Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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別懇の懸隔

 午前中から始めた弐型のXM3対応試験は、昼食の時間さえも惜しみ日没まで続けられた。

 この季節、ユーコンの日没は早く、16時を回れば日が落ちる。気力体力共に余裕のある武としてはもう少し時間を掛けたかったが、慣れぬ機体での夜間行動には危険が付きまとう。借り物の試験機に万が一でも傷をつけることがあってはならず、予定通りの時刻にはハンガーに戻ってきた。

 

 初搭乗の衛士二人に新型のOSということで、基本動作の繰り返しと固定目標相手に終始したが、武も冥夜にも納得のいく演習だった。半日程度の短い時間とはいえ密度も高く、弐型の機動特性を理解するだけならば十分だ。これ以上はユウヤたち専属の開発衛士が担う領域であり、武たちの任はXM3開発関係者としての助言に留めることになるだろう。

 

 とはいえ尋ねたいことも答えたいことも多岐に渡り、デブリーフィングは予定よりも少しばかり長引くこととなってしまった。

 

 

 

「悪いな、ヘンに付き合わせちまって。本来なら報告書に纏めて後日って形でもよかったんだぞ」

「気にするでない。私も書面ではなく、拙いながらも直に伝えたい事も多くあった」

 

 一般の事務報告だけであれば武だけが残ればよかったのだが、冥夜も開発衛士に準ずる形での搭乗だったのだ。書面でも良いとは言われたものの、やはり演習直後に対面で述べることでしか伝わらない部分もある。

 とはいえ武共々に慣れぬ英語での技術説明は難しく、同席していた唯依に任すところも多く、その辺りはこの後にあらためて報告書の形に纏めることになる。

 

「そう言ってもらえると助かるが、無理はするなよ?」

「ふふっ、その言葉はそのままそなたに返すべきだな。我らの倍は働いているのではないか?」

「それを言い出したら、神宮司隊長とか三倍以上動いて貰ってるよなぁ……どう考えても中隊長の仕事量じゃないぞ、アレは」

 

 冥夜も武の仕事量はある程度予測しているのだろう。207Bの教導補佐以来、武が無理を重ねていることは見透かされているようだった。軽く冗談に紛らせてはいるものの、武の体調を慮る。

 だが冥夜の心遣いをそのままに受け取るには、武が自身を疚しく感じすぎており、どうしても誤魔化すような物言いで答えてしまった。

 

「ああ、いや。気遣ってくれることはホント嬉しいんだが、御剣は御剣自身のことをもっと気遣え」

 憂慮さえ受け入れようとしない武に対し、冥夜は微かに目を伏せる。それにまた気まずさを感じてしまい、武は無駄に言葉を重ねる。

 

「まったくそなたは……以前に言ったことを繰り返すべきか? 鑑が傍にいない分くらいは、私に気を遣わせろ」

「あ~鑑にも無理させてる気はしないでもないが、アレの英語教育はまあアレで置いといて、だ。とりあえず、ここの合衆国サイズの飯を食って体力維持だな」

 

 食って寝ることは兵士としての最重要課題だと、武は一般論で笑って誤魔化す。

 

 

 

「俺の書類仕事はともかく、第一中隊の人材不足は問題だろ」

「中隊でありながら、独立大隊本部のようにも扱われておるからな。神宮司大尉への負担も大きかろう」

 

 わざとらしいまでに武は話題を変えるが、冥夜もそちらは問題と捉えていたようで話に乗ってきた。

 

 まりもと純夏とはまたしても別行動で、朝は顔を合わせたものの、先のデブリーフィングにも不在だった。斯衛での教導の際も武と冥夜、まりもと純夏とで別れて動くことが多かったので気にかけていなかったが、中隊指揮官たるまりもも相当に無理を重ねているはずだ。

 ユーコンにおいて、国連軍とはいえ各開発小隊は出向であり、まとまった窓口などない。XM3を公示するにしても、まずはその準備段階として一個ずつ個別に訪問し、対応していくしかなかった。

 

 ただある程度はターニャが根回しはしていたようで、いまのところは無理なく予定が組めてはいるようだ。

 

 

 

「戦術機開発のために切磋琢磨ってお題目だけど、プロミネンス計画としての報告会とかもないんだよなぁ……事務次官補殿でなくても、無駄に思えてくるぜ」

「個々の小隊がそれぞれ別個に開発を進めておる所以であろう。計画主導としていくつかの小隊が共同で行った訓練などもあったようだが、大半が広報目的だったぞ」

「あ~なんか撮影会? そんなこともしてたみたいだな」

 

 対BETAに国連主導で取り組んでいる、人類は団結している、といったプロパガンダとしては意味があろう。だがそれで戦術機開発が進むとはまったく思えない。いくつか行われていた共同での訓練にしても、デブリーフィングなどは纏まって行われることもなく、合同訓練としての意味はないに等しい。

 

「他国の情報は知りたいけど、自国の開発状況は見せたくないっ、てことだな」

「仕方あるまい、とは口にはすべきではないが、自国産業の育成と保護を鑑みれば、納得するしかない対応ではあるな」

「俺たちがXM3の公示に向けて動いてるのも、帝国の産業維持のためとも言えるしなぁ」

 

 苦々しげに冥夜は笑って見せるが、武とて同意するしかない。

 現時点においてXM3対応型CPUを生産できるのは帝国内の企業だけだ。それは何も技術面や生産設備の要因だけではない。第四計画と帝国との政治的取引の結果だ。それを棚に上げて、他国の開発小隊の対応だけを貶すことも難しい。

 

 

 

「プロミネンス計画の問題はまあ追々ってことになるが、俺たち第一中隊の問題も、また追々……ってどんどん先送りだよなぁ」

「そなたは後に回せる問題は、先送りにするのであろう?」

「そろそろその先で積み上がり過ぎてる気もするがな」

 

 以前に武が話していたことを冥夜が揶揄うように口にする。

 

 しかし中隊編成の問題は、想定よりも早くに深刻化しそうではあった。

 第一中隊の編成は小隊規模で派遣される事態を予測しての変則的なものだが、中隊長たるまりもは当然、小隊長の三人どころか分隊長にも相応以上の負担がかかってきている。

 

 特に今は中隊長と実質的な副官と言える武が海外に出てしまったことで、残る小隊長の孝之と慎二に一気に責任が圧し掛かった形だ。斯衛への教導の時は、必要最低限の連絡は日々取れていたが、今は時差などもあり帝国内のことに関しては二人に完全に任せてしまっていた。

 

「今更な話だけどな。榊や鎧衣にもかなり無理させてんじゃないか?」

 

 武自身は他世界線での経験もあり、中隊程度までならば事務処理も一応ならばこなせなくはない。分隊長として動くくらいなら、さほど意識する程のこともない日常業務の範疇として対処できていた。

 だが任官直後から小隊副長に抜擢された千鶴と尊人とは、そんな経験もなく実務に就いているのだ。

 

「あの二人であれば、上手く先任の方々から手ほどきを受けていたぞ。彩峰や玉瀬らも何かしらと気を配っておった。そなた一人が気に病むことでもあるまい」

「俺はそんな話もできてねぇな。時間が無かったってのは、やっぱりただの言訳だよ」

 

 帝国に残っている第二小隊と第三小隊とは、北海道方面でのXM3教導の準備に入っている頃合いだろうが、まったくその辺りの話もできずにユーコンに飛ばされてきたことを少しばかり後悔もする。

 

「隊内の問題であれば、隊の皆で解決するのものであろう?」

「ま、たしかに鳴海中尉や平中尉を引き抜いたのは、そういう教育面も含めてってところもある」

「皆を信じて任せるがよい。そなたは一人で背負いこみ過ぎではないか?」

「はははっ、さすがにそれを御剣に言われたくはないな」

「ならば私を他山の石とでもするか? 私はそなたを見て皆に任せるところは任せるように努力しておるぞ?」

「……とりあえず飯にするか」

 

 揶揄ったつもりの武だったが、あっさとり冥夜い言い負かされる形となった。軽く流された武としては、自分だけが成長できていないのではと、そんな不安も頭を過ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 そんな風に冥夜と語りながらPXに向かったが、ちょうど都合よくアルゴスの衛士四人と、そして純夏の姿が見えた。彼らはすでに食事を終えた後のようで、テーブルの上にはコーヒーのカップだけが残っていた。

 

「あ、二人ともお疲れ様。なにか遅かったね?」

 ちょうど立ち上がった純夏がこちらを見つけてほにゃらと笑いかけてくるが、横に並ぶタリサに腕を引かれる。

 

「タイミング悪ぃな、タケル。ちょっとスミカ借りてくぞ。XM3に関して聞きたいことが山ほどあるんだ」

「お、おぅ? 鑑でいいのか?」

「ウルセーッ、お前に聞けるほどまだこっちが理解できてねぇんだよ、察しろよッ!!」

 

 XM3の技術的な面では武が答えられる範疇もさほどは広くないが、さすがに純夏よりは詳しいと思ってはいる。まして戦闘機動などならば、間違いなく第一人者と言える。だがタリサは八つ当たりのように言い捨てて純夏を連れて行った。

 

「ごめんなさい、タリサじゃないけど今あなたからレクチャーされるほどには、私たちの方がXM3を把握しきれてないのよ。まあ話題はXM3になるだろうけど、ちょっとした食後のお茶会ね。御剣少尉もお誘いしたいけど、そちらは今から食事よね?」

 先に行ってしまったタリサと純夏に変わりステラが軽く頭を下げつつ、タリサの説明不足を補ってくれた。

 

「む? 申し訳ない」

「悪いな。俺らは昼を簡単に済ませちまってるから、流石にがっつりと食べたい。でまあXM3に関してはこっちの二人とでも話とくさ」

「ありがとう。次の機会を楽しみにしてるわ」

 

 ステラの誘いを少しばかり気まずそうに冥夜は断る。昼食時にハンガーに戻る手間を省くため、試験の合間に武と冥夜とは戦闘糧食で済ませてしまっていた。栄養摂取という意味では問題はないはずだが、食べられる限りはしっかりとしてものを食べておきたい。

 

 奥のテーブルではなにやら考え込んでいるユウヤの横で、VGが手を振ってきているのだ。タリサとステラは純夏に任せ、武と冥夜とはそちらの二人の相手となりそうだ。

 

 

 

 とりあえずはまずは食事だということで、冥夜共々トレーに夕食を乗せ、とVGとユウヤが待つテーブルに着く。

 

「ワリぃな。飯食いながらになって」

「気にするなよ、タケル。ゆっくり食え……っていっても、無理っぽいな」

「ははっ、これだけはいつの間にか身に付いちまってるよ」

 

 話しながらではあるが、武の前に置かれた食事はみるみるとその量を減らしていく。

 冥夜も武ほどではないが、奇麗な姿勢は崩さずにいながら、食べる速度は速い。ただ食べながら話すことはやはりマナーに反するということなのか、あるいは話の主導は武に任すという意思表示なのか、冥夜は静かに食事を進めていた。

 

「しかし飯が思っていた以上に美味くて助かるよ」

「ま、おそらく世界で最も多国籍な基地の一つだろうからな、ここは。下手にマズければそれだけで戦争だぜ?」

「はは、違いねぇ」

 

 VGの言うとおり、ユーコンは合衆国にあるが国連軍へと貸し出されていることに加え、またプロミネンス計画の関係で世界各国から様々な民族・人種が集まってきている。おかげで料理の幅も広く、味も良い。

 宗教面なども可能な限り配慮されてようだが、このあたり武も冥夜も日本人ということで、特に避けるべき料理などはなく好きに選んでいた。

 

「飯なんて食えればいいだろう? そんなところに拘るようじゃ、お前は間違いなくマカロニだ」

「トップガン様はアメリカ舌か? 飯の旨さは軍の最重要課題だぞ」

「だよな。マズいと士気に関わって最悪は戦線崩壊だ」

 

 食事の良さにVGと武とは意気投合していたが、合衆国育ちのユウヤには今一つ実感が無いようだった。むしろ冥夜が食べ終わる頃合いを見計らっていたようで、ユウヤは新しいコーヒーをポットで取りに行った。

 

 

 

「飯の話はどうでもいいだろ。それよりもだ。いろいろ言いたい事とか聞きたい事とかもあるんだが……」

 コーヒーを皆に注ぎ、ユウヤは話を始めようとはするが、まだ本人の中で纏まっていないようだ。切り出しから戸惑っていた。

 

「正規の報告会じゃねぇんだ、なんでもいいぜ?」

「ってなるとアレだな。光線級からの対地掃討を含めた回避コンボ、アレはキツイ」

「あ~皆通る道……らしい?」

「ふふ、我らも同じことを洩らしておった故な」

 

 VGが話に乗ってきてくれるが、武からすればすでに幾度も聞かされた話題だった。冥夜も訓練兵時代を思い出してか、笑いを零す。

 

 光線級警報下を想定した、主脚走行からの跳躍、直後に上昇ブーストをキャンセルし、降下ブースト。合わせて突撃砲で着地目標地点の掃討をこなし、脚を付ける。作った本人としてはさほど気にもしていない挙動なのだが、加速方向が急激に上下反転する回避モーションは、やはり熟練の衛士であっても辛いという。

 

 

 

「しかしそう言うわりには、タリサたちもだけど、元気そうだぞ?」

 

 もともと戦術機特性が極めて高い武には縁のない話だったが、207Bの訓練開始当初、冥夜たちは食事すら満足に取れなかったという。まりもでさえフルスペックのXM3に換装した機体に搭乗した当初は、蒼い顔をしながら戦闘糧食を齧るだけ程度だったのだ。

 207Bの面々は白紙の状態からXM3に対応した機動を教え込んできたこともあり、耐G訓練としては既存の教程よりも厳しい面もあった。開発に協力していたヴァルキリーズはキャンセルのみのXM1から順次適応したとはいえ、やはり衛士の身体的な負担は大きかったと聞いている。

 

 アルゴスの四人が平然としているのは実戦経験者ゆえの耐性かとも考えたが、初陣前のユウヤが平気そうな顔をしていたので疑問は残る。

 

「種を明かせば、シミュレータには二時間程度しか乗ってないってだけだ」

「闇雲に乗ってどうこうなるもんじゃねぇだろ、XM3は。今まで培ってきた戦術機の機動概念を根底から書き直さなきゃならねぇ」

 あっさりとVGが理由を明かし、ユウヤが付け加えた。

 

「で、午後は唯依姫を含めてひたすらに机上演習と、そっちから提出されてる実働データの読み直しだったな」

 むしろ身体よりも頭が疲れてる、とVGがぼやいて見せた。

 

 

 

「そういや実働データと言えば、メイヤだったっけ? 初日の演習の時、なんか手を抜かれてるって思ったんだが、そういうわけじゃねぇよな?」

「ああ、たしかに。最初の方、何か動きがぎこちなかったよな」

 

 初日の武たちフェアリー小隊との対人演習の経緯も精査しなおしたようで、いくつか気にかかった機動があるようだ。ユウヤの問いに、VGも思い出したかのように頷く。

 

「む……時間を稼げとは命じられておったが、手を抜いたわけではない。ただ、な」

 ターニャからの命令もあったが、それよりも自身の動きにも反省があるようで、冥夜の歯切れが悪い。

 

「短刀二刀を見て、我らが隊にいる者、彩峰の動きがどうしても頭に浮かんで、な。下手に踏み込むと態勢ごと崩されるやもしれぬと思ってしまい、押しきれぬところが幾度かあった」

 

 207Bでの教練では対人演習は一切行ってはいないが、皆それぞれに他の者の動きは参考にしていた。

 特に近接格闘に限れば、慧は第一小隊の中で最もXM3の機能を十全に使いこなしていると言える。慧が短刀二刀を持った時は、武でさえもまずは距離を取ることを意識するくらいだ。対人経験が無いに等しい冥夜にしてみれば、不知火での短刀二刀を構えられれば、どうしても慧の動きを想定してしまったのだろう。

 

「ああ、やっぱりそういうことか。あれ以上に間を詰めたりあるいは二撃目に入ったりすれば、XM3換装型の不知火ならその間に短刀が差し込めるってことか」

「既存OSの機体の動き、というものに疎くてな。最初はマナンダル少尉がこちらの動きを伺っているのかとも思っておった」

「まあXM3に慣れてりゃ、そう見えちまうか」

 

 冥夜の説明を受け、ユウヤは納得する。演習直後なら理解できなかったかもしれないが、わずかなりとはいえXM3のシミュレータを試し、その反応の速さを実体験したのだ。たしかに長刀で斬り込むならば一撃で決めねば、次の間に刻まれるのは我が身と言えた。

 

 

 

「ってか、本当にお前らって、対人演習やってなかったんだな。帝国だと基本だと思ってたんだが」

「対人演習で身に付く技術はあることは否定はしねぇけどな。それより先にやらなきゃならねぇことが山積みだったんだよ」

 

 他国の構成にも詳しいようでVGが武に聞いてくるが、たしかに一般の帝国陸軍や在日国連軍であれば、以前の世界線で武が受けたように対人演習も含まれる。

 だが当時の207Bにそんな余裕は無かった。そもそもがトライアルまでに一通りの機動をこなせるようにと、あの時期はひたすらに詰め込んでいたのだ。冥夜にはさらに無理を押して、唯依との演武まで身に付けて貰ったが、正直なところ時間的にはぎりぎりだった。

 

 それに加え207Bの面々であれば遠からず必要になると、各種指揮官教育にも似た要素を組み込んでいたのだ。武が対人戦闘技術を見せたくないという要因もあったが、それ以上にどうしても優先度が低くなっていた。

 

 

 

「先にって、戦術機の基本操作に加えてってことか?」

「対BETA戦における中隊規模での戦術機部隊運用とかまでは、一応押し込んだ。本当は大隊規模までは卓上演習くらいはやっておきたかったんだが、さすがに時間がなぁ……」

「いや、それって衛士訓練中にやることなのか? 佐官教育とかだろ」

 

 新任少尉に必要ではない知識まで詰め込んだのかと、ユウヤが呆れたような顔をしていた。大隊副官としても普通ならば中尉になってからだ。

 

「中尉昇進の際か小隊長に就いた時にあらためて教習を受ける、ってのはまあ当たり前の話だよな」

 ユウヤの疑問も当然なので、武も軽く笑って肯定する。ただそれは、軍だけでなくすべてに余裕のある合衆国だからこそ言える話だ。

 

「BETAの九州上陸がほぼ確定的で時間が無かったってのもあるが、教えられるときに教え込んでおこうってのも理由として大きかったな。ただ、衛士ならば新任少尉であっても中隊指揮官の意図くらい掴めないと、なにかと出遅れるだろう?」

「ま、命令通り動けるのと、命令の意味が判って動けるのじゃぁまったく違うわな」

 

 武の言葉の意図を、まさにその今告げた言葉通りに、VGは読み取る。このあたり実戦を経ているVGと、いまだ初陣前のユウヤとの違いとも言えた。

 

 

 

「そんなものか……あ、いや。先行入力やキャンセルの使いどころ、ってのも同じって訳か、タケル?」

 ただユウヤの理解も早い。上官の意図を読めという話から、周辺状況や戦況の把握などの重要性、そしてそれに対する一衛士としての対応能力、さらにその先にあるXM3を用いた機動選択などにも思考を進めていく。

 

「先を見据えろっていうか、流れを作れとか、そういうあやふやな話になっちまうんだよなぁ」

 ユウヤが一気に理解したことに驚きつつも嬉しくなるが、武はその先をどう説明していくかと悩む。結果的に頭に浮かんだのは、以前の自分の実体験によるものだ。

 

「判りやすいから、CASE:47みたいな分隊同士じゃなくて1on1を例にするか」

「そなたが言う判りやすいは、多分に伝わりにくいと思うぞ」

「いや、ほら? けっこうみんな理解してくれてた……よな?」

 

 武が何を言い出すのか、冥夜は何となく察知したようで、少しばかり呆れたような表情になる。たが武からすれば、207Bの戦術機訓練の際に告げたことは皆がそれぞれに身に付けてくれているので、おそらくは大丈夫だろうと思い込む。

 

 

 

「で、戦術機で1on1ってことは、障害物の少ない平原部、近接武装のみで正対しての対人戦か?」

 武の話を促すようにユウヤが条件を提示していく。武は知らないことだが、それは以前に唯依がユウヤに仕掛けた状況だった。

 

「あ~そんな感じだが、残り30sで双方体力ゲージが二割弱、一撃で削り切れるかどうかが微妙、ウェポンゲージはすべてチャージ中、中距離で射線は通ってないが相手位置は把握してる、みたいな感じで考えてくれ」

「……まったく意味が判らねぇ」

「悪いなタケル。俺もだ」

 

 初期状況をつらつらと説明し始めたが、考えながら喋っていたせいでゲーム用語のままに口にしていた。当然ユウヤどころかVGさえも理解できない。

 

「すまん、あ~何というか……」

「双方、脚部腕部左右共に中破、ただし機動に影響は無し。右腕突撃砲は36mm、120mm共に残弾ゼロ、ただし予備マガジンは十全に有り。長刀は背部兵装担架に1本。短刀もナイフシースに収納したまま。相対距離は750m前後、周囲に崩壊したビルなどがあるため直接視認は不可能。敵機撃破、あるいは撤収までに許容されるのは30秒、と言ったところか?」

「助かった御剣、だいたいそんなモンだ」

 

 武が言葉を探している間に、冥夜が想定状況を衛士が理解できるものに置き換えていく。それでようやくアルゴスの二人は理解できた。

 

「すげぇな、今ので判るんだ」

「帝国の教導で使ってる特殊用語か?」

「いや。おそらくはこの者……とあと御一人だけが話している言葉だ。在日国連軍でも帝国斯衛でも耳にしたことはない」

 

 冥夜の理解力に二人して驚いているが、冥夜からすれば戦術機の訓練が始まってから幾度か耳にした言い回しだ。そらに第一中隊に着任してからは、武だけでなくターニャも時折似たような言葉を使うため、理解できるように意識していたからだ。

 

 

 

「想定状況は今ので理解した。けどよ、そんな状況なら長刀の一撃を警戒して、36mmだけリロード、牽制射をしつつ時間を稼ぐのが確実か?」

「相手側も同等条件なら、下手に引くよりかはむしろ距離を詰めるべきじゃないか?」

「その場合、相手が下がると押しきれなくなる可能性が高いな」

 仮想の対人演習の状況設定が理解できたユウヤとVGとは、双方が思い描く理想の機動を口にし始めた。

 

「って、そういうことかよ、タケル?」

 コーヒーを一杯飲み干すほどの時間、いくつかのパターンを二人して言い合っていたが、VGが何かに気が付いたのか武を見た。

 

「何がそういうことなんだよ、マカロニ?」

「何がって、キャンセルや先行入力の使い方って奴だ。いやタケル、お前ホントに教導補佐やってたんだな」

「ん? ああ、そういうことか。機体状況なんかを極限まで限定することで、細かな挙動まで想定していくって感じか?」

 

 感心したかのように言うVGに比べて、最初ユウヤは理解が追いついていなかったようだったが、話がXM3の機能に戻ってきたところで気が付いた。

 

 

 

「実機で演習するのは当然重要なんだが、どうしても戦術機の演習ってのは大規模になっちまうからな」

 

 武が以前のAL世界線でXM3を開発してもらった直後から思うように機体を動かせたのは、先のUL世界線での経験というよりかは、それ以前のEX世界線での知識とゲーム経験によるところが大きい。それこそ卒業が近い時期であっても、対戦で勝つために相手の動きを読みそれに対応するパターンをいくつも考えてきた。

 なによりも流石にゲーセンで無尽蔵に金を使うことも、筐体を占拠し続けることも難しかった。となればプレイしていない時間であっても、勝ち方を模索することくらいはは怠らなかったのだ。

 

 この世界での衛士も、当然実施した演習内容などは見直し、問題点は指摘し合い、次の糧とはしている。ただ90秒や120秒で勝敗が決する対戦ゲームに慣れ親しんだ武からすれば、想定状況が広すぎて細かな挙動一つ一つを精査していないように思えたこともあった。

 先行入力やキャンセルなどは長期的な視野ではなく、瞬時の判断を繰り返し蓄積することで身に付けるのではないかと、武は考えたこともあったのだ。

 

「ふむ? 今更ながらではあるが、そなたの教導の方法は、むしろ剣の鍛錬に近しいものもあったな」

「あ~そっちからも無意識で影響受けてるな」

 

 冥夜からの指摘を受け、武自身自覚していなかったところに気が付いた。いまアルゴスの二人に提示した条件などは、たしかに真剣での鍛錬に近いとも言えた。

 

 

 

「正直、最初は何言ってるのか判らなかったが……てか、そっちの冥夜に翻訳してもらわなきゃまったく理解できなかったけどな」

「翻訳か……なるほどな。確かにそういった感覚かもしれぬ。この者の言葉は……そうだな、今私が日本語を頭の中で英語に置き換えながら話しているようなものではないかと思う」

「使ってる言語が違うって感じか。言われてみればそうだな」

 

 生まれも育ちも英語圏のユウヤは実感しにくいようだが、VGだけでなく言われた武も納得した。たしかにEX世界線での経験は、基本は同じ日本語とはいえ、こちらの言葉のままには直接伝えることができていなかった。

 

「何やら白銀本人の頭の中では一つの筋道が立っているのだが、それを我らに伝わる言葉に翻訳する事が困難なようでな。神宮司大尉殿はご本人の衛士としての才覚に加え、教育者としての経験であろうか、それを読み取ることに長けておられたようだ」

 

「いやでも、アンタも言ってる意味は掴んでるようだが?」

「短い時間ではあったが、この者からも教えを受けたのだ。教えを受ける身であるならば、判らぬままでいることなど出来ようも無かろう?」

「ふーん、そんなものか? 教え方が悪いってのは、そっちの方がマズいだろ」

 

 合衆国的な合理主義なのか、ユウヤは武の説明能力不足は問題だと指摘する。冥夜もそれには反論しなかった。

 

 

 

「ってことは、武が自分の機動をちゃんと言葉で伝えられるようになれば、いっぱしの教官ってことか?」

「我らは神宮司大尉に並ぶとも劣らぬ恩義を感じておる。この者が居らねば『死の八分』を超えるどころか、任官さえも不可能であったであろう」

「いやだから、俺がどうこうじゃなくて、お前らがすごかったんだよ」

 

 冥夜は静かに笑って武を持ち上げているように見せるが、それが本心からの言葉だというくらいは武にも感じ取れた。それゆえに面映ゆく、まっすぐには受け入れられない。

 

「タケル、実はお前優秀なのか?」

「んな訳ねぇだろ、御剣の過大評価だよ。さっきも説明しきれてねぇんだから」

「まったく、日本人ってのはみんな自己評価低過ぎじゃねぇか」

 

 謙遜などではなく、本心から武は自分の能力不足を嘆く。自分に今少しでも物を教える能力があったならば、まりもを筆頭に他の中隊員に掛ける負担を軽減できるはずなのだ。

 

 

 

「いや、私は自身を客観視できている方だと思っているのだが……」

 ユウヤが一纏めにするのを聞いて、冥夜が心持ち不満げに告げる。

 

 んなわけねぇだろとは誰も口にしなかったが、男三人の思いはおそらく同じく一つだった。

 

 

 

 武から見れば、御剣冥夜こそが最も自己評価が低い。

 そのことが、どうしても甚く心苦しく思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 




もうギリギリでしたが何とか11月中に更新です。タケルちゃん、原作だとリーダーというよりかはラクロスとかも何気に教える立場に就くシーンがあったなぁ、ということでこんな感じです。まあXM3関連での教導シーンはこの作品だとわりとすっ飛ばし気味なので後付けに近いのですけど……

で、わりと今更ながらにtwitter始めました(というか作り直しました)
https://twitter.com/HondaTT2

ほぼ模型用であまり呟くことはないかもですけど、よろしくです。

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