問題児たちと最後の吸血鬼が異世界から来るそうですよ?   作:問題児愛

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今回は長めです。


十話 設置と大浴場

 ―――〝ノーネーム〟・居住区画、水門前。

 ライム達五人と一匹は廃墟を抜け、徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出る。五人はそのまま居住区を素通りし、水樹と呼ばれる苗を貯水池に設置するのを見に行く。其処には先客がいたらしく、ジンとコミュニティの子供達が清掃道具を持って水路を掃除していた。

 

「あ、皆さん!水路と貯水池の準備は調っています!」

 

「ご苦労様ですジン坊っちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」

 

 ワイワイと騒ぐ子供達が黒ウサギの元に群がる。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

 

「眠たいけどお掃除手伝ったよー」

 

「ねえねえ、新しい人達って誰!?」

 

「強いの!?カッコいい!?」

 

「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んでくださいね」

 

 パチン、と黒ウサギが指を鳴らすと、子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。数は二十人前後だろう。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。

 

「(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)」

 

「(じ、実際に目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)」

 

「(………私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)」

 

「(ほう、人間以外もいるのだな。子供がこれ程いるというのに吸血衝動に襲われぬとは………これも耀の血を飲んだお陰か)」

 

 四人はそれぞれの感想を心の中で呟く。約一名、別の思いを口にしている者もいるが。

 コホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは四人を紹介する。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、ライム=ペルセーイスさんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加出来ない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

 

「あら、別にそんなのは必要無いわよ?もっとフランクにしてくれても」

 

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

 飛鳥の申し出をこれ以上無い声音で断じる黒ウサギ。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らの齎す恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません」

 

「………そう」

 

 黒ウサギは有無を言わさない気迫で飛鳥を黙らせる。それは今日までの三年間、たった一人でコミュニティを支えていたものだけが知る厳しさだろう。飛鳥は同時に、自分に課せられた責任は思っていたものより遥かに重いのかも知れない、と思ってしまった。

 

「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言い付ける時はこの子達を使ってくださいな。皆も、それでいいですね?」

 

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

 

 キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二十人前後の子供達が叫ぶ。四人はまるで音波兵器のような感覚を受けた。

 

「ハハ、元気が良いじゃねえか」

 

「そ、そうね」

 

「いや、元気が良すぎるぞ………耳が痛い」

 

「(………本当にやっていけるかな、私)」

 

 ヤハハと笑うのは十六夜だけで、飛鳥と耀は何とも言えない複雑な顔をしていて、ライムは吸血鬼なので五感が人間より遥かに鋭いせいか、耳を押さえながら苦痛に顔を歪めていた。

 

「さて、自己紹介も終わりましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」

 

「あいよ」

 

 長年水が通っていない水路だが骨格だけは立派に残っている。しかし所々がひび割れして砂も要所に溜まっていた。流石に全ての砂利を取り除くのは難しかったのだろう。

 耀は石垣に立ちながら物珍しそうに辺りを見回す。

 

「大きい貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」

 

『そやな。門を通ってからあっちこっちに水路があったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろなあ。けど使ってたのは随分前の事なんちゃうんか?どうなんやウサ耳の姉ちゃん』

 

 黒ウサギは苗を抱えたままクルリと振り返る。

 

「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」

 

 それを聞いて十六夜はキラリと瞳を輝かせた。

 

「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。何処に行けば手に入る?」

 

「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」

 

 十六夜に教えれば最後、確実に挑みに行くだろう。流石に龍を相手に一人で挑まれては助けようもない。

 黒ウサギは適当にはぐらかし、ジンが話を戻す。

 

「水路も時々は整備していたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池と水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから居住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開きます。此方は皆で川の水を汲んで来たときに時々使っていたので問題ありません」

 

「あら、数キロも向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」

 

 苗を植えるのに忙しい黒ウサギに代わってジンと子供達が答えた。

 

「はい。皆と一緒にバケツを両手に持って運びました」

 

「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」

 

「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んで良いなら、貯水池を一杯にしてくれるのになあ」

 

「………そう。大変なのね」

 

 飛鳥はちょっぴりガッカリしたような顔をする。もっと画期的で幻想的なものを期待していたのだろうが、そんなものがあれば黒ウサギも水不足で頭を抱える事も無く、水樹であれほど大歓喜することも無かったに違いない。

 黒ウサギは貯水池の中心にある柱の台座までピョン、と大きく跳躍する。

 

「それでは苗の紐を解いて根を張ります!十六夜さんは屋敷への水門を開けてください!」

 

「あいよ」

 

 十六夜は貯水池に下りて水門を開ける。

 黒ウサギが苗の紐を解くと、根を包んでいた布から大波のような水が溢れ返り、激流となって貯水池を埋めていった。

 水門の鍵を開けていた十六夜は驚いて叫ぶ。

 

「ちょ、少しはマテやゴラァ!!流石に今日はこれ以上濡れたくねえぞオイ!」

 

 十六夜と黒ウサギしか知らないことだが、十六夜は召喚された時以外にも、蛇神との戦いで更に二回ずぶ濡れになっているのだ。十六夜は慌てて石垣まで跳躍する。

 封を解かれた水樹の根は台座の柱を瞬く間に絡め、更に水を放出し続ける。水樹の青葉は樹枝から溢れ出た水と月明かりで燦然とした輝きを放っていた。

 

「うわお!この子は想像以上に元気です♪」

 

「先の子供達といい、元気が良すぎる気もするがのぅ………」

 

 水門を勢い良く潜った激流は、一直線に屋敷への水路を通って満たしていく。水樹から溢れた水は想像以上の量となって貯水池を埋めていった。

 そんな水樹から溢れた水の激流を、身震いしながら眺めるライム。もしあの中にいたら一瞬で流されてしまいそうだと恐怖する。吸血鬼だから溺死は無いだろうが、少なくとも大量に水を飲んで気絶してしまうだろう。

 緩い水流なら兎も角、あの激流は歩いて渡れるわけがない。ボートとかを使って渡ろうとも思わないくらいの激流だった。

 身震いしているライムを見た耀は、石垣から下りて心配そうな顔で声をかけた。

 

「………どうしたのライム?」

 

「いやな、あの激流を見て、水は恐ろしいものだなと改めて思ったのだ」

 

「………?あ、そっか。ライム、泳げないんだったね」

 

「う、うむ―――じゃなくて、素人でもあの激流に逆らって泳げんだろう!?」

 

「それを言うなら玄人な」

 

 泳げる泳げない以前の問題だろう、とツッコミを入れるライム。

 そんなライムの誤りを正す十六夜。

 玄人?と疑問符を頭に浮かべるライムだったが、ふと泳げそうな感じがする人物が頭に浮かび上がり、

 

「………十六夜。お主なら、あの激流に逆らって泳げるか?」

 

「あん?ああ、俺なら余裕だな。どうしても見たいってんなら、『真祖ロリの胸を生揉み券』で手を打とう」

 

「なっ!?あげるか戯け!代わりに『黒ウサギの胸を生揉み券』をくれてやる!」

 

「何でですか!?」

 

「よし、乗った!」

 

「あげないし乗らないでくださいお馬鹿様方!!!」

 

 黒ウサギは何処からともなく取り出したハリセンで、スパパァーンとライムと十六夜の頭を叩いた。

 うぎゃっ!?と悲鳴を上げ叩かれて痛む頭を抱えるライムと、ヤハハと笑う十六夜。

 彼らのせいで感動が台無しになり苦笑いを浮かべたジンだった。

 

 

 屋敷に着いた頃には既に夜中になっていた。月明かりのシルエットで浮き彫りになる本拠はまるでホテルのような巨大さである。

 耀は本拠となる屋敷を見上げて感嘆したように呟く。

 

「遠目から見てもかなり大きいけど………近づくと一層大きいね。何処に泊まればいい?」

 

「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加出来る者には序列を与え、上位から最上階に住む事になっております………けど、今は好きな所を使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」

 

「そう。其処にある別館は使っていいの?」

 

 飛鳥は屋敷の脇に建つ建物を指差す。

 

「ああ、あれは子供達の館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題で皆此処に住んでます。飛鳥さんが百二十人の子供と一緒の館でよければ」

 

「遠慮するわ」

 

 飛鳥は即答した。苦手ではないにせよそんな大人数を相手にするのは御免なのだろう。

 

「黒ウサギ。屋敷の中に棺桶はあるか?あればその中で眠りたいのだが」

 

「へ?か、棺桶ですか?………彼女はその様な物で寝る方ではなかったのでございません」

 

 期待に応えられず申し訳なさそうな顔をする黒ウサギ。

 ライムは慌てて両手を振って返す。

 

「い、いや、無いなら気にしなくていいぞ!あれば久々にゆっくり休眠しようと思っていただけだからな」

 

 それを聞いて耀が小首を傾げて訊いた。

 

「………ライムは棺桶の中で寝るのが好きなの?」

 

「うむ。棺桶の中は冷たくて気持ちが良いから休眠を取るには最適な寝床だ」

 

 ふふ、と笑って答えるライム。

 飛鳥は怪訝な顔でライムを見て言った。

 

「………いえ。棺桶の中はゴツゴツしていて寝心地は悪いと思うのだけど」

 

「ぬ?別に我は寝心地など気にせんよ、飛鳥」

 

「………そう。ライムさんが気にしないのなら、別にいいけど」

 

 そう言えばライムさんは人間ではなく吸血鬼だったわね、と思い出す飛鳥。いや、吸血鬼でも硬い所で寝たいとは思わない気がするが。

 十六夜は、マジで棺桶の中で寝る吸血鬼もいるのか、と面白そうにライムを見つめた。

 

「………そういや真祖ロリ。久々に、って事は最近は棺桶で寝てないのか?」

 

「あ、ああ。というより碌に寝たことが無いに等しいな。前に呑気に寝むっていたら、拳銃を携えた民間人に囲まれてたことがあった」

 

「え?民間人に、ですか?」

 

 何故、民間人が?と驚きの表情で聞き返す黒ウサギ。

 ライムは暗い顔をすると、自嘲気味に答えた。

 

「そうだ。我は吸血鬼………化け物だからな。民間人(かれら)にとって我は恐ろしい存在なのだ。だから向こうでは民間人(かれら)に命を狙われることは日常茶飯事なことだった」

 

 まあ、過去の過ちが原因で人間を敵に回してしまった我の自業自得だがな、と付け足すライム。

 過去の過ち。それが何なのか気になるが、恐らく訊いても答えてくれないだろう。

 耀達は掛ける言葉が見つからず無言でいると、ライムは小首を横に振って切り出す。

 

「辛気臭い話になって済まぬなお主達。我の話はさておき、早く風呂に入らぬか?久々にゆっくりと湯船に浸かりたいぞ」

 

 ハッと耀達も召喚された時にずぶ濡れになったことを思い出し、ライムの提案に乗る。

 

「………え?久々に、ってことはライム、不潔?」

 

「不潔とは失敬な。たしかに風呂には入っていないが、夜は毎日水浴びを欠かすことなくやっていたぞっ」

 

 耀に不潔扱いされて剥れるライム。

 それを聞いて飛鳥は、え?と驚き目を瞬かせた。

 

「ライムさん、貴女さっき民間人に命を狙われていたと言ってたわよね?水浴びなんかして襲われなかったのかしら?」

 

「うむ。無論、襲われたのぅ」

 

「そう―――って、襲われたんじゃない!?」

 

 相槌を打ちかけて慌ててツッコミを入れる飛鳥。

 ライムは唇を尖らせて返した。

 

「だって、我も逃げ回ったら汗は掻くし、汗で服が体に張り付いて気持ち悪いからな。危険と分かっていても水浴びは掻かせぬのだよ飛鳥」

 

「………そう」

 

 飛鳥は何とも言えない表情でライムを見返した。たしかに汗掻いて気持ち悪いのは分かるけど、命の危険を犯してまで水浴びをしようとは思わない。

 十六夜は、へえ?と瞳を怪しく光らせてライムの全身を見つめた。

 

「水浴び中に襲われたってことは、つまり真祖ロリは民間人に生まれたままの姿を毎日拝まれてるわけだ?」

 

「………いや、たしかに見られはするが拝まれたりはせぬよ十六夜。異性(オトコ)の場合は鼻から紅い液体を撒き散らしてぶっ倒れてくれるからその隙に逃げられるが―――同性(オンナ)の場合は〝何て格好してるのよこの化け物!〟と悲鳴を上げながら銃を乱射してくるから堪ったもんじゃない」

 

 あれは本当に恐ろしかった、と苦笑いするライム。命がかかっている為、笑い話ではないが。

 本当に水浴びだけで命懸けなのね、と飛鳥達は思った。

 その後、黒ウサギは湯殿の準備を開始しようとしたが、暫く使われていなかった大浴場を見て真っ青になり、

 

「一刻ほどお待ちください!すぐに綺麗にいたしますから!」

 

 と叫んで掃除に取り掛かった。それはもう凄惨な事になっていただろう。

 ライム達四人はそれぞれに宛がわれた部屋を一通り物色し、来客用の貴賓室で集まっていた。

 

『お嬢………ワシも風呂に入らなアカンか?』

 

「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」

 

「………ふぅん?聞いてはいたけど、オマエは本当に猫の言葉が分かるんだな」

 

「うん」

 

『オイワレ、お嬢をオマエ呼ばわりとはどういうことや!調子乗るとオマエの寝床を毛玉だらけにするぞコラ!』

 

「駄目だよ、そんなこと言うの」

 

 傍目にはニャーニャーとしか聞こえない猫の声に反応する。その様子は傍目から見ると不気味に見えた。

 飛鳥は聞きにくそうに質問する。

 

「出過ぎたことを聞くけど………春日部さんに友達が出来なかったのはもしかして」

 

「友達は沢山いたよ。ただ人間じゃなかっただけ」

 

 それ以上の詮索を拒否する耀の声音に、飛鳥は口を塞ぐ。

 耀は、あっ、と思い出したようにライムに視線を向けた。

 

「ライムは動物に変身するギフトがあるけど………意思疎通は出来ないの?」

 

「ぬ?ああ、そうだな。我は単に様々な動物に変身出来るが、意思疎通までは出来ぬよ。支配することは可能だがな」

 

「そう、なんだ」

 

 ちょっぴりガッカリしたような顔を見せる耀。ライムも動物(みんな)と会話が出来たら良かったのになあ、と思ったからだろう。

 一方、変身と聞いて飛鳥が興味本意でライムに訊いた。

 

「ライムさんは狼や蝙蝠の翼………白夜叉との戦いの際には霧に変身出来ていたけど、他にどんな姿になれるのかしら?」

 

「ん?そうだな………結構色々な姿を取れるぞ。霧や塵、狼に犬、猫、鼠、蝙蝠、鳥………あと昆虫も行けたかな」

 

「本当に結構あるのね―――って、塵?塵なんかに変身出来て何か得するのかしら?」

 

「ああ、得など無かったぞ。塵は一度試して以来、それに変身する気にもならんな。我が変身能力を使うと何故か黄金になってしまうからのぅ………紛れることも出来ないものだからかえって悪目立ちした挙げ句、掃除されてゴミ箱に捨てられる始末だ」

 

 絶世の美少女吸血鬼たる我をゴミ扱いとは何事だ!と怒るライム。

 (ゴミ)に変身したオマエの自業自得だろ、と十六夜達は思い憐れみの視線をライムに向けた。

 だがふと耀は、ライムが〝黄金の塵〟になった姿を想像して、

 

「………私だったら塵でも黄金なら綺麗だから、集めて瓶の中に入れて持ち帰るかな」

 

「ぬ?」

 

「言われてみれば黄金の塵って、捨てるのは勿体無い気がするわね」

 

「耀、飛鳥………」

 

 綺麗、勿体無いと言ってくれてパアッと表情を明るくするライム。

 ただ一人、十六夜だけは首を横に振って言い切る。

 

「黄金でも塵は塵だろ。俺ならゴミはゴミ箱に捨てるな」

 

「………ぬぅ」

 

 塵は塵、ゴミはゴミ箱にと十六夜に言われて唸るライム。彼なら〝黄金の塵〟の正体が自分と知っていても捨てかねないだろう。

 そう思っていると黒ウサギの声が廊下から聞こえてきた。

 

「ゆ、湯殿の用意が出来ました!女性様方からどうぞ!」

 

「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君」

 

「俺は二番風呂が好きな男だから特に問題はねえよ」

 

 女性四人は真っ直ぐに大浴場に向かう。

 一人になった十六夜は暫く貴賓室で寛いだ後、立ち上がり呟いた。

 

「さてと―――今のうちに、外の奴らと話をつけておくか」

 

 

 女性四人は大浴場で体を洗い流し、湯に浸かってようやく人心地ついたように寛いでいた。大浴場の天井は箱庭の天幕と同じなのか、天井が透けて夜空には満天の星が見える。

 

「ふぅ………久々の風呂は心地が良いのぅ………」

 

 極楽じゃ、とでも言いそうな年寄り臭い雰囲気のライムに苦笑を零す耀達。

 黒ウサギは上を向き、長い一日を振り返るように両腕を上げて背伸びした。

 

「本当に長い一日でした。まさか新しい同士を呼ぶのがこんなに大変とは、想像もしておりませんでしたから」

 

「それは私達に対する当て付けかしら?」

 

「め、滅相もございません!」

 

 パシャパシャと湯に波を立て、慌てて否定する黒ウサギ。

 耀は隣でふやけた様にウットリした顔で湯に浸かっていて、その顔で呟いた。

 

「このお湯………森林の中の匂いがして、凄く落ち着く。三毛猫も入ればいいのに」

 

「そうですねー。水樹から溢れた水をそのまま使っていますから三毛猫さんも気に入ると思います。浄水ですからこのまま飲んでも問題ありませんし」

 

「ほう、飲んでも構わぬのか」

 

 耀の隣で風呂を満喫していたライムがそう呟き、湯を口に含んで飲み込む。

 

「………ふむ、美味だな」

 

「「「……………」」」

 

「ぬ?どうかしたかお主達?」

 

「「「いえ、別に」」」

 

「………?」

 

 ライムは不思議そうな顔で耀達を見る。

 黒ウサギ達は苦笑いで返す。飲んでも問題ないとは言ったが、まさか進んで飲む馬鹿がいるとは思わなかった。

 耀は馬鹿(ライム)から黒ウサギに視線を向けて、ずっと気になっていたことを訊いた。

 

「………そういえば、黒ウサギも三毛猫の言葉が分かるの?」

 

「YES♪〝審判権限(ジャッジマスター)〟の特性上、よほど特異な種でない限り黒ウサギはコミュニケーション可能なのですよ」

 

 そっか、と耀は返事する。ちょっぴり嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。

 そんな耀を見たライムは、ムスッと不貞腐れたような顔をして言った。

 

「どうせ我は獣達と意思疎通も出来ない残念な吸血鬼ですよー、っだ」

 

 拗ねるライムに苦笑する耀達。

 子供みたいな反応を見せた後、嫉妬の視線を黒ウサギに向けるライム。

 黒ウサギは苦笑いを浮かべたままライムからスッと視線を逸らした。

 一方、飛鳥は長く艶のある髪を纏め直し、夢心地で呟く。

 

「ちょっとした温泉気分ね。好きよ、こういうお風呂」

 

 右腕を上に伸ばし、左手でそれを擦ると、それだけで素肌が綺麗になる錯覚があった。

 

「水を生む樹………これも〝ギフト〟と呼ばれるものなの?」

 

「はいな。〝ギフト〟は様々な形に変幻させる事が出来、生命に宿らせることでその力を発揮します。この水樹は〝霊格の高い霊樹〟と〝水神の恩恵〟を受けて生まれたギフトでございます。もしも恩恵を生き物に宿らせれば、水を操る事の出来るギフトとして顕現したはずデス」

 

「水を操る?水を生むのではなく?」

 

「それも出来なくないですが、霊樹みたく浄水にするのは難しいです。それに水樹は無から水を生むのではなく、大気中の水分を葉から吸収して増量させているのが正しい解です。完全なる無から有限物質を生むとなると、それこそ白夜叉様や龍ぐらい自力がないと」

 

 そう、と空返事する飛鳥。が、ふとライムのあの力を思い出して呟く。

 

「ライムさんが白夜叉との戦いで見せた氷………あれも無から生み出したわけではないのかしら?」

 

「ぬ?………いや、生まれた頃から使える能力を、我がどう説明すればよいのだ?」

 

「え?………そ、それもそうね。変なことを聞いてごめんなさい」

 

 たしかに生まれた時から持っているギフトの説明をしろと言われたら、飛鳥も自分のギフトの説明を出来る自信はない。

 ライムは、魔術を使えるが原理を知らない。彼女はただこうしたい、ああしたいと強く念じてその力を行使しているに過ぎないのだから。

 飛鳥は気を紛らわすように満天の星空を見上げる。ふっと黒ウサギとの会話で気になる言葉を聞いて、思い付いたように呟く。

 

「そういえば黒ウサギ。龍がどうのとか言ってたけど、それもギフトゲームで手に入れたの?龍のゲームはどんなゲーム?」

 

「そ、それは流石に分かりかねます。黒ウサギがコミュニティに入った頃には既に台座に飾られていましたから」

 

「あら残念。明日のギフトゲームの参考にしようと思ったのに」

 

 黒ウサギは飛鳥の言葉を杞憂だと笑い飛ばす。

 

「まさか!〝フォレス・ガロ〟がそんな大層なゲームを用意することなど不可能でございますよ。相手のコミュニティの存続がかかったゲームですから、得意分野の〝力〟を競うモノになると思いますが、飛鳥さん達なら問題ないでしょう。よほど運に頼ったゲームでない限りは心配ご無用です」

 

 飛鳥が途端に嫌な顔をして聞き直す。

 

「運に頼り切ったゲームなんてあるの?」

 

「YES!ギフトゲームもピンキリですから。純粋な〝運気〟を試すギフトゲームは数多に存在します。代表的なのはサイコロを使ったゲームでしょうか」

 

「そ、そう」

 

 複雑そうに顔を歪める飛鳥。コミュニティの存続を賭けたゲームを行うというのに、それを運に任せるような真似はして欲しくなかった。そんな決闘、華が無いにも程がある。

 

「ギフトゲーム………か。私は楽しければいいと思ってたのにな。コミュニティの事を考えると無茶は出来ないわね。春日部さんはどう思う?」

 

 話題を耀に振る飛鳥。

 すっかり湯船でふやけていた耀はハッとして応える。

 

「私は兎に角勝てばいいと思う。勝てば私達も楽しい、コミュニティも嬉しい。一石二鳥」

 

「耀さんの言う通りでございます!ゲームを楽しむのは一流プレイヤーの条件ですよ」

 

「そう言ってもらえると助かるわ」

 

 飛鳥は〝フォレス・ガロ〟のギフトゲームを無償で引き受けた事を、今になって気にしていた。元々勝てる試合だ。〝全財産を賭けろ〟とでも吹っ掛けておけばよかったのだ。

 ライムは、ふふ、と笑って飛鳥と耀を見つめ言った。

 

「万が一の時は我に任せろ。耀も飛鳥も我の大切な友達だからな。身を挺して守ってやる。虎風情に指一本も触れさせはせぬよ」

 

「あら、それは頼もしいわね。万が一の時はお願いするわライムさん」

 

「うん。ライムのこと、頼りにしてる」

 

「うむ」

 

 頼りにされて機嫌を良くするライム。やはり彼女は与し易い吸血鬼だった。

 黒ウサギは微笑ましげにライム達を見たのち、話題を変えるように三人に近づく。

 

「ところでところで御三人様。こうして裸のお付き合いをしているのですし、良かったら黒ウサギも御三人様の事を聞いてもいいですか?ご趣味や故郷のことなどナド」

 

「あら、そんなもの聞いてどうするの?」

 

「それはもう、黒ウサギの好奇心というやつでございますヨ!ずっとずっと待ち望んでいた女の子の同士、黒ウサギは御三人様に興味津々でございます♪」

 

 嬉々とした笑顔で質問する黒ウサギ。

 それは裏も他意も無い言葉だったが、二人は気が乗らないような顔をする。それというのも、手紙には、

 

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』

 

 と書かれていたからだ。その捨ててきたものを今さら顧みるような真似は、なるべくしたくない。

 一方、ライムはその話題に入るや否やで立ち上がると、湯船から出て大浴場から抜け出そうとした。

 そんな彼女の背を、黒ウサギは慌てて呼び止める。

 

「ライムさん!もう上がってしまうのですか?」

 

「ああ。我は十分に満喫出来たからな。久々の風呂は、このような素敵な風呂でゆっくり出来て嬉しかったぞ。ありがとな、黒ウサギ」

 

「いえいえ!お礼なら水樹を入手してくれた十六夜さんに言ってあげてくださいな!―――じゃなくてですよ!ライムさんはその………故郷の話とかはしたくないのですか?」

 

「……………」

 

 黒ウサギの問いに暫し無言になるライム。それからツインテールの髪を揺らしながら黒ウサギ達に振り返り、申し訳なさそうな顔で答えた。

 

「済まぬな黒ウサギ。我は過去や故郷のことは話したくないのだ。それが仮令(たとえ)友達である耀や飛鳥の頼みでも、な」

 

 ライムはそれだけを言い残すと、黒ウサギ達に再び背を向けて湯殿をあとにした。




本編では書きませんでしたが、ライムは頭を素早く洗ったのちに再びツインテールに髪を結い直してます。そうしないと狂気モードに突入して大変なことになりますからね(^_^;)
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