俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。   作:主(ぬし)

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ボーイミーツTSガール


その12 エルフの諦め

「……俺たちは、精いっぱい抵抗した」

 

 暗い沈黙を破ったのは、ジョーだった。近場の椅子にドスッと投げやりに腰を落とし、続ける。

 

「敵は本物の軍隊で、かなりの規模だった。ゾッドの率いる部隊は強かった。それでも善戦した。軍隊相手の訓練はしっかり積んでいたんだ。このパーティーはもともとそのため(・・・・)に結成したんだからな。事実、敵の練度は低く、こちらには大した怪我人はいなかった。“黒衣のエルフ”───アキリヤ殿の魔法が加われば撃退は容易だっただろう。だが……」

 

 そこで台詞が途切れた。山ほどの自信と茶目っ気を溢れさせていたいつものジョーとはかけ離れた、見えない手に喉を絞められているように苦い口調と表情だった。

 

「……アキリヤ殿は、とても戦えるような状態じゃなかったよ」

 

 ジョーの台詞を引き継いだ女剣士ララに俺は放心の目を向ける。肉体がまるで油が切れたように不自然な動きをしているという遠い自覚があった。口から吸った空気がただただ苦かった。身じろぎもせず呆然とララを見つめる俺から痛々しそうに目を逸らし、普段は勝ち気に吊り上がった目尻を下げる。

 

「お前が一方的に去った後の彼女の落ち込みようは、それは酷いものだった。健気なあの娘は、身勝手なお前ではなく己を責めていたよ。お前に置いていかれたのは自分に至らなかったところがあったからだと」

「そんな……」

 

 そんなこと、あるもんか。アキリヤには何も落ち度もない。お前は何も悪くない。お前はいつだって完璧だった。強くて賢くて美しくて、そのうえひたむきで生意気で可愛げがあって献身的な、俺にはもったいない最高の女だ。悪いのは俺だけだ。

 灰色の罪悪感が波止場に襲い来る波のように湧き上がる。しっとりと湿ったビロードのような彼女の肌触りが指先の記憶からどんどん遠のいていく気がした。

 「お前は悪くない。すまなかった。また一緒にいよう」。今すぐ面と向かってそう伝えたいのに、ここにアキリヤの姿はなく、それどころかララの沈んだ口ぶりにはアキリヤを巡る状況がもっと悪くなっていることがありありと滲んでいた。

 

「私たちはすぐにお前を追おうとした。私たちは追跡訓練も積んでいるから、すぐに追いつけるはずだった。そして出発直前になって、」

「ここに私が到着したのよ。緊急の報せを持ってね。そのせいでララたちによるアンタの追跡がされなくなってしまった。まさか、アンタたちがこんなことになってるなんて思ってもいなかったから」

 

 今度は女僧侶が引き継いだ。その顔に後悔の色を隠さず、いまだ音叉のように震える親指で涙を拭い去ると膝を手をついて弱々しく立ち上がる。

 

「王都で、“国王がアキリヤを狙ってる”って情報を掴んだのよ。“黒衣エルフを正式な(きさき)として迎え入れるつもりだ”って」

「アキリヤが───お姫さま(・・・・)に?」

 

 つい数ヶ月前まで俺の隣りにいた女が───別世界からやってきた元少年のエルフが、この国の王様の嫁になる?

 突拍子のない話は俺の想像の限界を超えていた。悪い夢でも見ているのかと俺は額に手をやって目眩を抑えた。状況の激変に思考が追いつけない俺に女僧侶は根気強く説明を注いでくれる。

 

「先代の国王陛下を暗殺して王位を簒奪した悪辣で欲深き現国王は、老齢に差し掛かるにつれて、その身に余る度し難い欲望を持ち始めたのよ」

「度し難い欲望?」

 

 “暗殺して”のくだりで女僧侶がジョーとララに視線を微かに流す。二人とも唇を噛んで、のっぴきならない怒りと悔しさをその目に浮かばせていた。そのことを疑問に思いはすれど推し量るような余裕など俺にはなかった。

 

「すべての生命にとって禁忌の欲望。究極の強欲。流転する魂の円環の破壊。神の領域への不遜な侵略。そう───“永遠の命”よ」

 

 

───それを耳にされた陛下は大層興味を抱いておられる───

───あとは人間に馴れたエルフを捕まえて陛下に献上するだけだ───

 

 

 ゾッドの軽薄な口振りが耳元でまざまざと再生され、背筋が怒りと寒気で総毛立つ。国王についてはほとんど知らないが、もう爺さんと言ってもいい年嵩だったはずだ。そんな奴の前に料理の皿みたいに差し出されるアキリヤの様子など想像したくもなかった。

 

「でも、なんだってそれがジジイの嫁なんかにされることに!アイツがそんな目に遭わなきゃならない道理はねえはずだ!」

「エルフ族との国交を有利に結ぶためでもあるなよ。現国王が主導して始めたエルフ族との戦争のせいで、あちらとの関係は最悪のものとなった。人間は魔族とエルフ族両方と争うことになってしまってる。でもアキリヤと結婚すれば、エルフ族と国交を回復できると睨んだのよ。“黒衣のエルフ”は人気もあるから、それを手元に迎え入れれば民心も掌握できるという浅い考えもあると思う。そのうえで子どもでも孕ませられれば御の字ってね」

 

 吐き捨てるように付け加えられた最後の台詞に絶句する。女僧侶は以前、俺とアキリヤがいくら交わっても当たる(・・・)可能性は限りなく低いと諭してくれたことがあった。それと今の話は矛盾している。

 

「が、ガキを孕ませって……嘘だろ、前に異種族間の妊娠はほぼしないって……」

「自然には、という前提があれば話よ。宮廷付きの魔術師を100人でもかき集めて子宮と卵巣の構造を無理やり書き換えるなんて非道でも、あの狂気の王なら平気でやりかねない。実際、理論的には可能なんだから。生きたまま内蔵を弄られる被験者の痛みを考慮しなければね」

 

 自身が黒魔術師に同じことをされそうになった過去を思い出したのだろう女僧侶は唾棄するように言い捨てた。同性のララも極まる不快感に顔を顰める。

 横たえられ、拘束されたアキリヤを外法を使う魔術師たちが幾重にも囲い、よってたかって下腹部の臓器を改造する───。想像しようとして脊髄反射で拒んだ肉体が電撃を受けたように腕を振り上げ、真横にあった机を叩きつける。分厚いチーク材の机に、俺のこめかみの稲妻のような血管と瓜二つの亀裂が走った。痛みに絶叫するアキリヤの甲高い幻聴が頭蓋骨の内側で木霊している。

 

「アイツはこの国とは関係ない!巻き込まれる由縁はないんだよ!そもそもエルフ族とだって関係なんかないんだ!アイツはエルフだけど、エルフ族じゃないんだ!」

 

 疑問に眉を顰める3人に、俺はなんと説明していいかわからなかった。

 

「黙ってて悪かった。アイツは……上手く言えないが、アイツはこの世界のエルフとは違う(・・)んだ。こことは違う世界から来たんだ。もっと平和で、争いもない世界だ。だから、この世界のエルフ族には、アキリヤの顔見知りは一人もいないんだ。アイツを嫁御にしたって意味ないんだよ。アイツは本来、この世界のイザコザに関わらなけりゃならない義理なんて、これっぽっちもないんだよ……!」

 

 アキリヤが異世界から来たという事実に、その場にいた3人が目配せをして驚きを共有し、瞬時に飲み込んで頷きを交わす。一流の山師みたいに勘の鋭い連中だから、俺たちがたどたどしく隠していた真実にもなにかしら指先を届かせていたのだとわかった。

 

「私もそう思うわ。可哀想なアキリヤは、こんなくだらない諍いに巻き込まれていいわけはない。でもそれがわかるような倫理観も理性も、すでにあの老害にはないの。いえ、元から持ち合わせてはいなかったのかもしれないけれど」

 

 再びジョーとララに向けられた視線に対し、「元からだ」と嘲笑うように応えたのはジョーだった。

 

「生来の人格の歪みは父上(・・)もとうの昔にお気付きになられていたさ。それでも肉親の情というものは振り切れなかったのだろうよ。異母兄弟だったからな。大仰な玉座に座を占めるあの男の膨れ上がった猜疑心と虚栄心は、身近にいた者たちには隠しても隠しきれるものじゃなかった。まさか、永遠の命まで欲するほど強欲だったとは思ってもいなかったが。あの簒奪者には些細な問題だろうよ。アキリヤ殿を人質にして同族に譲歩を迫ることなど、あの男なら平気でやるさ。たとえ顔見知りが一人もいなくとも関係ないとばかりに」

 

 心の底からの軽蔑が滲んだ口ぶりには、明らかに見知った人間に対する感想が濃ゆく滲んでいることが出来た。頭の回転が石臼並みに鈍い俺でも、ジョーの出自について少しずつ分かってきた気がした。だが、今はそれを追求すべき時じゃない。

 

 頭蓋骨の内側では今もアキリヤの叫び声が止んでいなかった。聴いたことのある、心を切り裂かれるような金切り声。かつて山賊に拐われた際に俺を名を呼んでいたあの時の声が、「助けて、カル、助けて」と冷たく木霊している。

 拳に力を込め、俺は女僧侶に目顔を向ける。

 

「……連れて行かれる時、アイツはどうしてた?」

 

 聞きたくなかった。だけど、聞いておかねばならないと思った。

 

「どうもしなかったわ。抵抗もしなかった。ぜんぶ諦めた顔付きだった。私が、連れて行かれたら何をされるのかどんな目に遭うのか説得しても、『もういいんだ』って投げやりになって……」

 

 そこで言葉は一度詰まり、涙を浮かべる目だけが俺を睨む。引きつきそうになる喉を気合で抑え、気丈に台詞を継ぐ。

 

「私たちが皆殺しにされていないのは、あの娘のおかげよ。あの娘が自分の身と引き換えにゾッドたちに撤退を迫ったの。兵を引かないと自分で自分の首を斬って自害するって、ゾッドたちを逆に脅迫した」

「もちろん私たちは拒否した!」

 

 ララが身を乗り出して叫んだ。

 

「いくら敗残の兵と落ちぶれようと、罪のない少女を犠牲にしてまで生かされたいと願うほど我らは誇りを失っていない!」

「ララの言うとおりだ。俺たちは戦うつもりだった。だが……」

「アキリヤは、私たちのことも脅迫したの。自分の身を引き渡さずに無駄な抵抗を続けるなら、この場で同じように自害するって。あの顔……なにも表情を見いだせないあの顔。本当にそうしかねないと思ったわ。引き止める私の手を振り払って……私たちは……私はなにも言えなかった……」

 

 「どうしてもっと早く生き返らなかったのよ」。か細い声でそう付け加えて、女僧侶の頬を一粒の涙が伝い落ちた。使い魔の黒猫が気づかうように彼女の足に頬を擦り付けて慰めた。




長くなったので途中で区切りました。続きもすぐに更新できる……はず!
最近は『女エルフに異世界転生して親友(勇者候補)と再会する話』を読んでいます。この設定が 目からウロコ!それぞれ異世界転生したTSエルフと親友くんなんですが、転生後の時間が400年ズレていた!ということでTSエルフはとうに成熟した実力派自由主義エルフとなり、そこに17歳の若者(勇者)となった親友くんが400年ぶりに再会する……という物語です。脱帽でしたね。この発想はなかった。オススメです。
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