メディアと共に悪魔の偽王国陣営として呼び出されたイアソンは、二人の英雄がこの度アルゴー号の船員となった事を喜んでいた。
1人は槍兵のクラスで用事があって今ここにはいない。
そしてもう一人は、
「流石ヘラクレスだ。すごいぞ、かっこいいぞ。」
「いけっ、ヘラクレス!! そこで こらえる からの きしかいせいだっ!!」
ギリシャ最高最強の英雄にしてイアソンの親友ヘラクレス。
イアソンはこの無敵の助っ人が同じ陣営で現れた事でとても心強く感じた。
アルゴー号は海上で出会う海賊共に(主にヘラクレスが)圧倒的な格の差を見せつけた。
「ヘラクレス、そうだ。粉砕!玉砕!大喝采!だ あーっはっはっはっは。」
粉砕は兎も角玉砕して大喝采するのは如何なものかと思うが、
イアソンが楽しそうで何よりだと、史実と違って割と上手くいっていた
皆仲良しで(海賊たち以外には)優しい世界がそこにはあった。
本来、この物語に女神が介入しなければメディアがこの特異点における黒幕ポジションとして存在し、
カルデア組とエウリュアレと契約の箱を巡って争い、
最終的にイアソンが魔神フォルネウスに変えられるという流れになる。
その途中、ヘラクレスが主人公たちの策によって契約の箱に接触し死亡するのだが―――――――
イアソン達から遠く離れた場所で、
女神は突如周囲の者達に話しかけた。
「方位143°距離20kmの方向に強力なサーヴァント反応を確認しました。
ダビデ、『契約の箱』を出しなさい。何故私達にまで隠しているのかは解かりませんが――――、
…勿論あるのでしょう?」
「…置いてきたと言ったじゃないか。
というか身体検査しても良いよ? 隅から隅まで。」
ダビデはそう答えるが女神は麗しく微笑んだままその視線は外さない。
「優秀な商人でありユダヤの王である貴方が馬鹿正直で純朴な筈が無いでしょう。
さて、目に見えぬ様に、手に触れ得ぬ様に隠した物を出しなさい。」
「…そこまでバレてたのか。」
ダビデは持ち主以外が手に触れる事も、見る事も出来ない聖なる布を『契約の箱』から外すと、
残念さを隠しきれない様に苦笑いをして指の先で弄んだ。
正直に言えば、この契約の箱は女神だけにはバレてはいけなかった。
最悪、この時代を犠牲に極めて危険すぎるこの邪悪を滅する覚悟がかつて国を治めた王にはあった。
それが今、種を暴かれたのだ。
救いはダビデの害意が読み取られてはいない事。少なくともダビデはこの時はそう思っていた。
故に今は黙々と女神に従う他選択肢は無かった。
固まった笑いで黙するダビデに女神は言の葉を紡ぐ。
「一時的に貴方と貴方の宝具の能力を大幅に引き上げましょう。
その上で投石器を使えば対象に『契約の箱』を接触させて絶命させましょう。
大丈夫です。もし対象が神霊に連なる者でも私が存在する限り歴史は消滅しませんから。」
その発言はダビデの真意を読んでいる様にも読んではいないようにも取れた。
そしてそれを態々確認するほどにダビデは愚かでは無い。
故に、女神の云うとおりに指示された方角へ投石機を向けた。
一方そのころ、イアソンは浮かれていた。
「この特異点の何処かにいる脆弱なエウリュアレ神を捕らえ、
神を生贄に奉げて最強の力を手に入れ、あの女神を粉砕する。
そして神に導かれたりなどせずとも、人は自身で未来を紡げることを証明する。
ああ、僕にも力があれば、そう、更なる力さえあれば…。」
人生の航路はその人生の船長たる自分自身が定め、進むもの。
断じて波風や
嘗て、一つの船の船長であり、一つの国の
それは思い上がった人間の考え方であり、敬虔を棄てた神への反逆であり、
2本の足で地を歩き、2本の腕で櫂を回す人間の生き様だった。
彼は地に足が着かぬ浮かれた男だったが、彼は元より船板に足を付ける夢見人。
浮かれていてそれ故に足元がお留守になる事だって幾度とあったが、
それが無くては彼では無かった。
夢も見れぬリーダーに誰も付いていきたい筈が無い。
彼には夢の船に仲間を乗せる稀有な才能があった。
ヘラの加護を受けたアルゴノーツのリーダーは伊達ではないと言えるだろう。
彼がその様に
高速で何かが飛来してきた。
それは彼が本来の可能性の中で探し求めていた片割れ、『契約の箱』だった。
その危険性を理解していたのか、単純に貧弱なイアソンを護ろうとしていたのかは解からない。
サーヴァントの身であるヘラクレスは横にいたイアソンを大きく突き飛ばすと、
飛来した『契約の箱』と入れ替わりになる様に箱に接触して絶命した。
それは余りにもあっけなかった。
イアソンが世界のあらゆる歴史の中において最も信頼する『最強』がたかだか箱に接触した程度で消滅した。
それはヘラクレスがサーヴァントの身で顕界したという事もあるだろうが、それにしてもあまりにもあっけなかった。
イアソンは自分が油断していたから避けられなかった故にヘラクレスが犠牲になったと理解した。
故にこの度(旅)だけはその油断を棄てる事を誓った。
それは浮かれる事捨てる事とは重ならない。それこそヘラクレスが友と認めた自分の否定であり、
彼との友情を汚すと感じたからだ。
本来のこの特異点におけるイアソンとは違い、『契約の箱』に価値を見出さなかったイアソンは、
故にその憎き箱を破壊しようと考えたが、触れてしまえばヘラクレスの二の舞、
それにこれを為した者への報復手段ともし得ると、
それから彼と妻と二人の長い船旅が続いた。
イアソンは友を喪ってからも明るかった。
だが、それは痛々しい空元気だった事は共にいた妻には解かっていたが、
それでもメディアはそれを指摘する事は無かった。
何故ならそれはイアソンの意地だったから。
それは他の誰でもない此処にいない友に向けた虚勢だったから。
それが理解できていたメディアは故に指摘する事は無かった。
船旅は続き、イアソンはある国に着いた。
そこは何処かコリントスに似ていた。
その国には粉雪が降っていた。
肌に触れると空気に溶けるように消え、そして僅かに体温を奪っていった。
イアソンはその雪を見て全てを理解した。
イアソンは雪を掴む。
雪の様なそれは接触したものの水分の熱運動を停止させる電子レンジの逆転状態の様なえげつないものでありながら、
その出力は広大な範囲とは反比例して極めて低く、当たり続ける事が無ければ、栄養を十分に取っていれば、
つまり寒さをしのぐ術や健康に優れた者には死ぬような影響など到底出ないものだった。
弱者だけを狙い撃ちする様な絶妙な配分の殺傷現象。
イアソンはそのやり口で確信した。
この下手人は憎むべき怨敵であると。人を家畜としか思わない人外の仕業であると。
イアソンは雪が嫌いだった。
とある女神の祝福である寒波を伴った粉雪は弱者を容赦なく葬送した。
イアソンの治める国でも善意の名のもとに身体の弱い者、雪を遮る屋根や風を防ぐ壁を持たない貧しい者を死の雪は葬った。
それは社会的に役に立たない者を淘汰する選別の純白だった。
国の貴族たちは暖炉で温まりながら明日には汚い路地裏の害虫たちが駆逐されていることを脳裏に一瞬だけ浮かべながら、
子供に絵本を読み、夫婦で和やかに語り合って、昇りくる太陽に感謝し、お休みのあいさつの後に眠りについた。
一方貧民街では食事こそ配給の増えるワカメのお蔭で困らなかったが、食糧で満たされた分今まで以上に働くことなく、
余裕が出来た資金は酒などに変えてその日暮らしをしている、貧しさが必然である家庭も少なくは無く、
その様な家庭の子供たちは落ちているマッチの火で僅かばかりに身体を温めては白き毛布に覆われて覚めぬ深き眠りに落ちて行った。
国民殆ど全てが家を持てる時代が来るまで女神の祝福は止まなかった。
これよりも後の時代を生きたアンデルセンのマッチ売りの少女などのモデルも女神に進化に能わずと切り捨てられた1人であった。
貧しくとも健気に学の無い身でも懸命に生きた少女の死は、アンデルセンの心に深い闇として残されたという。
イアソンは歓喜した。効率重視でそこにある人間の心を理解しえないやり口はあの女神のもの。
憎むべき女神のもの。そしてその女神に復讐し得る機会を得た事に歓喜した。
イアソンは憎悪した。かつて自分の治めた国で幾多の弱者が滅びて逝った。
イアソンとメディアによる増えるワカメ(西洋人にも消化可能ver)により食糧問題を解決し、
貧しい民でさえも明日を食い繋ぐ事ができない不安におびえる事は無くなった。
そして何処へ行っても感謝され大変気持ちが良い思いをしたものだった。
だが、イアソンに感謝した貧民たちは寒波を乗り切れず朽ちていった。
イアソンは工夫と勇気と努力で人が救われる話が嫌いでは無かった。
そして圧倒的な存在が弱者を踏みにじる理不尽が好きでは無かった。
故に強大にて強靭な選ばれし戦士ヘラクレスに最初から好感があった訳ではない。
それでも、ヘラクレスのその生き方にあこがれて友諠を育んだ。
そこには人の心があったから。
だが、それを解しない神々のやり方は正直イアソンにとって憎しみの対象でしかなかった。
イアソンに加護を与えつつも、
そこにはまだギリシャ神話的人間性があった。
だが、女神や主神はそうではない。
完全な効率化の権化。減りすぎたから増やす、増えすぎたから減らす、
質が悪いから間引く、質が良いから拡大させる。
そこに人の心は無かった。
ただただ無感情な合理性だけがそこに在った。
イアソンはその国で凍え死んでいく人々を救う為に、自身のアルゴー号を小屋へと変える魔術を使うようにメディアに告げた。
小屋へと変わりもはや海に出る事が出来る形では無くなったが、そこに問題は無い。
王を経たイアソンにとって、アルゴー号とは世界であり、海とは星であり、船員とは民であった。
小屋、いや砦と化したアルゴー号は、この時代では失われた西洋人に消化できる無限に増えるワカメを供給し続け、
周囲一帯の雪を防ぐ屋根となった。
イアソンは人々を救いながらも脳裏に浮かんだことがあった。
それは今イアソンがいる土地の支配者の事だった。
便利な人材が自国の民を助けに来たことへの感謝と感じるか、
そんな便利なものを持つイアソンから全て奪って自分のものに変えようとするか、
それとも民に求心される存在が余りにも危険である故に貧民を利用して国家の秩序を転覆しようとしにきたとするか、
結果として答えは最後のものだった。
イアソンは捕らえられ連行された。
しかしその余りにも自身と覚悟に満ちた佇まいに民衆が彼こそ真に人の上に立つ者だと激昂。
『ワカメの王』を救えを合言葉に代官所を襲撃し、イアソンを救出した。
その様を知ったその国の王はイアソンとの会談を決意。
交渉事ならお手の物である嘗て実際に王としてその手腕を振るったイアソンにとって、
完全な敵対者の打破なら兎も角、自身の存在を許容させる終着点を見出させる程度訳は無かった。
何せ、相手にとって自身を殺しかけたという落ち度があり、自身が味方に付けば大きく国が発展する保証が出来るからだ。
王がイアソンがあからさまな危険でない内は排除しようとしない程度に善良だったことも原因として含まれるが。
即ち、他国との戦争に備えた有事兵糧担当官としての立ち位置であった。
そしてイアソンは無益に周辺国を併合する戦争に参戦する気はない。
それは余りにもスケールが小さく自由が無いとイアソンには感じられたからだった。
嘗て果てなき海を越え、永遠の墓場へと独力で辿り着いた男にとって、
一国の王であった時など所詮中間地点でしかなかったのだろう。
そして何よりも彼は銀河系軍団(星座登録的な意味で)アルゴノーツのリーダーだ。
一見ナヨナヨしていたとしても運命の荒波を超えてきた男であるが故に、
最終的にも不可能な事は無いという根拠のない自信があった。
無限に増える謎に栄養満点な魔法のワカメはメディアかアルゴー号を持つイアソンがいなければ存在でき無い故に、
イアソンはこの国に特別な英雄で無く只の民衆による巨大な乾燥ワカメ工場を作る事を提案。
それに加え、西洋人に少しでも消化しやすいワカメを探し当てる事を具申した。
嘗て古代に存在した伝説的な王であるイアソンとメディアの名を騙る2人に懐疑的な者も当初多くいたが、
そのワカメを使った内政助長手段から次第にそれに反発する者はいなくなっていた。
兵糧に不安が無くなり戦争へと逸る将軍や大臣などの王族を除く国家の上層部を諌め、
船旅とワカメの良さを語るイアソンは下級貴族の子弟たちにも支持され始めた。
ワカメを使ったスープや酒、料理などがその地方では瞬く間に広がった。
その事による空前の好景気も無関係とは言えない。
そうやって人々に称賛されてイアソンは今大きく
その有頂天な熱気の奥で、彼は今も降り続ける晴天の粉雪を睨む。
「人は神々などに導かれはしない。人が歩いた後を神々が称賛するんだ。
僕の
なあ、ヘラクレス。見えるか、僕を称賛する民の姿が。凄いだろう、カッコいいだろう。
見えるか、彼らが紡ぐ営みが。熱気が、喜びが、悲しみが、怒りが、希望が。
これが―――――――――――――――、
そう、これが僕たち
此処に人には神を超えられる可能性がある事を宣言する。」
回想
開創
開窓
改葬
廻送
壊走
海藻