Muv-Luv LL -二つの錆びた白銀-   作:ほんだ

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制勝の矯飾

 フェアリー小隊とインフィニティーズとの小隊模擬演習、ともに二機の損失を経たとはいえ、いまの状況を制しているのは間違いなくフェアリー側だった。

 

 もし演習開始直後からラプターが脚部のみで移動して市街地に侵入していたならば、そもそもが発見できなかった可能性も高く、たとえ発見できたとしても音響センサであっても探知し追尾するのは困難だったと思われる。

 目視距離で飛行中に見つかり、間接砲撃を警戒して遮蔽物に入ってしまったのが、ある意味ではレオンたちの判断ミスだ。

 

 こちらが近接密集戦闘に重点を置いた帝国製第三世代戦術機であっても、無理を推して接近していれば後方の二機からの支援砲撃は誤射を警戒して止んだ可能性が高い。普段であれば取れたはずの先制を奪われただけでなく、瞬時に戦力を半減させられたことで、レオンもシャロンも状況確認のために脚を止めてしまったのだろう。

 

 それは武たちへと接触する機会を失い、イニシアチブさえも奪われた形だ。

 

 

 

 撃震二機の自爆を受けても、インフィニティーズの残る二機は、いまだビルの陰に潜んだままだった。

 自壊によるフェアリー小隊の意図的な戦力半減。その意味が瞬時に伝わるとは思ってもいなかったが、教導部隊に属するような優秀な人材であれば、然程の時を掛けずともこちらからのメッセージを理解するはずだ。

 

「しかし……ユウヤならこれで飛び出してくるんだろうが、結構冷静だな」

 

 いくつかの想定プランがあったが、こうなると瞬時には動き辛い。一見は初手を取ったフェアリー小隊が優位にも見えるが、機体自体の地力に差があり過ぎるため無理な攻めは自滅を招きかねない。かといって相手側に冷静になる時間を与えるのも面白くはない。

 

 

 

『04、エイム少尉が残ったのが懸念か?』

「ああ。鎧衣や柏木ってか、平中尉とかに近い。一人でも脅威だが……」

『補佐に回られると崩せぬ、連携されれば相乗的に高まる、といったところか』

 

 言葉にはしなかったが、武の逡巡は冥夜には見透かされていたようで、あらためて問うてきた。

 

 インフィニティーズで残って居るのはレオンとシャロンだ。

 小隊長であるキースが墜ちてくれたのは望外とも言える結果だが、事前の考察ではキースの次に注意されていたのがシャロンだった。

 

 小隊四人ともに優秀などといった言葉では言い尽くせない、間違いなく合衆国最強に位置する衛士たちではあるが、それでもどうしても向き不向きや優劣はある。当然ではながら小隊長たるキースがやはり頭一つ抜けて高い。

 なによりも指揮官が抜けた穴はそうそう埋められない。他の三人も指揮は取れるのだろうが、どうしても経験という壁がある。

 

 

 

『我ら……いや、私の技量ではそなたとは満足に連携できぬからな』

「ははっ、どちらかと言えば、それは俺の問題でもあるな。どうしても前に出ちまう」

『許すがよい。今後さらに精進しよう』

 

 微かに悔いるように告げる冥夜に、武は気楽さを装って答える。だか口にはできないが、根幹としては武の責でもある。

 

 結局のところは、冥夜に限らず元207B訓練分隊の教練不足だ。急遽捩じ込まれた任官時期のため元々時間に余裕がなかったうえ、無理に詰め込んだカリキュラムなどもあり、小隊単位どころか分隊での連携も実のところ満足に執り行えていない。いまのところ各小隊長が無理矢理にまとめ上げているような形であった。

 加えて冥夜には戦術機訓練当初から武御雷への搭乗を決定付けていたため、武以外には満足に連携訓練を行える相手もいなかった。

 

 先の九州防衛戦においてその問題が露呈しなかったのは、真那たち第19独立警護小隊があってこそだ。武たちが前衛小隊として纏められたのは武御雷は武御雷だけで編成しなければ満足に追随できないということもあったが、日頃から冥夜を見ている真那たちで無ければ合わすことも難しいという要因もあった。

 そして対BETA戦であれば、二人ともに突撃前衛という役割からむしろ周囲に合わせてもらう形になることが多く、分隊内でのズレも許容できなくはなかった。

 

 結局のところ、喫緊の問題ではないと後回しにしていたツケが、いまになって圧し掛かってきただけであった。

 

 

 

『フェアリー00から02、04。おしゃべりには飽きたかね? そろそろ仕事の時間だ』

 自責の念に駆られそうな武たち二人に気を回したわけではなかろうが、ターニャから急かすかのような命が下る。

 

「02了解。もう一押しして、それでも動きが無ければ、こちらから仕掛けます」

『同じく04、了解いたしました。しかし02、任せても良いのか?』

「気にするな。こういう状況には俺の方が慣れてるからな」

 

 武たちが軽く話している間にも、インフィニティーズの二機に動きが無かった。ターニャに限って焦れたわけでもないだろうが、たしかにこれ以上時間を与える意味もない。

 

「さて、と」

 武はIFFだけでなく、いくつかの保護プログラムを一時的に停止させていく。そして相手側の光学センサからも見えるように、高々と左腕を掲げ、それを背部兵装担架に懸架された突撃砲で自ら撃ち砕いた。

 

『フェアリー02、左腕部損壊。小破』

 ニイラムがどこか諦めたかのように淡々と被害状況の報告を告げた。

 

 その声を聴きながら、肘から先が動かなくなった左腕を、肩の駆動だけでわざとらしいまでに大きく振る。オープンチャンネルでの通話は禁止されているとはいえ、判りやすいパフォーマンスだ。

 これならばイコールコンディションだろう、とあからさまに煽って見せる。

 

「征くぞ、04」

『了解した、02』

 

 あらためて先手を取るべく、レオンたちが動きを決める前に、二機の吹雪は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

「っと、まあ普通はそうするよな……」

 

 武たちが動き出したのを受け、レオンたちも隠れていたビルの陰から飛び出し、距離を維持するべくほぼ全速でバックブーストを掛けて飛び去る。距離を取っての砲撃戦こそが、合衆国陸軍戦術機の根幹的挙動だ。

 それは対BETA戦に限らず、建国以来積み重ねてきた対人類戦からの戦訓から導き出された解なのだろう。

 

 陸軍と限定すれば少々異なるが、合衆国がその全軍をもって対人類戦を企図するならば、当然ながら過剰とも言える航空支援をもって行われる。BETA大戦勃発以降、公的には対人類戦は発生していないが、ドクトリンの根幹が変わったわけではない。むしろG弾を主軸とした陸軍の対BETA戦略は、その延長とも言える。

 

 対BETA戦で疲弊した欧州亡命国家群であろうが、アフリカや中南米の国家では、単純にして強力な合衆国の軍事力に対抗できようもない。

 そして光線級警報下、BETA支配地域での対人類戦。そのような極めて限定された条件だろうが、合衆国陸軍だけであっても通常の機甲戦力で対応可能なのだ。これがBETA支配地域という条件が無ければ、それこそ空軍の協力の下に航空戦力による支援が加わる。

 

 また十全たる航空支援がなくとも、巡航ミサイルの投射だけでもBETA支配地域においては、合衆国以外の国家群にとっては脅威だ。ハイヴあるいは散逸するBETA群に対してでなければ、ただ飛翔している巡航ミサイルを光線属種が一々迎撃してくれるわけはなく、それらへの防衛は当然合衆国に敵対した国家が担うこととなる。

 対空迎撃システムなど構築する余裕の無い前線では、数発の通常弾頭ミサイルであっても甚大な損害が発生しかねない。それらが核弾頭であればなおさらだ。

 

 そのような現状において、育成に多大なコストのかかる熟練衛士と、陸戦兵器としては桁外れに高額な戦術機その中でも最も高額なラプターを投入するような危機的状況などなかなかに想定しようがない。

 

 

 

 ならば何故に無駄とも言えるステルス機能、加えてJRSSなどという兵站を重要視する合衆国らしからぬ装備が必要とされたのか。「原作知識」を持つターニャならば、ネタ元となった戦闘機としてのラプターのイメージを残すためとメタ的な解釈もしていたが、この世界においては合衆国議会が承認した機体である。いまだ公にはされていないが、確たる運用方針はあったのだ。

 

 ターニャと、その意向を受けたJASRAによってある程度方向付けられたこの世界において、ハイヴ攻略は第三世代機以降の戦術機を中核として達成されるというのが各国軍部の共通認識だ。

 これはG弾を主軸とする合衆国であっても変わらない。複雑な立体構造を持つハイヴ内部への侵攻は、三次元的機動能力を有する戦術機、それも機動性に優れた第三代機が必要だというのは理解されている。第一世代機を主軸としたパレオロゴス作戦だけでなく、それ以降のスワラージ作戦なども含め、多大な損失から引き出された貴重な戦訓だ。

 

 

 

 そしてそのハイヴ攻略において、合衆国の一部勢力が重視するのは最深部の反応炉破壊よりも、G元素集積庫たる「アトリエ」の確保とG元素の入手である。それを良しとしない人類側勢力が存在することは、当然彼らは理解している。

 ならばハイヴ内戦闘においてはBETAのみならず、実力をもって合衆国を妨害しようとする武装勢力も現実的な可能性としては存在する。JASRAは国連の組織であるから公的には明示されていないが、BETAに国土を奪われたとはいえ自国内にハイヴを有しながらBETA由来物質を確保できていない「いくつかの国家群」が作戦行動を無視して暴走する可能性は示唆されていた。

 

 結果的に、補給計画は当然、作戦終了時間でさえ設定困難な「アトリエ」の防衛あるいは奪還という任務、そしてそれらを達成できる能力が、ATSF(先進戦術歩行戦闘機)計画には求められ、ラプターとして結実した。

 

 G弾ドクトリンにおいて地上でのBETA掃討は当然優先すべき任であるが、それらは他戦術機戦力であっても達成可能で、なにもラプターほどの能力を必要とはしない。

 単なるステルス性に留まらずアクティヴジャマーに、補給面での不足を補うJRSS、加えて合衆国機としては異例に近い近接格闘戦闘能力。それらをもって達成すべきは、たとえ敵対勢力が存在しても可能な限り迅速に「アトリエ」を確保することである。

 

 ターニャや武たちが最初期に想定していた喀什攻略において、合衆国陸軍がラプターの戦力提供を当然視していたことは、これらを踏まえてだった。たとえ参戦するのが同盟国たる帝国であったとしても、合衆国の立場では先行して「アトリエ」を占拠し、搬出を急がねばならぬはずだ、とごく当たり前に考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「とはいえ、二機揃って牽制射を加えながらのバックブーストでの後退か」

 

 いまのところは有効射程外だ。だがこのままの勢いで距離を詰めていけば、当然の如くに相手が張る弾幕の中に突っ込んでいく形となる。突撃砲の性能面でも各種センサ類の精度でもラプターの方が吹雪に勝る。そんな状況下に無策で挑めば考えるまでもなく敗北が確定する。

 

『ふむ……しかしこれはむしろ我らに有利、か?』

「そうだな。XM3の提示にもちょうどいい条件ってところだしな」

 

 ただ実のところ、二機揃って下がってくれたのは、武たちからすればまだ対応がしやすい状況だ。

 

 想定された状況の中、もっとも危惧されたのは二機ともに一気に市街エリアからの離脱を図っての全力後退だった。それを選択されてしまえば、速度に劣る吹雪では追尾も難しく完全に仕切り直されてしまう可能性もあった。そうなってしまえばラプターの優位な距離からの一方的な砲戦となり、文字通りに手が届かない。

 

 また分隊を分け、レオンがこちらに突貫し、シャロンが後方に下がられた場合も対処が難しい。支援に長けたシャロンを自由にしてしまえば、たとえ二機がかりだとしてもレオンを墜としきるまでに、こちらも相応以上の被害を受けるだろう。

 

 

 

「04、しばらくはこのまま追う。できる限りこちらの機動をなぞれ」

『04了解。機動コンボのタイミングも任せる』

 

 先に動き出していた武たちは光線級警報下を想定した制限高度ギリギリまで跳び上がり、即座に37mmをバラ撒いていた。射程外であり、たとえ命中弾があったとしても有効とは判定されないが、それでもレオンたちがビルの合間から空中に飛び出すことを牽制する意味はある。

 初動で詰めたとはいえ、いまだ吹雪とラプターとの相対距離は4km近い。突撃砲の有効射程とは言い難く、弾頭自体は届いてはいるが、周辺のビル外壁を砕く程度だ。

 

 ビルの上に飛び出ることができず、街路に沿った形での後退を強制することこそが、最大の目的だ。加えて武も、ちょっとしたパフォーマンスの意味もあって、けしてビル上部を飛び越すような軌跡は取らない。

 

 

 

(ゲームじゃねぇが、やられて嫌なことを押し付けていけば、相手の選択肢は消していけるし、こっちの勝ち筋は立てやすくなる、か)

 

 いま、演習の想定状況としては破棄された市街地が舞台であり、光線級警戒下という仮定で上は閉ざされ、左右は原型の残るビルが立ち並ぶ。

 武は事前のターニャの説明を受け、意図して街路に沿った経路を選びビルの上を飛ばないようにしているが、レオンたちはそもそもが上に上がる機会を先ほどから潰されている。戦闘機ほどではないが、戦術機もまた上方を抑えられるとその軌道には大きく制限がかかってしまう。

 

 XM3の開発初期にシミュレータでターニャ相手に惨敗した経験が、武の頭を過る。あの時は光線級警戒下という状況設定はなかったが、それ以上にターニャの技量によって武は地面に押し付けられていたようなものだった。

 

 

 

 脚部走行ならまだしも、跳躍ユニットによる飛行であれば巡航速度であれ最高速度であれ、単純な直線ならば間違いなく吹雪はラプターに劣る。吹雪は練習機ということで肩部装甲などが省略され機体重量が軽減されているとはいえ、そもそもの主機推力に大きな隔たりがあるのだ。

 

 それが今、ラプターはバックブーストを強要される形で、速度に劣る吹雪を引き剥がせないどころかじわりじわりと距離を詰められていく。それだけでなく損害判定まではいっていないが間違いなく僅かながらも命中弾を与えられていた。

 

 たしかに戦術機は跳躍ユニットの推力に頼って強引に飛んでいるだけで、空力的に浮いているわけではない。それでもはやり機体前面のほうが空気抵抗は少なく、背部兵装担架などがある背面などは空力的には無理があり、バックブーストはどうしても加速が劣る。

 

 もちろん先頭を行く武もいくらかは当てられてはいたものの、こちらも最初に自損した左腕以外には目立った被害は出ていない。後ろに続く冥夜に至っては一切の被害が無かった。

 

 

 

(次、いやもう二回は角を曲がらせて、その後が勝負だな)

 

 事前に周辺の地形データはおおよそではあるものの記憶している。

 ビルの陰に入ってしまえばラプターからのレーダーロックは途切れる。いまだ距離のある状況ではこちらからもレーダーでの射撃管制補助が期待できないが、命中ではなく制圧を意図した射撃ならば、周辺のビルを目標に撃ち込むだけであり問題とはならない。

 そうして進行方向を誘導していけば、相手から射撃の機会を奪いつつ、距離を詰められるような場所はいくつもあった。

 

 飛び出してくる武たちを待ってからの砲撃になるレオンたちに比べ、武は砲撃のタイミングを計ってから角を曲がれるのだ。加えてXM3のコンボ設定で、冥夜とのズレも最小限に抑えられる。

 上に逃げる余裕は常に潰され、左右もまた片側三車線程度では戦術機のサイズからすれば回避できる余地は残されていない。レーダーでは捉えられないとはいえ、相手の位置は特定できているのだから、このまま続けていればいずれは小破判定くらいは取れる。

 

 そしてラプターが比較的水平方向に飛行しているのに対し、武たちの吹雪は曲がる前には緩やかに上昇し速度を高度に変え、逆に曲がり切った後はその高度を速度へと変換し、速やかに距離を詰める。

 またJIVESで投影されただけの架空のビルとはいえ、場所によっては元となる岩山などもある。それらの場所では脚を壁面に付ける形で、武は横方向への跳躍なども加えていく。

 

 曲がるたびにその過剰とも言える推力で自機の動きを殺し、あらためて急加速していくラプターに比べれば、一見吹雪の動きは遅い。しかしその動きは、運動エネルギーを可能な限り減少させないことで無駄を排し、ラプターを着実に追い詰めていく。

 

 戦闘機であれば当然のように行うマニューバを、戦術機でしかも市街地という極めて狭い場所で再現できるのは、間違いなくXM3の恩恵であった。さすがに戦術機特性に優れた武であっても、このような機動を連続して従来型OS搭載機で再現するのは負担が大きい。

 そして同じコンボは冥夜の吹雪にも当然インストールされており、地図情報を共有することで、ほぼ完全に武の動きをトレースしていた。

 

 

 

(しかし、合衆国が租借地との境とはいえこれほどの基地を貸し出してまで、対人類戦の演習を唆すわけだ……)

 

 全速に近いバックブーストで引き撃ちを続ける二機のラプターを追いながら、武はようやくブルーフラッグに代表される対人戦演習の意図に思い至る。だが流石に口には出せず、苦笑未満に口を歪めるに留めた。

 

 誘導兵器無し支援砲撃無しの放棄された都市内での小隊規模遭遇戦など、一見すればふざけた想定状況だ。しかしながらこのビル群によって限定された空間をハイヴ地下茎だと見做してみれば、合衆国が探ろうとしていたものも見えてくる。

 

 ユーロと違い、合衆国において戦術機は主戦力ではない。とはいえ諸外国が戦術機を主戦力としている現状、それらを相手取ることは考慮しなければならない。そして何よりもハイヴ内では、戦術機同士での戦闘が発生する可能性が最も高い。

 

 仮想敵国の戦力評価は必須だ。これが冷戦時代ならばむしろ簡単だった。世界のどこかで小規模の紛争があれば、そこから判断できる。それが現状では、一応のところ人類は対BETAで団結していることになっている。難民解放戦線などの一部テロ活動はあるが、さすがに戦術機を用いてまでの破壊工作は珍しい。

 

 それが基地を貸し出すだけで、眼前で各国の機体運用が見られる。物によっては次期主力機となる可能性の高い機体をそれぞれのトップエリートが操るのだ。戦力評価としては申し分がない。

 

 プロミネンス計画には反対していたとはいえ、阻止できなかった際の代替案として、幾分かはJASRAというよりかはターニャの意向も入っているのかもしれない。国連の金で戦術機を作るというのなら、我らの庭先でそのすべてを曝け出せ、というところなのだろう。

 

 

 

『ふむ? 02、何やら笑える程度には余裕がありそうだな?』

「ははっ、相手もそろそろこっちの考えに気が付いて、相手をしてくれそうだからな」

『それは助かるな。正直に申せば、このままそなたの動きに付き従うのは、我が身が持たぬ』

「そこはアレだな、衛士は体力こそ第一ってヤツだ」

 

 冥夜に笑いを見られたが、思い至った内容は無線で話せるものではなく、少しばかり話を誤魔化す。

 眼前の演習ではなく、その背後の意味関係に意識を逸らせる程度には武に余裕があったが、冥夜もまた余力は残している。ただ本人の言うとおりに、慣れぬ対人演習でかつ追撃とはいえかなりかなり無茶な変則機動が続いているのだ。これ以上の時間をかけると集中力に欠け、どこかでミスを起こしかねない。

 

 

 

「まあ、そろそろ向こうも仕掛けてくる頃だろ」

『02、少しばかり試したいことがあるが、良いか?』

「ん? ああ……前に言ってたことか」

 

 ブリーフィングの際、冥夜から相談されたことを思い出す。

 以前より問題視されていたが、キャンセルのみのXM1、そこに先行入力が加わったXM2までならば、既存OSに慣れた衛士だろうがまったくの新人たる訓練兵であろうが、少しばかり余剰の時間があれば身に付けられる。

 

 対してフルスペックのXM3のコンボ機能は、その優秀さに比例するように習得と熟練に時間がかかる。

 元々、間接思考制御などのデータは衛士強化装備と機体側制御系とで記録が蓄積されていく。それらの中でよく繰り返される挙動を一連コンボとして登録し、簡易入力だけで再現するという本来の機能だけならば、むしろ習得するという意識さえ必要ない。

 

 対して優秀な衛士の挙動を登録しておけば、自身では再現できない機動であっても、それをコンボとして呼び出して実行するといった使い方もある。XM3のコンボとして期待されているのは、こちらの使い方だった。

 たしかにコンボを使えば、誰もが同じ行動を取れる。以前にまりもが純夏に対して指示したように、部隊長が配下の機体を疑似的に制御することさえも可能となっている。

 

 問題となっているのは、最適なコンボを最適なタイミングで選択できる能力だ。結局これらは訓練や実戦などで搭乗時間を費やして身に付けるしかないと、どこか諦められていた。

 

 ただXM3の実用データが増えていくに従い有効と思われるコンボの数も増大しており、誰もが簡単に熟練の技を扱えるなどとは言いだしにくい状況になっている事は確かだった。

 それを問題視した上で冥夜が為そうとしていることは、新任衛士であっても判断できる程度にコンボの数をより厳選し、簡略化するという話だ。

 

 

 

「簡単なコンボ、それも誰でもできるヤツ……か」

 

 近接戦闘距離にまで入れば、たとえ駆るのが吹雪であれラプターを相手取ったとしても、冥夜ならば慣れ親しんだ動きでシャロンを圧倒できる。そのことを武は疑いもしない。

 しかし、これが一般的な衛士であれば、冥夜と同じコンボを使ったとしても、その選択に迷い攻防のタイミングを失い結果として打ち負ける可能性は高い。

 

 冥夜が今から試そうとしているのは、幼少より磨き上げてきた自身の技量に頼るものではなく、あくまで一般的な衛士が取るであろう、あるいは取りやすいと思われる挙動に限定した、誰もができる戦い方の構築だ。

 

 要撃級が繰り出す前肢を長刀でいなし、さらに一歩前に踏み込んでその付け根を斬り落とす、などたとえコンボ化されていたとしても誰しもが選択できる動きではない。もちろん武は当然、まりもも冥夜も捌けるがそういう話ではなかった。

 いなすまでは同じとしても、恐怖や焦りで判断を誤らせぬよう、その後にすかさず距離を取り、周辺の掃討を自動制御しつつ、眼前の要撃級を突撃砲によって制するように動くべきなのだ。

 

 そのためには、選択肢は少なく、そして判断基準は単純であることが望ましい。

 

 

 

「なにも今この状況下でやらなきゃならねぇって、そういうわけでもないだろ?」

『これほど切迫した状況を想定していただいているのだ。むしろ好機と考えるが?』

「普段の対BETA戦を想定した演習の時にやりゃあいいんじゃないかって話のつもりなんだが」

『それはそれとして、だ。機会を逃すこともあるまい』

 

 二人ともに眼前の戦闘から意識が逸れているのは自覚しつつ、言葉を投げ合う。

 

 このところ冥夜がどこか焦っているような気配を纏っているのは、鈍い武にも感じられてはいた。ただそれに対して、武は自分がどう向き合えばいいのか決めあぐねていただけだ。

 

 すでに予定していた地点は過ぎ去り、仕掛けるタイミングを失い、今は惰性に近い動きで先行する二機のラプターを追っているに過ぎない。

 冥夜が求める意図も重要性も武には判るが、今は対人戦、それも最強と名高いラプターを駆るインフィニティーズが相手だ。序盤の奇襲とその後心理的な隙を突くような形で優位を保ってはいるものの、いつ覆されてもおかしくはない。

 

 

 

『フェアリー00より04。繰り返しになるやもしれぬが、兵器使用自由、だ』

 武が判断しかねたのを見て取ったのか、ターニャが許可を出すかのように告げる。

 

『04より00へ。了解いたしました、皆様方へ感謝を』

『なに、気にするほどのことでもあるまい。我らが目的はすでに果たされたと言っても良い。あとは余技に過ぎんよ』

 

 冥夜の謝意をターニャが投げ捨てるように答えるが、フェアリー側からすれば事実すでに演習の勝敗には意味が薄い。

 

 インフィニティーズ、そしてその背後のラプター推進派にしてみれば圧勝して当然なのだろうが、第四計画とJASRAにとっては対人類戦におけるXM3の優位性を見せることこそが目的だ。限定空間下での戦闘においてラプターをこれほどまでに追い詰めた時点で、それは達していると言える。

 もちろん勝てればいいが、なによりも重要なのは喀什攻略にラプターの連隊規模での投入、そしてあわよくばそれらがXM3に換装されていることだ。

 

 そして第三世代とは言え練習機如きにこれほどまで劣勢に立たされたという結果は、実戦において圧倒的に勝利することで拭い去るしかない。それは予定されている大規模作戦、つまりは喀什攻略において先陣を切って明確な実績を打ち立てて見せなければ、採用した陸軍や開発元のLMのみならず導入に賛成した諸勢力にも影響が出てしまう。

 

 代替作戦のために温存しておくようでは商品価値を疑われ、議会などにおいて他勢力に攻撃の材料を提供するだけだ。

 

 

 

『さて。フェアリー00から02、04へ。そろそろ仕上げにしたまえ』

『04了解』

 

 これはユーコンで通常行われている試験運用演習ではないのだ。

 ラプターと、XM3。商品としての性能を互いに提示する、プレゼンテーションの一環だ。

 

 それが、ラプターの不敗神話はすでに崩れ落ちてしまった。

 初手を砲撃戦、それも旧式機に取られただけでなく、部隊半減という損害まで出してしまったのだ。ならば相手の有利と言われている近接密集戦闘において圧倒しなければならぬところを、小隊指揮官を失った衝撃からか、レオンたちは自身の優位な中距離砲撃戦に持ち込もうとした。

 勝ちに拘り、勝ち方を選ばなかった時点で、インフィニティーズは失敗してしまったのだ。

 

 対してフェアリーは現状展開されているように、機動性に勝るはずのラプターを練習機でありながら追撃できると、限定空間下などでの機動性向上をはっきりと提示している。

 この時点で、フェアリーの政治的目的は達成されたようなものだ。

 

 

 

「……02了解。できる限りの努力を払って勝って見せますよ」

 

 終わったと言わんばかりのターニャに対し、武は返答が遅れてしまう。それでも冥夜の意気込みを無駄にしないため少々の無茶は承知の上で、勝利を掴もうとスロットルを押し開いた。

 

 

 

 

 

 

 




戦術機のラプターに関して捏造、独自設定が入ります……と冒頭に入れようかと思ったくらいには、かなり適当なことを書いております。ただラプターって性能的にはアトリエの襲撃とかなら最適だよなぁ~とは思っていたので形にしてこれはこれですっきりしたところです、戦闘描写無くなってしまってますけど。

でアニメ版オルタの放送が始まっていますが、駒木中尉(というか98年当時少尉)がまさかの登場で、これは今後どこかで捩じ込まねば~っとか思ってしまいましたがどこでどうしましょう状態です。

そしてコトブキヤ様から吹雪のプラモ化で嬉しいことばかりですが、ノンスケールということでちょっと予約を躊躇ってしまっていたり。

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