隊の皆の能力には疑問は無い。だかその能力をもってしても、残してきた中隊の皆が揃ってもう一度集えるなどという保証はないのだ。

 

「む? ああ……そうだな。まだ九州では数多くの将兵の方々が戦っておられるのだな」

 

 武の言葉にあらためて気付かされたという風に言葉を漏らし、冥夜は走る脚を止め、目を伏せる。

 

 

 

「許すがよい、確かに少しばかり自身の問題に答えが見えたように思えて、不覚にも緩んでおった」

「あ、いや。そこまで思い込むもんでもねぇな。基地に戻ってきたんだ。緩むのも仕事だぜ」

「ふむ……たしか、うば~っであったか?」

「はははっ、あれは机が無いと無理だがな」

 

 武も走る脚は止め、ゆっくりと冥夜に並んで歩きだす。

 不安はたしかにあるが、今ここで武が焦ったからと言って、隊の皆の安全が高まるわけでもない。

 

 武が自分で言ったように、緩急の切り替えは兵士としては必須ともいえる能力だ。後方にいる間は、前線の者たちを信じ、休める時に休まねばならない。

 冥夜もそれは判っているようで、軽い話題を選んでぽつぽつと言葉を交わす。

 

 

 

「で、俺の悩みはともかくとして、御剣の問題ってのは何なんだ?」

「なに簡単なことだ。そなたに護られたことに少しばかり不満を感じていてな。その原因に悩んでおった」

 

 冥夜の悩みなど、口に出すことも難しいことだろうとは思いながらに武は問うたが、それにあっさりと答えが来た。

 

「いや、そこは不満に思うところじゃねーだろ。事前の指示とは違うことをしてた自覚はあるけどよ」

「はははっ、それは月詠には聞かせられぬな。突発的な判断ではなく、計画的なものもあったのか?」

「あ~たしかに、護衛って意味じゃあ、中尉にはちゃんと連絡しておくべきだったな」

 

 武にも、冥夜を護るためにいくつか欺瞞じみた動きをしていた自覚はある。特に最後の光線級吶喊の際には、咄嗟とはいえ小隊長たる真那までも騙すようなことをして前に出たのだ。

 

 

 

「士官と下士官の価値は違うとそなたに教えられておったのに、不甲斐なくもその本質的な意味を理解しておらなんだ」

「士官を守るためならば、兵を犠牲にする面も出てくるって話だな」

「そうだ。そして士官の中でもその価値はそれぞれに違う。当たり前の話なのだな」

 

 冥夜が言うそれは、以前に207Bの皆に武が告げた話だ。

 

 政治的な理想としては人は平等であるべきだ。

 だが現実には、そして軍においてより顕著に、人はけっして平等ではない。軍人、それも士官であるならば、誰を生かし誰を死なすかの判断は常に付きまとう。

 

 第一中隊で言えば、なによりも冥夜の生存を最優先とされていたのだ。

 

 

 

「そしてこの我が身が護られるべきものだと、そなたからあれほど告げられていたのに、どこか納得できてなかったようだ」

 

 出雲の艦内で、武は冥夜になによりも自身を護るようにと願った。

 そして冥夜は、生き汚くとも抗い続けてくれと、武に乞うた。

 

「なにに納得できなかったのかと、この基地に帰還する中で考えておったのだが、気付けば簡単な話だ。ただ私はそなたに護られるのではなく、共に並んで戦いたかっただけだったのだと、そんな子供じみた我儘な思いだ」

 

 実績でも技量でも劣ると判っていながら並び立ちたかったなど、ただの我儘だと判ったと、冥夜は笑う。

 そこに自虐は無い。

 足りぬものが見えたのだから、あとはそれを掴むまでだと、決意が見える。

 

「残念ながらその我儘は実現させねぇ。俺が中隊の突撃前衛長だからな。隊の誰よりも前に出て当然だ。そしてそれを譲るつもりはねぇぞ?」

 冥夜の意気込みが理解できるからこそ、武もわざとらしいまでに、煽って見せる。

 

 

 

「それは別にして、先ほどの私が中隊の皆のことを心配していないという話だが」

「いや、御剣が心配してないとかいうんじゃなくて、だな」

「安心しろ。柏木も含め、須野村での防衛に参加していた皆は無事に国東へと帰還した。

負傷で待機していた者たちも含め、数日中には、この基地へと戻ってくるらしい」

 

 先ほど月詠中尉から連絡があったぞ、と悪戯が成功したかのように、冥夜が笑う。

 

「って、そりゃそうか。CP将校のティクレティウス少尉が戻ってきてるんだから、他のみんなも帰ってくるはずだよな」

 

 考えるまでもない。ようやく武は自分の方が視野が狭まっていたことに気付いた。

 大陸での撤退戦のように、防衛線が壊滅して現地で部隊再編が進められてているような状態ではないのだ。中隊CP将校が居ない環境下で、しかも二個小隊に満たぬ規模での単独作戦行動など、命じられるはずもない。

 

 

 

 

 

 

「私の問題はともかく、そなたの悩み事は何だ? 中隊の皆のことを気にかけていたというわけでなければ……ふむ? また香月副司令からの新たな『宿題』か?」

 首を傾げ、冥夜は考え込む。

 

「はは、俺が勝手に思い悩んでるだけだ。いや、いまは宿題を出されるほども期待されてねぇのかもな」

 

 冥夜に核使用の責を負わせるという当然の予備計画に考えが至らなかった時点で、先見性の無さを見抜かれている。

 その上、自失したような状態で夕呼の執務室を離れたのだ。夕呼のみならずターニャからも、間違いなく評価を下げられているはずだ。

 

「事務次官補からは斬り捨てられてもおかしくねぇな」

 

 武がターニャに提示できる情報はそもそも限られている。喀什攻略の実体験などはあるものの、「原作知識」などと嘯くのだ。俯瞰的な情報などは間違いなくターニャのほうが把握しているはずだ。

 合衆国軍を動かす計画に武の手を借りるとターニャは言っていたものの、先の醜態を見てしまえば、それもどうなるかはわからない。

 

 

 

「事務次官補殿? まさかとは思うが……そなた、私が核のボタンに手を伸ばすかもしれなかったと、憂いておるのか?」

 ただ先の計画を知る由もない冥夜は、逆に武の悩みの中核を瞬時に悟る。

 

「やっぱり、普通ならすぐにそこまで思い至るよな」

 

 武は自身の洞察力の無さを自嘲して、軽い笑いしか浮かべられない。

 出雲での山口提督から、合衆国海軍も港湾部の汚染を避けるだろうと聞いて、核使用が無いと武だけが勝手に楽観視していたのだ。

 

「いまさらな話だが、な。さっき事務次官補からその可能性を聞いて、自分の頭の悪さに嫌気が差してるところだ」

「私とて事前に見通していたわけではないぞ。直接的な指示ではないが、山口提督との会談の後に、事務次官補殿からはその可能性を示唆されるまでは、考慮さえしてなかった」

「まあ普通はそうそう考えつかない、か」

「我らの立ち位置としては、たしかに察しておくべきだったのだろうがな」

 

 想定できなかったと悔やむ武に、冥夜も自分も同じだったという。得ていた情報に差はあれど、気付いていてしかるべきだったとは、冥夜も考えているようだ。

 

 

 

「正直なところ、事務次官補にその可能性を示唆されたときに、即答はできなかった」

「ま、そりゃそうだよな」

 

 国を護るためとはいえ、自らの手でその地を核で焼くのだ。命令されたとしても普通なら躊躇い、そして実行に移すことは難しい。

 それに冥夜ができると答えたとしても、武は自分はそれを受け入れられないだろうと思う。

 

「ただな。初陣の時に、な。下関からBETA集団のその先、瀬戸内の海を見た瞬間は、成さねばならんと思ったことは確かだ」

 

 山口、特に防衛せねばならない関門海峡は狭い。

 武たち第一中隊が急行した際も、もしわずかでもミスがあれば突撃級を主軸とするBETA先頭集団が長府を超える事態もあり得た。その先の広島、そして呉を防衛するためであれば、早期の核地雷の使用に踏み切るべきだという判断は間違いとは言い切れない。

 

 

 

「しかし間違いなく事務次官補殿は、私が核の引鉄を引こうが引くまいが、それぞれに応じた代案は想定されておられたと思う。ただおそらくは、私が担った方が都合が良かったのだろう」

 自身を政治的な駒の一つとして割り切った形で、淡々と冥夜は状況を整理していく。

 

「やはりお前もそう考えるよな」

「私個人には左程の利用価値は無いが、『御剣冥夜』という名はそれなりに意味があろう」

「……悪い」

「謝るでない。望んで受けると決めたのは、私自身だ。その決断の責をそなたに負わせるような恥ずべき行いはせぬ」

 

 押し付けたに等しい武たちの計画を、冥夜は自ら受け入れたのだと、誇らしげに言い放つ。

 

 

 

「というか、だ。私が核に手を出しておれば、香月副司令らが計画しておられる作戦へ、私を参加させる絶好の名目となったはずだ」

「は? どういうことだ?」

 

 いきなり話が飛躍したように、武は感じた。

 喀什攻略への冥夜の参加は、議論の余地もなく夕呼とターニャとの間では確定している。旗印として冥夜以上の人材はいないのだ。

 

「そなたは我ら第一中隊を作戦から除外したいのであろう。だが、そもそもが、だ。通常であればそもそもが我らが参加できるような作戦でもあるまい?」

「あ、いや、そんなことは……あるのか?」

「本来のA-01部隊の立ち位置などは我らには知らされておらぬゆえに、推測でしかないが、他の中隊が参加できたとしても、新兵が大半を占める第一中隊が、斯様な大規模作戦の中核に組み込まれるような栄誉を与えられるとは思えんぞ」

 

 断言するかのような冥夜の言葉を、咀嚼していく。

 

 武にしてみれば、帰還を考慮しない特攻じみた作戦という印象だが、たしかに乾坤一擲の大規模作戦だ。参加するだけでも拍は付く。合衆国側が先陣を担うと言ってきたのも、そういう面も大きい。

 まして作戦の成功率を高めようとするならば、将兵の損耗を考慮したとしても、任官一年目の新兵など選ばれるはずがない。

 

 

 

「そこに私を捩じ込もうとするならば、独断で核を用いたことに対する……そうだな、禊という形になるのではないかと愚考していた」

 

 おそらく核を用いなければ帝国本土の継続的な防衛は不可能だ。参謀本部は当然、政府の方でも理解している人物は居るはずだ。ただ理解できたとしても、自国内での核使用に踏み出せるものは少ないだろう。

 

 冥夜は、禊という言葉を使ったが、それは確かに言いえて妙だ。

 帝国本土での核による防衛は、誰かが負わねばならぬ罪と言える。

 

「核の独断的使用を容認するが、それの責をもって在日国連軍と帝国斯衛双方へ、大規模作戦への参加を要請する。そういう想定だったのではないか?」

「言われてみれば、そうだよな」

 

 「桜花作戦」において、帝国斯衛は参加していない。事前準備が無かったという面もあるが、そもそもが戦力的余剰もなかった。

 

 武が提案した喀什攻略計画は、斯衛からも戦力提供がある前提で考えていたが、斯衛の本分はその名の通りに将軍の守護である。軍としても規模は小さく、提供できる兵力も当然少ない。

 XM3開発に関する取引で一応は参加の要請は取り付けているが、あくまで五摂家当主や斯衛上層部との口約束レベルだ。城内省が正式に認可した話ではない。

 

「たとえ大隊指揮官とはいえ、斑鳩殿や崇宰殿をかの地へと送り込むことなどできようもないだろう? なら私の立場は御旗として都合が良かろう」

「あ~いや。どうなんだ、その辺り?」

 

 XG-70の投入、それも3機を喀什に持ち込めるならば、離脱だけであれば成功の可能性は高い。機体そのものが破壊されたとしても、単独で大気圏外への離脱を可能とする装甲連絡艇もある。

 五摂家頭首かつ戦術機大隊指揮官たる斑鳩崇継や崇宰恭子の二人であれば、現地へ赴こうとするかもしれない。むしろ武が微かに覚えている崇継の性格通りなら、「あ号標的」攻略部隊にまで名乗り出てきてもおかしくない。

 

 

 

 

 

 

「しかしそなた、何を思い悩んでいるのだ? 本州への上陸は阻止でき、核は使われず、九州の防衛は成功裏に終わりつつある」

 

 納得できぬように冥夜があらためて問うてくる。

 

「たしかに少なからぬ犠牲は出ておろう。散って逝った方々も、兵として覚悟を持って臨まれていたはずだ。異国の地にて亡くなられた義勇兵の方々には酷な話ではあるがな」

「いやまあ、単純に数だけで判断するなら、間違いなく防衛は成功してるってことになるんだが……」

 

 防衛作戦は間違いなく成功している。

 先の世界線を知る武やターニャから見れば、今回の九州防衛は想定以上の戦果といっても過言ではない。山陰への突発的上陸はあったものの、本州へのBETA進攻は完全に防いだ。九州北部は被害は大きいものの、それでさえ予想の範疇に収まっている。

 

 

 

「ならば、己が成したことを誇るがよい」

「っていっても、俺がしたことなんて、特にねぇぞ」

 

 作戦の立案は当然ながら、帝国参謀本部だ。第四計画が主導したらしい誘因計画にしても、おそらくはターニャの立案で、武が何か意見具申した結果ではない。

 戦術機衛士としてであればそれなりの戦果を挙げたことは自覚しているが、それもターニャの指揮あってのことだ。

 

「XM3はまだ広く採用されてはおらぬが、XM1は帝国の戦術機ほぼすべてに搭載されている。それだけでも衛士の負担は減ったはずだ。公表はされずとも、それは間違いなくそなたの功績であろう」

「作ったって言っても、計画に許可を出したのは夕呼先生だし、プログラムを組んだのは社だぞ? 俺はこんなのが欲しいって、駄々こねた位だからなぁ」

「最初の概念の提示こそが、重要ではないのか? それにそう言われてしまうと、我ら第一中隊の短いとはいえこれまでの活動も意味が薄まるぞ」

「あ~……悪い、たしかにそうだよな」

 

 本人たちには秘匿されていたが、冥夜たちは207B訓練兵時代からXM3のデータ取りに参加しており、任官後は実質的にはXM3の教導任務に就いているのだ。その成果を否定することは、武にはできない。

 

 

 

「それにだ。XM3に比べうるものではないが、我らにとってはそなたの功績は間違いなく大きい」

「我らって、第一中隊か?」

「いや、元207B訓練分隊だ」

 

 中隊で何かしたかと武が訝しむと、冥夜は訓練兵時代のことだと返す。

 

「そなたがおらねば、我ら元207Bの面々はいまだに訓練兵のまま、いやそれどころか何らかの理由を付けて他へと回されていたやも知れぬ」

「お前らの任官、というか総戦技評価演習で落ちたのは、あれ半分以上は夕呼先生が扱い方を決めかねてただけだぞ」

 

 冥夜たちには言ってはいないが、まりもが207Bの問題に斬り込んでいなかったのは、夕呼の判断を待っていた部分が大きい。夕呼が207Bの面々の使い道を確定していれば、間違いなく207Aと同時に任官できる程度には、まりもが鍛えたはずだ。

 

「榊など、そなたには直接は言っては居らぬのだろうが、感謝の言葉を漏らしておったぞ。彩峰も同様だな」

「俺が来なけりゃ二回目の総戦技評価演習の前倒しもなかったはずだぞ? 時間があれば、榊も彩峰も、自分を見直すことくらいできたさ」

「まったく。そなたは呆れるほどに自己評価が低いな」

 

 冥夜は武に思い知らせるかのように、はっきりと溜息を付いて見せる。

 だが総戦技評価演習に参加もしていない武としては、自身の功績だなどと己惚れることなどできようもない。切っ掛けくらいは作れたかもしれないが、隊を纏めなおしたのは、武以外の者たちの成果だ。

 

 

 

「まあ他の者たちのことを加味せずとも、私個人としてそなたには尽きせぬ感謝を感じている。かのお方とお会いする機会を作ってくれたこと、あらためて礼を言う」

 

「あの時に言っただろ? あれは俺の勝手な贖罪、いや贖えてないから贖罪でもないな」

 

 冥夜への返答の途中から、自嘲じみた呟きになってしまう。

 武が犯した行為は、贖えるとも償えるなどとも考えられるはずもない。

 

 別の世界線でとはいえ、愛したひとだった。

 誰よりも、何よりも大切だと思っていた。

 彼女のためだからこそ、地獄のようなあの終わってしまった世界であっても、戦い続けることができたはずだった。

 

 それが、記憶と感情とを組み替えられたとはいえ、「ただの友人」だと思い込んだままに、その苦悩の一片たりとて気付けず、最期の瞬間を選んでしまった。

 

 ――姉上

 

 先の世界線で聞いた冥夜が呟くように漏らした言葉。おそらくは武にさえ聞かせるつもりなどなかったのであろう、本当に最期の言葉。

 

 消されなかった記憶に染み渡るように残っているそれは、そもそもが武が聞いてよい言葉ではなかったはずだ。死に臨んで、ようやくすべての陰から出ることができた冥夜が、ただの「冥夜」として悠陽にだけ向けた言葉だったのだと思う。

 

 

 

 今横にいる冥夜を悠陽と会わせたのも、懺悔でさえない。武の自己満足なだけの代償行為だ。真耶らに無理を通してもらって、悠陽と冥夜二人だけの幾ばくかの時間を作ることはしたが、それだけだ。立場を崩すことのできぬ二人にとっては、姉妹として語らうことなど、できようはずがないと判っていて踏み込むことを避けのだ。

 

 世界を渡り、相手どころか贖うべき罪さえもないこの地において、武は自分が一歩さえを踏み出せていないと感じてしまう。まして、今の冥夜に「御剣冥夜」としての立場を強要した身としては、赦しなど乞えるはずもない。

 

「そなたにも思うところがあるのだろうが……そなたが罪を犯したと思う相手のお方は、そもそもがそれを罪と考えてない、ということもあるのではないか? 一人悔恨に浸るだけでは解決せぬことではないのか?」

「っ!? って、たしかに、そりゃそうだよな。罰せられたがってるのは、俺だけってワケだ」

 

 冥夜は、闇の奥を見据えるように先へとむけていた視線を、言葉と共にはっきりと武へと戻す。その視線に晒され、武は自分が自責へと沈んでいくことで歪んだ満足感を得ていたことに、気付かされた。

 たしかにあちらの冥夜に因果導体とそれに伴う記憶改編のことを話したとしても、それをもって武が罪を犯したなどとは考えまい。贖罪などと言う言葉が浮かぶ時点で、自分のことしか考えてなかったと、ようやく武は思い至った。

 

 

 

「そしてだ。私が悦ばしく思っていることは確かだ。それは受け入れろ。白銀、感謝するななどと申し出では受け入れん。そして今日は鑑が居らぬから、代わりに私が重ねて言うぞ」

 言葉通りに純夏の代わりということなのだろうか、どこかおどけたかのように指を立てて、冥夜は続ける。

 

「自身を卑下するでない。そなたが成し遂げたことで、救われた者たちが居るのだ。その事実までは否定するな」

「俺は、誰かを救えたの、か?」

「先ほどから言っておるであろう。私や207Bの皆は救われた。新型OSによって救えた衛士も、そしてその周辺の兵らも多かろう」

 

 冥夜は武が救ったと言う。

 だが、武にはそれが実感できていない。

 繰り返された世界での、失い続けてきた記憶が積み重なっているせいか、自分がなにかを救う手助けができたなどと、自覚できないのだった。

 

 

 

「核で自ら護るべき地を焼かねばならぬような、最悪へと至る失敗の可能性はあったのだろう。それに目が行き届いていなかったことも確かなのかもしれぬ。だが、そなたは成し遂げたのだ。誇るがよい、と言いたいところだが、それが難しいようであれば、自身が成したことをまずは認めるところから始めよ」

 

 なにごとも直視しろ、と冥夜が言う。

 

「剣の教えと同じだな。まずは見据えよ、ッてことか」

「ふむ? 言われてみれば確かにそうだな。憶測で目を曇らせるな」

「あ~でも、俺の洞察が足りてないのは、間違いないぞ」

「それこそ今後の課題なのではないか? 以前そなたがこの場で申していたであろう?」

「え? 俺何か言ってたっけ?」

 

 いろいろとこのグラウンドでは話したこともあるが、洞察力の無さについて話したのは、今日が初めてだったと思う。

 

「二つの問題は先送りにする、と申していたであろう? 洞察力に欠ける点も、今は先に送っておけ」

「ははは、そういう話もしてたな」

 

 自身の感情の折り合いと、207Bの隊内の問題は先送りにして時間の解決を任せると、以前に武はこの場で告げたのだ。

 

「なに、そなたが気が付かぬことがあれば、周りの誰がか補うであろう。ふふ、そなたに並べるなどとは己惚れては居らぬが、少しばかりは我らにも背負わせてもらおう」

「まったく。並ぶも何も、最初から俺の方が置いて行かれてるようなもんなんだがな」

 

 冥夜に限らず、207Bの皆は武にとって先達だ。

 それは世界が変わっても、彼女たちから教わったことが武の身の中にある限り、決して変わることは無い。

 

 

 

「ははは、教官補佐殿が何を言うか?」

「って、大事なことを忘れてた」

 

 教官補佐と言われて、大切なことを思い出した。

 そして、次への戒めとして、冥夜に言葉を贈る。

 

「御剣冥夜少尉、初陣と、無事の帰還おめでとう」

 

 

 

 

 

 




よーやく第三部完ッ、です。次から第四部~ですが、年内に上げられるかどうかギリギリビミョー冬コミ準備が結構早く進んでるので何とかなるといいなぁという感じです。

この第三部、けっこう初期のプロットから描きながらいじくっていた部分が大きくて、ざっくり斬り捨てながら進めていたはずなのにこんな長さになってしまいました。ちなみに前回のデグさんの言う「最悪の想定」が実のところ初期プロットでした。

九州防衛には装備不十分な元大陸派遣軍が残されて、第一中隊はそれに巻き込まれて撤退中に部隊分断。第二小隊だけは先に孝之を臨時中隊長として四国防衛に。第一小隊は山口~広島を核地雷で焼きながら遅滞戦闘の殿に。で、それでも時間が稼ぎきれずに、斯衛の京都防衛の目途が立つまで、伊丹駐屯地を仮の宿りとして武庫川を挟んでの最終防衛戦を引く、と。

どー考えてもこれだけ書けば今の倍以上の分量が必要だな~というか、喀什に行くどころか終わりが見えぬ上に、さすがにコレをやるにはオリキャラの投入が要るなーとかあーだこーだとひねくり回していたら、こういう感じに纏めてしまいました。

でで、次回からはちょこっと舞台を変えて~の予定ですが、もしかしたらここまでのキャラ紹介とか改変設定リストとか一度上げるかもしれませんが予定は未定。

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