Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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第四章:誓いとともに明日へと
慮外の仕儀 01/12/09


 侮っていた、慢心していた。

 ユウヤ・ブリッジスはいまだ実戦も経ていない身でありながら、自身がいかに増長していたかと、この短時間で嫌というほど思い知らされていた。

 

 小隊単位同士、四機対四機の対人戦演習。相手は第一世代機と、第三世代機とはいえ訓練機の混合小隊相手だ。

 

 こちらも混合小隊ではあったが、実質的に準第三世代機と言えるF-15・ACTVに、紛うことなき第三世代機の不知火・弐型。いまだどちらも開発実証機という扱いだが、開発に携わってきた者の欲目ではなく客観的に見ても、性能面では間違いなく上回っている。

 

 ユウヤは開発衛士、それも首席として不知火・弐型の一番機を駆る身だ。たとえ演習、それも間違いなく格下だったとしても、侮りはしないはずだった。しかし接敵してから僅かな時間で、自身が慢心していたと、心のどこかで相手の機体を旧式機やただの訓練機だと軽視していたと気付かされた。

 

 

 

『クソ、さっきから何なんだよコイツッ!? Type97のクセに斬り返しが速過ぎんだろうがっ!!』

 

 ユウヤが言葉にするよりも、エレメンツを組むタリサ・マナンダルが焦りを含んだ声音で吐き捨てる。

 

 タリサもプロミネンス計画に選ばれるほどに、高い能力を持つ衛士だ。特に高機動近接格闘戦においてはアルゴス小隊に留まらず、衛士として一流以上の者たちが集まるこのユーコン基地において間違いなく上位に位置する技量を持つ。

 それに加えて、以前に唯依の駆る武御雷F型に一刀で斬り捨てられて以来、タリサは自らの近接戦闘能力に磨きをかけるべく、一層の努力を重ねてきた。

 

 だがその自身の能力と、そして完成を目前とした不知火・弐型の機動力をもってしても、訓練機であるはずの吹雪に追随しきれない。

 

 しかもタリサは取り回しの良い65式短刀を両手に二刀構えているのに対し、相手の吹雪は74式長刀を携えているにも拘わらず、だ。本来なら、扱いの難しい74式長刀、加えて狭い市街地という状況下であれば、吹雪の間合いの内へと潜り込むことなど造作もないはずなのだ。

 

 タリサが相手をしている吹雪フェアリー04は、接敵当初はもう少し動きがぎこちなかった。いまユウヤが対応する吹雪から、幾度か牽制のための支援砲撃を受けていた。それが数合打ち合っただけでタリサの癖を見抜いたのか、押してはいないが完全にその猛攻を凌ぎ切っていた。

 

 

 

(これがあのType97だってのかッ!?)

 

 タリサが怒鳴り散らしてくれたおかげで、ユウヤは口にすることを避けられたが、思いは同じだ。

 

 今でこそ主席開発衛士として、弐型の一番機XFJ-01aに搭乗しているが、眼前の吹雪はもともとユウヤが乗っていた機体だ。タリサが対応している吹雪の方は、先日このユーコン基地に搬入されたものだが、二機ともにOS以外はほぼ既存の吹雪のままだ。

 

 外見的な変更は、一見した程度では判らぬほど極僅かだった。

 帝国のほうで先日から採用され始めたという肩部に取り付けたウインチユニットによるスリングと、それに懸架される銃剣が取り付けられた突撃砲くらいである。

 

 これらの改修装備は、随伴する二機の77式撃震も同様だ。

 逆に言えばOS以外、とくに戦術機の機動性に直結する、跳躍ユニットなどの改修は行われていないという。

 

 つまるところ、機体そのものの性能は、ユウヤもよく知るもののはずなのだ。

 

 

 

 いまユウヤが対峙している吹雪は、開発主任たる唯依がドクトリンの異なる合衆国陸軍衛士たるユウヤのために、日本帝国の戦術機特性を理解させることを目的として用意したものだった。

 

 乗った当初は、恐ろしく不安定な、未成熟な機体だと貶していたものだ。ただそれは、日本製戦術機の機体特性を理解しておらず、力ずくで振り回していただけだったと、今なら判っている。

 帝国製戦術機は、その基本思想として高い近接戦闘能力と、それをこなす機動性に重きを置く。不安定だと思っていたのは、その流動性の高さゆえだ。

 

 このところは弐型にのみ搭乗していたとはいえ、吹雪の機体自体の性能はよく把握したつもりだった。そして不知火・弐型のテストを続けていく上で日本の戦術機運用理念も理解し、いまならばあのときのような無様は晒さずに乗りこなしているという自負はあった。

 

 だからこそ理解できてしまう。いま眼前に対峙している機体は、もはやユウヤの知る97式吹雪ではない。

 

 

 

 加えて問題は、機体の性能よりもそれを駆る衛士の腕だ。

 

 ユウヤ・ブリッジスは間違いなく優秀な衛士である。

 これはユウヤの自惚れなどではなく、誰もが認める事実だ。無能がF-22ラプターの開発に携わったのみならず、日米合同であるXFJ計画の首席開発衛士として選出されるはずもない。

 

 衛士としては万能の天才ともいえるが、アメリカ陸軍所属ということもあり、戦術機の運用も乗りこなしも合衆国陸軍式に染まっていた。

 中・遠距離からの砲撃戦を主体とする機動に慣れ親しんでいたものの、不知火・弐型の首席開発衛士に抜擢されてからは、日本帝国が重視する近接格闘戦にも一定以上の技量を身に付けたと自負していた。

 

 だがその自信も、打ち砕かれそうだ。

 眼前の吹雪は、改良型OSという触れ込みによる機体性能の向上を除いたとしても、間違いなくユウヤが思い描く以上の機動を見せつけてくる。つまりは機体を駆る衛士が、ユウヤと同等あるいはそれ以上の腕を持つということだ。

 

 

 

「熱くなるな、チョビっ!! いったん合流し、ってックソがッ!!」

 

 こちらに意識を割かせるために、コールサインのアルゴス2ではなく、嫌がられていると知りつつも自身が付けた綽名で呼びかける。

 しかしユウヤ自身が合流のための機動を取り損ねた。

 

 タリサとの合流を果たそうと眼前の吹雪から距離を取ろうとすると、それを阻止すべく的確に牽制の射撃が降り注ぐ。強引に下がれなくもない程度の射撃密度ではあるが、それをすれば間違いなく少なからぬ被害を被る。

 

 タリサが苛立つのが、自分のことのようによく判る。

 相手は間違いなくこちらを倒せるのに決定打は下さずに、それでいて離脱を許すこともない。体の良い対人戦演習の「標的機」として弄ばれていると言ってもいい。

 

 

 

(さっきからコレの繰り返しかッ!!)

 

 相手小隊の機体を見て、自分らが機動性に優れていることは明らかだった。そのためユウヤたちアルゴス小隊は侮ることなく自らの利点を生かすべく、散会しつつも敵小隊を包囲した。

 

 戦術機には背部の可動兵装担架システムがあるとはいえ、前方への射撃が基本である。四方から包囲されれば、機数が同じとはいえどうしても死角ができるはずだった。相手が一般的な戦術機小隊であれば、包囲に成功した時点で、勝敗は決したも同然だったのだ。

 

 だが実際は、包囲が完成しても敵小隊に対し決定的な打撃を与えられずにいた。今もアルゴス小隊が相手を包囲する形ではあるが、実際は逆に分断されているに等しい。

 

 

 

 包囲されることを逆手に取り、敵小隊は連携の密度を高め、相互に援護可能な距離を維持していた。対するアルゴス小隊は、小隊どころか分隊での連携さえ阻まれ、各自が単独で対処しているに等しい。

 

 本来であれば、機体の機動性をもって距離を取り、あらためて分隊単位に纏まるべきだった。

 問題は、それを許してくれるほどに敵は優しくない。

 

 吹雪や撃震の跳躍ユニットが改修されているとは聞いていない。機動性は間違いなくこちらが上だ。性能面だけで言うならば、全力のバックブーストで正対したままでも距離を取れるはずなのだ。

 

 それが意図して下がろうとすると、出鼻を的確に阻害される。

 撃破を狙った攻撃ではない。あくまで速度が乗る前に気勢を挫くだけだ。無理に下がれば、小破判定くらいは受けてしまいそうな程度に抑えているのが、余計に苛立ちを募らせる。

 

 

 

 それでも射撃は止めることができない。制圧効果のほどは疑問だが、手を休めると相手はすぐさまに格闘距離にまで滑り込んでくる。

 

(この距離だと正直……F-22を相手するよりもキツイな)

 相手が国連軍とはいえ帝国の衛士だということで、ユウヤも右背部には一振りの74式長刀を装備はしているが、それを抜き放つ余裕さえ与えられていない。両腕に持つ二丁の87式突撃砲で牽制しつつ、下がることも進むことも出来ぬ状態に押し込まれていたのだ。

 

 そもそもが、戦術機同士の戦闘において近距離どころかと近接格闘範囲に等しい200m圏に入っていながら、射撃が回避されるというのが異常だった。こちらの射撃のタイミングを完全に読まれているなどと言うオカルトじみた話ではないはずだ。むしろ撃ちやすいように誘導されている、と感じてしまう。

 

 

 

『いつでも墜とせるって、そう言いたいのかよッ!?』

 

 再びタリサが吠えるが、ユウヤもまったくの同意見だ。怒鳴りたくなるのも、よく判る。

 誘うようにタリサが一歩下がったとしても、相手はそれに乗ってこない。逃がしはしないが倒すほどではない、とその剣筋からは読み取れてしまう。ここでタリサを抑えていれば、他の小隊員が勝敗を決してくれると、信じきっているような動きだ。

 

 その信頼は、あながちただの思い込みでもないのだろう。

 分隊の一方をユウヤが相手をしているが、ユウヤ一人ではこちらの吹雪を下すことは困難だった。

 

(名前は聞いてなかったが……フェアリー02、だったか?)

 

 相手の名は知らないし、そんなものには今は意味がない。ただコールサインからすれば小隊副官のはずだ。それだけの技量を持っているのは、明らかだった。新型OSの性能という面もあるのかもしれないが、衛士の技量としてもおそらくは現在のユウヤを凌ぐ。

 

 機体性能に任せて押しとおれるなどという増長は、最初の接敵の際に打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

『アルゴス2、できれば少し下がって落ち着きなさい。アルゴス1も、ね』

『ハッ、コイツ相手に下がれるようなッ、そんな余裕が、あるか、よッ!?』

 

 F-15・ACTVの強化された機動力をもって「動くスナイパー」として、状況を最後方から見るステラ・ブレーメルは、自身を含めた周辺を俯瞰できた。

 ただステラの提言を聞き入れるような余裕は、タリサだけでなくユウヤにも存在しない。わずかでも下がろうとすれば、その隙を突かれる。

 

 この演習の想定状況は、廃墟と化した市街地であり、ユウヤのみならず他の小隊員も何れ親しんだものだ。普段ならば倒壊していないビルを遮蔽物として、機体の機動性をもっての後退することなど造作もなかった。

 

 それが無理だと悟らされたのは、120mm APFSDSでビルを貫通させての牽制射を受けた時だ。

 闇雲に放ったものでないのは、頭部側方を掠めるように通り過ぎた射線から見ても明らかだ。直接視認しての射撃ではあり得ない。それでも撃ち抜ける位置取りを知った上での、的確な威嚇だった。

 

 個々の衛士のみならず、相手小隊は小隊長もCP将校も優秀だ。こちらの意図はすぐに見抜かれ、潰されていく。

 

 

 

「アルゴス1よりアルゴス3、4ッ!! なんとか時間は稼いでやるから、そっちをどうにかして崩せッ!!」

『アルゴス1の言うとおりだッ、こっちの吹雪よりかは、F-4の相手の方がラクだろッ!!』

 

 ユウヤの指示とも言えぬ懇願じみた言葉に、タリサも重ねてくる。弱みを見せようとしない彼女にしては珍しいが、それほどに相手の吹雪が手強いらしい。

 

『だから、二人とも落ち着けって』

 ステラだけでなくVGも余裕を取り戻したのか、普段のどこかとぼけた口調で笑って見せている。

 

『あ~アルゴス1。射撃密度をもう少し下げて、ちょっと牽制にだけ集中してみろよ』

「うるせーマカロニッ、こっちの状況が判って、ねぇからッ!!」

 

 返答する間も惜しみつつ、ユウヤは無駄だろうと頭の片隅で認識しつつも、VGの助言に従い、左右共にフルオートでの射撃から右のみでの小刻みなバーストに切り替える。

 

 

 

「……って、本当に舐めてるのか、アイツらは?」

 

 まさか意味があるとは思ってもみなかったが、効果は明白だった。

 ユウヤが撃破を狙った射撃ではなく、牽制のみにとどめた動きに切り替えたと同時に、それに合わせるように敵の吹雪も射撃の精度を落としてきた。

 

 遮蔽に使っているビルの壁面が、ペイント弾によって塗りつぶされていく。一見それとは判らないが、FCSによる自動照準を停止させ、間違いなくわざと外していた。

 

『実直な帝国っぽくないから最初は気が付かなかったが、奴らの狙いは新型OSとやらのお披露目らしいからな。演習自体の勝敗は二の次なんだろうよ』

『そうね。どちらかと言えば、アメリカみたいな振舞ね』

 

 演習中とは思えないような弛緩した声音で、VGが愚痴を零す。あちらの分隊はすでに合流を諦め、今はユウヤに指示したように牽制射のみに徹しているようだ。

 

 

 

「これが、プレゼンテーションだってのか?」

『俺ら衛士向けってわけじゃねぇ……とは思う。上の連中に見せつけるために、接戦を演じてるってところだろう』

「ああ……それで後退しようとすると、執拗に妨害してくるってわけか」

 

 続くVGの説明で、ようやくユウヤも状況を理解した。

 衛士として、相対している機体に積まれた新型OSの性能は、この短い時間で嫌というほどに実感できている。ただ、それはユウヤが衛士だからこそ判るものだ。

 

 中~遠距離での砲撃戦では機動性の向上といった面は見えにくい。CPU交換によるFCS関連の性能向上を知らしめるのであれば、なにも対人演習と言った場を設ける必要性は薄い。

 

 近接格闘戦距離ではっきりと格上と判る機体相手に競り合えてこそ、第三者の目には性能の向上が明確に伝わるのだ。

 

 

 

『初撃で墜としてしまっては、新型OSの性能提示としては意味をなさない。ある程度双方の動きを見せて、その上での勝ちを狙ってるんでしょうね』

『結局は舐められてるってことじゃねぇかよッ!?』

『まあアルゴス2の言うとおりだ。舐められてるのは事実だが、アイツらはそれを成し遂げられるだけの性能と、そして実力もある』

 

 戦場の流れが落ち着いたことで、タリサたちは愚痴まみれではあるが、現状を再確認していく。ユウヤは会話には加わらず、改めて眼前の吹雪の動きを見る。VGの言い分ではないがたしかに性能も実力も高い。

 

 それになによりも、すべての挙動が「早い」のだ。

 

 単純な移動速度で言えば、大型化に伴って機体重量が増大しているとはいえ、それを上回るだけの主機出力を与えられている不知火・弐型の方が、間違いなく速い。吹雪も第三世代機であり、かつ訓練用に不要な装備を外し軽量化されているが、主機出力も抑えられており、脚部走行ならばともかく跳躍移動であれば弐型に追いつけるはずがない。

 

 

 

(改良型……いや新型OS、XM3、だったか?)

 

 先ほどから距離を離せないのは、一つ一つの動作の切り替えしとその選択が、早い。無駄が少ない、と言っても良いだろう。おそらく単純に同じ挙動を弐型と相手の吹雪とに取らせれば、こちらが操り人形のごとくに鈍間に見えるに違いない。

 

 演習相手の概要として改修点であるOS関連に関しては、ユウヤは一応のレクチャーは受けていた。ただ、先行入力・コンボ・キャンセルの三要素をもって、戦術機の機動にある無駄を廃し、新人であっても熟練衛士のごとく動かせる……などと言った眉唾モノとしか言いようのない内容だった。

 

 ユウヤのみならず、アルゴス小隊隊長たるイブラヒム・ドーゥルさえも訝しんだものだ。OSの性能を信じていたのは、事前にXM3搭載機に搭乗していた篁唯依ただ一人だったと言っても良い。

 

 

 

 

 

 

『あら……でも、こちらが意図に気づいたのを察したようね』

『集結はさせてくれねぇが、仕切り直しの余裕はくれるみたいだな』

 

 切り結んでいるタリサとその相手の吹雪は別として、アルゴス小隊は牽制射に留まり、どこか弛緩していた。それを感付かれたようで、相手小隊も勝負を決めにかかってきたようだ。

 

「まあチョビじゃねぇが、舐められたままってのは、ムカつくよな」

『トップガンとしては、勝たねばならないってか?』

「だから、俺はトップガンじゃねぇって。それはともかく、お前らも負けていいなんて考えてんじゃねぇだろ?」

 

 相手の意図が判ったからといって、むざむざとそれに乗るのは、衛士としての矜持に関わる。むしろその舐めた態度を後悔させるべく、できるならば完勝を狙いたくもなる。

 

 

 

『ま、いかなる美女相手と言えど、口説くためにも勝たなきゃな』

『当然負けるつもりはないわよ。でもね、こっちのType77も、そうね……異常よ。F-4なのは外見だけ、と考えを改めなければ、拙いわね』

『ガルムの連中と同じって侮ってると食われそうだよな、実際ッ!!』

 

 ユウヤ達が属するこのユーコン基地における「プロミネンス計画」。

 

 その多くは第二世代機の強化・改良や、第三世代機の開発だが、極一部においては第一世代機の改良を掲げている部隊もある。欧州連合軍所属のガルム実験小隊もそんな珍しい隊の一つであり、第一世代機であるF-5の改良型、トーネードADVの開発試験に従事していた。

 

 そのガルム小隊は、計画の中では正直なところさほど高い評価は受けていない。

 ベースとなるF-5は軽戦術機として高く評価されており、トーネードADVはそこからさらに改修を重ねたものだ。一応は第二世代に順ずるとは言うものの、同じ軽戦術機と言えど第二世代のF-16系列に匹敵するようなものではない。

 

 

 

 ステラとVGが対応する77式撃震は、そのF-5よりも古いF-4を原型機としている。機動性を高めた準第三世代機たるF-15・ACTVならば、容易く倒せるはずだった。

 

『そっちの吹雪と同じだ。速くはねぇ、よな? 言っちゃ悪いが所詮はF-4なんだが……さっきから押し切れねぇ』

『相手の指揮官か、CPの腕かしらね? 嫌なところに誘われてるわよVG?』

『あれほどの美女のお誘いとあれば、乗らなきゃ男が廃るって言いたいところだが、軽くあしらわれるってのも問題だな』

 

 突撃砲を四門装備する強襲掃討、フェアリー03は正直なところさほどの脅威ではないとステラは判断する。この指揮官機が、文字通りに敵小隊の要だ。

 

 変則的な迎撃後衛とでも言うべき小隊長機は、右に短剣付きの87式突撃砲、左に多目的追加装甲。背部の可動兵装担架には74式長刀と87式支援突撃砲とを装備している。その背部の支援突撃砲もただの予備ではなく、ときおり牽制を兼ねて用いてくる。

 

 特にステラはその装備から狙撃を得意とすると判断され警戒されているのか、正確に構えようとすると、支援突撃砲による射撃で幾度もタイミングを崩されていた。

 

 

 

『だけどよ。コンボッつったか? 片割れのほうはその機能に頼り過ぎってところかね。動きが単調だ。次のタイミングで仕掛ける』

『了解。指揮官機01の方は一瞬なら抑えてみせるわ』

 

(あっちはあっちで、あのマカロニ野郎が女相手にしながら軽口が少ないってくらいには、マズい相手だってことか)

 

 小隊としての連携を完全に崩されているのも問題だが、衛士として個々の技量もアルゴス小隊に匹敵、あるいは上回っている。

 だからといって穴が無いわけでもなかった。

 

 ステラもVGと同じ結論に至ったようだ。崩すならば一番弱いところからだ。

 強襲掃討装備のフェアリー03は先ほどからビルの影から一歩踏み出してはすぐさま隠れると言った、自機の安全を優先した制圧射撃に徹している。その動きは一定のパターンの繰り返しだった。

 それ故に行動も読みやすい。

 

『BETA相手なら十分以上に便利そうな機能だが、残念ながら対人類戦じゃあ……』

『新人を熟練衛士に匹敵させるってのも、あながちただの謳い文句ってわけでもなかったわね』

 

 BETAの数は脅威だが、その行動形体は人類に比較すると驚くほどに単純だ。新人であってもいくつかのパターンを的確に再現できるとなれば、中隊規模での防衛戦などで効果を発揮することだろう。

 

 

 

『んじゃ、仕掛ける。タイミングは合わせてくれよ、トップガン?』

「うるせーッ、そっちこそ出遅れんじゃねぇぞ、マカロニッ!!」

 

 目標と定めた03が遮蔽に使っていたビルから踏み出す直前に、それまでに距離を取っての砲撃から一転、VGがそのF-15・ACTVを二機の撃震の前に晒し、必殺を期すべく攻撃を仕掛ける。

 

 だが図ったような瞬間は、敵もまたそうであった。

 

『ッ!? 嵌めらたれかッ!!』

『骨は拾ってあげるわ、行きなさいッ!』

 

 一定のリズムでステラへの牽制射を続けていたフェアリー03が、脚を踏み出そうとした直後、踏み込まずいきなり後ろに下がった。動き出した上半身の慣性を殺すため、腰から下すべてで屈むようにバランスをとり、踏み込んだ右脚を逆に前ではなく後ろに押し戻す。

 

 人間ならごく当たり前に出来る行動だ。

 それが戦術機であれば困難どころか、下手をするとそのまま転倒しかねない挙動である。いや困難だったのだ。

 

 それに合わせ、VGとステラからの03への攻撃を防ぐために、指揮官機が半身に追加装甲を構え、前に出てくる。

 

 

 

「止まるなよ、マカロニッ!!」

 

 VGが誘われたのは、間違いない。

 それでも今ならば、タリサが対応しているフェアリー04を除き、敵小隊の3機は比較的固まっている。当初目論んでいた包囲殲滅が可能だと、アルゴス小隊の全員が確信した。

 VGだけでなく、ステラも強引なまでに二機の撃震を狙い撃てる位置へと機体を進める。

 

 今までの繰り返しでは当てられないとは思いつつも、眼前のフェアリー02へは左の突撃砲だけで牽制しつつ、右は03へと狙いを定めた。あとわずかでも前に出てしまえば、ユウヤの位置からでも背面を晒している03への有効射を狙うことができる。

 

 スロットルを押し上げ、機体性能に任せた突撃を選ぶ。

 一瞬、02と銃口が触れ合いそうな距離にまで接敵するが、02は左の跳躍ユニットだけを使い、大きく弧を描くようにユウヤの右方に回避する。

 

(ハッ、ここにきても安全策かよッ!!)

 

 先ほどまで繰り返されてきた機動に似た、消極的な動き。

 フェアリー02の衛士としての腕は評価するが、その消極性には嫌悪さえ感じる。これほどの技量があれば、あと一歩押し込むだけで、ユウヤは間違いなく墜とされていたのだ。

 

 苛立ちに任せて前方の03へ向けていた右の突撃砲を02に向けそうにもなるが、まずは敵戦力の削減を優先すべく、あらためて二門の突撃砲を前へ揃える。

 

 

 

 悪あがきなのか、02からは対レーザースモークが射出され視界が防がれるが、すでに目標は定まっている。狙うべき03まではもはや2ブロック程度の距離だ。目視はできないもののロックオンも完了している。スモークに突入しつつ、そのままに突撃砲を放つ。

 

 02は機体を半身に開き、通り過ぎスモークの中に入ったユウヤ機に向かって斉射が加えられたが、その不安定な姿勢からの射撃は、弐型にはかすりもしなかった。

 

「……は?」

 

 ユウヤとしては外すような距離ではない。

 勝ったと思った瞬間に、しかし機体損傷の警告音が響き渡る。直後に撃破判定を受け、機体制御がユウヤの手を離れた。

 

『……え?』

『おいおい……』

 

 大破判定を受けたユウヤだけでなく、ステラとVGも呆けたような声を重ねる。

 

『アルゴス3、胸部コクピットブロック大破、撃墜です』

『フェアリー03、左腕破損、中破』

『アルゴス1、腰部および左跳躍ユニット大破、左脚部中破。撃墜です』

 

 アルゴス小隊の三人のCP将校から状況報告がなされても、事態を理解しきれない。

 自動制御のままにスモークから抜け出し、目視にて状況を確認してもまだ納得できなかった。

 

 目標の03は、人体ならば不可能な角度で両腕を後ろに回し、可動兵装担架システムに積まれた物と合わせ、四門の突撃砲を背面のユウヤに正確に向けていた。そこから撃ち出された36mmが、ユウヤの弐型をペイント弾で染め上げたのはまだ判る。

 

 ユウヤが放った弾丸はフェアリー03を中破に追いやっていたが、なぜかそれよりも先にVGのF-15・ACTVが堕ちていたのだ。

 

 

 

「……ははっ、ありえねぇだろ? アイツら後ろに目が付いてるってレベルじゃねぇぞ……」

『02と03とが、瞬時に攻撃対象だった俺とユウヤとをスイッチさせたってことか。スモークはそのための目眩ましってか、それ以前から完全に仕込まれてたな、コレは』

 

 VGの機体はその上半身、特に胸部前面にペイント弾を浴びせられていた。が、それはVGが撃破を狙ったフェアリー03からの攻撃によるものではなく、02からの砲撃の結果だった。

 

 ユウヤは02の攻撃が自身への牽制だと思い、機体に回避行動をとらせつつも03を狙った。それは過たず03の左腕を打ち砕いていた。そこまで成功していたのだから、普通ならばたとえユウヤが墜とされても、タイミング的にはVGが押しきれたはずだった。

 ただ02の狙いはユウヤではなく、吹雪が放った突撃砲の砲弾はすべてVGの機体に吸い込まれるように命中していた。

 

 VGとともに呆けたように言葉を漏らし、ユウヤとVGが敵小隊3機を中心にして一直線に並ぶように誘導されていたのだと、ようやく理解が追いついた。

 

 

 

 ステラとタリサの二人はまだ残っていたが、それもすぐに堕ちる。

 わずかな時間の後、アルゴス小隊全機大破をもって演習は終了した。

 

 

 

 

 

 




遅くなりましたが第四部開始です。

よーやくTEというかユーコンでアルゴス小隊の皆様方出せました。最初、普通にタケルちゃん視点かな~とも思いましたが、せっかくなので視点変更。
あと第四部開始に合わせて字数を5000字くらいに戻して更新速度上げようとか考えてもいましたが、結局こんな感じに。

で、さらっと流してますが、この作中においてはいまだ不知火・弐型Phase2は完成してません。その辺りはまた後程。

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