バカと乙女と戦車道! 作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨
「私戦車取る!」
「それでは
「ええ!?」
30分前に古臭いって言ってたのに……!
「最近の男子は強くて頼れる女の子が好きなんだって、雑誌に書いてあったし」
黒森峰に居た男子の好みとか知らないけど、みんな禁欲的だったような気がする。
「それに、戦車道やればモテモテなんでしょ?」
それについてはノーコメントで。ウチの門下生が、出会いが少ないとかロクな男がいないとか愚痴ってたことは言えない。
「いざやるとなると、必要な道具は揃えないといけませんよね? 華道でもそうですし。……一家に戦車一台……とてもいいと思います!」
戦車を自前で持ってる女子高生は居ないと思うよ五十鈴さん? ウチは家元だからあったけど。
あと戦車の数え方は輌なんだ〜、と脳内で補足を入れていると、武部さんがそうだ! と手を叩く。
「みほ戦車道の家元なんでしょ? だったら戦車のこと教えて!」
「武部さん?」
言ってることが、さっきと、違うような?
「実は私、華道よりもアクティブなことをやってみたくって。西住さんがご指導なさってくだされば鬼に金棒会長に干し芋沙織さんに肉じゃがです」
「五十鈴さん?」
どうしよう、会話の移り変わりが目まぐるしすぎて私のペースじゃ着いていけない……! ハッ、これが女子高生の十八番、会話の
「みほから教わればぶっちぎりでトップの成績を取れるって! だから、ね?」
「え、えっと」
2人の期待のこもった目が向けられた。
2人の目は本気だ。何となくのノリでそういうことを言ってるんじゃなくて、心からやってみたいっていう気持ちが伝わってくる目だ。
ここで私がヤダって言ったらどうするんだろう。……せっかく友達になってくれた2人は離れていくのかな?
……そのことを聞くのが、怖い。
「……少し考えてみる」
「そっかぁ」
「そうですね。まだ時間がありますし」
たぶん私は今ひどく曖昧な笑みを浮かべてると思う。
ごめんね。もう少し時間が欲しいんだ。
これは私にとって簡単に決められないことだから。
「ところで、さ」
「ん? 何?」
「さっき壇上で生徒会の片眼鏡の人が……スタンガンで気絶させられてたけど、なんで皆何も言わないの? というよりなんでスタンガン持ってるの?」
「「…………………………………………………………………………………………………………」」
「……何で2人とも黙り込むの? やっぱりわたしの幻覚とかじゃないんだよね!?」
「…………みほ」
「?」
「見なかったことにしておくがこの学校で生き抜くコツなんだ」
「生き抜くって何!? ここ普通の学校だよね!? SFとかファンタジーとか絡んでこない普通の学校なんだよね!? ねぇ答えてよ2人ともぉーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
☆
『……』
『あ〜またムッツリ先輩が木に登ってる〜』
『落とそ落とそ!』
『あいあいあーい!』
『ちょっとみんな、石は上に投げたら危ないって!』
『スポーツ用の頑丈なメガネだから大丈夫でーす』
『そういうことじゃなくて! あ痛っ! ほらぁ~こっちまで被害来てるじゃん』
一年生の集団が一本の木を囲んで蹴ったり石を投げたりしてる光景を横目に帰路につく。
武部さん達と商店街を見て回る話は私が行く気になれず、結局お流れになってしまった。武部さん達は気にしないでって言ってくれたけど……すごく残念だ。
「……また大変なことになっちゃったなぁ……」
ふと今日一日の出来事を振り返る。
戦車から離れたいのに、ここまで戦車道が付いて回るなんて思いもしなかった。
特に生徒会のあの熱の入れよう……何年もやってなかった戦車道を復活させるなんて、戦車にすごく思い入れがあるのかな?
でも今回のオリエンテーションで風向きが変わりつつある。戦車道に興味がなかった人が戦車道に興味を持ち始めるきっかけになったのは間違いない。そうでなくても破格な特典でやりたいと思う人が出るハズ。
それは武部さんと五十鈴さんも影響を受けてる。
どんどん外堀を埋められて、これじゃあ生徒会の人達に断りにくいじゃないか。
「……早く帰ってDVD見よ」
気持ちの切り替えは大事。
今日はゆっくり休んで、落ち着いた頭でこれからのことを考えよう。
☆
「……」
既視感のある沈黙が漂う。
昨日の夜は寝れなくて、気付けば朝になってて、計らずも私は早く登校した。
まだ誰も居ない教室はとても閑散――のハズなのに教壇にはプリントの束が男女別に置いてあって、黒板には『今年度履修届 各自1枚ずつ取ること 特に西住ちゃんは戦車道を取ること 追記、横流しされた履修届は無効とします』と大きく書かれていた。
私は西住うんぬんの所を消し、女子用の用紙を1枚取って机に突っ伏した。
頭の中が空っぽのまましばらくそうしていると、人が教室に入ってくる気配を感じた。まだ早い時間だけど、この時間に学校に来る人も居るみたい。
「だからタンパク質と炭水化物が摂れる肉じゃがなの。雑誌にもがっつり系を極めれば良いって――あれみほ?」
「あらみほさん。今日はお早いんですね」
「……たけべさん……いすずさん」
聞き覚えのある声に、ガンガンする頭痛に耐えて顔を上げると、驚いた表情をした武部さんと沙織さんが居た。
2人はそれぞれの席に荷物を置き、私の元にやってくる。
「どうしたの? 私たちもだけどいくらなんでも早すぎじゃない?」
「……なんとなく眠れなくって、気づいたら朝になっちゃって……。2人はどうして?」
その質問に武部さんは『あー』と気まずそうに目を逸らした。どうしたんだろう? と思っていると、五十鈴さんが口を開いた。
「何と言いますかその、みほさんが心配で」
え? 私?
「昨日の様子を見たらみほさんが思い悩んでいそうなことはわかりますよ。そのことが少し気がかりで、何となく早めに出たら沙織さんとお会いしまして」
「私もそんな感じ! 知らないうちに地雷踏み抜いちゃったみたいだし、ずっとモヤモヤしちゃって早く来ちゃった」
「わりとそういうとこありますよね沙織さん。そのうちしっぺ返しされる日が来るんじゃないでしょうか」
「しっぺ返しって何よもー」
「……ごめんね2人とも」
ボソッと私はそう呟いた。
私の都合で2人が気を遣ってくれることを申し訳なく思う。
武部さんも五十鈴さんもとても優しくって、私は2人の優しさに付け込んでいつまでもうじうじしてしまう。つい楽な方に傾いてしまう。
2人はきっとそういう私の甘えを笑って許してくれるんだと思う。……けどその心遣いが、ちょっと苦しくて……。
幸いというか、私の呟きは2人に聞こえてなかったみたいで、黒板のお知らせに気づいた沙織さんが履修用紙に手を伸ばした。
「履修届もう置いてあるの? どれどれ……うわっ戦車道推し強くないっ?」
「生徒会の方々、余程戦車道に思い入れがあるのでしょうか?」
「なんか理由とかなさそうだよね。生徒会長だし」
「きっとそうでしょうね。生徒会長ですし」
「あ、皆そういう認識なんだ……」
なんの前触れも無く周囲を巻き込んでいく竜巻みたいな? うん。あの人を表すのにピッタリだと思う。
納得して1人で頷いていると、戻ってきた武部さんが一言。
「ところでみほは必修選択科目決めた?」
――一連の話の流れからして来るだろうなと思っていた質問に対し、私は躊躇いがちに記入したプリントを見せつける。
必修選択科目の用紙を。戦車道ではなく、香道にマルを書きこんだそれを。
「「……」」
「……ごめんね」
開口一番に出た言葉はやっぱり謝罪だった。
「……私、やっぱりどうしても戦車道をしたくなくて……ここまで来たの」
戦車に関わりたくない。その一心で、
2人が戦車道をするのは構わないけど、私はどうしても戦車道ができない。
自然と声が震えてきた。昨日の武部さんと五十鈴さんは戦車道に前向きだったから、私が水を差す形になってしまって心苦しかった。でも2人には戦車道を楽しんでもらいたいから、嫌な気持ちでやって欲しくないからと、私はまた2人に謝ってしまう。
「ごめんね……2人が戦車道をするなら私は応援するから、だから――」
「そっかぁー」
「仕方ないですね」
え? と声が漏れる前に、2人はペンを取り出して用紙の香道の欄にマルを書き込んだ。
「私達もみほのと一緒にする!」
「そんな! 私のことは気にしないで、2人は戦車道を選んでもいいんだよ!?」
「だって一緒が良いじゃん! みほだけ他の科目なんて私ヤダからね!」
「それに私達が戦車道をやると、西住さん思い出したくないことを思い出してしまうかもしれないでしょう?」
あ、と一瞬口ごもってしまう。でも2人に迷惑かけれないから言葉を出した。
「わ、私は平気だから」
「『お友達』に辛い思いはさせたくないです」
きっぱりとした五十鈴さんの言葉はガツンと衝撃を受けた気がした。
「私好きになった彼氏の趣味に合わせる方だから大丈夫~♪」
おちゃらけた感じの武部さんの言葉を聞いて私は気が楽になっていくのを感じた。
五十鈴さんはくすりと笑って、
「沙織さんの言い方はアレですが、西住さんの方こそ気になさらないでくださいね」
「そーそー。みほは気を遣い過ぎなんだよ。私達はみほと一緒がいいの。だから戦車道だって香道だってなんだっていいの! 『友達』ってそういうもんでしょ?」
と言って微笑む武部さん。
2人は私のことを友達って言ってくれた。
友達だから、気を遣わなくていいって。
――黒森峰に居た頃はお姉ちゃんに迷惑が掛からないように振舞ってきた。
中学に上がってから人との付き合い方が難しくなって、小学生の頃みたいな友達が中々出来なくて、戦車道の家元として頑張らなくちゃならなくて。もちろん気の置ける友達も出来たけど、もしかしたらあの子達との間に壁を造りだしていたのかもしれない。
普通の高校生活をすれば今までと変わると思っていたけど私自身あの頃と変わっていない。勝手に壁を築いてしまっていたんだ。
今さらその事に気づくなんて……私、馬鹿だ。
「本当に、ごめ」
「もー謝るの禁止! みほは悪いことしてないんだし、謝る必要は無いの! 私が思うに、みほはそうやってペコペコしちゃうからお互い気まずくなっちゃうんだよ」
「そうですね。みほさん風に言うなら、こういう時は深く考えずありがとうって言うのが高校生っぽい? でしょうか」
何それ超似てる! と武部さんが噴き出して、私も釣られて笑い声が漏れた。五十鈴さんは相変わらずたおやかに微笑むだけ。
そうだ。私はまだ転校したばかりで、2人と友達になったばかり。
何が好きとか嫌いとかわからないし、知らず知らずに琴線に触れるなんてこともあるかもしれない。謝るのはその時でいいんだ。
「……あ」
けど、今は、
「ありがとう」
多分これでいいんだと思う。
◆
『つまりこの主人公はだらしなく、スケベで、ギャンブル中毒の小さなモンスターであり――』
学校の様子は昨日と変わらなかった、というわけにはならなかった。
私の予想してた通り、昨日のオリエンテーションの影響で周囲の声から『戦車道』の単語が耳に入ってくるようになった。
……もう関係ない、と思っててもちょっと気になってしまうなぁ。
「(……授業も頭に入らない。というか内容がよくわからない)」
時たまに聞こえる小声すら戦車道の話題で、教室中の浮かれた雰囲気に圧され気味になる。視線のやり場を教室内から外へ移す。春らしいからっとした気持ちのいい天気だ。
「(そういえば昨日のおっぱ――姫路さんどうなったのかな? 今日は休んでるよね……?)」
ふと。
奇妙な光景が目に映る。
ここ大洗学園はマッチ箱を横に立てたような直方体の校舎がずらっと6棟並んで建っていて、それぞれにAからFの教室に振り分けられている。1棟に3学年と普通科など計8学科の生徒が収容されている……なんで学年ごととか学科ごととかに分けなかったんだろう?
まぁそれは置いといて。
「え?」
隣の校舎の中で大人数が動き回っている影が見えた。授業中なのに。
どうしたんだろう? 何となくその集団を観察してみる。
右往左往。時には上下の階に移動してたりして、それでも走る速度が変わらない辺り体力に自信がある運動部の集団なのかな?
それと彼らの目的が少しわかった。
その集団の先に誰かいる。誰かを追いかけ回している。
いじめ? あんなに大規模な?
この学校の教育方針を本気で心配していると、追いかけ回されている人に動き、が――
「えっ」
校舎の端の方に辿り着き、迫りくる集団を前にその人は――新たな逃走ルートを見つけた。
窓を開け、窓を乗り越えてそこから逃げた。
……3階の。
「え、えっ? えぇぇぇえええええええええええええええええええええええええ!!??」
「きゃっ!?」
「ふわっ!? ど、ど、ど、どうしたのみほ!?」
衝撃の光景に思わず大声を上げて椅子ごと倒れてしまった。
大きく背中を打ち付けたけどそんなの気にしていられない! 慌てて窓の方へ向かって行き、向かいの校舎の様子を窺った!
最悪の光景……は広がってなかった。
飛び降りた人の姿は無くって、向かいの校舎に居た集団が下に向かって行く姿しかない。さっきのが嘘みたいに。
「に、西住さん。どうしましたか?」
心臓がバクバクして茫然と立っていた私に、おずおずといったように授業を進めていた女性教師が声を掛けてきた。振り返ると教室中の視線が私に集まっていた。怪訝なものを見るような、でも心配そうに様子を窺うような。
「あの、あの向かいで、じさ、窓に! 窓から飛び降りて――!」
上手く頭が回らなくて言葉が出てこない。落ち着かせるように女性教師が背中をさすってくれたことでやっと言葉が出るようになった。
「大丈夫ですか? 一体何があったんですか?」
「向かいの校舎で誰かが飛び降りたんです!!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あー」
……何だろうこの温度差。
冷や水を浴びせられたように冷静になって辺りを見回すと、周囲の反応はこうだった。
『あーなんだーそんなことかー』
『寝てたからあの声は超びっくりだわー。そういや西住さん転校して来たばっかだっけ』
『だよなぁ。それより男子は戦車道出来るの? 出来ないの? どっちなの?』
……というように拍子抜けした感じで元の席に戻ったりこの隙にと雑談を繰り広げるあり様。
先生も先生で何かを察したように『大丈夫だから席に戻ってなさい』と言ってそのまま授業に戻ろうしていた……。
「西住さん」
「みほ」
もう混乱の極みに居る私に声を掛けた武部さんと五十鈴さん。
心配と同情と諦めの入り混じった顔の二人は私をあやすように、
「「この学校では日常茶飯事」」
一方その頃バカ達は
「コラ――――! 待ちなさ――――い!!」
「だぁぁぁ――――! やっぱり正面突破は無茶じゃないかちくしょ――――!」
「アンタらみたいなのに対応するために西村先生と日々対策と訓練を怠らないのよ!!
風紀委員ナメないでよね!!」
「通りで最近動きを先読みされてると思ったら……! あーもう全部れーせんさんの罠なんだ!!」
「冷泉さんだろうが諸葛亮だろうが遅刻は遅刻よ! 大人しくお縄に着きなさーい!!」
「ついてたまるか!!」
「行ったか。全くソド子の奴、日に日に警備の範囲を広げているな…吉井の尊い犠牲によってなんとか切り抜けられたが、いつかは鉄人みたく学校中のロッカーの中から出てくるようになるんじゃ……」
「流石に俺でも学園全体は見回れん。精々校舎5棟ほどだ。まだまだ精進が足らんよ俺は」
「いやいや充分だろウチの校舎は6棟だぞ。それにこれ以上神出鬼没になるとかばけもの……」
「……」
「……ごきげんよう」
「おはようございますだ冷泉。それはそれとして校門から登校しろ」
「今日は早めに着いたぞ。遅刻ではないはずだ」
「後2分以内に教室に入らなければ遅刻と変わらん」
「……」
「さて冷泉。補習室で話し合う前に言い残すことはないか?」
「……痛くするなあぎゃ!?」