バカと乙女と戦車道! 作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨
「絶対この学校おかしいよ!!」
「大丈夫みほ?」
「そんなに大声を出されると余計にお腹が空いてきますよ。あ、その納豆いただいてもよろしいですか?」
「もうダメ。私のプレートの4割ぐらい華の胃に入ってるじゃん」
「ねぇ無視しないで。私の話聞いて」
時間は流れて今はお昼休み。
教室より大きな食堂には大勢の生徒が集まってる中で……私は周囲の目もはばからずテーブルを額を付けて叫んだ。2人とも目の前のお昼ご飯に夢中で叫びなんて聞いちゃいなかったけど。さっきの衝撃映像のことを後でクラスメイトに聞きに回ったけど、皆が皆気にするなの一言で話を打ち切ってしまう。まさかアレがこの学園の日常とでもいうのだろうか?
「だから気にしちゃダメだって。そんなこと一々気にしてちゃこの学校やってけないよ?」
「そうですよみほさん。転校して日も浅いですし、慣れないことが多いかもしれません。けどきっと朱も交わるように西住さんもこの学校に染まっていけますよ。はい、きんぴら食べます?」
「だから私のプレートから盗らないでよ華」
テーブルに伏せたまま目線を2人に向ける。
「いいよ……赤くなりたくないよぉ……」
この学校で習う赤色はきっと血生臭い……なんかそんな気がする。
――と、
『ねぇねぇ選択どうした?』
『迷ったんだけど私戦車にしちゃったっ』
『ウソ、私も!』
『どうなんだろうね~戦車って』
『乙女の嗜みなんだって』
『男子戦車道って確かに聞いたことないよね』
項垂れた私の耳がそんな会話を拾ってきた。
昨日のオリエンテーションの効果は絶大みたいだ。学校中が戦車道の話題ばっかりで、逆にそれ以外の会話が聞こえてこない――。
『おい! 吉井は見つかったかっ?』
『ダメだ、完全に見失っちまった』
『くそぅ……あの履修届さえ手に入れば俺も女子に囲まれる薔薇色の青春を……!』
『おいまさか貴様抜け駆けしようってんじゃないだろうな?』
……戦車道の話題ばかりだ。学校の何処かしらで発生する怨嗟の声なんか聞こえない。現にほら、武部さんも五十鈴さんもドロドロとした声のする方へ目も向けないで黙々とご飯食べてるし。
……うん。私も気にしないでおこう。戦車道のこともあのジェラシー空間も私には関係ないことだ。
もう何があっても関わらない。何度もそう考えるけど、今一度心に刻んでおこう。
「ねぇ、放課後商店街に行かない? 今日こそさつまいもアイス食べよ」
「あ、それ知ってる! こっちに来た時から気になってたんだ!」
「大洗の名産ですからね。西住さんにはぜひ食べてもらいたいです」
「取りあえずそのスイートポテトを放そうか華。あ、今日23日だっけ。途中で書店に寄っても良い? ちょっと買わなきゃといけない雑誌があるの」
なんて、放課後の予定を組んだりして。寄り道なんて規律が厳しい黒森峰や実家じゃできなかったんだよね。周りのみんなも校則を守る真面目な人ばかりだったから、そんなことをするどころか考えもしてなかったなぁ。黒森峰のみんなが今の私を見たらどう思うんだろう? 普通の女子高生らしいことはよくわからないけど、今の私って高校生活を謳歌しているように見えるんじゃないかな!
そんなことを考えながら2人との会話を楽しんでいた時だった。
『にね(キィィィ―――――――ン!!)』
食堂中……いや、多分校内に居る全員が耳を塞いだと思う。
その後スピーカーからガチャガチャした音や『桃ちゃん最初にミュートだよー? 前にも言ったよねー?』『わかってるから! ちょ、ゆずちゃんスタンガンはやめるんだ!』『いー加減最新式にしたいけどなぁ……でも予算がなぁ……』などの小声が聞こえてきたけど、スピーカーの向こうでは一体何が……?
しばらくして、気を取り直すように咳払いで一拍し、
『2年A組西住みほ、至急生徒会室まで来るように。繰り返す――』
びくり、と肩が震えた。瞬間的に目線をスピーカーの方へ向ける。
生徒会の人達、まだ諦めてないの……!?
「ど、どうしよう……っ」
そう不安を口にすると、武部さんのプレート侵略攻防戦を繰り広げていた2人はすぐに行動に移していた。
「ちょっと待っててみほ。死体の処理のの仕方を知ってそうな知り合い何人か心当たりあるから安心して!」
「武部さんこそちょっと待って! 安心できる要素が全く無いよ!?」
「もしもし新三郎? 一時間以内に学園まで車を回せます? トランクに人を詰められそうな車種で。……ええ、手筈通りに」
「早まらないで! とにかくそのケータイから手を放して!」
友達が逮捕される姿なんて見たくないよ!? あと武部さんまでこの学校の暗黒面に落ちてしまったら私どうしたらいいかわからないんだけど!
「――ぷっ、冗談だよみほ」
と、私のうろたえように武部さんが噴いた。五十鈴さんもたおやかに微笑んでいる。……単純に私をからかっただけなのかな?
「まだこの学校に慣れてない所為か、みほさんの挙動一つ一つが面白くってつい。……新三郎? とりあえずいつでも動かせるよう待機していただけます?」
もう続けなくていいのにまだやってるよ五十鈴さん。……冗談だよね?
なんだか2人のペースに振り回されっぱなしですごく疲れた。ほっと一息ついた時、そんな2人が不意に私の手に握る。
「大丈夫♪ 私たちも着いていくから!」
「安心してくださいね」
2人とも……。その言葉を聞いて私はすごく心強い気持ちになった。
私は2人の手を握り返した。生徒会室に行く足取りは重いけど、うん。大丈夫。2人と一緒なら生徒会の人達とちゃんと話し合えそうな気がする。
頑張ろう! そう自分を奮起して、私たちは席を立った。
『あ、男子と戦車っていえばさ、知ってる?』
『それ私知ってる~。午前中F棟で騒いでるのでしょ?』
『何それ? そんなのいつものことじゃない?』
『先輩から聞いた話によると、生徒会から発行された履修届を取り合ってるんだとか』
『……?』
『なんかね、その履修届は生徒会が特別に作った奴で、男子でも戦車道を履修できるんだって』
☆
「いやー、プリント配布したその日に返ってくるなんて意外だったけどさぁ~。……何で戦車取ってくれないんだろうねぇ……」
今は春先の気候なのに、私達が居るこの生徒会室だけは妙に冷え切っていた。
ドラマとかでよく見るような偉い人が座るデスクに剣呑な雰囲気を醸し出している本人がいる。一言で言えば不機嫌だ。やっと固めた決意が一瞬で崩れそうになる。それぐらい生徒会長は失望しているのを感じとれた。
生徒会長の重圧から口火を切ったのは武部さんだった。
「みほから聞きましたけど、この学校にはもう1人戦車道が出来る人が居るんですよね!? だったら無理にみほにやらせることは無いんじゃないですかっ!」
「もちろんその子も受けさせるつもりなんだけど、優勝するには一人でも多くの経験者が必要なんだよね。それに1人に全部任せっきりも悪いしねー。……チーム内の不和とか絶対に避けなくちゃね」
「戦車道の経験者といっても腕前で言えば西住の方が上だろう。やはり隊長として率いることができる西住ナシでは強豪校には相手にすらされないだろうな」
「それほど優勝にこだわっていらっしゃるのなら、みほさんに頼る方法以外にもあるのではないですか? 例えば外部から選手やコーチを招いたりだとか」
「それもしてるんだけど、コーチはともかく選手の方はめぼしい人が居なくて……。と、とにかく無い当てを期待するより近くの人を登用した方が手っ取り早いから、ね」
2人が必死になって弁護してくれてるけど、生徒会の人達も折れそうもなかった。事前に生徒会の誘いをどう断るかを2人と相談して、この前言っていたこの学校に居るというもう1人の経験者に押し付けるって案を思いついたんだけどあまり効果は無いみたい。また五十鈴さんが言ったように他の学校から選手を引き抜いたりするのも考えたけど、これも良いとは思ってなかった。高校戦車道の全国大会が行われるのは夏休み前。普通の部活動のインターハイよりも早く開催されるから、選手を引き抜かれた学校側としてはたまったもんじゃない。
その後も2人は生徒会の言い分に反論を繰り返してくれた。私も何度か自分の気持ちを訴えてみようとしたけど、自分の意見をまくしたてる広報の人の勢いに押されて結局声も出せずにいた。
自然と隣に立つ友人の手を握る。情けない話、私が生徒会の人とこうやって話し合いの場に立っていることと自分が戦車道をしたくないことを言えるのは2人が居るからだ。そもそも生徒会に反論しているのは2人で、私は何も言えてないんだけど……。
激しい議論が交わされる中、私はどう説得すればいいかを考えるしかなかった。
戦車道の副隊長をしていた経験は無駄じゃなく、あれこれアイデアが浮かんでくるものの最善の案はなかなか出てこない。どれも生徒会長を頷かせられるような案じゃなさそうで内心首を横に振った。
話を聞く限り、どうも生徒会の人達は戦車道大会での優勝を本気で狙いに来てるみたい。
……無茶な話だと思う。全国大会ともなれば日本中の高校から強豪選手が集まってくる。それを経験者2人が率いる素人チームで渡り合って、かつ優勝しようなんて戦車道はそこまで甘くない。それに戦車道をするには人だけじゃない。戦車道ってとにかくお金がかかるスポーツなんだ。戦車は勿論、燃料や弾頭とか戦車が走れる土地とかも必要で、その他諸々をひっくるめて管理しないと大会に出る前に破産する可能性もある。……そうだ。この辺りを攻めてみたらどうだろう。さっきの放送で予算とかなんとか言ってたし、生徒会には金銭的な余裕はあまりないかもしれないし。
瞬時に私は頭の中で反対意見をまとめていざ口を開こうとした時、白熱した舌戦が繰り広げられているこの部屋で唯一静かにしていた生徒会長がポツリと、
「そんなこと言ってるとさぁー、……あんた達、学校にいられなくしちゃうよ?」
一瞬にして、生徒会室に漂っていた熱気が消えるのを感じた。
生徒会長の前に控えていた副会長と広報の人ですら声を出せずにいた中、五十鈴さんが憤慨した。
「お、脅すなんて卑怯ですっ」
「脅しなんかじゃない。会長はいつだって本気だ」
広報の人がそう断言する。
「今のうちに謝った方が良いと思うよ?」
ねっ? ねっ? と詰め寄る副会長に武部さんと五十鈴さんが反発の声を上げる。けど、生徒会長は少しも動揺した様子もなく冷淡な態度でこちらをねめつけていた。
先ほどまでの激しい言い合いの空気から一転し、絶対零度まで冷え切った生徒会室。予想外の展開に私はただ後悔に溺れるだけだった。
まさかここまで話がこじれるなんて思いもしなかった。
この学校の権限を自由に使えるなら退学もあり得ない話じゃないかもしれない。私一人なら、口惜しいけど、自ら退学を願い出てた。
けどこの2人まで巻き込むことじゃないでしょ!? 私に戦車道を強要しても首を振らないだろうからって、2人を盾にするなんて……。転校してきた私と違って二人にはここでの生活があるのに、こんな仕打ちは酷すぎるっ!
そんなことはさせない! 絶対にしてはならない! ……けどこれ以上、私の持つ
結局のところ、私に与えられた選択は一つしかなかったんだ。最初から、生徒会長の手のひらで踊り続けていただけ。私の我儘なんて生徒会長には大した障害じゃなかったんだ。
……もう、諦めちゃおうかな。
これ以上何を言っても余計に私たちの立場が悪くなるだけ。それなら早いうちに負けを認めた方が良いに決まってる。私はすぅ、と息を吸った。
「あの、私――!」
♪~♪~、と、軽快で場違いな音楽が鳴り響いた。
突然の出来事にこの場に居る皆の目が丸くなる。皆の視線はその曲の発信源となっている人物の方へ向き、
「…………会長」
「……ごめん、ちょっと待ってて」
今までの険しさはどこへやら。まさに空気が死んだ中、ばかっほー、と空気を読まない曲が鳴るケータイを開く会長。活力の失った目でしばし画面を見た会長は、何故か私に目を向け……ニヤリと笑ったと思いきや、ためらいなく電話に出た。
「っ!? かいちょ――」
「もしも~し、どったん吉井? ……え? 男子共に追いかけられてる? どんどん増えてきてる? しかも現在進行形? ぶはははざまぁ」
会長は気の置ける友達と話す口調で、私達のことを無視して会話を続けた。
状況がわからない私達3人はともかく、電話の相手を知ってるだろう副会長と広報の人ですら茫然とこの場に立ち尽くす事しか出来なかった。
「――うんうんわかってたよーそうなることぐらい。でもさ、元々男子の募集なんてかけてなかったのに吉井がやりたいって言って無理やりねじ込んだんだからさぁー、こんぐらい頑張ってみなよ男子。あ、それはそうと」
と、会長が一拍置いて、
「あんたさ、戦車道の隊長になってみない?」
…………………………………………………………………………はい?
「「は?」」
「「会長!?」」
思考が止まった。今、生徒会長が口走ったセリフが頭に沁みこむまで少し時間がかかった。
ようやく正気に戻って、頭をフル回転させて会長の思惑を考えてみたけど、……ダメだ、全然話が見えてこない。
「履修生の方は順調に集まりそうなんだけどさ、隊長になってくれそうな人が見つかんないんだよねぇーちらり」
と、当てつけのように悪戯な笑みを浮かべて私を見た。ちょっとイラっとした。
「隊長は良いよ~。隊員を顎で使えるし、特に特別な仕事とか無いし、なによりモテる」
「(ぴくっ!)」
隊長に成ったからってそんな都合の良いことばかりじゃないです。あと武部さん、今『モテる』って聞いた時に反応した?
でも甘いですよ生徒会長。
いくら表面上のメリットが多くて裏口入学みたいに簡単になれると言われても、急にそんな話を振られても困るだけだ。特に多感な思春期の高校生が自ら人前に出ようなんて考えもしないはずだ。
そんな甘言で引っかかるはずが、
「――おぉやるぅ? やっちゃうっ? よし言ったな、決定! 来週の昼休みまでに、名前を書いた履修届をあたしに直接提出したらあんたが隊長だ!」
「ウソでしょ!?」
「……まぁ暫定ってことだから、他に戦車道の隊長になりたい子が居なかったり、
そんじゃまたー、と言って通話を切る会長。その顔はやたらと清々しい表情だった。
「……というわけで、西住ちゃんの代役が出来たからさっきの話は無しで。安心して帰って良いよーおつかれー」
☆
「「お前は誰だ!? 会長は何処!?」」
「あんたら酷くね?」
摑みかかるように、私たちの前に陣取っていた2人が会長に食って掛かった。
「正気ですか!? 吉井を隊長に据えるなど札束をドブ川に突っ込むようなものです!」
「そうですよ会長! いくら吉井くんでも隊を率いることなんて、というか一緒に試合にすら出れませんよ!?」
「柚子の言う通りそもそも私達にはモロッコへ行くほどの旅費も無いじゃないですか!?」
「そうです! 手術をするほどの余裕なんて、待って桃ちゃん。吉井くんをどうする気なの!?」
矢継ぎ早に繰り出される2人の質問を、会長は鼻歌をしそうなぐらい何処風吹くと聞き流していた。
……なにこれ?
私達さっきまで最悪な雰囲気の中に居たんだよね?
なんで私は生徒会の人達の漫才を見てるんだろう?
生徒会の人達の話を聞く限り、その吉井って人は男子で、戦車道に興味を持ったからやってみたいって生徒会に掛け合ったらしい。多分っていうか絶対経験者じゃないだろうけど、その人が戦車道の隊長をすることになるの? 正直、そんな発想に至った生徒会長の正気を疑う。一緒の練習は出来るだろうけど試合には出れないからやっぱり素人チームで大会に挑まなきゃならない。練習だって素人の付け焼き刃で考えた練習法で行なわれるだろうからチームの底上げも期待できないよね。……うん。いくら考えても吉井という人を隊長に推すメリットが思いつかない。
けどあの生徒会長自らが推薦しているんだ。もしかしたら私の考え付かない、生徒会長にとって多大なメリットを持ってる人物なのかもしれない。
……あれ、そうなると私に固執する理由も薄くなるんじゃないかな? もしかして私戦車道受けなくてもいい? 問題解決?
だけど、そんな私の淡い期待は武部さんによって打ち砕かれた。
「……生徒会長」
「どしたのえっと……武部ちゃん?」
「あ、合ってます。……吉井って、あの吉井ですよね? 去年校舎壊した」
「何その不穏な会話」
聞いていて戦慄する言葉が出てきた!? 少なくとも普通の高校生が校舎を壊すなんて状況を創り出すのは非常に稀なのでは!?
「……」
「別に質問があるからって手を上げる必要はないよ西住さん」
「……じゃあ正直に答えてください。吉井くん? は何かしら問題がある人ですか?」
『『『…………………………………………………』』』
あ、間違いなく問題のある生徒だ。
この部屋に居る皆の表情を見たらわかる。だって生徒会長を除いた皆が深刻な表情を浮かべてるんだもん!
「あのっ! 校舎を壊すとか、そんな不良みたいな人に戦車道をやらせるとか何考えてるんですか!? 戦車の破壊力ぐらいわかってますよね!?」
経験者としてこれだけは言っておかなきゃならない。
いくら特殊カーボンで安全を確保して、伝統あるスポーツとして発展させた戦車道といえど、戦車は強力な武器なんだ。
武器は武器。使う人に寄らず危険物に変わりないんだ。
だからこそ戦車道を行なう人は選ばないといけない。まして校舎を壊すとかいう人物に戦車を扱わせるわけにはいかない!
そう強く主張すると副会長がポニーテールと胸を揺らした。
「ち、違うよ! 確かに吉井くんはちょっとあれだけど、人に暴力を振るうような子じゃなくて――」
そういう風に訂正する辺りとても怪しい。私は誤魔化しを許さない構えで生徒会の人達を見つめ続け――片眼鏡の広報の人が溜息をついた。
「……柚子、変に誤魔化したら余計に警戒されてしまうじゃないか。それと西住、これ以上誤解を招かないように言っておくが、吉井はキサマが思っているような人物じゃない。去年のは様々な行き違いによって発生した事故だと言っておく。あれの厄介さはそれとは別物だ」
そう言った広報の人は頭痛を抑えるように額に手を添える。横に視線を向けたら武部さんも五十鈴さんもうんうんと頷いている。ということは吉井くんという人物は私が考える不良じゃないということは本当のことらしい。
ではなんだろう。とうとう生徒会の人達も吉井くんが問題児であることを認めた。じゃあ一体何だというのか?
広報の人は複雑そうな顔で唸り、やがて、絞り出すように口を開いた。
「吉井は………………バカだ」
ごめんなさい。何一つわかりません。
「すまん。言葉が足りなかったな。一言で云えばバカだ」
「言葉が何一つ変わってない!!」
困り顔の副会長も捕捉する。
「その……言葉通りの意味なんだよね。ホントに」
「「あ~……」」
「え、それで納得しちゃうレベル?」
今の所バカって事しかわからないんだけど。それ以外の情報が必要ないのその人?
「だってねー……成績が学年最下位、なんて当たり前……どころじゃないや。冷静に考えるとバカって言葉で表せないぐらいの奴だし」
「沙織さんの言い方はあんまりだと思うでしょうけど、まぁ、ちょっと頭が愉快な方なのは言い得て妙といいますか」
2人の意見を聞いて私は確信する。
要するにバカでは収まらないほどやばい奴ってことだね!
「――ってまぁ、吉井って皆が話してる感じの奴なんだけどさぁ西住ちゃん」
今まで私たちの会話に加わらず静観していた生徒会長がニッと笑う。
「
その質問にハッとする。
この学校で戦車道を行ない、なおかつ全国大会に出場するってことは、日本戦車道連盟にこの学校の名前が挙がるってこと。
それはつまり大洗学園が戦車道を始めたということがお母さんに伝わるということ。
それ自体は問題ない。私が戦車道を履修してないとわかれば新たに戦車道を始める学校の一つとして認識される程度。
けど……ここまでひどい風評を持つ人が戦車道の隊長として活動していて、私がそれを見逃したとお母さんに伝わったら――
『みほ、マウス10輌に囲まれた時に備えて練習しよう。さぁ早く1号戦車に乗れ』(イメージ図)
『あなたの学校と交渉して授業参観の許可を得ました。今から揚陸艦で向かいます』(イメージ図)
……どう考えても修羅場になる。家元の役目を果たしてないだとか、戦車道から縁を切ったのだから関わるなだとか色んな理由をつけて怒られてしまう。
つまり。
この悪魔のような生徒会長はこう言いたいのだ。
あんたが履修しなきゃトンデモない奴に任せちゃうぞ☆。
☆
「疲れた……」
「ねー……」
「はぁー……いつもよりアイスが待ち遠しいです……」
放課後、約束通り商店街のスイーツパーラーで大洗名物のアイスを注文して……皆でテーブルに突っ伏した。
「ごめんね2人とも……」
「えっ?」
「一緒に生徒会室まで来てくれて、それなのに私、自分から何も言えなかった……ずっと2人の後ろに隠れてばっかでにぃ」
左右から来た指がほっぺに突き刺さった。
「もー謝るの禁止だって言ったでしょ?」
「謝るのならみほさんが頼んだの一口くれませんか? それに私達も一緒ですよみほさん。私達も、みほさんの力になれなかった」
「ホント力及ばずっていうか、手のひらを転がってたっていうか。結局は生徒会の都合の良い方にいっちゃってさぁ。あ、チョコチップは私の」
「わたくしはミント入りです」
「わ、私は干し芋」
店員が運んできたアイスを受け取って、皆で合わせた様に一口。干し芋特有の甘みと柔らかくもスッとした風味が口に広がる。うん、2人がおすすめした通りすごくおいしい。
ふぅ、と一息ついて、様々な事が起きすぎて大変だった今日のことを思い返す。
結局、私は生徒会長の要求に従うことになった。
もともと少なかった
広報の人と副会長の喜びようはまだいいけど、生徒会長のあのニヤケ顔は今思い出しても腹が立つ。
「でもよかったの? 無理すること無いと思うけど」
「いいの。引き受けた以上ちゃんとやらなきゃ」
「みほさん……」
「それに、これで良かったんだと思う」
そう自分に言い聞かせてるわけじゃない。
……もちろん、家に迷惑が掛かって後が怖いって思いも嘘じゃないけど、その事だけだったら今頃気分転換にアイスを食べてるような気持ちにならない。
朝、2人が私に言ってくれた。
私と一緒がいいって。
それは私も一緒。2人と一緒に何かをする方が良い。
元々武部さんも五十鈴さんも戦車道をやりたがっていたし、私も色々教えられることがあると思う。
……思えば試合中以外でこんな大きな決断をしたのはいつ以来かな? 黒森峰に居た頃はお母さんとお姉ちゃんの言うことを聞けば良くて、2人よりダメな私の意見は大体間違ってるものだから。私が戦車をやりたくないって思いも家元の人間が抱いちゃダメな事なんだとずっと思ってた。
けど、武部さんは合わせてくれるって言ってくれた。五十鈴さんは私を気遣ってくれた。私の決めたことを肯定してくれた。
たしかに、
2人は私の独白を静かに聞いてくれて、左右から今度はアイスが差し出された。うん。他のフレーバーもなかなか行ける。
ふと、五十鈴さんがくすりと笑うのが見えた。
「五十鈴さん?」
「みほさん、戦車道が好きなんだなって」
? 私、戦車道がやりたくなくてこの学校に来たんだけど……?
そんな考えを読んだのか、五十鈴さんは微笑んで言った。
「だって戦車道が好きじゃなかったら隊長を吉井くんがやろうと無視すれば良かったハズです。自分には関係ないって一蹴してしまえばそれで話は終わり。けど戦車道をやると決めたのは戦車道に強い思い入れがあるからでしょう?」
「あ……」
「……わたくしも華道の家元の生まれですから、華道とは縁切れない存在ということは理解してます。みほさんと同じように悩んで、遠ざかりたくなることもあります。けれどだからといって完全に嫌いになれるほどじゃないんですよね。だから戦車道を卑しめられないよう決断した今のみほさんを見てると同じ家元の人間として、なんだかホッとしてしまって」
五十鈴さんの話は目から鱗だった。
私の決断はそこまで考えてしたわけじゃない。
でももし仮に、本当に吉井くんが戦車道をめちゃくちゃにするのを目の当たりにした時、私はどうするんだろう?
それは実際に起きないとわからないけど……きっと五十鈴さんが言った通りになるんだろうね。
これからどんなことが起こるかわからないけど、今は3人でアイスを食べることに集中しよう。
☆
――そして時は過ぎ、
「今日から戦車道……とうとう始まったね」
武部さんが感慨深く呟いた。
そう。今日から始まるんだ。
大洗学園の、私の新しい戦車道が。
「うん……ちょっと不安」
「あら? どうしてですか?」
五十鈴さんが首を傾げて聞いた。
「生徒会の人達、戦車道に凄い力を入れてきただろうから設備とかに不安は無いんだけど……どんな人達が履修してくるんだろうなぁーって……」
「「……」」
正直設備が悪くても何とかなるけど、噂の吉井くんみたいな人が何十人も居たら無理。手に負えない。私泣いちゃう。
「……だ、大丈夫だって! さすがに吉井レベルの奴なんてこの学校に……大丈夫……」
「そうですよっ。他の方は世間の常識の範囲内ですっ! まだ!」
「居るんだね!? 問題のある人が居ることを認めるんだね!?」
2人が目を合わせてくれない……。
「「……」」
優し気に肩に手を置いてくれてる何故?
2人の様子を見ればわかる。この学校には面倒な人が多いんだと……っ!
……ポジティブに考えよう。戦車道に履修する人数はこの前のオリエンテーションを考えて概算し、男子を含めて多分30人超えるか超えないかぐらいだと思う。8学科3学年6クラスの全校生徒の内のたった30人。その中で常識はずれな人がどれだけ履修してくるかと考えれば、そう多くないはず。大丈夫、吉井くんみたいにキャラが濃いメンツなんてそう簡単に集まらないはずだよね。頑張れ私ッ!
『風邪で休んでいた間に履修期間が終わってしまうなんて……しかも選ばなかったら勝手に決まっちゃうんですね……本当は香道をしてみたかったのに……』
廊下からそんなか細い呟きが聞こえた。何処かで聞いた声だと思うけど、私は気のせいだと思ってスルーした。
『戦車道、ですか……私に出来るのかなぁ……?』
☆
4月の後半に入って少し暑さを感じるようになった。
1枚脱げばちょうどいいぐらいの気候の中、
『キャプテン、木下先輩はやはり――』
『まだ決めかねてるだって。明日くらいになったら来るんじゃない?』
『ねぇ梓。今日は居ないみたいだね』
『うん。気配が無いし遠くから様子を窺ってるかも……』
『梓暗殺者みた~い』
『まだ彼女は大洗に帰ってきてないのかエルヴィン?』
『ああ、何やら友人に合同演習の助っ人を頼まれたらしい。全く、私は戦車を触れなかったというのに羨ましい限りだ』
今日は必修選択科目がスタートするためか授業が全体的に短くなっていたから割と日が高い。こんな天気のいい日に戦車を走らせるならとても気持ちいいんじゃないかな。
「わぁー、結構集まってるねー」
「1、2、……私達を入れて19人ぐらい、でしょうか。でも男子生徒は居ないようですね」
「あれ? ホントだ、
「その当て字は合っています?」
2人の言う通りここに居る人は全員女子生徒だ。男子生徒が履修してくると事前に聞いていたけど、結局履修しなかったのかな? ちょっとホッとした。
しばらくして生徒会の人達が赤レンガの倉庫から出てきた。
彼女達の登場によって浮足立っていた履修者達の喧騒がピタリと静まった。
「これより戦車道の授業を開始する」
後方の人がそう言い放った。
いよいよ始まる。ここに居る全員が戦車を触ったことがない素人達。そんな人達に教えるのは――西住流で落ちこぼれなこの私なんだ。目標は途方もなく高い……不安は多いけど、気を引き締めていかないと……!
小さく拳を握ると、誰かが声を上げた。
「あの! 男子が戦車道の授業を受けるって聞いたんですけど、本当ですかっ?」
誰かの質問に片眼鏡の広報の人は簡単に、
「そうだ」
と答えた。
途端に周囲がざわめいた。
――そう、問題はそこ。
戦車道は乙女の嗜み。昔から戦車道に使われる謳い文句だけど、何でそこに男子生徒が割り込んでくるのか? その疑問に答えたのは胸の大きい副会長さん。
「皆も知ってると思うけど、我が校で戦車道を復活させて、さらに履修に関して色々な特典をつけたんだけど、男子生徒の間で『女子ばかり得してずるいんじゃないか』って言う声が多数あってね」
「あ~やっぱり?」
「よくよく考えればそういうこともありますよね」
冷静になるとあの特典は付き過ぎだと思う。だからそういう反発の声も多かったんだろう。
「それで私達で調べてみたら、数年後に行われる戦車道の世界大会にあやかって、文部科学省は男子戦車道の競技化を検討しているそうよ」
「そうなの!?」
「うん。私もうわさ程度に聞いただけだけど」
「まぁ」
女性だけの武道として世に広まっている戦車道だけど、実は男性が行なうこともある。
例えば戦車道の家元をしている所に生まれたのが男の子だった場合、通常なら優れた門下生や他の家元の子供と結婚させたり、養子などを貰ったりしてその家名を残し続ける。
けど男の子がそのまま跡継ぎになって、男性が戦車道の家元をしているのを私は見たことがあった。その影響か、そういった家元の門下生には男の子が習っていたりしてたし、実を言うと西住流や黒森峰にも人数は戦車道を習う男子が少なからず居た。
女児は礼節あり、淑やかで慎ましく、凛々しく。
対して男児は忠節あり、誠実で勇ましく、逞しく。
お母さん曰く、『私が子供の頃はありえなかったけど時代の流れかしら?』とのことで、戦車道男子は珍しいけど存在するんだ。
するとまた誰かが質問した。
「その……履修するのが吉井くんっていうのは本当ですかッ?」
その質問に副会長は目を泳がせて、
「えー、と……そうです……」
困ったように答えた。なんか庇護欲が掻き立てられるなぁ。
けどそんな副会長の答えによって、ざわめきがより一層大きくなった。
『吉井先輩が戦車道受けるってマジだったんだ……』
『あの人すっごい足速いもんね!』
『桂利奈それ戦車道関係あるの~?』
『確かに吉井くんのフィジカルは侮れない!』
『だからそれ関係ないですって!』
『吉井先輩が戦車道するって話が出た瞬間に皆他の科目に変えてたよね……』
『あ、だからこんなに少ないんだ!』
『あいつが戦車道に興味を持った、と聞いていたが、不安も大きいが何故か心強くもある』
『一喜一憂、まるで森長可のごとし』
『亀山社中の創設に携わりながら盟約違反した近藤長次郎ぜよ』
『いやいや奴はまさしくブルータス』
『それではお前背中を刺されるんじゃないか?』
『吉井くん、戦車が好きなんでしょうか?』
『……はぁ……』
やいのやいのと大きくなり続ける喧騒。男子が入ることに否定的だと思ってたけど、意外にも肯定する声もあって驚いた。
「あの、ちょっと静かに――」
副会長がなだめようとするけど次第に収拾がつかなくなってきた。
あわあわとうろたえる副会長に代わるよう広報の人が前に出る。
「静まれ! 説明が出来ないだろう!」
広報の人の一喝に履修者たちはやっと静まり返った。
その様子を眺めた後咳払いをして、
「履修すると言ってもお前たちと一緒に試合に出るわけじゃないので安心しろ。副会長も言った通り、我々が出場するつもりの全国大会とは別に、男子競技専門の大会があるので、練習は一緒になるだろう。共に切磋琢磨し試合に向けて励む様に」
『『『はーい』』』
履修者の皆は広報の人の言葉に納得はしているのか、渋々ながらといった感じで返事が戻っていた。
……けど、
「所で肝心の吉井は?」
「あれ? 会長が呼んできたんじゃ……」
「いんや、場所教えただけ。ね~、誰か吉井知らない?」
会長は干し芋を齧りながら私達履修者に尋ねる。知るも知らないも私は吉井くんを見たこともないんだけど……。誰もが首を傾げる中、私の後ろかハツラツとしたら返事があった。
「吉井殿ならばHR以降教室に帰ってきませんでした!」
「そっか~。昼休みに入った瞬間こっち来たし、隠れたまま寝てんのかあいつ」
小学生のかくれんぼ?
「何をしているのだ吉井はっ。我々があいつ1人にどれだけ骨を折っていると……!」
「まぁまぁ桃ちゃん。吉井くんのことなんていつものことだし」
キラン! と片眼鏡が輝く。
「いいやダメだ! 大体会長も柚子も吉井の奴に甘すぎるんです! 今からは友達感覚の先輩後輩ではなく同じ武道を習う先輩後輩だ。その辺りをキッチリわきまえなくてはならない! だからこそ、ここはガツンと言っておかなければな!」
そう気炎を上げる広報の人に他の生徒会メンバーはやれやれと言った雰囲気だ。何というかあの3人の関係が一目で理解できる光景だなぁ。
と、感心していた時、
『すいません! 遅れましたぁ!!』
何処かから男子の焦った声が聞こえた。
声だけを聴くと好青年な印象を受けるけど、前知識とのイメージからかけ離れすぎてすごく違和感を感じる。
「来たか……」
小さく広報の人が呟く。
深呼吸して声がした方へ向いた。
「遅いぞこのウジ虫野郎ぁあああ!?」
突然の悲鳴!? 広報の人は青ざめた表情を浮かべて固まっていた。
広報の人の悲鳴にビクついた私も一体何事かと思い広報の人と同じ方を向く。
普通に考えれば、男子の声がした方に
けど、私が顔を向けた方に居たのは――、
男子生徒を片手に掴む、怒髪天を衝く筋骨隆々な男の人だった。
☆
これが私、西住みほと吉井明久の出会い。
私達はこの学園で復活した戦車道の女子の部、男子の部のそれぞれのリーダーとなり、夏に行われる全国大会を勝ち抜いていくことになるんだけど。
吉井くんとの初遭遇は、私の中の大洗学園に対する印象をさらにカオスに彩る結果となったのでした……。
次回、桃ちゃん死す!