「権力やら弾圧やらを恐れて言いたいことも言えず、書きたいことも書けなくなった時……その時は、」
”民主主義は、死んだも同然だとね”
…
……
………ちょっとマテ。
俺は今、何を聞いた?
俺、俺はラインハルト・ハイドリヒ……って、誰が”金色の獣殿”だ。
喝采はいらんからどうせなら獣より”金色の獅子”と呼ばれたほうが良い。
いかんいかん。俺は何を言っている?
幾分、思考が混乱してるようだな……
「ヤン先輩……それは本気で言ってるのか?」
「? 何がだい?」
「”民主主義は死んだも同然”だ……とても先輩の口から出る言葉とは思えないんだが?」
「表現の自由、言論の自由、思想の自由……それは民主主義の根本だろ? それほどおかしなことを言ってるつもりはないさ。始祖アレイスター・ハイネセンの言葉を借りるなら『街のど真ん中で、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムのクソ野郎を賛美したところで、それを許容する度量が無いのなら民主主義なんざやめたほうがいい。どうせ扱いきれなくなる』さ」
そして先輩はこう続けるのだ……
「いいかい、ラインハルト。間違いを起こすことは罪じゃない。だが、間違いが正せないのは罪さ。罪と言うよりむしろ人災かな?」
そして腕を組み、
「効果が無いことを誰が薄々気づいていながら、それでも血腥い”
言わんとすることはわかった。
「つまりそれがイゼルローン攻略戦か……」
先輩は頷き、
「ああ。
なるほどな…ヤン先輩は単純にイゼルローン”奪取”に異議申し立てをしたいんじゃない。
「民主主義国家の政治と軍事にあるまじき理由と理念で動くイゼルローン攻略を、
「御明察」
先輩、満足そうな顔をしているところ悪いが、
「変わったな、先輩……いや、悪いことじゃないんだろうが」
”もう一つの記憶”の中で垣間見たヤン・ウェンリー……民主主義の信奉者、いや民主主義原理主義者だったあの男ほどではないが、ヤン先輩も結構ストロング・スタイルの民主主義賛美だったはずだ。
(だが、なんというか……柔らかくなった?)
「ラインハルトにどう見られていたかは、非常に気になるところではあるが、」
先輩は苦笑し、
「民主主義は確かに人類が生み出した政治様式では、相対的には
「なに?」
「まあ、君の言うとおりかもな……今の私はそう思えるが、ラインハルトと出会わなければ、私はもっと民主主義には盲目的だったかもしれない?」
「なに?」
☆☆☆
「ラインハルト、君が士官学校に入学し私の後輩になった時……民主主義についてなんて語ったか覚えているかい?」
「ああ、勿論だ。先輩が民主主義を語ったとき、確かこう反論したはずだ」
俺は俺の言葉を忘れない。
別の世界の俺の記憶が混入しようと俺は俺、それ以上でも以下でもない。
「”民主主義を、民衆を過信しすぎるのは危険だ。民主主義は主権者である市民が賢人であることを前提にしている。つまり民の多数が『常に正しき判断をする』ことを前提に”だ」
そしてこう続けたはずだ。
「”民を育てるのは社会に出るまでの教育と社会通念だ。同盟は『市民を賢人とする教育』を本当に徹底できているのか? 為政者にとっては国民が賢人であるより愚民であることの方が都合がいい場合が、往々としてあるぞ? ルドルフが帝国を打ち立てた背景には、民主主義が形骸化し衆愚政治の腐土があったことを忘れてはならない”」
そう、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの帝国樹立の背景には、退廃と放埓を当然とし、悪徳と背徳という概念すらも消失しかけた銀河連邦末期の衆愚政治があるのだ。
ルドルフは選挙という”民主的な手段”を用い、結果として「
「ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは選挙によって選ばれ、その独裁を当時の連邦市民が熱狂的に支持したことを考えれば、安易な民主主義賛美は亡国へのプロセスを踏みかねん」
「私はその考えに驚愕し、同時に納得したもんさ」
えっ? そうなのか?
「”自分だけが絶対の正解だと思ってはならない”、”異なるものを認める”のもまた民主主義だ……私とは違う視点を持つラインハルトの見識は私はひどく新鮮に映ったんだよ」
そして、少し言葉を選ぶように……
「ラインハルトの視点から見れば、自由惑星同盟の教育や社会は、”意図的な衆愚政策”はとってないものの、効率的な社会運営を行うための”
まあ、そりゃそうだろう。
同盟市民の気質は、「経済が潤い、生命と財産に危機が及ばない限りは大抵の事は容認する」だ。
度量が広いといえば聞こえはいいが、財布の中身が目に見えて目減りしない限りは現状を肯定し、政治に大きな疑問を持たないって意味にもなる。
その経済優先のスタイルだからこそ、帝国より10億人口が少ないのに倍以上のGDPを誇るのだろうが。
「民主主義自体を懐疑的に思うことはしないさ。だけど疑うことを忘れるのも危険……まあ、そういうことだね。事実、失敗の後の支持率急落があるけど、過去4度のイゼルローン攻略戦を表明した時はいずれも高い支持率を叩き出してる」
「国民が望む戦争か……その為、支持率のために計画される出兵? ロクなもんじゃないな」
要するに、本当にあったかどうかも判然としない”もう一つの人生”で起きた「帝国領侵攻」は必然だったということか。
もっともあの世界の同盟は、この世界の同盟よりもあらゆる意味で末期的だった。
国家としての成立から違うから無理も無いが、帝国への怨念が国家の原動力となっていた
だが、何かの間違いで”
「なら、そこに疑問を呈するのは別におかしなことじゃないだろ? ただ……」
「ただ?」
「他にも理由がない訳じゃない」
「ほう。聞かせてもらおうか?」
するとヤン先輩はニヤリと笑い、
「イゼルローン攻略戦なんて
実はヤンの民主主義に対する考えを変えさせたのは、士官学校時代のラインハルト様だったでござる(挨拶
この世界のラインハルトは、”もう一つの人生の記憶”を受け継ぐ前のストック状態でも、『亡命(駆け落ち)してきた帝国貴族の子供』であり、同盟生まれの二世であることを考えれば、「