凍れる女神   作:蕎麦饂飩

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第三十六話 『ふくしゅう』

一方、オルガマリー達は黒ひげの一団に接近していた。

オルガマリーは黒ひげ達の方面に聖杯の反応がある事はDr.ロマンから聞き及んでいたし、

聖杯の波動と言うか存在感を肌で何となく感じているような気がしていた。

 

「もう少し近づくと砲撃戦の間合いに入るハズよ。

気を引き締めないと。」

 

自らに言い聞かす様なオルガマリーに対し、

女神と同じ神であるアルテミスは身も蓋も無い現実的で効率的な指針を指示した。

 

「え~っと、『翼』ちゃんのご主人様のオルガマリーちゃん?」

 

「…普通にオルガマリーで結構だけど。」

 

 

「ではマリーちゃん、以前『翼』ちゃんから少なくともこの距離からでも十分に当てられる攻撃法を習っていなかったかしら?」

 

「でも、確実に相手は死ぬわ。それも沢山の命が。」

 

『神』が相手なのに反論する事には勇気がいるが仕方ない。

オルガマリーとしては相手を確実に皆殺しにする戦闘手段は取りたくない。

その感情が声に表れていた。

 

「ふふ、ふふふ、あははは。

聞いたっ? ダーリン。

この娘『殺したくない』んだって~。」

 

「…嬢ちゃん、うちの女神様が笑った事は悪かったが、

殺し合いの戦場で殺したくない(・・・・・・・・・・・・・・)なら殺されるしかないんだぜ?

厳しいようだが、殺すために殺す事が正しいことだってある。

あの女神じゃなくても其れ位は理解できる。

言いたいことは解らなくもないが、判ってはいけないんだ。」

 

月のカップルに片や面白がられて、片や真剣に諌められてオルガマリーは少し落ち込む。

その様を見ていたマシュは、あの女神さえいなければ本当にまともで優しい所長なんだと、

少しだけ、そう少しだけオルガマリーを認めた。

 

それはその後に諭されて方向を変えなければならないという現実をも含めて。

 

 

 

「…判っていたわ。判っていた。

それが『最適解』なのよね。

少し、魔術師らしくなかった。きっと……いえ、何でも無いわ。」

 

少女という枷が外れた女神が暴走したのと同じように、

少女は何時も悪役の役目を買って出てくれていた女神が傍に居ないから、

綺麗じゃない、優しくない手段を取りたくないという感情を優先させてしまっていた。

 

(これではカルデアのリーダーとして、人類のリーダーとして役者不足…。

悪役に強制されて仕方なく効率的な手段に甘んじてきた善良な人間を演じる楽さに甘んじてた。

こんなにも、あの女神に依存してたのね、わたしは。)

 

 

オルガマリーは求めるべき効率と、守るべき道義を見極める事を怠って来たことを自覚した。

 

「やるわ。

誰でもないわたしの意志で。

わたしが構え、わたしが狙い、わたしの意志で、――――――わたしが殺す。」

 

 

そう言うオルガマリーは体が震えていた。

だが確かにその言葉を言いきった。

きっとこの場に女神が居れば、自分だけがオルガマリーを護って導いて愛してあげられると嘯く女神の事だから、

きっと「流石我が主です。」と過保護に無責任に誉め立てた事だろう。

 

だが、此処にはその勇気を称賛する者も、殺意を代行する者も居ない。

常に自分だけでない見知らぬ人間の命さえも目的の為に磨り潰す覚悟を持ち続けなければならない。

それを肯定も否定もしてくれる者もいない。

 

それでも、それでも彼女は立ち、殺意を構え、それを振り抜くしかない。

 

 

 

 

オルガマリーが『しん人類』として再構成される時に登録された最強のプログラム。

概念上の絶対零度を超える更なる冷却そのものである矢を直接魂に射ち放つ、

不死の肉体を持つ英雄でさえも理論上抹殺が可能な人の身に叶う『極限冷却術式』。

 

 

『最終兵装へ移行』

 

 

何もない所からオルガマリーの前に『魔法少女のステッキ』が顕現する。

 

 

『魔力回路全段擬似直結』

 

 

並列魔力回路が全て最大効率を保ったままラインを操作されて擬似的に直列に接続される。

 

 

『霊子情報空間固定』

 

 

オルガマリーの背に顕れた翼が最大展張を行い、

更にオルガマリーを包むように現れた光と同期して、オルガマリーの魂と肉体とを空間に完全に縫いとめる。

 

 

『集元魔力正常加圧中』

 

 

世界から奪いあうように流れる魔力を捕食し、暴食し、尚も貪欲にその財を溜め続ける。

 

 

『射出制御収束開始』

 

 

その『力』を『魔法少女のステッキ』の先からただ一つの目的の為に解放する準備を完了して、

少女の宣言により堰が解かれるのをただ待つのみ。

 

 

「凍て祓え。」

 

 

それは人類の生存に不要となる脅威遺伝子群の絶滅に用いられた冷たきもの。

それは人類の選別に用いられた冷たきもの。

それは『VEHERE』『VECTOR』ともされるそれは遺伝子を増幅して維持して導入するもの。

それは女神の力の一端を人が、ヒトを超えた者が漸く使い得る禁忌の神罰。

 

 

 

聖別の冷たき抱擁(スノーアース・イクスティンクション)

 

 

 

 

 

それはオルガマリーの覚悟がまだ固まりきっていなかったのか、

最も固まっている黒ひげの船が先頭を切る中央から僅かにそれて放たれた。

 

 

その効果は以前と変わらず、命ある者の存在の炎だけを鎮火させる。

即ち『強制的な寿命』へと肉体を変質させないまま送り込む即死業。

 

それは人類成立に障害となる生物群を絶滅に追い込んだ御業だった。

 

それは人類の敵対者を消滅させた御業だった。

 

それは階級社会の確立に不要な邪魔者を滅殺した御業だった。

 

それは、黒ひげ達の『家族』をこの世から奪い去った御業だった。

 

 

 

 

 

黒ひげ達は見た。

自分達の船団の一角に光の奔流が通り過ぎ、

その後には先程とは何も変化が無く、ただ仲間の命だけが奪われていたのを。

 

「…船長。」

 

メアリー・リードが一言黒ひげに問いかけるが、黒ひげは動かない。

いや、動いていないわけでは無かった。

その拳が、軋む音を立てながら震えていた。

 

「見つかった。そうだな?」

 

地獄から響くような声で最後の大海賊は呟く。

 

「他にこんなことが出来る存在がいるとは思えないねえ。」

 

ヘクトールが同調する。

 

「例えそうでなくとも既に多くの仲間が殺られました。

ですが、そうでない事の方がそうでないはずです。

で、どうしますの? 船長。」

 

アン・ボニーが冷酷に艶やかに牙を剥く。

 

黒ひげの答えは一つしかない。

 

 

「海賊の流儀をたっぷり教えてやれ。いいか、野郎ども――――――――――――

全員血祭り(オールデストロイ)全員血祭り(オールデストロイ)だ。」

 

 

 

一角を即死させるアウトレンジからの攻撃にも恐れる事無く、

いや、恐れて逃げだしたらそれこそ残虐非道冷酷卑劣な大海賊黒ひげにどうされるかわかったものでは無い船員たちは、

一斉に鬨の声を上げて砲撃に備えた。

 

 

一方、オルガマリーは大量の魔力を消耗する文字通りの必殺技を使ったものの、

少し外れたために術式が必要とする生贄に足りなかった故のペナルティーとしてオルガマリー自身から魔力を奪う事になってしまった。

本来は、巻き込まれて鎮火された命の火を後払い型のエネルギーの補填としてノーリスクで発動できる対国の術式だったが仕方ない。

これは彼女の覚悟が固まりきらなかった故のツケなのだから。

 

 

それでも戦力はオルガマリーだけでは無い。

オリオン(アルテミス)とマシュがいる。

負けると決まった訳では無かった。

 

 

だが、出鼻で挫いた意趣返しの様に黒ひげも手段を択ばずに殺しにかかってきた。

 

それは、

 

それは―――――――――――『人質』だった。

 

 

 

 

黒ひげの船の横に隣り合う船のマストに掲げられた少女がいた。

 

その少女は、『女神』の娘だった。

花や氷を降らす魔術を使って海賊たちの命を刈り取って居た所、黒ひげ達に捕まった。

女神がその程度の力でしか造っていなかった故の事だった。

 

少女は海賊たちに捕まっても決して純潔だけは奪わせはしなかった。

それは処女神である彼女の母への名誉と敬意の為だった。

 

故に必要以上に暴力で嬲られた。

それでも彼女は純潔を守り抜いた。

代償として両手足を切り取られていたが。

 

 

オルガマリーは念話で女神に叫んだ。

あなたの娘が捕らえられている、と。

 

 

女神とのパスの中でオルガマリーは返答を待ち続けた。

そこで、女神が何かを言おうとした矢先の事だった。

 

「アレはもうダメみたいだけど、

それでも助けるのかしらぁ?

昔、死にかけを入れ替えるのはターンの無駄って、言っていたのにね。

私がヘラに殴られた時にも同じような事を言って助けてくれなかったでしょ?」

 

アルテミスがそうやって割り込んできた。

他者のパス内の会話に割り込んでくるあたりが神霊である。

とはいえ、女神クラスならセキュリティも其れこそ神霊基準なのだろうが、

今回に限ってはそうでなかったようだ。

 

「…マスター、伝えなさい。只、その役目を果たせと。」

 

 

伝えられる筈が無い。嘘でもあなたの母はあなたを助けに来るからと叫びたい。

だが、それが嘘だと分かっている相手だったらそれこそ――――――――

 

 

 

そんな迷いの籠った目でオルガマリーに見詰められた少女は、

オルガマリーが何も伝えなくても、伝えられなくても理解していた。

黒ひげに捕らえられて、諦めながらも何処かに期待をするような目でオルガマリーを見ていたが、

それを振り払うように母親譲りの微笑、少女の誇りを張り付けた表情で、砕け散った。

 

同時に黒ひげの船団の船の上に幾つもの奇怪な白氷の生物が生み出されては襲い掛かっていた。

 

 

女神とのパスを通じてオルガマリーにはわかったことがあった。

…だがきっと女神は気が付いていないのだろう。

以前、娘の為に悲しんでやることもできなかったと言って、結局それを実行する事が出来ず、

当然の事だと満足する振りをしながら、その心に僅かながらでも後悔が滲み出ていることを。

 

 

「…アルテミス、面白いかしら。」

 

「何がかしら~?」

 

オルガマリーの問いに月の女神はどこ吹く風で答える。

ヒトの怒気など神々には不敬でこそあれ恐れるものでは無い。

だが、オルガマリーは感情を抑えられるほど器用でもない。

 

「パスは切っているわ。聞かれることは正直に答えて。

では、もう一度聞くわ。

アルテミス―――――――、あなたは今、面白い?」

 

「えぇ、面白い。本ッ当に面白い――――――――――――

訳が無いでしょう。

最初はね、愛を知らない『翼』ちゃんが、『愛』を覚えればいいって思っていたの。

誰にでもその愛が振りまかれるのならそれはそれで満足が出来たの。

お互い長い時を地上に留まって長く永く過ごしてきた。

でも、その愛はほんの一部にしか向けられない。

そして、その愛は私には(・・・)向けられない。

もうね、ぜーんぶどうでもいいの。

『翼』ちゃんを愛するのも、『翼』ちゃんに愛されるのも私だけでいい。

だからね、今回は貴方達を助けたりはしないわ。

死んだときは、貴女の身体私が貰ってあげる。そこの盾のオンナノコと似たような別物にしてあげるわぁ。

勿論、今回の事は『翼』には秘密ね☆」

 

 

その眼は奈落の底の様な瞳をしていた。

狂気と言う狂気を煮詰めてその原形質を凝縮すればそのような容になるのかという様な色をしていた。

その言葉は呪いであり祝福であり懇願めいた命令だった。

その感情は、嫉妬に似ていた。

 

 

 

アルテミスが動かない以上済まなさそうにしているオリオンも戦闘には参加できない。

そうなると、護りのマシュは遠距離の攻撃手段を持た無い故に、

攻撃は全てオルガマリーの専門となる。

 

オルガマリーは先程の魔術の際に使用した『魔法少女のステッキ』を再び虚空から取り出すと、

同時に13枚のカードを召喚した。

 

先ずその内から2枚のカードを引き抜いた。

 

(シュート)降臨(アドヴェント)

 

1枚目のカードを浮かべステッキの先で叩くとステッキが力ある言霊を放ち、

其れによりレフ・ライノールの右足が召喚され、直後百合と蔦をあしらった銀の砲へと瞬転する。

 

そして2枚目のカードも同様に力を解放される。

 

複製(コピー)降臨(アドヴェント)

 

宙に浮かんだのはレフ・ライノールの内臓。

それは1枚目により呼び出された右足が転じた長砲と鏡写しの様に変わった。

そして、アブラムシが卵を産む様に増え続ける。

 

気が付けばオルガマリー船の上には大量の銀砲が構えられていた。

一瞬、内臓にビクッとしたオルガマリーであったが、『魔法少女のステッキ』を指揮棒の様に振ると、

砲は一斉に砲撃を放つ。放ち続ける。

 

その砲撃は、黒ひげ達の船に少なくない損害を与えていく。

だが、急速接近してくる黒ひげ達の船からの大砲への対処も同時に行わなければならなかった。

 

 

『魔法少女のステッキ』を虚空へと収納し、2門の砲を拾い上げて両手で構える。

砲は羽根の様に軽く、構えるだけで気持ちが高揚してもう何も怖くない気さえしてくる。

それは悪魔の誘惑以外何物でもない事を知るオルガマリーは、気分を抑えながら迫りくる砲弾へと衝突させるように砲を放つ。

 

それでも防げない場合はマシュがその大盾で防いでくれる。

オルガマリー達の船の防御には隙は余りなく、数が多い筈の黒ひげたちの船は、

船員こそ砲撃から逃げ延びているものの、彼らには砲撃を盾で防ぐなんて馬鹿げた所業は出来るわけも無く、

むなしく船には穴が開いていく。

だがそれでも黒ひげ海賊団は止まらない。止めることなどできなかった。

 

 

仮に船が接触して乗り込まれてしまえば、実際に幾多の戦場で殺し合いを何度も体験してきた英霊とオルガマリーでは分が悪すぎる。

故に近かれる前にケリを付ける必要があった。

 

 

船を黒ひげ達から少しでも距離を保つように離しながらの砲撃戦。

オルガマリー達に、攻撃と守備、その両方において優位があった。

それは、黒ひげの配下である槍兵の投合によってその優位は逆転の目を見た。

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ・ピルム)ッ!!」

 

まるで近代兵器であるミサイルの様に飛翔してくる槍は、砲撃などでは打ち落とす事も進路を変える事も速度を落とす事も無かった。

故に、盾兵であるマシュがそれを受け止める。

凄まじい衝撃に必死で踏みとどまるマシュだったが、後ろに引きずられるように押し負けていく。

 

そんなマシュを応援するように一匹の獣が鳴いた。

その鳴き声はマシュの深い所でマシュ自身を呑み込む様な闘争心を引き起こす。

自身が獣へと変じていくような嫌悪感と倦怠感。

それは女神による『7の獣』の名を与えられた恩恵が引き起こした奇跡。

だが、マシュはそれを良しとしない。

彼女は獣に成り果てる存在では無く、悪しき獣を討ち祓う狩人でありたいと願った。

即ち、女神の望む、女神の本質的な何かに近づく存在、

女神の仔と呼ばれる存在には成り果てたくない、と。

 

願いに応じた獣が獣の母(グ■■■■■■■)に抗う狩人に自らの血肉を明け渡す。

そして小さくなったフォウを胸元に潜ませるマシュには不思議な昂揚感が沸き起こる。

 

その覚悟が完了した直後、推進していた投槍が爆発した。

盾に僅かながらも亀裂が生じ、マシュ自身も吹き飛ばされたが、

マシュを含め人的な損害は無かった。

 

しかし、彼女らの乗る船の損害は膨大。

特に推進機構には大きく障害が残り、

逃げきる事は難しくなった。

 

 

――故に、オルガマリーは此処で決着をつける事を決断する。

 

 

女神によって強化されて造られた『しん人類』の眼で焦点を絞って、未だ遠くにある黒ひげの頭に狙いを付ける。

明確に人間の頭を吹き飛ばすつもりで視界に入れるというのは気分が良いものであるはずはない。

だが、今はそれを言う事が赦される状況では無かった。

 

 

二つの砲を無理矢理繋ぎ合わせて一つの超長砲へと変えると、

丁度此方を向いて驚愕と諦めと怒りを煮詰めた表情をした黒ひげの頭へと狙いをつけ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引き金を引こうとした時、風に飛ばされてきた1個の帽子がその視界を遮った。

その為に狙いが外れ、黒ひげの船のマストを砕き折るだけに終わった。

 

 

 

 

 

黒ひげの一団は見た。

見覚えのある帽子を。

 

その帽子は船の墓場においてきたはずだった。

それがここまで飛ばされて、剰え黒ひげの窮地を救うなど誰も思ってもいなかった。

きっとそれは無様に哀れにあっけなく奪われた一つの命の抗議であり、

愛する家族への祝福だった。

 

 

 

 

神の祝福を受けてその能力を人間以上に引き上げられたオルガマリーの砲撃は、

不壊の剣と卓越した技能を持つヘクトールを除く殆どの海賊たちに多かれ少なかれの傷を与えていた。

特に心の支えとなってくれるかも知れなかった少女の欠けた穴を怒りで埋め尽くす事で誤魔化し続けてきた一人の男は、

理不尽への怒りと言う少女に基づく感情を抱いたまま敗死するのならそれも良いと何処かで感じていた。

 

そう、この時までは。

 

 

 

黒ひげ達の絶体絶命のピンチ。

そのタイミングでヘクトールの本来の(・・・)雇い主から連絡が入る。

即ち、黒ひげを討って杯を奪い帰還せよ、と。

 

だが、ヘクトールはその念話を無言で打ち切った。

(…確かに地元レベルのマイナー組織から世界クラスのメジャー組織への復活移籍というのは華やかで良いけどねぇ。

年俸や待遇も全然違うのだってよ~~く解ってるさ。

でもオジサン、地元の馴れ合いに染まっちゃったみたいだわ。)

 

ヘクトールは黒ひげ団幹部のもう一人の男である船長に顔を向ける事無く話しかける。

 

「……エドワード・ティーチ。

以前、あの子を妻にはできない。

海賊にはできないって言ってたことがあったよな。」

 

「ああ、確かにそう言った。」

 

 

 

「死んだ後も此処まで尽くしてくれてるんだ。

そろそろ、認めてやってもいいんじゃないか。 なぁ?」

 

 

 

黒ひげは動けない。

今までの自分の行いを、自分の感情を否定するのにはあと一押しが足りなかった。

 

「いいじゃないか、ロリコンでも。オジサンの妻も童顔で…いや、それは関係ないな。」

 

普段は口が回るヘクトールだが、上手い慰め方が出てこない。

基本的には彼は冷静だが良いヤツだ。

 

弟が『あらゆる戦場を超えて不敗』『万物の所有権』『最高に可愛い美少女』

の3択を選ばされた時、先の二つは身に余る、

というかどう考えても戦乱と略奪に身を置く事を前提とした目に見える地雷だと兄譲りの明晰な頭脳で看過して、

最後の『最高に可愛い美少女』というゼウスとアフロディーテと女神の3者による『戦乱引き起こす舞台装置(ヘレネ―)』を選び、

その一見目に見えない地雷の末に幾多もの家族が死亡した。

 

それでも弟たちにもその妻であるヘレネ―にも恨む事無く最善を尽くした。

その結果、幼な妻はその若さと美しさ故にヘクトールより一回り若い敵国の王子に奪われ、

ヘクトールとの子は突き落されて殺される…事は無く実は後世の英雄ルッジエーロへと繋がっているのだが、

少なくともヘクトールの知る歴史としては表沙汰にされてこなかった故に知る由も無い。

主観として妻は奪われて子は殺されたのだ。

だが、その事に申し訳なさはあっても絶望を表に出したりはしない。

そういう意味で彼は真に英雄たる精神構造をしていた。

恐らく、何処かの女神を除けば彼を恐慌状態に追い込む者はそう居ないとさえ断言されるだろう。

 

 

彼は人々を目的の為にあっさりと使い潰す神々のやり方が好きでは無かった。

彼はただ続いていく人々の営みを愛していた。

 

 

故に、何時までも不抜けては神の祝福を受けたに違いない力に敗北を受け入れかけた一家の大黒柱を殴りつける。

それで、伝わると思った。

 

 

 

 

吹き飛ばされるエドワード。

所詮彼は一介の海賊。ギリシャ時代の英雄に殴りぬかれてまともに受け身も取れる筈はない。

無様にあお向けに倒れ込む。

 

そこには太陽を翳らす2つの影があった。

 

「正直に生きる。それだけで良いんだ。」

 

「どうしてもというのならわたし達も踏みつけてあげても宜しいのよ?」

 

 

 

 

 

黒ひげはゆっくりと目を開いた。

 

「―――拙者、是非そのおみ足でフミフミしてほしいでござる~~~っ。

あっ、今見えた。今見えたでござる。良いでござるな~情熱の赤というのぶべぼっ!?」

 

アン&メアリーコンビに踏みつけられまくる黒ひげ。

暫くボロボロにされた後彼の上に先程オルガマリーの視界を塞いだ帽子が彼の上に優しくおちてきた。

それを少々荒々しく掴むとその帽子はそこに元から無かったかのように消えた。

彼はそれを当然の様に受け止めて笑いながら起き上がった。

 

 

その顔は何処か吹っ切れていた。

 

ヘクトールに向けて一言だけ言葉を返す。

「ロリコン? 上等でござるよ。」

 

 

此処に彼は反撃を宣言する。復讐を宣言する。勝利を宣言する。

黒ひげとしてでなく、エドワード・ティーチという一人の男として。

 

「お前が海賊になる前に死ねてよかったなんて思って悪かった。

お前は間違いなく、この黒ひげ配下の四天王の1人だ。

来いっ!! 『アンの復讐号(アンズ・リベンジ)』ッッ!!」

 

その咆哮と共に霧が深くなり太陽が翳る。そして周囲からから幾多の船の残骸が集まった。

そのどれもが最早航海には堪えないような所謂死船であり、戦闘どころか浮かんでいる事すら怪しかった。

 

その船の中にゆらりと現れたのは海賊らしくない服装を纏った者達。

即ち女神に葬られた港町の人々だった。

 

その内の船の一つが黒ひげの海賊船の横に張り付いた。

そして黒ひげの横を定位置と言うように船から乗り込んできた景色に溶け込むように半透明な少女が寄り添った。

黒ひげは自分の海賊帽を脱ぐとサイズの合わないその少女の頭に被せた。

 

少女は帽子で顔が隠れていたが、喜びに満ちているのがエドワードや仲間達には理解できた。

生き残った船員たちは自分の家族の亡霊が乗る幽霊船に乗り込み始めた。

 

 

 

 

 

 

此処に、いや、此処から彼らの『復讐』が始まるのだ。


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