2018/7/6、再開に際してヨブさんのあたりを中心に少し加筆修正しました。
陰謀は常に人目の付かないところから始まる。
まあ衆目に晒された時点で陰謀ではなくなるので当然といえば当然だ。
そしてここ、”
「お久しぶりです、提督。いや、今は”
とがっちりした体格の壮年の黒人男性、士官学校校長のシドニー・シトレは、
「ああ、久しぶりだな。私も”リンチ
「さっそくですね」
と苦笑のアーサー・リンチ。
現在、消耗激しいエル・ファシル帰還組は全員1階級昇進(殉職者は2階級特進)となり、全員が2週間の休暇中だった。
いわゆる”御褒美休暇”だが、比喩でなく壊滅したエル・ファシル駐留艦隊の再建は難しく、リンチを筆頭に生き残り全員が休暇明けに昇進と同時に配置転換を受けることになっていた。
実質的には、新たな任地へ向かうための準備時間ともいえる。
蛇足ながらエル・ファシルには、別の星域を守っていた守備艦隊や警備艦隊から抽出予定の高練度部隊を再編、以前より艦数3倍に強化した正規分艦隊規模3000隻が新たに配備されるようだ。
しかも提督に就任予定なのは初老のベテラン、一兵卒からの叩き上げで将官へと駆け上った燻し銀の実力者”アレクサンドル・ビュコック”少将だというのだからガチ編成もいいところだろう。
しかも民主主義国家らしく腐敗はさほどしてなくとも国民の人気取りには余念のない政治家達は、エル・ファシルに首都惑星ハイネセンを守護する自動迎撃衛星群”アルテミスの首飾り”を配備するよう若手政治家勢力を中心に運動を始めたようだ。
その旗手となってる中心人物は、長く美しい金髪の持ち主で名を”ヨブ・トリューニヒト・
「ついに階級で並ばれてしまったな」
白い歯を見せて笑うのは中将の階級章をつけたシトレであったが、
「何を言ってるんですか。校長の椅子を尻で磨くのはもう飽きた頃でしょう? そろそろ”
リンチの言うことは正解で、現在のシトレの役職は言わば昇進前の”数年に及ぶ長い休暇配置”のようなものだった。
「やれやれ。育てるというのもこれはこれで楽しい仕事だったのだが」
「いい仕事をしていたのはよくわかりますよ。おかげで俺の元にも提督が育てた”芳醇な果実”が二つも転がり込んできた。皮肉じゃなくて本気で助かりましたよ」
シトレはニヤリと笑い、
「ヤン・ウェンリーにラインハルト・ミューゼルかね?」
リンチは小さく頷き、
「士官学校出たばかりのまだ頭に殻を乗せたヒヨコが、なんで最前線に送られてきたのかと最初はいぶかしみましたが……提督の差し金だったんでしょ?」
シトレは否定も肯定もしない。
「提督の見立てどおり、あの二人の実力、既にペーペー尉官の器じゃないですよ」
微妙に機嫌のよさげなシトレに対し、
「かくなる上は……さっさと出世してもらうのが上策かとね。有能な士官はいくらいても困ることはないし、将官となればなおさらです」
「フフ……あの二人を過剰なまでに持ち上げたのは、”エル・ファシルの英雄”なんてロクでもないフレンドリー・ファイアの標的を分散するためだけじゃなかったというわけかね?」
「それも大きいんですけどね。撃ってる方は援護射撃だと思ってる分、なおタチが悪い」
二人のベテランは妙に乾いた笑い声を出し、
「リンチ、妙案を持ってきたのだろ?」
「ええ。勿論」
リンチは懐から二通の書状を出し、
「一通はヤンの物です。このたび目出度く大尉に昇進予定なのでね。いっそ”
☆☆☆
さて少し説明が必要だろう。
自由惑星同盟軍の教育機関は士官学校はその一つだが、その上位に存在する教育機関に”自由惑星同盟軍大学”がある。
軍の階級は、大雑把に言えば底辺の兵といわれる二等兵から上等兵までの兵卒、伍長から曹長までの下士官がまず最初のグループだ。ここまでは軍に入隊しそれなりの年月が経てばなれると考えていい。
その上が士官と呼ばれる尉官以上の階級だ。士官学校とはその尉官以上になれる士官を養成する学校だ。
21世紀日本に例えるなら、士官学校を出てない者をノン・キャリア、士官学校出をキャリアと考えてもそう的外れでもない。
ちなみに尉官とは普通は准尉→少尉→中尉→大尉となるが、自由惑星同盟は長年銀河帝国と小競り合いを続けてるせいか士官不足気味で、兵卒でも准尉に任官されるケースが多い。
いわゆる”普通の兵卒のゴールの一つ”が士官待遇の准尉ということだ。
実は兵卒でも軍功を重ねて長年軍隊で過ごせば”特務”と頭に付く少尉以上にもなれるのだが……結構特殊ケースなので、このあたりは今は割愛させていただく。
さて、その上が少佐から始まる佐官なのだが……実は大尉から少佐にキャリア・アップするのは大きく分けて二つルートがある。
一つはそのまま現場にとどまり順当に出世する方法。
武功も時間も必要だし、誰しも佐官になれるわけではないが、多くの士官学校出身者にとってこれが最も一般的だ。
もう一つは、軍大学への進学だ。
一見すると回り道にも見えるが、軍大学を卒業さえ出来れば無条件で少佐になれる上に、その後の出世速度が断然に早い。
言うならば同盟軍の将来を担う人材、軍のエリート中のエリート育成コースというわけだ。
ただ、これは士官学校以上に狭き門で、まず原則として大尉しか入学できず、更に普通は……
・大尉に任官されてから原則2年以上経過
・審査会が大尉として佐官になる相応しいと判断できる実績を上げていること
・佐官三人以上の推薦があること
という厳しい条件がある。
なので入学時期/卒業時期というのは決められてなく、いつでも入学し必要単位を修得次第卒業という形になる。
ただ、何事も例外があり、
「”大尉に至る経緯の中で十分な経緯があり、なおかつ将官二人以上の推薦があれば特例として入学が認められる”……提督、この例外措置は今も変わってないでしょ?」
「安心していい。我々の頃となんら変わってないさ。それでもう一通は?」
「ミューゼルの分だ。日付は入れてない。あいつのことだからすぐに中尉から大尉に出世するだろう。提督に預けるからその時が来たら”提督の推薦状”と一緒に日付を入れて提出してほしい」
するとシトレは溜息をつき、
「リンチ、つまり君は私が二人分の推薦状を書くことを、既に織り込み済みというわけかね?」
「ん? 提督、まさか反対なんですか?」
「そういうわけではないさ。ただ、君は相変わらずだと思っただけだ」
「相変わらず?」
シトレはニヤリと笑い、
「散々手を焼かされた”悪童”っぷりは健在だという意味さ」
☆☆☆
「”ヤン
「色々考えてはいるんですが、大尉にステップ・アップする前に一度、休暇配置を挟んだ方がいいと思います」
やはり貴公子然としたラインハルトの容姿は偉大である。
最近のマスコミ用語で言う”エル・ファシルの三銃士”、アレクサンドル・デュマの名作に準えてつけられた
まあ、対抗馬が”漢臭いロック親父”に”整ってるが冴えない印象の優男”では無理もないだろう。
おかげで「数字が取れる」こと確定なラインハルトへのマスコミ攻勢は少々過熱気味だ。
軍広報もここぞとばかりに押してるので余計にタチが悪い。
最初にラインハルトを持ち上げた張本人であるリンチは少しばかり罪悪感があった。
「具体的には?」
「”エコニア”……あたりはどうですかね?」
この判断がどういう因果で未来に影響を与えたのかは、今となっては誰にもわからない。
ただ、ヤン・ウェンリーはミューゼルの実家があるハイネセンに留まる事になり、ラインハルトはパトリチェフにムライ、そしてケーフィンヒラーと出会うことになるのだった……
これで「プロローグ:”エル・ファシルは燃えているか?”」の全エピソード終了です(^^
御愛読、本当にありがとうございました。
さて、そろそろ「金髪さんのいない」に戻ろうかとも思ってますが、実はあっちのシリーズの文章が出てこない……端的に言えば軽いスランプ気味だったりします。
なので書ける物からかいてみようかなぁ~とか考えてたりして。
そして、もし「金髪さんのいる」方を継続するとしたら……どこから書こう?(汗
一気に第三次ティアマトに飛ぶってのもアリですが、エコニアの本編はともかくその後日端的な描写から振り返ってみたり、ヤンとアンネローゼのその後……ラブ臭溢れる交際期間(ヤン大学生活?)とかも書いてみたいですし。
色々迷います(苦笑