凍れる女神   作:蕎麦饂飩

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第十六話 『かんき』

『旧い書物』によると、悪魔フラウロスは三角の魔方陣の中ではその悪魔メフィストフェレスにも似た狡猾で醜悪な精神を縛られ、

知る限りの召喚者の望みの事を答え、召喚者を守護する義務を強く負う。

その守護には、他の悪魔からの攻撃さえも対象に含まれるという――――――――――――。

 

悪魔と言うのは伝承の精神体。

故にその伝承に引き起こされる制約は想像を絶するものがある。

 

ましてや悪魔の天敵である神が仕掛けた多重三角陣による拘束ともなれば、

最早フラウロスと言えど対処のしようが無かった。

 

「御気分はいかがですか?」

 

憎悪に燃える心で、しかしその感情さえ制約の検閲区分として束縛と苦痛と強制の対象となる。

フラウロスは、全く最悪と言う言葉すら生ぬるい気分だと言おうとして、

 

「麗しき女神様とお話しできて天にも昇る気分です。」

 

と訂正させられた言語を話さざるを得なかった。

なまじ女神と話す事自体には好ましい感情がある故に、それが余計に悔しかった。

 

「悪魔が天に上る事は無いのですけどね。」

 

女神のそんな対応があるのなら尚更だ。

女神の制約によりそれでも愛想笑いを浮かべなければならないフラウロスは、

まるで惚れた弱みで良いように使われる哀れで無様な男のようだった。

 

「…っ、私に何を聞きたい? 何をさせたい?」

 

「あら、良いのですか? では折角なのでお言葉に甘えましょうか。」

 

フラウロスはこの悪魔を管理する魔方陣を理解する故に、

悪魔に何かを答えさせたり何かを行わせる魔方陣であることを理解したからこそそう言ったのだ。

 

要するに、「くっ、殺せ」というようなニュアンスだった。

 

勿論それは女神も当然理解している。

術式の構成者なのだからそれは前提であった。

 

だが、その上で白々しくそう答え、

悪魔の言質を取る事で魔方陣と絡めた契約の鎖を強めていく。

フラウロスが何か反応を取る度にその鎖は蜘蛛の糸のように絡みついていくのである。

悪魔と言う伝承と契約の生き物の本質を責めた手段。

二重の意味で嫌らしい女神のやり方はまさしく悪魔以上に悪魔らしいやり方だった。

 

「では、こうしましょう。

私の質問には幾つでも必ず真実を答える事。私と私の呪縛に逆らわない事。

では最初をしましょう。今のあなたの主人は誰ですか?」

 

「…女神だ。」

 

悪魔もさる者。成程嘘は言っていない。

女神もこれにはにこりとしている。

からかわれた怒りではなく、ただ普通に傅かれた事や服従の呪法が大成功したことを喜んでいる部分もあるのが残念な所だが。

 

 

「それでは、その前の主人は誰でしょうか?」

 

「…ソロモン王だ。」

 

 

そこに大きな驚愕は無かった。

悪魔が昔ソロモン王の僕であったことは有名だからだ。

 

「では、ソロモン王の亡き後、私に仕えるまでの主人はいましたか?」

 

 

これは最初に女神が聞こうとした問いであった。

即ち誰の命令で例の大惨事(大賛辞)を引き起こしたか、と。

 

 

「…いない。」

 

 

その問いの真の意味を理解できたのは女神とロマニだけだった。

 

「…そうですか、随分と永く時を過ごすものもあるのですね。

では、あなたが私に仕えるまでに目的としていたことは?」

 

「カルデアの爆破だ。」

 

 

 

「ではその目的は?」

 

「…人理の破壊だ。」

 

 

 

「では、―――その目的は?」

 

 

そこまで女神が聞いたとき、フラウロスは激しくもがきながら奇声を発し始めた。

密閉された高圧空間に詰められた水が熱を与えれたにも拘らず、その隙間が無い故に気体になれないかのように。

 

だが、羽虫に蜘蛛の糸は千切れない。

無駄に体力を消耗するだけの行為だった。

無駄に死の恐怖を煽る行為だった。

無駄に捕食者の愉悦を煽る行為だった。

 

それでも、その行為は無駄ではなかった。

自身が傷つくことになっても、自身が助からない事が解っていても、

仲間の為にもがくことは、その想いは、その遺志は決して無駄ではないのだから。

 

 

 

「――虚数式反転圧縮法・出力分配先=オルガマリー・アニムスフィア」

 

女神がそう言葉を発したと同時に、フラウロスの上空から光の奔流が押し寄せてきた。

その光は明らかに囚われたフラウロスを押し潰すような粘性と重量感のある不透明な光だった。

 

 

その光はオルガマリーを出力先とした現代魔術風にアレンジされた女神の呪法により空中で凍結させられていた。

その光の上に現れた強大な2つの気配はなお光を押し込もうとその圧を加えてくるが、

オルガマリーより出力される天外の魔術により完全に封鎖されて徐々にその光に昏き淀みが増して闇色へと変わっていった。

 

フラウロスに対する何かしらの攻撃に対する対処魔法の出力先となってはいるものの、

その制御も魔力も自身のものではないオルガマリーではあったが、

ただ出力先となっているというだけで、強化された、いや強固に再建された肉体が、魂が悲鳴を上げている。

その苦しみは時折嗚咽となって滲み出ているが、負けず嫌いな彼女は決してそれを周りに見せたくは無いようだった。

彼女の演技力がもう少し高ければ、彼女の苦痛は外には漏れなかっただろう。

 

その在り方を見て、七の獣たちは各々オルガマリーの弱さ(つよさ)に驚嘆を禁じ得なかった。

オルガマリーの口元から血が漏れ出し始め、彼女が地に膝を着いた時、完全に昏く染まった光はガラスのように世界に砕けた。

 

そして砕け散った不透明な光の向こうにいた存在を知っているフラウロスは、

その名を呟いた。

 

 

「ウヴァル、グシオン…。」

 

 

 

ソロモン王の伝説にフラウロスと並べて語られる神代の悪魔である。

 

「……まさか、最も新しく最も旧きもの、か?」

 

「勘違いするな、オレはお前を口封じに来ただけだ。」

 

女神から目を離さないウヴァルと、フラウロスから目を離さないグシオン。

グシオンからはどことなくツンデレ臭がするが、実際フラウロスを破棄しようとした時点でそれをツンデレと認識する事は、

人間の感性では難しすぎた。

 

だが、悪魔的にはごく普通にツンデレの範疇に入るのだろう。

その証拠に彼は女神をみてブツブツ呟いているだけのウヴァルとは違い、

無言型の自身の『敵対者の好感度を逆転させる程度』の能力を発動させ、

女神に心酔させようとしているフラウロスにかかる術式作用を反転させ、その拘束を解除しようとしていた。

 

そんな、グシオンは作業をしながらウヴァルが何を呟いているか、少しだけ耳を傾けたが、それを直ぐに後悔した。

 

「やはり、こんな奴の言う事は聞く必要も無かった。」

 

そう、ウヴァルは恋愛脳というかスイーツ脳というか兎に角恋愛にうつつを抜かして、

恋愛結婚至上主義だと伝えられる悪魔で、如何にして美しい女神をものにするかを只管シュミレートし続けていた。

まるで拗らせた陰気系ストーカーであった。

 

「これだから根暗のひきこもりは…。」

 

そう腹立つグシオンだったが、下らない相方の気持ちが少しだけわかるのが余計に彼をイライラさせた。

普段、能力はウヴァルとグシオンの能力に類似は多いくせに、魅入る対象の趣味は真逆であった。

 

だが、初めてここで女性の趣味が完全に一致してしまった。

同程度の体格と容姿と能力で気に食わない腐れ縁と同じ嗜好という腹立たしさが彼の気を削いでしまった。

 

そんな、彼の耳に清涼な女神の声が響いた。

 

 

 

「七つの獣の皆さん。大神(マセガキ)に斃された正当なる雷嵐の皇竜(テュポーンとエキドナ)の仔をご存知ですか?

後に庇護する筈の両親から離され、神々の家畜や英雄たちの試練としての贄にされた仔らを。」

 

「キマイラか。」

 

「ヒュドラもだ。」

 

「ケルベロスもだろうな。」

 

「黄金…羊の…番竜」

 

「カリュドンの母猪、いやラドンの方が有名か?」

 

「……知りません。」

 

 

ローマ時代に生きた人間の会話のレベルにはマシュは付いていけなかったが、

そもそもマシュは女神と話をしたい訳でもない。

必要な事なら兎も角、雑談に興じる仲では無いつもりだ。

勿論、そんなつれない態度を女神が気にすることも無かったが。

 

「往々にしてその仔等は多頭、又は多くの仔を孕む存在であり、

その意味は、複数の災厄の集合体です。

地震なら津波や地盤沈下を、大雨なら土砂崩れや作物の根腐れを引き起こす様に、

完全に単一の被害と言うものこそ極めて珍しいのです。

では、私が引き続きフラウロスを抑えていますので、貴方たちはそこの悪魔たちを叩きのめしてください。」

 

 

 

割と無茶な事を云う女神であったが、この状況ではそうせざるを得ない。

何せ、悪魔たちの戦意の高揚具合は大人しく還ってくれるようには見えない。

 

 

「勿論、貴方たちが戦うサポート程度はしてあげましょう。

多角的な禍は転じて恵みになるのです。地震は地表の歪みを正し新たな活性を与え、大雨と洪水は地に栄養と水分を齎す。

私は、暫く少し女神らしくこの悪魔とお話をしていますので。」

 

 

その女神の言葉が終わるや否や、場には2つの恐怖が先んじて顕れた。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”――――――。」

 

 

一つは悪魔の悲鳴。先程グシオンの支援で拘束からの自由を取り戻しかけた事をフラウロスが後悔する位、

緩くなった拘束が逆転して当初以上のきつさと鋭さを以って尋問、いや拷問を開始した。

 

そしてもう一つは、

 

 

「GGGRRLUULRAAAAAAAH!!!!」

 

 

 

大地を砕き海を呑み込む大蛇竜にして悪魔を超える大悪魔、

人に伝わるその名前は―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか―――、リヴァイアサン…!?」

 

 

流石のカエサルもその顔に余裕を残せなかった。

これはそれほどの存在であった。

 

絶対たる力の象徴、巨悪の象徴にして純真なる大自然。

無限に成長する証であり、輪廻の象徴。

 

大悪魔にして大自然にして大蛇竜リヴァイアサンは2柱の悪魔を睨み軽くその息、

つまり途轍もない暴風を吹きかけた。

 

 

ただそれだけで、悪魔たちは口を押え、時折苦しそうに咽せ始めた。

彼等は、地上で溺れているのだ。

只生きているだけで溺れる苦しみを、人が水中で生きられないという恐怖の概念()を体現させられた。

 

女神は笑う。「これなら問題ないでしょう?」と。

 

 

「えげつないな。」

 

「…女神様はそういうお方だ。怒らせてはならぬ。」

 

苦笑いにもならない引き攣った笑みで何とか余裕を見せようとするカエサルと、

乾いた声で答えるレオニダス。レオニダスは仮面がある事を今は在り難いと思った。彼もまた、恐怖に凍り付いていたからだ。

 

アレキサンダーは果ての海に住まう怪物の恐怖に言葉も出ず、

カリギュラは久しぶりの神々の神気に中てられてその狂気を深めた。

 

 

「では、思う存分甚振って―――、いえいえ、全力で戦ってください。

そうですね、スズメバチは2匹以内なら警戒、3匹以上なら戦闘の行動を採るそうです。

あり得ない話ですが、網から逃げたハチが他の2匹と合流したら面倒だとは思いませんか?」

 

 

女神の言葉に、そしてその言葉と同時に更に深い苦痛の絶叫を上げたフラウロスの苦痛に背中を押されたように、

カエサル、レオニダス、アレキサンダーと諸葛亮、カリギュラは悪魔たちに向かって走り出した。

 

 

その場に残ったマシュ・キリエライトは同じく場に残ったロムレスに問いかけた。

 

女神(アレ)は、何なんでしょうか、存在してよいものなのでしょうか?」

 

それは当然の疑問だった。

悪を超える巨悪がただ味方の陣営にいるようにしかマシュには思えなかったのだ。

 

「…解らない。が、往々にして神々は悪魔よりも遥かに恐ろしい。」

 

暗にその事実を受け入れるロムレスに、自分の方が間違っていると思えてくることそのものがマシュの恐怖だったが、

味方(・・)が自分の中にしかいないような気がする以上、ロムレスのその姿を盾に、

女神の威光(力の絶対さと恐怖)に耐える他無かった。

 

そんな恐怖と理不尽への怒りを身に宿すマシュに対して女神が思う所は、何故戦闘に参加しないのかという所でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

多勢に無勢、挙句に相手のバックには恐ろしい魔物で自分達の体調は最悪。

それでもウヴァルとグシオンは良く戦った。

捕らえられた仲間を解放(・・)するため、主の怨敵を排除するために良く戦った。

だが、考えても見ればわかる事だ。水中でライオンはサメには敵わないし、陸上でサメはライオンには敵わない。

何もしなくても勝負がつくからだ。そもそもそんなものは勝負にすらなってはいない。

 

仲の良くない2柱が協力しながら、時に庇いあいながら、時に互いを囮にしながら戦った。

だが、絶対的に不利な状況の戦闘、いやこれは最早蹂躙の中に万に一つも、億に一つも、那由多の中にさえ勝利は見つからなかった。

 

現在、英雄たちが何もしなくても酸欠でこと切れる寸前の人間達のように片手で口を押え、もう片方の手で宙を掻く悪魔たち。

その哀れさとむごさに思わず目を逸らしてしまった彼らが向けた視線の先には女神がいた。

 

悪魔たちを苦痛の淵に追い詰め、落とし込み、辛うじて指1つで現界の端に繋がっている状況を見て、

女神は穏やかに微笑んでいる。その様は今まさに発狂して人間の想像する恐怖の極限の様な表情をした悪魔たちよりも遥かに恐ろしかった。

 

女神は見えぬ鎖に縛られたようなフラウロスを引きずりながらウヴァルとグシオンの前までやって来た。

フラウロスは既に正気を保てていなかった。

 

「コレを見て下さい。つい先ほどまで消えそうになりながらも、

時折、敢えて拘束を緩めた時には、

『絶対に貴様に屈したりはしない。』と言っていたのですが、ご覧の有様です。

貴方たちはもう少し賢いものだと思うのですが、どうでしょうか?」

 

 

それは既に質問で無く脅迫だった。

 

「くっ、殺せ。」

 

そう答えた強気なグシオンだったが、

 

「…貴方も隣の悪魔のように素直になりなさい。」

 

女神の言った通り、ウヴァルは限界を越えていた。その姿をグシオンは認識してしまった。

 

「……め…がみ…さ…ま、めが…み…さ…ま…め……め…が―――――」

 

その様を見て心が折れたのを確認したのだろうか、グシオンもまた崩れ落ちた。

そして消えかかるウヴァルとグシオンの様をフラウロスを縛る鎖を吊り上げて見せつけた。まるでそこは地獄だった。

 

 

「フラウロス、貴方を態々探して解放(・・)しようとやってきたお仲間はこうなりました。

何か思う所があるのなら言っていいのですよ?」

 

「………すまない。」

 

 

その懺悔を聞いた女神は少しだけつまらなそうに微笑を歪めた。それに気が付けた者は女神自身を含めて誰もいなかった。

 

「…聞きなさい。もし、彼らを助けられるのなら、助けられると私が言ったらどうしますか?」

 

それは悪魔染みた誘惑の言葉だった。

その差し伸べられた手を掴めば後は堕ちるだけ。しかもこの話し方では確約でもないのだろう。

それでも、もはやフラウロスにはそれしか選択肢は無かった。

他の選択肢は全て女神に奈落へと落とされていたのだから。

 

「何でも、なんでもしま…す。」

 

 

女神は僅かに口元を吊り上げた。

 

「その言葉が聞きたかったのです。

――――汝の魂は我が奴隷となり自由を放棄することを聞き届けた。

慈悲の下、希望も絶望も願望も我が許可の檻の中にのみ赦そう。

此処に契約は――――完了した。」

 

女神の悪魔を見つめるその眼差しは蔑んだようなものだった。

 

リヴァイアサンを還し、3匹の悪魔を家畜(サーヴァント)とした女神は、悪魔たちを無理矢理抱合せると、

女神は何か透明の物を摘まんで、それを彼らに射し投げた。

 

3匹の悪魔はその何かを基軸に吸い込まれるように溶け合うように崩れ、再生していった。

そこには目に見る事も悍ましい何かの骨子があった。

 

「…ユナイトには成功しましたが、思った以上に中身がボロボロのようですね、素材が足りなかったのでしょう。

仕方ありません。もう少しこの世界を愉しみましょうか。ロマニ、良いですね?」

 

 

 

 

女神はこの世界を観測するロマニ・アーキマンにそう命令した。




喚起
寒気
神吉
歓喜
還気



女神
「戦っても生き残れない事はよくあることです。
私の前に顕れた貴方たちが悪いのですよ。」

悪魔たち
「女神には、勝てなかったよ。」(ダブルピース)



浅倉並に外道な女神様ですが、性格は寧ろシロウ(神崎さん家の方)に、
次点でシンジ(城戸さん家の方)に似ています。
無駄な事に気が付かず無謀に自分が正しいと思って突き進むところが。





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