凍れる女神   作:蕎麦饂飩

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第十話 『ひいろ』

誤解されがちだが、、女神自身は悪意の塊でも何でもない。

ただ単純に、相手の出鼻をくじく効率的なプレイングや強力な手札(カード)が好きなだけだ。

相手が場に強力な手札(カード)を揃えたら、場を一掃する罠や魔法を行使する。

その上で、自身の場に強力な手札(カード)を出して相手の手札が揃う前に速攻で蹂躙して勝利を収める。

ただ、それだけ、それだけなのだ。

だから、蹂躙される者の感情など興味すらない。

相手プレイヤーに敬意(リスペクト)を払う必要はあっても、相手の手札(カード)を破壊・無効化する事に罪悪感は感じない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故に、その手札(人々)の声に耳を傾けるなんてオカルト染みた行為には興味が無い。

某カードゲームアニメの様にカードの精霊の声を聴くくらいなら、

禁止級の強力なカードと戦略で蹂躙する。それも圧倒的なカードの引きすら相手にしないレベルで。

悪辣な手段を好むが、悪意はない。

悪意が無くてこれだけのことをしでかすのだから、人間から見れば兎に角性質は最悪なのだろう

 

 

いきなり大きなダメージを負ったアタランテに対し、氷のナイフをその足元に投げつけて女神は無情な宣告を行った。

 

「手足にその刃を刺しなさい。

1回に付き1分の猶予をあげる。それまでに、

刃を抜く。

その場から動く。

次の1分までに別の手足に刃を刺さない。

何れかの行為を行った場合にこの場の成人していないヒトの仔を爆発させます。

ですが、その途中で私に降る制約を行うのならば、術が掛けられたものを爆破はさせないとしましょう。」

 

「ぐっ。」

 

 

 

「では、最初の刃まで、10.9.8.7――――」

 

 

 

 

 

 

「待て、やりすぎた。」

 

「そうよ、考え直してっ!!」

 

「…卑劣すぎます。」

 

「止めて…、 あんまりよ。こんなの…。」

 

 

寧ろ、その宣告は女神の味方側からすらも非難の声が上がった。

 

 

マスターの命令ですら令呪でなければ従いはしない。

女神は自身の選択に絶対の自信を持っているからだ。

 

純潔の狩人は思う。

かつて、ジル・ド・レェ達が行ったことは聞き及んでいる。

だが、それでも今、彼らはこの村で改心しようとしている。

少なくともそのように感じられる。

 

フランスの敵であっても、少なくともこの村の味方ではあるのだと思う。

この村の子供達を含めて。

 

例えそうでないとしてもこの女神よりは幾分もマシな存在であろう。

故に、呼び出された強制力も多分にあるが協力したいと考えていた。

 

己の状態が十全なら一足飛びにあの女神の懐に飛び込む事も出来たのかも知れない。

だが、それを女神が想定していたが故に、足元を中心に大きな損傷を受けさせられた事が不甲斐なかった。

 

それ以上に、ただそのためだけに未来ある子供たちの命が利用されたと思うとアタランテは遣る瀬無かった。

 

 

 

 

 

 

…女神からすれば、高々将来性の無いヒトの仔の命程度で、これだけの収穫が出来たとの満足感があったのだが。

 

 

 

狩人は決断した。

 

「くっ、殺せ。」

 

それは、テンプレートなセリフだった。

 

 

 

そのスラング的な意味は介さないが、女神は笑って答える。

「その死を以って、アレらを見過ごせと言いたいのですね?」

 

「そうだ。」

 

 

女神は悩む。損益分岐点と成功率について。

これ以上刺激した上で、味方に付く可能性と、

暴走して人間の盾が通用しなくなる場合を。

 

決して、有象無象のヒトの仔などの心配などはしていなかった。

 

 

「ええ、解かりました。

アタランテ、自害なさい。」

 

 

 

 

その様を見た村人たちの反応は二極だった。

自分の子供たちに被害を及ぼさない為に、アタランテに犠牲になってもらわざるを得ないと目を背ける大人たち。

そして、――――――――――――――――――――――ただ純粋な正義を心に抱く子供達だった。

 

「お姉ちゃん死なないでぇっ。」

「死んじゃいやだっ。」

「そんな奴の事を聞いてはダメーーッ!!」

「リンゴ、ぼくのリンゴあげるから、死んじゃ、いやだよぉ。」

 

 

アタランテはその子供たちの方を向くと、微笑んで、

子供達から見えにくいように蹲り、自身の心の臓に冷たい刃を突き立てた。

 

誰もがその優しい死に涙を流し、顔を背けた。

女神一柱を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタランテの魂を上品に貪った女神は、次の一手を打つ。

家屋の中にいる一人の中年女性を操った。

そう、今まさにジャンヌ・ダルクを看病している女性であった。

 

濡れたタオルを地面に落として、代わりに手に持ったのは包丁。

それを持って魘されるジャンヌ・ダルクの方へ近づいて行く。

 

 

 

当然、ジャンヌ・ダルクを至上とするジル・ド・レェがそれを見過ごすはずは無く、

その魔術を以って、先程までジャンヌ・ダルクを看病してくれていた女性を、

 

…昏睡させた。

 

 

 

ジル・ド・レェには、彼女を殺める事が出来なかった。

そして今、ジャンヌの為だけに全てを棄てた己に、なぜそのような良心があったのか困惑し、

そしてその意味を理解した。

 

「人は、愛ゆえに何かを落とし、愛ゆえに何かを憎み、愛ゆえに何かを拾い、愛ゆえに何かを救う。

…あの存在には到底理解できまい。ふはははは。」

 

 

 

かくして、彼は決意を固めた。

ジルは未だ意識の無いジャンヌを横抱きにすると、そのまま家屋から出て、

女神の前に現れた。

 

「この度の事は、全て私が聖杯を以って仕組んだこと。よって

この命を以って罪を償う事で許してもらいたい。勿論聖杯はお渡しする。」

 

 

カルデアのメンバーには、その殊勝な態度に疑念を持つ者がいなくも無かった。

しかし、少なくとも女神はそうでは無かった。

 

 

「ええ、構いません。

慈悲です。云い残す事は?」

 

 

「在り難き幸せ。唯一の心残りはこのジャンヌです。

彼女は本物のジャンヌ・ダルクではありません。

私が創り出した贋作です。

ですが、それでも、それでも、私は彼女に、

フランスに殺され、私に貶められた彼女に、

例え偽物であろうとも生きていてほしいと思うのです。」

 

それが、彼の遺言であった。

ジル・ド・レェは地面に残ってあった、氷の刃を無造作に掴むと、

その首筋にあて、迷いなく引き裂いて地に倒れた。

 

その命を以って、救えなかった聖処女を救うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勿論、それを女神が本当に承諾するかまでは判らないが。




緋色
悲色
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