「久しいな、一夏。助かったぞ」
そう言って師匠は俺に礼を言う。
この目の前にいる暗闇のような雰囲気を持つ人が俺の師匠、湊斗 景明だ。
吉野御流合戦礼法の使い手であり、湊斗家の御当主でもある。この人から俺は剣術を習った。
とても師範代の兄姉とは思えないほどしっかりした人で、礼儀正しい人だ。
強さでは師範代が上だが、俺はこの人を目指していると言って良いくらい尊敬している。
「しかしいきなりどうしたんですか、連絡も無く来るなんて師匠にしては珍しいですね?」
「本当は連絡を入れたかったのだが、例によって例のごとく騒動に巻き込まれてな・・・・・・壊れて今修理にだしているのだ」
そう木訥に師匠は言う。俺は同情を禁じ得なかった。
「・・・・・・また、あれですか」
「そうだ・・・・・・また、あれだ」
この場合指すあれとは、師匠の周りにいる人(主に女性)が騒ぎを起こすことである。
軽くても家が酷いことになる程度、重度で国がひっくり返ってもおかしくないくらいの騒ぎに発展する。
この騒ぎで毎度のごとく俺と師匠は後始末に追われ、四方に頭を下げに行ったりするはめにあっていた。今俺は湊斗家にいない以上、その収拾は師匠一人でやっているのだろう。あまりの不憫さに涙が出そうになった。
「すみません、師匠。頑張って下さいとしか言えません」
「すまんな、ねぎらってもらって」
本当にそれしか言えない。
「それで・・・・・・何故此方に?」
「一週間前に光が此方に来て一悶着起こしただろう。その謝罪に来たのだ」
「成程、そうでしたか」
さすがは師匠、あの二人(茶々丸と光)とは違いちゃんと分かっている。
そう、これが本来の礼儀だ。あの勝手に侵入してきて騒動を起こし、謝罪の一つもしないで帰る非常識のお二人とは人間が違う。
「そう言えば師匠、お一人ですか?」
ふと思ったが、いつも師匠にべったりなあの人の姿が無い。
「いや、来ているぞ。来い、村正」
そう師匠が呼ぶと、木の上から紅い巨大なものが目の前に飛び降りてきた。
それは巨大な『蜘蛛』だ。
正し自然界にいるようなものでは無く、紅い鋼鉄で出来た蜘蛛。
『久しぶりね、一夏。元気だったかしら』
「ええ、久しぶりです、村正さん」
目の前の喋る鋼鉄の巨蜘蛛が師匠の劔冑、千子右衛門尉村正三世。通称は三世村正、俺は敬意を込めて村正さんと呼んでいる。
しかし目の前の村正さんに俺は違和感を感じる。
「いつもの『あの姿』じゃないんですか?」
『私はそのほうが良いのだけれど、御堂が駄目だって』
「手持ちに二人分の交通費が無いのだ、そんな余裕はない」
師匠がそう言うと、俺は涙が溢れそうになってしまう。
湊斗家は古くから続く由緒正しい家だが、実はそんなに裕福では・・・・・・はっきり言って貧乏だ。
元からそこまで貧乏だったと言うわけではないのだが、師匠の周りが起こす騒動のせいで出費が馬鹿にならないため、貧乏なのである。その事情を身をもって知っている身としては、泣きたくなりそうになる。
「・・・・・・そうでしたか・・・・・・帰りの交通費くらいは此方で出しますよ。ちょっと前に臨時の収入もありましたし・・・・・・」
あまりに不憫なので出すことにした。
「・・・・・・お前には迷惑をかけてばかりで申し訳無い」
「いえ、それは言いっこなしですよ」
俺と師匠はそう言った点での結束がさらに強まった。
『何故卑しき蜘蛛がここにおる、何の用だ!』
正宗が此方に来て村正さんに早速噛み付く。
「正宗、お前は一々噛み付くな。師匠が師範代の起こしたことの謝罪に見えられたんだ」
『そうよ、一々噛み付かないでもらえるかしら。一夏も苦労するわね、こんな頭でっかちな劔冑の仕手をしているなんてね』
『なんだと!!』
「村正さん、煽らないで下さい。正宗もすぐ反応するな」
「村正、外で見苦しい真似はするな、恥ずかしい」
師匠と二人で二騎の喧嘩を止める。
師匠の周りも大概だが、この二騎も顔を合わせる度にこれなのだから困ったものだ。
「では早速学園の中を案内させていただきます。最初は学園長の所に行きましょうか」
「そうだな。すまんが案内を頼む」
そして俺は師匠を連れて学園長室に案内する。(正宗はいつものように外で待機。村正さんは木から木へと飛び移り、師匠を追跡している)
学園長への挨拶と先日の謝罪を終えた俺達は今度は直に被害に遭った者達、つまり専用機持ちが密集する俺のクラスへと向かおうとするが、学園長室を出たとたんに村正さんが空いた窓から入ってきた。
「どうしたんですか、村正さん?」
『どうしたも何もないわよ! 周りは女の子しかいないじゃない!』
「ISは女性しか動かせませんから、女性しかいませんよ」
俺がそう言うと村正さんの体が光を発し、あっという間に・・・・・・
『人間の女性になった』
二十歳くらいで褐色の肌をした女性に姿が変わっている。
何でも村正一門の特殊な術らしく、こんなことは村正一門しか出来ない。しかも仕手である師匠ですら、何故こうなるのかまったく分からないというよくわからない術だ。
服装は紅い和服のような感じだが、露出が多く胸元がかなり出ている。思春期の男が見れば鼻の下でも伸ばしそうなものだが、俺は生憎見慣れているので何も感じることは無い。
「どうしたんですか、いきなり姿を変えるなんて?」
「何かあったのか、村正」
二人で聞いてみると、村正さんは顔を真っ赤にして答える。
「どうもこうもないわよ! 周りが女の子だらけなんて、いつ御堂に近づいてくるかわかったもんじゃないわよ!」
「・・・・・・何を言っているんだ、お前は?」
どこからどう見たって焼き餅にしか見えませんよ、師匠。気付いてあげて下さい。
その後変身した村正さんを連れて教室に向かおうと廊下を歩いていると、周りから視線が集まっていく。女性しかいない場所に見知らぬ男がいれば当然なことといえばそうだ。
「一夏よ」
師匠はいきなり口を開く。
「何でしょうか師匠?」
「女子高生というのも・・・・・・良いものだな・・・・・・」
「? はぁ?」
師匠の発言に理解が出来ないししたくない。村正さんが師匠を睨んでいた。
あと少しで教室というところで師匠の足が止まる。
どうしたのかと思い前を調べると、窓の外では生徒がISスーツを着て自主トレをしていた。
何回見ても思うが、ISスーツというのは目のやり場にこまる格好だ。体にぴったりと張り付き、体の凹凸がはっきり出るだけに男の俺は毎度授業の度困る。
「・・・・・・良い、実に良いものだ・・・」
師匠の顔を見ると・・・・・・何というか・・・アレな顔になっていた。
本人は笑顔のつもりなのかもしれないが、普段笑わないこともあって凄い顔になっている。
はっきり言って悪鬼の笑みだ。
ぱっと見で性犯罪者に見られる、そんな笑みを師匠は浮かべ感慨に耽っていた。
師匠は尊敬できるお人だが、ここだけは尊敬出来ない。
師匠は・・・・・・凄いスケベなのだ。
真顔でエロいことを平然と言ったりするし、自分の性癖を隠そうともしない。
ここだけは俺は軽蔑している。
さすがにこんな笑みを浮かべた師匠を教室には入れられない。
「村正さん・・・お願いします」
「わかったわ」
俺がお願いすると村正さんは師匠の前に行き、
目つぶしを放った。
「っっっっっっっっっっっっ!?」
師匠は目を押さえながらその場でうずくまる。
「痛いではないか、村正」
感情があまり出ない声でそう答える。
「御堂の自業自得よ!」
村正さんはそっぽを向きながら頬を膨らませていた。
師匠・・・・・・俺も自業自得だと思いますよ、本当。
このときだけは、師匠に同情出来ない俺だった。