金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

18 / 105
ハイネセン・ポリスで飲む紅茶は……苦いのか? それとも甘いのか?(ボトムズNa風)
ひょっとしたら歴史が大きく変わる、小さなきっかけのエピソードかも……




第018話:”キャゼルヌはきっと良い先輩 ついでに駄目提督製造機 そして小さな小さな覚醒”

 

 

 

生活能力が皆無というより絶無なヤン・ウェンリーが、アンネローゼに引っ張り込まれてミューゼル家に下宿することになったぞーい。

しかし家賃を支払おうとしたらアンネローゼに丁重に断られてしまったので、事実上の居候だぜ!

やったねヤン! 別の世界線では夢にまで見た楽隠居生活が、向こうからやってきた♪

順調に外堀が埋められてるとか言ってはいけない。

 

「まるで”ヒモ”だな。アンネローゼ嬢の」

 

「うぐっ!!」

 

ヤンが敵視する食後の泥水(コーヒー)を啜りながら、毒舌がトレードマークである先輩(アレックス・キャゼルヌ)から放たれた言論的弾幕射撃に、ヤンのメンタルは一撃で大破した……

ここまで損傷すれば、もはや撤退の余地すらないだろう。

 

「なあ、ヤン……悪いことは言わん。大学では少しやる気だの向上心だのってのを、()()だけでもみせておいたほうがいいぞ? 士官学校時代のような『退学にならなきゃ万事おk』ってノリじゃあ、お前の評価は”アンネローゼ嬢の情夫”に確定されかねん。お前だってまさか、アンネローゼ嬢を”駄目士官製造機”呼ばわりされたいわけじゃないだろ?」

 

 

 

ラインハルトがエコニアに旅立ってしばらく……ヤンは数少ない尊敬すべき士官学校の先輩、アレックス・キャゼルヌに呼び出されていた。

誘い文句は、「今度俺も軍大学に入り、本格的に兵站補給(ロジスティック)を学びなおすつもりだから話でもしようぜ。飯ぐらい奢るぞ?」だったが、現実は目の前で起きてるように実にありがたーい説教だった。

 

少し説明すると、軍大学は大尉なら誰でも入学できる可能性はある。

ただヤン(そしてラインハルト)のような”将官二人以上推薦(横紙破り)”じみた入学はまれで、普通は……

 

・大尉に任官されてから原則2年以上経過

・審査会が大尉として佐官になる相応しいと判断できる実績を上げていること

・佐官三人以上の推薦があること

 

の要素を満たさないと門前払いだ。

キャゼルヌはまさにこの王道を行き、同盟きっての後方支援の達人であるシンクレア・セレブレッセ少将の幕僚に下っ端士官として入り、順調に実績と経験を積み上げてきた。

武功が原則としてあげられない後方は、一般に提督に代表される前線組に比べ評価されにくく出世が遅いとされているが、少なくともこの世界線の同盟はロジスティックを今の米軍並みに重視しており、前線と比べても別段見劣りする出世速度と言うほどではない。

むしろ、”補給線の破綻は、その先にいる前線の崩壊に繋がり、それが結果として国の存亡に関わることになる”と士官学校でもいやと言うほど教えられる。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

少し話がずれるが……この世界のワイドボーンがヤンと士官学校時代にシミュレーションを行い、通商破壊作戦(トレイダー・レイド)を仕掛けられワイドボーンが原作と同じく大敗するも、真反対に大賞賛を贈ったのは、この教育にある。

 

このシミュレーションで、ヤンの狙いが通商破壊と勘付いたワイドボーンは、急遽輸送船団護衛艦隊(エスコート・フリート)を編成するも、そんな付け焼刃の戦術がヤンに通じるわけもなく、見事に補給線を寸断され自壊してしまったのだ。

 

 

 

この世界の”自由(Liberty)惑星(Planets)同盟(Alliance)”は、軍事的ロマンティシズムを肯定しない。

言うなれば「格好良く負けるな。意地汚く勝て」だ。

例えば、性格は悪いが名提督であることは間違いない偉大な先達、リンパオの言葉を借りれば

 

『勝ち方になんぞ意味は無い。重要なのは勝敗だけだ。勝敗から齎される結果だけが、自由惑星同盟の未来を作る』

 

ということになろう。

だが、やはり士官学校まで入り職業軍人を目指す以上は、花形である艦隊戦に参加するのは夢であるのが普通だ。

故にキャゼルヌのような有能であり、そして同時に黒子(くろこ)として同盟軍を舞台裏から支える覚悟を決めた若者は極めて貴重であり、だからこそ将来を嘱望されていた。

言うならば、成り立ちが違うこの世界の自由惑星同盟は、原作よりも生き汚い……生きることに真摯で、戦争に関して正直な国家群だった。

 

そんな時代、そんな空気の中に生きる先輩と後輩だったが……

 

「そりゃあ、私だってそんな評価をうけたいわけじゃないですし……」

 

「いいか、ヤン。士官学校っていうのはあくまで”士官とはなんぞや?”ってことを教える機関に過ぎん。言うならば、部下の命に責任を持つ覚悟とそれに相応しい能力を叩き込まれ、同時に兵の効率のいい死なせ方を教える場所だ」

 

言葉を飾らず、身も蓋もないことを言い出すキャゼルヌである。

だが、それが事実であることはヤンにも痛いほどわかっていた。

 

「だが、軍大学は”軍人で出世した先、自分が何が出来るか?”を真剣に問う場所だ。ヤン、国民の税金で衣食住やあらゆる福利厚生が保障された上、大学で高度教育を受けた上に立身出世が約束されたんだ」

 

いつの間にか大学について問う/問われるの名目が逆転していたことにヤンは気づいていたが、それを言い出すほど愚鈍ではない。

 

「わかってますよ……」

 

「本当にわかってるのか? 税金でここまでされる以上、そしてその立場をお前が選んだ以上、最早”自分は成りたくて軍人になったわけじゃない”なんて愚にもつかない言い訳は言えないぞ?」

 

「少なくとも自分のやるべきことはやるつもりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてエル・ファシルで燃え尽きそこねたヤンの”一生分の勤勉さ(ねんりょう)”に再び灯がともった。

この語らいが将来、どんな結果を生むのか今はわからない。

だが、それは……

 

いや、よそう。

不確定の未来を語るなど、所詮せん無き事だ。

 

だが、アレックス・キャゼルヌは一つだけ見落としていることがある。

”生活能力なら人間落第”のヤンが、世話焼き大好き&家事の完璧超人たるアンネローゼに()()()()()()()()、無事で済むわけもないのだ。

幼い頃に先立たれ、母の愛を知らずに宇宙船の中で育ち、全てを事故で失い地上に落とされたヤンにとって、アンネローゼの強烈な母性は、精神的な意味で即効性の猛毒に等しい。

それこそ交際時間なぞ無視してしまえるほどに……

 

「ただいま、アンネローゼ」

 

「おかえりなさい♪ ウェンリー様」

 

玄関を入るなりきゅっと抱きついてくるアンネローゼの柔らかい金髪を優しく撫で、

 

「いい匂いだね? 今夜も夕食が楽しみだよ」

 

何しろこうして胃袋をすっかり鷲づかみにされ、既に日常生活を依存してしまっているのだ。

こうしてアンネローゼは駄目士官製造機、将来的には”(日常生活面においては)駄目提督製造機”の二つ名を確定してしまっていたのだから。

 

 

 

「なあ、アンネ……」

 

「なぁに?」

 

「君との生活を守るため、軍人として頑張りたいと言ったら……君は軽蔑するかい?」

 

”きゅっ”

 

「ばか……嬉しいに決まってます♪」

 

”Chu”

 

 

 

難攻不落の朴念仁型要塞”ヤン・ウェンリー”、アンネローゼ・ミューゼルの特効技能”母性愛”にて完膚なきまで陥落。

怠惰/自堕落/昼行灯フラグ、崩壊。泡沫へと消える。

フェザーン時代の陰りが尾を引く()()ヤン・ウェンリー、完全消滅。

 

ヤンは”負けない戦”をデザインし始めたようですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤンは咽る……硝煙ではなく先輩の毒舌によって(挨拶

いや~、ようやく前々から……それこそ長期休載前から書きたかったキャゼルヌ先輩とヤンの語らいを書けました(^^

そしてラストにちょっとだけラブコメっぽくしてみましたが、ちょっとは甘さが出てたでしょうか?

軍人としても男としても先達のキャゼルヌ先輩は、やっぱ縁の下の力持ちとしてもヤンを導く側でいて欲しいなと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。