6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い 作:肩がこっているん
なんとか二ヶ月オーバーは回避できた(できてない)
久しぶりに出席した朝のホームルームは、私に学生生活の素晴らしさを改めて教えてくれた。
クラスメイトたちの喧騒と朝の澄んだ空気。薄暗い教室には陽光が斜めに差し込み、それにより浮き立った個々の影が、室内を明と暗の絶妙なコントラストで彩っている。
随分前に千雨と一緒に観に行った映画の中の景色のようだ。
ノスタルジー溢れる物憂げな一枚の絵画。
膨張された映画の演出にも引けを取らない世界が、いま私の目の前に広がっている。
嗅覚と視覚の両方でそれらを愉しみながら、我が愛しのクラスメイト達の背中に感謝の意を込めて、我が子を慈しむ母のごとき視線を送る。
ありがとう3-A。
このような素敵な居場所をプレゼントしてくれたあなた達に、天使たる私が無償の愛を授けましょう。
ああ、みんなまとめて私の嫁になれーー
「ーーみなさ〜ん、質問はそれくらいでーーえっと、次は……そうだ、席! エカテリーナさんの席は……」
「千雨ちゃんとエヴァちゃんの席が空いてるよ〜」
「あれ、そういえば長谷川って今日休みなの?」
「刹子〜? ウチ保健員やのになんも聞いて「あ、千雨なら風邪で休みです」……もうっ、連絡くらいちゃんとしぃや〜」
「あれ、そういえばまき絵復活してたんだ」
「今気づいたの⁉︎ ひど〜い!」
…………。
ふむ、少し雑音が入りましたが、気にせずいきましょう。リラックスリラックス。平常心を保つのです。いないいない、怪しさ満点の転校生なんていない。
素敵な学園生活。
清々しい朝のホームルーム。
今はそれだけを考えるのです刹子、それだけを……
…………よし、リセット。
「コホン、え、え〜、この席順だって、初めはどうかと思ったけど……」
気を持ち直した私は、改めて今自分が座っている学習机に目を落とす。
教室の後ろで離れ小島のように孤立した一台の長机。三人分の学習スペースを確保できるくらいには幅がある机を、今現在私は一人悠々と占領している。
事情を知らない外部の人間がこの状況を見たら何かの罰ゲームか、はたまたよほど私が問題を抱えた生徒なのではと邪推するかもしれない。そしてそれらの予想はあながち間違いではない。
何故ならば、このように生徒同士の不和を連想させる、悪質とも言うべき采配を振るったのは他でもない。この学園の長である「近衛近右衛門」本人なのだ。
いちクラスの問題に担任を差し置いて、組織のトップが自ら介入してきた。このことから、この席に座る生徒がどれほど凶悪で危険な問題児なのかがうかがい知れる。およそ一年以上もの間、一切の席替えを認めず、他の生徒たちから隔離するような待遇を押し付けるほどだ。それはもうやばい生物……生徒なのだ。
しかし、そんな当人は今日に限ってお休みらしい。
指名手配級の問題児でありながら、病欠や台風の影響等の理由以外で学校を休んだことのない彼女にしては珍しい。
理由が気になるところだが、まあ、そのおかげで今日一日私の安全が保証されたのだから良しとしよう。
日々わがままな問題児からクラスメイトたちを守る生活というのは、中々に肩の張るお役目なのだ。
たまにはこんな小休止があってもいいだろう。
今日は一日何も考えずにのんびりとーー
「ーーそれじゃ、エカテリーナさんは六戸さんの隣……エヴァンジェリンさんの席を使っていただいて……」
…………。
現実を直視するにはまだ早い、まだいける。
えと、そうだネギ君、ネギ君たら随分とまぁ立派な先生になっちゃって。
こうしてネギ君がちゃんと先生をやっている姿を見るのは、実のところ今日が初めてな私。
まだ完全に緊張が抜けてないのか。
たどたどしくも、己が役割を懸命にこなそうと必死になっている姿を見ているとこう、胸にくるものがある。
今日という日を私はどれだけ待ち望んだことか。
旅先から、実にアナログ的な手段(素泳ぎで大陸横断)で帰国を果たしてはや一ヶ月。そして今日に至るまで
だからと言って、焦った末に手段を誤るということだけは避けたい。
一歩一歩、清く正しく堅実に歩み寄っていかねばならないだろう。
今のところ、かろうじてお互いの声が耳に届く範囲。それだけで十分な進歩だ。
不良というキャラクターを誇示するがために、年がら年中遅刻がモットーなどという不毛な行為を繰り返してきたが、それも、もうやめにしよう。
この声を毎朝この時間に聞く。それを楽しみに、今一度社会のリズムに乗るのだ。
ああ、私ったらなんて慎ましい乙女なんだろう。なんていじらしい心模様なんだろう。
これはもうヒロイン確定ですね。それもダントツで。
いつも陰からひやりとした視線を寄越すだけで、積極的に関わろうとはしない謎の美少女。
しかし主人公が窮地に陥ると度々目の前に現れ、適切な助言を残し去っていく。
ーー六戸さんって何者なんだろう、なんでいつも僕を助けてくれるんだろう。
主人公の胸の中で、謎の美少女の割合が日に日に増していく。
そして明かされる衝撃の事実、なんと謎の美少女の正体は敵の幹部だったのだ。
ーーそんな、六戸さんが敵の幹部だったなんて! でも、でも僕は……
荒れに荒れる驚天動地の戦いの数々。
取り巻きの仲間はみな謎の美少女を非難するも、主人公だけは心の葛藤に苦しみ、毎晩彼女のことを思い涙を流す。
そして来たる決戦の舞台。
主人公の杖は遂に謎の美少女の喉元を捉える。
これですべてが終わる、共に戦ってくれた仲間たちのためにも、主人公はここで彼女を殺さないといけない。
心を押し殺し、最後の魔法が放たれようとしたその時、今まで沈黙を保っていた謎の美少女の口が開く。
ーーやっと、私を見てくれましたね、ネギ先生。
…………。
キャーーーーーーーーー!!!
何これやっば。何これマジでやっば!
これ一生主人公の心を盗んで返さないやつじゃん!
やだ私ったら罪深すぎーーー!
なんという女子力、なんというヒロイン力!
どうだぁ3-A〜? あなた達にここまでのポテンシャルはないでっしょ〜ぅ?
こりゃ読者投票永久に一位ですね!
はいはいヌルゲヌルゲ。
こりゃ世界が難易度調整ミスったとしか思えなーー
「ーーえぇと、ろくのへ、さん? お隣、よろしいかしら?」
…………。
なんかこの部屋ホコリ多くないですか?
こう、部屋の明暗が強いとホコリがくっきり見えて気になるんですよね。
昨日の掃除当番は誰? 大方双子辺りがサボったんじゃないでしょうかね、まったく。
それにしても、ああ、なんだか急に眠くなってきました。そういえば昨日は一睡もできませんでしたからね。
一時間目は確か……国語? だめだ、新田先生じゃないですか。さすがにあの先生の前で堂々と爆睡はできませんね。
仕方ない、せめて今のうちに仮眠だけでも取っておきましょう。気だるい頭じゃ勉強の効率も下がるってもんです。よし、寝よう、さぁ寝よう、すぐ寝よう。
「……それじゃ、お休みな「あ〜〜! 刹子がエカテリーナさんのこと無視しようとしてる! 態度わる〜い!」……チッ!」
やっぱだめか!
両腕を枕にして顔を埋めようとしたら、案の定ギャラリーがざわつき出した。
「これはあれか〜⁉︎ 俗にいう「洗礼」ってやつかぁ〜⁉︎ 麻帆良一の不良生徒、六戸刹子! 悪りぃがそう簡単にゃてめ〜を仲間となんざ認めね〜よ、的な⁉︎ 龍宮、柿崎と続いて早くも本日三度目のキャットファイトが間も無く開幕だぁ〜!」
「ちょっとみなさ〜ん⁉︎ け、喧嘩はいけないことですよ〜⁉︎ え、というか本日三度目? え、ええ〜⁉︎」
ええい、沸くな沸くな!
朝倉め、勝手に場を盛り立ておって、後で覚えてなさい。
それに今ので間接的にネギ君の好感度がガクンと下がったじゃないですか!
あ〜もう、私が目の前の自称転校生を避けたいのにはちゃんとした理由があるんですよ!
「…………(チラ)」
恐る恐る伏せていた顔を上げる。
真っ先に目に飛び込んできたのは、
私と同じ目の高さに、そんな場違いな手袋に収められた両手が行儀よく控えている。
学生服にレースの手袋。近くで見るとますます調和のとれていない組み合わせだ。
しばらくレースの手袋に目を捕らわれていると、空気が奇妙な匂いを運んでくるのに気づく。
「…………(あれ? これって……
濃厚な
匂いの発信源は目の前の転校生で間違い無いだろう。
おそらく香水か。
「(ちょっと適量オーバー気味じゃないですか?
しばらく思考にふけっていたが、それらしい答えは浮かんでこない。
これ以上考えても仕方がない。
先ほどから私が一言も言葉を発さないせいで、一触即発的な空気を感じ取ったのか、あれほど騒いでいたクラスメイト達が静まり返っている。
現実逃避の猶予を引き延ばすのもいい加減限界か。
意を決して視線を上げる。
ーー心臓が大きく脈を打つ。
私が今この世で最も厄介だと感じるモノが、そこにあった。
青く透き通った雪の結晶。
それは彼女の左目を覆っている青く透き通った
見た目はただの透明な
彼女がそんなものを眼帯代わりにつけている理由なんて、他の人からしたら「ミステリアス系な変わった子」くらいにしか思わないだろう。
ーーしかし、
ーー咲きわたる氷の白薔薇
彼女の左目にある
その魔法の脅威は誰よりも私が知っている。
なぜなら、度々その魔法の開発実験に、他ならぬ私が付き合わされていたのだから。
ーー来れ永久の闇、永遠の氷河
彼女が「解放」の言葉を発するだけで、止まっていた時計の針は動き出し、
目覚めた
その毒々しいまでに棘の立ち並んだ茎を触手のように伸ばして、瞬く間に私を永遠の氷獄に閉じ込めるだろう。
ーー魂なき人形を囚えよ
私とエカテリーナ。お互い視線を交わしたまま、一切の動きはない。
辺りは物音ひとつない。まるで、すでに私の時が止められてしまったかのような錯覚に陥る。
エカテリーナは本当に綺麗な顔立ちだ。全体的にバランスが整っていて、目元口元から、西洋の絵画に描かれた貴婦人の高貴さを感じさせる。
ーー妙なる静謐
先に動いたのはエカテリーナだった。
前かがみに腰を折り、私と目線の高さを合わせる。
もう少しでお互いの前髪が触れ合う距離まで、エカテリーナはその顔を近づけてくる。
心臓の鼓動が早まる。
頭の中で電子精霊達が警告を告げている。
脅威はもう眼前に迫っている。
もはや回避は叶わない。
ーー白薔薇咲き乱れる、永遠の牢獄
私の前髪が
髪先から伝わってくる冷たい魔力の胎動。
それとは裏腹に、私の唇にかかるエカテリーナの吐息は生暖かった。
「エカテリーナです。お隣、よろしいでしょうか? ふふっ」
ーー終わりなく白き九天。
そんなものまで持ち出してきて、そこまで本気ってわけですか、エヴァさん。
†††
久々のホームルームは思いの外早く終わった。
ネギ君が足早に教室を出ていった様子を見ると、おそらく唐突に現れた謎の転校生というイレギュラーに時間を取られ、一時間目の授業の用意をする暇もなかったのだろう。こんな非常識なことに巻き込まれてしまったネギ君には、思わず
まぁ、ネギ君には申し訳ないが、そのおかげで授業が始まるまで幾ばくかの猶予ができたのもまた事実。
完徹による倦怠感というバッドステータスを少しでも和らげるためにも、今すぐ机に突っ伏して軽く仮眠を取りたいところ。それをーー
「ねぇねぇ六戸さん、あなたのご趣味は何かしら?」
ーーそれを、ことごとく邪魔してくれるのが、先ほどから私の左隣で〇〇している、この、自称転校生だ。
「……趣味はお料理と、お裁縫とか、です」
「まぁ、六戸さんったら、とても女の子らしくて素敵なご趣味だわ! お料理はどういったものが得意なの?」
「肉じゃが、ロールキャベツ、ハンバーグ……ぶっちゃけなんでも得意です、はい」
「羨ましいわぁ、私ったらキッチンに立っただけで『危なっかしいからやめなさい』なんて言われて、いつまで立ってもお料理の腕が上達しなくて……。練習すらさせてもらえないのよ? あんまりだと思わない?」
「そうですか、それは悲惨ですね」
日本文化が好きだから包丁くらい握れるだろうと思って油断しました。
目の前であんなザクザク指切られたんじゃぁ見てるこっちの精神が持ちません。
あなたが作ったらどんな料理も血の味しかしないに決まってる。
自分の血を大量摂取させる吸血鬼とかなんだそりゃ、バカか。
「機会があればあなたに教わりたいわぁ。ねぇ、よかったら今度頼めないかしら?」
「……クラスメイトの四葉さんと定期的にお料理研究会開いてるんで、その時でよければ」
「まぁ! いいの? お願いしてみるものね! うふふっ」
さっちゃんにストップかけられれば流石に料理の道は諦めるだろう。
その間こっちのSAN値減少は避けられないが。
「女の子同士でお料理作りなんて夢のようだわ。私の故郷にそんなこと頼める友達なんていなくて……。そうだ、ねぇ六戸さん、お菓子作りも得意なのかしら? ウチのエヴァったら日本のお菓子が大好きで大好きでーー」
あ〜〜〜! もう、何、なんなの? 何が狙いなの⁉︎
異国の転校生エカテリーナ。
彼女は初めて訪れた土地だというにもかかわらず、驚異的なコミュニケーション能力を遺憾無く発揮して、隣席である私のストレスゲージを溜めに溜めまくっていた。
私の外見が日本人離れしているという点から、まずは出身地を
それから容姿を褒めちぎられ、しまいには今使っている化粧品やらシャンプーのメーカーやらを根掘り葉掘り聞いてくる始末。
何が「まぁ偶然! 私もあなたと同じ物を愛用しているわ! ふふふ、私たちお揃いね」だ! そりゃ一緒でしょうよ。あなたが使ってる化粧品その他諸々はみ〜んな私が選んだものなんだから! ただその薔薇の香水は存じませんがね。自分でお選びになられた? ならはっきり言ってやりましょう。何事も適量という概念が存在することを。きっついんですよさっきからその匂いが! なんだか匂いに当てられて視界一面がローゼンメ◯デンなんですよ! 幻覚が見えちゃってるんですよ! 絶対なんか良くないもの入ってるでしょその香水!
そんな胸の憤りを知ってか知らずか、私の目の前でエカテリーナは、それはもう上品に微笑むばかり。
ちくしょう、煽ってるようにしか見えない。
「ーーああ、初めてできた友達とあんなに楽しそうに」
「うん、うん、よかったね……刹子」
まるで我が子の巣立ちを慈しむかのようなクラスメイトたちの視線もうざったいことこの上ない。
しかもそこ私なの?
ひょっとしてこれクラス全員グルだったりしません? みんな一致団結して私を煽ってるとかそんな風にも思えてきましたよ、ええ。
くそ、こんな時に限っていいんちょの言いつけ通りみんな席を立たずにいるのが腹立たしい。どうせならいつもみたいにバカテンションに任せて、この自称転校生を取り囲んで化けの皮を引っぺがしてやってくださいよ。
「それにしてもよかったわ。六戸さんって、てっきり見た目通りの方で取り付く島もない感じがして……ちょっと身構えちゃった」
身構えちゃった(照れ顔)ですって。
どうした闇の福音。らしくないぞ。
「首元のボタンを閉めてなかったり、ネクタイもリボンも着けてないところを見たらね。もっと粗雑で、乱暴な方なのかとばっかり……」
「あ〜、それわかる! 刹子って、なんだか外見と口調が合ってないよね」
「うんうん、不良なのに、言葉遣いはなぜか丁寧やしなぁ〜」
ここぞばかりに同調を示すクラスメイトたち。
人をまるでキャラ付け失敗したように言うな。
あと和泉さん、私がわざわざ髪型いじったり服装崩したりしてる要因の一つにあなたも含まれてるんですよ。
髪の色とか、長さとか……地味に被ってるんですよ! これで私が関西弁だったらそれこそ生き別れの姉妹にしか見えんわ! 勘弁してやホンマ。
「そうだ、刹子。試しに乱暴な言葉遣いで喋ってみてよ! あぁん、とか、うっせぇ、とかさ〜」
ちょっと〜、転校生差し置いてなんで私の掘り下げになってるんですか。ぜって〜やんね〜し。
「あれじゃない? 長谷川っぽく喋ればそれっぽくなるんじゃない?」
「確かに! というか逆よね、長谷川と刹子のキャラって」
「あぁ〜ん! ご主人様ぁ、パソコンがウィルスに侵されちゃいましたぁ〜! みたいな?」
「キャハハ! ちょっとパルやめてよ〜! 今想像しちゃったじゃん!」
「千雨ちゃんがそんなキャラだったら絶対人気でるよねぇ〜。あははっ」
とうとう千雨にまで矛先が。
というか私そんな喋り方した記憶ないんですけど。
あ、ちなみに千雨ならよくカメラの前でそんなことやってますよ。
一応彼女の名誉のために黙っておきますけど。
「はいは〜い! それじゃ僕、せつこにリクエスト〜! 包丁構えて『ヒィーヒヒ、悪く思うなよ、俺に会ったが運のツキダ』ってやってみて〜」
なんだその世界観。
いきなりどうした鳴滝姉。
それもはや不良じゃなくてシリアルキラーなんですけど。
「風香、あんたまた変な映画に影響された? しかも完全にB級感丸出しなんだけど」
「お姉ちゃん、最近そんなのばっかり借りてくるです。かえで姉も面白がっちゃって……私はアニメがいいって言ってるのに」
よしよし、教室内は完全に「それはないよね〜」ムードに染まってる。
これは流れて何もしなくて済むパターンですね。
このまま授業が始まるまで逃げ切ってーー
「なんだかかっこよさそうね。私、そんな六戸さん見てみたいわぁ」
ーーあん? 今なんつった自称転校生。
「ありゃ、エカテリーナさん結構乗り気?」
「おおぅ、気が合うね、エカテリーナ。今度僕がオススメの映画教えたげるよ〜」
「う〜ん、言われてみると、なんか新鮮で面白そう? 刹子〜、やってやって〜」
なんという段取りを無視した急展開。なんという無茶振り。
あっという間に「やってやって」ムードに場が沸き上がる。
それと鳴滝姉、今思いっきりこの人のこと呼び捨てにしましたね。度胸ありますねぇ、私知りませんよ。
「ほら、刹子! 一回でいいからさ、ね? お願い!」
美砂、あなたの「お願い!」ほど聞き飽きた言葉はありませんよ。
……はぁ、これ逃げられる空気じゃありませんね。あんまりにも渋ってノリが悪いとか思われるのも癪ですし。
「……ったく、仕方ないですねぇ」
頬杖の態勢から身を起こし、クラスメイトたちの顔を睨め回しながら制服の内ポケットに手を入れ、そこから
「相変わらず包丁持ち歩いてるのね」
「ちょっと刹子さん、抜き身でそんなもの持ち歩いてるなんて危ないですわ! せめて紙か何かに包んでーー」
いいんちょ、そこじゃないでしょう。
それに加えて、私が包丁を取り出す様を期待に目を光らせて眺めるクラスメイトたち。
やっぱりこのクラス駄目ですわ。毒されてるにもほどがある。
もう適当にやって済ませちゃいますかね。
両手に包丁持って、えぇ〜と、なんでしたっけーー
「……くけけ〜、私を恨むなら、私を生んだ社会を恨め〜。はい、おわり」
それだけ言って済ませ、包丁をしまおうとすると、案の定クラスメイトたちのブーイングが起こる。
「えぇ〜! ダメダメそんな適当じゃ〜! 0点〜! 刹子はもっとできる子のはずだよ!」
「刹子が真面目にやるまで終わらないからね! ほら、もう一回!」
「大丈夫だよ、たとえ下手でも、刹子が『頑張ってる』って感じが伝わればおっけーだから! 自信を持って、やれるよ!」
あぁ〜〜〜っもう! なんじゃいこいつら! 腹たつわ〜!
人が今どんな気持ちでいるか知らないで〜!
…………。
なんかもうどうでもよくなってきた。そんなにお望みならやってやろうじゃないですか。
見てなさい、そこの口開けて惚けてる演劇部所属の村上さん。
私渾身のシリアルキラーっぷりをとくとご覧あれ。
「お、刹子が立った! ついに本気か⁉︎」
面白がって囃し立てていられるのも今のうちですよ。乗せた相手を誤ったことを後悔させてやります。
ーー包丁を逆手に持ち、鋭利な刃を群衆へと向ける。
私の本気っぷりが伝わったのか、教室のギャラリー達が一斉に静まり返る。
今さらビビっても遅い、こうなったらとことんやってやる。
ーーイメージするのは頭のトチ狂った殺人鬼。
少し喋り方を棒読みっぽくした方が雰囲気出るかな。声の抑揚も控えめに、機械じみた感じで。
そうだ、あの仮契約カード、「
よし、イメージは固まった。あれ、セリフどんなだっけ。まぁいいやアドリブで。
うぉほん! それじゃ、せ〜のーー
「ケケケ……テメーラ、
私ノ得物ハ今スッゴク血ニ飢エテルゼ、ケケ。
ケケケケケ。
ケケ、け…………。
「「「…………」」」
静寂、未だ健在。
……ちょっと、なんかリアクションとかないんですか。
無反応とか、一番困るんですけど……あの、もしも〜し。
「……エット、イカガデショーカ、ミナサン?」
予想していたものとは違った展開に身動きが取れず立ちすくんでいると、そのうち何人かが私に視線を合わせたまま、席の近い者同士で身を寄せ合い、ギリギリ私に聞こえないくらいの声量でヒソヒソ話を始めた。
「……宇宙人?」
「いや、どっちかって言うとロボット?」
「私閃いた。これ、猟奇系マスコットみたいな路線で将来人気がでるかも。血まみれクマさんーーいや、血まみれ刹子ちゃん的なやつ」
「ちょっと意味がわからないけど、桜子大明神が言うならワンチャンありえるかも……」
「え、なに、金儲けの話? 私にもちょっと噛ませなさいよ」
包丁を構え、シャキーンっとポーズを決めている私をそっちのけで、隣人同士で内緒話に花を咲かせるクラスメイトたち。
だんだんと頰に熱を帯びてくるのを感じる。
え、何、新手のイジメ?
イジメは悪い文明、粉砕すべし。
何気にちゃっかり明日菜さんまで参加してるし……あなただけは信じてたのに、ぐすん。
「いいよいいよ〜、刹子〜、ちょっとこっちに目線ちょうだ〜い」
「ばっーー、ちょ、朝倉、何撮ってるんですかっ!」
いかん、油断してパパラッチに対する守りが疎かになっていた。くそ、こんな目の前に堂々と陣取られるくらいにまで接近を許してしまうなんて。
ネタに困ったからって、エヴァさん宅に
くそ、そのカメラさえ潰してしまえばーー
「朝倉、悪いことは言いません。そのカメラを寄越しなさい」
得物の切っ先を向けなおし、目の前の悪しきパパラッチの首を取るべく、じわりじわりとにじり寄る。
「おぉ⁉︎ さすがにその状態(両手に包丁)で迫られるとスリル満点だね。でもダメだよ〜、カメラは記者の命なんだから。脅されたくらいで怯んでちゃあいつまでもスクープを掴み取ることなんてできないのさ(この写真現像してあんたのファンに売りつければ何ヶ月分のお小遣いを確保できると思ってんのさ。絶対に死守してやるもんね)」
若干ビビりながらもすり足で後退しつつ、己の退路を確保をしようと
その歳ですでに将来意地の汚い大人になるであろう片鱗が垣間見える。
やはりこいつはここで摘んでおくべきか。
「てなわけでもう一枚、パシャりと(猛烈なフラッシュ)」
「朝倉ァ!」
「本日早くも四回戦目が開幕〜! 朝から飛ばすねぇ刹子」
「ちょっと刹子さん、もうすぐ先生がいらっしゃいますわ! 刃物を持って暴れまわるのは次の休み時間にしてくださいまし!」
「こ、こら朝倉! 私を盾にするなぁ! 刹子ストップストップ〜」
「にゃはは〜、やったれ刹子〜! こら朝倉、少しは応戦しないと!」
「無茶言うな」
いつもと何ら変わることのない教室の風景。
多少の異物が紛れ込んだところで、持ち前のお気楽さとテンションの高さで流してしまうクラスメイト達。
先ほどまでの私の憂鬱な感情は何処へやら、気づいたら誰よりもノリノリでお祭り騒ぎに興じる私がいる。
……やっぱいいなぁ、
痛いこととか、悲しいこととか、半ば当たり前に成りかけていた戦いの日々から遠ざけてくれる。
マナもなんだかんだここでの暮らしが気に入ってるんだろう。素直になったというか、さりげないことで笑顔を見せることが多くなった。
どんなに手のひらをガンオイルで汚しても、根っこのところじゃ年齢に抗えないんですね。
……そういえば、さっきからあの人の声を聞いてませんね。
自分からけしかけたんだから、せめて責任とってリアクションの一つでも寄越しなさいよ。
まぁ、それより今は目の前のパパラッチを三枚におろすことの方が先決。
自称転校生のことは後回しにーー
「……ャ、ゼローー」
それはとても、とてもか細い声だった。
今にも消え入りそうで、私が偶然その声の存在に気づき、こうして振り向いていなければ、彼女は誰からも忘れ去られたまま居なくなってしまったのではないかーーそう思えるくらいに。
「ーーエヴァさん?」
彼女が発した言葉を私はうまく聞き取ることができなかった。
ただ、一つだけ言えることがある。
私がその声に振り向いた先にあった顔ーー多少姿形は変わっていえど、そこには確かに普段のエヴァさんの面影があった。
今日、ここにきて初めてエヴァさんと顔を合わせた、そんな気がした。
「……っ、えぇと、その、六戸さん?」
「はい、何でしょうかエーーっ、エ、エカテリーナ、さん」
残念、すぐに胡散臭い自称転校生の顔に戻ってしまった。
表情でここまで顔の印象って変わるものなのか。
これは主演女優賞並みですね、あなたいつの間にそんな演技がお上手にーー
「……六戸さん、その、後ろーー」
「はい? 後ろがどうかーー」
少し困った表情で私の後方を指差すエカテリーナ。
そういった仕草も上手だなと思いながら振り返ってみるとーー
「……先生が、いらしてますわ」
「……六戸、お前、とうとうーー」
ーーそこに居たのは、一時間目の国語の授業を受け持っており、また学内の生活指導員でもある、我らが鬼教師ーー新田先生。
ふと今の自分の身なりを確認してみる。
両手に包丁を構えてーーはい、アウト。もういきなりアウト。
「……六戸、お前がよく包丁を持って暴れていると言う噂は私の耳にも届いている。ただ、さすがのお前でもそこまでは……そこまではせんと思っていた。根も葉もない噂だと一蹴していた。信じていた、それだけは絶対にないと……。それをーー」
一時間目の授業は、めでたく自習となりました。
私以外がね。
†††
『ーーそれでですね、新田先生ったらいきなり『六戸、お前さんは私の妻の若いころにそっくりでな。あいつもお前さんと負けず劣らずヤンチャだったもんだーー』とか昔話が始まっちゃってですね。怒鳴られるかと思ったらマジ泣きしながら諭されて……』
『はぁ〜、それは大変でしたねぇ。それで、新田先生は今は亡き奥様の面影をあなたに重ねたということですか……プロポーズされたらちゃんと断っといてくださいよ? 私、明日菜さんと違ってそこまでおじさん趣味じゃないですし』
『今は亡きじゃないわ! しっかりご存命ですわ! いつの時代の学園ドラマですかそれは!』
時刻はちょうど夜の六時半。エプロン姿に身を扮した私は、鮮烈極まりない一日を乗り切った自分自身へのご褒美と、昨日の夜からずっと様子のおかしいルームメイトへのご機嫌取りも兼ねて、「牛肉百パーセント使用セッちゃん特製愛情入りハンバーグ」の調理に力を入れていた。
『まったく、他人事だと思って適当に返してくれやがってからに……』
お肉をこねこねしながら、念話越しに気の抜けた声を発する相手に悪態をつく。
『いやいや、他人事だなんてそんなつもりはないですよ。何故なら私とあなたは一蓮托生。あなたの行動により伴う周りからの評価はみ〜んな、私自身の評価に帰結するんですから。いざ私が麻帆良に戻ったら周りが敵だらけ、なんてことになったら嫌ですし。ましてや歳の差
『学生デビューでいきなり不良キャラなんかを選択して、その時点で
自分自身の声を若干幼くしたような、それでいて口調までも似ているーーいや、まったく同じと言える念話相手。
姉妹以上に自分にとって近しい存在ーー
『もう、久しぶりに私の半身の活躍っぷりを伺おうと思ったのに、さっきから愚痴や失敗談ばかりじゃないですかぁ。肝心のネギ君との距離も一向に縮む気配がありませんし』
しっかりしてくださいよぉ、なんて心底上から目線なトーンでこちらに苦言を呈してくる我が本体。
エカテリーナ、少しばかり邪険に扱って申し訳ありません。あなた以上に私の胃にダメージを与える輩がここにいました。
私ってこんなに性格悪かったんですか? こりゃ性悪呼ばわりされても何も文句言えませんよ。
私はこうはならないように気をつけましょう。
『ときに
本体の声のトーンが低くなる。
やれやれ、ようやく本題に移れますね。
『そのことなんですが、なんだかややこしい事態になってましてーー』
私は今日の昼休み、屋上で交わした
〜〜〜
『ーー学園長? なんだか私の耳がおかしくなったみたいです。大変申し訳ないのですが、もう一度、今の話をお願いできますか?』
『……刹子君、お主なんだか怒っとらんか? なんとも冷たい声色で儂の背筋が冷えっ冷えなんじゃが……』
念話越しに聞こえてくるとぼけた声色に、私のストレスゲージが臨界点に達する。
午前の授業を終えて、昼休みに活気付く教室を尻目に、私は一目散に校舎の屋上へと足を運んだ。この事態の詳細を把握しているであろう人物と大事なお話をするためだ。
麻帆良学園の学園長である
幸いまだ肌寒い早春の季節。
この時期に、寒空の下で冷たい風に当てられてまで屋上でお弁当を突つこうとする生徒はまずいない。ここは密談にはもってこいの場所だ。
直接学園長室に乗り込むという手も考えた。むしろそちらの方が自然なのだが、今の私の身体は「新鮮な空気」というものを貪欲に欲している。ようはリフレッシュも兼ねてのこの屋上というチョイスなのだ。
……ほんと、具合が悪くなる一歩手前だった。
他のクラスメイト達はあの香水の匂いに対してなんとも思わないのだろうか。
そういうこともあって、一度頭を冷やしクールダウンした心持ちで、学園長からの指示を仰ごうと思っていたのだがーー
『ーーエヴァが本格的に麻帆良を出ると言い出した。そのためにネギ君の血を用意しろと。ーー拒否するなら孫の命はない、そのような脅しも添えてな』
『それ嘘でしょ』
『フォ⁉︎ わ、儂は嘘は言っとらんわい! 現に首元に包丁まで突きつけられたのじゃぞ……というかあの包丁、刹子君、お主のものじゃないか? 辺りそこらに包丁を撒きっぱなしにするでないとあれほどーー』
あ〜うるさいうるさい。しゃ〜ないでしょ、ただでさえ掃いて捨てるほどあるんだから。
一度包丁の形にしたら二度とカードには戻せないんだから、いちいち回収してたら部屋の中が包丁まみれになるんですよ。
『それで? 麻帆良学園の学園長でありながら、関東魔法協会の理事長も兼ねてらっしゃるあなた様が、さながら強盗のようなやり方で凶器を突きつけられビビった挙句、孫の命可愛さに将来有望な少年の命を差し出し、それをみすみす見逃せーーと、そう仰りたいのですね。……冗談はその頭の形状だけにしてくれませんか?』
『刹子君……後生だからもうちょい落ち着いて儂の言い分も聞いとくれぇ……。何もネギ君を殺すとまでは言っておらんじゃろうに』
なんとも情けない声色に産毛が逆立つのを感じる。どうせいつものように、とぼけた口調と軽いノリで誤魔化すつもりなのだ。
しかし、今回ばかりはそうはいかない。すでに一般人から幾人もの被害者が出た後なのだ。学園長もさすがにそのことは存じているようで、先ほどそのことを突いたら今のような困ったトーンで自分の至らなさを悔やんでいた。
学園長の落ち度は至る所に存在する。ならば、ここはやる気持ちを抑えて、言うだけ言わせてから盛大に噛み付いてやろうと思い至り、学園長に話の続きを
『実にエヴァらしからぬ下策な行為だとは儂も思っとるところじゃ。あやつはいついかなる時でも己の中のプライドに反したことはせぬからな』
『それでも一般人からこそこそ血を巻き上げてますけどね』
『そう言ってやるな。よもやあのエヴァがあそこまで追い込まれていたとは儂も思わなんだ。今朝あやつが儂の部屋に来て最初に発した一言はなんじゃと思う?
『もう限界だ。私はもう自由になりたい』
じゃぞ? あのエヴァが己の口でそう言ったのじゃぞ? 心の中で思ってはいようと、まさか口に出してくるとは』
ーーおまけにその手には包丁が握られとるんじゃ、朝一からあれは流石の儂でも肝が冷えたわいーーなどと余計なことを付け足して、学園長は念話越しに心底怖かったアピールを始める。そう言うところですよ、私のあなたに対する信用度が常に低い理由は。
まぁ、エヴァさんが実に
『それは、エヴァさんにしては随分と弱気な発言ですね。まるで勤めている会社の重圧に心底疲弊したサラリーマンのようです。それで、エヴァさんは登校地獄という束縛から解放されるため、正式に依頼としてネギ君の血を要求したということですか』
『そういうことじゃ。……あぁ、ようやっと理解してくれたわい』
理解なんてできるわけないでしょう。
エヴァさんが話し合いという手段をとった?
私に対して「ネギ君の血をかけて勝負しよう」なんて訳のわからないことを言った次の日に、あっさりと手のひらを返した? 何故。
そもそも、学園長に直接ネギ君の血を依頼するように提案したのは他でもない私だ。なんなら一緒に頼みに行こうとまで言った。わざわざ早朝に脅迫まがいの殴り込みをかけなければならない理由が見つからない。
不可解だ、行動が支離滅裂すぎる。
エヴァさんは何をするにしてもわかりやすい人だ。隠し事や
わからない、私には今のエヴァさんの考えていることが何一つわからない。
ーーあぁ、わからないことなら他にもあった。むしろこっちの方が聞きたかった。
『……エヴァさんがあんな
『…………』
『……学園長? もしもし、聞いてますか?』
『……っ、フォ、フォフォフォ、すまぬ少し考え事をじゃな……ちゃんと聞いておるよ刹子君。あ〜、エヴァが成長した姿、すなわち正体を隠している理由はじゃなーー
〜〜〜
『ーー悪の魔法使い・
『それで間違ってないですよ。……いけないいけない、鍋のお湯が沸騰しちゃう』
なんとも胡散臭いですねーーそう言って念話の向こうの
『上手くいきますかね、それ。闇の福音が消滅したなんて噂を流すにしても、確たる証拠も無しに頭のお堅い連中が信用するとは思えないんですけど』
『そこんところは二の次なんじゃないですか? 本来の目的である「呪いの改呪」さえ達成できればいいわけですし。それにまったく効果が無いとは言い切れないですよ? かの「サウザンドマスター死亡」の噂を広めたのも、他でもない学園長なんですから。上の連中はどうか知りませんけど、おおかたの魔法関係者はそれを鵜呑みにしている現状ですからね』
『この案を考えたのはどちらですか? まさかエヴァさんじゃないですよね? さすがにイメージとかけ離れすぎてるんですけど』
『……残念ながら、エヴァさんが学園長に持ちかけた案だそうです。「学園側にとって利益しかない話だ。断る理由もないだろう?」なんてことを言ってたようですよ』
将来有望なネギ君にこれ以上ないベストな条件で「リアルな戦い」を経験させ、自信をつけさせることができる。さらには「あのサウザンドマスターが実現できなかった闇の福音討伐を、その息子が果たした」なんていう本国へのアピールポイントまで付いてくる。
『学園長的には、エヴァさんとの戦いでネギ君が実戦経験を得ることくらいしか旨味がないように思えますね。本音は本国に媚びなんて売りたくもないし、エヴァさんには麻帆良に残ってもらいたいはずです』
『理解が早くて助かります、さすが私の本体』
エヴァさんに包丁突きつけられた勢いで了承してしまったのではないか。
学園長はもっと食い下がるタイプだと思っていたのだが。
なんだかんだでエヴァさんが麻帆良に囚われていることを不憫に思ってはいたのだろう、その結果、エヴァさんの意を汲んだということなのだろうか。
……なんともしっくりこない。エヴァさんだけでなく、こうなると学園長も怪しく思えてくる。
『事態の把握はできました。でも、それだとどのタイミングでネギ君から血を貰うんですか? エヴァさんは負ける前提で戦うわけであって、どう考えても吸血なんてしたらアウトだと思うんですけど……流石にネギ君戦意喪失しちゃいますよ?』
『“エヴァンジェリン”と“エカテリーナ”は別人だって設定を生かすそうです。「チュパカブラに襲われ、未だ寝込んだままのエヴァさん」を回復させるには、優れた魔法使いの生き血が必要、だなんて設定にするつもりとのことですよ。おそらくエカテリーナ戦が終わった後にでも頼むつもりでしょう。ーーああ、この部分に関してだけは学園長の
『実の姉妹ってところはいりますか? 呪いが解けたら麻帆良を出て行くわけですよね? 闇の福音の姉妹とか無理があると思うんですけど』
『さぁ? そこんとこはどうでもいいので聞いてすらいませんよ。適当に親戚とかでお茶を濁すんじゃないですか? それで「チュパカブラに襲われて心に傷を負ったエヴァンジェリン」は国へ帰った。ネギ君には当たり障りのないケアをして、はい大団円』
『確かに、こんな計画が滞りなく進んだ場合の「後始末」なんて聞いたところで時間の無駄ですね。学園長の
『でしょう? 得意なんですよ、学園長。こんな
…………。
お互いの間でしばし静寂が流れる。
とは言っても念話なため、実際の私は黙って夕食の支度をしている風にしか見えないのだが。
『……それで、見逃すんですか?』
『ん?』
『だから、あなたはもうこの件には関わらないのかって聞いてるんです。このまま、エヴァさんと学園長の思惑通りに事が進むことを良しとするのですか?』
念話越しに聞こえてくる
何かを探るような、それでいて、何かを期待しているような。
……よし、ちょっと悪戯してやるか。
『無駄に疲れる必要もありませんし? 当然、言われた通りこのまま何も『えぇ⁉︎ 私ともあろう者がこの裏切りも』ーーウソウソ! 冗談だからそんな激昂しないで!』
なんて声出すんだ。あぁびっくりした。
『ちゃんと見張りを雇ってますよ。それも優秀なね。何かあったらすぐに連絡を寄越すように頼んであります』
『本当ですかっ……あぁ、良かったぁ〜』
それにしても、自分自身から怒鳴られるって結構心にくるものがありますね。ただでさえ今日は新田先生にどぎついの貰っちゃってるんですから、しばらく説教は勘弁願いたいです。
『もしこのまま何もしないで見過ごすなんて言われたら、私、この場であなたの分身体を解除して、すぐにでも麻帆良へ向かおうかと考えちゃいましたよ』
『せめてこの夕飯の支度くらいは済ませてからにしてください。今私が消えたらエヴァさんが云々の前に女子寮が火事になります』
結局のところ、万が一のことがあったら
魔力制限のかかった
まぁ、そうならないために、連絡があれば
ああ、話のわかる相手と会話してたら幾分気が楽になりました。
やっぱり最後に信じられるのは自分自身ということですね。
こんな大変な時に呑気に念話なんぞかけてきて
『ところで
まさか暇を持て余しているなんてことはないでしょうね。
『
『今の私から愚痴しか出てきませんよ?』
こちらの散々たる状況は今聞いただろうに。これ以上何を聞きたいと。
『そう言わずに。……あのですね、もしかしてそっちに
〜〜〜
『ないですね』
『えぇ〜、もっとよく探してくださいよぉ! ロッカーの奥とかに立てかけてないですか?』
『ロッカーの奥も、タンスも、ベッドの下も、なんなら玄関の靴棚も確認しましたよ。何回も何回も、千雨に変な目で見られながらね』
夕飯の支度を中断し、念話越しにあ〜だこ〜だ言ってくる
途中、千雨のまるで不審者でも見るかのような視線に耐えながら、何度も同じ場所を行ったり来たりする行為に疲れ果てたところで、私はギブアップ宣言をした。
『おかしいなぁ……てっきり私が麻帆良を離れる際、そちらの部屋に置き忘れたものとばっかり思ってたんですが……』
もう一度だけ探してみてくれませんか、などと
『もう勘弁してくださいよ。「ウェスペルタティアの宝剣」なんて、こんないたいけな女子二人が住む部屋にそんなもん転がってたら一発でわかりますよ』
『それはそうですけど……。あれぇ、アリカ様から預かった時どこにしまったんだろう。ねぇ、
『さぁ……確か、私たちが麻帆良に入学するよりも前の話ですよね。さすがに覚えてないですよ』
そもそも
本元がど忘れしてちゃ元も子もない。
初めから落丁した原本で刷られたようなものなのだから。私に罪はない。
『どうしようどうしよう、明日は久しぶりにアリカ様が
『もういっぺん身の回りを探してみるしかないですよ。それで無かったらご愁傷様です』
『ちょっと、何他人事みたいに言ってるんですか! これはあなたにも関わる重要な案件であってーー』
『ちゃんとアリカ様のこと守ってくださいね。アリカ様の武器が無い以上、荒事があったら、その場合の
『こら、何勝手に念話切ろうとしてるんですか! お願いですからもう一度探してーーーープツン』
はぁ、これ以上こっちに負担かけないでくださいよ、まったく。
「っと、いけな、早く夕飯の支度再開しなきゃ。……あぁ、でもーー」
改めて部屋の惨事を目の当たりにして、台所へ向かう足が止まる。
タンスの引き出しも開けっ放し、ロッカーの中の物も床に出しっ放し。ベッドの下をかき回したことでホコリも舞っている。ことあるたびに追加されていく
これをなんとかしないことには夕飯どころではない。
「……六戸、探し物はもういいのか?」
「ええ、結局見つからなかったんで諦めます。ごめんなさい、こんな散らかしちゃって。今、片付けますから」
ここにきてようやく千雨から声をかけられる。
千雨は何やらコスプレ(?)用の衣装を製作している様子で、私が帰宅してからずっと生地とハサミを前に頭を抱えている。
しかし、進捗は思わしくないようで、一向に手が動く気配がない。
私が話しかけたところでロクに返事も返ってこないので、「これは相当機嫌が悪いな」と内心戦々恐々としながら、気まずい空気を払拭すべく夕飯の支度に励んでいたのだ。
「今夜は昨日の晩のお詫びも兼ねてご馳走ですよ千雨。期待しててください、そりゃもう腕によりをかけて作っちゃいますから」
不機嫌の原因で思い当たるところなんて、昨晩の激辛カップ麺くらいだ。
もう金輪際、千雨の前に激辛系とカップ麺の類のものは出さないようにしよう。
「……あぁ、なんか、悪りぃな」
「別に謝ることでも……って、どんだけクラッカー買いだめしてんだ私。ついでにやたらバリエーション豊富なこの謎の付けひげシリーズとか。そんでもってこの
「ああ、ほんとごめん……」
だから何でそう謝るのか。少なくともこれらパーティグッズを買い込んだのは私なのだから、千雨が謝るところじゃないんですが。
というか謝るくらいならさっさと機嫌を直して欲しいものです。
それに、さっきからホント視線が気になるんですよね。床に散らばったパーティグッズを回収すべく、赤ちゃんのようにハイハイしながら部屋を移動する私をじっと見つめる千雨アイ。反応は悪い癖に、必要以上に私のーー太もも? いや、お尻? そこらへんを穴が開くくらいに凝視して……え、なに、もしかして千雨、ついにそっち方面に目覚めた? いや、それともーー
「千雨、私のお尻になんかついてます?」
ベッドの下を漁った時にホコリでも付いたのか。
四つん這いの姿勢でお尻を千雨の方へと向けたまま尋ねてみる。
「……いや、なんというか、その……」
「え、やだ、ほんとになんか付いてます? それそれ〜(お尻フリフリ)」
「なっーーおい、ばか、やめろ! 六戸!」
えぇ……なぜ怒鳴られた?
実際に手で触ってみたが、特に何かが付着しているような感じは無かった。
「そういうの、やめてくれよ……そんな真似……」
どうしたと言うのか。
エヴァさんと学園長の次は千雨、あなたまでおかしくなったと言うのですか。
激辛カップ麺以外に何か気に入らないことでもあったのだろうか。
「ねぇ、千雨。あなた一体どうし『たいげ〜! 現場から通信でち!』ーーすみませんちょっとトイレ」
「六戸、やっぱお前ーー」
ーー来たか。
抱えていた珍グッズたちを放り投げ、駆け足でリビングを出てトイレへと駆け込む。
後ろで千雨が何か喋っていたような気がするし、未だエプロンを着用したままだが、今はそれどころじゃない。
私が個室に入ったところで電子精霊が念話を繋げてくれる。
『マナ、何か動きがあったんですか⁉︎』
『セツ子、いいか、要点だけを
龍宮真名。今回助っ人として雇った私のクラスメイトにして昔の仕事仲間。
共に潜り抜けてきた修羅場は数知れず、お互いの戦闘スタイルや微細なクセなどを知り尽くした歴戦の相棒。
実力は言うまでもなく、その正確無比な戦況コントロールと、探知外からの無慈悲なる長距離狙撃で、幾人もの格上相手を地に沈めてきた。
対エカテリーナ戦における私の切り札。これ以上にないパートナーだ。
『先ほどから、ネギ先生と闇の福音が交戦している』
『待って、先ほどからって、今あなたは何をしてるんですか⁉︎ 連絡だってもっと早くーー』
『だから落ち着けと言っているだろう。この戦いは
い、いけない、ネギ君のことだからつい……。
頭では解ってても、口と態度に出ちゃうのはどうしても治らないんですよね。
『すぐ熱くなるのは相変わらずだな……まぁ、それがお前らしさでもあるんだが。……話を戻すぞ、ネギ先生対闇の福音。戦況はネギ先生有利、いや、圧倒していると言っていい。これはシナリオ通りということなんだろう。あまりにも両者の手数に差があり過ぎる。手を抜き過ぎて逆に不審に思われるんじゃないかってレベルだ』
『……そんなにですか?』
『ああ、ネギ先生は高威力の雷系魔法・雷の暴風をすでに
『そう、ですね……確かにそれはすごいと思うんですけど……』
三発、叩き込まれた? 雷の暴風を? 直撃すれば並の魔法障壁なんて木っ端微塵に粉砕するほどの攻撃性能を秘めた魔法を、三発、その身で受けた?
並の魔法使い以下まで能力を制限されたエヴァさんが?
そんなこと、あり得るはずがーー
『さてセツ子、ここからが本題だ。この戦いの結末以上に見過ごせない点ができてしまった。そのことが解らない以上は対策を立てようもない。普段から闇の福音と親しいお前なら、答えられると信じたいのだがーー』
それは……
『闇の福音は、魔法に対する強固な防御手段、いや、防御などと生温いものじゃない。無力化ーーそれもまた違う。なんと表現すべきか……ああ、そうか、たった今、自分の目でその光景を見て確信した。あれはーー』
『…………』
『ーー吸収だ。セツ子、闇の福音はーー
エヴァ「これ年明けまでに絶対決着つかんだろ」
刹子「こんなハズでは……」