凍れる女神   作:蕎麦饂飩

35 / 36
第三十五話 『ひょうじょう』

もし世界に100人しか人間を残す事が出来ないというのなら、

その100人には選りすぐられた人間が残されるべきだ。

そこに人権や公平性のバランスと言った泣き言を聞き入れる余裕はない。

例えば障害者枠の様なものは存在する訳が無い。

僅かな100人の中にそのような『無駄』は受け入れられない。

 

余所の集団で組織における重荷が増えようと知った事では無いだろうが、

己の存在する集団には重荷がいて欲しい筈が無い。

 

世の中には『無能』と呼ばれる人種がいる。

『普通以上』の人間には想像すら及ばない方法で、

チャンスをピンチに(・・・・・・・・・)変える力を持った存在だ。

やらなくても良い事をやり、やらなければならない事をやらず、

考えなくても解る事を考えて尚解らないというファンタジー染みた存在だ。

ある意味妖精や天使の類と考えても良い。

厳密には妖怪や悪魔の方が適当だが、それは敢えて言わないものとする。

歩きやすい様に荒れた山道を綺麗な階段に造り直したら、

不自由な脚だから階段を通れないという人間のような存在で、

その者に合わせてしまえば社会の利便化を妨げる事になる存在だ。

 

大抵物事を為す時に失敗したり、制度や速度に劣る存在は往々にして固定化されている。また、アイツかと呆れ声で言われる存在だ。

つまり、ダメな奴は何処へ行ってもダメでしかない。

努力をしてもそもそも他者にとって引っ掛からない程度の段差で、壁に出会ったように立ち止まる存在に合わせると、

全体の速度は著しく低下し、コストも著しく跳ね上がる。

『無能』は社会に、そして生物に求められる基本要件を満たしていない欠陥品でしかないのである。

 

社会においては『弱者への優しさ』というのは、

善意を自発的に行いたいけれど一人では行えないものという表の顔の裏に、

効率よく進んでいる機構を妨げる為のお邪魔蟲としてその効率化を良く思わない者に押し付けられる嫉妬と言う悪意から生じる存在である。

『有能』で集まって効率よく進む機構を足止めしたいライバルたちが人権という名のもとに押し付けるお邪魔キャラだ。

自称人権屋は何時も『弱者』を大切にしろと無駄な事を言う。

そんなに言うなら全ての『弱者』を弱者を鑑みろという主張者に押し付ければどうなるだろうか?

答えは簡単だ。破綻にすらいき付かない。

「どうして自分だけが」「こういうのは余裕のある人が」「社会全体でフォローしていく問題だ」

そう言いながら、最初に弱者を助ける為に実際に動く『1人目』には成ろうとしない。

他者に善意を強要してその善意を仕向けた功績に肖ろうとする社会の障害物にしかならない。

弱者は更なる弱者を助けようとすらしない。強者にあらゆる弱者を丸投げする。

『無能』は『有能』に負担を押し付けた上に不平を紡ぐのだから笑えない。

そして往々にして『無能』が『有能』に追いつくために借金をして大学院にまで行くというような、

リスクと労力を負わないと『有能』に追いつけないという当たり前の状況に不平を言うばかりで、

そのリスクと労力を持って追いつこうという覚悟すらない。

 

努力をして平均に届かないのなら素質の無い『無能』。

平均に届かないのに努力もできないのなら見込みの無い『無能』。

 

真面目に学校に行くだけで、真面目に学力を結果として身に着ける事ができない者、

真面目に学校にも行かず、その結果学力を身に着ける事が出来なかった者、

それらはどちらも低偏差値として表される。

能力か素行に問題があるから偏差値が平均に届かないのと一緒だ。

 

努力しない事と、努力しようとしてもできない事。

それは主観的には大きく違うのだろうか?

そこにはADHD等の本人にさえどうしようもない理由があるのかも知れない。

しかし、否が応でもその影響を受ける周囲からの客観的な視点からは何の違いがあるだろうか?

結果として努力していない為に進歩が無いだけだ。

努力しようとしてもできない苦しみなど他者にはどうでも良い問題だ。

たとえ本人にとっては解決の難しい問題でも、他者にとっては寧ろ、

そんなどうでも良い事よりも、それを解決してくれない事こそ、

赦され難い問題(・・)だ。

努力しても無駄かもしれない。普通の人が10の努力で10の上昇結果を出す所を、

100の努力で1の上昇しか無いかもしれない。

だが、周囲にしてみれば非効率的だろうが、彼ら彼女らに努力を免除させる理由にはなり得ない。

余所の集団で善意でお荷物を皆で背負いあっているのは気にしなくても、

そのお荷物を自分達が背負う事は御免だろう。

 

その意味では素行が悪くて、勉強への熱意が無い者と、

努力しようとしても努力が出来なかったり、ただ単純に頭が悪すぎて真面目にやってもダメな者、

努力をしようとしない者も、努力ができない者も、努力してもダメな者、

そのどれもが『望まれる結果に帰結しない者』である故に、

偏差値や学歴で人を数値化して判断する事は、例外もあるだろうが、

統計的には間違いのない手法だと言える。

 

数字の上で人を判断する事の是非はともかく、

それ自体は可能であり、それによってそもそも求められる前提に至らない者に、

求める事は何もない。

 

それらを切り捨てて磨きをかけていけば、母数は減るだろうが、

質の良い純度の高い高みに至る集団が出来る。

集団と言うのは目的をこなせる最小限度より少し多いくらいで良い。

数の嵩を増すために『無能』を押し込むと足手纏いで成果が低下する。

 

もし『無能』であることを『個性』だと言うとしよう。

『個性』なら伸ばして長所にできる。努力して『才能』として伸ばさなければならない。

もし、その『個性』を伸ばして社会にも己にもマイナスにしかならないのであれば、

それを『個性』と呼んではならない。

『欠陥』としか呼んではならない。

 

敢えて悪辣な物言いをしよう。

差別的な表現をすれば、片足が無いのが『個性』だとしたら、

『個性』を伸ばすためにもう片方の足も無くせば『個性』が更に花開くだろう? と。

そんなオンリーワンに近づいたところで、誰かが負担する重荷が増えるだけだ。

そしてそれを解消する為だけでなく、その負担をかける本人の生存や快適さにさえ、

社会が資金や権利などの『武器』を与える為に負担を受ける。

そしてその武器が正しく振るわれる保証さえ誰もしてくれない。

 

『弱者』に強い武器を持たせて『強者』と対等な結果としての平等を目指す社会があったとする。

その社会の人権的なものを差し置いて文明の成長度は期待には値しない。

何故なら、如何に強力な武器を持とうと、その持ち手は所詮『弱者』である。

今まで負け続けてきたものが、厳しい戦いに赴こうとするだろうか?

赴いたとして、その武器の強さに浮かれて奢る事は無いだろうか?

答えに明るい結果は期待できない。

 

笑いと言う行動にさえ、関心を払わなければならない相手かどうかという権力差の前提が含まれる。

怒りと言う行動にさえ、相手が敵いうる相手であるかどうかという前提が含まれる。

悲しみと言う行動にさえ、周囲が関心を示して配慮してくれるかという前提が含まれる。

 

個人の感情の表現にさえ、周囲におけるパワーバランスが存在する。

動機にすら前提条件が存在する以上、その帰結に前提条件が存在しないわけがない。

 

即ち、『無能』は行動の結果の以前に、その過程、その始まりにさえ制限を受ける。

即ち、『有能』は行動の結果の以前に、その過程、その始まりにさえ優遇される。

 

才能の差は最後の一手でなく、常に補正が掛かり続ける。

月に1.1倍の利子が増え続けるものと、それが無いものがいるとする。

それが3年の月日が経てば1.1×1.1×1.1×1.1と続く事36回。

その倍率は本来の約30倍に成り果てる。

 

1.1倍なら取り返せると考えるかもしれないが、30倍の性能差は覆せない。

3年で無く、1年でも1.1倍を12回繰り返せば約2倍の差が出る。

例えば全身の筋力が違う2人がいたとして、彼らが殴り合うとしよう。

そして握力だけで1.1倍の違いが出るとしよう。

其れだけでなく、背筋や上腕二頭筋、前腕部、足腰の筋肉……―――――と様々な部分でそれぞれ1.1倍の差があるとしよう。

それらがうまく連動すれば単純にパンチの打撃力には大きく差が出る。

 

例えば一人で計画、立案、準備、調整、実行、直接判断、不測事態対処、修正、補備、説明、公開の全てを指揮する者が2人いるとしよう。

片方の能力はもう片方よりも全ての段階で1.1倍の差が出るとしよう。

それらがその通りに進んでしまえば、その結果を見た時に周囲の評価は1.1倍では収まらない。

流石に能力に倍程度の差が出てくれば、最早、毎回成功する者と、毎回失敗する者が出てきてもおかしくは無い。

その倍の差で合否が決まる場合が各過程の内1回でもあればそこで話すら終わってしまう。

 

劣った方は、完全な下位互換として優秀な存在の半分程度の人材価値とみられる。

そしてその優秀な方の半分以下の価値で、組織に求められるボーダーラインを超えられるかどうかは判らない。

要求を超えられないかもしれない存在を何時まで許容できるだろうか?

許容したとして、他の組織との競争に勝ち得るだろうか?

そもそも許容してその組織の存続が成り立つだろうか?

故に、『無能』は切り捨てられる。

 

これが『無能』と『有能』の価値の差である。

 

 

 

障害者など弱者を叩くと「お前が、お前の子供が障害者になればいい。」

という返しが来る社会は良くない。

障害者の社会へのマイナスであるかについて議論しているのに、

自分や家族が障害者になった時に助けて欲しいか叩いて欲しいかという感情論へのすり替えが行われている。

 

障害者で不細工な人生は不公平だと能力が他者より低い事に不平を言う事を許す社会は良くない。

単為生殖でなく有性生殖を選んだ種族は須らく前提で生物として不公平を推奨している。

そうでなければ全てがクローンの社会を作るしかない。

そして多くを持ち得ぬ者が持ち得た物を持ち得る者が奪える社会は効率が更に良い事を否定する社会は良くない。

例えばゲームで種族値の高くないキャラクターが特定のアイテムを持って出現する場合、

そのアイテムだけを取り上げて捨てたり使い潰す効率化方法は良くある。

所謂○○牧場や引換券と呼ばれる存在だ。

女神が藤丸立香が持ち得たマスターとしての才能をオルガマリー・アニムスフィアに移植したのと同じである。

無能だが優秀なアイテムを持つ存在が存れば、奪い取って優秀な存在に宛てがい、

優秀な個体が優秀な装備を持つという最強状態を作る方が良い。

結局、世界を回すのはほんの一部だけなのだから、その一部を強化した方が良い。

その物の効率的に活用された時の価値も解らない未開の地の土人には勿体無い資源を文明人が受け取って活用してあげる事と同じだ。

その為に、奪い取られた上に切り捨てられる敗者がいるのは仕方ない。

その分勝者が確りとシステムを美しく運営すれば敗者も報われると言うものだ。

途上国の内紛を煽ってでも、経済を発展させず嗜好品の値段を抑えさせることで、

先進国の国民が美味しいお茶やお菓子を安価に手に入れられるなら、

貧困国の子供たちが飢えて死んでいく事にさえ意味がある。

 

 

女神はそう認識する。

 

女神は人類と言う種族を存続させることを使命と定められた。

それは全ての人間を一人一人救う事とは重ならない。

それは会社を救う事と、無能であっても社員の1人も切り捨てない事が同じではない事と同じだ。

 

故に女神は当然の様に弱者を切り捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神一行が遭遇する船団と出遭っては、極めて自然な流れで海に突き落としては化け物のエサに変えていく、

最早どちらが悪の海賊かわからない(今更な)状況をこなしながら進む中、

遂にドレイクの拠点に迄辿り着いた。

 

ドレイクの元部下達を使って、拠点に先行させる。

勿論、その部下達の乗る船には火薬をしっかりと積んであった。

 

 

 

 

ドレイクの拠点であった港が爆発すると同時に、

女神は港を含む一帯に向けて一斉に砲火を放ち立てると共に、

自身も肥えた飛び魚の様な爬虫類と氷刃の背びれを持った魚を大量に呼び出しつつ、

目的地周辺の酸素を凍らせて雨と降らせた。

 

 

戦争は相手が準備する前に一気に戦闘員も非戦闘員も関係なく叩くのが良い。

特に人権やニュースが発展していない時代なら尚の事。

敗者の意見など誰も聞く耳を持たない。負けた方が悪い原則が確りと働く。

 

 

 

燃える港を気化した酸素が助長して家屋が崩れ燃えていく。

これで更に火を消せたとしても復興に時間がかかり拠点としての使用までの必要時間を先延ばしできる。

 

何より、民間人と海賊の区別を付けず遠距離から範囲制圧的に抹殺する方が効率が良い。

 

 

例えば太平洋戦争においても、片方の国が相手に宣戦布告する前に敵国全域を核で爆撃していたら戦争にさえならなかった。

 

大日本帝国が大量の空母と核爆弾でアメリカ全土に同時核爆撃を行うと同時に宣戦布告すれば、

リメンバーパールハーバーという言葉さえ存在しなかっただろう。存在させなかっただろう。

負けた国は歴史の検証さえ許されない。無様な遠吠えを危険な屁理屈とされて嘲われる。

 

世界が同等の一撃必殺たる核兵器を持ち、世界中を互いに衛星で監視できる世の中にはまだまだ程遠いこの時代、

正しく勝者が歴史の正義になる。

21世紀の日本人の中にも後々謝罪と賠償を請求しながら日本に嫌がらせと工作を働く外国人をこれ以降作る位なら、

北の敵対国家に核爆弾で国民ごと一掃しろと考える者も少なくない。

それはかつて日本に核爆弾を落としたアメリカ合衆国民の意志と同じだった。

 

 

非戦闘員が生き残ったからWWⅠからドイツは息を吹き返した。

非戦闘員の生き残りに怯えて常に中国は皆殺しを実行してきた。

極論、非戦闘員など存在しない。

ドレイクの元に集い住まうもの全てを飽和攻撃で抹殺すれば遺恨の根も残らない。不安の芽も遺らない。

夏の怪談の様に登場人物が全員死んだ筈なのに不思議とそこを見たように鮮明に語る語り部などいない。

そこには屍と言う沈黙の徒が転がるだけだ。

 

少女が青年が老人が妊婦がありとあらゆる人々が悲鳴を上げるのを意に介せず、

女神は裁きとして自身の意を通す。

この戦いにおいては未来に戦士となる子供達や、戦士を産む母親を抹殺しなければならないほどの長期戦は全く想定していないが、

そうでなくても、後の遺恨で思わぬところで妨害が入るよりは、関係する地域や民族を一掃するのは効率的には理に叶っていた。

 

 

 

ましてや、『神の御加護』の下という大義名分まで用意してある。

…尤も、女神が率いているのは女神の事を嫌っているサーヴァント達と、

洗脳された優秀なドレイクの元部下達だけなので、その意味はまったくないが。

 

 

そして燃える炎が酸素に煽られて町に広がる。

ドレイクただ一人を抹消する為に罪も無い人々を犠牲にする。

聖杯だけが残ればよいとの考えによる女神のやり方だった。

 

 

 

 

しかし、その炎は直ぐに鎮火されることとなった。

港の上空を暗雲が立ち込めて、暴雨と風が巻き起こった。

 

雨に消されていく炎。

その中から顕れたのは傷一つない無敵の船団だった。

 

聖杯を片手に、その力で編み直された壊れた船々の先頭にある船の先で、

頭から血を流して震える膝で手摺に掴まる女性は、女神の狙うフランシス・ドレイクその人だった。

 

 

 

 

 

女神は少しホッとする。そこに聖杯があったから。

無駄なエネルギーの消費をせずに済んだという事だったから。

そこに在るハズの物を探すよりも、目の前にそれがあった方がストレスもたまらない。

 

女神は聖杯の力で壊れた港の上を滑る様に進む船団の上から降る雨の下に、

冷気の膜を作った。

 

そして、その膜を通り過ぎるだけで雨が氷となって降り注ぐ。

鎮火した町に今度は凍てつく雨が降り注ぎ、気化する事で気温を下げ町の住民の体力を奪い、

弱い者から殺していく。

 

 

 

 

「…アタシも悪魔、悪魔と言われたけどね、そのアタシでも、

これをやってくれた奴にはこう言いたいよ。

―――――――――――この、悪魔め。」

 

「……敗者の恨み言には何の価値もありません。

ですから、私に聖杯を渡しなさい。

それで全てが解決です。」

 

 

ドレイクの怒りは女神にはまるで届いていない。

探し物の為に草を刈ったら探し物が見つかった。

只その探し物は動物の背中に括り付けられていた。

 

それが文字通りその通りの女神の感想だった。

故に動物がこちらに荷物を届けに来るのならそれで良し、

もしそうでないのなら猟銃で撃ち抜くだけだ。

 

 

「アンタには良心の欠片ってものが無いのかい?」

 

「海の略奪者がそれを言うのはどうかと思います。

ところで、それを渡してくれれば全て解決なのですが。」

 

 

「…っ。 こんな杯一つの為にこれ(・・)を引き起こしたってのかい。」

 

「それの価値を知らなかったのですか?

貴女の後ろにある有象無象よりよほど大事な物だったのですよ。

では、それの価値が解ったところでそれを持つに相応しい者に渡す栄光を与えましょう。」

 

 

話が通じている様でまるで噛み合わない。

まるで動物が何を考えているか解らないにも関わらず、

勝手に一方的に語りかける人間のようである。

というよりは「良い仔ね~ワンちゃん、それを私に頂戴。」と犬にでも語り掛けている人間そのものだった。

犬がワンワン言っていてもその意味をまるで理解はしていない。

理解しようとも思わない。只々自分に都合良く考えているだけであり、

その犬に噛み付かれそうになるのなら、当然―――――――――

 

 

「ふざけるなっ!!  全門解放、照準は全部アイツ一人にだ。

全力で打ち掃えっ!!!!」

 

 

 

ドレイクの命令で最大火力で撃ち放たれようとする全弾砲撃。

それを前に何時ものように変わらない微笑を浮かべる女神。

 

「首輪が高価なのでそれを持って来てくれるのなら優しく外してあげようと思ったのですが、

首輪の価値を自分の価値だと勘違いして噛み付こうとするのなら、

首を落とす手間をかけなければいけないのです。

本当に面倒ですよね。

ゴルゴーンの姉、貴女もそう思いませんか?」

 

 

「えっ、私!?

…そう思う訳ないでしょう。

それより、相手は全力で攻撃してくるようだけど、どうするのっ!?」

 

 

エウリュアレの言葉に、女神は珍しく折角この私が話題を振ってあげたというのに、

太鼓持ちの回答すらできないのでしょうか、と内心でエウリュアレを残念な子扱いしながら答える。

 

可愛さで魅了する事は得意でも、物理的な攻撃に対する耐久力には自信が無いエウリュアレは余裕が無いのが当たり前だが、

女神にはそのような事を考慮しない。

 

迫りくる砲撃を前にして以前庇われた恩義を返さんとアステリオスがエウリュアレの前に立ち塞ぐ様に構える。

少々乙女心に来るシチュエーションであるが、生命力的には普通の乙女と変わら無い故に、

生命の危機的な意味でからかい上手のエウリュアレさんの心臓はバクバクであった。

ダビデはエウリュアレとアステリオス自身はアステリオスが何とかすると見切りをつけて、

自身の飛び道具で自分に直撃する恐れのある砲撃にだけ迎え撃ちながら回避する態勢に移った。

 

余裕を絶やさない優雅さで海水を使って巨大な氷の壁を造り出す。

性格には少々どころでない難がある女神だが、その性能に関しては文句はエウリュアレでさえもつけられない。

 

しかし、女神はエウリュアレの心臓よりも何より勝利条件の効率を意識するあたり、

何時も通り共感性の薄い系乙女であることは今更であった。

 

 

敢えてヒビが入りやすい様に作られた多重構造の氷の壁。

それは相手にとって砲撃の効果が目に見えてとりやすく、注意がそこに引き付けられやすい様に作られた囮でもあった。

 

女神の本命はヒビが入って透過性の落ちた氷の向こうに女神がいると思い込んだドレイクが攻撃を続けている間に、

単身で直接乗り込んで制圧する方法。

 

 

それを転移で行っていれば良かったのだろう。

しかし、女神は余裕と油断を履き違えた。

 

敢えて注視すれば視認できる程度の超高速移動で海面スレスレを移動して黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に接近する。

 

 

 

 

 

 

 

ドレイクは当初ヒビが広がっては欠けていく氷の壁に只管砲撃をかける事を命じていたが、

何か致命的な違和感を感じ始めた。

何かこのままでは究極的に停止する様な極限の閉塞感。

今なら掴める未来が遠ざかっていく感覚。

一秒ごと、いや、一瞬ごとに急速につながる未来へのアンカーが減っていく実感。

 

ドレイクはそのアンカーの一つを手探りで無理矢理引き寄せるイメージを心の中に浮かべた。

と、同時に直感的に視線を動かした先にそれはいた。

海面を滑る様に迫る女神が。

 

目標を船から女神に変えて、時間差を組み合わせての範囲攻撃。

それがドレイクの出した答えだった。

 

女神は速度を上げながら進路方向を斜めにずらしつつ、右手を海面の中に突き刺した。

それにより引き起こされる女神の後ろに棚引くような水の壁。

そしてその壁は生み出されると共に凍っていく。

 

しかし、その追随する氷の壁により視認による進路が読みやすい。

ドレイクはそう思い、魚の背びれの様に伸びる氷が発生していく先に照準を合わせて―――

またしてもそこで違和感が脳裏をかすめる。

 

ここでドレイクはまたしても脳裏に浮かぶ選択肢のアンカーを掴み、強引に引き寄せた。

 

同時に再び直感染みた思考が流れてくる。

何時の間にか、女神の移動に伴う副産物自体を目標に眼で追って来た。

だが、女神によって追随する氷の壁が発生するが、

その先頭に女神の姿がはっきりと視認できる訳でもないのに、

延長される氷の壁の先に女神がいると何故断言できるのか、と。

 

 

 

ドレイクは視界をずっと自分の船に近い所に移動させる。

そこには蛇行しながら船に近づいてくる氷の壁とは別行動して真っ直ぐ迫ってくる女神が確認できた。

 

 

ドレイクは神やそう言った類の存在に自分の未来を委ねたりはしないが、

神の様な何者かが女神を海に沈める為に啓示を送っているとしか思えなかった。

 

 

ドレイクは今まで一連の啓示染みた直観にさえ万全の信頼を置く事は無かった。

だが、神だろうが悪魔だろうが利用できるモノは利用してやるのがドレイクの主義だ。

 

従うかどうかは別として、女神に勝つ為に啓示される内容を見るだけ見てやろう。

そう思って心の中でアンカーを探した。

そのアンカーは一つしかなかった。故にそれを引き寄せようとして、

そのアンカーの鎖があまりに拍子抜けするほど軽い事に驚いた。

当然である。鎖の先は切断されて凍り付いていたのだから。

 

「クソッ!!」

 

黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の甲板を貫く様に幾つもの氷の螺旋が海中から伸びてくる。

元からその啓示に頼る気が無かったからこそ、反応が遅れなかった。

それによってドレイク自身への被害だけは避けられた。

啓示では無く自身の直観によって掴み取れる可能性を模索した。

 

女神の姿は完全に見失い、延長される氷の壁は速度を増して船の周りで蜷局を巻くヘビの様に3周も巻き、

その先はまさしくヘビの頭部の様に口を開き、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の上から見下ろす様に伸び上がっていた。

 

 

そしてドレイクは見た。

その氷の大蛇の頭部の上にあの女神が優雅に微笑を湛えているのを。

そしてそれが船に襲い掛かった時がドレイクの終わりだろう。それが理解できた。

 

少し前に海の化生と殴り合った時の様に殴り返してやろう。

そう考えた時、その時の傷が急激に痛みを訴えた。

視線を女神から逸らさないまま傷口を触ると不自然なくらい傷口が広がっており、

塩水が塗り込まれたかのようにヒリヒリする。

 

「あの野郎の置き土産かっ…。」

 

痛いなんてものでは無い。激痛という言葉でも足りない。

 

だがそれがどうした。痛みなど只の痛みだ。

それぐらいで止まるフランシス・ドレイクでは無い。始まりの海賊は名乗れない。

 

そう、思っていたはずだった。

傷口から大量の血液が生きているように飛び出して海に流れ込んでいこうとするのを見るまでは。

 

心が折れた――――訳では無い。その程度の人間ではそもそも世界を回る海の覇者には成れない。

だが、急激に抜かれる血液と共に流れる魔力と生命力。

 

それが立ち上がる力さえもドレイクから奪う。

 

 

 

ドレイクは胸元から巻物の様な形の何かを取出し、それに火を着けた。

それは信号煙だった。

その意味は―――――黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に対する集中砲火。

 

それは最後の手段だった。

ドレイクはその煙を配下の船団が理解したと認識したと同時に黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の最期の仕事に取り掛かる。

 

 

 

その直後、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に襲い掛かる女神と氷蛇。

だが、

 

 

「派手な花火、特等席で魅せてやるよ。

ざまあみやがれ。」

 

 

大蛇の頭部が船体にぶつかる寸前で黄金の鹿号(ゴールデンハインド)は自爆。

同時にその爆発に向かってドレイクの配下たちが敵討ちとばかりに飽和攻撃を黄金の鹿号(ゴールデンハインド)に向けて砲撃する。

 

 

 

 

船団が全ての砲弾を撃ち尽くして、煙と炎にまみれた海域。

ドレイクの部下の1人が思わず口に漏らした。

 

「やっ、やったか。」

 

 

其れの答えはその数秒後に表れた。

傷一つない氷の大蛇がそこにはいた。

 

 

その上には女神が残念そうにしていた。

 

(…杯が見つかりませんね。

海中にあるのでしょうが、探査を阻む何かがあるようです。

まあ、見当が付かないなんてことは無いのですが。)

 

「この時代で領分が如何と言う心算はありませんが、

曲がりなりにも私も神ですからね。

今は良いとしましょう。」

 

 

 

何時もの微笑よりは幾分か冷たく僅かな嫌悪感が滲ませながら、

女神はそこに誰も居ない筈なのに、そこに誰かが居るかのように語り掛けては自身の船の方へと向かっていった。

背後に凍り付いた船々を背にして。




表情
氷上
評定
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。