問題児たちと最後の吸血鬼が異世界から来るそうですよ?   作:問題児愛

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10000文字突破してしまった………(^_^;)

今回は耀の活躍メインです。


六話 星霊と鷲獅子

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か―――もしくは、〝決闘〟か?」

 

 

 刹那、ライム達四人の視界に爆発的な変化が起きた。

 四人の視覚は意味を無くし、様々な情景が脳裏で回転し始める。

 脳裏を掠めたのは、黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。

 記憶に無い場所が流転を繰り返し、足元から四人を呑み込んでいく。

 四人が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界だった。

 

「「「……なっ………!?」」」

「ぬっ………!?」

 

 余りの異常さに、ライム達四人は同時に息を呑んだ。

 箱庭に招待された時とはまるで違うその感覚は、最早言葉で表現出来る御技ではない。

 遠く薄明の空にある星はただ一つ。緩やかに世界を水平に廻る、白い太陽のみ。

 まるで星を一つ、世界を一つ創り出したかのような奇跡の顕現。

 唖然と立ち竦む十六夜達三人といまだに耀に抱きかかえられているライムに、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か?それとも対等な〝決闘〟か?」

 

 魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄味に、再度息を呑む四人。

〝星霊〟とは、惑星級以上の星に存在する主精霊を指す。

 妖精や鬼・悪魔などの概念の最上級種であり、同時にギフトを〝与える側〟の存在でもある。

 十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現してるってことか」

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

 白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

〝白夜〟の星霊。十六夜の指す白夜とは、フィンランドやノルウェーといった特定の経緯に位置する北欧諸国などで見られる、太陽が沈まない現象である。

 そして〝夜叉〟とは、水と大地の神霊を指し示すと同時に、悪神としての側面を持つ鬼神。

 数多の修羅神仏が集うこの箱庭で、最強種と名高い〝星霊〟にして〝神霊〟。

 彼女はまさに、箱庭の代表ともいえるほど―――強大な〝魔王〟だった。

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………!?」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は?〝挑戦〟であるならば、手慰み程度に遊んでやる。――だがしかし〝決闘〟を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

 

「「「「……………っ」」」」

 

 飛鳥と耀、そして自信家の十六夜でさえ即答出来ずに返事を躊躇った。

 白夜叉が如何なるギフトを持つかは定かではない。だが勝ち目がないことだけは一目瞭然だ。

 しかし自分達が売った喧嘩を、このような形で取り下げるにはプライドが邪魔した。

 一方のライムは顔を青ざめて全身を震わせていた。

 彼女は喧嘩を売る相手を間違えたのだ。如何に吸血鬼の真祖といえど〝神霊(かみ)〟に勝てるわけがないし、〝星霊(ほし)〟―――しかも太陽を司る相手では相性が最悪だ。

 それに白夜叉のゲーム盤に在る白い太陽は紛れもなく本物らしく、ライムの身体を蝕み弱体化しつつある。

 ただでさえ勝ち目が無いのに、弱体化してしまったら最早勝利は絶望的である。

 故に彼女はプライドよりも自分の身を守る事を最優先に考えて、白夜叉に〝挑戦〟の方を口にしようとした。

 その前に、耳元で耀の心配そうな声音が聞こえた。

 

「………ライム?大丈夫?」

 

「ぬ?………いや、正直大丈夫ではないのぅ。太陽の光を浴びて身体が重い。耀に支えてもらって助かっておるがな」

 

「そう、なんだ。じゃあこのままの方が良さそうだね。私も得、ライムも得だから一石二鳥」

 

「う、うむ。そうであるな」

 

 むぎゅうっと抱き締めてくる耀に、支えてくれるだけでいいのになと苦笑するライム。

 そんな二人を白夜叉は、この状況で何をしているんだと呆れたような表情をしていた。

 だがその会話を耳にした白夜叉は不可解に思う。

 太陽の光で身体が重い?それではまるで太陽の光に弱い吸血鬼ではないか。

 そう言えば金髪の小僧………逆廻十六夜と言ったか、あやつが真祖ロリと口にしていたな、まさかあの小娘の正体は―――

 が、白夜叉の思考はそこで途切れた。十六夜が諦めたように笑い、ゆっくりと挙手して口を開いたからだ。

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

「………ふむ?それは決闘ではなく、試練を受け入れるという事かの?」

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。アンタには資格がある。―――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

 苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした十六夜を、白夜叉は堪え切れず高らかと笑い飛ばした。

 プライドの高い十六夜にしては最大限の譲歩なのだろうが、『試されてやる』とは随分と可愛らしい意地の張り方があったものだと、白夜叉は腹を抱えて哄笑を上げた。

 一頻り笑った白夜叉は笑いを噛み殺して他の三人にも問う。

 

「く、くく………して、他の童達も同じか?」

 

「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「うん」

 

「当たり前だ!我は吸血鬼の真祖だぞ!?太陽の星霊とやらのお主に決闘など挑むものかっ!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で返事をする飛鳥。

 プライドよりもライムが心配な耀は平坦に返す。

 逆ギレ気味に白夜叉を睨んで絶叫するライム。

 満足そうに声を上げる白夜叉は、ライムの発言に眉を寄せて、

 

「何?おんしが吸血鬼で真祖だと?」

 

「う、うむ。そうであるぞ」

 

 白夜叉の反応を不思議に思い小首を傾げるライム。まるで真祖(じぶん)の存在を有り得ないと思っているような反応に。

 その白夜叉は、吸血鬼の真祖に生き残りがいたという事に驚きを隠せない。

 そう思うのは、世界中に存在していた外界の吸血鬼はとある組織の手によって一人残らず殲滅されているからだ。

 そしてその組織は吸血鬼狩りの功績が認められてこの箱庭に召喚されている。

 故に、外界の吸血鬼が、ましてや真祖がいるなど有り得ない事だった。

 白夜叉がじーっと真祖(ライム)を見つめる中、一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「も、もう!お互いにもう少し相手を選んでください!〝階層支配者〟に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う〝階層支配者〟なんて、冗談にしても寒すぎます!それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」

 

「何?じゃあ元・魔王様ってことか?」

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

 ケラケラと悪戯っぽく笑う白夜叉。

 ガクリと肩を落とす黒ウサギと問題児三人。

 ライムだけは白夜叉(てんてき)が元・魔王だと知って安堵した。

 その時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。

 獣とも、野鳥とも思えるその叫び声に逸早く反応したのは、耀だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

 

「ふむ………あやつか。おんしら()()を試すには打って付けかもしれんの」

 

 三人?と挑戦者は四人いるはずなのに誤った人数を聞いて首を傾げるライム達五人。

 白夜叉は、クックッと笑いながらライムをチラッと見たのち、湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする。

 すると体長5メートルはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如くライム達四人の元に現れた。

 鷲の翼と獅子の下半身を持つ獣を見て、耀は驚愕と歓喜の籠った声を上げた。

 

「グリフォン………嘘、本物!?」

 

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 白夜叉が手招きする。

 グリフォンは彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「さて、肝心の試練だがの。おんしら三人とこのグリフォンで〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかを比べ合い、背に跨がって湖畔を舞う事が出来ればクリア、という事にしようか」

 

 白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出す。

 すると虚空から〝主催者権限(ホストマスター)〟にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。

 白夜叉は白い指を奔らせて羊皮紙に記述する。

 

 

『ギフトゲーム名〝鷲獅子の手綱〟

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に跨がり、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる。

 ・敗北条件  降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

          〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

「ちょっと待てっ!!」

 

 読み終わるや否やライムが絶叫を上げた。

 白夜叉は、ん?と彼女に目を向けて、

 

「どうした、小娘?」

 

「どうした、じゃない!何故我の名が無いのだ!?それとも我には挑戦資格が無いのか?それならそれで我的には助かるが」

 

「ふふ、その事なら安心せい。おんしは人間ではなく吸血鬼の真祖らしいからの。どんなギフトを持っておるか見てみたいからな、この私が直々に相手をしてやるぞ」

 

「ぬっ!?」

 

「それに小娘、おんしは私の部下だけでなく、コミュニティを不快と言ったそうだな?」

 

「………っ!それは………」

 

「随分と舐められたものだな。私は小娘、貴様が不快だ。故に私は試練という名の〝お仕置き〟を執行する。覚悟しておけ小娘」

 

「―――――ッ!!?」

 

 白夜叉の殺気をまともに受けたライムは、ゾッと背筋が氷のように冷たくなるような感覚がした。死人だから元々全身冷たいが。

 顔色が悪いライムを見た耀は、彼女をぎゅっと抱き締めると、白夜叉を鋭く睨んだ。

 

「ライムを苛めたら、私が許さない」

 

「なんだ小娘。おんしも一緒に〝お仕置き〟されたいか?」

 

 白夜叉は耀を睨み返して言う。

 互いに睨み合う耀と白夜叉。その間には火花が散っているような感じがした。

 そんな様子を見ていたライムが慌てて割って入る。

 

「待て耀。お主が白夜叉と戦う必要はないぞ。元々は我がコミュニティに喧嘩を売るような発言をしてしまったせいだからな」

 

「………でも、」

 

「我は平気だ。我自らが売った喧嘩のケジメくらい、我一人でつけてやるからな」

 

「………ライム」

 

 ライムの覚悟に耀は、わかったと頷き、

 

「ライムがそうしたいなら、私は手を出さない。………たとえ恐怖で身体を震わせていても」

 

「うぐっ!?」

 

 耀に図星を突かれて顔を真っ赤にするライム。太陽神相手に吸血鬼が怯えるなというのは無理な話だが。

 そんな彼女を見てニヤニヤと笑う耀。しかし内心では、本当に一人で大丈夫なのだろうかと不安を募らせる。

 相変わらずの保護者オーラ全開な耀に十六夜と飛鳥はニヤニヤと笑いながら眺め、黒ウサギは苦笑いを浮かべる。

 白夜叉はライムが拒否せず乗ってくれて、これで思う存分〝お仕置き〟できるなとニヤリと笑った。

 

「………して、この試練に挑む者は誰かの?」

 

「私がやる」

 

 白夜叉が気を取り直して本題の〝契約書類(ギアスロール)〟をヒラヒラさせながら訊ねると、耀が速攻で返事した。

 耀はいつの間にかライムからグリフォンに視線を向けている。その瞳には羨望の色があった。

 黄金の狼に変身したり蝙蝠の翼を生やせるライムより、今の彼女はグリフォンに興味津々なのだ。

 

『お、お嬢………大丈夫か?なんや獅子の旦那より遥かに怖そうやしデカイけど』

 

「大丈夫、問題ない」

 

「ふむ。自信があるようだが、コレは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんが」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 耀の瞳は真っ直ぐにグリフォンに向いている。キラキラと光るその瞳は、探し続けていた宝物を見つけた子供のように輝いていた。

 そんな彼女を見上げていたライムは、少し寂しそうな顔をする。耀(ともだち)が自分よりもグリフォン(べつのもの)に興味を持ってしまっているからだろう。

 それと同時にグリフォンに嫉妬の感情が芽生えていた。吸血鬼の属性に〝蛇〟があるためかライムは嫉妬深かったりする。

 隣で呆れたように苦笑いを洩らす十六夜と飛鳥。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

 

「気を付けてね、春日部さん」

 

「うん。頑張る」

 

「ふん。グリフォンとやらと戯れてくるんだな」

 

「………?う、うん」

 

 何故か不機嫌なライムに、耀は疑問に思いながらも頷く。

 それから耀は抱きかかえていたライムを飛鳥に差し出し、

 

「飛鳥。ライムの面倒をお願い」

 

「ぬ?」

 

「ええ、分かったわ」

 

 飛鳥は了承して耀からライムを受け取る。が、

 

「………!ライムさんって、見かけによらず重いのね。十六夜君と春日部さんはよく平然と抱えてられたわね」

 

「ぬっ!絶世の美少女吸血鬼たる我に〝重い〟は失礼ではないか!?」

 

 飛鳥の発言にムッと眉を顰めて怒るライム。

 まあ、飛鳥(しょうじょ)ライム(30㎏後半)を軽々と持ち上げられる力があるはずもないが。

 もう一人の少女・耀がライム(30㎏後半)を軽々と抱えられていたのは、何らかのギフトによるものだ。

 何せ彼女は自分より巨体かつ重量のあるガルドさえ楽々押さえ付ける力があったのだから。

 十六夜の場合は男だからという理由で片付けられるが、蛇神を素手で倒せるほどのギフトがあるのだから、ライム(30㎏後半)を抱えるなど容易いことだろう。

 その十六夜はニヤリと笑って飛鳥に目を向け、

 

「辛いなら代わってやろうかお嬢様?」

 

「いえ、遠慮しておくわ。十六夜君に渡したら、ライムさんが可哀想だもの」

 

「おい、それはどういう意味だお嬢様」

 

「うん。十六夜には渡しちゃ駄目。ライムが汚されちゃうから」

 

「おいおい、そいつは心外だな。真祖ロリの胸を揉むくらいしかやらねえぞ」

 

「「その行為が駄目なんでしょう!?」」

 

 肩を竦めながら返答する十六夜に、ツッコミを入れる飛鳥と黒ウサギ。

 ジト目で十六夜を見る耀と、顔を真っ赤にして胸元を隠すライム。

 そんな彼らをクックッと笑いながら眺める白夜叉。

 飛鳥は、流石に長い間ライムを抱きかかえるのは厳しいので、その場に座り込んで膝上にライムを乗せ抱き締めた。

 耀といい、飛鳥も抱き締める必要がないのになと苦笑を零すライム。

 とはいえ、飛鳥に支えてもらってる分、楽が出来るから助かっているが。

 それはさておき飛鳥は………雪原の上に座り込んで冷たくないのだろうか?

 一方の耀は、それを確認すると彼らに背を向けグリフォンに駆け寄る。

 だがグリフォンは大きく翼を広げてその場を離れた。

 戦いの際、白夜叉を巻き込まないようにする為だろう。

 耀を威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をギラつかせるグリフォンを、追いかけるように耀は走り寄った。

 数メートルほど離れた距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察する。

 

「(………凄い。本当に上半身が鷲で、下半身が獅子なんだ)」

 

 鷲と獅子。猛禽類の王と、肉食獣の王。数多の動物と心を通わせてきた耀だが、それはあくまで地球上に生息している相手に限る。

〝世界の果て〟で黒ウサギ達が出会ったユニコーンや大蛇などの生態系を遥かに逸脱した、幻獣と呼び称されるものと相対するのは、コレが初めての経験。

 まずは慎重に話しかけた。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

 

『!?』

 

 ビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。

 その瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。耀のギフトが幻獣にも有効である証だった。

 

「ほう………あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

 白夜叉は感心したように扇を広げた。

 二種の王であるグリフォンの背に跨がる方法は二つある。

 一つは、力比べや知恵比べで勝利する事。屈服させることで背に跨がる方法だ。

 二つ目は、その心を認められる事。王であり誇り高い彼らに認められて跨がる方法である。

 耀がどの手法を選ぶにせよ、言葉を交わす事が出来るならば、自分に有利な条件で交渉を進める事が出来るかもしれない。

 耀は大きく息を吸って、一息に述べる。

 

「私を貴方の背に乗せ………誇りを賭けて勝負をしませんか?」

 

『………何……!?』

 

 グリフォンの声と瞳に闘志が宿る。気高い彼らにとって『誇りを賭けろ』とは、最も効果的な挑発だ。

 耀は返事を待たず、交渉を続ける。

 

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち。………どうかな?」

 

 耀は小首を傾げる。確かにその条件ならば力と勇気の双方を試す事が出来る。

 だがグリフォンは如何わしげに大きく鼻を鳴らして尊大に問い返す。

 

『娘よ。お前は私に〝誇りを賭けろ〟と持ちかけた。お前の述べる通り、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。―――だがな娘。誇りを対価に、お前は何を賭す?』

 

「命を賭けます」

 

 耀は即答する。

 余りに突飛な返答に黒ウサギと飛鳥から驚きの声が上がった。

 

「だ、駄目です!」

 

「か、春日部さん!?本気なの!?」

 

「……………」

 

 そんな二人とは対照的にライムは無言で耀を見据える。

 

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。………それじゃ駄目かな?」

 

『………ふむ……』

 

 耀の提案にますます慌てる飛鳥と黒ウサギ。

 飛鳥はライムを膝上から降ろして立ち上がり、黒ウサギと共に耀を止めようとする。

 それを白夜叉と十六夜が厳しい声で制す。

 

「双方、下がらんか。これはあの娘から切り出した試練だぞ」

 

「ああ。無粋な事はやめとけ」

 

「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

 

「大丈夫だよ」

 

 耀が振り向きながら飛鳥と耀に頷く。

 その瞳には何の気負いもない。寧ろ、勝算ありと思わせるような表情だ。

 ライムはそんな耀にフッと笑みを浮かべながら見つめ、耀がそれに気付くと笑みで返し互いに頷き合う。

 ライムは耀の勝利を信じて疑っていない。それ故に騒ぎ立てる事もなく、耀を信じて待つことが出来るのだ。

 グリフォンは暫し考える仕草を見せた後、頭を下げて背に乗るように促した。

 

『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』

 

 耀は頷き、手綱を握って背に乗り込む。

 鞍が無い為やや不安定だが、耀は手綱をしっかり握り締めて獅子の胴体に跨がる。

 耀は鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁く。

 

「始める前に一言だけ。………私、貴方の背中に跨がるのが夢の一つだったんだ」

 

『―――そうか』

 

 決闘を前に何を口走っているのやら。グリフォンは苦笑してこそばゆいとばかりに翼を三度羽ばたかせる。

 前傾姿勢を取るや否や、大地を踏み抜くようにして薄明の空に飛び出した。

 

「(わ………!)」

 

 大地より離れて数十メートル。グリフォンの持つ鷲の翼は大きく広げたままで固定されている。

 驚いた事に、グリフォンは翼を推進力にして飛んでいるのではないのだ。

 逸早くその異変に気が付いた耀は、強烈な圧力に苦しみながらも、感嘆の声を抑えられずに洩らした。

 

「凄い………!貴方は、空を踏み締めて走っている………!!!」

 

 鷲の持つ鋭い鉤爪が、風を搦め取るように。

 獅子の持つ強靭な四肢が、大気を震わせるように。

 鷲獅子の巨体を支えるのは翼ではない。旋風を操るギフトで空を疾走しているのだ。

 そう。彼らの翼は巨大ではあるものの、数トンにも及ぶ体重を支えようと思うならば、その何倍もの大きさを持つ翼と、推進力が必要となる。

 この翼は彼らの生態系が、通常の進化系統樹から逸脱した種であることの証。

 力学を無視して空を駆けるその姿は、まさに〝幻獣〟の名に相応しいものだった。

 

『娘よ。もうすぐ山脈に差し掛かるが………本当に良いのか?この速度で山脈に向かえば』

 

「うん。氷点下の風が更に冷たくなって、体感気温はマイナス数十度ってところかな」

 

 森林を越え、山脈を跨ぐ前に、グリフォンは少し速度を緩めた。

 白夜の世界であるこの地は、総じて気温が低い。

 ましてや疾風の如く駆けるグリフォンの背ならばなおの事。衝撃と温度差の二つの壁は、人間が耐えられるものではない。

 これはグリフォンの良心から出た最後通牒。耀の真っ直ぐな姿勢に思うところあっての言葉だろう。

 だがその心配を、耀は微かな笑顔と挑発で返した。

 

「大丈夫。それよりいいの?貴方こそ本気で来ないと。本当に私が勝つよ?」

 

『………よかろう。後悔するなよ娘!』

 

 次の刹那、大気が揺らいだ。今度は翼も用いて旋風を操る。

 遥か彼方にあったはずの山頂が瞬く間に近付いてくる。

 下を見れば、羽ばたく衝撃で崩れる氷河が見えた。

 人間の体など一瞬で拉げてしまいそうな衝撃の中、耀は歯を食い縛って耐えていた。

 グリフォンは背中から聞こえる僅かな吐息に、驚嘆とも困惑ともいえる感情が湧き始める。

 これだけの圧力。これだけの冷気。コレに耐えている耀の耐久力は少女を逸脱している。

 

『(成る程………相応の奇跡を身に宿しているという事か………!)』

 

 グリフォンは苦笑を洩らす。彼は知らなかった。

 耀もまた、十六夜と同じく人類最高クラスのギフトを所持すると。

 頂から急降下する際、グリフォンの速力は倍に近しいものにまで迫る。

 手心不要と悟るや否や、グリフォンは旋回を交えて耀を振るいかける。

 鞍が無い獅子の背中は縋れるような無駄がない。掴まるものは手綱だけになり、下半身は空中に投げ出されるように泳ぐ。

 

「っ………!!」

 

 流石にもう軽口は叩けない。耀は必死に手綱を握り、グリフォンは必死に振り落とそうと旋回を繰り返す。

 地平ギリギリまで急降下して大地と水平になるように振り回す。

 それが最後の山場だった。山脈からの冷風も途絶え、残るは純粋な距離のみ。

 勢いもそのままに、湖畔の中心まで疾走したグリフォン。

 耀の勝利が決定したその瞬間―――耀の手から手綱が外れた。

 

『何!?』

 

「春日部さん!?」

 

 安堵を洩らす暇も、称賛をかける暇もない。

 耀の小さな体は突風に吹き飛ばされたように舞い、慣性のまま打ち上がる。

 助けに行こうとした黒ウサギの手首を、十六夜が掴んだ。

 

「は、離し―――」

 

「待て!まだ終わってない!」

 

 焦る黒ウサギを止める十六夜。不安そうに見上げる飛鳥。

 そんな彼らのすぐ傍を、何かが猛スピードで飛び出していった。

 それは黄金の翼を背に広げて飛翔する金髪の少女、ライムだ。蝙蝠の翼とはまた別の金翼を広げて。

 耀の勝利を信じていた彼女だったが、流石にこの状況は予想外だったようで慌てて耀を助けに向かっていた。

 ライムは大気を揺らしながら飛翔し瞬く間に耀の下へ行き着く。が、耀の脳裏からは、完全に周囲の存在が消えていた。

 耀の名を叫ぶライムの声も、彼女の姿も、今の耀には聞こえも映りもしていない。

 耀の脳裏にあるのはただ一つ、先程まで空を疾走していた感動だけが残っている。

 

「(四肢で………風を絡め、大気を踏み締めるように――――!)」

 

 ふわっと、耀の体が翻る。慣性を殺すような緩慢な動きはやがて彼女の落下速度を衰えさせ、遂には湖畔に触れることなく飛翔したのだ。

 

「「「「………なっ」」」」

「………ぬっ」

 

 その場にいた全員が絶句した。無理もない。

 先程までそんな素振りを見せなかった耀が、湖畔の上で風を纏って浮いているのだ。

 ふわふわと泳ぐように不慣れな飛翔を見せる耀に、呆れたように笑う十六夜が近寄ってきた。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類いだったんだな」

 

 十六夜の軽薄な笑みに、ムッとしたような声音で耀が返す。

 

「………違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

 

「ただの推測。お前、黒ウサギと出会った時に〝風上に立たれたら分かる〟とか言ってたろ。そんな芸当はただの人間には出来ない。だから春日部のギフトは他種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか………と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 

 興味津々な十六夜の視線をふいっと避ける耀。

 その傍に途端に駆け寄ってきたのが三毛猫だ。心配そうに肩に乗った三毛猫はオロオロしながら耀に問う。

 

『お嬢!怪我はないか!?』

 

「うん、大丈夫。指がジンジンするのと服がパキパキになったぐらい」

 

 駆け寄る三毛猫を優しく撫でてやる耀。

 そんな耀の傍に金翼を畳んで降り立ったライムは、彼女に笑みを浮かべて見つめ、

 

「お疲れだ、耀。指と服なら我がなんとかしよう。少しばかりじっとしておいてくれぬか?」

 

「うん、ありがとうライム………え?わかった」

 

 耀はきょとんとライムを見つめ返すが、了承して動きを止めた。

 それを確認したライムは耀に右手を翳す。すると耀の全身を暖かい光が包み込んだ。

 わっと驚く耀。光が収まると、耀の指の感覚と服の状態が元通りになっていた。

 

「………凄い。コレも吸血鬼の力?」

 

「あ、いや………この力は吸血鬼の異能(チカラ)ではなく、その………」

 

 生前(にんげん)の頃に持っていた力なのだ、と内心で答えるライム。

 口に出して答えられないのは、自分が〝  〟であったことを耀(ともだち)に知られたくないからだった。

 言い淀むライムに耀が不思議そうな顔で見つめていると、パチパチと白夜叉が拍手を送った。

 グリフォンも感嘆の眼差しで耀を見つめ、

 

『見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使って欲しい』

 

「うん。大事にする」

 

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。………ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?」

 

「違う。父さんに貰った木彫りのお陰で話せるようになった」

 

「木彫り?」

 

 首を傾げる白夜叉に三毛猫が説明する。

 

『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品でワシらとお嬢は話せるんや』

 

「ほほう………彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 

 頷いた耀は、ペンダントにしていた丸い木彫り細工を取り出す。

 白夜叉は渡された手の平大の木彫りを見つめて、急に顔を顰める。

 飛鳥と十六夜、ライムもその隣から木彫り細工を覗き込んだ。

 

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

 

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど忘れた」

 

「………ぬう。我にはさっぱり解らぬ」

 

「………これは」

 

 白夜叉だけでなく、十六夜と黒ウサギも神妙な顔をして鑑定に参加する。

 表と裏を何度も見直し、その表面にある幾何学線を指でなぞる。

 黒ウサギは首を傾げて耀に問う。

 

「材質は楠の神木………?神格は残ってないようですが……この中心を目指す幾何学線……そして中心に円状の空白……もしかしてお父様の知り合いには生物学者がおられるのでは?」

 

「うん。私の母さんがそうだった」

 

「生物学者ってことは、やっぱりこの図形は系統樹を表してるのか白夜叉?」

 

「恐らくの……ならこの図形はこうで………この円形が収束するのは……いや、これは……これは、凄い!!本当に凄いぞ娘!!本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ!まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは!コレは正真正銘〝生命の目録〟と称して過言無い名品だ!」

 

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ?でも母さんの作った系統樹の図はもっと樹の形をしていたと思うけど」

 

「うむ、それはおんしの父が表現したいモノのセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、即ち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、生命の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。―――うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ!実にアーティスティックだ!おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

 

「ダメ」

 

 耀はあっさり断って木彫り細工を取り上げる。

 白夜叉はお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

「それは分からん。今分かっとるのは異種族と会話が出来るのと、友になった種から特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう」

 

「え?白夜叉様でも鑑定出来ないのですか?今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

 ゲッと気まずそうな顔になる白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

 白夜叉はゲームの賞品として依頼を無償で引き受けるつもりだったのだろう。

 困ったように白髪を掻き上げだ白夜叉は、ふとライムが視界に入り、うむ、と頷いた。

 

「鑑定の前に、真祖の小娘の〝お仕置き〟がまだだったな。それからどうするか考えるとしようかの」

 

 今度はライムが、ゲッと嫌そうな顔をする。出来ればそのまま忘れていてくれた方がよかったなと。

 しかしライムのそんな願いは虚しく、白夜叉はクックッと笑いながら双女神の紋が入ったカードを取り出し、虚空から輝く羊皮紙を出現させると白い指を奔らせて記述した。




白夜叉のゲーム盤の太陽って吸血鬼問題なかったりするのかな………アウトの設定で書いてしまっているが(^_^;)

次回はライムお仕置きもとい試練の回です。
白夜叉は一体ライムにどんなお仕置きをするつもりやら(  ̄- ̄)
というのは冗談で、ちゃんとした試練を書きます。白夜叉の変態性が発揮されるわけではないので悪しからず(^_^;)
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