「中尉……俺は1000隻を引き連れ、討って出るつもりだ」
リンチ少将は、覚悟をこめた瞳でそう言い切った。
☆☆☆
正直、今のエル・ファシルはかなり状況が悪い。
迫ってる銀河帝国の艦隊は総勢2500隻。
そのうち1000隻は練度に問題ありそうな貴族の私兵艦隊だが、残る1500隻はイゼルローン要塞駐留の哨戒艦隊をかき集めた職業軍人の艦隊だ。
実質には指揮系統の異なる2個分艦隊、連携に問題はあれど1000隻しかないエル・ファシル駐留艦隊には脅威だ。
「まともに戦っても勝ち目は低いです……閣下、何か妙案が?」
俺はつい口を出してしまう。
ここが帝国軍だったら洒落にならないことになってたかも知れんな。
「妙案? ないな」
あっさりと言い切りやがった。
「だが、策があるといえばある」
「どのような?」
少将は目つきを鋭くし、
「1000隻の貴族艦隊を、徹底的に潰す」
……そういうことか。
「エル・ファシルでマンハントしたがってるのは、あくまで貴族のアホボンだけだ。連中が死ねば、正規艦隊はとどまる必要も、ましてや逃げ出した住民を追撃する必要もなくなる」
「ですが……その戦い方では、閣下の生存率は」
ヤン先輩がそう切り出す。
その通りだ。
1000隻の貴族艦隊を先に潰すってことは、数に勝り質的に同等な1500隻の正規艦隊に戦術的フリーハンドを与えることに他ならない。
例え貴族艦隊を潰せたとしても、その先は……
「言うな、中尉。いいか? 我々は自由惑星同盟の軍人だ。同盟市民の命は最優先で守らねばならぬ」
それはわかるが……
「我々の本質は”市民軍”だ。武器を取るのは、武器を取れぬ人々を守るためでなくてはならぬ。それに、」
リンチ少将は漢臭い笑みで、
「市民を守り、帝国貴族と刺し違えるなんざ、実に同盟軍の本懐だと思わないか?」
☆☆☆
”もう一つの人生”の記憶の中でも、リンチ少将の記憶はあった。
捕虜になったことを責める気はない。
だが、「俺の命じた汚い策」に、歪んだ復讐心から乗ったことには、思うところがある……”もう一つの人生”を生きた俺が、何故そう命じたのかもわからなくはないが、少なくとも”今の俺”はそれに嫌悪感を感じる。
(これも一種の自己嫌悪になるのか……?)
だが、その記憶の中にある腐り歪み落ちぶれた酒浸りのリンチ少将と目の前のリンチ少将は似ても似つかない……
(なら”この記憶”は参考程度にとどめておくべきだな……)
そもそも”あったかもしれない世界”での帝国のキーパーソンである俺が、生まれも育ちも価値観も同盟なんだ。同じ歴史を歩むはずも無い。
「だから、船にまだ席の無いお前達に民間人の脱出を頼みたいのさ。流石に1000隻総出で当たらないとどうにもならんだろうしな……護衛に回す余力はない」
合理的……そう言っていいのか?
「ああ、あと新兵共も船から降ろす。できれば護衛名目で同行させてやってくれ」
そうか。兵卒、新兵ってことは士官学校を出たばかりの俺よりも若い奴らが艦隊にはゴロゴロいるってことか……
「閣下、それでは……」
「一年兵をどれほど抜いたところで戦力低下にはならんだろ? それにこっから先は”プロの軍人”だけが楽しんでいい
それはきっと俺や先輩も”餓鬼”の中に含まれているのだろう。
だが、そう言われても不快じゃない。むしろ納得してしまう俺がいた。
「脱出に必要な時間は俺が作ってやる。着任したばかりのお前達にこんなことを頼むのは心苦しいが……だがヤン中尉、脱出作戦の最先任はお前さんだ。生憎、艦隊にいる士官も地上に残る士官も別の仕事がある」
リンチ少将は柔らかく笑い、
「ヤン中尉、ミューゼル少尉、まず生き延びろ。そして生きて生きて出世して、閣下と呼ばれるまでなってみろ。優秀な将官が増えれば、それだけ死ぬ兵が少なくなる」
「閣下、それではまるで、」
遺言じゃないか……
「なあ少尉、俺は軍人として生きてきたし他の生き方は知らん。だから他のどんな死に方よりも戦場で果てるのが当然だと思ってる。少なくとも俺にとっては、病院のベッドで臨終よりはるかに俺に見合った最後だとな」
他の生き方、か……
「軍人は無駄に死んではならん。かけた税金が無駄になる……だが、納税者を守るためには命を惜しんでもならん。それが民主主義、そして資本主義の軍人の正しいあり方と思うぞ?」
身も蓋もないな……だが、きっと事実なのだろう。
「他に手がないのなら命を張るしかない。そしてどうせ死から逃れないなら、軍人なら死に方を選び効率的に死ぬべきだ」
そう言い残し、最後の出撃の準備のためリンチ少将は去った……
その言葉は重い。
150年に及ぶ……戦争を知らない世代が既にいない”この世界の重さ”を、俺は改めてかみ締めていた。
リンチ少将の言い回しが微妙にガンパレ?(挨拶
まあどっちも戦争が恒常化して、命の価値が下落しまくってる世界ですからね~。
でも、「無駄死には
そしてラインハルト様、”もう一つの世界を生きた記憶”との距離感を掴み始めたようです。