バカと乙女と戦車道! 作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨
「雄二! 僕、戦車道とる!!」
全校集会の次の日の朝、僕はいの一番に思いの丈を雄二にぶつけた。
対して雄二は冷ややかな目で、
「朝からお前は何を言ってるんだ?」
「何って必修選択科目だよ。昨日の! ぼく、戦車道やる!」
「何度も言うなしつこい。……まぁあれだけの特典見せられたらそういう反応だろうよ」
昨日の全校集会で発表された戦車道。
正直僕は興味を持っていなかったスポーツだから戦車で何をするかよくわからないけど、昨日の説明を聞く限りすごく楽しそうに思えた。しかも生徒会が全面協力して必要経費とか負担してくれるみたいだから手ぶらで参加できるんだ。
そして何より雄二が言った特典の存在。
「食堂の食券が100枚もあれば卒業までご飯に困らないぞ……!」
「そりゃ特典狙いの参加者を呼び込むためのモンなんだろうが、会長もまさか明久が釣られるなんて思ってないだろうな」
待てよ?
食券を節約すれば余った食券は卒業後に使えば今後の食事に困らないんじゃ……? 普通、一日一枚使うところを二日に一枚にすれば単純に考えて大学生になっても学食で食費を浮かせられる! いや、いっそ高校生の間一枚も使わなかったら今後の人生で昼ご飯を悩む必要は無くなる!
「あー明久? バカなこと想像してるとこ悪いが、大きな誤算があること忘れてないよな?」
「雄二は僕が留年すると思ってんの!?」
「戦車道と留年がどう結びついた?」
雄二は大きくため息を吐いた。
まったく失礼な奴だ。いくら僕がバカでも進級する程度には学力はありますようにと神様に願ってるんだから。
「あのな、食券どうのこうので騒ぐ以前に、お前には戦車道は無理なんだよ」
「どういうことだよ? 桃ちゃん先輩が言ってたみたいに大会に優勝することはできないだろうけど参加するだけでもいいでしょ?」
「そもそも戦車道は男子の参加募集自体が無いだろうが」
――雄二の呆れ果てた言葉に思わず動きが止まる。
「…………本当?」
「女子専門の武道だぞ。当然だ……まさか今まで知らなかったんじゃないだろうな……?」
雄二の目に戦慄の色が浮かぶ。マズい。コイツ僕のことを常識の無いバカだと思い始めてる!
「で、でも生徒会主催で大々的に参加者を募ってたのに女子生徒だけしか募集かけないのはズルくないっ? 女子にしか特典がもらえないなんて」
「ズルも何も、男が戦車に乗ることこそおかしいだろ? 男が女性専用車両に入ろうとしてるようなもんだ。いくら特典で優遇されてるっつっても、特典に釣られて履修しようとすんのはこの学園でお前ぐらいだよ」
諭すようでけなすニュアンスでそう告げた有事に僕は何も言えなかった。
雄二の言うことは聞いていくうちに納得できた。
確かに僕だって健全な男子高校生。女子が戦車道を頑張っている中で僕一人混ざるのはすごく精神力が削られてしまいそうだ。最悪、変態の称号を背負って残りの学園生活を送るかもしれない。
結局、雄二の言う通り戦車道を諦めなければならないようだ……とても残念。
内心打ちひしがれる僕に追い打ちをかけるように、雄二はニヤついて、
「そんなに特典が欲しいならお友達の生徒会長さんにでも聞いてみたらどうだ?」
☆
「いいってさ!!」
「…………は?」
一時間目の休みに生徒会室から教室に戻って早々、机に足を乗っけてくつろいでいた雄二に結果を報告した。
報告を聞いた瞬間の雄二の顔が見たことがないアホ面だったのが内心にやけそうになった。
「マジか……」
「うん! なんか今年から男子戦車道大会ができるとか話してるのを廊下で聞いたんだ!」
「そんな話があったのか? ……ん? 聞いただけか?」
「その後僕がやりたいって生徒会室に飛び込んだら杏ちゃんが『良んじゃね別に?』って言ってた」
「適当にあしらわれてるだけなんじゃねぇかそれ……」
それは僕も思ったけど『男子生徒でも戦車道を履修できる』という言質を取った以上こっちのもんだ。
「それで! この履修届を来週提出すればOKしてくれるって!」
「……なるほどな。しかし生徒会に直談判するほどお前に情熱があったとは意外だ」
僕の目的は戦車道をすることじゃなくてあくまで食券100枚。杏ちゃん達も女子の方に目を向けなきゃいけないし、僕に構っていられないだろうから適度に練習に参加しておけばいいよね。
「……適当に練習しときゃ何とかなるだろうって考えてないかお前?」
「(ギクッ!)そ、そんなことあるわけないじゃないか雄二ぃ何言ってんだ雄二ィ!」
くそ! なんでバレたんだ!?
「……まぁ俺には関係ねぇしどうでもいいが、お前が考えるほどそう簡単にことが運ぶワケねぇだろ」
「?」
「マジでわかってない顔をしてんじゃねぇよ。いいか? 戦車道を履修するには前提として戦車に乗らなきゃならない。だがお前には戦車に乗るための条件が揃ってないんだ」
「条件って?」
「まず戦車がなきゃ話にならない。戦車なんてそこら辺の自動車とは比べ物にならないくらい高ぇんだよ。そんなもんを……公式戦を目指すってんなら少なくとも4輌か? どこで調達するか知らんが、この学校で保有できるのはギリギリ4両までってとこだろ。そんでもって揃えた戦車は女子が優先的に使われるだろうから男子にまで戦車が回ってくることはまず無い。これが一つ目だ」
ぶっきらぼうながら、雄二が丁寧に指を一つ立てた。
う~ん。もしそうなったら僕が練習サボっても目を付けられやすくなっちゃうかも……。
「次に参加人数だ」
「人数? 僕だけじゃダメ?」
「お前ひとりで戦車を動かせると思ってんのか? 第二次大戦までの戦車ってのはな、大概2人から6人で操縦するんだぜ? だから最低でも一人二人増やさなきゃ男子の履修も無くなるぞ」
「だったら大丈夫だよ。僕が声をかければ一人や二人!」
「ハードル高すぎんだよ。たとえこの学校に本気で戦車道をしたいって思っても、女子に囲まれた環境に自分から入りたいって恥知らずなヤツはお前以外居ないだろ。……須川達の目がやばくなり始めてるしな」
「なんて?」
最後の方はよく聞こえなかったけど、言われてみればそうだ。ゲームのリモコンで操縦できるわけじゃないからね。
あと恥知らずってなんだよっ! 僕だって電車の中でバスローブに着替えたり匍匐前進しながらカメラで女子の撮影したりなんて常識のないことはしないんだ!!
……あっ、そうだ! ムッツリーニを誘ってみたらどうだろう? あいつならこういうことに興味を持ちそうだしきっとオーケーしてくれるはずだ! これで一人は確保できたな。
「なんか考えが纏まったのか? まぁいいが、最後に重要なことがある」
「それは?」
「経験値だよ。戦車を操縦した経験だ」
「経験?」
「今回の生徒会は今までの生徒会長様思い付きのイベントよりも力を入れてるし、全国大会優勝っていう明確な目標を掲げた上で参加者を募ってる。……ここまでお膳立てされてるからな、一回戦敗退なんて成績は求められてない」
「……う~ん」
そっか。杏ちゃん達も優勝って言ってたしかなり本気なんだ。
女子の方が優勝しても僕ら男子戦車道(仮)が負けてしまったら特典も没収なんてこともあり得るかも……。
「うん、練習は大事。サボっちゃダメだよね」
「その練習自体できるかわからんぞ」
「え?」
「昔戦車道をしていたんだろうが、今の大洗の生徒はそんなこと知ってるやつがほぼ居ないぐらい印象が薄いんだから、生徒も教師たちも戦車と戦車道についての知識も経験もない。そんな状況で優勝を目標とするなら、最善なのは戦車道の経験者を捕まえてコーチをさせることだ」
「うん」
「女子の方なら大洗の何処かに戦車道経験がある奴が一人や二人は居るんだろうが、男子となりゃゼロだ。その女子の経験者とやらが男女まとめて指導するとしても手が回らないだろうし、自主練だけじゃ練習の質が落ちて優勝の見込みはない。生徒会として考えりゃ、女子を優先するからお前の面倒も見切れないだろうしな。つまり明久、戦車の操縦についてイチから勉強して、練習メニューも自分で考えて、それらを男子のチームに教え込むことを全部お前ひとりがやらなきゃなんないんだぜ。戦車道を履修したって、戦車を動かすこともできなくて泣きべそかくだけだ」
そう締めくくると雄二は頬杖をついて鼻で笑い飛ばした。
雄二の言い分は頭の悪い僕でも納得できる。戦車道未経験の僕がイチから男子戦車道を造るなんて、そもそも何から始めればいいかもわからない。
でも特典は諦めきれないし、まだやってもないのに最初からやらないという選択をすることが納得できなかった。
僕が戦車道をする上で必要なこと、雄二が言っていたことをもう一度頭の中で整理してみることにした。……戦車に乗った経験かぁ。
「ねぇ雄二」
「そもそも特典で参加者を募ろうなんてことしてること自体何か裏があるに違いないんだ。河島先輩も何か言う前に口封じ――ん? なんだよ明久」
「あるよ、僕」
「だから何が」
「僕、戦車に乗ったことあるよ?」
僕はそういうと目が点になった雄二に目を合わせる。
心なしか教室の音も消えた気がして、僕と雄二だけ切り取られたような感じがした
僕の告白を雄二は受け入れ終わったんだろう。雄二はふぅ、とため息をついて、
「はっ」
「おいなんで今鼻で笑った?」
「どうせ何かのイベントで乗車体験しただけだろ? そんなの経験に入れるなよお前」
「ホントだって! 結構前のことだし途中何故か記憶が飛んでるけど」
「まぁ興味ねぇけどよ」
そう言って雄二は立ち上がった。どうやら本当に僕の話に興味を失ったらしい。
「どこ行くの? もうすぐ二限目だよ?」
「飲みもん買いに行くだけだ。説明しまくったから喉乾いた」
なんだか疲れてる雄二を見て、僕はふと思いついた言葉をそのまま口に出した。
「ねぇ雄二、一緒に戦車道やらない?」
「はぁ?」
「だってさ、雄二が一緒に履修してくれれば一人確保できるわけだし、それになんか戦車に詳しそうだしさ。雄二が一緒なら心強いしね」
雄二が居れば練習とか作戦とか頭脳労働を丸投げできそうだしね! そんな下心ありだけど、悔しいが雄二が居てくれると助かるのは事実だし、雄二も雄二で日ごろから退屈そうにしてたから、戦車道みたいな日常じゃ体験できないスポーツは雄二にとっても興味のある話じゃないかと思った。
きっと面倒くさがりながらもOKと言ってくれる。しかし雄二の返事を期待していた僕が見たのは、雄二の心底嫌そうな顔だった。
「やんねぇよ、戦車道なんか」
静まり返った教室を出ていく雄二を見送る僕は雄二に何も言い返すことができなかった。
残念に思う気持ちもあるけど、そんなに戦車道が嫌いだったことを初めて知った驚きの方が強かった。一体雄二に何があったんだろう?
「(……ま、いっか)」
雄二が嫌って言うなら無理に誘う必要はないか。最悪誰も履修しなかったら杏ちゃんに頼んで書類を偽装してもらって無理やり履修させればいいし。
……他に誘う人となると、
「じゃあムッツリーニ」
「(さっ)……………なに」←振り下ろそうとしたスタンガンを背中に隠している。
「この際僕に何をしようとしたのかは問わないけど、その反応を見る限り僕たちの話を聞いてたってことだよね?」
「…………(コク)」
同意するように頷いた。
やっぱりムッツリーニも戦車道に興味を持ってるみたいだ。
が、
「じゃあさ、ムッツリーニも戦車道やらない?」
「…………(フルフル)」
ムッツリーニが僕の提案に首を横に振ることは予想していなかった。
「…………戦車に乗るより観てる方がいい」
「えー? 実際に乗ってみたら楽しくなるんじゃない?」
「…………戦車に乗ってたらシャッターチャンスを逃す」
なるほどね……やっぱり下心が優先なのか。
ブレないムッツリーニの姿に少し尊敬すると同時に、僕の描いた戦車道チームメイト候補が減っていくのがとても残念に思う。
会話が終わりムッツリーニは自分の席に戻ってカメラを弄りだした。一方の僕はどうしようかと途方に暮れた。
他に戦車道に誘える人が思いつかないからだ。雄二とムッツリーニが無理だと、このクラスの男子で戦車道をやってくれそうな奴は……、
「――あの~、吉井、殿?」
考え込んでいると、背後から声を掛けられた。今日はよく背中を取られる日だなぁ。
「え~と、秋山さん? どうしたの? 何か用?」
振り向くとそこには
今年から同じクラスになった女子生徒だけど、全く接点がなかったから彼女の方から声をかけてきたのは意外だった。
「あ、その、そのですね」
もごもごと言い淀む秋山さん。
対して親しくない相手だと緊張してしまう性格なのかな? こういう人には気長に待ってあげることが肝心だ。
何かを言いたげな秋山さんを眺めて待っていた時、
「えっと、もしかして吉井殿は戦車道にご興味が……ひっ!?」
「殺気!」
背筋に氷を入れられた感覚に襲われる!
びくりと身を竦ませる秋山さんを背にして禍々しい重圧を感じる方へ視線を向けた。
「どうした吉井? 敵を見るような眼をして」
「頭巾をかぶったまま話しかけてくる人への対応として適切だと思うよ須川くん」
大洗の制服の上からFFF団の頭巾だけをかぶる彼の姿は不気味というよりシュールだ。けど笑えないぐらいの剣呑な雰囲気が出てるから秋山さんも怖がっちゃってる。いつものことだけどさ。
秋山さんと話してるタイミングで割って入ってきたってことは、まぁいつものやっかみなんだろう。
この後は毎度の様に僕と彼らの逃走劇が始まる展開なんだけど、今は僕の後ろには秋山さんが居るし、ちょっとナイーブそうな彼女を巻き込むのは申し訳ない。そう思って須川君たちに向けて両手を突き出して制止させる。
「須川君下がるんだ。ほかのみんなも」
「何を言ってるんだお前は? それより俺の話を聞いてほしい」
「話って?」
「物は相談なんだが吉井」
にっこりと笑う須川君の目は笑っていない。背後の秋山さんが小さく悲鳴を上げているのが聞こえた。
「今、戦車道に参加したい男子を探してるんだろ? その話、俺も加わらせてくれ」
『『『須川ぁ!!』』』
須川君の申し出にFFF団が吠えた……訂正、クラスの男子全員だ。
「まぁ待て! 坂本の話だと少なくとも最低4人は必要なんだろう? だったら人数制限に上限は無いはずだ。つまり
『『『!!!!』』』
須川君の意見にFFF団の連中はハッとした表情になる。
確かに須川君の目論見は雄二の話と合致してると思う。人手はあればあるほど良いワケだしクラス全員が履修しても構わないんだ。
……けどね須川君。
「そういうわけで吉井。俺たちにも履修届を分けてくれ」
「ごめん、須川君たちの分は無いんだ……」
『『『???』』』
「……それは一体どういうことだ?」
怪訝そうに尋ねてくる須川君。
不思議と申し訳なさを感じない彼の顔を見て生徒会室で履修届をもらった時のことを思い出す。
☆
『――てなわけでぇその履修届、来週の提出日までに提出しとけな~』
『は~い! って今日じゃなくて良いの? ここで記入しても大丈夫だけど』
『我々には他に業務があるからな。戦車道を推しているとはいえそればかり気を回すわけにいかん』
『一週間もあるから、履修するかしないかは焦らずしっかり考えてみてね。……これ以上余計な仕事増やされちゃうのはちょっと……』
『アタシ的には吉井が参加してくれっと退屈しなさそうな気がするから大歓迎だけどさ~。あ、そうだ。それとFFF団の連中には戦車道の話はすすめんな? あいつらには戦車道させたくないしね』
『え、何で? 参加者を集めてるなら多いほうがいいんじゃない?』
『ため口を叩くんじゃない! ……理由は簡単だ。普段の素行の悪さだ』
『アタシたちは慣れてるけどさ、あいつらと同じクラスじゃない限りあいつらの行動って過激すぎんじゃん? もしあいつらが参加したら女子が怖がって参加者減るかもしれないからね~。だから履修したいって言われても断っといて』
『了解~』
『(……でも会長、そんなことをしたら吉井くんFFF団の人たちからまた反感を買うことになるんじゃ……?)』
『(ま~大丈夫っしょ。生徒会の指示だって言えばあいつらも何も言わないだろうし)』
『(会長、去年の文化祭をお忘れですか?)』
『(……もーなるようになれだ!)』
『? 3人ともどうかしたの?』
『ん~ん、何でもな~い。精々夜道に気をつけな~』
『え、それどういうこと? ねぇ杏ちゃんっ? こっち見てくれない!?』
☆
『『『何故だッ!?』』』
「うわうるさっ」
FFF団の悲痛な叫びが教室に響く。
戦車道を履修したかったって思いがすごく伝わるけど、杏ちゃんの言い出した方針だし奴らの自業自得でもある。
「何でキサマは良くて俺たちはダメなんだ!?」
「そうだ! 鉄人の世話になる頻度で言えば俺たちとそう変わらないハズだ!」
「僕に言われてもどうしようもないよ。どうしても履修したいって言うのなら生徒会に直接釈明する他ないんじゃない?」
『『『ぐぬっ……』』』
その正論にぐうの音も出ないようでみんな口を噤んだ。
僕は履修届を持ってるだけだし、一枚だけじゃFFF団の連中を履修させることなんか出来ないよね。……あれ? 雄二の話じゃ戦車を動かすには最低でも3人必要って話だけど、僕以外のメンバーはどうやって集めればよかったんだろう?
あと2枚ぐらい生徒会からもらわないといけないかな? と首を捻ってると絶望に打ちひしがれていた須川君が顔を上げた。
「……わかった。諦めよう」
……ん?
須川君のその反応は僕にとって意外だった。FFF団も予想してなかったようでポカンと口を開いている。
「どうせ俺が駄々をこねても生徒会長は聞く耳を持たんだろう。なら今のうちに戦車道のことはすっぱり諦めた方がダメージが少ないだろうしな」
うんうん、と腕組して頷く須川君の表情は悔しさをにじませながらも晴れ晴れとしてる。自分なりに折り合いがついたのだろうか?
須川君のその態度にぼくは内心ほっとする。
やれやれ、むやみに嫉妬に駆られずにこれからを考えられるようになったってことは、須川君も精神的に成長できたってことかな。
「今回は仕方がないよ須川くん。ただでさえ君たちのイメージが悪いんだから、生徒会に認められるように印象よく過ごさなきゃダメだよ」
「……ああ」
素直に頷く須川君。
「……秋山さん、ちょっと後ろに下がってくれないか?」
「え、はい」
何故か須川君は秋山さんを僕から遠ざけ始めた。突然声をかけられた秋山さんは困惑した顔で言われるがままに後ろに下がっていく。
「――須川くん?」
振り向くと、上履きの裏が目の前にあった。
「死ねぇぇぇえええええええええええええええええええええ!!!!」
「ごぺぇっ!?」
ごしゃぁああ! と机を巻き込んで教室の後ろまで吹っ飛ぶ僕。
な、何なんだ!? いったい何が起こった!?
ぐるぐるする視界の中に入った須川君は、背後にどす黒いオーラを纏わせてゆらりと立ち上がった。
「いったぁ……」
痛む頭をさすりながら机の瓦礫から這い上がる。これ以上頭が悪くなったらどうするんだっ。
「生徒会に魂を売り渡した背信者がよぉ……これ見よがしに挑発しやがって……!」
「挑発って!? 僕は印象の悪い君たちが一段上の人間になったことを心から嬉しく思って――」
「印象が悪いとか去年校舎の壁を壊したお前にだけは言われたくねぇ!!」
「――っ! ……。……!」
ぐぅの音も出ないっ!!
ずるいぞ! それを出されたら何の反論も出来ないじゃないか!
「大体キサマと生徒会長が仲良しなのが気に食わない!! 俺たちなんか声をかけたことすらないのに……!!」
『俺なんか小山先輩に視線を向けたらスタンガン取り出されたんだぞ!』
『うっ! 桃ちゃん先輩って呼ぼうとしたら首筋に電撃を受けた記憶が……ッ』
『この前のイベントで角谷会長とあんこう音頭踊りたかったのに衣装が足りなくてハブられた……』
FFF団の連中が不満を口にするたびに伝播する嫉妬のオーラ。それは段々と殺気に変わっていき、教室にいる無関係な人たちを震え上がらせるほど膨れ上がる――。
『うひぃ……趣味が合いそうな人と喋ることも出来ないんですかこの学校は……?』
『えー、教室にいる皆さん。こちらは風紀委員です。机を前の方に移動させますのでご協力よろしくお願いしまーす』
『了解だ。さぁ者ども机でテストゥドの陣を敷け! 奴らの巻き添えを許すな!』
『い~やここは方円の陣で不意の一撃を耐え抜くべきだ』
『飛び道具に対する防御を優先するならトーチカが一番だが、机で再現出来うるものか……?』
『守りとか陣形とか幕末にはほとんど関係がないぜよ。ここは風紀委員の方の後藤に決めてもらうぜよ』
『え? じゃあエルヴィンさんで』
『『『それだ!』』』
『マジか。……どう作るか』
……いや、よく見たら震えてるのって先端に円柱の付いた棒を握りしめる秋山さんだけで、他のみんなは案外順応してる。というか歴女組すごいな。もう机で頑丈そうな要塞を作ってる……!
「っ!? な、何っ?」
そんな彼女たちに目を奪われていた僕は不意に、殺気とも危険な気配とも言えないねばつくような嫌な気配に身構えた。
ボゥッ! という音は怪しいオーラを纏った須川君から聞こえた。
「す、須川君? 何で松明を着けてるの?! まさか僕を処刑する気!?」
「い~や、キサマの言う通り俺たちの活動は生徒会の目から見たら道義に
どうぎ? を考えるなら血を見ない方法を常に使って欲しいものだ。
それに今感じたのは殺気とかそういったものじゃない、これは他人を貶めようとするクズの邪気ッ!
「要は履修届が無ければ貴様も俺たちと同じ立場になる! ヤツのカバンを燃やせ! あわよくばヤツごと燃やせ! 絶対戦車道を履修させないようにしてやるぞ吉井ィ!」
『『『おおッッッ!!!!』』』
「やめて! 明日からどうやってカッターの雨を防げばいいんだ!」
カバンの頑丈さと軽さと持ちやすさは盾として一級品なんだぞ! 塀をよじ登る時も踏み台として使えるし、体操服を詰めれば枕に早変わりする便利なものなんだ!
僕は履修届の入ったカバンを燃やされないように抱きかかえる。
そんな僕の姿にどう感じたのか、須川君を始めとしたFFF団はさらにヒートアップする。
「ちょっと待って、まだ諦めるのは早いんじゃない? 杏ちゃんノリで生きてるし生徒会に嘆願書とか出したら何とかなるんじゃ……」
「やかましい! 生徒会から依怙贔屓されてるお前と違って俺たちゃマトモに話したこともないんだよ!」
なんて悲しい叫びなんだ。
マズいぞ、須川君の叫びに呼応してFFF団の連中が頭巾をかぶりだしている! それに気づけば僕が教室から逃げ出さないように包囲網も造られて行ってる!
ダメだ。もう彼らとは話が通じない。
じりじり迫る松明の火。
殺気立つ彼らを観察して――僕は覚悟を決めた。
「……わかったよ須川君、FFF団のみんな」
「……ほう? 随分と潔いじゃないか」
「君たちがどうしても僕の(食生活の)輝かしい未来の邪魔をするなら、僕も本気を出すとするよ」
「(女子生徒とリア充する未来なんて)抜かしよる……ッ!!」
少しでも身軽になるために上着を脱ぎ、掴まれて拘束されないようネクタイを外す。
その時、パサリと一枚の写真を
「? なんだそ」
「忘れろッッッ!!」
「ろばんっっっ!?」
『『『須川!?』』』
がっしゃーん!! と。
僕とFFF団と、二限目の準備をするメンツとを隔てていた机が崩壊し、倒れた机が須川君を巻き込んだ。
「待て待て待て待て何でその写真を持っている!?」
「それを聞くならムッツリーニに聞いてカエサル」
「ムッツリーニ!!」
「…………何のことか、わからない……!(さっ)」
僕に詰め寄ってきたカエサルが今度はムッツリーニに非難の目を向ける。ごめんムッツリーニ、今回は君も巻き込ませてもらうよ。
『アレには鈴木さんの何が映ってたんだ……?』
『ムッツリ商会にカエサルさんの写真も出回るとは……もしや他にも……!』
『まさかまさかの私らにも飛び火するとはな』
『やってくれたな吉井……だが仕方なし! こちらも槍を取るとしよう!』
『示現流の錆にしてくれるぜよ!』
『……おりょうさぁ、時々コアな間違いを言うのはネタなのか? それともガチなのか? 正直笑いどころわからなくて困るぞ』
『ごめんぜよ』
ざわざわと騒がしくなる教室。
みんなの視線がまばらになった瞬間を狙って僕は教室から忍び出た!
『あっ! 吉井が逃げた!』
チィッ! 気づくのが速い!
誰かの声が聞こえた瞬間に僕は走り出す。結局こうなっちゃうのかチクショウ! 今思えば杏ちゃんのあの言動はこうなることを予期していたのかな?
FFF団に追いかけられるのはいつものことだけど、今回は履修届っていう明確な狙いがあるからコレを死ぬ気で守らなきゃならないんだ。しかも提出日まで一週間、ずっと奴らから逃げないといけない!
でも僕は諦めないぞっ。全ては学食無料券を手に入れるため……!
僕のカロリーを巡る、命を懸けた逃走劇の幕開けだ!
☆
――その日の放課後。
「……明久の奴、何故ワシを誘わなかったのじゃ……。少し寂しいぞい」
人知れず、木下秀吉は涙を流した。
ちょっとその後のおバカ達
「あれー秀吉君? 何で泣いてんのー?」
「キャプテンっ。秀吉さんだって泣きたいときがありますってっ」
「でも秀吉さんがあんなに落ち込むなんて……いったい何があったんでしょうか」
「並大抵のことじゃ動じないのに、ちょっと心配です」
「む……すまん、気にせんでほしいのじゃ。少し色々とな」
「いろいろ? あ、バッドエンドの映画とか観たんでしょ。確か昨日そんなの放送されてたもん。あたしも最初はワクワクして観てたんだけど、最後まで観てすごくへこんだ……」
「いや、そういうことでは……」
「でもあたしにはバレーがある! すっごく運動したらなんかどうでもよくなっちゃったんだ! そうだ! 秀吉君もバレーやらない? 体動かせばすっきりすると思うよ」
「……そうじゃのう、少し考えすぎておったかもしれんのう。ちぃとばかり汗を流してみようか……ありがとの、磯辺」
「? よぉし!! 秀吉君も練習に加わったことだし今日は特別メニューをやるよっ! まずは柔軟をやったら対角打ち100本かける人数分!」
「「「「おー!」」」」