Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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不識の課業

 プロミネンス計画を潰す。

 ターニャの命は簡潔だ。そしてその手段もまた、簡潔だった。

 

「なに、為すべきことは至極簡単だ。本日の対人演習や、今までの教導任務と同じだな」

「ははっ、我らがCP将校殿の指示は、普段どおり判りやすいですな」

 

 ターニャの無茶振りはいつものことだと、武は笑ってみせる。

 

 国連が主導する計画を、別組織とはいえ同じく国連に属する武たちが阻害どころか停止に追い込もうとするのだ。

 一見、無茶にしか思えないが、XM3の能力をもってすれば不可能ではない。

 

 以前、唯依もXM3があれば不知火・弐型だけでなく、プロミネンス計画それ自体が無用と化す、とは言っていた。また纏められた各開発小隊の概要を見た限り、たしかにXM3があればその大半の要求仕様を満たすことができそうだった。

 

 あとはターニャの言葉通り、武たちが演習においてその有用性を実証していけばいいだけだ。

 

 

 

(それに第五計画のバビロン作戦を止めようって言ってんだ。4.5だかなんだかしらねぇけど、こっちも簡単に止められるくらいじゃねぇと、な)

 

 世界最大と言える合衆国が主導する第五計画を阻止しようとするのだ。寄り合い所帯としか言いようのないプロミネンス計画程度を短時間で止められなければ、話にもならない。

 

「実務に関してはおそらく明後日以降となる。少々時間に余裕があるが、本日はこの場で解散、この後に自室の確認した時点からは自由行動とする」

 

 ターニャが具体的な指示を出せないことから、他開発小隊との兼ね合いなどいまだ未調整なのだろうと武は推測する。

 第一小隊がユーコンに移動するのは想定していただろうが、その日程などは九州での戦闘次第なところがあったはずだ。喀什攻略やその事前準備を秘密裏に運ぶためにも、ターニャは当然武にもさほど時間が残されていないのは確かだが、さすがに数日程度の余裕はある。

 むしろここで焦って下手なスケジュールを組む方が、結果的には無駄が増えそうだ。

 

 

 

「神宮司大尉には申し訳ないが、今後の予定調整もあるので今からもこちらを手伝って貰うことになるのだが……アルゴスの者たちが歓迎のパーティを予定してくれている。明日以降も基本はアルゴス小隊との合同演習が続くことになる。白銀以下三名、貴様らは顔を出してこい」

「了解いたしましたッ!!」

 

 正直なところ、武としては時間があるなら寝てしまいたい。移動中に仮眠は取っていたとはいえ、満足に横になって眠ったのは、いつのことかと思い返すくらいには激務が続いていたのだ。

 なにより場合によってはプロミネンス計画ごと開発小隊を解散に追い込むことになるのだ。歓迎してもらうのというも少々気まずい。

 

 とはいえこれからも場所を間借りするだけでなく、弐型に合わせたXM3の調整には協力してもらう相手である。せっかく用意してくれた場を断るのも気が引ける。

 しかもアルゴス小隊の開発衛士は混成編成だ。今後どのような形で他の開発小隊と対していくかはまだ判らないが、所属の異なる者たちからの意見は十分以上に参考になるはずだ。各国から開発衛士として選ばれた熟練の者たちだ。先ほどの雑談程度ではなく、XM3の詳細仕様を知った上での話は聞いておきたい。

 

 なによりも歓迎パーティへの参加はターニャからの命令だ。武たちには拒否する権限など持ちようもない。

 

 

 

 

 

 

 歓迎会と言われ、PXの片隅でも借りたのだろうと武は考えていた。

 だがアルゴスの開発衛士四人と合流し、タリサの先導で案内されたのは宿舎の外だ。それも基地内でありながら、一つの街と言える規模だった。

 

 すでに日が落ちた頃合いだったので、いくつかの店は閉じ始めていたが、逆に今からが稼ぎ時なのだろう飲食店の多くが歓声に満ちていた。

 

「すごいよタケルちゃん、なんか街だよッ、お店がいっぱい開いてるよッ!?」

「国土の広さもあろうが、これこそが合衆国の力……であろうな」

「そう……だな。土地に余裕があるってだけじゃねぇ。民間にも余力があるってことなんだろうな」

 

 きょろきょろと視線をあちこちに飛ばしながら単純に驚く純夏と違い、冥夜はこの規模を維持できる国力を洞察する。

 純夏同様に武も基地の規模とその多様性に衝撃を受けていたが、冥夜の言葉を聞いてユーコン基地のみならず、その背後にある合衆国という組織の巨大さを現実のものとして実感する。

 

 

 

(Ex世界線の俺がなんとなく映画とかで見て想像してたような、まさにアメリカって街並みだよな。まったくこれだけの余力があるなら、事務次官補が合衆国主導のBETA大戦後ってのを画策するのも納得だ)

 

 基地に付属する歓楽街ということでバーやダイナーが目に付きやすい。とはいえ営業時間外なのかすでに閉まってはいるが、服飾品などの店も多い。

 武自身のあやふやな記憶に残るのは、「大海崩」後の極々狭い範囲での復興しつつあったアメリカだけだ。それとはまったく比較に出来ないほどの「普通の世界」が眼前の広がっている。

 

 しかもこのユーコン基地は、合衆国からソビエトに租借された国境線上に位置する基地だ。厳密にはアメリカの施設ではない。それでありながらこの「普通」を維持することが同然のように可能なだけの国力が、合衆国にはあるということだ。

 

「ハハハッ、最初にここに来たときは、俺らもヘンな笑いが出たもんだよ」

「これでビビってたら、次が続かねぇぞ?」

 街並みに驚く武たちにVGとタリサが笑ってみせるが、口を挟まぬステラも含め国土を奪われた者たちだ。どこか嫉みに似た皮肉な影が浮かぶのは仕方のないところだろう。

 

 

 

 そして連れて来られたのは「ポーラスター」という名の、まさにアメリカとでも言うべき、ステーキハウスのような店だった。歓迎の音頭をVGが簡単に取り、武たちはノンアルコールだったが、自己紹介などは済んでいるので簡単に乾杯を済ます。

 

「これ、は……」

 最初に出された赤や青の原色としか言えない炭酸飲料らしきドリンクにも驚かされたが、メインが届けられた瞬間、武たち三人は言葉を失った。

 

「タケルちゃん、肉だよ……お肉だよ」

「お、おう、まさに肉、だな」

 

 冥夜も言葉にはしないが、そのサイズに驚いているのはわずかに引きつらせた口元から明らかだった。

 

「残念だった、というかワリぃな。日が良ければ天然物も入ってくるんだが、今日はハズレだってさ」

「あ、いや。さすがにそこまで贅沢言わねぇよ。というかすげぇなアメリカ」

 

 合成食材の加工に関しては日本が技術的に洗練されているとは言われているが、眼前に並べられた合成とは思えぬ肉だった。ただEx世界線でも見たことがないようなまさにアメリカンとしか言いようのないサイズに言葉を失っただけだ。

 

「ま、アメリカ人の牛肉に対するあくなき欲求ってやつだな。ユウヤ見てみろよ、普通な顔して食ってるだろ」

「だから俺は日系ハーフとはいえ合衆国国民、生まれも育ちもこの国だっての」

 

 なにやら自身の出自には思うところがあるのか、ユウヤは少し顔をしかめつつも、旨そうに口に運ぶ。

 

「京塚のおばちゃんのもおいしいけど、この肉汁はすごいよッ!? 霞ちゃんへのお土産はこれだよッ!!」

「うむ。この味わいは贅沢に過ぎるとも思えるが、異国の地で先達の諸兄からの計らいだ。遠慮する方が非礼にあたるな」

「御剣? そこは素直に旨いと言おうぜ? で鑑、社へのじゃなくてお前が帰ってからも食いたいだけだろ? いやでもホント、これは旨いな」

 

 サイズに驚いたものの食べ始めると、肉らしき旨味のおかげで、思った以上に食は進む。

 しかもここ最近は合成レーションをコクピット内で齧るだけという食事とも言えない栄養補給が続いていたのだ。久しぶりの食事らしい食事に、武はいつものような早食いではなく味わって食べようとする。

 

 

 

「いや、初日にこの時間作ってくれて助かったよ。ご覧の通り、鑑には英語に慣れてもらわなきゃならんし」

 食事も終わり、何杯目かののドリング行き渡ったところで、武はVGに礼を言う。純夏はタリサとステラに任せているが、すでに何となくではあるが意思の疎通も出来てるようだ。

 冥夜と純夏には今もナゾの原色炭酸水が出されているが、武まで呑まないのは空気が読めてないにもほどがあり、こっそりと薄目に指定したもののウィスキー・ソーダに口を付けていた。

 

「ま、こういうのは下手に時間が空くと、声は掛けづらいし、な」

「二人には呑ませられねぇのだけは許してくれよ、VG?」

「どちらかというと、俺はそっちの小隊長殿がこの場に来てくれなかったのが悲しいぜ?」

 

 半分程度は話のネタとしてだろうが、イタリア男子としてはまりもが気になるのも確かなのだろう。身内贔屓ではなく、客観的に見てもまりもの場合ステラと並んでも見劣りすることもない。

 

「あ~一つマジな忠告。神宮司大尉殿には、絶対に呑ますな。あ、それと狂犬……『マッドドッグ』は禁句な」

「って二つじゃねーかよ、タケル」

「普段の姿からは想像できねぇだろうけど、酒癖が悪いのが一部で有名でな。あと大陸時代に無茶してた時の綽名らしくて、本人すげぇ嫌がってる……らしい」

 

 こちらの世界線では呑んだことはないが、武の記憶にある限りでは、まりもは酒に弱い。そして夕呼がけっして呑ませようとはしないところを見るに、他世界線と違いがあるとは思えない。

 

「了解了解ッ、女性が嫌がることは言わねぇし、お前がそこまで言うなら呑ますのは無し、だな」

「ま、俺も中隊の先任連中も、怖くて一緒に飲んだことはねぇんだけどな」

 

 まりもだけでなく、そもそも第一中隊結成以来、隊内でまともに親睦会じみた企画どころか、ゆっくりと全員と話せるような時間さえなかった。もともと二人の中尉を除き、新任少尉が同じ訓練小隊所属だったことから隊内の関係性を調整することを棚上げしている部分はある。まさに問題の先送りではあった。

 

 

 

「と、あれはウチの連中じゃねぇか?」

「ん? 知り合いなのか?」

「ああ、アルゴスのところの整備の人間だ。お前らも世話になるんだろ? ちょうどいいや、おーいっ」

 

 新たに店に入ってきた者たちが顔見しりらしく、VGが呼びかける。

 声を掛けられた集団の中心にいた金髪の青年が一人、どこかきまりが悪そうな顔でこちらに歩いてきた。

 

 日本に残してきた部隊の仲間が頭を過っていたが、今は新しい関係を築くのが先決だと武は意識を切り替える。VGの言うとおり、整備の面々と顔を繋げる機会は重要だ。

 

「合衆国陸軍所属、ヴィンセント・ローウェル軍曹でありますッ」

「在日国連軍所属の白銀武少尉だ」

「同じく、御剣冥夜少尉だ」

 

 基地に併設されている歓楽街ということもあって、ヴィンセントも制服姿だった。敬礼するヴィンセントと違い、奥のタリサやステラは軽く手を挙げた程度だ。

 武と冥夜とは立ち上がって返礼はしたものの、ここの流儀かとも思いすぐに席に戻る。

 

 

 

「楽にしろよ、二人とも。ヴィンセントもいつも通りで良いぜ。でだ、紹介しとく。コイツがユウヤの相方だ」

「だから、そうじゃねぇだろ、このマカロニが……」

「いやいやユウヤの最大の功績は、このヴィンセントを連れて来たってことだと思うぜ。じっさい、コイツがいなけりゃ弐型がここまで仕上がることはなかったはずだぜ」

「それには同意するが……というかだ、今日タケルたちが使ってた機体の調整も、ヴィンセントが担当したんじゃなかったか?」

 

 VGの紹介に合わせて、ヴィンセントは一言断って席に着く。相方と言われてユウヤが毒付くように早口で説明を加えるが、照れ隠しにしか見えない。

 

「自分が調整させていただいのたのは、主にそちらの白銀少尉の機体ですね。もともとアルゴス小隊に配備されていたものですから」

 

 ヴィンセントは手元にあった機体だからと簡単に言うが、短時間でXM3対応CPUに乗せ換え、その上で各種調整まで武に合わせていた、ということだ。

 

「そりゃすげぇっ、ほとんど誤差を感じなかったからな。って、そんな凄腕整備兵から、改まった言葉遣いされゃあ、こっちが困る。VGの言うとおり、楽にしようぜ、ヴィンセント。俺の方も武で良いからさ」

「お? そりゃ助かる。なにせ普段相手をしてるのが、ご覧の通りの連中でさぁ。もう階級とか関係なしで胃が痛いのなんのって……」

 

 上官たる武から崩せと言われて、即座に態度を変えられる程度には、アルゴスの開発衛士たちと整備班との関係は良好のようだ。これならば今後武たちともうまくやっていけるだろうと安心する。

 

 

 

「む? 機種ごとの誤差というのは、解消できたりするものなのか?」

 先ほどから聞き役に徹していた冥夜だったが、機体運用の話、それも自らが知らぬ内容だということで、疑問を口にする。このあたりは訓練分隊時代に、疑問があれば即座に問うようにと、武やまりもが徹底した成果でもある。

 

「ん~御剣は、そうか実感しにくいか……というかお前が考えてるような誤差じゃねぇよ」

「どういうことだ?」

 

 武は冥夜が想像している誤差というものが、機種ごとの性能差による差異だと気が付いた。だが今話していたのは、それほど大きなもののことではない。

 

「他の奴が乗ってた戦術機ってのは、機体側と衛士装備側との蓄積されたデータの齟齬で微妙な誤差、言葉にはしにくいが妙な違和感が普通はあるんだ」

「なるほど。それは確かに私の場合は感じにくいな」

 

 武の説明で理解できたのか、冥夜は苦笑気味に視線を落とす。

 

「ああ、御剣少尉の吹雪は帝国側で調整済みのが持ち込まれてたからな。時間が無かったってのもあるけど、こっちの気象に合わせて微調整したくらいだよ」

「ん? あ~そうじゃねえよ。この前まで乗ってた機体と差がデカすぎるんだ。データ誤差程度じゃ判らねぇのも当然ってくらい」

 

 ヴィンセントは修正項目の少なさゆえに、違和感を感じなかったととったようだ。

 だが実際のところはそうではない。冥夜が機種変更において違和感を感じなかったの理由は単純だ。

 

 まずは先ほど与えられた吹雪が実質的に新品であること。

 なりより比較対象となるのが紫の武御雷だ。文字通りに特別なまで「専用機」なのだ。それと比べればどのような機体であっても、差が大きすぎて調整誤差など埋もれてしまう。機体性能の差が大きすぎて蓄積データによる微妙な齟齬など、感じ取れようもなかったということだ。

 

 

 

「二人はType94に乗ってたんじゃないのか?」

「俺と御剣が乗ってたのは武御雷だ。っとType00って言った方が判りやすいか?」

 

 帝国において武御雷は特別な機体ではあるが、諸外国から見れば近衛の一部が採用しているだけの第三世代機だ。ユーコンにおいては隠すほどのことでもない、というよりは機体を担当してもらう整備兵には隠すべきではないと判断して、武は口に出す。

 

「Type00って……え? もしかして、二人ともインペリアル・ロイヤルガード所属なのか?」

「あ~違う違う。俺も御剣も所属は最初から在日国連軍だ。XM3の試験運用のために、機体を斯衛から借りてたんだよ」

「Type00はType94不知火の発展形だって話だが、そこまで個別調整って要るのか?」

 

 優秀だと言われるだけあって、ヴィンセントは帝国の戦術機にも詳しいようだ。不知火のデータを突き詰めるならばともかく、派生機に向けた細かな調整までする必要があるのかと問うてくる。

 

「ブレードエッジ装甲を多用した武御雷は、不知火に比べてもより近接格闘戦闘を重視してるからな。機体単位どころか中隊規模での運用方針まで異なっているから、まあ大事を取ってってところだ」

 武は軽く笑いながら、建前の理由を口にする。

 横に座る冥夜が申し訳なさげにかすかに眉を寄せたが、何かを言うことはない。唯依あたりは事情を推察しているだろうが、まさか冥夜が乗る機体が紫の武御雷だからそれに合わせた、とは流石に話せることではない。

 

 

 

「弐型に限れば、不知火からのデータ移行はスムーズに進むと思う。陽炎、F-15JからのACTVへの調整は今この場では即答しにくいけど、これもそれほど大規模な修正項目はない、んじゃないかな?」

「おいおいタケル、そこは断言してくれよ」

 

 ヴィンセントが聞きたいのはむしろこっちだろうと、アルゴス小隊での移行作業に掛るであろう労力をざっくりと告げる。とはいえ武は専門ではないので、どうしても感覚的な話でしか言えない。

 ヴィンセントも、正確なマンアワーや工程数が帰ってくるとは思っていたはずもなく、笑って流す。

 

「それだよ。俺らのF-15ACTVもXM3に換装するんだろ? 整備の方は忙しいんじゃないのか?」

「それは明日からだな。それにまずは載せ替えるだけ、調整は逐次って感じだな。そもそも実機を使うのが早くとも三日くらいは先になるってのが篁中尉の判断。余裕はあるさ」

 

 呑みに来てる時間は大丈夫なのかとVGがヴィンセントに問うが、答えは簡単だ。実機を使った調整に入る前に、まずは衛士にXM3に慣れてもらわなければ試験にもならない。

 そしてアルゴスの四人が開発衛士として高い技量を持つとはいえ、シミュレータから出れるのは三日では済まない可能性の方が高い。

 

「経験者というか、開発関係者からの忠告。飽きるくらいシミュレータこなしたほうが良いぞ」

「うむ。まずシミュレータで慣熟せねば、実機に乗るべきではないな」

 

 武に続き冥夜もまずはシミュレータで慣れるべきだと、自身の経験から告げる。

 

「……そこまでなのかよ」

「概要を聞く限りじゃ、むしろ乗りやすくなるんじゃないのか?」

「まともな教本も作れてない俺らの責任でもあるんだけどな。既存OSの機体に慣れてる者ほど、最初戸惑うことになる……と思う」」

 

 とりあえず実機でコケるのはやめてやってくれ、と武は笑って準備不足を誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

「で、急ぎじゃないってわりに、何でお前らだけなんだ?」

 

 整備の連中で呑みに来るならもうちょっと人数集めてなんじゃないかと、VGが尋ねる。

 ヴィンセントと連れ立ってやってきたのは、5人ほどだ。たしかに人種もバラバラだったので、同一の班ということもなさそうだった。

 

 そのVGの何気ない問いにヴィンセントの目が泳ぐ。

 

「悪いッ、ちょっとした賭けに勝ったんだけど……まあ勝者の祝杯くらいはってことなんだけどねぇ」

「賭け? おーい、ローウェル軍曹~?」

「ってまさか……ヴィンセント、お前まさか、俺らの負けに賭けてたってのか?」

 

 対人演習の結果が、整備班の中で賭けの対象になっていたらしい。それを正確に当てたのがヴィンセント達だった。アルゴスの全機大破に対しフェアリーの中破1を当てたのが、今ここにきている面々だという。

 

「ちなみに俺らは確定で当てたってだけで、さ。最初は普通にどちらが勝つかで賭けようかって話だったんだけど、アルゴスの負けに賭けるのが大半だったんで、フェアリーを何機墜とせるかっていうのに変わったんだよ」

「整備の連中から見て、XM3ってのはそこまでだったってことか」

「ま、それに以前の対Type00との突発演習の結果を踏まえてってところだな。XM3に換装したType97吹雪がType00に劣らぬ機動性を発揮するのは、概略だけからでも見て取れていたから、あとはType77撃震がどれだけ耐えるかってところが焦点になってた」

 

 アルゴスの敗北にしか賭けられなかったということから、ユウヤは整備班のXM3への期待を感じ取る。そしてそれは演習の結果として、証明された。

 

 

 

「演習前に言っただろ、気を付けろって。Type00を二機相手にするくらいだぞって」

「あ、ああ……悪い。普通に以前乗ってた時、その吹雪の印象のままに手を出しちまってた」

 

 ヴィンセントとしてはユウヤだけでなく、衛士の四人には注意はしたのだ。ただ、フェアリーの四機が想定以上だったということでもある。

 

「ちなみにフェアリーの大破2、撃震がどちらも落ちるってのに掛けた連中が一番多かった。お陰で儲けさせてもらったってことだよ」

「ってそれは半分身内贔屓でってところ、か」

「いや~さすがにF15の改修機がF-4に墜とされるとは考えないって、普通。神宮司隊長がいろいろヘンなんだよ」

 

 どこか拗ねたように言うユウヤに、さすがに苦笑気味に武が突っ込む。仮定でしかないが、もしアルゴスとフェアリーの機体を入れ替えた上で再戦したとしても、まりもだけは生き残っていそうだと思ってしまう。

 

「そういう意味では、ヴィンセントもそうだが、今呑んでる連中良く当てられたな」

「小隊指揮官がわざわざ旧型機に乗るっていうんで、ヤバいって思ってさ。ま一機くらいは墜とせるか、それでも大破は無理だろうなと読んでね、大穴に当たったってところだ」

 

 流石に勝ちすぎて全額使うのは気が引けるから、今から整備班の皆の分も含めての買い出しだけどな、とヴィンセントが笑う。

 

 

 

「ってことは、こちらの白銀少尉に儲けさせていただいたことになるので、おごらさせて頂きたいと愚考いたしますッ、って言いたいんだけど、もしかしてタケルって酒弱い?」

 武があまり酒に口を付けていないのを見抜かれたようで、ヴィンセントが伺うように尋ねてくる。階級が下のヴィンセントからおごるというのもおかしな話だが、それを気取らせないくらいには、気を使ってくれている。

 

「弱いって程じゃないんだが……な」

 

 酒に強いことが誇れることだという意識は、軍という男性主義的組織においてなかなかに消え難い。

 前線の兵の損耗が激しく、男女の差などもはや無視されているに等しいが、どうしても男性社会な気質が軍には残っている。それも今なお巨大な戦力を保有する合衆国陸軍ならなおさらだろう。

 

「移動直後での時差ボケも残ってるってのもあるんだが、このところまともに寝てなくてな。いま呑んだら一瞬で落ちる自信があるッ」

 

 武は言い訳じみた言葉とともに、笑って済ませようとした。

 

 

 

「寝てない……って? そんなにXM3の調整に手間取ってたのか?」

 ヴィンセントへの言い訳のつもりだったが、ユウヤが不思議そうに問いかけてきた。ユーコンにXM3を持ち込むために、根を詰めていたと考えたようだ。

 

「ユウヤ……それはさすがにお前、戦術機バカすぎるぞ」

「ごめんな~二人とも。コイツ、チェリーボーイで」

 

 ヴィンセントとVGが、ユウヤの勘違いを急いで武と冥夜に詫びる。純夏の相手をゆっくりとしてたステラも、ユウヤの言葉を耳に挟んだようで、口にはしないが申し訳なさそうに肩をすくめて見せた。

 

「って何言ってんだよ、二人とも」

「あ~俺も御剣も気にはしてないから、ユウヤも気にするな」

「だからっ、何の話なんだよっ!?」

 

 合衆国陸軍の衛士、それも開発衛士に抜擢されるような人材ならば逆に想像しにくかったのかもしれない。むしろこの合衆国の余裕なまでの国力を感じさせられて、武は変な安心感さえ抱いてしまった。

 

「二人のって、だけじゃないな。フェアリー小隊の四人は、日本時間で12月4日から7日までの4日間で少なくとも60時間、それだけの機動データをこちらに提出してる」

「……つまりはどういうことだよ?」

「小隊での合計時間じゃないぞ、ユウヤ。個々人で60時間、この二人に限ればそれ以上だ」

 

 武が自分の口からは説明しにくいとみて、ヴィンセントが淡々と数字を重ねていく。そして撃破数まではさすがに覚えてないがと、苦笑気味に付け足した。

 

 

 

「え? じゃあ、お前ら前線に……いたのか?」

「九州から横浜へ帰る時はさすがにちょっと寝たけどな。こっちに来るHSSTに乗った時は飛行時間も短かったけど、なにより急ぎの書類仕事片付けてたからなぁ」

 

 ユウヤの問いへ、惚けるように誤魔化して答える。フェアリー小隊の四人が前線帰りだから、先の演習に勝てたと捉えられるのは困るのだ。敗因を衛士の技量の差によるものとして受け取られるのは避けたい。

 

 武個人の感覚的な判断でしかないが、不知火・弐型は「使える」機体に仕上がりつつある。

 そして武御雷の数が早急に増やせない現状、可能であればA-01には不知火・弐型が欲しい。主任開発衛士であるユウヤには、XM3の特性を理解した上で、弐型を仕上げてもらいたい。

 いまもって喀什攻略の想定シナリオでは生還者数が限りなく0に近いのだ。戦力強化のためのカードは一枚でも多く欲しい。

 

 

 

「ま、仕事の話、というか戦術機の話がしたいって、このトップガン様のご要望だ。酒は控え目にしても、タケルたちにはもうちょっと付き合ってもらおうぜ?」

 

 武の意図をある程度は見抜いたようで、VGが愉しげにドリンクのお代わりを注文していった。

 

 

 

 

 

 




春コミ用の本を仕上げてから~とかWebに極振り見てから~とか考えていたら、GWも終わりそうで焦りました。

そしてなぜかまったく話が進んでいない気がしないでもない、と言いますか肉食べながらXM3と弐型orACTVの話をする回だったはずが、そこまで行けてませぬ。とりあえず出し損ねていたヴィンセント出せたのでヨシ、としておきます。

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