七の獣たちを名乗る一行は当代のローマへと向かった。
そこで待ち受けていたネロ・クラウディウスに女神が代表として現段階においては戦意は無い事を伝えた。
勿論、その後に状況によっては『当然その首を落とす事もある』と何時もの通り余計な事を言ったのだが。
その上、ネロの目の前でフラウロスから取得した聖杯を以ってネロ・クラウディウスの怨敵にして母、
アグリッピナをサーヴァントとして召喚。
最早、ネロを煽っているとしか思えない行動に流石のオルガマリーもやり過ぎだと咎めた。
だが、サーヴァントとして呼ばれたアグリッピナのスキルにより、
ネロに対する薬物と精神的な支配による特効が働く故に、ネロは安全だと全く別の方向で理解している女神につける薬は無かった。
そんなネロの様子をカリギュラの背後に佇むアグリッピナは冷やかに、そして愛おしそうに眺めていた。
そんな空気の中、
「マスター、ガチャ、というものを知っていますか?」
女神がオルガマリーに自分から唐突な雑談を持ちかけた。
「ガチャ…?」
「ええ、ガチャポン式人材取得システムです。マスターの時代の言葉に合わせてみたのですが、
マスターがご存じないのなら私の時代の言葉で■■■■■■■……そうですね、
再聖産という意味の言葉で良かったのでしょうね。」
「『再聖産』?」
その意味をオルガマリーは聞くべきでない事は何処かで理解していた。
だが、魔術師の性か、その好奇心が闇に首を突き入れる事を急かしたのだ。
「ええ、死んでも惜しくない不美人10人程を犠牲に、
死ぬには惜しい美人の死骸を再生させるのが確定型、
その存在力と生命力を以って肉塊を新たなる胎として新たに死なせたくない美人になる可能性が高い状況で生まれ直させるのがランダム型、
といった具合ですね。殆ど後者の意味で使われることが多かったですね。
勿論容姿だけではありません。高い能力や学識を持ち世界に多くの影響を与える可能性が高い仔を作る為に、
大して役に立たないであろう貧困国で生まれたばかりの奴隷の乳児たちの脳漿をかち割って混ぜ合わせて、
乳児たちの皮を以って作った容器の中に溜め込んで妊婦に飲ませたり、その容器を胎にすることもありました。
要らないカードを数枚リリースして資産の様なものを取得して、その資産を以ってレアカードが出るくじを引く仕組みです。
今後使う事も無い1~2つ星のカード3枚をリリースする事でデッキから2~5つ星のカードをランダムで1枚場に出す事ができるのなら、
美味しいものだと思いませんか?
最初からこういえば解かりやすかったですね。
また、障害を持って生まれた生贄要員なら普通の生贄要員よりも多く材料として必要としていましたね。
2つ分で一人前の材料として扱っていました。
どうせ子孫を残す事にならない上に、国に入りきる人材ストックをオーバーした時に、
最初に破棄される要員ですから当たり前ですよね。
私を信仰していたスパルタなどではごく普通の光景でしたよ?
どうせ生きていても大して役に立たない子孫しか作れない100名よりも、
天才的な10名の方が
より良い価値を産むのですから。
ただ、やりすぎて人口問題にも影響がありましたが。」
自分が行ってきたことに何一つ疑問を持たない様に語る女神。
魔術の世界に嗜むものとして理性的には納得のいく話ではあるが、
人間としてはドン引きしてしまう。それを悍ましいと感じる程度には、幾ら覚悟を固めようとしてもオルガマリーは優しすぎた。
彼女の父親ほど冷静にはなれなかったのだ。
女神の所業は悪魔よりも悪魔染みており、
それを熱心に信仰し、深行するスパルタは他国にとって倫理的にも滅ぼされなければならない理由があったのだ。
「私が望む世界に近づけさせる為に、死ぬ運命の娘をプレイスタルコスに与えました。
おかげで、プレイスタルコスはガチャ狂いになりました。
建前としてはアテネもペルシャも非道なスパルタを滅しなければならない。悪徳の文化を広めさせてはならないと言っていましたが、
結局は羨ましかったのです。恐かったのです。嫉妬したのです。
美しく遺伝子を調律された人々に、粗い遺伝子の自分達が競争に負ける事に、支配されることに、置いて行かれることに。」
女神は何処までも冷静で冷酷で冷徹な存在だった。
世界を巻き込んで命を冒涜し心を否定しながらもその笑顔は少し残念そうな微笑を浮かべていたのだから。
人は、特に先天的に他者との競争に不利な存在は、
身長や容姿、IQ等、人は生まれ持ったもので努力ではどうにもならない能力で比較されることに憤慨し、
優しさや笑顔や頑張る姿など、目に見えない、ごまかしや修正の利く能力で比較されることは許容する。
だが、優秀な遺伝子を遺す事においてということだけを見れば必要なのは前者の能力なのである。
確かに理不尽な事かも知れないが、生まれもっての不平等に強制的な平等を齎す事こそ女神は理不尽だと嫌悪する。
人間は遺伝子の詰まった肉袋としか認識できない女神にとって、
先天的に劣った者が劣る故に他者の数倍努力して周囲に並ぶことができたとしても、
女神が評価するのはその結果のみ。数倍努力した事には水一滴分さえ評価しない。
その後、努力し続けなければいけない苦痛の中、足掻くことに疲れ人並み以下に落ち込んでしまえば、
その者に対する評価は可哀想な報われない人では無く、只の足手纏いにしかなり得ない。
子孫を遺す用の種家畜や畑家畜が食肉用の家畜に虐げられて滅ぼされるなんてあってはならない。
子孫を遺すべきでない劣等個体が栄えて、遺すべき優越個体が潰えるのは未来を考えれば考える程損害の影響が大きくなるからだ。
故に、―――女神は再聖産のシステムを素晴らしいものだと思っている。
「ところで、ネロ・クラウディウス――当代のローマ皇帝よ。
貴女が望むならこの女神がローマに再聖産を齎しても宜しいのですよ。
この国の余計な人材を消費して、有能な存在を引き当てられるかもしれない権利を貴女に与えてあげましょう。」
有象無象10000人よりも10名の美しく強く賢い英雄たちの方が貴女だってお好きでしょう?
そう続く言葉はまさに悪魔の契約そのものだった。
だが――――
「その申し出は在り難いが、余は今を生きるローマ市民たちの命の、そして心の輝きを愛しておる。
折角だがその誘い、断らせてもらおう。」
その晴れ晴れとした表情には少しだけざまぁみろ的な内心が表れていたが、
歴代のローマ皇帝たちもこの尊大な態度には思わずニッコリ。
『流石は当代のローマ皇帝である』と皆口々に褒め称えた。
それには流石の暴君ネロもはにかまずにはいられない。
何だか、女神の思惑が外れた様でマシュ・キリエライトもどことなく機嫌が良さそうだった。
レオニダスは内心その空間の先程までにはない明るさに気持ちが高揚しながらも、
女神の機嫌を損ねていないかと若干不安を感じていた。
因みに先程の死ぬと分かっている妻を息子に与えたことに関しては、
例え短い間でも真剣に愛し合う妻を息子に授けてくれた事に感謝する事にしているという、
人格者過ぎて恐い所もあるレオニダスであった。
レオニダスが恐る恐る伺った女神の表情は、何時もの通りの微笑だった。
だが、そこはかとなく先程よりも恐ろしい感じがした。
「折角、10人の消費で9の力で1人の再聖産を行い、
余った1の上澄みを頂こうと思っていたのですが、まあいいでしょう。
スパルタの時と違い私の取り分は入れていますが、
それでも再聖産を回させるために、敢えてハズレを多くしたりしない優良な運営をするつもりだったのですが。」
女神は心底親切心から言っている様であり、事実その通りなのだが、
要するに犠牲になる10人の命はゴミであるとか、そのうちの一人は女神のエサとなるだとか、
とてもではないがまともでは無い。
「そなたはまるで悪魔のようだな。女神とは名ばかりだ。」
ネロも思わずそう告げる。
だが、女神は平然と、いや、オルガマリー以外には解からないほど少しだけ機嫌を悪くしながら答えた。
「貴方たちも戦争の時には神に祈りを奉げるでしょう?
供物を奉げながら自分達に正当性があるから消滅しても良い敵を滅ぼして、
生き残るべき自分達を生かせと。そして栄光と財産を齎せと。
そう、祈り続けてきたでしょう?
奉げる供物と敗北者として消える対象が自国民の一部になったというだけで、
何をそんなに無礼な態度を取るのでしょうか。」
女神には、人の心が解からない。
そして女神はこのままであればローマも凋落していくと言った。
勿論、それはこの後すぐと言う話ではない。
だが事実ではあった。ロムレスに言わせればローマ帝国が滅びた後の世界すらローマで在るとの事だったが。
それだけではネロを動かすには至らなかった。
ネロは、
「短くも美しく咲き誇るのが華というものであろう。」
と避けられぬ滅びの運命を半ば肯定する発言で返した。
故に、女神は亡霊を召喚した。
ネロ・クラウディウスの最初の妻―――――クラウディア・オクタヴィアを。
未だこの時代においては生存しているオクタヴィアに、死後のオクタヴィアの亡霊を憑依させた。
ネロ・クラウディウスの自分勝手な都合の為に咎無く無理矢理自殺させられたオクタヴィアの亡霊を。
「ああ陛下、どうしてどうして私を棄てるのですか? 私を疎むのですか? 私を殺すのですか?
私は只々貴方様に尽くしてきたではありませんか、愛し続けてきたではありませんか。
どうして私を、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして―――」
先程までネロの後ろにひっそりと控えていたにもかかわらず、突如ネロの目の前に躍り出ては、
いきなり狂いだしたかのように体をくねらせ首をひねり続けながら、それでも血を流す目の焦点はネロだけを見つめて問いかけ続ける妻の様子を見て、
ネロは女神に怒りと共に言葉をぶつけた。
「一体、余の妻に何をしたっ!!」
その果てしない怒気をぶつけられても女神は微笑を崩さない。
「クラウディア・オクタヴィアに何かしたのは貴方でしょう、ネロ・クラウディウス。
彼女の家族を死に追いやり、浮気をし、暴虐を振る舞う貴方に我慢を続け、
貴方に知られぬところで貴方の悪評を止めんと紛争し、民の為に尽くし、
それでも、自身の奔放さを縛る鎖としてよりにもよって貴方自身が姦通の罪をかぶせて離婚と自死に追い込み、
浮気相手へのご機嫌取りとしてその首を切り落とした。
未来の彼女の魂を此処に呼び寄せただけなのですから、
彼女は依然変わらず
これより、少し後の時代なので今の貴方には何の関係も無い話ですが、今現在、心当たりが全く無い訳ではないでしょう?」
「そんな…、余が…。」
「ねえ、陛下、どうして?」
崩れ落ちるネロの視点に合わせようと覗き込むオクタヴィア。
その恐ろしい光景のせいで、直ぐには思い至らないのであろうが、
此処に来て、殺されて尚、彼女は夫を恨んでも愛想を尽かしてもいない。
未だ、どうすれば自分が愛想を尽かされなかったのか疑問しかないのだ。
彼女は今を生きる彼女自身にそれを伝えたい。だが、亡霊故に狂気染みた形でしかそれを確かめる事も表す事も出来なかった。
「オクタヴィアよ、そのローマ皇帝に軍を派遣させなさい。
そうすればその皇帝の悩みを一つ解決しましょう。」
女神は、オクタヴィアにだけ伝わるようにそう囁いた。
そして、崩れ落ちた皇帝にその妻はお願いを伝え続ける。
「それが…、そなたの願いなら……。」
その3日後、半分の月が昇る空の下で、
ローマ超連合軍はブリテンへの侵攻を開始した。
久慈
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