やっぱりhollow時空の、セイバー・アーチャーの名を借りたなにかのお話です。
前作、"弓兵を訪ねて"の続編となっております。
なおこの作品はpixiv様にも掲載させて頂いております。

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やっぱりhollow時空の、セイバー・アーチャーの名を借りたなにかのお話です。
前作、"弓兵を訪ねて"の続編となっております。
なおこの作品はpixiv様にも掲載させて頂いております。


第1話

   ◇

 

 昼寝から目を覚まし、茶菓子でも貰いに居間へ行くと、全長3メートル幅1.5メートルほどの巨大な猫がちゃぶ台の前に正座していた。セイバーは思わず我が目を疑ったが、いくら擦ってもその異様な光景は消えてなくならなかった。

 猫。猫である。やけに漫画的にデフォルメされすぎているようなきらいはあるが、とにもかくにも猫だった。頭はアドバルーンのように大きく、目玉はバスケットボール大。口元は"ω”の字を平べったくしたような形に歪んでおり、針金のような髭が左右に三本ずつ。両の前脚で器用に湯のみを掴み、座布団の上で礼儀正しく正座をしていたりと、もはや骨格の段階から取り返しのつかないことになっているが、そこいらは見ない振りをして全体的に薄目で見れば、姿形は猫には違いない。ちなみに体毛は白だった。

 これ単体でも十分な怪異であるのに、その向かいで同居人の一人ことサーヴァント・アーチャーが呑気に胡座をかきながら煎餅を齧っているとあれば、もはや異次元沙汰と言う他無い。七騎のサーヴァントの中でも一、ニを争う屈強で知られるセイバーだったが、さすがにあまりの意味不明さに文字通り開いた口が塞がらない。いっそ全てを見なかったことにして、もう一度布団へ潜り込もうかと考えだした頃、アーチャーの方が立ち尽くす彼女の存在に気付いた。

「起きたかセイバー。霊体ではそれ以上育たぬというのに、よく寝るな君は。煎餅、食べるか?」

「……アーチャー、これは一体どういうことです」

「なんだ醤油味は嫌いだったか? 黒ごま煎餅がお望みなら棚の中だ。食い過ぎるから勝手に与えるなと小僧が言っていたが、知った事ではない。勝手に食え」

「そうではなく、アーチャー、正直に答えなさい。一体全体、何処の幻想種を拾って来たのです」

 ある程度人語を解するのか、水を向けられたことを察したその化け猫は、バスケットボール大の目玉をぎょろんとセイバーに向けた。思わず武装するセイバーに罪はない。

「幻想種とは大げさな。知り合いの化け猫の、そのまた知り合いだ。君の寝てる間に、私を訪ねて来られたのだ。ご客人、あちらはセイバー。私と同じく英霊だ」

「初めまして。どうぞ、よろしく」

 そう言って、化け猫はぺこりと頭を下げた。どうやら会話までできるらしい。やけに気さくでやんちゃっぽい声だったが、それを発するのはセイバーの頭を丸かじりに出来そうなほど大きな口である。牙も一瞬覗いて見えた。思わず後ろ手に宝具を取り出すセイバーに罪はない。

「……せ、セイバーです。よろしく」

「はい、よろしく」

「……」

「……」

 なんとはなしに見つめ合う、一人と一匹。

 猫の方はどう見てるのか分からないが、セイバーからすると逆光で猫の顔に若干影が降りていることもあって、さながら捕食寸前の鼠のような気持ちだった。刀身を隠したまま抜刀できる己の魔術を、今ほど頼もしいと思った事は無い。加速する心音。沈黙は重く苦しく、空気は粘度を増していった。

 それを打ち壊したのは、

「……にゃふ♡」

 化け猫の破顔一笑であった。

「そんニャに見つめられると、照れるニャあ」

 きゃー、もうやんやん、と化け猫は両前脚で顔を覆い、じたばたとしきりに体を揺すった。

「セイバー、初対面で失礼だぞ。まぁ、座りたまえ」

 言われた通り、セイバーは座った。

 腰から力が抜け、ずり落ちたともいう。

 

   ◇

 

「なるほど……貴方が木の上から助けたという、あの知恵ある三毛猫の縁者でしたか」

「なんでも師匠・弟子1号と呼び合う仲だとか。そういえば以前、君から鼠の尾が届けられたな」

「味は如何でしたか」

「誰が食うか。しかしせっかくの心遣いだ。捨てるのもなんなので、仕舞ってある」

 小僧の枕の中に、とまでは黙して語らぬアーチャーである。尾に宿る鼠の無念を軽く助長させ、以来悪夢に悩まされっぱなしの衛宮士郎を眺めるのが、近頃のアーチャーの密かな楽しみの一つだった。

「で、今度は師匠からの御礼の品というわけですか」

「どうやらそうらしい」

 アーチャーは先の巨大化け猫が残していった箱を手に取った。ちなみにその化け猫本人は「あまり長居するのもニャンニャので」ということで、とうに衛宮邸を後にしている。帰る際、やたら名残惜しそうにセイバーの方を何度も振り返っていたが、セイバーは努めて気付かない振りをした。

 箱の方は、一見して菓子折りにしか見えない。食べ物となればいくら貰っても損にはならないものだが、あの巨体がスーパーの製菓売り場で買い物をしている姿など想像もつかない。

「まぁ爆発する類いのものでなければ何でも構いません。開けてみたら良いでしょう。それにしてもアーチャー、少しは友人を選ぶべきでは?」

「まさかあの三毛猫に、あんな師匠がいたとは知らなかったのだ。……さて開けたはいいが、これはなんだろうな」

 箱に入っていたのは、ちょうどかるた程度の大きさの、長方形をした札であった。和紙を張り重ねて作られていて、それなりに固い。裏も色紙で装飾されている。これで百人一首が綴られていればかるた以外の何者でもないのだが、表には何も書かれておらず、ただ隅に猫のイラストが小さく書かれているだけである。20枚ずつ一括りになっていて、それが二組ある。計、40枚の白紙の札だった。

「オリジナルかるたでも自作して遊べということだろうか」

「待ってくださいアーチャー。ここに説明書きが入っています」

 セイバーが、札の下に敷かれていた一枚の紙切れを取り出した。

 そこには、こう書かれていた。

 曰く、これぞ化け猫特製、門外不出の秘伝礼装「祈願・絵猫札」。使い方はごく簡単で、札に何事か希望なり祈願なり命令を書いて誰かに貼付ければ、相手はそれを叶えてくれます。簡単例として、「食事を作れ」と書いて誰かに張れば、その通り食事を作ってくれるという次第。何かの助けになれば幸いです。弟子一号の件、重ねて有り難うございました。

 そんな説明書きを読み終えて、セイバーとアーチャーは揃って首をかしげた。

「『絵猫札』とはなんでしょうか」

「恐らく絵馬の猫版なのだろう。神道にはあまり明るくないが、もともと儀式の際に神馬を奉納していたのが、昨今の絵馬の由来となっていて、言ってみればあれも立派なマジック・アイテムだ」

「生け贄が、転じてアーティファクトに。確かにこの札からは、ほんのりと魔力が香ります。あまり強力なものではなさそうですが」

「我々流に言うなら、令呪の簡易版のようなものか。なるほど、裏の色紙を取れば糊がついていて何かに接着できるようになっている」

「しかしサーヴァントに効くかは怪しいものです。三騎士ならば、対魔力もありますしね。まぁ凛ならば、面白がって欲しがるかもしれません。機嫌を取るにはちょうどいいのでは?」

「なに、折角だ。ものは試しに一つ書いてみようじゃないか」

 懐からペンを取り出して、さてとアーチャーは顎を触った。

「まさかとは思いますがアーチャー。何か私に対して不埒な考えを持ってはいないでしょうね」

「そのまさかだとも。自分に書いてどうする。ええい、そう睨むな。ほれ、君にも一枚やる。これならば公平だろう」

「……まぁ、それならば」

 二人してああでもないこうでもないと悩むこと数分。互いに書き終わったと見て、アーチャーの提案により同時に文面を見せることとなった。

『三十秒間、逆立ちしなさい』、こちらがセイバー。

『腹筋十回』、こちらがアーチャー。

「君もまた面白みがない奴だな」

「貴方に言われたくはありません」

 まぁせっかくだからと、裏の色紙をはがし、互いの手に貼付け合う。かくして……

 

   ◇

 

「効いたな」

「効きましたね」

 片や手を頭の後ろに組んで仰向けになり、片やまっすぐに倒立した状態のままで英雄二人は顔を見合わせた。珍妙極まる光景だが、事態は深刻だった。アーチャーの手により札を腕に張られた瞬間、抗うことなど思いもよらないほど強烈な「腹筋」への渇望がセイバーの心を支配し、それは計十回を数えるまで決して消えることなく続いた。アーチャーも似たような状況であった。一体全体どういう理屈なのか想像もつかないが、かの巨大化け猫が手作りしたというこの札は英霊をも従える力を持っていた。

 二人して元の体勢に戻る。しかし、その顔は暗い。

「化け猫に踊らされる英雄、か。オレはそんなものに……」

「言わないでくださいアーチャー。私まで泣けてきます。とにかく、これは想像以上に危険な代物のようですね」

「凛に献上してはどうかと言っていたが、あれは無しだな。これは誰の手にも余る。我々の手で即刻封印すべきだ」

「いいでしょう。半分は私が、もう半分は貴方が、というのでは如何でしょうか」

「一方の裏切りを阻止するためだな。異論は無い。しかし、杞憂に終わるに違いないと確信しているよ。何を隠そう私はね、君の事は心から信頼しているんだよ」

「なに、驚くほどのことでもありません。それぞれのマスターを除けば、我々にとってお互いほど信頼できる相手もいない」

 剣をとり、血で血を洗う関係を宿命づけられたはずのサーヴァント同士は、そう言って和やかに笑いあった。他人といえば他人だが、同じといえば同じ。衛宮士郎とアーチャーの関係性がそうであるのなら、二人の間柄もまた同じだった。奇妙な宿縁、というほかない繋がりが両者の間にはあった。

「そういえばセイバー、昨晩桜が買って来たケーキの残りが冷蔵庫にあってな。よければ一緒にどうだろうか」

「ああ、頂きましょう」

 どれ、とアーチャーは腰を上げてキッチンの方へ向かった。残されたセイバーはリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を付ける。かちゃかちゃと、キッチンから食器の支度をしている音が聞こえる。テレビでは早口自慢の芸人が、ひたすら喋くり倒して観客の笑いを取っていた。ちゃぶ台の上には湯のみが二つ、茶菓子の盆が一つ。そして「王様の札」がワンセット。小腹をすかせたセイバーは、無造作にちゃぶ台の上に手を伸ばした。

 

   ◇

 

「チョコレートとショート、どちらが好みだ」

 ケーキ皿を両手に、アーチャーが居間に戻ってくる。

「ではショートを頂けますか」

「ほれ」

 ショートケーキの皿をセイバーに手渡しつつ、もう片方の手でチョコレートを机に置いた。

 

 瞬間、男の右手が閃光となり、女の背中に襲いかかる。

 女の左腕が稲妻となり、それを防ぐ。

 

「むぐぐぐぐ」

「ぐぎぎぎぎ」

 歯ぎしりしながら睨み合う両者。「何故」などと問い合う必要はない。あの説明書きを読んだ時点で両者の心は決まり、そして互いの魂胆も明らかだった。あとはいつ仕掛けるか、いつ仕掛けてくるか。ただそれだけが問題だったのだ。

 渾身の力でアーチャーの左手を押さえつけながら、セイバーは横目で彼が握っている札の内容を確認した。内容は至ってシンプルだった。『間食を控えろ』。

「貴方の血は何色か!」

 セイバーは巧みな体裁きでアーチャーの腕を引き込んだ。合気にも通じる体術である。まんまと重心を乗っ取られたアーチャーはそのまま半回転し、畳の上に仰向けに倒れた。その上から容赦なく騎士王の右手が襲いかかる。

 とっさにアーチャーはセイバーの手首を掴み、ふたたび両者は膠着状態に陥る。

「アーチャー、私を信頼しているというのは嘘偽りだったのですか。裏切り者」

「だったら、なぜお前の手の中にも札があるのだ」

 ちなみにそれにはこう書かれている。『あらん限りの知恵と技術で極上の料理を作りなさい』。

「鬼か君は!」

 叫びつつアーチャーは、巴投げの要領でセイバーの体を後方に投げ飛ばした。立ち上がり、体勢を整えたのは両者ほぼ同時。

「ていっ」

 うなるセイバーの右拳。しかしそれはフェイク。本命は左手の中に隠された、今ひとつの札。曰く、『口の悪さを直しなさい』。

「なんのっ」

 アーチャーも負けてはいない。一枚目を牽制代わりに投擲し、新たにもう一枚の札を懐から取り出す。曰く、『母親めいた干渉をやめろ』。

 応酬は続く。

『セイバーを師と仰げ』

『小僧扱いするな』

『シロウに優しくしろ』

『士郎に冷たくしろ』

『二刀流禁止。シロウに教えるのも禁止。あと前髪下ろせ』

『せめて一個にしろ馬鹿』

『3遍回ってワンと鳴け』

『仰向けになって腹を出せ』

 

   ◇

 

 日も暮れかかり、カラスも鳴き出す頃。

 両者共に床に両手を付きながら、ぜえはあひいこらと肩で息をしていた。戦いは早二時間にも及んでいた。双方、日頃から相手に対して言いたいことが溜まっていたらしく、その絶好のはけ口が手に入ったとき、このような事態に陥ることは大自然の摂理であったのかもしれない。

 それにしても、お互い相手の矯正したい部分を真面目に書いていたのは最初のうちだけで、戦いながら書いていったせいもあるだろうが、途中から妙な方向に主旨がズレていったような気がしなくもない。

 事実、最後に応酬されたそれぞれの札には『即興落語を披露しろ』、『いやだ』と書かれている。なぜ落語なのか。それに対して『いやだ』というのも如何なものか。筆談じゃあるまいし、会話をしてどうするというのか。どちらが誰かはあえて伏せるが、もはや双方正気ではなかった。

 部屋の中には使用済みないし未使用の札が死屍累々とばかりに散らばっている。そう、使用済み、である。仮にも英霊同士。二時間に及ぶ死闘の中で、互いに無傷でいられるはずもない。

「く……は、腹が苦しい。やってくれましたねアーチャー。おのれ、シロウのくせにぃ……」

「呼び名も気に食わんが、その言い草もどうかと思うがね。それにやられたのはお互い様だ。あと一歩で笑い死にするところだった」

 お互い、マスターが学校に行っていて不在であることが幸いした。一体どのような命令が二人の身を襲ったのかは、決して語られることのない歴史の暗部であるが、もしマスターの目があったのなら「軽く五回は死ねた」とは弓兵の弁である。剣士にしても似たようなものらしい。

 とりあえず、少なくともサーヴァントに対しては、札の効果はせいぜい十分程度しか保たないと分かったことが、収穫といえば収穫であった。

「残るは一枚。そうだな、セイバー」

「貴方もそうでしょう。お互い、もはや後は無い」

「では決着をつけるとしようか」

「望むところ……む、待ってください。ペンがどこかへ素っ飛んでしまいました」

「粗忽者め。これを使え」

「ありがたい。ええと、さて何を書いたものやら」

「どうせ最後なのだ。有終の美を飾るためにも、こちらは景気よくいかせてもらぞ」

「どれどれ……あ! ななななんと破廉恥な。そう来られては私もこうせざるを得ない!」

「待て。お前、気は確かか」

「知りません」

 そんなこんなで最終局面。いよいよこの悲しい争いに決着をつける時が来た。雷鳴轟く衛宮邸のリビングにて、二騎の英霊は真正面から対峙しあった。

 片や神をも恐れぬ指令を片手に、硬く重々しく構えるセイバー。彼の真名を思えば此度の運命は誠に無念でならない。しかし獅子は我が子をも千尋の谷に突き落とすもの。せめて一思いに引導をくれてやらねばと、札を握る右手にますます力が篭った。

 片や悪魔も逃げ出す指令を片手に、ゆったりと自然体に構えるアーチャー。彼の心に虚ろな風が吹く。やはり英雄になどなるものではない。いつか見上げた眩い星を、よもや自らの手で奈落の底に突き落とす日がくるとは。

 郷愁にも似た感傷は、双方同時に打ち切られた。一意専心、いまこそ二人の心は一つとなった。今はただ戦うのみなのだ。

 セイバーが地を蹴った。アーチャーもまた。白兵において弓の英霊が剣の英霊に勝つ道理はない。しかしそういった当たり前の定めを乗り越えてこそ英雄は英雄たる。互いに天に魅入られ人理を超えた者同士、死力を尽くした一撃の凄まじさは神の目をもっても甲乙つけがたく、かくして両者の拳は音をも超えて交錯し、手に持った札ごと相手の頬にほぼ同時に突き刺さった。

 曰く、『半裸になって腹踊り』

 曰く、『ストッキングを被って、フラダンス』

 セイバーとアーチャーの意識の内に、まるで落雷のように「それら」は落ちて来た。

 

   ◇

 

 夕暮れの深山町を歩く、男女二人連れの姿があった。カップル……などと称せば二人は顔を真っ赤にして否定するだろう。しかし食材の詰まったスーパーの買い物袋を手にぶらさげながら、肩を寄せ合って歩く二人の姿は、恋人という表現を通り越してすでに所帯染みてすらいた。

「バーゲンセールだからって、買いすぎちゃったな。こりゃ一週間は保つぞ」

「ま、衛宮君の家には大きな欠食児童がいるし、無駄にすることはないでしょ。それより手、しんどそうね。だから半分持つって言ったのに」

「いいよ、もう着いたし。それよりもなんだろう? うちの中から、いやに小粋なダンスミュージックが聞えてくるんだが、セイバーがテレビでも見てるのかな?」

「案外、アーチャーかもよ。留守番頼んでおいたし。さ、行きましょ」

 などと言い合いながら、若いマスターたちは慣れ親しんだ衛宮邸の玄関を潜って行った。

 




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