アマデウスは戦慄する。かの女神はこれほどまでに冷酷だったのだろうか?
秘密結社フリーメイソンのメンバーであったヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは禁忌とされるオカルトに通じてきた。
歴史から消え去ることになった『女神』の神話。それにも微かではあるも知識があった。
故に、
(神話体系における絶対神がこれでは仕方ないよね。)
女神が如何にして歴史から消えたのかを彼はなんとなく理解した気になった。
マリー・アントワネットは愕然とした。
自身の守護を語っていた存在が、余りにも他者を顧みないことに。
最早、彼女が何度も恨まれながらも綱紀粛正してきた貴族達などが聖人に見える。
貴族達と違って、マリーを見捨てる様子はなさそうだが、それはその存在にとってマリーが価値があるから。
逆に敵に対する温情は一切なさげである。
自由を求めて敵対した一般人を微笑を浮かべたまま最後の一人になるまで死刑台に送り続けそうである。
これには基本9割ポジティブシンキングな彼女も残り1割の感情を向けそうになる。
だが、それでもその存在はマリーに愛情を向けていると感じられた。
それ故に、その1割の感情を向ける事が出来ないでいた。
そんなこんなで最大戦力に対するそれ以外のメンバーの感情がお世辞にも良いとはいえ無い故に、
女神以外のメンバーの結束は強まっていた。
だが、誰か一人を嫌う事で全体としての結束を強める。犠牲により効率的な運用を可能にする。
それは女神と同じやり方であり、
他者の感情に興味は無いが、運用方法だけは解っているが故に放置している女神の想定の中にあった。
女神にとっては、自身が嫌われ憎まれる事さえも許容できる『仕方のない犠牲』だったのである。
…勿論、表立って反逆するものには女神としての矜持を以って落とし前をつける事になるが。
敢えて本来以上に明るく振る舞うマリー・アントワネットを心の清涼剤にしていたその後の一行だったが、
それでも心は荒んでいく。
荒れたフランスで真っ当に生きていく事を諦め、俗に身を窶した者がいた。
女神はその者に対して容赦のない裁きを行った。
その者達の魂をすりつぶし、回復薬やアクセサリーに変えた。
それをあたかも親切そうに仲間に配給する女神の邪悪さにマシュは吐き気を催しそうだった。
怪我をした人々と遭遇したとき、女神は作り、溜め込んでいた回復薬を振る舞った。
その神秘の回復薬により多くの人が生きながらえられた。
女神曰く、所詮造り直される世界。
ですが、生き延びられる人々は多い方が良いでしょう? ねぇ、マスター。
誰もが、その行為も発言も否定できない。
悪事に堕ちた者の魂を犠牲に善良な市民を救う。
その行為は緊急時には間違っていない気さえしてくるのだ。
ただ、――――――――――――――――――女神によって
女神は、祝福の聖別に並行して、彼女にとって見捨てるべき、
助けを行うに値しない人々の魂を何時でも吸える様に仕掛けをしておいた。
勿論、繊細なマスターやサーヴァント達にはそれが知られないようにしながら。
それは純粋に善良で脆い彼女達への配慮でしかなかった。
女神の愛は、優秀な者にのみ向けられる。
そしてそうでない者は当然のように犠牲とされる。
此度、女神の祝福の外に置かれた人々のように。
そしてその対象者が一定以上に溜まった時、女神は己が主に告げた。
「マスター、今から黒い…いえ、このフランスに残る唯一のジャンヌ・ダルクの元を補足、
及び転移を行います。
ですのでご選択ください。
此処に敵を呼び寄せるか、敵の元に私達が転移するかを。」
オルガマリーにとってその決断は考えるに値しないものであった。
「ちょっとまって、此処にジャンヌ・ダルクを呼び出したりなんかしたら、
どれだけ犠牲が出ると思ってるのっ!?
前者は絶対に在り得ないわ!!
わたしは、そうわたしは立香の様に、そう、立香ならこうするはず、
ええ、立香の様に、こうしなければ、ええ、立香ならこうするから―――――――」
未だに、自分の為に犠牲となった藤丸立香の死を割り切れない己がマスターの心の弱さに若干は情けなさを感じながらも、
彼女は優秀だから、それ故にその弱さも今は赦そうと心の中で女神は承認する。
「ええ、解かりました。ではマスターの決断に基づき敵性たるジャンヌ・ダルクの元に転移、
及び奇襲を開始します。さあ、マスターが決断したのです。
貴女達も早くこちらに来なさい。」
女神が他のサーヴァントにそう話しかけると、マシュ・キリエライトは無表情、
マリー・アントワネットは痛々しい作り物の笑み、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは何やら考え込んだ様な表情をしている。
昨晩、マリーとマシュは立香についての話をしており、それを耳の良い音楽家は横聞きしていた。
それ故に、オルガマリーの焦燥をついで出た独白に女神以外は何とも気まずそうな感情を抱いてしまっていたのだ。
特に、マシュにとっては、
(先輩の影に縋るしかできないなら、それしかできないなら、
先輩に代わって、先輩を犠牲にして生き延び―――――――――最低だ、私は。)
その独白は、とても残酷なものだった。
一方、黒い、ジャンヌ・ダルク達はと言うと、
「聖女様、お体は大丈夫ですか?」
鄙びた村で、村人達に匿われていた。
命からがら、いや、ジャンヌの状態は意識さえはっきりしない状態であった。
故に、ジル・ド・レェはジャンヌを連れて戦線から逃亡し、
一睡たりとも休む事無く森を駆け抜け、川を渡り、時に落馬してはジャンヌを庇って体を強打し、
それでも駆け続けた。
そして、寂れた村に着いた。
蘇ったジャンヌ・ダルクの悪評はフランス中に広まっている。
故に、今更だとジルは村人の魂を以ってジャンヌの回復を図ろうとした。
だが、
「そこの御嬢さん、酷い怪我じゃないか。
すぐ、うちに運びな。
……アンタ達が誰かなんて聞かないしどうでもいいさ。
そんな事よりも、アンタは薪割りでもしてうちの人の手伝いでもやりな。」
敢えて見ぬふりをすると、釘を刺された以上ここで敢えて言う必要はない。
無いのだが…、
フランスが先に裏切ったとはいえ、フランスを裏切った身である自分達にどうしてここまで…。
その言葉が喉の奥まで出かかったが、
そう告げる中年の女性の言葉に押されて、
少なくともここはその厚意に甘んじる事にした。
そう告げる中年の女性の言葉に押されて、
少なくともここはその厚意に甘んじる事にした。
「感謝を…。」
闇に堕ちた男に告げられる言葉は、それだけだった。
この村の村人たちはその誰もが善良な人々だった。
生前のジャンヌに救われた者達が多かったこともあるが、
それを差し引いても善良な人々だったのだ。
故に、ジルが村人たちの魂を用いずに、新たな英霊を召喚しようとしたのは、
形だけでもジャンヌの身柄が村人達の元にあるという理由だけでは無かったのかも知れない。
悪に堕ち、そして僅かに残った善意に救われた二人に呼び出されたサーヴァント達、
それを追跡に来たモノ達は、
善意を盾に悪逆を働く無情の徒であった。
回収
改宗
会衆