凍れる女神   作:蕎麦饂飩

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第二十七話 『しゅくだい』

アタランテを星座にしてよかったよかったと良い話にしているギリシャ神話勢に着いて行けない現代人勢は、

女神とアルテミスを一纏めにしてヤバい奴と認識する事にした。

類は友を呼ぶというやつであろうか。

 

寧ろあの女神にぐいぐい馴れ馴れしく迫る当たり、もっとヤバい存在である可能性もマシュは想像していた。

 

「ところで、あの時の宿題の件だけれど―――」

 

突如、『宿題』について語りだす月の女神に対して進化と修正の女神は事務的に返す。

 

「あの件ですか、問題自体を破棄する事でその必要を放棄しましたが。」

 

「……ふ~ん、そうかしら。私には全く手を付けていないわけでは無いように思えたんだけどな~。」

 

そうやって、ニヤニヤとオルガマリーの方を見て笑うアルテミス。

 

「それにしても嫉妬しちゃうかしら~。勢い余ってこの子を狂わせちゃうかも☆」

 

アルテミスの口調とは裏腹に険呑な言葉に思わずオルガマリーはビクッとして身体を硬直させ、女神の方を見る。

見られた女神はオルガマリーの様子を見るまでも無く、アルテミスの視線上に移動した。

 

「…私の憑代に余計な事をされては困ります。場合によっては…、ええ。月が翳る日々が続くかもしれませんね。」

 

「……宿題を放棄した割には確りとやっているじゃない。」

 

 

 

「宿題?」

 

先程から2柱の間で交わされる『宿題』という言葉にオルガマリーは疑問を覚え、

女神の背中に回った事の安堵か、それを口に出してしまった。

 

 

「マスターが知る必要はありません。」

 

「ん~、そう言われるとお姉さん教えたくなっちゃ―――――――」

 

 

「――――話しながら彼女の波長位相に干渉する所が兄妹揃って見境が無いですね。

まあ、それが無くてもその話の続きをしたいというのであれば、

この時代の月の位置を千年後の位置まで離してあげたくなります。」

 

遠回しに、人類から月(狂気)を遠ざけたい。

意訳すると、『ぶちのめすから歯を食いしばれ』の威嚇に流石にやりすぎたと思ったアルテミスはその言葉と干渉を引っ込めた。

 

「うえーん、『翼』ちゃんが恐い。助けてダーリン。」

 

「…俺に振られてもなー。神に抗う無力さを多分人類で一番良く知ってる俺には立ち向かう勇気は出ないわー。

だって、寒気がするぐらいだし。物理的な。」

 

宙に棚引く青白い液体を周囲に纏い始めた女神に対し、

月の女神たちがふざける事に逃げて場の空気を壊そうとしていることは明白だった。

だが、それをツッコむ人間はいない。

何故なら、アルテミスもまた女神だから。

触らぬ神に祟りなしの精神である。

 

そんな光景を見てオルガマリーはふと羨ましいと思った。

女神に対し対等な関係が築ける同じ神であるアルテミスを。

人間には築けない神々の間でしか成り立たない関係を。

 

きっと人間がそれを女神に求めた所で人間とペットには飼うものと飼われるものの関係しか築けないのと同じだと一蹴される気がして、

オルガマリーはそれ以上深く踏み込めなかった。

 

 

 

ふざけながら女神の怒りを怖がる振りをするアルテミスもまた、オルガマリーを羨ましいと感じていた。

愛を知らない女神に自分以外の誰かがそれを教える事が出来たという事実に。

(本当に呪い、かけちゃうかも。)

アルテミスは心の中でそうつぶやいた。

きっとそれをやったら取り返しがつかない事になるとしても、その感情を完全に消し去る事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一行はモヤモヤするものを抱えながら太陽が降り、月が昇るのを迎えた。

自分の本領たる時間にも拘らずアルテミスはそろそろ眠くなったから寝ると言い出して、

神様パワーで作り出した月光で編まれたハンモックでオリオンを抱きしめて眠りだした。

 

女神は謎の対抗心を滲ませたのか、何故か冷たくない氷で造ったやたら豪華なベッドを

 

マシュは眠るフォウ君を膝掛けにしながら女神の提案で今夜は一晩中警戒係であり、

 

ダビデは女神の造った冷たくない氷の手錠により手足を塞がれたまま放置されていたが、

女性陣の寝床にその状態でも芋虫の様に這って近づこうとして、

氷で造られた針の無いアイアンメイデン(冷たくないとは言っていない)に閉じ込められて一夜を明かす事になった。

 

「処女に抱きしめられて眠れるなんてあなたも本望でしょう?」

 

そんな浮かぶ微笑とは裏腹に凍える様な冷たい口調で告げられた女神の宣告によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、オルガマリーが恒例の様に女神に抱かれて眠る中、落ちた夢で見たものは、

何時もの風景で無く、精錬された思念の濁流だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貧しいものが豊かなものを責める事は共感されるのに、

豊かなものが貧しいものを責める事は反感を買う。

 

貧しいものを敗北者、無能と非難する事は赦されず、

豊かなものを悪賢い卑怯者だと非難する事は許容される。

 

貧しいもの達は考えた事があるのだろうか?

何故、豊かなものが自分達を見下すのか。

 

本当に豊かなものは卑劣で、

貧しいものが高潔なのか?

 

余裕が無い者や失うものが無い者が他者の事を考慮できるのか?

人は本当に身なりで判断することなどできないのか?

 

貧しくても構わない、豊かであろうとは思わない。

そう言っているものが本心からそう思っているのだろうか?

 

足手纏いで財産を恵んでくれと言うものと、

役に立ち財産を与えてくれるものに等価値に接する事が出来るのか?

 

神がそれを人に問う事無く、人はその問いと答えを自らの内に持っている。

 

 

 

 

 

富めるものが貧しいものを助けるのは当然で、

貧しいものが富めるものに感謝をすることは当然としてよいのだろうか?

 

自分の不利益はあるまじき理不尽で、自分の利益は当然。

だから他者に感謝せず、不平を言う。

 

只々、自分の幸せを誰かに感謝し、自分の落ち度を黙々と受け入れる事。

誰かの世話になっていることを当然だと思わない事、

安いプライドの為に助けてくれているものに借りを作ったと認めない事を辞める事。

貧しい者の側からもそれを行うだけで、世界は変わる可能性を孕む。

 

豊かなものが多く税金を払うのは当たり前、貧しいものがその税金に助けられることに感謝を表すのは当たり前ではない。

人間は自分の貸しは強く意識するだけでなく他者にもそれを強要するが、

自身の借りを表沙汰にされると不満を覚える。

 

 

貧しいものは社会を通じて豊かなものが与えて下さる恩恵に縋るばかりで、

それ以上のものを還したことは無い。永劫に溜まり続ける恩義の借財を見てみない振りをする。

そうしないと自身の安いプライドが保てないからだ。

負い目を感じたくないから不都合な真実から目を逸らす。

 

 

 

 

清貧や公平を有り難がる人間はたくさんいるけど

そういう者に限って 欲望を満たす才能も力もない。

 

 

 

 

報酬が払われないのであれば医者が患者を見捨てても、軍人が戦から逃げ出しても、消防士が炎を眺めてシートを広げて弁当箱を空けていても恥ずかしくない。

寧ろ、彼らに賃金を払う事も出来ない事の方が恥ずかしいのだから。

そういうと、多くの者がおかしいという。その本文を果たせと。

では、その批判をする者達は自身の待遇に不満は無いのだろうか?

もっと休みをくれ、もっと給与を上げろ、もっとステータスが欲しい。そうは思わないのだろうか?

 

自分なら無休で仕事をし続けるのだろうか?

 

低い待遇で高い能力が使い潰されることに不満は無いのだろうか?

それとも、低い能力であるからこそ低い待遇を受けている不満を誰かにぶつけたいのだろうか?

 

その職にしがみ付いておきながら、その職の待遇に不平を唱える者の何と無様で醜い事か、

待遇はその者の能力と働きに相応しい対価が支払われる。

もし支払われないのならその職にしがみ付く必要はない。

次の職を容易に見つけられる自信があるのならば。

待遇が悪いというのなら自分は待遇の改善をおこなうとしてもそれでも残したい人材なのかと自問しなければならない。

優秀な者には高い待遇を支払う事に苦痛は無いが、劣った者には低い待遇でさえも惜しい。

だから最低限の待遇を条件に職場に置いて、そう、働かせて貰ってでなくただ単に置いて貰っているものは、

他でも使い物にならず、引き取り手もおらず、出戻りを受け付けて貰えないのなら、

遣い潰されることを覚悟するしかないのだろう。

 

そして往々にしてそうやって不満をいうものに限って、自分で自分の欲望を満たせない無能ばかりだ。

無能故に欲望を満たせない。だからこそ不満が溜まる。

 

自分が貧困ゆえに才能と努力の掛け算により成功に至った富める者が手に入れすぎていると憤慨する。

しかし、自分の努力を認めて欲しいと、生み出した物以上の報酬を求めようとする。

 

無能な弱者は有害でしかない。

 

 

 

 

人は、特に先天的に他者との競争に不利な存在は、

身長や容姿、IQ等、人は生まれ持ったもので努力ではどうにもならない能力で比較されることに憤慨し、

優しさや笑顔や頑張る姿など、目に見えない、ごまかしや修正の利く能力で比較されることは許容する。

だが、優秀な遺伝子を遺す事においてということだけを見れば必要なのは前者の能力なのである。

 

弱者が生きやすい環境は全体的にみると良い事では無い。

例えば近所に家賃が格安の低所得者向け市営団地が出来ると治安が悪化する。

貧乏な人間が増加して地域の財政に負担がかかる。

言ってしまえば餌をやる事で野良動物に住みつかれる様な物だ。

貧者にお金を恵んでも彼らの殆どが「今まで苦しんできた自分へのご褒美」だけで全て使い果たし、

結局貧困から脱する事は無い。

ほぼ全ての彼ら彼女らには根本的に利益を増やす能力に欠けている。

そういう生き方しかその者達の能力ではやっていけないのである。

 

どんなきれいごとを言っても、やはり生活保護千人が住む地域より、

年収十億が千人住む地域の方が地域の財政が潤う。

生活保護に脱却してもらえるなら兎も角、払い続ける生活保護費用は完全な負債でしかない。

 

弱者に恩を着せても返す能力も資産も無い。

そしてそのうちに恩を忘れ、何の価値も無いプライドから、

借りがある事に不満を持ち、当然の権利であるから借りではないと脳内で変換し、

利益を集り続ける害虫へと変わるのだ。

 

 

借りを作り続ける事に慣れた、助けられ続ける事に慣れた人間と、

常に税金を多めに払うなど他者の負担を背負い、助け続けてきた人間ではどちらが役に立つかなど問うまでも無い。

 

 

無能な弱者は守護には値しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな思考が延々と続いていく。

そのすべてに共通していえるのは、弱者は害悪。無能は害悪。貧者は害悪。醜いものは害悪。足手纏いは―――――

そう続く助けられなくては、導かれなくては生きて行けない者たちの排除により、成功した者だけを保護する論法。

それは冷たい正論。それは凍える極論。それは無慈悲な暴論。

 

それは、女神を容創った、世界終焉を呪う権力者たちの中にあった心理であった。

 

 

オルガマリーは権力者の名家に生まれた令嬢だ。

故に、その論法の理論的な合理性が理解できてしまう。

感情論しか構築できない物には理解したいとも思えないどうしようもない現実的な理論を。

 

 

 

だが、冷静になってみると結局彼らも『足手纏いがいなければ』世界は滅びなかったという愚痴を言っているにすぎなかった。

結果として世界を救えなかった、世界を滅ぼされた敗者の論で、彼らの言葉を借りれば『勝者が耳を傾けるに値しない言葉』だった。

 

オルガマリーはそこまで考えて思う。

だとすれば、だとすれば女神とは一体何なのだろう。

人間は須らく彼女より弱者であるにも拘らずそれを選別に図る。

生まれもっての勝敗の決定を謳い、終局の敗者の集合体でありながら、絶対勝者に至ろうとする矛盾。

感情を排した数式を語りながら、その術は相手の感情の逆撫でを得意とし、

そのやり方も目的もある意味で女神自身の欲望(エゴ)とも言える。

 

女神はああ見えて不安定に見える時がある。

もしそれらに女神が直面する事があれば、普通に考えれば集合体である故に反転の使用も無い女神がどうなるかは解からない。

 

 

願わくば、私を抱きしめて眠る女神の寝顔を毎朝見られますように。

オルガマリーはそう願った。




宿題
祝廼
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