凍れる女神   作:蕎麦饂飩

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第二十話 『あい』

勝利の女王の手に掴み取られた聖杯は、消え去ろうとする新たなる所持者の願いを形にする。

彼女が願うのは自分に代わってブリテンの勝利の為に戦いを引き継いでくれる者。

そして、自分より若い時代の英霊ではない事。

 

ブリテンで高名な英雄であるアーサー王は彼女よりも間違いなく強い。

星に勝利を約束された存在は伊達では無い。

だが、彼女にとって幾ら自分より強かろうと後代に生まれたブリテンの者は護るべき対象だ。

故に、選択肢にはない。

そして何より、彼女にとって頼りにする喚ぶべき英雄は1人しかいなかった。

 

「後はお願い。――――――――あたしの最高の旦那さん。」

 

 

 

消えかかる自身の剣を媒体に、縁のある存在を呼べばそれを頼りに妻の元に駆けつけてくれる夫の姿を確信した。

 

 

 

かくして祈りは力となり、力は形を持って降臨した。

…余計な二人のお供を連れて。

 

 

「まいったなぁ、あたしより若い子を戦わせるつもりなんて無かったんだけどね。」

 

無言で最早立つこともままならない彼女を支える夫に苦笑するブーディカ。

プラスタグス王はその手を掴むと彼女の愛剣だけは崩壊が止まった。

しかし、彼女の崩壊は止まらない。だが、良かったのだろう。彼女は彼女でやるべきことを尽くしたのだから。

だから彼女の夫に言えることは、この一言だけだった。

 

 

「すまない、遅くなった。後は任せて娘たちと待っていてくれ。」

 

 

「う~ん、許しちゃおう。それより、後の二人には申し訳ないことしたな~って。」

 

彼女としてはすこぶる不本意な召喚された2名のサーヴァント、それは―――――

 

 

 

「美人だけど旦那と見せつけられたら口説く気にはならないわー。

今回はアサシンとして喚ばれたんでガッツリ卑怯なやり方で行かせてもらうから、そこのところよろしく。」

 

 

深緑の反逆者ロビンフッドと、

 

 

「ブリテンで強大な存在への反逆とくればオレしかいないだろ。それと、ガキ扱いするな。」

 

 

赤色がイメージカラーの反逆児モードレッド。

 

 

 

ブーディカはその二人を目に焼き付けて――、

 

「ブリテンの為にやってきてくれてありがとう。いつか必ずこの恩は返すよ。じゃあね。」

 

 

――光となり天に昇った。

 

 

 

プラスタグス王は妻を見送ると、

 

「悪いが妻とこの甲斐性無しの我儘に付き合ってくれ。」

 

平和主義でお人よしの王に2人の反逆者は無言で頷いた。

 

 

 

 

モードレッドが最初に女神の側面に駆け込んだ。

無論それは搖動であった。プラスタグス王が真正面からまるで教科書にある様な何処までも真っ直ぐな踏み込みと太刀筋で、

勝利の化身(愛する妻)の加護を得た約束され■■勝利の剣(ソード・オブ・ブディカ)を振るう。

その姿にロビンフッドはどこか懐かしい人物を思い出した気がしたが今はそれを心に留めて、

完全に気配を遮断した状態からプラスタグス王とモードレッドを見ていれば死角になる位置から、

続けて不可視にして神速の4つの矢を一呼吸の間に打ち込んだ。

 

「身の程を弁えろ。」

 

何時になく言葉の荒れた女神は誰の方を見るのでもなく片手で飛んでくる4つの矢全てを掴み、

それを鉤爪の様に持ち凍結させてモードレッドに振るい、もう片方の手で何処までも昏い剣を精製しそれをプラスタグス王に振るった。

 

「ヒトが、ヒト如きがこの私の想定を超えるハズなどない。そんなことはあり得ない。

世界を導く私に計算違いなどあってはならない。実証も想定もできない力などあってはならない。

そうでなければ導けない。そうでなければ叶わない。そうでなければ―――――――――」

 

 

 

 

ブーディカの攻撃はダメージとしては女神には大きく響いてはいない。

しかし勝利の女王の行った行動が女神には許容できなかった。

かつてマリー・アントワネットの愛が世界のシステムの限界を超えた時、

女神は何時もの余裕を失った。彼女はヒトを導く者として存在を定義された。

故に、彼女の先を行くヒトが存在する事は彼女にとって計算式に代入できない数値、

即ち、エラーに他ならないのである。

 

 

「そうでなければ、なんなんだよっ!!

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー|)!!」

 

そんな不安定な女神にお構いなしとモードレッドは畳み掛ける。

ローマ軍のほんの僅かな生き残りたちも、ブリテンの戦士達も只々女神達の激闘に心を奪われたかのように呆然と眺めつづける。

此処に既にローマ軍とブリテン軍の戦争は終わっていた。

いや、女神だけのローマ軍とブリテンの勝利を継ぐ者たちだけの戦争へと変わっていた。

 

そんな中1人だけそうでない者がいた。

オルガマリー・アニムスフィア。女神の形式上のマスターである。

厳密には違うのだが、マスターとサーヴァントという関係ゆえか女神の不安定さが彼女にも伝わっていた。

 

(良く判らないけれど、このままじゃいけない。)

 

 

何か解からない感情に従うまま、彼女は戦場へと駆け出した。

女神と対する3人はその存在に気が付いていた。

 

(まあ、人質として使えるか…?)

 

そう考えたロビンフッドが女神に向かって一直線に走るオルガマリーの背後に回り込んだ。

アサシンらしく卑怯な事をするのは当然だと思いながらも、

何処かで誰かが咎めているような気がして気が引けたが何事にも優先順位と言うものがある。

強大な敵を倒すのには手段が選べないときが弱者には存在するのだ。

 

オルガマリーを後ろから捕縛しようとした時、

本来彼女はそこまで勘が良かった試しはないのだが、

直感的に背後に実体の無い光すら凍らせる魔術の極小化されたものを打ち込まれ、

掠っただけのマントが凍りついて掛かっている魔術的な加護も打ち消されていた。

挙句、こっそりプラスタグス王から預かっていた聖杯も落としてしまった。

 

「手加減、できる相手じゃなかったってわけか。悪いなじゃあ死んでくれ。」

 

ロビンフッドが捕縛を諦めてオルガマリーに向けて矢を引き絞った時、

その背筋に寒いものを感じてその場を飛び去った。

 

 

ロビンフッドがいた場所、正確にはそのすぐ後ろには氷でできた薔薇があった。

その薔薇は槍の様に尖った細動する雄蕊と雌蕊を持ち、周囲の空気を吸い込んでいた。

背筋に感じた冷気は直感では無く、皮膚感覚によるものだった。

 

 

気が付けばロビンフッドが狙いを定めていた少女は女神が護る様に抱きしめていた。

まるで、仔を護る母獣に見えない事も無かった。

 

 

「もう、ここで終わりましょうよっ。あなたは良く戦った。それに聖杯も取り返した。

他のローマ軍はブリテンから奪った船で全員撤退したわ。

もう十分でしょう!?」

 

その声は抱きしめられた少女のものだった。

 

 

そしてその声と同時に女神の狂気は沈黙した。

女神はオルガマリーを横抱きにすると、戦いの熱で溶けかかった海を再び凍結させて道を造り、

ブリテンから去って行った。ブリテンの民たちの勝利の歓声を背にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして女神はローマへと帰還した。

あたら兵を失ったネロはその支持率を大きく暴落させた。

いや、ネロと言うよりはローマにおける皇帝そのものの存続が怪しくなった。

 

女神を見捨てた事に罪悪感や恐怖を感じるが故に見捨てた者達からは女神に何も話しかける事は出来なかった。

そんな中、女神の方から提案があった。

 

「あの戦いで死んだ両軍の兵士の魂と聖杯を持って今一度、歴代のローマ皇帝と、

今代のローマ皇帝ネロ・クラウディウスの名を用いて繁栄を齎しましょう。

足りない分はブリテンへの道中踏破した国や町から奪い尽くしましょう。

ブリテンの収穫が無かったとしてもそれで十分でしょう。

それと、貴方の妻も元通りにしてあげましょう。」

 

 

何時もの様に、だが何時もほどの冷たさと悪辣さの精彩を何処か欠けた女神の言葉にネロは頷く。

 

 

「良いのか、余らは…、いや、余はそなたを見捨てたのだぞ。」

 

珍しくうろたえる暴君に女神はほんの僅かにだけ微笑を浮かべた。

 

「王と言えど自惚れが過ぎます。ヒトの仔に心配されるほど落ちぶれてはいません。」

 

当初、女神はオクタヴィアに死を以って悩みから解放させるという選択肢を用意していた。

実際、ブリテンに勝利した後はそれを実行するつもりであった。

だが、今の女神はいつものその余裕さが無く、微笑さえ翳っていた。

 

故の何の捻りも無い温情だった。

 

「ブリテンを私に奉げる事が出来なかったのです。代わりの代償は受け入れますよね。」

 

女神の言葉に暴君は頷いた。

 

 

「ただ彼女の疑問に真剣に向き合えばよいのです。」

 

女神はネロ自身がそれを解放するのだと答えた。

そしてネロの答えは『愛』だった。

 

 

女神には受け入れられない生殖や遺伝子の利己を伴わない唾棄すべき『愛』。

それを目にし、口にするだけで良く解からない靄がかった感情と呼べそうな何かが生じようとして、

それを消し去る苦痛に女神は耐えなければならなかった。

苦痛を消し去りきる最後の一瞬、何故かそれを停止しそうになったが勢いよく女神はそれに止めを刺した。

 

 

 

女神がロマニを待たせて確保したかったのは多くをローマ存続の為に使用してしまう事になるだろう有象無象の魂。

そして『暴君の心臓』だった。

 

 

「では、ローマ帝国の存続とオクタヴィア妃の正気の獲得の対価を頂きましょう。

対価は、『暴君の心臓』です。」

 

 

女神の視線はネロに向いていた。

 

「ち、ちょっと、それが無いと駄目なの、他には方法が無いのかしら!?」

 

オルガマリーからの言葉に女神は首を振った。

その様子を見てネロは決意する。その手にナイフを構えた。

 

その様を見て、歴代皇帝たちはその生き様と死に様を見届けようとし、マシュは目を覆い、

レオニダスはネロの決意を止めようと泣き叫ぶオクタヴィアを押しとどめ、

そして母アグリッピナは笑っていた。

 

 

女神はアグリッピナの方を見た。アグリッピナはそれに対して優雅に礼をすると、

 

「『暴君』の心臓を抉る役目は私にお任せください。」

 

と艶やかに嗤った。

 

 

 

 

そして女神がそれを許諾した以上、誰もそれに異を唱える事は出来なかった。

アグリッピナは睨むネロからナイフを奪い取り、

 

 

 

 

 

そして自身の心臓を抉りだした。

 

サーヴァントと言えど当然致命傷である。

 

 

「母上、何故…。」

 

「『暴君』で良いのならそなたを傀儡にしていた時代、このアグリッピナこそ『暴君』であった。

ネロ、そなたは二度も腹を割いてまで愛した作品ゆえ、神に奉げるには惜しい…。」

 

 

それが稀代の悪女の遺言だった。

 

 

その光景を見終えてオルガマリー達はカルデアに戻ったが、

女神の中では先程消し去ったはずの気持ち悪い何かがひと時の間息を吹き返していたように感じた。








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