「それにしても俺、いや小官達は運がいいです」
『触雷したのに?』
「ええ。触雷したからこそですよ」
小戦隊の旗艦”ガングート”に座乗するチュン・ウー・チェン中佐に俺はそう返した。
☆☆☆
ああ、ラインハルト・モーゼル中尉だ。失礼、噛んだ。ラインハルト・ミューゼルだ。
ん? 最終的には神様に祭り上げられた某マイマイ娘の持ちネタをパクるな?
堅いことを言うな。個人的にあの登場人物は気に入ってる。健気な所がいい。
ほう? 俺が”化物語”を読むのはそんなに意外か?
”もう一人の人生を生きた俺”ならともかく、今の俺は
特に化物語は、古典の中でもスタンダードな分類ではないか。純文学と言うより地球単独時代の風情が感じられる娯楽小説の類だがな。
まあ、それはいい。
俺達……というか今回の小戦隊の置かれた状況を整理しておこう。
アルトミュール恒星系へとパトロールに向かっていることは既に述べたが、厳密には現在位置は恒星アルトミュールにある
今回の小戦隊の陣容は、旗艦の戦艦(ガングート)1隻に巡航艦9隻、そして残る90隻は駆逐艦という敵と真正面から殴りあう艦隊ではなく、パトロールを主眼とした哨戒部隊の編成としてはそう悪くないものだ。
そして俺の乗る”イナヅマ”は、小戦隊の中から抽出された巡航艦1隻と駆逐艦10隻からなる
イナズマはセンサー精度の高さから、ピケットの中でも最先端に配置されていたのだが……
「精密測定をしなければ詳細はわかりませんが、付近に機雷原があるはずです。機雷が1基だけしかけてあるのは明らかに不自然ですから」
今回、イナヅマにダメージを与えたタイプは、ステルス処理されたランチャーケースに対艦ミサイルと
データログも確認したが、発射されたミサイルに対しレーザーCIWS(自動近接防御火器)が反応し、撃破しているのだ。
艦が大きく揺さぶられたのは、撃破した距離が近く、爆発の無衝突衝撃波をモロに浴びたからだろう。
弾頭がレーザー水爆だったため、直撃すれば轟沈の可能性があった。
逆に常時展開の防護フィールド(戦闘時、艦前面に展開される防御スクリーンに対し、艦全体を繭状に包み込むフィールド)で相殺しきれないほどの至近距離でしか撃破出来ないのだから、この新型はかなり隠蔽製が高い。
ただ、
「仮に機雷原があったとすれば、1発だけ作動するのもまた不自然……中佐、一度艦隊を止め精密測定することを具申いたします」
中佐は一度逡巡し、
『いいだろう』
どうやら俺は、上官に恵まれてるらしいな。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
案の定と言えばそれまでだが、やはり機雷原はあった。
「機雷原があるにも関わらず、1発だけ作動した……わざわざ機雷原の位置があることを教えるように。隠蔽製の高い新型機雷をわざわざそれなりの数を敷設し、こちらにその場所を露呈させる……正直、戦術的な意図があるとは考えにくいですね」
『続けたまえ』
今更だが……俺がチュン・ウイー・チェン中佐に報告してるには理由がある。
艦長のラベルト大尉も副長のアポリオン中尉も現在、負傷中。
ラベルト大尉は肋骨を二本折り、アポリオン中尉は食堂で大腿骨を骨折していた。
本来なら健在な中でイナヅマの最先任はアオバ・アヤ大尉になるはずなのだが……
”ムリムリムリムリムリ!! 私、広報員! 非戦闘部署の士官! 戦闘適正の低さには自信があるわ!!”
ぶるんと大きな胸を揺らしながらフンス!と反り返り、そんなフザケタことを抜かすアオバ大尉に内心で「ヲイ、そこの軍人!」とツッコミを入れた俺は悪くない筈だ。
という訳で次席であったはずの俺が肩代わりしている。
「おそらくは敵にとってもイレギュラー……誤動作である確率が高いと思われます。もし他の機雷もアクティブ状態だったら、少なくとも
ある意味、俺は命拾いしたとも言えるな。
あと数発でも作動し、それが全て先頭を切るイナヅマに集中していたら対応しきれなかっただろう。
「なら、本来なら全ての機雷は非アクティブ状態で
『その意味とは?』
「俺、いや小官の予想通りなら前方のアステロイドベルトに敵艦隊は潜み、我らを待ち伏せしてるはず……」
そう、現時点で1発を除いてアクティブでないとするのなら、
「奇襲に驚き、我らが艦隊を後退させた時に作動させるつもりだったのではと予想します」
☆☆☆
だから、”偶然、仕掛けられた1発だけが作動したこと”も運が良かった。
”イナズマに飛んできたミサイルが1発だけだったから対応できた”ことも運が良かった。
そして、その1発が飛んできたからこそ、”敷設された機雷原が発見できた”ことも運が良かった。
おそらくアステロイドベルトに先んじて潜んでるだろう敵艦隊は、奇襲をかけ我らを後退させ、機雷原に誘導するつもりだったんじゃないだろうか?
おそらく隠蔽製の高い機雷を最大限に有効利用しようとすれば、罠として使うのが一番だろう。
(そして頭を抑えられ、前方の敵に集中してるタイミングで一斉に作動させる……)
どう考えてもロクな結果にならないな。
『悪くない予想だ』
中佐は大きく頷き、
『この場合、とるべき方策は二つある。強攻策……積極的攻勢か、あるいは安全策だ。ミューゼル中尉、君ならどっちを選ぶ?』
「小官は中尉ですが?」
暗に指揮官の判断に口を出せる立場に無いことを告げるが、
『君の階級も、君が私の参謀でないことも承知の上さ。だが、意見を聞くのは自由だろう?』
試しているのか?
まあいい。
「僭越ながら……」
”もう一つの世界の俺”なら、きっと積極策を進言しただろう。
奇襲が予想できる状況なら、その対策は出来る。
もちろん相手の規模次第だが……返り討ちにすらできるかもしれない。
だが、
「安全策……機雷原の破壊を優先したいと思います。当艦隊の目的は敵艦隊の撃滅ではなく該当宙域の哨戒任務。任務の優先度に則った行動をすべきです」
中佐はにっこりと笑い、
『いい判断だ。私も同じ意見だよ』
少なくともこの世界においてのラインハルトは、”無理に早く昇進する”必要はないですからね(^^
むしろ、「軍人とは何か? 軍人とは何をすべきか?」を彼なりに真剣に考えているのかもしれません。
前世と違い、士官学校で”同盟士官とはどうあるべきか?”を叩き込まれた彼は、やはり同じシチュエーションでも別の判断をするのでしょう。