Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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剴切の示教

 

「いやもう、お前らの自己評価に関してはどうでもいい。XM3の話だ」

 

 呆れたようにユウヤが話を切り上げる。VGも同意見らしく笑って肯いている。武としては冥夜には一言くらい注意したくもあったが、それはまた別の機会でも良い。ユウヤの言うとおり、今はXM3に集中すべきだった。軽くカップを掲げて同意しユウヤを促す。

 

「さっきの仮想模擬戦を踏まえるとなると、どうなるんだか……」

 ただ話を戻すとは言ったものの、ユウヤもまだ頭の中で疑問点や問題点を纏めきれてはいないようで、少しばかり口籠る。

 

「んじゃまずは俺からかな? ちょっとした確認なんだが、XM3の売りの一つにもなってる回避コンボなんだが、いいか?」

「おう、何でも、とは言い切れねぇが、聞いてくれ」

「……いや、そこはなんでも答えて見せろよ、タケル」

「お前らと違って正規の開発衛士じゃないんだ。操縦面ならともかく、OSの技術面とかはまったく判ってねぇぞ?」

 

 考え込み始めたユウヤに代わり、VGがとりあえずといった風を装って話を繋ぐ。

 流れを戻してくれて助かったと思いつつも、武は言い訳じみたことを口にした。夕呼に開発を依頼したとはいえ、武にはXM3のソフト的な部分など説明できようもない。

 

 

 

「ま、そりゃ俺らでも判ってるとは言わねぇよ。で、だ。光線級からの回避コンボなんだが、アレは機動だけならXM1だけでも実現できるんだよな? だがアレに限らず、ある程度の動きはXM3でコンボ化してれば、中隊規模くらいまでなら指揮官が機動を統制できるんだろ?」

「思わぬ副産物ってヤツだけどな」

 

 以前、XM3の開発を夕呼に頼む際にいくつか説明した挙動だが、低空飛行中に地表へ向かっての緊急ブーストからの周辺制圧射撃などはコンボとして定型化してある。これらは先行入力があれば繋ぎやすいが、キャンセルだけでも再現は不可能ではない。つまるところ動きだけであればXM1でも実施できる。ある程度先が読める状況なら、XM2の先行入力があれば無理なく使える。

 

 ただVGが口にしたように、XM3であればいくつかの回避パターンは定型コンボとして登録されている。そして自動学習によるコンボとは別に、定型化したコンボの利点は、中隊規模までであれば部隊全体を指揮官やCP将校が管理できるようになったことだ。

 

 先の九州防衛戦において、武たちを加えたヴァルキリーズが光線級吶喊を誰一人失わずに成し遂げたられたのは、ターニャの事前選定の確かさもあるがなによりもみちるの指揮通りに中隊各員が動けたというのが大きい。

 第三世代機である不知火は対レーザー装甲が強化されているとはいえ、それでも耐えられるのは10秒に満たない。秒単位で管理された機動によって、部隊内で被攻撃目標を切り替えていくことで、ようやく耐えきったというのが実情だ。

 

「ってことはやっぱり戦術機個々の機動じゃなくて、部隊行動まで変わってきてるんじゃねぇかよ……本気で訓練兵から出直しだぜ、これは」

「この前の小隊戦の敗因がまさにそれだったからな」

 

 武の簡単な肯定を聞いて、VGだけでなくユウヤもうめくように漏らす。先のフェアリーとアルゴスの対人演習においては、純夏の機動をまりもが管理下に置いていたのも勝因の一つだったのだ。

 

 

 

「その訓練兵から出直しって話だ、タケル。この前XM2で良いって言ったのな、アレ忘れてくれ。XM3は早急に要るぜ」

「合衆国やユーロ、少なくとも第三世代機を運用している国家には可能な限り早く、だな」

 

 VGに続き、ユウヤも賛成する。

 

「戦術機適性の高い、XM3に対応できる衛士の再教育には時間がかかる。なら新兵には、下手に既存の概念が染みつく前、衛士訓練兵時代からXM3でのみ訓練したほうが良い」

「まあ、そうなるよな」

 

 二人が衛士育成へのXM3早期導入を望むのは、207Bの教育課程を知っているからだろう。

 

 冥夜たち元207Bの面々の技量において、先の世界線と今とで大きく異なるのは、最初からXM3で訓練していたかどうかによる。教導補佐をこなしたという贔屓目を無しにしても、また九州での御膳立てされた初陣を経たことを差し引いても、間違いなく今の彼女たちの方が衛士としては上だ。

 

 XM3の存在しないUL世界線においては当然皆の技術は既存OSのものであり、AL世界線であってもXM3に換装したのは訓練が進んでからだ。今と比べるとOSの完成度もそうだが、なによりも習得にかけた時間が短い。

 

 

 

「問題は……だ」

「教えられる教官が居ないってことか」

 武の言い渋った答えを、ユウヤはあっさりと言い当てる。

 

 現実的な問題として、XM3による三次元機動を自然とイメージできるのは武を除けば、それこそターニャだけだ。そして当然ながら、いくらターシャ・ティクレティウスとしての偽装経歴を作りつつあるとはいえ、ターニャには教官をこなせるほどの時間的余裕などありはしない。

 

「結局、タケルの言ってることが判りにくいって、さっきの話に戻ってるな」

「そういう意味では、お前らの教官ってタケルと、小隊指揮官のあの人だよな、え~と、ジングウジ?だったか?」

「おいおい、いくら戦術機バカでも、女性の名前くらいはちゃんと覚えようぜ、トップガン?」

 

 揶揄うVGに、ユウヤはうるせぇと呟くように言い返すが、さすがにその声には力が無い。相手が女性かどうかなど関係なく、合同演習相手の小隊指揮官の名を覚えていないというのは、軍人としては確かに問題だった。

 とはいえ初日の顔合わせ以外、会ってもいない相手だ。仕方のない面もあった。

 

「ま、ユウヤの偏りっぷりは置いといて、だ。いくつか資料でも見せてもらったが、たしかにXM3の教導に関しては、タケルの力もあったんだろうが、何よりも神宮司大尉だ」

 VGが自分で逸らした話を、元の流れに戻す。

 

 207BがXM3の習得に成功したといえるのは、発案者たる武が教練に直接参加していたこと以上に、まりもの功績が大きい。

 先ほどの冥夜の言葉ではないが、武の説明と行動とをこの世界における一般的な衛士にも理解できるように噛み砕いき、そしてそれらを冥夜たち207Bに教えたのは、まりもだ。

 

 

 

「大尉殿は、少しばかり例外だぞ?」

「部隊指揮に新兵教育、ついでに新概念のOSに精通した人間がゴロゴロいるなら苦労はないな」

 武の言葉を笑いながらあっさりとVGは受け入れる。衛士として、そして指揮官としては演習で直に感じたことでもあるが、まりもの優秀さはXM3関連の書類に目を通せば嫌でも判る。そしてその希少性も、だ。それぞれの能力を持った者は探せばいるだろうが、兼ね備えた者など居るはずもなかった。

 

「できるなら大尉にはユーコンに来るよりは帝国に残ってもらいたかったが……そうなると俺が過労で死ぬな」

 

 第二と第三小隊は今頃北海道あたりで教導任務に就いているだろうが、まりもと純夏にもそちらに向かっていて欲しかったと、武は思う。

 夕呼の意向は確認していないが、武自身は冥夜を除く第一中隊の面々は喀什攻略には参加させないように動いているつもりだ。勝手なまでの個人的な感傷だとは判っているが、XM3教導という第一中隊の任務を代替できる部隊がまだ育っていないという実務面も大きい。

 

 ただ冗談めかしたものの、まりもがこのユーコンに来ていなければ、その任と責がほぼそのまま武に圧し掛かっていたことは予測できる。そして武に処理しきれる作業量でないこともまた、明らかだった。

 

 

 

「ま、新装備どころが実質的には新兵器だ。教官が居ないってのは仕方がないが、ついでにまともな教材もできてねぇんだろ?」

「ご明察の通りだ、ワリぃな」

 加えてVGが両手を天井に向けて肩をすくめる。

 釣られて武も同じく手を挙げてしまう。

 

「新兵を鍛えるにはXM3に精通した教官が必要だが、その教官を育成するテキストすらも無い」

「鶏と卵かよ……」

 

 帝国においては一応のところ、まりもと武とが207Bの教練に使用したものがテキストとしては存在する。だがこれらはあくまで新人衛士の訓練過程に合わせたものだ。また、みちる達の第九中隊ヴァルキリーズにてOS変更過程は、開発進捗に合わせた特例的な習熟であり、一般化は難しい。

 

 斯衛や富士教導隊で独自に進められていた教練では、旧来の最適とされた機動を模すことに注力されて、三次元機動などXM3の根本的概念と言える部分がまったく考慮されていなかった。先に話題になった中隊規模でのコンボ利用による部隊機動の効率化など、気付いてもいない可能性すらある。

 

 既存OSに習熟した者たちへの、OS変更教習に用いるテキストと、それを教える者の数が絶対的に足りていない。第四計画においてまりもやみちるの理解が早かったのは、開発最初期段階から機動と解説とを武から直接に伝えられていたからだ。

 

 

 

「一応は、ウチの中隊の他小隊長二人への教導を基本として、テキストとかも作る予定……だったんだけどな」

 

 第一中隊に孝之と慎二が配属されたのは彼らの能力と経歴とを評価しての部分も当然あるが、それだけであればヴァルキリーズから人員を割り振っても良かったのだ。彼らが選ばれたのは、大陸からの撤退の最後発であり、XM3に関して未経験であったという要因も大きい。

 ただその二人にしても、武が直接指導したことを除いたとしても、周囲の中隊員全員がXM3に慣熟していたこともあって、他衛士への育成サンプルとするには少々特例に過ぎる。

 なによりも部隊設立以降ほとんど余裕の無いスケジュールであり、個々の報告書は当然上げてはいるが、それらを俯瞰した上での教導テキストの作成などは、また手付かずと言っても良かった。

 

「教材や教官の不足だけではなかろう? 帝国であっても、教導の方針どころか導入さえも今だ確定しておらぬのではないか?」

「一応、斯衛の方では完全にXM3へ移行するとは決定してるけど、陸軍の方はなぁ……」

 

 冥夜が付け加えるが、問題の根幹は訓練用の教材どころか、来年度の導入規模さえも帝国では決まっていない。予算審議以前に、BETAの帝国本土進攻が始まったことで、防衛戦力の早期向上が急務であり、帝国陸軍では全面的なXM3導入に踏み切ることが難しいようだった。

 

「何もかも手探り状態、って訳か」

「聞いてる限りじゃ、下手すると戦術機開発の黎明期に匹敵するぞ」

 

 アルゴスの二人も武たちが抱えている事案の巨大さを思い図り、同情するかのようにカップを掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 

「まあそういう意味じゃあ、XM3の国際的なお披露目の場には、このユーコンは最適ともいえるな」

「開発衛士がダース単位で集まってるんだからな。個々人の技量もだが、なによりも各国の部隊運用が一気に確認できるのは大きい」

 

 同じ戦術機を運用するとはいえ、各地域でその方向性は様々だ。

 機甲師団を喪失したユーロではオール・TSF・ドクトリンに基づいた運用だが、合衆国ではG弾ドクトリンが基本である。そして機甲戦力がどちらも残っているとはいえ日本帝国と北アフリカ方面では、気候も地形も大きく異なるため、戦術機に求められる役割は同一ではない。

 

 XM3の頒布のため、各国・各地域ごとの差異を解消する必要はあるが、帝国から送り込むにしろ逆に帝国に招くにしろ、一々派遣できるほどにはどこも人材の余裕があるわけでもない。

 このユーコンに戦術機開発の関係者が公民問わず一ヵ所に集まっているというのは、奇跡的とも言える幸運だった。

 

 

 

「ふむ? となれば、そなたたちアルゴス小隊は、ユーコンの縮小版といったところか?」

 男三人の話を興味深げに聞いていた冥夜だったが、気が付いたように言葉を挟む。

 

「ん? ああ、ユーロ系が二人とはいえ、唯依姫とイブラヒムの旦那も入れりゃあ、結構な範囲はカバーできてるな」

「スウェーデンにネパール、イタリアにアメリカ、トルコ。そして日本帝国、か。たしかに、アルゴス小隊はバリエーションには富んでる」

「ウチらは他と違って企業主体だから、こういう編成にもなるってワケだ」

 

 指摘されたことで自分たちアルゴス小隊の特異性をあらためて認識したようで二人は考え込むように、言葉を続けた。VGが纏めたように、アルゴスは国家主導ではなく一企業であるボーニング主導だったために、開発衛士を自由に選べたという面があるのだろう。

 

「第一世代機がいまだ主力のアフリカ系が弱いけど、そっちはそもそもがXM1の導入こそ急務だろうし、中ソを筆頭に東側は政治面の方が問題だろうから除外できなくもないか」

 VGとユウヤの言葉を受け、武も考える。アフリカ方面への配備は予算的にもXM1が先行するだろうが、そもそもが植民地時代の宗主国との結びつきがいまだに強い地域でもある。独仏の人間が居ないとはいえユーロに合わせておけば、さほど大きくは外れることはないだろう。

 そして中ソを筆頭とした共産圏へのXM3提示は、夕呼よりもターニャの意向に左右されることは武にも判る。が、近接密集戦を基本とする運用方針が比較的帝国に近いこともあって、むしろ他地域などよりも変更点は少ないかもしれない。

 

 

 

「おいおい、じゃあ何か? タケルが俺らの教官殿って訳か?」

「おう、ビシビシしごいてやるから覚悟しとけよ? とりあえずユウヤ、お前ちょっと走ってパン買ってこい」

「タケル、お前まだ食うつもりか?」

「……ワリぃ、ジャパニーズ・ジョークは通じないんだったな」

 武はVGの言葉を冗談と流すためユウヤに振るが、真顔で呆れられた。

 

「ジョークなのかよ……まあタケルが教官役かどうかはさておいてだ。フェアリーがアルゴスの教導を担ってくれるなら、俺個人としては助かる」

「個々のコンボなんかはまだ解析しようもあるが、根幹の三次元機動の概念がさっぱりわかんねぇからな」

 

 ユウヤが素直に教えを請おうとするの聞いて、なぜかVGが成長した弟を見るかのような目線を向ける。その上で理由も加えてくる。

 

「それであれば、結局教官は白銀になるぞ。先にも申したが、あれらの機動概念を理解しているのはこの白銀とあともうお一人だけであろうからな」

「そこは仕方ねぇ、と諦めてくれ」

 

 冥夜に言われずとも、教えるなら武しかいないことは自覚している。

 階級的には同等とはいえ相手は先任の上に、ユウヤを除けば皆武の公式な搭乗時間の数倍に上るベテラン衛士なのだ。さすがに武といえど配慮もするし、拒絶されるかもしれないとも思ってしまう。

 

「ははっ、お前の腕を疑ってる奴はいねぇから安心しろ」

「というかチョビなんてもうすでに頭下げて教えを請いに行ってるんだぜ?」

 

 そんな武の緊張をアルゴスの二人は笑って打ち払う。なによりもすでにタリサという例があるのだ。フェアリーで技量としては一番下だと判明している純夏をわざわざ指名した上で、XM3に関して話を聞いているだった。

 

 

 

「だけどよ。これが形になったら、プロミネンス計画は全世界の衛士教導のための合同部隊、とかに変わりそうだな」

「まさにトップガンだぜ?」

「だから、アレは海軍だってんだろ。まあしかし、ホントにそうなったら近しいものはある、か」

 

 武の心配など大した問題ではないと笑い飛ばし、ユウヤはさらに先の話を始めた。

 

 トップガンと通称されるのは海軍戦術機兵器学校での戦術機戦術教育を行うアグレッサー部隊だ。ここを卒業した衛士は元の部隊に戻ることもあるが、機種転換部隊へ配属され、トップガンで学んだ技術を教導することも多い。

 たしかにユーコンにXM3専用の訓練学校が設立され、そこを卒業した衛士が各国の教導部隊に配属することになれば、国連規模でのトップガンとも言えるかもしれない。

 

「あ~そういう風に、なる……のか?」

 ユウヤ言うのトップガンという例を聞いて、以前にターニャがXM3の公開にはユーコンが都合が良いと言っていたことが、武にもようやく想像できるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短めですが次の部分を足すと妙な長さになったので、とりあえず上げておきます。冥夜&タケルちゃん誕生日に合わせて上げるか~と毎年思いながら達成できず。と言いますか、誕生日話を間に合わせたかったのですが、当分先になりそうです……

で今更ですが、XM3のコンボ機能を応用した僚機への機動指示出しなどは本作品における捏造設定の一つです、たぶん。そのあたりの記述が原作関連にはなかったなぁと思いながらも、コンボで一定の機動が取れるならタイミングだけを指示することで、部隊全体を統一して動かせるんじゃないかなぁ、と。

あと、マブラヴ時空ではベトナム戦争どうなってたかなぁと確認し損ねつつ、トップガンがあることは確定しているので、ちょっとこういう感じで。

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