凍れる女神   作:蕎麦饂飩

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第二十三話 『ぜんい』

時は大航海時代にして大黄金時代にして大暗黒時代。

富、名声、力、女・・・この世の割と多くの者を手に入れた男ダビデ。

彼の寝物語で娼婦に放った一言は、人々を海へかり立てた。

 

「僕さ、この世の全てが詰まってるかも知れない箱を持ってるんだ。凄いでしょ。結婚しない?

えっ、今は持ってないよ? 場所? 説明するのが難しいけど何処かに置いてきた!!」

 

往々にしてここだけの話と言うものがそこだけで終わる事は無い。

娼婦が同僚に話した寝物語はその元締めに伝わり、元締めは知り合いの海賊たちにそれを話してしまい、

割とたくさんの人間がそれを真に受けて探し始めた。

男たちはグランドなラインとかそっちのけで、契約の箱を追い続ける。世はまさに、大海賊時代!!

 

そんな大海賊時代(笑)を引き起こした元凶であるダビデ(年齢不詳・男性・職業:王サマ)は一つの町が死滅するのを見た。

彼がその町を出た直後の事であった。

町の活気が、人の熱が、命の灯が、一瞬にして冷却されて失われた。

ダビデの温度は何一つ変わっていない。だが、背筋が冷えるのを感じた。

彼が振り向いた先にもはや生きた者がいない事はその悪寒が教えてくれていた。

もはやその視線の先には老若男女の区別なく鼓動を心臓に持つ者は存在しない。

 

 

 

 

 

第三特異点 封鎖終局四海オケアノス  『箱庭の孤独な宝物』

 

 

 

時は少し遡る。

 

レイシフトによる転移。

オルガマリー達が今回転移した先は何の手違いか大海原の上空だった。

難きは易きに流れ高潔さは堕落する。引力は軽きものを引き付ける。

つまり、現状オルガマリー達は絶賛落下中である。

 

 

女神は普段から地面に足を付けたくない、と常に僅かな隙間を作って浮遊している、

特性『浮遊』で地震や地割れ等の影響を受けないような存在なので特に問題はないのだろうが、

その他の少女二人と小動物は別である。

例に漏れず重力に従って海面に落下していく。

 

下は水面だが、水面と言えど落下の速度によっては只では済まない。

高所にある橋からの川や海への飛び降りで自殺が可能である位には危険な事である。

 

だが、

 

「マスター。貴女は飛べることを理解するのです。」

 

 

 

女神は以前オルガマリーを再生するときに、人類を構成する原子や世界の魔力を使って、

新たな人類以上の生物としてオルガマリーを再生した。

 

その『新人類』の機能の中には飛行機能が存在した。

とはいえ、今まで人であった時には使う事が無かった機能である。

どんな人間だって、突如背中からもう一つの腕が生えて、そこに神経が繋がっていたとしても、

今までの二つの腕と同様にいきなり十分な活用ができるわけではないだろう。

雛鳥だって何の練習も無く親鳥の様には跳べないのと同じ事であった。

 

だが、目前に迫る死の恐怖からオルガマリーはその機能を意識的に無意識の領域から解放した(・・・・・・・・・・・・・・・・)

厳密にはそうなる様にパスを使って女神がその機能を強制的に発現させた。

 

 

その背に顕れしは空気に溶け混むような透明なガラス質の翼。

まるで何時かの天使の様に、けれども天使の翼よりも遥かに幻想的な翼であった。

世界と言う座標に自身を繋ぎ止めるピンであるそれは、空間にオルガマリーを唐突に縫いとめた。

理論では無く実際に活動に移すのがそこまで得意でもないという自覚のある彼女にしては十分すぎる成果だった。

 

いや、十分以上の成果だといえるだろう。

オルガマリーは翼を展開する事で、今まで欠片も理解していなかったその使用方法を本能的に理解すると、

其の羽根を抜き去ると、マシュ・キリエライトに向かって投擲した。

突き刺さる様にマシュを貫いたその羽根は、けれどもマシュを傷つける事無くその身体を空間に縫いとめた。

 

マシュは海面ギリギリの位置であった。

その後翼が縮んだオルガマリーは緩やかに海面に接するようにマシュと同じ高さまで下りてきた。

 

女神は感心した。

正直な所マシュ・キリエライトは水面に落ちるが海に嫌われて泳ぐことができないという特殊体質でもない以上、

溺れる事はないだろうし、高速海面落下衝撃に対しても心配はしていなかった。

水面落下の衝撃に対し、下方に盾を構えるなどしてデミ・サーヴァントとして乗り切るだろうと思っていた。

現にマシュはその構えを取っていた。

 

けれどもしかし、オルガマリーの投擲した羽根はマシュを貫き、その構えた盾に突き刺さり、

その盾を空間に座標固定する事でマシュの海面落下を未然に防いだ。

 

確かに女神はオルガマリーの才能についてさえ大きく調整を施した。

けれどもここまでできる想定はしていなかった。女神は僅かに予想を超えたその事態に、

何時もの様に恐怖する――――――、ということは今回は無かった。

 

寧ろ、今、女神の笑みは微笑と言う域を少し超えた、素直に笑顔と呼べるものであった。

その視線に女神自身さえ気が付けない程の僅かな苦痛が含まれてさえいなければ。

 

 

その笑顔は只一人、材料には目を向けなければとても可愛らしいピンクをアクセントとした黒色を基調として、

白のフリルを存分に使用した衣装―――所謂、魔法少女系コスチュームを纏った美少女、

オルガマリー・アニムスフィアに向けられていた。

それも、数秒の事であり、また何時もの様な微笑に戻っていた為に誰もそれに気が付くことは無かった。

 

 

女神は今回の特異点に現状では、何の価値も感じていなかった。

女神は周囲を僅かに見渡すとある方向の直線状に人間の住む港町を見つけた。

空気中に幾多の氷のレンズを精製して女神だけが認識できる望遠鏡の様な物を創り出すと、女神は行動に移った。

 

 

「マスター、初めて舞う空の感覚はどうでしたか?」

 

「…正直、落下していたら急に首元を掴まれたような感覚しか受けなかったわ。」

 

それも当然の感覚であると言える。落下物を狙撃で壁に縫いとめるような空中停止法を『舞う』とは呼べないだろう。

だが、

 

「ヒトの仔が初めて行ったにしては充分な出来だと言えましょう。」

 

珍しく女神は侮蔑的な皮肉では無く素直に褒めた。

予想外の賛辞に戸惑いと驚きと照れを隠しきれないオルガマリーは少しの間の後、

顔を赤くしたのを隠す様に俯いて、つまり女神から視線を逸らし、

 

「…ありがとう。」

 

そう答えた。

彼女は遺伝子上のホモサピエンスを辞める前から高い能力と肩書と家柄を持っていたが、

それでもあまり褒められる事無く過ごしてきた。その弊害か、褒められることにはあまり慣れていない故の事だった。

 

女神がそれを理解する筈も理解できる筈も無かったが、本来無礼であるその行動を咎める事は無かった。

 

 

此処までで終わっておけば一見とても人間らしいやりとりなのだが、

それがあくまで結果的に表面に映ったモノでしかないのが女神である。

 

「マスター。この際ですので更にに強力な『力』を貴女に教えましょう。」

 

「えっ、う、うん。」

 

この時、浮かれていなければ、女神の今までの所業を冷静に理解して思い返す事が出来ていれば、

女神に対して芽生え始めた感情に蓋をすることができていれば、きっとオルガマリーは後悔しなかったのだろう。

 

きっと、本来絵面的には盾持ちピッチリスーツよりも魔法少女コスチュームに似合う淫j…マスコットキャラクターの警戒心を見て取れば、

後悔を防げたのだろう。

 

だが、オルガマリーはこの時そうはしなかった。故に彼女は後悔する事になった。

 

 

しかし後悔は先には解からない。故に少女は女神に身を委ねた。

少女は女神に自身の体の支配権を譲渡した。

 

何処か自分の体なのに他人事の様な感覚で身の内に生じる女神の声を少女は感じた。

 

 

『貴女が再構成される時に登録された最強のプログラム。

概念上の絶対零度を超える更なる冷却そのものである矢を射ち放つ人の身に叶う『極限冷却術式』。

貴女はその手順を既に知っているはずです。』

 

 

 

『最終兵装へ移行』

 

何もない所から現れた翼と同じように、オルガマリーの前に『魔法少女のステッキ』が顕現する。

 

『魔力回路全段擬似直結』

 

本来独立した並列する火薬庫が全て最大効率を保ったまま直列に接続される。

 

『霊子情報空間固定』

 

先程縮んだオルガマリーの翼が再び最大展張、いやそれを超える延長を行い、

更にオルガマリーを包むように現れた光と同期して、オルガマリーの魂と肉体とを空間に完全に縫いとめる。

 

『集元魔力正常加圧中』

 

世界から奪いあうように流れる魔力を捕食し、暴食し、尚も貪欲にその財を溜め続ける。

 

『射出制御収束開始』

 

その『力』を『魔法少女のステッキ』の先からただ一つの目的の為に解放する準備を完了して、

堰が解かれるのをただ待つのみ。

 

 

「凍て祓え。」

 

最後の発射の合図は、少女自身が気が付かぬ間に言葉に出していた。

 

それは人類の生存に不要となる脅威遺伝子群の絶滅に用いられた冷たきもの。

それは人類の選別に用いられた冷たきもの。

それは『VEHERE』『VECTOR』ともされるそれは遺伝子を増幅して維持して導入するもの。

それは女神の力の一端を人が、ヒトを超えた者が漸く使い得る禁忌の神罰。

 

 

それは―――『聖別の冷たき抱擁(スノーアース・イクスティンクション)

 

 

嘗て竜種を地球上から壊滅させ、強大な国家を世界の裏側へと一夜で送り去ったいっそ情熱的ですらある冷却の術法。

生命の概念上の温度を全て奪い去る事で対象範囲の生命体を壊滅させる呪砲。

 

 

生まれもって高みを知る者は高き所に舞い上がっても足場を不安定にすることはない。

人間の社会においても急に資産を増やした者や整形で容姿を変えた者には特有の浮ついた不安定さが窺える。

同様と呼ぶにはスケールが違い過ぎるが、人の身で神の力を一端でさえ行使する事には全能感に支配されない筈が無い。

 

 

膨大な魔力を只のリーダーとして、絶大な魔力を誘導する凍結の粛砲は彼方へと放たれた。

 

「どうでしょうか、マスター。万能感に包まれましたか? 全能感に満たされましたか? 昂揚感に支配されましたか?」

 

 

魔術師としての性か、人間としての性か、生命体としての性かは解からないが、

意識を浮遊させ恍惚としたオルガマリーは耳元で囁かれた女神の言葉によって現実へと引き戻された。

 

女神の言葉はまさしくたった今オルガマリーを向こう側へと連れて行こうとしている事実そのものだった。

アニムス(神の身でない人類が制御できない無意識)、マリース(悪意、又は邪悪、若しくは渇望)を冠する父娘は、

生まれもって定められたとおり、生きながらえれば『それ』に成り果てる因子を世界に用意されていた。

力へと溺れ、人から獣へと変貌させるスイッチが振り動きかねない状況に彼女を追い落した女神は、

しかし自らで少女を現実に引き上げた。

 

 

 

「…射線上に人は住んでいたの?」

 

予想以上の威力故に、冷静になるとオルガマリーにとっては当然の疑問が浮かんでくる。

そして、女神は答えても問題ない事であるが故に素直に答えた。

 

「マスター、ご安心を。この射線上にあったのは海賊たちの拠点。

今後咎無き人々に降りかかる禍は未然に防がれました。」

 

射線上に人はやはりいた。但し、社会における害悪存在であったというだけだった。

それでも納得をして割り切れるオルガマリーでもなかった。

 

 

女神は嘘は言っていない。

女神はその呪砲を撃った時にはそこに生命の集まりがあるとしか認識していない。

つまり海賊か如何だというのは死んだ者達の魂を貪りながら理解した結果論であった。

加えて海賊たちは多くが出払っていて、そこに居たのはその家族たちと海賊ではないが、

海賊やその家族を間接的に支える事になる人々だった。

 

 

だが、女神にとっては『相手が害悪存在である』という事であれば、十分な理由になり得ると認識していた。

言い訳のつもりではない。相手がマスターとはいえ、神が人間如きに言い訳をする必要はない。

ただ単純にそう言えばオルガマリーがより積極的にこの『限定的な祝福』を好んで使うと思ったからだ。

 

女神にとってそれは善意のつもりであった。

オルガマリーとマスターとサーヴァントの関係を繋いで時間が経つとはいえ、女神は本質的に人間を理解するという事とは程遠い。

強力な力を与え、そしてその力の行使で消耗した魔力以上を消滅させた生命から回収する事でオルガマリーを消耗から回避させ、

副次的に世界を『綺麗にする』善行が積めるうえに、力の行使に気持ちよくもなれる代物を与える、

序に言えば海に向かう人々が適度に削がれる事で海に対する人知が遠のき、海への神話が長持ちする。

そんなよくある『神々の善意』だった。

 

とはいえ、ある意味において未来的な思考の女神は海の神への信仰よりも、海洋資源を人類が適度に開拓する事や、

人類史に大きな影響を与えない少数の原住民の生命よりも、征服者が土地を奪い本国に資材を持ち帰り、

人類世界が発展する事の方が大事な開明的な女神故に、人類に必要であれば海洋神話の棄却や海賊の跋扈も容認し得る部分はあるが。

 

 

 

オルガマリーは罪の意識にガタガタと震えだし、マシュは蹲り身体を抑え込む様なフォウを抱きしめながら女神を睨む。

往々にして善意が相手にとって好感に繋がる訳で無い良い例の一つだが、女神にはそれが理解できなかったのだろう。

 

 

 

 

 

マシュは当初フォウを心配していたが、その後流石に女神への不満が高まったのか、

それとも結局女神に縋るカルデアへの当て付けなのか、

女神を切り捨てる態度を取らないオルガマリーへの当て付けなのか、

オルガマリーに聞こえる様に一言、言葉を放った。

 

「でも、その中には『海賊』でない人々もいたのでしょうね。」

 

それは敢えて考えを狭めていたオルガマリーの心の傷を更に深く抉った。

 

 

 

神には人の心が解からない。それならば人の気持ちに沿うような行動をしなければ良い。

もっと正確に言えば、人の気持ちに沿うような行動をしない方が良かった。

できないことを無理にしない方が良い典型であった。

 

「マスター、心を痛める必要もありません。

海賊以外の人々がいても、それは海賊にとっての商品で在ったり彼らや彼らの家族の生活を支える共犯者です。

未だ海賊になっていない子供達もいたでしょうが、それらも孰れは親の後をついで未来において被害を拡大する高確率の危険要因です。

マスターの善行によって『悪』と『未来の悪』によって被害を受けるであろう、

幾多の善人たちが被害を受けるであろう未来を凍結したのです。誇りに思えばよいのですよ。」

 

それは善意だった。女神からオルガマリーに向けられた一切の誘惑の類でない無償の善意だった。

そこに女神の取り分となる生命(燃料)の考えが全くないとまでは言えないかもしれない。

だが、それすら後付けの判断でしかないようなまごう事なき善意であった。

 

人々が海の怪異や神霊に対して海を踏破して理解して解明していく事でその優越権を奪う事。その為の海賊と言う必要悪。

真っ当な権力や財力や武力における強者が理不尽な暗殺や強奪により弱者によりその生命や力を削がれる事に対する女神にとっての嫌悪。

一応は神話時代に顔見知りではあった故に人類に対する有益さを理解している海の神霊の類の利用価値。

 

それらの計算の上に、オルガマリーに対する慰めを置いたことは間違いなく人間的な意味での女神の優しさであったのかも知れない。

 

 

 

ただ、その方向性迄は女神にとっては人間らしいやり方は理解できなかったし、理解する必要も感じられなかったというだけだった。




善意
漸移
宣威
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