真紀さんお誕生日おめでとう!
真紀すずです
「真紀さん、真紀さんってば」
「……あれ、私寝てた?」
軽く揺すられてゆっくり目を開けると少し眩しいリビングと買い物袋を持ったすずめちゃんが現れた。
テーブルの上には冷めた紅茶と袋詰めされたバタークッキー。買い物が終わってもうすぐ帰るとLINEのメッセージが届き、おやつを用意した。静まり返った部屋に音楽を掛けていつの間にか眠っていたようだ。
「この曲何でしたっけ」
「乙女の祈り。綺麗な曲だから好きなの」
コンポから流れるそれは心地よいピアノの音で紡がれ、また船を漕ぎそうになる。
「すずめちゃんは何か願い事ある?」
「部屋に回転寿司を引くのは難しそうだからお布団に住みたいです、ずーっと」
「チェロは弾かないの?」
「弾きたくなったらジャンパーみたいに椅子に掛けて、演奏が終わったら頭から被って布団の家に帰るんです」
すぐにその様子が想像出来て思わず笑ってしまった。カルテットで一番年下とはいえ自分と同じ30代の女性なのにどうしてこんなにも可愛いんだろうと少し羨ましくなる。
「布団、あると安心しますもんね」
「布団はいつでも私の味方だから、無いと困ります」
久し振りにすずめちゃんの曇った笑顔を見た。
超能力を使う魔法少女として子供時代を過ごした彼女は大勢の人から喝采を浴びた。父親の私利私欲の為に与えられたその力が偽物だったと知られて、心無い世間の目に晒される事がどれだけのものだったか私には図り知る事は出来ない。
眠る事で少しでも罪悪感や悲しみから解放されたい、きっと父親が亡くなるまでそうしてやり過ごしてきたんだろう。
「すずめちゃん」
立ち上がった私は後ろから両手を回して抱きしめた。
「真紀さん?」
「私がすずめちゃんのお布団になる事、出来ないかな?」
掌は心臓を捉えて、すずめちゃんの鼓動が伝わってくる。
「嬉しいけど今の真紀さんのままでいて欲しいです。別府さんや家森さんに取られちゃうかもしれないから」
いいんじゃないですか、今は二人だけなんだし。
そうですね。
片方がクッキーを齧り、片方が紅茶を飲み笑い合う。家森さんが見たら「特別な関係に見えちゃうけど良いの?」なんて言うのが容易に想像出来た。
その彼も今日は別府さんとお揃いのボーダーの服で朝から出掛けている。
どんな顔をして出迎えてみようか。すずめちゃんが私に耳打ちする。くすぐったくてまた笑い声が零れた。
「遅くなってすみません」
「何してるの、恋人ごっこみたいな事して」
さっきしたみたいに後ろからすずめちゃんに抱き付いている私を見た二人はリビングで固まっている。
「すずめちゃん、あったかいんです。お二人もいかがですか?」
「えー、じゃあ遠慮なく」
「僕は遠慮します」
「私真紀さんじゃないと嫌です」
あっさりと拒否された家森さんは満更でもなさそうな顔でそれは残念だ。とニヤついている。
お土産ありますよ。と別府さんがテーブルにお菓子を広げてカルテットのティータイムが始まる。