俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。   作:主(ぬし)

4 / 11
投稿するぜ~超するぜ~。


その4 エルフの進化

 どこまで話したか。話が逸れてすまない。なにせ回想録なんて初めて書くから要領がわからない。まあ、最初で最後の取り組みだろうから、大目に見てほしい。

 

 この頃になると、アキリヤも野宿や粗末な宿屋での生活になれて、苦手だった裁縫もできるようになった。元々手先が器用だったんだろう。前の世界の思い出として大事にしている黒い上着―――ガクセイフクというらしい―――を加工して、外套のように肩に羽織るようになった。触らせてくれと頼んでみたが、「お前は乱暴者だからダメだ」と頑として断られた。そんなことはないと抗弁すると、「胸に手を当てて考えてみろ」と言われたので彼女の胸に手を置いて目を閉じてみたが、顔面に引っかき傷を負うだけで「相変わらず柔らかい」という以外に何もわからなかった。ガクセイフクを触らせたがらなかった本当の理由は後になってわかるのだが、その時は理不尽だと悄気たものだ。

 

 そんな絶世の美少女とグール以上猿未満のどこ行くともない二人旅に変化をもたらしたのは、気紛れに寄った怪しげな露店でアキリヤにせがまれて買った魔導書だった。すでに難解な文書も読めるようになっていたアキリヤは、自らのエルフ特有の神和性を戦いに利用できないかと安宿の暖炉で魔導書片手に魔法の練習を始めたのだ。その成長速度は豊かな胸と同じくらい早かった。あっという間に五大元素の精霊と意思疎通を確立すると、今度は応用を考え始めた。火の精霊と風の精霊、大地の精霊、空の精霊、水の精霊等などを同時に使役し、カガク反応(何度説明されても難しすぎて理解できないので諦めた)を再現できないか……とかなんとかブツブツ呟きながら、手元を精霊の光でキラキラと輝かせながら実験していた。彼女がいた元の世界では妖精を介して魔法を使わずとも人工的に色々なことが出来たらしい。熱があり、ジュウリョク(これも理解を諦めた)がある同じ環境なら、同じことが再現出来るかもしれないというのだ。よくわからないが、人の手だけで全て賄える世界というのも味気無いものだと俺は鼻を鳴らした。

 その味気無い世界の恐るべき片鱗を知ったのは、安宿の屋根が大爆発で吹っ飛んでからだった。

 実験の成功を喜んで「エウレーカ!エウレーカ!」と奇天烈な雄叫びをあげる少女の腰に手を回し荷物のように抱えると、俺は大急ぎでその場を立ち去った。ただでさえ脱走兵という後ろ暗い事情があるのに、放火魔として指名手配されてはたまらない。あの後、安宿がどうなったかは知らない。値段に質が伴ってない貧相な安宿だったとはいえ、屋根を丸ごと失うほどの悪徳ではなかった。だが宿屋の主人がアキリヤの風呂を覗こうとしたことを考えれば、どっこいどっこいだろう。屋根を失うくらい価値のあるものを垣間見れたんだ。

 

 アキリヤの魔法はとんでもない威力だった。ただの火炎魔法のはずなのに、彼女が応用を効かせて発展させると激しい爆発を伴うようになった。まるで火山噴火のようだった。「複数の精霊を掛け合わせて効果を増大させる魔法は今までも存在したけど、理屈ではなく経験則で導き出されただけであって、論理的かつカガク的に手法を確立していけば何でも出来るようになる」とかなんとか。全部彼女の受け売りだ。自分で書いていてもほとんどわからないから、後で俺に質問しても無駄だ。俺には子守唄にしかならない。

 そんな強力な武器を手にした彼女の喜びようは、それもまた凄かった。自分の知識をひけらかしたかったわけでも、俺に嫉妬していたわけでもない。俺に護られるだけの立場から、俺と肩を並べる立場になれたからだ。

 

「お前の負担になりたくない。戦うお前の背中を護れるようになりたいんだ」

 

 と胸を張ってみせたが、俺の腕を枕にして起伏を帯びた裸体を晒したままでは説得力はなかったし、胸を張った拍子に漣のようにふるふると震えた双球に目を奪われて半分以上聞き流してしまった。それに、俺はアキリヤを負担になんて思ってもいなかった。そう自負できるだけの修羅場を潜ってきたし、後ろに護る女がいるのは自分がおとぎ話の英雄になった気がして子供じみた快感も覚えていた。だから、アキリヤが俺の背中を脱することに一抹の寂しさを感じたのも事実だ。特に、ある一件で彼女の名声が世に知れ渡ってからは俺のほうがオマケになってしまい、立場が逆転したようになってさらに寂しくなった。

 

 ある一件というのは、今では皆よく知ってる“ナレ村の奇跡”と呼ばれる事件のことだ。魔族の襲撃から人間の村を救ったエルフ族の美少女の噂は、国中に広まった。もちろん俺も必死こいて戦ったのだが、噂話というものは尾ひれがついたかと思えばエラが取れたりする。そういうものだと今では納得している。この件を記すとそれはそれは長くなるので詳しくは割愛するが、尾ひれやら背びれやら胸びれがくっついて、首都に届く頃には“黒衣のエルフ”などと大層なあだ名がついていたらしい。「人間を嫌っているはずのエルフが、見ず知らずの人間たちを助けた。彼女は最強の魔術師だ、救世主だ、人間とエルフとの架け橋だ」などと持て囃されていたのだという。アキリヤは前の世界では人間だったから、当然のように人間を助けたし、分け隔てなく接したが、種族同士が互いに嫌い合っているこちらの世界ではそれが大層珍しく映ったのだ。

 助けを請いに来た人々からその噂を耳にしたアキリヤは、薪を焚べられたように熱意を燃焼させた。負けず嫌いな性分は噂上の自分にも向けられ、“黒衣のエルフ”に追いつこうと試行錯誤を重ね、そのほとんどの試みを達成して行った。威力を倍増させ、調整できるようにし、詠唱時間を可能な限り短縮し、様々な付加効果を加え……。そうしているうちに、俺の後ろで怯えていた少女は、たった3年で“人間に味方する最強のエルフ”となっていた。

 かくいう俺も同じくらいの負け嫌いなタチだから、彼女に負けじと一人で名を上げてやろうと、こっそりアキリヤを宿屋に置いて単独で暴れ小竜退治をしてみたこともある。まさか二匹出てくるとは思わなかった。二匹とも倒したものの危うく死にかけて、宿に帰ると彼女に本気で怒られた。正直、あの時のアキリヤの剣幕は竜より怖かった。火を吹くかと思ったほどだ。彼女には内緒だぞ。

 

 アキリヤの魔法は、その威力に比例して行使に時間を要した。水の妖精と火の妖精を使役してサンソだかスイソだか目に見えない何かを取り出させて、それを風の精霊に包ませて圧縮させ、その間に片手では大地の精霊に尖った鉱石を集めさせて混ぜ込んで、空の妖精に敵まで運ばせて、火の精霊に引っ叩かせる。アクビして背伸びしてもまだお釣りが来るくらいの準備の間、彼女を護ったり、敵の足止めや誘導を担うのは俺だった。俺たちの息はピッタリだった。二人ならどんな相手にも負けないと思えるくらい俺たちは強くなっていた。立ち上がれば家も踏み潰せそうな岩石竜退治に挑んだ時は、アキリヤの魔法が強すぎて森の一部ごと吹き飛ばすことになったが、二人して煤まみれになるくらいですんだ。軍隊ですら尻尾を巻いて逃げ出す岩石竜をたった二人で倒すなんて、聞いたことが無い。戦えない弱者たちを魔族の手から守る―――お伽噺の冒険活劇に登場する英雄そのものだ。俺は悦に浸って、毎日が楽しかった。

 でも、アキリヤは、そうではなかった。

 岩石竜を倒した帰り道、俺はなんとなく、「なあ、元の世界に帰りたいか?」と問い掛けた。竜の牙片手に有頂天になっていた俺は、当然、「いいや、今が楽しい!」と即答を貰えると高をくくっていた。俺と同じように、互いを相棒と信頼して、今に満足していると都合よく思い込んでいた。

 

「……うん、そうだな」

 

 その表情に影が差したように見えたのは、沈みゆく夕日のせいではなかった。未練がないわけがない。彼女は学生だったと言った。その日暮らしの俺とは違い、きっと何かを目指して勉強していたに違いない。夢が、未来があったに違いない。俺は、彼女が違う世界から飛ばされて(・・・・・)きたことを忘れてしまっていた。望んで俺の前に現れてくれたわけじゃない。前の世界の残り香である黒衣を大事に身に付けているのがその証左だ。

 討伐を報告しに村に帰るまでの間、二人とも口を開くことはなく、葉擦れと虫の音色の中を静かに歩いた。月明かりが雲に遮られる度、次の瞬間には彼女は消えているのではないかとたまらなく不安になった。

 アキリヤの心の半分はまだ前の世界を向いていた。ある日唐突に神さまがやってきて「前の世界に帰してやる」と機会を与えたら、彼女はどちらを選ぶのだろう。前の世界とこちらの世界(おれ)のどちらを選ぶのだろう。そう考えると不安は薄れることはなく、彼女をより一層激しく抱いても消えてくれることはなかった。




ちょっと切ない物語が好きやねん。皆も好きやねん?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。