何故こうなったのか?
それは元をただすと、三月のとある行事に起因する。
ホワイトデー……
それはバレンタインデーでチョコを貰った者がそのお返しでお菓子を渡す外国の行事。
渡すお菓子に特に規定は無いらしいが、代表的なのは飴やマシュマロなどらしい。
今までは貰いもしてないが渡さないと色々とうるさい師範代やその他の女性に日頃のお礼(殆どお世話しているのはこちら側)として買ってきた飴などを渡してきた。
それだけで済めば良いが、バレンタイン同様、この日の湊斗家は嵐が通ったかのように荒れに荒れている。結果、それらの片付けの方がこの行事の記憶として深く覚えている。
だが、今年は違う。
生まれて初めて好きな人が出来て、その人と恋人同士になったのだ。
そして、その人からバレンタインには一生記憶に残るくらい幸せな思い出とチョコを貰った。
そこまで想ってくれる恋人に少しでも俺の想いを返したい。
そう思ったのだが、ここで問題があった。
それは……お菓子が作れないということだ。
バレンタインには手作りチョコとその……ごにょごにょ……
い、いや、詳しくは言わなくても良いだろう。
取りあえず手作りのチョコを貰ったのだから、此方も手作りのお菓子で返したい。
だが、俺はお菓子を作ったことがない。
正確に言えば無いわけではなく、羊羹や饅頭と言った簡単な和菓子ならある。
だが、これは本物の和菓子職人に比べればお遊びのレベルだし、そもそもこの行事で贈るにふさわしくない。
やはり外国、西洋の行事なのだから洋菓子の方が良いと判断した。
そこでまた問題が出てくる。
先程言った通り、俺はお菓子を作ったことが殆どない。洋菓子なら尚のことだ。
最近、真耶さんはお菓子作りにはまっていて色々なお菓子を作ってくれる。
その全てが甘くて美味しい。それが全部俺に食べて貰いたいから、と言う理由なのだから、それはもう堪らなく嬉しくなってしまう。
そんなわけで、真耶さんは洋菓子を作るのが凄く上手だ。
だからこそ、下手なお菓子を渡す訳にはいかない。
真耶さんのことだから、俺が下手なお菓子を渡したとしてもきっと喜んでくれると思う。
だが、それでは俺の気が……もとい、俺の真耶さんへの想いが許さない。
俺を大好きだと想ってくれる恋人に、それ以上に俺の方が好きだと伝えるためにも、ここで下手なお菓子は贈れない。
ならばどうするか?
自分だけで出来ないのならば、誰かに教えを請うしかない。
そこでまた問題になるのだが、俺の交友関係にお菓子を作れる人物がいただろうか?
弾は元から期待していないし、師範代や村正さん達は論外。蘭は出来たらしいが、前にあったことがあった手前、会い辛い。
布仏先輩なら出来ると思うが、あの人は新しい環境になるので色々と忙しいだろう。
それを邪魔してはいけないと思う。なので先輩では無理だ。
そうなると思い当たる人物は一人しかいない。
伊達さんである。
前の合コンで知ったが、その時に見せて貰ったお菓子の写真はプロ顔負けの出来であった。
あれほどの出来ならば、その腕前は相当な物だろう。
だからこそ、俺は伊達さんに連絡を取り、お菓子作りをご教授して貰おうということになったのだ。
ちなみに電話で決めたことだが、作るお菓子は『桃のロールケーキ』である。
桃の節句と言われる程に、日本では桃の花が美しく咲くからだそうだ。
あの伊達さんからそんな風流な言葉が聞けるとは思えなかった。
だからこそ、こうして伊達さんが働いている自衛隊練馬基地にきたのだが、どういうことか模擬戦をすることになってしまった。
伊達さん曰く、
「せっかく来たんだ! 一戦殺ろうぜぇ!」
だとか。
何故にお菓子の作り方を教わりにいったら戦わなければならないのか、俺は不思議で仕方ない。
その模擬戦が伊達さんの気が済むまで続き、少し疲れてやっと終わりとなった。
そして現在、俺は伊達さんが借りているアパートに来ている。
伊達さんは自衛隊宿舎に住んでおらず、近くにアパートを借りて住んでいるそうだ。
理由はあまり縛られたくないのと、お菓子作りの機材がアパートとかでないと置けないからだそうだ。
そんな理由で宿舎に住まない辺り、余程菓子作りが好きなのだろう。
余談だが、この近くには海野さんも住んでいるらしい。意外とそういう理由もあって宿舎に住んでいないのかもしれない。
そしてアパートの一室の扉の前まで一緒に行き、そこで少し待つように言われた。
「んじゃちょっと待ってろ。すぐに開けっからよ」
「はい」
そう返事を返すと、伊達さんは懐から鍵を取り出し扉を解錠した。
「んじゃ、ここが俺ん家だ。入ってくれ」
「お邪魔します」
扉を開けた後に促され、俺は伊達さんの後ろを歩き部屋の中へ入った。
伊達さんの住んでいる部屋というのは、少しながらに興味が湧いてくる。
一体どんな部屋なのだろうか?
そう思い辺りを見回したのだが、俺の視線はある一点で釘付けにされた。
リビング越しに台所が見えたのだが……そこだけ他の場所とは一線を画していた。
業務用高性能調理機材が所狭しと置かれていて、まるでプロの厨房そのもの。しかも伊達さんの普段の様子からは考えられない程に凄く綺麗で整理整頓されていた。
これが本当にあの伊達さんの部屋なのかと疑うくらい、その部屋は凄まじかった。
その後に居間に通されたが、そこはそれなりに散らかっていて、テーブルの上には酒瓶などが転がっていた。こういうふうなのを見ると、やっぱり伊達さんだと思って安心してしまう。
「ちょっと茶いれてくっから、そこのソファに座って待ってな」
「いえ、お構いなく」
「そういうなよ。一応は客なんだからよ」
そう言って伊達さんはさっきの台所へと向かっていった。
俺は言われた通りにソファに座って待つことにしたのだが……
座った瞬間、尻が何かを踏んづけた。
「何だ、これ?」
不思議に思い、手でつまみ上げて見ると……
「え……えっ!? 何でこんなものが!!」
摘まんだ物がなんなのか分かって咄嗟に投げ捨ててしまった。
俺が摘まんだ物。それは……
下着である。それも女性のショーツ。
滑らかな手触りの薄紫色をした艶っぽい代物だった。
何でそんな物が伊達さんの部屋から出てきたのかは分からないが、俺はそれを見つけてしまったことでドキドキしてしまっている。
凄いエロい感じで、こんな下着を着けた真耶さんが目の前にいたら、理性が崩壊してたかもしれない。
俺は心臓の鼓動を落ち着けようと、気を取り直してテーブルのほうに視線を向ける。
すると、また変な物を見つけた。
薄い袋に密封されている何か。それと、袋から出されたであろう薄いゴムの何かを。
「ま、まさか……これがあの……」
いくら疎い俺でも知っている『アレ』がテーブルの上に転がっていた。
それを見つけたショックからか知らないが、それを咥えて上目使いで俺を見つめる真耶さんを想像、もとい妄想してしまう。
(何人の家で考えてるんだ、俺は!! 考えるな、精神集中!)
そのまま念仏を唱えて落ち着こうとする俺。
しかし、そんな俺を見ていつの間にか伊達さんが笑いながら居間に入って来た。
「すまねぇな、待たせた。ん、なんだ……あぁ、こいつか。こいつは昨日星奈と〇〇〇したときに…」
「わーーーーーーー! わーーーーーーーーーー!」
俺は聞こえない様に大きな声を出して自身の耳を塞ぐ。
そんな生々しい話は聞きたくない。もし聞いたら……
真耶さんで妄想しそうになってしまいかねないから。
慌て騒ぐ俺を見て、伊達さんはニヤりと笑いながら、さらに海野さんとの生々しい話をしてきた。
本当に……どうしてこんな話をする人が、あんな厨房でお菓子をつくるのか。
俺は世界でも一番にして良いくらい不思議で仕方なかった。