俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。 作:主(ぬし)
アキリヤが自己犠牲を強いられる状況に追い込んだのは、俺だ。ぜんぶ俺のせいだ。
自己嫌悪のつま先に後ろ頭を派手に蹴り上げられる。肉体的な痛みすら引き起こす自責の念が爪となって拳の内側に食い込み、血が滲む。アキリヤの心の痛みに比べれば、無いにも等しい痛みだと思った。
瞼を強く閉じてアキリヤの姿を思い浮かべる。美しさが衣を通して輝く、唯一無二の女。
「……なあ、ジョー。アンタはクソッタレな王さまについて詳しそうだ。アキリヤがどこにいるか、わかるか?」
ララの流し目が飛んできた。険しさがいつもより倍加していた。ジョーが両手を合わせて指でテントの形をこしらえた。その後ろには、深い憂慮の顔。
「……もちろん、詳しい。この国の誰よりも。この王国で奴の喉元にもっとも早く刃を届かせられるのは俺だと断言できる。しかし、それを聞いてお前はどうするんだ?」
応えによっては教えてやれない。言外にたしかにそう告げたジョーに、俺は息を大きく吸って身体を膨らませながら相対する。
「そんなこと、決まりきってるだろ」
やるべきことは決まっている。
責めるような厳しい視線が俺に集中するなか、俺は一呼吸を置いて━━ジョーに
「頼みます!アキリヤを取り戻すために、俺に力を貸してください!」
度肝を抜かれる気配を覚える。俺が死んで蘇ったことよりも大きな驚きが3人の動きを止めていた。七面鳥の卵ほど目を見開いているに違いない。
当然だと思う。俺自身も驚いている。きっと、一度死ぬ前の自分だったら絶対に考えも及ばなかった選択肢だ。だけど、今の俺にはハッキリとこうすべきだとわかった。俺は、俺だけの力でここまで来れたわけじゃない。父さん、母さん、村人たち、かつての軍隊の仲間、旅の道中に巡り合った様々な人々、女僧侶、ジョー、ララ、『
「……お前が俺たちに力添えを願うなんて思ってもいなかった。てっきり考え無しに突っ込んでいくとばかり思っていた。成長したお前を尊敬する」
「ありがとう。で、どうなんだ?」
「そう急くな。こういう交渉事に焦りは禁物だぞ。だが、お前と腹の探り合いをするつもりはない。ララ、いいな?」
「……正直に言えば、まだ5年は待つつもりでした。装備も消耗しましたし、なによりあと100人は兵が必要だと思っていたもので」
「では、揃ったな。ほら、100人分の働きをしてくれる無双者が来てくれたじゃないか。それに、
おもむろに視線を促されたララが俺を見やり、それに俺は黙ったまま性根の座った目で見返す。
「尋ねないのか。私たちの正体について、私たちが何をしようとしているのかについて」
「なんとなく分かる。それに、俺はアンタたちを知ってる。俺にとってジョーはエコーのギルドリーダーをしている頼り甲斐のあるジョーで、ララは強い剣士のララだ。それ以外のことは知らない。それで十分だ」
「単純な奴だ」
「嫌いじゃない」。そう付け加え、牙を剥き出す狼のように強い笑みを浮かべる。いつものララらしい清冽な険が戻っていた。ジョーに颯爽と向き直ると、堂に入った動作で恭しく膝を付く。
「殿下の御心のままに。私めも覚悟を決めました。怨敵を亡きものにするはまさに今かと存じます」
「よくぞ申した、我が忠義の剣ララティーヌ。余と共に我らが父の復讐を果たし、彼奴らを地獄に逆落としにしてくれようぞ」
このやり取りでさすがの俺でも確信を得た。ジョーは前王の息子だ。このギルド『
「ご想像の通り。私も知っていたわ。彼がジョーではなくクリプト王家の王太子だった頃からの縁でね」
「彼女には各地の情報の収集に協力してもらっていたんだ。教会から一歩身を引いている僧侶という身分はうってつけだ。なにより、二文法的な思考しかできない既存の宗教家たちとは違い、彼女は柔軟な思考に富んだ好人物だった」
「今さら煽てたってこれ以上協力はしないわよ。私は荒事は嫌いなの。……と思っていたけれど、事情が変わったわ。妹分が悪漢に攫われたのを黙って見過ごせるほど私は腐ってないもの」
「重ね重ね、恩に着る。万語の限りを尽くして礼を言う」
「ええ、ぞんぶんに恩を着込みなさいな。玉座に戻ったときはせいぜいたかってやるんだから」
「敵わんな」
俺はと言えば、まるで山を駆け上がったかのように心臓が鼓動を打っていた。真っ暗闇だった世界に曙光が差した心持ちだった。王さまと軍隊に誘拐されたアキリヤに手が届くのだ。もう一度、あのプラム色の唇に手が届く。口角がじわじわと持ち上がり、笑顔が爪先まで広がっていく気分だった。緩みそうになる顎をぐっと引き締めて、俺は声を弾ませる。
「さあ、なにグズグズしてるんだ!行こう!」
「待て、条件がある」
「条件?俺にできることならなんだって───」
3人の目が俺を上から下までじろりと眺めていることに気が付いて、俺はイタズラを見咎められた子供のようにまごついた。わけもわからず二の句を継げない俺に、ジョーはふっといつもの茶目っ気を含んだ口振りで答える。
「着替えろ。ついでに身を清めてこい。酷い臭いだ。俺は原始人を頼って勝利を得たと後世の史家に評されたくはない」
「これは……」
「この世でもっともお前に相応しい剣だ。なにか感じるものがあるんじゃないか?」
通された武器庫の奥に、その剣はひっそりと立て掛けられていた。見た目は無骨な大剣だった。小柄な女の背丈ほどもあるとびっきりデカくて分厚い大剣。装飾品といった飾り気は一切無い。それも当然だと俺は肌で理解できた。そんな無駄な拵えを
「鉄鋼竜」
「そうだ。お前が倒した鉄鋼竜だ」
歩みを進めて近付くほど肌がチリチリとひりつく熱感を覚える。命のやり取りをした者同士が通じ合う感覚が、目の前の大剣をあの強敵だと告げていた。そこでふと、ジョーのセリフに引っ掛かりを覚えて振り返る。
「俺が倒した?」
「そうだ。やっぱり気が付いていなかったか。お前の拳が奴の胸部に食い込んで内臓を抉ったんだ。お前が仕留めたんだから、お前の獲物だ。だから当初の契約通り、お前に相応しい剣を拵えさせた」
あの時、竜の土手っ腹目掛けて繰り出した破れかぶれの一撃が、鉄鉱竜に致命傷を与えた。にわかには信じられなかったが、ジョーは嘘を言って煽てるようなことはしない。俺は握った拳を見下ろして驚いた。俺は……本当にドラゴンキラーになったのだ。“黒衣のエルフ”の隣に並び立つことのできる実力を得ていたのだ。
「その遺骸のなかで、もっとも硬い歯牙、もっとも硬い爪、もっとも硬い骨、もっとも硬い
両の手で柄をむんずと握り、俺はおもむろに大剣を構えてみせた。ゆっくりと足踏みするように振り下ろしてみたり、横薙ぎに振ったりしてみて感触を確かめてみる。
「たしかに重いな」
「……ああ、そうだろうな」
驚き、感心、そして呆れといった含みのある口調のジョーに構わず、俺は一刻も早く身体に馴染ませようと腕に力を込めて高々と上段に構えてみる。筋肉がつま先まで熱を持つほどにズッシリとしているが、そこに不思議な心地の良さを感じた。俺が剣を“良い代物だ”と認めるのと同じように、この剣に“良い持ち主だ”と認められたという直感があった。剣に宿る魂───鉄鉱竜の雄大な魂が俺を見透かしているという直感あった。そこに恐ろしさはなく、新たな相棒を得たという心強さのみが背中を熱くさせた。
「───?」
不意に、視界の隅に人型の影が写り込んだ。気配を感じなかったのは、それが生命のない人型……全身鎧だからだ。偉丈夫のみが身に着けることを許される見るからに重厚な大鎧が、威風堂々とした佇まいで台座に腰を下ろしている。特に目を引く深紅色の兜は神秘的な輝きを秘めていて、まるでこの剣と同様にぼんやりとした意思をもってこちらを手招きしているように思えた。横一文字に閃く
「やはりな。お前なら気に入られると思っていたよ」
「気に入られる?」
「我がクリプト王家の始祖より伝わる、
王家の宝。どうりで存在感が別格のはずだ。ミスリルなんて、おとぎ話のなかの金属だと思っていた。
俺の疑問を明確に察したジョーが口を開く。
「これの前の持ち主はな、父上の近衛騎士長だった。父上の命令で王太子である俺を城外に逃がしてくれた。彼は王国最強の騎士だったが、さすがのミスリルも、腹心の部下から盛られた毒は浄化してくれなかった。そんな瀕死の状態で、俺と、彼の娘を抱きかかえて、追っ手を撃退しながら文字通り息絶えるまで駆けてくれた」
やるせない感情を隠さない目でララを見やる。
「ララティーヌの父親だ」
ララとジョーの関係を知らされて言葉を失う俺を、ララはさらに驚かせる。
「お前が身に着けろ」
「……いいのか?」
「私には着こなせない。というより並大抵の人間には着こなせない。ずっと適任のものを探していた。それを着込んだお前が姿を現した時のゾッドの表情をこの目で見るのが楽しみだ」
「ゾッド?」
「“腹心の部下”だった」
あとは言わずともわかった。復讐に燃える双眸に黙って頷きを返し、鎧に身体を向ける。悪によって人生を歪められた大勢の人間の無念を背負う。背負って、前に進む力に変える。その覚悟を決めて、俺は鎧と向き合った。すべての準備が整ったと内なる自分が言った。
「今、助けに行くぞ。アキリヤ」
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最近は『オルクセン王国史〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜』と『ボーズ・ミーツ・ガール 住職は異世界で破戒する』にハマっています。詳しく魅力を話すとそりゃもう長くなりますが、オススメです。