ポップから、そろそろベンガーナも魔王軍の属国にすると話を聞いた。「王族連中とちょっと話するだけで済みそうだから楽勝」と言ってるけど、やはり私の同行は駄目と言われた。多分話がうまくいかなかった場合、最悪殺すつもりなんだと思う。それをポップは私には決して見せようとしない。
複雑な気持ちだった。何をどうすれば気持ちが晴れるのか分からなかった。でもポップに相談するのは違うと思った。私はルーラでまた地底魔城に跳んだ。今度は待ち合わせなどしていない。ただ、一人になりたくて地底魔城の中に入った。
レオナがいた。泣いていた。いつも明るく気丈に振る舞う彼女が一人で泣いていた。
「レオナ……!」
「フレイ……」
気が付いたらレオナを抱き締めていた。レオナは泣きながら私にごめんなさいと言った。レオナは、城で共存の道を模索していたようだ。だが反発の強さがレオナの予想を遥かに越えていたらしい。レオナは王ではない。レオナ一人で決められるはずがない。抱き締めたレオナは私の腕の中で泣きながら謝り続けている。
「レオナ……大丈夫だよ」
「……フレイ?」
「ごめんね。ラリホー」
私はレオナを眠らせた。そっと壁際に落ち着かせ、私は地底魔城を出た。私自身、突飛な行動だと思う。ポップに危ない事をするなと言われた矢先にする事じゃないと思ったが、親友の涙を見て何かせずにはいられなかった。
私はパプニカの城下街にある広場にやってきた。城下で一番広い国民の休憩所であり子供達の遊び場。だがこの日は生憎の雨で、いつもより人は少なかった。けどパプニカの人々はすぐに私に気が付いた。
『あの目……魔族だ!!!』
広場はパニックになった。以前ならば私を見るだけでここまで拒否反応が起こる事は無かった。ポップが魔王軍と敵対するであろう国はあらゆる情報媒体で魔族や魔物に対する敵意を国民に植え付けていると言っていた、その効果を身をもって体験した。さすがに悲しくなる。がすぐに気を取り直す。この身体はポップとの絆である。私にとって誇るべき身体なのだ。私がここに来た理由は親友が泣いていたからだ。
「皆さん聞いて下さい!」
私はありったけの声で叫んだ。
「何故皆さんは私達と共に生きてはもらえないんですか? 私達はあなた方と共存する道を探しています!」
『悪魔め!』『私の父は魔族に殺された!』『出ていけ悪魔!』
いつの間にかパプニカ中の人々が集まったのではないかと思える人数から散々と降り注ぐ雨と共に罵声と石を投げつけられる。普段の私であれば石をぶつけられたくらいではまったくダメージを受ける事はない。だからあえて私は防御する事を辞め、投石を浴びた。
『見ろ! 血の色が違う!』『やっぱり悪魔だ!』『不気味な目をしやがって!』『早く出ていけ!』
投石を浴び、私の身体から流れる血を見て更に罵声が私に突き刺さる。
「確かに私の目は皆さんとは違います! 私の中に流れる血の色も皆さんとは違います! だからなんだっていうんですか!?」
『イオ!』
誰かが唱えた爆裂呪文が私の身体を捉える。戦闘体勢に入っていない、無防備な私の身体には例えイオでも私の腕を抉るには充分な効果があった。意図的に防御を辞めているとはいえ、私の顔は苦痛に歪んだかも知れない。
「私の血で皆さんの心が清められるのであれば私はこの血でパプニカを洗い流します! 私が傷つく事で皆さんの心が晴れるのであれば私は喜んでこの身を投げ出します! だからどうか私の声を聞いてください!」
私が叫ぶ中で数発、私の身体に爆裂呪文が着弾した後、辺りが静まり返った。
「リンガイアでは人間と魔族がすでに共に暮らし始めています。たしかに始めはお互いに距離がありました。ですが今では同じ国民として生活しています。リンガイアで出来た事が他の国で出来ないなんて私は思いません!」
『嘘だ!』『そんな事を言って俺達を奴隷にするつもりだ!』
「そんな事は私がさせません! 私は皆さんと共に笑顔で暮らしたいだけです! 私は決して戦いません! 皆さんと共に有りたいから! 私は自分の力を決して皆さんに向けません! 私は戦い続けます! 皆さんと共に有る為であれば、皆さんに理不尽が振るわれないよう戦います!」
私は天に向け呪文を放った。大好きなポップから教わった呪文、メドローア。極大消滅呪文の光の矢が天に登り、上空の雨雲に巨大な穴を開けた。広場に、フレイザードに光が舞い降りる。
「私には力があります。皆さんを守るだけの力を、私の大好きな人間、ポップから貰いました。私達魔王軍の指揮を取るのは、このパプニカで三賢者を勤めた、私の大好きなポップです。ポップは人間と魔族が戦わないよう努力を続けています。私の大好きな人は皆さんを奴隷になんかしません。もし、魔族が皆さんに悪さをしようとするなら私が戦います。……どうか信じて下さい」
無防備に投石や呪文を受け続け、傷だらけになり腕の一部を抉られながらも、パプニカの人々にフレイザードはそう言って笑ってみせた。誰かが言った。
『……聖女様だ』
傷だらけになりながら、パプニカの人々を思い叫び続けた彼女を天から光が照らす。
『聖女様だ!』
「……え? 聖女……、あ、あの、私は人間でも魔族でも無いらしいんですが、その聖女というのは違うかと……」
『やっぱり聖女様だ!』『聖女様が私達をお守り下さるんだ!』『城だ! 皆で城に行くんだ!』『聖女様の願いだ!』
「フレイ!」
眠りから覚めたレオナが、地底魔城から戻り人々を掻き分けフレイザードに駆け寄った。
「なんて無茶を……」
傷だらけのフレイザードをレオナが抱き締め、フレイザードにベホマを掛ける。
「ありがとう。……あったかいね。レオナ汚れちゃうよ」
「……馬鹿」
レオナはフレイザードの雨で冷えた身体を抱き締めながら回復呪文をかけ続けた。
『姫様だ!』『姫様も聖女様の味方だ!』
群衆が騒ぎ、一団となって王城へ向かっていった。聖女フレイザードの思いを胸に。
「レオナごめん。……迷惑かけたかも」
「いいのよフレイ。貴女が皆の心を動かしたんだもの。これだけパプニカの国民が動いたのであれば、頭の硬い連中も聞かざる得ないでしょ。……貴女のお陰でパプニカは犠牲が出なくて済むかも知れない。パプニカの王女として感謝するわフレイ」
「……王女としてなんていらないよ」
「え?」
「……私は私の親友が泣いてたから何かしたかっただけだもん」
「……ほんっとに可愛い娘!」
フレイザードをぎゅっとレオナが抱き締めた。
「レオナ、城、行かないと」
「そうね、フレイも一緒にね?」
城門前でもはやデモとなって群衆を空から見ながらトベルーラで城の中に入った二人の前にまず姿を表したのは、前大戦の立役者たる大魔道士だった。
「まったく……馬鹿弟子がなんかトンでもなく馬鹿な事やってるって聞いて城に来てみれば偉い騒ぎに巻き込まれたぜ」
「マトリフ……何故貴方がここに?」
「ああ、姫さんか。……ほらよ」
マトリフが一枚の手紙をレオナに差し出した。丁寧な装飾を施された手紙はカール王国からマトリフに宛てた手紙だった。
「アバンの野郎が、ポップを手伝えなんて言ってくるからよお。何が起こってんだかちょっくら城に嫌々顔を出したらひでえ有り様だぜ」
「ひどい……? 一体何が……?」
「姫様~ッ!」
ドタドタと慌ただしく駆け寄るパプニカの老戦士バダック。バダックの慌てぶりにレオナは逆に落ち着きバダックに対応する。それよりもフレイザードには気になる事があった。
「ポップのベルトの顔に似てる……」
「ああ、あれは俺がくれてやったもんだからな」
「じゃあやっぱり貴方がポップの師匠! あの、ポップが大変お世話になりました!」
ペコリと頭を下げるフレイザードにぽりぽりと自身の頬を掻きながら照れ臭そうにマトリフが答える。
「あ、ああ。それより広場での啖呵、見事だったぜ。叫び声が城まで届いてたぜ」
「あ、あれはその……」
今度は逆にフレイザードが照れてしまう。
「あれで城の中は大騒ぎだ。それにあの呪文……は後でポップに聞けばいいか」
「えっと……マトリフさんはポップの所に行きますか?」
「そのつもりだったんだけどよ、ちょいと面倒な事に巻き込まれちまってな。城なんか来るんじゃなかったぜ」
「……?」
「分かったわ、直ぐに行くわ。フレイ、私の部屋で待っててくれる?」
「え? うん、分かったよレオナ」
バタバタとバダックと共にレオナも駆け出して行った。
「今よ、反共存派って奴等がマリンって奴主導で気球を使ってパプニカから出ていったって話でな。パプニカの重鎮連中が多くいなくなったってんで大騒ぎしてる所だ」
「え!?」
「安心しろ、お前のせいじゃねえよ。考えてもみろ。それにしちゃ動きが早すぎるだろ? ……まあ切っ掛けはお前のあの叫びと城門前の群衆だろうが前々からそういう動きをしてたんだろうぜ。だからお前の気にする事じゃねえ」
「……ありがとう。マトリフ優しいね」
「……けっ」
マトリフは悪態をつきながらレオナとバダックが向かったほうへ歩いていった。そういう所はポップと似ているかも知れないと思った。
部屋に戻ってきたレオナから、パプニカの代表としてポップに会うという話を聞いた私はレオナを連れてベンガーナへ向かった。ポップにレオナは言った。
「……パプニカは、聖女フレイザードの誓いの旗の元へ、魔王軍の元へ下ります。それを貴方へ伝えに参りました。魔王ポップ」
もう、レオナまで聖女って……。恥ずかしいから辞めて欲しい。
「ふぁっ!? ……ほんと何したのさフレイザードちゃん」
「なんでも無いよ、なんでも」
「……そっか、よくやったねフレイザードちゃん」
「うん!」
よくやったねと言ってくれながらポップが頭を撫でてくれました。私はそれだけで幸せです。