ジル・ド・レェが倒れた直後、ジャンヌ・ダルクは目を覚ました。
彼女は移ろう意識の中、自身の真実を聴いていた。
そこに絶望が無かったと言えば嘘になる。だが、今は…、
今は自分の為に自害しようとしているジルを止めなければならない。
何としてでも、止めなければ、ならない。
無意識の海をかき分け、意識の空を突き抜け、
ようやくその目が覚めたとき、
――すでに遅く、ジル・ド・レェは斃れていた。
「ジルゥッッーーーーーーーーー!!!!」
昏き聖処女の悲痛な叫びに女神は何時もの通りの微笑で佇んでいた。
「よくも、よくもジルをっ!!」
竜の吐く気炎の如く怒りに燃える偽の聖女。
パチ パチ パチ
そこに、拍手の音が聞こえた。
拍手の主は、ジル・ド・レェが落とした聖杯を手に取って言った。
「残念だ。この程度か、大将軍ジル・ド・レェ。
剰え、此処で降伏するなんて。」
この悪意溢れる行動は良くも悪くも女神で慣れた一行だが、
女神以外にもこのような性格の悪い者がいるとはマリーもアマデウスも想定外であった。
その二人は、今ここに突如現れた男を見て思う。
きっと、女神同様人間の精神構造をしていない筈だ、と。
そしてそれは正解である。
女神もこの男、レフ・ライノール・フラウロスも人間ではなかった。
「憎いだろう。赦せないだろう。許せないだろう。
このような相手が生きている事自体が、そうだろう?
ジャンヌ・ダルク。その贋作よ。」
「憎い。憎い。憎い。憎い憎いにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ――――――――」
「ならば、この村人達を喰い尽くし、その力を以って復讐すればいいじゃないか。」
その悪魔の誘惑に村人達はゾッとした。
何てことだ。
助けなければよかったか?
こんな結末になるなんて…。
カルデアの者達もその前にジャンヌを斃さんと臨戦の態勢に移った。
「憎い。憎いが、これ以上ジャンヌ・ダルクを、汚せない。
ジルの理想を汚すわけにはいかない。
これはジャンヌ・ダルクのサーヴァントとしてでなく、ルーラーとしてでなく、ましてやアヴェンジャーなどとしてでなく、
ジルに創り出された私という一人の人格としての選択だっ!!」
その言葉に、村人達は聖女を2度も
仲間のサーヴァントも何時の間にかジャンヌ・ダルクに向けていた武器を下ろし、
カルデアのメンバーは(女神を除き)感動し、
例の女神様は何時ものように微笑を浮かべ、
そしてレフ・ライノール・フラウロスは、
――――――――――――――――――――その決意を冒涜した。
「ははは爬頗HAは破刃はHAハハ。
滑稽だ、無様、見るに堪えない。ああ、もういい。そんな想い、そんな決意、そんな信念、
もう全て――――――――――――――――――――汚れてしまえ。」
レフはその聖杯を捧げる様にしてその中に降り注ぐように溜まった汚濁を、聖杯ごとジャンヌに叩き付けた。
「くっ、嫌だ、こんなの、ぐあああああぁぁぁぁぁっっ」
のた打ち回るジャンヌ。
見れば彼女の味方の、つまり同じ聖杯で呼び出された他のサーヴァントも同じような状態であった。
処刑人、シャルル=アンリ・サンソンが、
「駄目だ、それは免罪だ。罪もない人々を殺すなんて、それは駄目だ駄目だ駄目だ駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目―――――」
オペラ座の怪人が、
「ああ、クリスティーヌ地獄に堕ちる我が身を救い給え…」
フランスを駆けた男装の麗人が、
「こんなのは、認めないっ!!。誇りを汚されるならいっそ死をっ!!」
その誰もが自分に己が得物を突きつけようとするが、それも能わない。
本来の世界とは異なり、呼び出した召喚者の心が闇から晴れかけていたが故に、
狂度が低く召喚された故に、彼らは改変の泥に苦しんでいた。
だが、その抵抗にも限界が来る。
「口では何といおうと、身体は正直のようだ、見給え。」
レフが呟いた通り、彼らの身体は一様に奇怪な、いやそのような言葉では済まされない。
醜い眼が幾つも身体に現れ、巨大化し、その周囲からは手足の指が変質した眼で連なった触手が近くの村人に襲い掛かろうと、
また、他の触手がそれを押さえようと、まさに地獄からはい出た悪魔のような姿に変わっていた。
「逃げ…逃げなさ…い。」
今まさにその触手が届きそうになった少年に、そう叫んだジャンヌだったが、
その変質した体から出たおどろおどろしい声に、寧ろ少年は腰を抜かして動けなくなっていた、
そうしている間にも少しずつ触手は伸びていき、
――――――――遂に、少年に届き、その皮膚の中身を全て吸い尽くした。
同時に、偽りの聖処女の何かが壊れた。
「死にたい、死にたくない、死にたい、死にたくない、殺して、早く、殺して、ころす? ころす。
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――――」
他のサーヴァントも同様だった。
「では、精々抗ってみてくれたまえ。
随分と可愛らしい姿になったジャンヌ・ダルクとその仲間達に、な。」
レフという名の悪魔はそう言い残すとこの空間から消え去った。
希望からの絶望への転移差より、
未だ立ち直る事が出来ない人間達やサーヴァント達が聴覚と視覚以外の全てを本能的にシャットダウンして再起動している中、
最初から今まで只々その様子を平常運転で微笑みながら見ていた女神は、その手の中に氷の槍を召喚した。
「あら、私とした事が思わず魅入ってしまいました。
相手のプレイングに感嘆したのはアルテミスの時以来です。
相手のプレイングをリスペクトしたり、敢えて見過ごしてエンターテイメントをする趣味は無かったつもりなのですけどね。
姿が変わった瞬間に、まだ人外として羽化したばかりの段階で葬っておけば良かったのですが、今からでも遅くはありません。
さて、次善の策を講じましょうか。」
遊戯
友諠
有義
レフの言う可愛い姿というのは、割と真剣な感想です。