学園祭の出し物も決まり、皆やっと動き始めることが出来る様になった。
一年一組の出し物は『執事喫茶』。
喫茶と名乗るからに飲食は勿論重要である。そのため、一組の生徒達は店で出すメニューについて熱く語り合っていた。
「やっぱり~、喫茶店ならナポリタンは欠かせないでしょ~」
「でもでも、時間掛からないかなぁ。だったらサンドイッチとかの方が良くない? 作り置きも出来るし」
「でもそれだと、普通過ぎない? やっぱり目立った特徴がないと~」
やることも定まり、後は十代の衝動を前面に出して学園祭を楽しむのみである。
だが、その出し物の案を出した張本人である織斑 一夏はそれどころではない。
いつもの様に自分の席に目を瞑って姿勢正しく座り、何かを考えている。
ただそれだけなのに、まるで刀を突き付けられているかのような殺気が感じられるというのだから、末恐ろしい。その殺気に当てられてか周りの生徒は一夏の近くには近づかない。
ただ一人、例外を除いては。
「義兄さん、何考えてるの?」
この男が発する雰囲気には明らかに合わない天使のような声がかけられた。
声をかけたのは一夏の義妹となった、シャルロット・デュノア改め織斑 シャルロットである。
美しい金髪に可愛らしい容姿。短いスカートから覗く健康的な美脚は男女問わず目を奪われるだろう。
異国の美少女に話しかけられたのなら、少なからず男なら誰しも少しは頬を緩めるもの。
だが、一夏はそんな様子は一切無く、片目だけ開いて口を開いた。
「む……少しな……」
鋭利な刃物の如き声音がいつもなのだが、この時の声はどちらかと言えばなまくらな刀のような声音に変わっていた。
それに気付いたシャルロットは少し心配そうな顔をした。
「何かあったの? 少し元気がないみたいだけど」
「………ふんっ……」
自分の状態に気付かれたことにバツの悪さを感じて一夏は鼻を鳴らすと目を瞑り再び静かに考え始めた。
「うふふふふふ、義兄さんったら恥ずかしいんだ~」
恥ずかしさを誤魔化すためにそうしたことが分かるシャルロットは一夏を見て微笑む。
彼女にとって、そんなぶっきらぼうな態度も子供のようで、『可愛い』のある。
それが恋する乙女だからこそ、そう感じさせるのだろう。
少なくともこんな『物騒』な男に好意を寄せる自体、普通の感性ではない。
そんな暖かな視線で見つめられるも、一夏の胸中は穏やかではなかった。
何故なら、この後放課後に行う予定の外出の用件を考えると胃が痛くなってたまらないからである。
一夏が外出する理由はとある頼み事をある人物にお願いすることだ。
学園祭の出し物である執事喫茶。その一番の見せ場と言えば、やはり執事であろう。
そこで必要になってくるのが衣装である。
今の世の中、大型のホームセンターやら何やらと色々行けば、そういった服はある。
だが、それでは駄目なのだ。
織斑 一夏が……六波羅が関わる物にそんな『紛い物』が許される訳が無い。
ならば衣装は『本物』出なければならないのだ。
執事は学生がやるのだからどうあがいても紛い物、それはどうしようもない。
だからせめて、恰好だけでも本物にすべきだと。
本物と偽物、その違いは一目見れば分かるくらい激しい。それくらい、本物の放つ異彩は違う。
しかし、ここで問題があった。
六波羅はほぼ日本の物ばかりである。つまり執事服やメイド服のような西洋の物はあまり持っていないのだ。
無いのなら、借りるしかない。
だが、そんな本物を持っているかもしれない人物など一夏は殆ど知らない。
彼にとって目上の方でり、上司と同じ位の四公方の方々なら持っているかも知れない。
だが、彼等に頼る訳にはいかなかったのだ。
一番話を聞いてくれそうなのは古河公方の役職である遊佐 童心。
一夏の上司であり師匠でもある篠川公方、大鳥 獅子吼と同じ位の役職であり、四公方で一番の年長者ということもあってか皆の纏め役。
ぱっと見はいつもニコニコと笑うおおらかな性格の坊主なのだが、その本性は面白ければ何でもやるというとんでもない婆娑羅者。豪放で奔放でそれでおおらかという何とも可笑しな性格の持ち主なのである。
シャルロットが一夏の義妹になったのも、この男の『面白そう』というのが大きい。
基本話は良く聞き意見をちゃんと出す人物なので話しやすいとは思う。
そして面白そうなことに目がない人物ということもあって、確実に話に食い付くだろう。
だが、問題がありすぎるのだ。
まず、この人物が一夏は苦手なのである。
別に嫌だとかそう言うわけでは無いのだが、どうも真面目な一夏はこの坊主に苦手意識があって仕方ない。それは一夏の上司も同じであり、師弟揃って頭が上がらないのである。
そして次にまともな衣装が来るとも思えない。
確かに本物を手に入れることは出来るだろう。だが、それがその前に『ナ二』に使われたのか考えたくない。
この坊主はとんでもない破戒坊主であり、とてつもない好色家なのである。それも可愛ければ男でもイケるとんでもない変態なのだ。
そんな男に渡った物がそのまま来るとは到底思えない。
いくら本物とて、そんな事に使われた物は誰だって使いたくない。
次に小弓公方、今川雷蝶だが、この男は獅子吼とはまったくウマが合わない。
それ故に一夏もあまり好きではないということもある。だが美を探求する男であるので、そういった衣装も持っている可能性はあるだろう。
だが……ナルシストだ。
そんな奴が持っていた衣装など、例え無使用であっても使いたくない。
となると最後は堀越公方、足利 茶々丸であるが、これは論外。
年若い……一夏とさして離れていない年齢の彼女がそんな衣装など持っているわけがなく、さらに一夏が一番関わりたくない人物だからである。
この人物、とある男性に心底惚れているのだが、そのためしょっちゅう仕事をサボる。
そのツケはどういうわけか六波羅一真面目である獅子吼とその部下である一夏に廻ってくるのだから、たまったものではない。
結果、彼女に頼むくらいなら自殺を選ぶとさえ一夏は考えている。
以上、六波羅において頼める人物などいない。
なら諦めるのが普通なら当然の結露なのだが、実はまだ一つだけ当たっていないものがある。
一夏の上司であり師匠でもある篠川公方、大鳥 獅子吼である。
だが、弟子であり部下でもある一夏はこの上司がそんな物をもっていないことは知っている。ならば何故、一夏は獅子吼のことを挙げたのか。
それは……放課後の一夏の行動を見れば分かるだろう。
一夏は心底うんざりしつつも、速くこの用件がすんなりと終わるのを祈ることしか出来なかった。
放課後になり、一夏は外出届けを出して外へと出ていた。
電車で揺られること数時間、その後タクシーに揺られて一時間弱。
二つの乗り物を経由して着いたのは、鎌倉の街から離れた所にある大きな洋館であった。
表札に書かれている名は……『大鳥』。
ここは大鳥家の本家の屋敷である。
獅子吼は大鳥家の傍流であり、本家とも繋がりがない訳ではない。
だが、ここの当主代行と一部の人間のことを凄く嫌悪しているのだ。
それは向こうも同じである。そんな所に獅子吼の弟子である一夏が行くというのは、双方とも良い物ではないだろう。
その双方から感じる負い目に胃が痛む一夏。だが、ここに来たのは他でもない『本物』の執事服を借りるためである。
呼び鈴を鳴らし待つこと数分。使用人が応じると一夏は屋敷の中へと通された。
そして案内された部屋に入ると同時に、
「っ!?」
何かの粉末をかけられた。
「あーら、ごめんなさい。最近部屋に良くないモノが憑いたと聞いておりましたのでお清めをしていたところでしたの」
「普通に考えても本職でもないお嬢様がやってはただ部屋を汚すだけだというのに、それを当然の様に分かってやるお嬢様は流石でございます」
かけられた粉末の粒子を見て、それが塩だと理解した一夏は静かにその者達を見る。
片手に塩の入ったケースを持っているのは、長身の女性である。年齢は二十代後半に差し掛かる程度の妙齢で、服の上からでも分かる抜群のスタイル。女性にしては背が高いが、それでも失われることのない美しさを醸し出す。常に笑顔を浮かべている顔からまさに貞淑な感じを抱かせる。
この女性こそ、獅子吼が一番毛嫌う女性であり、大鳥本家の『大鳥 香奈枝』。
そして遠回しに香奈枝のことを馬鹿にしている執事服を着た老婆は『永倉さよ』。香奈枝の侍従である。
普段なら即座に抜刀し斬り掛かっている一夏だが、今回は頼み事があるので我慢する。
そう、一夏がこの二人に会いに来たのは他でもない、本物の執事服を持っているからである。
苛立つ心を噛み殺しながら一夏は二人と向き合った。
「まず、通していただけたこと、感謝する」
その礼を聞いた二人は笑顔のまま一夏へと話しかけるが、その目は全く笑っていない。
「あらあら、こんな所にあの男の狗が何用かしら。ねぇ、ばぁや」
「そうでございますね、お嬢様。六波羅財閥の大幹部、その弟子がこんなしなびれた洋館に何用でございましょうかねぇ」
歓迎など全くしていない声。
それには今すぐにでも出て行けという意味が込められている。
だが、ここで引くわけにはいかない。
一夏は生唾を飲み込みつつ、二人へと話しかける。
「此度、此方に来たのは頼みあってのこと。出来れば応じて欲しい」
「わたくしがあの男に関わりのある人物の話に応じるとお思い? だとするのなら、貴方の頭は余程可笑しいことですわね。良い頭のお医者さんを紹介してあげましょうか?」
「お嬢様、言い過ぎですよ。この方はあくまでもあの男の被害者のようなもの。ですから、お勧めすべきは精神科医ですよ」
「まぁ、ばぁやったら。あなたこそ言い過ぎではなくて」
「いやいや、そんなことは。それにお嬢様も看ていただいた方がよいですしね」
「ちょっと、何言ってるのばぁや! さりげなくわたくしをキチガイ扱いっ!!」
「…………」
二人のやり取りに青筋を浮かべながら耐える一夏。
今すぐにでも、心底斬り捨てたと思った。
だが、それでも、我慢する。こんなことで根を挙げていてはこの先の話し合いに持たない。
「医者は結構、此方は健康なのでな。それより………頼みたいことがある」
「頼み事……ですの。何やら嫌な感じがしますわね」
「あの男のことですから、碌な事ではございませんよ」
敬愛する上司の悪口にキレそうになるが、それでも出かかったモノを飲み込む。
「此度の頼み、我が上司とは無関係のこと。個人の事故、上司の悪口は言わないでいただきたい」
「貴方個人ですか」
「それはまた珍しい」
二人は一夏が個人の頼みをしに来たことに少し驚いた。
あの男の弟子が師匠に内緒で頼みに来たというのだから、尚更である。
二人が聞く体勢を取ると、一夏は真っ直ぐに頭を下げた。
「どうか……執事の衣装を数着貸していただきたい」
「「はぁ?」」
その頼みに二人は間の抜けた声を出した。
何処をどういったらそんな頼みが来るのか、二人にはまったく想像つかない。
少し笑顔を崩しつつも、香奈枝が一夏に訳を聞く。
「どうして……執事の衣装を」
「それは……この度学園祭で執事喫茶をやることになり、それで使いたいからだ」
実に気まずそうに答える一夏。
そこで香奈枝はその辺にも売っていることを言うのだが、六波羅である以上みっともないものは見せられないということで本物を求めていることを伝える。
「それにしても……よくわたくしなんかに頼みにきましたね。わたくしと貴方の上司の仲の悪さは知っておいででしょう?」
それは一夏だって良く分かっている。だが、それでも譲れないモノもあるのだ。
「知っている。だが、勝つためには汚名を背負おうとも、裏切り者と罵られようとも、仕えるモノは使う。それが獅子吼様の教えでもあるからだ。それにこう言っては不義理だが、貴様と師匠の禍根は当人達の問題。俺には関係ない」
「随分とぶっちゃけましたね、この人!」
侍従が驚いているのを気にせず、一夏は香奈枝の答えを待つ。
対して香奈枝は、
「そんな理由だけではいそうですかと渡すと思いますか?」
したり顔でそう答えてきた。
これまでの話では学園祭に使うので貸して欲しいほいうことなのだが、貸し出す方には何のメリットもないのだ。
善人なら快く応じてくれるだろうが、香奈枝は善人ではない。
当然メリットがなければ応じるわけもない。それに………。
「それに、貴方は何か隠していますわね。その言い分は何か建前に見えましてよ」
「っ!?」
一夏の『本音』を見破られた。
先程の建前とは別に、実はもう一つ一夏には必死になる理由があった。
それを見破られたのだ。
それが出来るのが大鳥 香奈枝という標的を絶対に逃さない魔人の業である。
一夏は仕方なく、本当に仕方なくぶっきらぼうに答えた。
「その……な。いきなりだが、義理の妹が出来てだな。急なことで驚いてはいるが、家族になったからには、その……ちゃんと兄貴らしいところを見せるべきだと思ってな……」
バツの悪さにすぐにでもここから出て行きたくなる一夏。
だが、この二人は得物を見つけた猫のように食い付いた。
「まぁ、義理の妹ですの!」
「随分と淫靡な響きですね、お嬢様」
この二人、そういう色恋沙汰には凄く食い付くのだ。
特に香奈枝は現在、一人の男性に熱烈アプローチ中なだけに、その反応も凄まじい。
するとさっきまでの追い出しムードから一転し、何故かニヤニヤとした笑みを向けられる一夏。
気まずさのあまり自殺したくなったのは言うまでも無い。
そして二人におちょくられながら話していった結果、
「わかりました。貴方に執事の衣装、貸し与えましょう。いいですか、『貴方』に貸し与えるのですからね。六波羅でもあの男にでもない、貴方に」
と言って貸してもらえることになった。
それでやっと少しは肩の荷が下りた一夏。
「感謝する」
それだけを告げると、永倉さよが持ってきた執事の衣装を受け取り、帰って行った。
こうして、一組の執事喫茶では本物の衣装を使うことが決定した。
尚、一夏が香奈枝に持ってきた報酬は、
温水プールのペアチケットとその日茶々丸をデスクに縛り付けるという約束であった。